「――――ッ!!」
声無き咆哮。紅蓮が大きく口を開きながら、その拳を大蛇の胴体へと叩き込む。打突点が大きくたわみ、波紋を打つように変形する。鱗が砕け散り、その下にある肉が弾け飛んだ。
「いつ見てもすげぇ威力だ……!」
紅蓮の放つ剛力に、
ハヤトは息を呑む。もはやそれは、エネルギー保存の法則に反している。紅蓮は常人より巨体であるが、それでも身体は人間と大差無い。にも関わらず、大蛇の巨体を脅かす程の破壊力を生み出している。常識を破壊するのが超能力であるとは言え、紅蓮のそれはその域から踏み越えてしまっている。
〝その昔、守人にその人在り。炎髪紅蓮の翼、火葬祭祀の戦士〟
人づてに聞いた話、紅蓮は元々普通に言葉を話し、特殊能力ではなく守人に伝わる奥義「火装」の遣い手であったと言う。彼がどの様な経緯で現在に至るかなど、ハヤトには分かり様がないが、
「これ程強い能力者、見た事無いぜ!」
大蛇の巨体に思わず気圧されそうだったが、その勇ましい姿に魂が震える。英雄は戦場に在っては味方を鼓舞する存在らしいが、今の紅蓮はまさにそうだ。彼と言う存在が心に強い。弱気が、波の様に引いていく。
「おらぁ! 吹っ飛びやがれ!」
勇ましい掛け声と共に、戦車砲の一撃が叩き込まれる。見れば、茂斗は先程まで乗っていたバイクから、何時の間にか巨大な戦車に乗り換えていた。テレビなどで見知った回転砲塔式の戦車であるが、実物はやはり違う。正に「戦う為に生まれてきた」、そんな力強さと荒々しさがそこにはある。
首無しライダー、
鈴鹿茂斗。彼は車に関わる事故によって亡くなった者達の成仏出来ない命、その集合体である。それ故に彼は、いかせのごれで死んだ者達の乗り物を使役し、自在に操る事が出来る。この戦車は、その能力の応用戦術である。戦車に関わって死んだ者の魂を呼び寄せ、その魂から引き出した記憶を元に再現しているのだ。
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
通常戦車は、全体指揮を執る戦車長、砲弾を撃つ砲手、戦車の運転を担当する操縦手など、複数人によって運用される。だが、この戦車は違う。茂斗の妖力によって再現された、言わば彼の身体の分身。手を動かす様に、足で駆ける様に、呼吸をする様に、そして、始めから知っていたかの様に操る事が出来る。
履帯(キャタピタ)は足となり、砲弾は拳である。唸りを上げながら、戦車は砲弾(拳)を大蛇に向かって撃ち続けた。
「小賢しい真似を……」
僧侶が手を掲げた。その動作に合わせて、大蛇が頭を上げていく。
「またあの技を使うつもりか!?」
「いかん! もう一度あれを喰らったら――!!」
大蛇の口が開く。
そして――
「〝八雷神(ヤクサノイカヅチノカミ)〟」
虹色の雷が闘技場に向かって降り注ぐ。それは雷撃の雨となり、この場にいるすべての者へと襲い掛かる――
「……何?」
――筈だった。
雷は降り注いだ、地面へと。それは間違い無い。不発などではなく、「八雷神」は確かに放たれた。その威力は、改めて解説する必要は無いだろう。例え結界で防御したとしても、無傷で防ぐには不可能な威力。
だが、蓋を開けてみればどうか。闘技場に、今の攻撃で傷を負った者は誰一人としていない。この結果には攻撃を放った僧侶はもちろん、攻撃を受けた側である
百物語組も驚いていた。
「一体何が――」
「――おいおい。俺が何の考えも無しに、戦車を口寄せしたと思ってたのか?」
不敵な声は、煙を上げる戦車の中から聞こえた。
「モトさん!」
「戦車は鉄の塊だぜ……そして雷は、金属に引き寄せられる!」
「馬鹿な……だとしても『八雷神』全弾を受けて無事でいられる筈が――っ!? まさか、それは、」
僧侶は、戦車の後部から垂れた長いチェーンに気付いた。
「そうだ、戦車用のアースだ。これは戦車に落雷があった場合、雷を地面に逃がす……元々、車に乗っている人間が被雷時に受けるダメージはほとんど無い。車そのものが避雷針の役割を果たすからな。そして、」
「アースによって、更にダメージを軽減した!」
煙を上げているが、何事も無かったかのように戦車は駆動を再開する。茂斗の妖力によって再現した物である為、コンピューターの様な電子機器を持たない。だが、「金属」としての属性は再現している。雷は風、つまり「木気」。「木気」は「金気」に殺される!
