『黒騎士』
「な、何だか物々しい……ね?」
そう言って、スイネさんは苦笑した。全くだ、と俺は心の中で同意する。
「仕方ないよ、スイネさんは今狙われているんだし」
「そうね……」
先日の襲撃事件以降、スイネさんには護衛役がつく事が決定した。
パニッシャーはともかく、スイネさんを体育館裏に呼び出したと言う「謎のバイクスーツ姿の人物」。その人物の発言から、そいつがスイネさんを狙っているのは確定的に明らかだったからだ。再び彼女を襲撃する可能性は多いにある。
それに備え、バク教官から俺、
都シスイ。そして
ハヤトの二人が、スイネの護衛役として就く事になったのだった。
「……しかし俺はともかく、何でハヤトが……」
「ん、スイネの護衛役に名乗り出たからに決まってんだろ」
そう言ってハヤトは、俺に向かってどや顔を浮かべる……どうせなら光一とか、戦闘能力の制限があまりされない能力者の方がありがたかった。ハヤトの能力は広域破壊には向いているが、周囲に与える影響を考慮すると全力は出せない。
数日前、蒼井聖が街中で戦闘したという記憶を掘り出す。アースセイバーでも屈指の戦闘能力を持つ彼が、パワードスーツを装着しているとは言え素人も同然である相手に苦戦を強いられた。それがなぜかと言えば、街中という環境ゆえに全力を発揮出来なかったからだ。もしその時の戦いが街中ではなくスト跡地のような廃墟街だったならば、彼が苦戦するような事は無かっただろう。
能力者にとって、「全力を出せない」という足枷はそれだけ厄介なものなのだ。
「いやー、しかしラッキーだぜ。まさか、こんな形でスイネとお近づきになれるなんてー」
そんな事を分かっているのか分かっていないのか、ハヤトはそんな事をのたまっている。
「おいハヤト、そんな事呑気に言ってる場合か?」
「分かってる、分かってるって! スイネが危なくなったら、ちゃんと俺だって真面目に仕事するって」
「本当にかぁ? どうにも不安ばかり残るんだけど……」
「……ってか、世の中不公平じゃない?」
「はい?」
「お前さー、日常的にスザクとかトキコとかと絡んでいるのにさー……何? 今度はスイネの護衛役? 何でお前ばっかおいしい思いしてるんだよ!?」
「知らねぇよ! つか、おいしくもなんともねーし! お前いっぺんトキコの奴に振り回されてみろ! 絶対後悔するぞ!」
「後悔どころか望むところだ! 女の子に振り回されるとか、最高のシチュエーションじゃねぇか!」
……分からん。そりゃ、まぁ、迷惑を感じる一方、それを楽しんでいる自分がいる事実を否定しないけど……でもだからと言って、そーゆーのを自分から望むか、普通?
「シスイぃ……あんたは恵まれているんだよ……そして、恵まれている奴は俺みたいな奴の苦しみを一生理解出来ないんだ!」
「なんでそこまで卑屈になってんだよ!? お前だって、結構恵まれてるだろーが!?」
ぎゃあぎゃあ騒ぐ、俺とハヤト。とても護衛をやっている人間とは思えない光景だ。スイネさんの方を見ると、彼女が笑っているのが見えた。
(……まぁ、いいか)
パニッシャーはこれまでの傾向から、能力者かつ戦闘能力の低い者を狙う。加えて、出現は単独で限られている。俺もハヤトも今までパニッシャーに襲われた事は無く、向こうから見れば対象外なのだろう。そして、その対象外の能力者が二人スイネさんに張り付いている限り、彼女がパニッシャーに襲われる危険性は少ない。仮に出現したとしても、俺とハヤトの二人なら敵じゃない。
懸念事項はバイクスーツの人物だが、それも大丈夫だろう。俺がそいつを引き付けてハヤトとスイネさんを撤退に専念させれば、少なくともスイネさんの身を守る事は出来る。だからまぁ、大丈夫だろう。
(それにしても……)
俺はちら、とスイネさんの方を見る。彼女はハヤトと会話しており、俺の目ではそれを楽しんでいるように見える。
スイネさんについて多くを知っている訳じゃないが、彼女の能力が何であるかは知っている。「自分のイメージを実体化する」と言う、非常に稀で破格の能力だ。
口にすれば強力だが、そこまで便利な能力でもない。一回使う為には、イメージを形にする為に強い集中力と体力をたくさん使うらしい。その為戦闘向けの能力とは言いがたく、アースセイバーの所属ではあるものの、スイネさんが出動した事例はほとんど無い。パニッシャーのターゲットにされてしまったのも、おそらくそのせいだろう。
(だが、バイクスーツの人物……そいつは、どうやってそれを知った?)
