――――ふと我に返ると、僕は真っ暗闇の中にいた。
尋常なものではないのはわかった。なぜって、僕自身の姿は驚くほどはっきりと確認できたからだ。
それにしても、僕はどうしてこんなところに?
「………えーと」
記憶を辿ってみる。……思い出した。あの時、ストラウル跡地で戦って……。
「……そっか。僕、死んじゃったのか」
不思議と、恐怖も動揺もなかった。あるのはただ、静かな諦観の気持ち。
やりたいことも、やるべきことも、たくさんあった。なのに、何一つとして果たせないままこんなところにいる。
だけど、それはもう仕方がないじゃないか?
投げ出したかったわけでも、逃げたかったわけでもない。ただ、ほんの少し、ツキがなかっただけのことだ。
「……そういえば」
そこまで考えて、やっと気づいた。――――何で僕は存在しているんだ?
何かの本で読んだけど、死んでから後のことを記憶するのは不可能らしい。臨死体験とかは、大半が記憶や知識に依存する錯覚だっていうし。なら、この僕はいったい何なんだ?
少なくとも僕は、自分が
火波 スザクだっていう認識を持っている。けど、それが真実だと誰が言える? というか、今ここに誰かいるのか? それ以前にここはどこなんだ?
「……あの世、にしては殺風景だよなぁ」
天国では絶対にない。それは確かだ。だからと言って地獄かと言われると、これもNOだ。だって、何の気配も感じない。
それなら、ここは一体?
「!」
ふと、視界の端に何かが映った。そちらに目線を向けると、なぜか街灯が一つ、ぽつんと立っていた。
そして、その下に置かれた古めかしいベンチの上に、見たことのない男の人が一人、座っていた。
顔も背格好も、全く見覚えがない。だけど僕は、その人が誰なのか、心のどこかで知っていた。
ごく自然に歩み寄り、少し間をおいて座る。
「やれやれ……やっぱり来てしまったのか、綾音」
「見ての通り、だよ」
桜色の混じった黒髪が印象的なその人は、苦笑しつつ僕に言った。
「あまり早く来ない方がいいんだがな、ここは」
「仕方ないだろ? 僕も来たかったわけじゃないんだ」
肩をすくめていうと、その人から表情が消えた。
「……いや、すまない。確かにそうだな」
「……いいよ。もう、仕方がないんだ」
この人がいるっていうことは、どうやら僕は本当に死んでしまったらしい。未練がないわけではない、というかありまくりだけど、それでどうにかなる状態ではない、ということが本能的にわかっていた。
だから僕は、現状に対して無意味に抗うのは最初から諦めていた。
「……聞かせてくれるか? 今まで、どうして来たのか」
微かな笑みを浮かべ、その人は言った。
「うん」
そして、僕は口を開いた。
「あのね、父さん」
ブラウの招集に応えて集まった面子で、その夜の火波家は騒然としていた。
「大さん、目が覚めたんだね」
「心配しましたよ、兄貴」
「ああ、すまない。だが、今は俺の事を話している時ではない」
不意に目を覚ましたこと以外ははっきりしていないゲンブの覚醒だが、彼の言うとおり、今はそんなことを論じている状況ではない。
ブラウから事の次第を告げられたアオイと琴音は、想像以上に深刻だった事態を理解して愕然としていた。
「姉様が……姉様が、消えてしまう……!?」
「……確かなの?」
硬い表情で琴音が問うと、ブラウは「ああ」と一言答えた。
「来る途中で前後の状況を聞いたが、それで大方の説明がついた。器なき魂だった貴女の存在が、肉体を得たことでそこに定着しつつある。恐らくだが、貴女はこの頃、その状態に対して違和感を覚えなくなって来ていたはずだ」
「た、確かにそうだけど」
「それは、肉体と精神が融和しつつある証だ。だが、知っての通り、その体の主は他にいる」
「ええ、そのために俺達が呼ばれたんです」