「あれだけの威力の雷だ、再攻撃には時間がかかる……」
都シスイが身構える。その身体から、爆発的なまでのオーラが噴き出す。金色のオーラが辺りを照らし、まるで真昼の様な明るさになる。その姿はまるで、大地に落ちた太陽の様だった。
「其は四天の中心に座したる天帝の証ッ!」
まるで
シスイの声に応えるかのように、大地が震える。
「目覚めろ、黄道の獣! お前が往くのは王の道!」
それは、選ばれし者だけが唱えし呪文。その呪文を持って、
「我、護国の剣と成りて――魑魅魍魎を打ち破らんッッッッ!!!!!!」
都シスイを、超常の戦士へと変身(か)える!
「来いッ! 幻獣拳ッ!!!!」
シスイの右腕に、麒麟の頭を模した金色の籠手が形成される。表面の装甲がスライドし、金色のオーラが鬣の様に溢れ出す。
「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」
オーラの噴射エネルギーが、シスイの身体を前へと押し出す。その加速に乗って、シスイは飛び出した。
大蛇の首が、シスイに襲い掛かる。だが、向かって来る首をシスイは、オーラの噴射を使ってかわし続ける。噴射力は凄まじく、空中にいる状態からシスイを指定方向へと押し出す程だ。もはやジェット噴射に近い。「空中を走り」ながら、シスイは大蛇の身体に向かって走る。
「喰らえっ!」
シスイの拳が突き刺さり、駄目押しとばかりにオーラの噴射加速を加える。紅蓮の時同様に、シスイの拳が命中した箇所が波紋かクレーターの様に抉れた。更に、衝撃が打撃箇所から大蛇の全身へと広がっていく。
「く、これは!?」
僧侶の声に焦りの色が混じる。大蛇が苦しそうな声を上げながらのた打ち回った。
「うお!? な、何が起こったんだ!?」
「弱点攻撃だよ、ハヤト」
「え?」
「蛇は水神として祭り上げられる位に「水気」だ。それに対して、俺の力は大地の麒麟、つまり「土気」。五行の法則では、水は土に殺される!」
タネを明かせば単純なものであるが、実際はそんなに簡単ではない。例え属性の相性で有利でも、不利な属性の力が有利属性よりも勝っていれば、その相性は働かず、パワーゲームに従って逆に滅ぼされる。火勢が強ければ、どんなに水をかけたって消せないのと同じ様に。
だから、僧侶は属性で大蛇が負ける事は無いと思っていた。「八雷神」は思わぬ方法で防がれたが、大蛇は違う。桁が違う。首だけで十メートルはあり、全長ならば三十メートル以上はある。例え「木気」や「土気」を持ち込まれたところで押し返せる。その、筈だった。
だが、シスイはその不利を押し返した。170cmの体躯で、30mの大蛇に痛撃を与えたのだ!
