「お、来ましたね」
それがやって来るのを見つけると、私は双眼鏡を構えた。
私達がいたのは、いかせのごれにある港を一望出来る丘の上です。そして私達が見ていたのは、そこにある倉庫区画。今は使われていない、廃倉庫の区画です。
現れたのは、黄金に輝く巨大な蛸のような生物兵器、「アウルム・テュランヌス」。そしてもう一つ、アースセイバーが保有する飛行艇「ラー」です。
「ラー」は、「テュランヌス」を発見するとすぐさま機銃を掃射しました。「テュランヌス」はもろに銃撃を浴び、無数の手足が千切れ飛びます。
「あらら、あっと言う間に終わっちゃいそうですね」
私の隣にいる
サヨリさんが言いました。その隣には、興味津々な様子で見つめる
レリックの姿があります。
ちなみに、二人とも双眼鏡は持っていません。サヨリさんは瞳を望遠レンズに可変して遠くのモノまで見えますし、レリックはそもそも視力がいいのです。
「ぐー、あうるむ、よわい」
「はてさて、それはどうですかねぇ……」
私がそう呟くと、間も無く変化が始まりました。「テュランヌス」の千切れた手足が再び生え、胴体に穿たれた傷も塞がり始めたのです。
「おお、あしなおった!」
「テュランヌス」の変化が面白いのか、レリックがはしゃぐような声を上げます。それに対して、隣にいるサヨリさんは首を傾げていました。
「アウルム・テュランヌスに、あんな機能ありましたっけ?」
「通常仕様のテュランヌスには、再生機能なんかありませんよ」
「それじゃ、あれは一体……」
「あれは「ヤーゴ・プロジェクト」によって強化された特別なテュランヌスです」
「えーっと、「ヤーゴ・プロジェクト」。アーカイヴにアクセス……ああ、これですね」
「ヤーゴ・プロジェクト」。既に製造されていた生物兵器、或いは生産ラインが確保された生物兵器を更に改良・強化する事で、より高性能な生物兵器を生み出すプランです。成功するか否か曖昧な新型の生物兵器開発よりもずっと成功確率が高く、非常に有意義なプロジェクトでした。
「ですがこれ、ジングウさんいなくなった後にプランは凍結され、しかもその時製造されていたもののほとんどは五年前に廃棄処分になっていますよ?」
「と言う事は、ヤーゴ・プロジェクトの成果物の多くは、レリックの血肉に消えたわけですか」
「そうなりますけど……だったら、あそこにいるは一体……」
私達が見ているその場所で戦っている「アウルム・テュランヌス」は、我々の保有している生物兵器とは異なるものです。サヨリさんが問い合わせたところ、施設の格納庫には我々の「テュランヌス」が格納されたままだと返事が返ってきましたので。
「……おそらく、死滅せずに生き残ったテュランヌスの幼体が、栄養分の豊富な海に出て成長したものなのでしょう。しかしよくもま、あんなに大きくなるまで誰も気付かなかったものです」
「ところで、何で私達こんな所にいるんでしたっけ?」
「……ピクニック?」
「何で疑問系なんですか」
まぁ、冗談はさておき、私達がこんな場所にいるのは、「いかせのごれで発生する超常現象について実地で調査がしたい」とゼアに申し出たからです。私が外へ出る事にゼアは難色を示しましたが、私が改良してからもサヨリさんが今まで通り機能しているので、とりあえず了解が出ました。いやー、サヨリさん様様ですね。
「あうるむ! もっとがんばれ!」
「……ところでレリック。あんまりはしゃぐんじゃありません」
まるでプロレスの試合でも観戦しているように、レリックは「テュランヌス」と「ラー」の戦闘を見つめています。もっともさっきから繰り広げられているのは、「ラー」の銃撃を「テュランヌス」が一方的に受けるだけの、極めて一方通行な戦いですが。
「ですが、そろそろですかね……」
「? 何がですか?」
私が答えるまでもなく、その変化は「ラー」に起きました。突然、「ラー」の銃撃が止まったのです。
「ぐー、らーのこうげき、とまった!」
「……まさか」
「弾切れ、ですね」
機体の大きさが軽自動車程度。それなら、積載出来る弾数にも限界があります。あれだけひっきりなしに撃ち続ければ、自ずと弾切れにもなる。そして私の見立てを裏付けるように、「ラー」は廃倉庫の影に下りました。
「サヨリおねーちゃん、だれかでてきた」
「アーカイヴにアクセス……一人は蒼井聖、武装転送能力「サモンアームズ」の使い手です。でも、もう一人はデータ不足で「UNKNOWN」の表示になってますね」
サヨリさんが言う通り、私もその男を見るのは初めてだった。
時代劇のような髷ではなく、ポニーテールの様に髪を結わえた「チョンマゲ」。左手に持っている長物は刀だろうか? その姿は一目で「サムライ」という印象を私に抱かせた。その一方、男が身に付けていたのは身体のラインがはっきりと見えるダイバースーツの様なものであり、そこにイメージの差異のようなものがある。
「……待てよ、確か――」
あの男、確かどこかで目にしたような……
「え!?」
「おー♪」
そんな風に私が考えていると、隣で二人二様の反応が出た。
一体何に驚いたか。正直、私もそれには驚かされた。
一言で言うなら、それは「大剣」だった。
否、正しく言うなれば「大刀」なのだろうか。男が刀を鞘から抜いた途端、その刃が男の身の丈程にまで巨大化したのだ。しかも、ただ巨大化しただけではない。その刀には、幾つかの機械が融合した独特の形をしていた。