力強く頷いたのはシスイだ。その隣ではトキコが、顔面蒼白ながらもしっかりとした姿勢で立っている。
「それで、ブラウさん……私達、具体的には何をすればいいの?」
問いかけたランカに対し、ブラウはゆっくりと歩きながら言う。
「火波 スザクの精神は現在、肉体から8割以上遊離しかかっている。予想以上に進行が早い。このままでは明日の朝までもたん」
「な!?」
いきなりタイムリミットが切られたことに狼狽する一同に、ブラウはさらに続ける。
「そこで、まず
火波 琴音に眠ってもらい、肉体を介してスザクの精神に呼びかけるのだ。繋がりの深い面子を集めたのはこれが理由だ」
「やっぱり、そうか……」
「私もそんなこと言われたし……」
シスイとトキコにちらりと目線を投げ、なおも続ける。
「これが本人に届くか、届いたところで聞いてくれるかはわからん。わからんが、何もしないよりは大いに可能性がある」
「……上手く行った場合、その後は?」
「アン・ロッカーの出番だ。上手く行けば、スザクの精神が活性化する。その時、アンの力を使い、肉体と火波 琴音の精神体の繋がり里を解除する。これが間に合えば、空の肉体に精神が引っ張られ、スザクはまた戻ってくる」
ここに来てようやくプランの全体像が明かされた。やるべきことを見つけた一同は俄然、表情に力が戻り、騒然とし始める。
が、
「…………」
ただ一人、アオイだけが、浮かない顔をしていた。琴音が見咎め、話しかける。
「……どうしたの、アオイ」
「…………母様」
その一言だけで、彼女の懸念を読み取った琴音は、
「……ていっ」
「はゅっ!?」
デコぴんを一発、喰らわせていた。
「それは、気にしても遅いことよ」
「で、ですが」
「あなたはスザクが大切なんでしょ? なら、今すべきことはわかっているはずね?」
「……はい」
沈んでいる妹娘から視線を切り、琴音は一同に向き直る。
「もう機会もないと思うから、今言うわね」
『?』
「……ありがとう、みんな。スザクのために、ここまで来てくれて」
思いがけない言葉に、一瞬顔を見合わせた後、それぞれに言葉を返す。
「この力が役に立つのであれば、否やはありません」
「綾ちゃんは、私の一番の
友達だから。だから、絶対いなくなって欲しくないから」
「ウチにとっても、スザクさんは他人と違いますさかい」
「スザクは恩人、私にとって。見捨てるなんて、ありえない」
「鳥さんが、ね。私のこと、好きって言ってくれたんだよ? なのにまだ、何も始めてない……だから」
「あいつは俺にとっても戦友だ。何度も助けられた……今度は、俺があいつに手を貸す番だ」
「姉貴には、命を助けられた恩があるんだ。だったら今が、それを返すときなんだ」
「ラボ以来の付き合いだからな……名誉挽回のためにも、ここで気張らなければな」
そして、そもそもの発起人が口を開く。
「……そろそろいいだろうか? 時間がない。すぐに始めよう」
「……わかったわ。それで、私はどうすればいいの?」
「眠ってくれればいい。とはいえ、すぐには無理だな……」
「では、わたくしがやりましょう」
進み出たのはアオイだ。彼女の能力もまた、姉と同じく「龍義真精・偽」だが、一つ違う点がある。アオイは決め技の「龍精落」が使えない代わり、対象の認識を操作する「龍覗眼」をその眼に宿している。これを応用すれば、人ひとり眠らせるくらいは出来る。
「では、すぐに頼む。……ソファーがあるな、そこがいいだろう」
否やを言う暇もなく、火波母娘はすぐさまその通りに行動した。琴音がソファーに身を預けた直後、アオイが視線を合わせて能力を発動。何を言う間もなく、琴音の意識は闇に落ちた。
「よし……では、始めよう。一人ずつ頼む」
生と死のコントラスト
(死を受け入れる少女)
(生を求める者達)
(結末は、如何に)
最終更新:2012年12月28日 15:49