スイネさんの能力は、アースセイバー内でさえ機密にされている情報だ。俺自身、能力については知っていても、スイネさんの出自についてまで知らされているわけじゃない。そしてアースセイバーの性質上、それが外部に漏れる可能性は少ない。
しかし、バイクスーツの人物はそれを知っていた。また仮に知らなかったとしても、スイネさんが何かしら特殊な能力を持っている事は知っていた。奴はそれを知ろうとして、スイネさんを襲ってきたのだから。
(なんだ……俺達の身の回りで、一体何が起こっている!?)
俺達の知らない場所で、明らかに何が起きている。その実態がまったく掴めない。それを俺は不気味に感じていた。
その時、俺の思考を止めさせるようにハヤトが俺をど突いた。
「な、何だよ、ハヤト……」
「さっきから何黙ってんだよ? お前らしくねーぞ」
「そ、そうか?」
「そうだよ……ったく、お前はこういう時あれこれ考えるよなー」
「いや、考えて普通だろ。むしろ、考えないのがおかしい、っつーか……」
「お前の場合考え過ぎ! 考えても分かんない事まで考えてたら、その内頭オーバーヒートしちまうって!」
……不覚にも、ハヤトの言葉に納得してしまった。
考えても分からない。それもそうだ、今は情報が少なすぎる。それなのに俺は、「無理なのに考えよう」としていたのかもしれない。考えても仕方の無い事に頭を使っても、変に体力を使うだけだ。ハヤトの言うように、俺は考え過ぎだったのかもしれない。
「……それもそうか」
「そうそう。今は取り合えず、楽しい事でも話して気分盛り上げようぜ?」
「うん、そうだな――」
「――つーわけで、スザクとトキコ、どっちが本命なのかゲロっちまいな」
「…………はい?」
目が点になった。なんでここでそういう話になる!? 見れば、スイネさんまで何かを期待するような眼差しで俺を見ている。……おいおい、なんだ、この空気は。
「なんでそうなる」
「またまたー、カマトトぶっちゃってー。どっちかに気があるんでしょ、旦那?」
「いや、さっぱり分からない。何でそんな話になる」
「……シスイ、スザクとはどの位の付き合いになるの?」
そこで、不意にスイネさんが口を開いた。
「ん、スザクとの付き合い? んー……かれこれ、一、二年になるのかなぁ」
俺がアースセイバーに入ったのが、十五歳の時。スザクと出会ったのも、大体それ位の頃だった。任務先でばったり顔を合わせて、それから何やかんやで力を貸してもらったり、助けてもらったりしている。
「へぇ、お前らそんな長い付き合いになるんだ?」
「そーだな。俺にとっちゃ、大切な戦友――「そう、戦友!」ウェ!?」
俺の言葉を遮り、突然スイネさんが声を上げた。い、一体何事!?
「最初は見ず知らずだった二人が、戦場で出会い、そして手を携える。いつしか二人の間には友情が芽生え、お互いにとってかけがえのない存在になっていった――その友情がいつしか愛情に変わるって、よくある話でしょ!?」
「スイネさん、落ち着いて! あんた、キャラ変わってるよ!?」
ずいずいとスイネさんは俺に向かって迫ってくる。その表情は期待感に満ち、瞳はキラキラと輝いている。
俺とスザクに愛情? 無い無い、そんな訳無い!