「く――人造亡霊ども、大蛇を守れ!」
わらわらと溢れ出したレギオン達が、大蛇を包む様に現れた。百物語組が攻撃を仕掛けた当初よりも数は減っているが、だが決して少ない数ではない。それにこの間も、レギオンは増殖し数を増やしている。
「全く……キリが無いな」
「だったら、増殖する暇も無い勢いで、一体残らず潰すだけだ」
ザッ、と、ハヤトが前に出る。彼は腰に下げた二本の短剣を抜いた。それは何時もハヤトが使っている短剣とは異なっており、刃の中心部分に割れ目が入っており、音叉の様な形をしていた。
「ハヤト、それは……」
「危うく、俺の出番無くなるところだったぜ」
ハヤトは、額に付けたゴーグルを被る。それも、普段は彼が使わない道具だった。
「――ッッッッッ!!!!」
自分の目の前で、二本の剣を交差させ、それに向かって思いっきり音波砲をぶつける。音の衝撃波は射線上にいたレギオン達を薙ぎ払ったが、それは大した数ではない。
むしろ重要な変化は、二本の刃に起こった。
イィィィィィィィィィィィン
耳鳴りにも似た音。それはハヤトが持つ刃から発生している。見れば、音叉状の刃が「ブレ」ている。あまりのスピード故にそんな風に見えているだけなのだが、刃が高速で振動していた。
「――行くぜ」
そう言った次の瞬間には、ハヤトの姿がその場から消えていた。
それとほぼ同時に――実際はコンマ秒遅れなのだが、そんな事常人に認識出来る訳が無い――レギオンの群れの一角が消し飛んだ。
「な!?」
僧侶が驚いている間にも、レギオン達は掻き消されていく。何かが高速で動いているのは分かるが、そのスピードの速さに影しか捉えられない。
やがて、高速で動いていた物体が、一旦動きを止めた。ハヤトだ。
「何匹、何十匹で群れようが、関係無い」
ハヤトが消える。否、『音速の速さで』レギオン達に切り掛かっている。音速で動く相手に対処出来る訳が無く、レギオン達は一方的に切り捨てられていく。
「おらおらおらおらおらおらおらおらッ!!」
また、物体が音速を超えて移動すると、俗に言う衝撃波(ソニックブーム)が発生する。ハヤトが動いただけで、その周囲にソニックブームが発生している。切り飛ばされたレギオンだけでなく、ハヤトが「出現した」、ただそれだけで人造の亡霊達が吹っ飛ばされていた。
通常、音速を超えた物体は発生した衝撃波の威力を受ける。生身で音速突破などそもそも不可能であるが、成功したならばその衝撃波で肉体は傷だらけになる筈だが――ハヤトの身体には、掠り傷一つついていない。
「……すげぇ」
シスイは、ハヤトの見せる高速移動に息を呑んだ。視力を強化すれば、ハヤトの動きをかろうじて捉えられる。だが、あのスピードで彼に向かってこられたとして、その攻撃をかわせるかと聞かれれば、おそらく回避出来ない。それ程までに、音速は圧倒的だ。
(――俺は今、音になっている)
ゴーグルに備わった視界の補助を受け、ハヤトの景色は何もかもがゆっくりと動いていた。音速で動いているにも関わらず、外界の動きが遅いのは、それだけハヤトの動体視力が引き上げられている為だ。
何もかもを置き去りにする、超高速の世界。
ハヤトの超能力は、自らの死因と同化し、能力として取り込む「ナイトメアアナボリズム」だ。そしてハヤトは、過去に受けた音波兵器の実験によって死んでいる。その結果、彼は破壊効果を持つ音波を放てる様になった。だが、実際はそれだけではなかったのだ。音波とは、即ち「音」だ。ナイトメアアナボリズムは死因と「同化」する。
即ち、今のハヤトは「音」と「同化」している。
(鳥も、風も――俺には追いつけない……!)
