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≪悪魔の発明:3≫

「はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

 ――UHラボの残党、『失われた工房』ムカイ・コクジュとの戦闘から数日が経過した。

 場所はホウオウグループ支部施設内、閉鎖区画・戦闘実験場。

 バイオドレスを着た花丸と、「バイコーンヘッド」を身に纏ったアッシュが戦っていた。

「うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 雄叫びを上げ、果敢に花丸はアッシュへと向かっていく。その動きは、以前と比べて良くなっている。ほんの数日でここまでの変化。才能と言うより、努力の結果であろう。一体どれ程の時間を鍛錬に注ぎ込んだかまでは分からない。しかしこの驚異的な変化から、彼がまさしく「寝食も惜しんで」自分を苛め抜いたのは伺え知れた。

 ――だが、そんな彼の努力の証がかすんでしまうほどの変化が、彼には起きていた。

「はぁ……はぁ……があぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 唸り声を上げ、アッシュに飛び掛かっていく。その動きは、もはや人間のものではなくなっている。技術的な物を一切廃し、己の本能と身体性能に任せた戦闘法。愚直・単純であるが、それ故に小細工では揺るがない力強さがある。実際アッシュは、花丸の猛攻を凌ぐので精一杯のようだった。

 だが、人間の肉体と獣の肉体、そもそもハードもソフトもエンジンも、何から何まで違う。獣が強力なのはそれ相応の能力を有し、それを機能させる為の機構を有し、それを使う事を厭わない心があるからである。バイオドレスを纏って強化しているとは言え、それを扱うのは人の肉体であり、人の思考であり、人の心である。元々その機能を持っていない物で獣を再現しようとしても、限界がある。

「ぜぇ……はぁ……ぜぇ……」

 現に、花丸の動きは戦いが進行するにつれて動きが悪くなっていく。そして、それを見逃すアッシュでもない。

「う――わあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 動きの鈍った花丸の腹に、アッシュの蹴りが突き刺さる。バトルドレスによる強化と麒麟の強化。相乗によって生み出された人外の膂力が、容赦無く花丸の身体に襲い掛かる。彼の身体は十メートルも地面に触れる事無く吹っ飛び、そして実験場の壁に叩き付けられた。

「…………」

 銀色のオーラを身体から立ち昇らせながら、双角の獣は花丸の方を見つめている。どう見ても花丸は戦闘不能になったと言うのに、彼はその全身からまだ緊張を解いていない。それどころか、このまま戦闘を続行しようとしているかのような――

「――!!」

 素早く、アッシュが身構えた。

「う……うぅ……」

 壁際に倒れている花丸が身動ぎし、ゆっくりとした動作ではあるが立ち上がった。身体が小刻みに震え、膝が笑っているが、それでも彼は立ち、アッシュの方へと身構える。

 対峙する二人。睨み合ったまま、お互いに出方を伺っている。

 そして、

「!!」

 アッシュが駆け出した。花丸の傍に駆け寄り、床に崩れ落ちた彼の身体を抱き上げる。バイオドレスを脱がせると、そこには完全に衰弱しきった花丸の姿があった。

 ――・――・――

「こんなの、いくら何でも非道すぎます!」

 記録映像を前に、サヨリが珍しくジングウに抗議している。そんな彼女を意に介した風ではなく、ジングウは映像を見つめていた。

「毎日毎日、衰弱するまで戦闘訓練なんて……こんな事を繰り返していたらその内、花丸さんは死んでしまいます!」

 流れているのは先程の戦闘訓練であるが、それは一時間以上に渡って繰り広げられている。一切の休憩も挟まずに、しかも花丸に至っては常に全力疾走で、だ。

「仕方ありませんよ、元より花丸さんは戦闘要員ではありません。決定的に、戦闘に関する経験値が足りていない。それを補うには、極限まで自分を追い詰め、徹底的に自分を苛め抜く以外に方法は無いでしょう」
「だからって、こんな……」
「実際に、効果は出ています。決して無意味ではありません」
「意味、無意味の問題ではありません!」

 堪えきれなくなったように、サヨリが机を叩いた。

「ジングウさんだって気付いているじゃないですか、花丸さんが強くなりたいって事くらい!? それなのに……それなのに、こんな痛めつけるような真似をするんですか!?」
「…………」

 激昂するサヨリを、ジングウは正面から受け止めている。その表情は揺るがず、むしろ熱を無くした鉄の様に冷めていた。

「別に私、『優しい』貴方に分かって貰おうとは思っていませんが……せめて、花丸さんの覚悟くらいは理解してほしいものですね」
「え……」
「あれを私が強要しているとでも? あの鍛錬方法は花丸さん、自らが志願したものですよ」
「…………!?」