「スザクは大切な仲間だとは思ってるけど、恋愛感情は無いかなぁ……」
「本当に?」
「いや、本当に――」
「よーく自分の胸に聞いて。もしかしたら、恥ずかしくてそうじゃないと思い込んでいるだけかも」
「……そんなに俺とスザクくっつけたいのか、あんた」
……女の子って、本当にこういう話好きだよなぁ……
「んじゃ、トキコは?」
「トキコもねーよ。あいつはただの友達」
「ただの友達に、毎度お弁当のおかずをあげます?」
「あげるでしょー? それに、あれは俺があげてるっつーより、あいつが俺にたかってるっつーか」
「ふーん……ところで、スイネさん?」
「はい、なんでしょう?」
「実はですねー……数日前、シスイの奴が〝店長〟の
レストランでトキコと一緒に飯食ってたらしいんですよ」
「あらあら、それって……」
……楽しそうだな、あんたら。つか誰だ、その情報リークしたの。店長か、ナツカさんか? 後で追求してくれる。
「トキコもねーよ」
「じゃあ、何で姉さんのレストランで一緒に飯食ってたんだよ?」
「デート?」
「違う! ……この間、トキコの奴学校休んだんだよ。それでその日の放課後街中走ってたら、偶然あいつ見かけて……で、話しかけたらなんか機嫌悪いし元気無いし……で、景気付けにと思って飯に誘って……」
「ヒュー……やっさしぃ」
「茶化すな! 仕方無いだろ、見てられなかったんだから!」
元気だけが取り柄のあいつが、信じられない位元気無かったんだぞ!? なんかしてやりたくなるだろ、フツー!?
「優しさだけが、シスイの取り柄だからね」
「だけってなんだよ、だけって……」
「優しさぶっ飛ばして、ただのお人よしの気もするけどな」
「悪いかよ」
「いや、悪くは無いけど」
いつの間にか、二人に遊ばれている……まぁ、誰かに弄られるのはいつもの事だけど。それに、こうしてふざけ合うのは嫌いじゃない。
――しかし、あちらさんはそれを許してくれないらしい。
「!」
真っ先にスイネさんが気付いた。それから、俺達もそれの出現に気付く。歪な人の模造品が、俺達の目の前に立っていた。
「パニッシャー……」
出現の予兆が全く無かった……流石だ。探知型能力者でなければ察知出来ないというのは本当らしい。こうして対峙していても、奴からは「現実感」を感じない。
「ハヤト、スイネさんをしっかり守っていてくれ」
「おう!」
「天子麒麟」のオーラで全身を包み込む。それに対応して、いくつもあるパニッシャーの目が俺の方を向く。その手に、マシンガンを構えるのが見えた。
「――ッ!」
一気に加速し、相手との距離を詰める。弾丸が飛んでくるが、「麒麟」の力を纏った俺に、こんなもの銀球鉄砲と何も変わらない……!
(相手が殺人機械なら――躊躇は要らない!)
相手が構えているマシンガンを奪い取り、一撃で粉砕する。続けてパニッシャーを組み伏せ、俺は拳を振り上げた。
(狙いは一点……首の駆動用バイパス!)
人間の首の骨と同じだ。こいつの首の部分には、その運動機能を司る太いケーブルが走っている。そいつを破壊すれば、一撃でこいつは止まる!
しかし――
「な、え!?」
「!?」
ハヤトの声が聞こえ、俺はそちらに顔を向けた――その瞬間、俺は自分の目を疑ってしまった。
「な――!?」
スイネさんとハヤトの背後。そこにもう一体の機械人形――パニッシャーが立っていた。
(そんな馬鹿な、パニッシャーは単独行動するんじゃなかったのか!?)
俺は急いで二人の傍へ向かおうとして――しかし出来なかった。俺が組み伏せていたパニッシャーの体のあちこちから、無数のケーブルのような物が延びて俺の自由を奪ったのだ。
「な!?」
パニッシャーにこんな機能無かった筈――じゃない! 駄目だ、強化した膂力でも引き剥がせねぇ!
「ハヤト、スイネさん!」
二人の方を見ると、ハヤトがパニッシャーに組み付いていた。どうやら俺と
同じように組み伏せ、その隙にスイネさんを逃がそうとしているらしい。
だが、
「うわぁっ!? な、なんだこれ!?」
そのパニッシャーからも、無数のケーブルが生えてきて、ハヤトの身体に絡み付いていた。スイネさんはどうしていいか分からず、その場で硬直しているのが見えた。
(このパニッシャーは――)
俺は絡みつくケーブルを引き剥がそうとしながら、このパニッシャーの行動の意味を考えていた。
このケーブルに、殺傷能力のようなものはない。あくまで俺達を捕らえ、動きを封じようとするだけだ。パニッシャー本体も、ケーブルで俺達を捕縛する以外に動こうとはしない。つまりこのパニッシャーは、捕らえた俺達を動けなくする事だけが目的のようだった。
(俺達を動けなくする。その理由は――!)
