KISS×100



【18:45】



キスを、している。



誘ったのは少女のほうだった。

「たけるちゃん、キス、しよぉよぅ……」

少年は突飛な提案を軽口で嗜めた。

「は? バカスミ、何いってんだ? 熱あるのか?」

廃坑の浅いところで肩を寄せ合う2人。
№09:鑑純夏と№38:白銀武。

武は、純夏を憎からず想っている。
しかしそれは交際しているを意味しないし、
他にも幾人かの気になる少女を胸に同居させていた。
あの子も可愛い、この子も可愛い。
まだ誰とも決めかねているのが現状だ。
そんな中でのこの哀願。
すんなりと承認するには障害が高すぎた。
高すぎたがしかし、純夏の要求に対し一定の理解は示していた。

(綾峰に裏切られたんだ。怯えるのも仕方ないか)

純夏という少女は武に依存している向きがある。
スキンシップを好む傾向もある。
恐怖からの逃避の一手段としてキスを採択したとしても不思議は無い。
だが、記念すべき初キスが、恐怖を逃れる為の道具に使われるという味気なさ。
恋愛には疎くとも、年齢相応のドリームを胸に抱いているこの少年は、
素敵とは到底言えぬ思い出づくりへの抵抗を感じたのだ。

「ねぇ、キス、してよぅ……」
「だか……」

純夏の重ねる言葉に、武は言葉を飲み込んだ。
彼女の目を見て、己の認識の甘さに身を凍らせた。

瞳が濁っていた。焦点が合っていなかった。瞳孔が小刻みにブレていた。
それは純夏の心の平衡が崩れんとする予兆だった。
心理学などに精通せずとも鋭敏に、武のプレコックス感は重かった。

(純夏を、守る!)

武は、純夏と合流してから絶えず己に言い聞かせている誓いの言葉を反復し、
彼女の哀願を受け入れることを決意する。
幼馴染としての関係を逸脱する行為ではあるが。
夢の無い行為ではあるが。
彼にとってのそれらは、純夏を守れないことに比べるべくもない。

(人工呼吸みたいなもんだよな!)

武は己にそう言い聞かせて、武は静かに唇を重ねる。



キスを、している。



純夏は思っていた。
彼氏ならば―――
彼女がそれを求めているのなら、気を利かせて自分から与えるべきだ。
肩を抱いても震えが止まらぬのならキスで溶かして然るべきだ。
だのに、こらえきれなくなった純夏が自分から申し出るまで、武は唇を与えなかった。
純夏に安心を与えなかった。

故に焦がれていた。
故に飢えていた。
それらが限界に達する寸前、待ちに待った唇が与えられる。
暴発せぬ道理は無かった。

純夏の舌に遠慮も容赦も無い。
唇が触れた瞬間、武の唇を割り開いて、その舌を捕らえに掛かった。
武の四肢に震えが走り、純夏から離れる動きを示す。

「純夏、ちょっと待……」

中断の言葉を発しようとする武の唇を、純夏は唇で封じた。
純夏の両手は武の頬を挟み込むように固定し、逃げる首の動きまで封じた。
あとはもう、純夏の独断場だ。
純夏は錐の如くその舌を尖らせ、再度武の口腔へと侵入を果たした次の瞬間には、
迷い無き舌が戸惑う舌を捕獲していた。
いきなり、絡める。
舌の上に蓄えていた唾液をいやというほど送り込む。

(たけるちゃぁん…… たけるちゃぁん……)

純夏は目を閉じている。
舌の、唇の感覚に全てを集中させる為に。
待ちに待ったとろけるような快美感を全力で貪る為に。
焦れに焦れた彼のぬくもりを全て吸い尽くす為に。



キスを、している。



白銀武は混乱の極みにあった。
純夏の激し過ぎる求めに怖じていた。
挨拶や愛情確認のキスではない。
ディープ極まる特濃なそれは、すでに立派な性行為だ。
官能の炎がゆらりめらりと宿ってる。

(なんでだよ、なんでだよ、純夏―――)