 サヨリは、信じられない物を見たように目を見開いた。

 あの苛烈な訓練内容は、花丸が自分で申し出たもの。あの気が小さく、そして心優しい花丸が? それは彼の人となりを知っているサヨリにとっては、俄かには信じがたいものだった。

「本当に……ですか?」
「少なくとも私、味方に嘘をつくほど人でなしであるつもりではありませんが……第一、貴方に嘘ついてもメリットなんてこれっぽっちもありませんし?」

 両手を広げ、あっけらかんとジングウは言う。

「そんな、でも、花丸さんが自分でなんて……」
「ふふふ……全く可愛いじゃありませんか。彼もまた、いっぱしの『男の子』だったと言う訳ですよ」
「……それはどういう意味ですか?」
「負けたら悔しい、ただそれだけの真理ですよ」

 ――・――・――

「はぁ……」

 生物兵器ハンガー内にあるベンチに腰掛け、花丸はため息をついていた。

 その表情には苦痛の色が浮かんでいる。アッシュに打ちのめされた場所が痛む、と言うのもあるが、何より彼にとってキツイのは全身を襲う筋肉痛だ。連日過酷な運動を強いられ、花丸の身体は悲鳴を上げていた。

「ふ……ふ、ふふ……」

 だが、苦痛に顔を歪ませながらも、その中に喜色を滲ませていた。

「痛いなぁ……筋肉痛なんていつ以来だろう……でも、少しずつ僕は強くなっているんだよね……?」

 筋肉痛は筋肉のオーバーワークの結果生じる炎症の痛みであり、酷使された筋肉の破壊の悲鳴である。だが、この痛みを堪えて鍛錬を続けると、筋肉はそれまでよりも強く生まれ変わる。スポーツ選手が自分の身体を苛め抜く職業であると言われる所以だ。

 元々、花丸は自分で戦うタイプの能力者ではない。その為、平均的身体能力ではアッシュの足元にすら及んでいなかった。経験、力量、能力、そのすべてを不足している。それを短期間で補う為に、花丸は自分の身体が壊れかねないような鍛錬に望んでいる。

 愚行、愚策。しかしそれは、確実に花丸の身体を鍛えていた。肉体面ではまだまだであるが、経験値の量ならば下手な戦闘員よりも上だろう。短い時間の間に繰り返され、積み重ねた訓練の濃さは、既に百戦錬磨と言ってよい。

 もちろん、リスクは大きい。致命的な破壊をきたし、再起不能に陥る危険性がある。しかし花丸はそのリスクを推して望んでいる。ひたむきに純粋に、戦う力を欲して。

 一度目は人で無し。その圧倒的な力の前に、花丸は自らを傷付けられただけでなく、大切な友を失った。

 二度目は似姿。自分と同じ戦い方をする相手に、その力は及ばなかった。

 自分の友である生物兵器達。彼らに守られ、或いはその力を借りる。それがそれまでの花丸の戦い方であった。だが、一度目の敗北は彼の心に爪痕を残した。仲間に頼らなければ勝てない脆弱さ。自分一人では戦う事も出来ない貧弱さ。そして自分が負けるとは即ち、力を借りた友を喪うと言う現実。

 無々世に勝てなかった――敗北。それが花丸に力を渇望させた。誰かに頼らなくても、自分一人で戦って勝てるだけの力。それを花丸は欲した。

 そして、花丸は手に入れた。バイオドレスと言う新しい力を。

 だが、それでも勝てない相手がいた。

 まるで、悪い夢のようだった。新しい力を手に入れ、それに慢心しないようにと日々訓練を重ねていたのに。ムカイ・コクジュはそんな彼を嘲笑うかのように、『それまでの花丸の戦い方』をもって彼を打倒した。花丸はムカイに、傷一つ負わせる事が出来なかった。

 無論、内容が違う。ムカイは数に物を言わせた戦術であったし、アーネンエルベの力を使った支配による強制だ。花丸は生物兵器との信頼による連携である。だが、しかし――どちらも生物兵器を運用した、「何かに頼った」戦い方であり、そしてどちらも、「能力によって生物を操っている」と言う事では共通している。まるで彼の選択を否定するかのように、ムカイは花丸の新しい力をねじ伏せたのだ。