ソニックブームを巻き上げながら、ハヤトが加速を止める。そこにはもう、亡霊は一体も存在していなかった。
「……まさか、あの亡霊をたった一人で全滅させるとは……」
「ついでに、大蛇にも一発くれてやったぜ」
「!?」
ハヤトが言うか早いか、大蛇の身体に筋が入り、そこから血が噴き出した。大蛇にしてみればそんなに深くないものの、大きく真一直線に、胴体の横腹を切り裂いている。
ハヤトが手にしている音叉状の剣。それは、ハヤトの喉から発生した「音波」を吸収し、その威力に応じて刀身を震わせる機構が備わっている。刀身が高速振動する事により、目の細かいチェーンソーの様に対象を切り裂くのだ。
「……強いな。流石は、いかせのごれを守ってきただけの事はある」
「おうよ。その八首蛇も、その内三枚におろしてやるぜ?」
「……出来るものならな」
「なに?」
ハヤトが訝しげな目で見ていたが、その表情がすぐに驚愕へと変わった。
「んな……!?」
大蛇の、攻撃を受けて損傷した箇所が泡を吹き、瞬く間に再生していく。
「再生か……!?」
「嘘だろ、あの巨体で回復するのかよ……」
蛇は、不老長寿の象徴であり、輪廻転生や再生も司ると言う。原典の八岐大蛇にそんな能力は無かったが、この大蛇にはその蛇を象徴とする力が備わっている。
タマモの毒にさえも屈しない、強力な再生能力が!
「無駄だ。何度打ちかかってこようとも、この大蛇を滅ぼす手段など無い。流水霞を切り裂く鉾が無いのと同じ様にな」
「く……」
「足掻くのは止めろ。大人しく、滅びを受け入れるがいい」
「――霞を切り裂く鉾は無い、か。確かにな」
声の主は、シスイだった。その口元には、不敵な笑みが浮かんでいる。
「だけど、水の尽きない泉だって無いぜ?」
「……何が言いたい?」
「確かにその大蛇の再生能力は厄介だな……だけど、コンセントを抜かれて、何時まで動けるかな?」
「! お前――」
「もう遅い!」
そう叫ぶと、シスイは思いっきり地面を叩いた。瞬間、闘技場の地面から光が溢れ出した。それはものの数秒で収まったが、その後には、空中に浮かぶ金色の粒が残っていた。
「これは……」
「暖かい……」
金色の粒は、仄かな温もりを持っており、それは陽光の暖かさに似ていた。そして光に触れていると、身体に力が漲ってくるような感覚があった。
「……痛みが、消えていく……」
「いや、消えていくだけじゃない……傷が治っている!?」
「これは……天子麒麟の強化能力か!?」
都シスイの能力、天子麒麟。その効果は、対象を助力・強化するエネルギーを操る事だ。生物の肉体ポテンシャルを引き出す事も、超能力の効果そのものを強化する事も出来る。だが、いくら天士麒麟化して通常時よりも出力が上がっているとは言え、これほど広範囲を強化出来る程の力は無い筈だ。
「麒麟のオーラに混ざっているのは……龍脈の気、か?」
「龍脈って……そうか、そう言う事か!」
龍脈とは、大地に流れている気の流れの事だ。地球が持つ生命エネルギーの川であると言っても良い。
「く……」
「お前に流れ込んでいる龍脈を封じさせてもらった……これでもう、大蛇は再生出来ない……!」
そう。八岐大蛇の無尽蔵の力の秘密は、この龍脈だ。大蛇は地面からエネルギーを吸い上げる事で力を回復し、更にそれを攻撃エネルギーに転化し、「八雷神」を放つ為に使用していたのだ。それをシスイは見抜いた。麒麟としての性質が、大蛇に流れ込む龍脈を嗅ぎつけたのだ。
「……再生能力がどうした。そんなものなくとも、」
「俺達を倒せるって?」
「…………」
「滅びこそが救いだかなんだか知らねぇが――命全部で戦っているヤツの強さを舐めるんじゃねぇぞ!」
シスイの檄に背中を押される様に、膝をついていた妖怪達が立ち上がる。皆、その瞳には再び戦意の炎を、死に抗う生きる者の輝きを宿している!
「我が願い、我が悲願。誰にも邪魔などさせぬ」
「この世界を滅ぼしたりなんかさせない! 征くぞ、八岐大蛇!」
最終更新:2013年02月08日 16:14