キスをねだられた武は、その行為を軽く唇を合わせるだけのものだと思っていた。
それで足りぬなら何度も何度も唇を小鳥の如く啄ばむつもりでいた。
初心な少年の覚悟とは、その程度のものだった。

しかし事実は、少年の想像の遥か上空を飛び越えた。

(なんでこんなにキスが上手いんだよ……)

彼女の舌の動きは、キスを知らぬ者の動きではない。
熟知した者の動きだ。
雑誌を見ながら一人で研究したなどという言い訳が通じぬ技巧だ。
純夏に仕込んだ男がいる―――
武は、それがたまらなく悔しかった。

かといって、必死で求めてくる純夏を突き放すことはできない。
痛いほど伝わってくるのだ。
白銀武を求める鑑純夏の想いが。
拒絶したら純夏が壊れる―――
武は、それがたまらなく辛かった。

しかし、武の胸を最も締め付けているのは、その悔しさや辛さではない。

(くそっ…… だっていうのに…… 俺ってヤツは、俺ってヤツは!!)

快楽に抗えない自分の弱さだった。

肉体は歓喜にわなないている。
精神は嫉妬にぐらついている。
感情と感覚に純情を蹂躙され、武は思考を失ってゆく。



キスを、している。



愛しい男性の腕の中に抱かれ、惜しみなくその唇を、舌を、与えているというのに。
愛しい男性の胸にしがみ付き、荒々しくその唇を、舌を、奪っているというのに。
鑑純夏の顔に表れているのは恍惚ではない。
不安。焦燥。
鬼気迫ると表現しても大仰に過ぎぬ、切羽詰った表情が見て取れた。

(たけるちゃあぁぁん、たけるちゃああん……)

この純夏は、武と結ばれた純夏だった。
夫婦の如く仲睦まじい純夏だった。
交わした情の数もまた、夫婦の如しだった。

舌がこう動けばこう返す。
唇がわななけば歯が甘噛みする。
互いの求めるものを即時に感応し、即時に答える。
純夏の世界での2人の呼吸はその域に達していた。

故に、純夏は不満なのだ。
武が見せている初々しさは、要らぬ初々しさなのだ。
武から伝わる戸惑いは、邪魔な戸惑いなのだ。
余計なことを考えて、自分に集中していない証なのだ。

(もっとあげるね? もっとちょうだい!)

彼女とて武を蹂躙したいわけではない。
むしろ荒々しく求めて欲しいと願っている。
待っていてもその願いが叶いそうにないから、
武の中の官能を引き出すべく、武の全てを蕩かすべく、
攻め続けるしかないだけだ。



キスを、している。



白銀武と鑑純夏。
唇を重ねることで不安と疑念を忘れようとしていたはずが―――
幼馴染と恋人。
唇を重ねることで不安と疑念が育ってゆくのに―――



それでも、キスを、している。


【場所:島東部・廃坑】

白銀武
 【装備:ワルサーP38 08/08】
 【所持品A:ワルサー予備弾装 08/08 ×3、スタングレネード×4】
 【所持品B:支給品一式、改造携帯】
 【状態:健康、ただし精神的にかなりのダメージ】
 【出身:オルタEnd後、統合世界】
 【思考:対主催】
  1)純夏を落ち着かせる
  2)友人、知人を探す
  3)純夏を守り抜く
  4)みんなで無事にもとの生活に帰る
  5)言峰を直々にぶちのめす

鑑純夏
 【装備:なし】
 【所持品:萌えTシャツ、ほか支給品一式、携帯電話】
 【状態:健康、ただし罪悪感あり】
 【出身:エクストラ純夏ルート後】
 【思考:武に従う】
  1)タケルちゃんから離れない
  2)タケルちゃんとみんなを探す
  3)彩峰さん死んでないよ……



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のぞきみユ~レイ!! 白銀武 ごめんねエンジェル?
のぞきみユ~レイ!! 鑑純夏 ごめんねエンジェル?


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最終更新:2010年06月27日 10:46