そこで一つの考えが思い浮かび、俺はゾッとした。
「スイネさん、逃げて!」
「え、え?」
「ここから逃げて、スイネさん! こいつらの目的は――」
俺が言い終わるよりも先に、スイネさんの背後の空間が揺らいだ。思わず、俺の顔から血の気が引くのが分かる。まるで水面に浮かんだ波紋のような揺らぎを潜り、そこに
三体目のパニッシャーが姿を現した。
「な、三体目!?」
ハヤトも、その出現に気付いた。スイネさんは振り返って悲鳴を上げ、後ろに数歩後ずさる。
「こ、この……」
ギチギチと音を立てながら、少しずつ拘束が外れていく。しかし、今から向かっても間に合わない……パニッシャーが握っている銃が、ゆっくりとスイネさんに向けられていく。
「スイネさん――!!」
駄目だ、やられる。俺も、そしてハヤトも、そう思ってしまった。
その時だった。
「きゃ――!」
どこからともなく、三発の光弾が飛来した。二発はパニッシャーに当たり、その内の一発はスイネさんの前に留まる。スイネさんを狙っていたパニッシャーは爆発し、残っていた光弾が爆風からスイネさんを守った。その場で自ら弾けるようにして消え、それによってパニッシャーの破片を押し返したのだ。
「い……まのは?」
何が起きたか分からず呆然としていると、俺を拘束していたケーブルから力が無くなった。一体何が起きたのかと思って見てみると、パニッシャーの頭の部分に風穴が開いている。その部分が、バチバチと音を立てていた。
「痛ててて……」
「ハヤト、大丈夫か!?」
ハヤトの方も拘束が解けたらしく、俺は無事を確認しに駆け寄った。その身体に傷らしい傷は無く、見るとハヤトを絡め取っていたパニッシャーも頭部を一撃で破壊されている。
(俺達を避けて、パニッシャーの急所を一撃で……!?)
並みの能力者に出来る事じゃない。これをやった人物が、相当な技量を持っているという事が分かる。
しかし誰だ? 周囲を見渡しても、それらしい人間の姿はどこにも無い。
「あ!」
その時、スイネさんが何かに気付いて上の方を指差した。俺達も、それに連れられて上を見上げる。
俺達のすぐ傍にある電柱。その上に、それは立っていた。まるで兜のごときヘルメットで頭を覆い、全身を鎧のごときバイクスーツで包んでいる。漆黒の甲冑に身を包んだ騎士が、そこから俺達を見下ろしていた。
「あいつは……まさか……」
俺がスイネさんの方を見ると、それに気付いて彼女が頷いた。つまりこいつが先の襲撃事件の際、彼女を体育館裏に呼び出した張本人か!
「黒騎士」は電柱から飛び降り、俺達の目の前に立った。反射的に、俺とハヤトは身構える。
「……都シスイとハヤト、だな」
ボイスチェンジャーで変換された、くぐもった声が聞こえた。俺の目からでは、こいつが男なのか女なのか判別がつかない。
「……そうだ、と言ったら?」
「……かつて
ジングウと戦い、それを打ち滅ぼしたその力――」
「!」
こいつ、ジングウの事を知ってる!
