スイネがパニッシャーに襲われた事をジングウに告げると、彼は興味深そうに反応した。一方、ミツとしてはたまったものじゃない。
「……スイネさんの警備、頑丈になってしまいました。迂闊に接触できません」
『それでも、何とかちょっかい出す手段はあるでしょう? どうにかして、スイネさんについて調べてくださいよ』
この男は、無理難題を平気で言う。ミツは頭が痛くなりそうだった。
いかせのごれ高校潜入から数日。最初はぎこちない部分もあったが、ようやく日常的である事がどういう事なのか、ミツは理解していた。しかし、そう振舞う事が不慣れである事に変わりはない。ボロが出るのを恐れて迂闊に仲間であるホウオウグループのメンバーを頼る訳にもいかず、ミツは実のところ難儀していた。
そんな状況で、ガードの固くなったスイネに接触しろと言うのだ。失敗した時のリスクの大きさを考えると、気が遠くなりそうになる。
『まぁ、今のはあくまで贅沢に、そして欲張った意見です。取り敢えずは、「表向き」の任務を続けて体を慣らしてください』
「そうします……」
一先ずは、「人間を振り」を覚えなければならない。
ホウオウグループ製の人造人間としては珍しい五年もの長い稼動経験を持っているとは言え、社会経験は実質ゼロ年なのだ。ホウオウグループ内では不要にしても、一般社会に溶け込む技能は後々役に立つかもしれない。そう言った意味では、「表向き」の任務は非常に有意義だし、何よりミツ自身が望むところだった。
「……ところで、博士」
『はい、何でしょう?』
「スイネさんについて、いい加減知っている事をすべて教えてもらいたいのですが……この命令の意図が読めません」
下の者が、上の者の命令に異を唱える。ましてやそれが、道具と所有者の関係にあるならば、それがどれだけ分相応な行為であるかはより際立つ。実際少し前のミツならば、ここでジングウからの命令に疑問を抱いたりしなかっただろう。しかし、今のミツは違う。自分がただの創造物ではなく、意志を持った一個の存在である事を「彼」は自覚していた。この質問は、その自覚故のものだった。
『おやおや? 思いの外、疑問を覚えるのが早かったですね』
「博士の意図が読めないから、疑問を覚えた。
ただ、それだけの事……ミツは間違っていますか?」
『いいえ、間違いではありませんよ。理解が出来ないから理解しようとする。それは正しい行為だ。最近の子供は分からない事を分からないままにしておく事が多い。そう言った意味では、貴方は彼らよりずっと賢いでしょう』
「そんな事より、理由を教えてください」
ジングウ自身は、純粋にミツの事を賛美したに過ぎない。しかし「彼」にとっては、それが何時もの回りくどい言い回しにしか聞こえなかったようだ。ぼそりとジングウが「せっかちですねぇ……」と漏らしている。
『教えても構わないですが、この事はスイネさんが元々ホウオウグループに属していた事同様、他の所属員には他言無用で。それこそ、トキコさんの耳にでも入れば一大事です。最悪、血の雨でも降りかねない』
「分かっています。ミツは誰にも、ここで聞いた事を口にはしません」
『……いいでしょう、貴方を信頼します』
そしてミツが聞かされたのは、「彼」の予想の範疇を遥かに超えたものだった。
人工神。それはとある目的から作り上げられた、神を模した贋作。しかしそれとは別にかつて「前のジングウ」は、二人の人工神を作っていたと言う。名前は「アダム」と「イヴ」。神として造られながら、雌雄を与えられた特殊な人工神だった。
なぜホウオウが、そんな神を作らせたのか。最初ジングウには、全く理解出来なかった。しかし、後に彼は悟った。ホウオウは人工神同士の交配実験により、「神の子供」を生み出させようとしていたのだ。
本来、子を成す筈の無い人工神。なぜなら「そう言う風に作っている」からだ。しかし事実とは異なり、神は子を成した。人造とは言え、模造とは言え、神と神の間に生まれた子。それが
ファスネイ・アイズ。後のスイネだった。
「……冗談?」
『……
サヨリさんもですけど、何で貴方達って私の話を初めから信じてくれないんですかねぇ』
「だ、だって……」
トキコもそうだが、スイネにそんな過去があるとは、ミツには到底信じられなかった。「彼」が見たスイネは、虫も殺せないような大人しい少女に見えたのだから。
『彼女がそんな人間には見えなかった、と?』
「!」
『それを言うなら、
ケイイチや
都シスイはもうご覧になりましたか? 彼らは表向きただの学生だ。しかし――私やホウオウと言った強大な力を持つ者達を、悉く打ち倒している。そんな特別な人間であるように、彼らが見えましたか?』
ジングウの意見に、ミツは黙り込む。二人が特別な人間に見えたか否かで言えば、それは否であったから。贔屓目に見ても、二人はどこにでもいる学生にしか見えなかったのだ。
『人間というのは、表面から理解出来る事なんてたかが知れているんですよ。勉強になりましたね?』
「……それにしたって、なぜスイネさんを調べるんです?」
スイネが人造とは言え、神の子であるのは理解出来た。だがしかし、それだけでは漠然とし過ぎていて「なぜ」の答えにはならない。もっと具体的な答えを、ミツは求めていたのだ。
『……ミツさん。人間は、知を欲する生物なのです』
「はい?」
『私はアダムとイヴを作りました。彼らには元々、生殖し繁殖する機能なんてありません。神にそんなもの不要ですし、そもそもそれらの機能を私は与えていなかったらです……しかし、蓋を開けてみればどうですか。何かしらの細工をされたにせよ、二人は交配し、そしてイヴは子を宿した。彼らは、創造主である私の想像を超えて見せたのですよ……この時の私の気持ちが、貴方に分かりますか?』
その時受話器から漏れる声が、ミツには歓喜に酔った声であるように感じられた。
「幼い」彼には理解出来なかったが、それは欲情した人間の声だった。ジングウの声には、抑えられぬ知的好奇心・探究心への欲求が滲んでいる。性的欲求への渇望ではないにも関わらず、人が聞けば同質の声だと感じられたに違いない。その時ジングウは、間違い無く知的探究心によって「欲情」していた。
『私は知りたい……奇跡の子、ファスネイ・アイズ。彼女のすべてを、私は知りたい……ッ!』
狂気。生まれて初めて、ミツはその時「狂気」というものを感覚的に感じ取った。ゾクリと冷たいものが背筋を抜けていく。受話器の先にいるのが、まるで得体の知れないもののように感じられ、ミツは思わず携帯電話を取り落としてしまった。
『おっと!? ……どうかしましたか、ミツさん?』
「い、いえ、電話を取り落としてしまいました……すみません」
何でも無い事を装いミツは応えるが、「彼」の胸の鼓動は早さを増していた。
生まれたてであろうが何であろうが、それはミツにでも分かった。この男は――ジングウは――まともではない。
『まぁ、そう言う訳です。今後もお願いしますよ、ミツさん?』
「……はい」
偶然にも垣間見たジングウの異常性。そこから感じられた、未体験の恐怖。ミツは戦慄するのを止められなかった。
最終更新:2011年03月13日 14:47