また、変化はそれだけではない。男が刀を抜いた直後に、光の粒子が男の身体の周りに出現した。それらは男の身体に纏わり付くように集まると消失し、代わりに男の全身が鎧兜によって覆われていた。その鎧兜も刀同様に、機械と融合したフォルムをしている。まるで鎧兜と言うよりも、パワードスーツと言った姿だ。
そこに至って、私はようやく男が何者なのか思い出した。
源頼光。それは鎌倉時代に実在した人物であるが、私の視線の先にいる男の名も同様だ。奴が歴史上の人物と同一人物なのかどうかは定かではないが、ただ一つ言えるのは奴は強いと言う事。「前の私」が
ホウオウグループに在籍していた頃、私の生み出した生物兵器は悉く奴の手で葬り去られた。まるで阿修羅のような鎧兜に身を包み、斬馬刀のごとき刀を振り回すそのその姿を私が忘れる筈も無い。
「根無し草だと思っていましたが……なるほど、アースセイバーに身を置きましたか」
私がそう呟いた、直後だった。
「がああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッッ――!!!!!!」
戦闘エリアから遠く離れた、この場所にまで伝わってくる程の咆哮。ヨリミツが上げたものだ。当時の私にとって、あの咆哮は私の作品が滅び行く合図のようなものだった。
ヨリミツが「テュランヌス」へと飛び出していくのに対し、聖はその場から動かなかった。代わりに虚空からミサイルランチャーを引き寄せ、それを構えて「テュランヌス」へと向ける。なるほど、彼は支援砲火ですか。
咆哮を上げた後、ヨリミツは不気味な位に静かになる。雄叫びの代わりに振るうのは大刀だ。四方から迫ってくる「テュランヌス」の触腕を、その刀を一振りするだけでバラバラに切り刻む。すぐさま「テュランヌス」の再生が始まるが、そんな事ヨリミツは全く構わない。再生を始めた部位ごと、再び刀を振って切り抉る。その姿は侍なんて上品なものじゃない。むしろ「チョッパー(解体屋)」だ。あいつの手で、私の作品が一体何匹肉塊に変えられた事か。
「…………」
そんな事を知ってか知らずか、レリックが表情は強張っていた。今まで彼女が、何かしらに対して恐怖を示した事は一度も無い。よく見ると、彼女の手がサヨリさんの服を掴んでいる。その時レリックの表情に浮かんでいたのは、紛れも無い恐怖だった。
(本能的に、感じ取っているんですかね。ヨリミツの刀が、今まで自分の仲間を何匹も血祭りに上げてきた事に……)
「……行きましょう、サヨリさん」
「え、いいんですか?」
「この程度のデータ収集でしたら、いずれまた機会があります。それに、これ以上この光景をレリックに見せるのは、あまり得策ではありません」
「あ、はい!」
私の言葉を聞くと、サヨリさんは急いで立ち上がった。それからレリックを抱き抱えるようにして立たせ、彼女を安心させるように頭を撫でる。
ヨリミツの戦闘をこれ以上見続けて、下手にトラウマでも植え付けてしまったら、レリックの戦闘能力は大幅に下がってしまう。それを私は避けたかった。もっともサヨリさんは、別の意味でこれ以上この光景をレリックに見せたくないようでしたが……
「あの、ジングウさん」
「何でしょう?」
「りーちゃんの
気分転換の為に、街中をちょっと歩きたいんですけど……」
「……それが何を意味するか、貴方は分かっています?」
私はゼアに、あくまで「超常現象の実地調査を行う」と言う名目の下、今こうして外に出ています。現在調べられている段階で、私が起こした「生物兵器騒動」を除き、街中でそれらしい事は起きていません。つまりここで街に行く事は名目から外れる行為であり、命令違反に値します。
命令違反など、私には全く関係の無い事です。ですが、サヨリさんは違います。擬人兵であり、私の監視担当です。組織の「所有物」である以上、組織の歯車として動く事が基本。そもそも命令違反など犯せないように出来ており、何かの間違いでそれを犯せば、最悪解体処分もありえます。「所有者」の意に従わない道具など、不良品以外の何物でもありませんから。
「……はい」
しかしそれにも関わらず、彼女は命令違反を行った。レリックの為に、と。
「……ふふふ」
いいです。実に良いですよ、サヨリさん。それでこそ、私が電子頭脳を改良して「人間に近付けた」甲斐があったと言うものですよ。他人の意に従うだけの、自我があって無いようなお人形さんに、私は用などありません……!
「……いいでしょう。ちょっと街中を歩きましょう。レリックにとっても、良い刺激になる筈です」
「…………」
「ただし、報告に関しては貴方が言い出したのではなく、私から言い出した事にしておいてください」
「……え?」
「貴方が解体処分になって、むっさい男の、それも融通の利かない頭でっかちが監視についたりしたらどうするんです? それはお願い下げですよ」
「ジングウさん……」
人の心の機微に関して、私は聊か疎い部分がありますが、それでもその時彼女の言葉は喜んでいるように思えました……私もまだまだ人間って事でしょうか、悪い気はしませんねぇ。
――ですが、私に感謝しようなどとは思わない事ですよ。
私もホウオウグループも、目的が違うだけで、貴方を利用している事に変わりは無いのですから……
余談
四月○○日未明、大型の生物兵器出現。
アースセイバー所属、蒼井聖、ヨリミツ両名によってこれを迎撃・撃退。細胞片を回収し、現在調査班による解析中。
尚このすぐ後、市内にて「ミイラ男のような包帯塗れのメイドが現れた」と言う報告が一般人より寄せられている。
超常現象なのか否か、現在調査中……
最終更新:2011年02月24日 15:43