「――どれ程のものか、見せてもらう」
そう言い終ると、「黒騎士」の全身を包むように光の球体が出現した。そしてその回りに、無数の光弾が浮かび上がる。
「シスイ、こいつ!」
「みなまで言うな――来るぞ!」
俺が注意を促すのと、「黒騎士」の攻撃が飛んでくるのはほぼ同時だった。相手の周りに浮かんでいた光弾達が俺達目掛けて殺到する。
避けたら後ろにいる二人に当たる。そう思った俺は、その場で飛んでくる光弾を撃ち落そうと構えた。しかし拳が光弾に触れた途端、思いっきり軌道を逸らされるような、或いは押し返されるような感覚があった。光弾を消滅させる事が出来たが、腕が反動で震えている。
「く――重い! ハヤト、スイネさんを連れて逃げろ!」
予想以上に光弾の威力が高い。そう何発も受け止めきれるものじゃない。そう思ったら、気が付くと俺は二人に向かってそう声を上げていた。
「逃げろって……お前はどーすんだよ!?」
「適当に時間を稼いだら俺も逃げる――大丈夫だ、俺の逃げ足知ってるだろ?」
目の前の敵に注意しつつ、俺は二人に向かって笑ってみせる。それで決心がついたのか、ハヤトはスイネさんを連れてその場から走り去っていく。
「……さて、と」
俺は「黒騎士」の方を振り返る。奴は自分の周りに光弾を漂わせてはいるが、不意打ちなんかせずにその場で待っていやがった。もしかしたら、力試しにわざと力を抜いている線もあるが。
(奴の能力は厄介だ……)
俺の見立てでは、こいつの能力はジングウと同じエネルギーコントロールタイプ。無数のエネルギーボールを、まるで自分の手足のように飛ばしてきやがる。しかも一発一発の威力が馬鹿にならないくせに、一度に複数出現させる事が出来る。本当に厄介だ。
(何発も食らってやる訳にはいかない……)
強化した拳で止めてこのザマだ。直撃を、それもあれだけの数を受けたら間違いなくやばい。かと言ってあの光弾すべてを避けきれるかと言えば、それは無理な話だ。
「だったら――」
俺に取れる選択肢は、一つしか無い!
「黒騎士」が俺に手を向けた――その周りにある光弾が、俺目掛けて飛んでくる。しかし、狙いは甘い。やはり力試しか? 何にせよ、俺にとっては好都合だ。
「はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――!」
急所に当たりそうな弾は避け、それ以外は無視しながら俺は「黒騎士」目掛けて突っ込む。光弾の当たった場所に鈍い痛みが走るが無視。弾幕を突っ切ると、「黒騎士」の姿はすぐ眼前にあった。
弾一つ一つを防いでいたらキリが無い――だったら、それを出現させる本体を叩く! 俺は全身全霊の力を込め、「黒騎士」目掛けて拳を突き出していた。
今までにも、様々な敵を打ち倒してきた俺の拳。それなりに威力はあると自負している。
――だが、俺の拳は「黒騎士」に届いていなかった。
「な……に!?」
目の前の光景に、俺は自分の目を疑っていた。「黒騎士」の全身を包み球の形を作っている光の膜。それが俺の拳を受け止めていた。
「無駄だ」
「黒騎士」がそう言った瞬間、奴の周りに光弾が現れた。ハッとした時にはもう遅く、俺の身体はその光弾によって弾き飛ばされていた。
「が――!?」
起き上がろうとしたが、体中に痛みが走る。見ると、制服のあちこちが破れて痣になっていた。気合で起き上がろうとするが、身体が言う事を聞かず震えてしまう。
「……その程度か、都シスイ」
ザッザッ、と足音を立てながら、ゆっくりと「黒騎士」が近付いて来る。
「こんなものではない筈だ……神への反逆者、ジングウを倒した麒麟の力は」
「なんで・・・・・・その名を・・・・・・!?」
こいつ、俺達がジングウを倒した事知ってやがる……一体何者だ……!?