 花丸自身、内気で争いごとを好まない優しい性格だ。勝ち負けに関してあまり拘らない部分があるし、可能なら戦い自体避けたがる部分がある。

 だが、過去二回の敗北。それはどちらも、花丸自らが望んで挑み、そして敗れた戦いなのだ。

 彼だって男の子なのだ――負けて悔しくない訳が無い。ましてやそれが、友を失った戦いであり、自分の誇りを踏みにじられた戦いなのだから。

「強く……なりたいなぁ……」

 ジングウを筆頭に、千年王国の面々が脳裏に浮かぶ。自分も彼らの様になりたいと、花丸は思う。彼らの様な、背筋を張った強さが欲しい、と。

「う? ……こ、コハナ?」

 花丸の衣服がもぞりと動き、襟元からアオダイショウが首を出した。生物兵器でないが、彼の相棒と言ってもいいコハナ。コハナは何か言いたげに、花丸を見つめている。

「心配してくれてるの? ……僕は大丈夫だから、安心して」

 花丸は微笑むと、コハナの頭を撫でた。心なしか、コハナも嬉しそうにしているように見える。

「さて、それじゃあ帰ろうか」

 筋肉痛を我慢し、花丸はベンチから立ち上がる。と、その瞬間、何かを察知したようにコハナの首が動いた。

「コハナ? どうしたの?」

 もちろんコハナは答えないが、彼女は一点を凝視――否、睨みつけている。警戒心を露わにしているのが、花丸にも伝わって来た。

「あそこって確か、バイオドレスの調整槽があったよね……?」

 不思議そうに首を傾げながら、花丸はその一角へと近付いて行く。格納庫の一角に造られたその場所には、いくつもの巨大な試験管を思わせる水槽が並んでいる。そのほとんどが空であったが、その内の二つには中身が存在していた。二つのバイオドレスが培養液に浸かり、水槽の中に浮かんでいる。

「え、これって……」

 そして花丸は、違和感に気付いた。二つのバイオドレスは並ぶように配置されている。だからこそ、その違和感がはっきりと分かった。片方のバイオドレスの形状が、それまでと異なった形状に変化していたのだ。

 その色は緑色から赤色へと変色。どこか昆虫を思わせる形状だったのが、今は爬虫類を彷彿とさせるフォルムへと変貌している。背部には翼の様な膜が出現し、腰からは尾っぽにも触手にも似た部位が出現している。培養液を激しく泡立たせながら、『花丸に与えられた』方のバイオドレスは形を変えていた。

「何……一体何が起きているの!?」

 予期せぬ事態に、花丸は恐怖を覚えていた。身が委縮し、その場から動く事が出来ない。全身が震え、歯がうまく噛みあわない。この感覚を、花丸は知っている。圧倒的なまでの、未知なる存在への恐怖。何が起きているのか分からない、と言うのもあるが、花丸は本能的に感じ取っていた。今、この場で『生まれよう』としているソレが、果てしなく悍ましいナニカであると言う事を。

 そうしている内に、水槽の表面に罅が入った。

「あ――」

 水槽が砕け、培養液が辺りに飛び散る。次いで、ぐちゃ、と何かが地面に落ちる音が聞こえた。それなりの質量と重量を備えたナニカが、水槽から床に飛び散った培養液の上に落ちた音が。

「ひっ……!?」

 ソレを見て、花丸は思わず顔を引き攣らせた。

 身体の色は赤黒く、培養液に濡れててらてらと光っている。そのせいか、臓腑のような肉塊を思わせた。四肢があり、翼のような膜があり、そして尾がある。頭部には後方に向かって伸びる角が出現しており、それは恐竜か、或いは竜を彷彿とさせた。

「――あがっ!?」

 凄まじいスピードで、何かが花丸に襲い掛かった。それはバイオドレスの放った尾の一撃だったのだが、花丸は視認する事すら出来なかった。吹き飛ばされた花丸は壁に叩き付けられ、そのまま意識を失う。

 ずるり、ずるりと、這うようにバイオドレスは花丸の方へと進んでいく。まるでその姿は、五体があるのに中身が無い、骨や臓物が入っていないかのようだ。そうして花丸の近くまでやってくると、バイオドレスは腹部から無数の触手を伸ばし、意識を失った花丸の身体を絡め取る。そのまま彼を引き寄せると、その腹部が開き、まるで丸呑みにするように自分の中へと納めてしまった。



 ≪悪魔の発明:3≫



(そして怪物は雄叫びを上げる)

(或いは産声の様に)

(或いは歓喜の叫びのように)

(怪物の身体は更なる変化を起こし、)

(その姿はまさしく、「創造物(クリーチャー)」の名に相応しい様相を現していった)

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最終更新:2013年05月30日 10:58