「――言っておくけど、ジングウを倒したのシスイだけじゃないぜ」
「な……!」
その声が聞こえて、俺は振り返った。そこには、さっき逃げた筈のハヤトがいた。
「シスイ、伏せろ!」
言うが早いか、ハヤトが深く息を吸い込むのが見えた。それが何を意味するか理解し、咄嗟に俺はその場に倒れ込む。
「――……ッ!!」
音の無い咆哮、形無き砲口。音波を収束して生まれる衝撃波が、俺の真上を飛んでいくのが分かった。衝撃波を完全に避け切れず、俺が着ている制服が引き裂かれていくのが分かる。紙一重の肌一枚ギリギリに、人間一人殺すには十分な一撃が掠めていった。
思わず冷や汗が出た。下手をしたら死んでいた。顔から血の気が引いていく。
「大丈夫か、シスイ?」
「馬鹿か、お前は……無茶しやがって」
ゼェゼェ息をつきながら、ハヤトが近付いて来る。あの収束音波砲はめちゃくちゃ強力だが、普通に能力を使うよりもずっと体力の消耗が激しい。こいつの息が荒いのはそれが原因だった。
「そー言うなって。それとも何、お前ごとぶっ飛ばせば良かったん?」
「んな訳無いだろ……悪い、助かった」
「いいって事」
ハヤトに肩を貸してもらい、何とか立つ事が出来た……やれやれ、これじゃ格好がつかないな。
「奴は?」
「ぶっ飛んだ……まぁ、ジングウじゃあるまいし――これじゃあ、ただじゃ済まないだろ」
そう言ってハヤトが視線を向けた先では、もうもうと土煙が上がっていた。音波砲が「黒騎士」を吹き飛ばし、更に周囲の埃を巻き上げた結果だ。近くに倉庫のようなものがあった筈だが見受けられず、おそらく音波砲に巻き込まれたのだろう。
「殺してないだろうな?」
「してないしてない……多分」
「まぁバリアを張っていただろうし、流石に死んでない――」
「流石に死んでないだろう」。そう言いたかったが、俺は最後まで言う事が出来なかった。
足音が聞こえる。俺達に向かって近付いて来る足音が、はっきりと。それは砂埃の中から聞こえ、そして砂埃のカーテンの向こうから、それはゆっくりと姿を現した。
「嘘……だろ……!?」
「黒騎士」は健在。バリアは消失し、スーツの一部が破損して火花を上げていたが、それを除けばほとんど無傷。どんな怪物も一撃で仕留めるハヤトの音波砲が、全く効いていなかった。
「…………」
無言のまま、「黒騎士」が手を上げた。再び奴の身体が光の膜に包まれ、その周囲に光弾が現れる。
「まず――」
ハヤトが俺ごと攻撃を避けようとしたが、間に合わなかった。俺達二人とも吹き飛ばされ、そして地面に叩きつけられる。
「がはッ!?」
「うごっ!? ……くそ、チート過ぎねぇか、あの能力……」
「まったくだ……攻防一体って、そんなのありかよ……」
全身から震えが取れない。起き上がろうにも、這い上がろうにも、四肢に力が入らない……!
「ち……くしょう……!」
「黒騎士」はもう目の前にいる。こんなところで寝ている場合じゃないってのに……!
その時だった。
ザッ、と誰かが走ってくるような足音が聞こえた。自然と、俺の首は後ろの方を向いていた。
「な――」
一般人でも巻き込んだら大事だ。そう思っていた。でも現れたのは一般人ではなく、しかしむしろ、この場において一番いてほしくない人物だった。
「スイネ――!?」
おそらくここまで走ってきたのだろう。肩で息をしながら、彼女はそこに立っていた。
「馬鹿野郎、何で戻ってきた!?」
思わず、そう声を上げてしまった。
こいつの狙いはスイネだ。だから俺は残って「黒騎士」の足止めをしようとした。ハヤトだってここに戻ってくる前に、「一人で逃げろ」と一言何か言った筈だ。スイネを守る。それが俺達の役目だったってのに……!
「あ――貴方の目的は、私なのでしょう?」
そんな俺達を尻目に、スイネが「黒騎士」に向かって言う。「黒騎士」がそちらへ向き直った!
「よせ……スイネ……!」
戦闘型能力者の俺達二人がかりでも倒せないのに、戦闘向けじゃないスイネの能力じゃ分が悪過ぎる!
――そう思った、その時だった。
「……!」
スイネが目を閉じ、両手を組んだ。その姿はまるで、神に向かって祈りを捧げる修道士にも見える。
(なんだ……彼女は一体、何をしようとしている?)
「黒騎士」はその間もスイネに近付いている。しかし彼女はそれに気付いていないのか、それとも無視しているのか、その姿勢を保ったまま動こうとしない。
「――!」
すると突然、「黒騎士」の動きが止まった。何が起きたのか俺達もスイネの方を見て、思わず目を見張った。
彼女のすぐ傍に、何やら煙のようなものが漂っていた。一体いつからそこに出現していたのか全く分からないが――ともかくそれが漂っており、スイネの傍らに浮かんでいる。やがてそれは一箇所に集まり、そして何かの形を作ろうとする。
やがて出来上がったのは、霞で出来た馬だった。スイネの体格の倍以上はある馬。しかもただの馬ではなく、頭部に長い角を備えたユニコーンだ。
「っ……行って!」
能力使用の反動からか、一瞬スイネの身体がぐらついた。しかしすぐに彼女は持ち直す。そしてスイネが「黒騎士」に向かって指を指すと、霞のユニコーンはそれに命ぜられるようにして突進した。
「く――」
「黒騎士」はそれに対応して光弾を発生させ、ユニコーンにぶつけるが、弾が当たった瞬間ユニコーンは一瞬砕け散るものの、すぐにまた霞が一箇所に集まってその身体を再構成する。それは何発「黒騎士」が光弾を当てても、同じ事だった。
(あのユニコーンは……スイネの思念体で構成されているのか!?)
スイネの能力は、自らのイメージを具現化する事。俺の脳裏に、その事が思い浮かぶ。それならあれは、彼女のイメージが具現化したものなのだろう。
イメージを具現化する際、スイネは体力と集中力を消費する。それ故に、彼女は長時間の戦闘において自分の能力を効果的に発揮する事は出来ない……だったら、「自分の代わりに戦ってくれる存在を作り出せばいい」。今「黒騎士」と戦っているユニコーンは、つまりそういう事なのだろう。
ユニコーンに対し、「黒騎士」の攻撃は一切通用していない。「霞を切り裂く術は無い」。その言葉の通り、例え砕けてもすぐにその形を取り戻す。ユニコーンの突進は止まらず、ぐんぐん「黒騎士」との距離が詰まっていく。
「――!」
そしてついに、ユニコーンの角が「黒騎士」を捉えた。ユニコーンの身体が「黒騎士」とぶつかり、その身体を覆っているバリアと力が拮抗する。エネルギーとエネルギーがぶつかり合う際生じる特有の放電現象が発生し、俺達の視界を閃光が覆う。
視界が回復し、再び俺の目に映ったのは――霞のユニコーンから後ずさり、その腕に傷を負った「黒騎士」の姿だった。
「くっ……」
「退いてください……加減なんか出来ませんよ!」
スイネがまるで、威嚇するように「黒騎士」に向かって言う。その表情は真剣そのものであり、これ以上抵抗するなら「加減なんか出来ない」という言葉の通り、ユニコーンを使って徹底的に打ちのめすつもりだ。
「…………」
スイネの本気を感じ取ったのか、それとも別の理由があったのか。「黒騎士」はしばらくスイネの方を見つめた後、その場から走り去っていった。
「だ、大丈夫ですか、二人とも!?」
「黒騎士」の姿が見えなくなると、スイネは俺達の方へと駆け寄ってきた。俺達は親指を上げて無事を知らせる。
「助かったぜ、スイネ……あんた、強いんだな」
「いや、その……何と言うか、無我夢中だったというか」
「守る側が、逆に守られちまったな……」
可憐に見えるが、騎士に守られるお姫様、って柄ではない。彼女も立派な、アースセイバーの戦士であり、俺達はそれをちゃんと認識出来ていなかったという訳か……やれやれ、締まらん話だ。
「……取り合えず、こんなんじゃ一歩も動けないわ。シスイ、ラー呼んでくんね?」
「いいけど、また莉絵さんに大目玉くらいそうだな」
「言えてる……ついでに、バクのおっさんにも叱られそうだな」
「だな」
同じ事を考えながら、俺達は顔を見合わせて苦笑を浮かべずにはいられなかった。
「〝物体具現化〟……なるほど、あれが彼女の力、か……」
戦闘エリアから離れ、人目のつかない場所まで来た時、「黒騎士」はBDのヘルメットを脱いだ。
『どうですかな? 私が興味を持つ逸材だという事が理解してもらえたでしょう?」
「まぁ、多少は……」
『パーフェクトウエポンの調子も良いようですしね……これからもよろしく頼みますよ、ミツさん』
通信機から聞こえてくるジングウの声に「彼」――ミツは「はい」と静かに答えた。
※サトさんの「スイネ」、鶯色さんの「ハヤト」をお借りしました!
※途中からシスイのスイネへの呼び方がさん付けから呼び捨てへと変わっていますが、仕様です。誤りではありません。
※スイネの能力を独自解釈した結果、劇中のような使用をさせていただきました……「こんな事出来ません!」だったらごめんなさい、サトさん……
※最後の部分ですが、本当は書きたくありませんでした……しかし一年間ここから離れなければならず、止む得ず設定だけ残そうと思ってこのような運びとなりました。詳細に関しては、後に企画キャラ版の方に載せておきます。
最終更新:2011年03月17日 14:56