彼女たちの流儀



【19:15】


雲の切れ間から差す一筋の光芒。
稀有な現象ではない。
しかし、時に見上げた者の心を震わせるそれは、
あたかも天に架かる階梯の如く感ぜられることから、
こう、呼ばれることがある。

天使の梯子―――

その、幻想的な月明かりに。
2つの存在が、照らし出された。



しゃなり、しゃなり。
芍薬の如き楚々とした少女が歩いている。
否。少女に非ず。
少女の装束を身に纏った少年が歩いている。

背筋はしゃんと伸び、顎は緩やかに引かれ、膝は内股に過ぎず。
あくまでも優雅に、淑やかに。
それでも、見る人が見れば、分かる。
彼の立ち姿の美しさの裏には強さも備わっていることに。

花もある。
実もある。

なぜならば―――宮小路瑞穂はエルダーシスター。
姉の中の姉、乙女の理想の体現。


気高さにおいてはその脇に控える少年騎士も負けてはいない。
否。少年に非ず。
プレートメイルに身を包んだ少女騎士も負けてはいない。

見よ、怯まぬ眼差しを。聞け、雄々しき靴音を。
一片の気の緩みも感じさせぬ凛冽な空気は常在戦場の心意気か。
それでも、見る人が見れば、分かる。
彼女の横顔の厳しさの奥には柔和さも備わっていることに。

名がある。
力がある。

なぜならば―――セイバーは剣のサーヴァント。
英霊の中の英霊。在るべき剣王の象徴。


片や女装の麗君。
片や男装の麗人。

もしも、堂々と道を往く2人の姿を見て
倒錯や背徳の匂いを嗅ぎ取るものがあるならば、
それは見られる彼らの非に在らず。
見る側の性根が卑しい故に、彼らが歪んで映るのだ。

この宵闇に在って、彼らの存在は眩しい。
心の暗部が増幅されているこの島で、曲がらぬ彼らの心根は美しい。
光り輝く使命を胸に、光り輝く存在感が並び立つ。



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【18:15】

今を遡ることおよそ一時間。
瑞穂とセイバーは耕作地帯の農具小屋で放送を耳にした。

若干の縁がある者の名をそこで聞いたものの、
セイバーが悲しむことは無かった。取り乱すことも無かった。
彼女はただ、深く静かに、憤った。

セイバーの眼差しの先で、瑞穂は押し黙っていた。
放送では、瑞穂の恩師と親しき使用人の名が挙げられていた。

故に、セイバーは瑞穂に声を掛けなかった。
絶えず戦火に身を置き、生と死の交錯を日常とする自分と違い、
瑞穂は平和な世に学生として生活する一般人である。
ひとり静かに悲しみに浸る時間も必要であろうと、セイバーは気遣っていた。

だが、それは要らぬ気遣いであった。
瑞穂は悲しみの淵に沈んでいるわけではなかった。
言峰が取った【放送】という手段。
その効果と、己の目的について、沈思黙考していたのだ。

「セイバーさん、方針を変更しましょう」

直後発せられた瑞穂の声は震えてはいなかった。
温かみのある穏やかな、常の彼女の声であった。

「……とは?」

セイバーの問いに、瑞穂は青い冊子を掲げることで応えた。
元国営の電信事業者が発行している地域別電話帳。
瑞穂は自ら折り目をつけたページをセイバーに開示する。

「ここに、町役場の電話番号と住所が掲載されています。
 どうやら消防署も併設されているようです。
 であれば―――
 全島放送できる設備があるはずです。
 呼びかけましょう。神父の打倒とゲームの破壊を。
 募りましょう。目的を等しくする仲間たちを」

言葉はあくまでも丁寧。
しかしその眼光は、強く真っ直ぐにセイバーの瞳を射抜いていた。
最強のサーヴァント、セイバーの瞳を、である。
強い信念と怖じぬ心を持たねば、為せぬ眼力であった。

「なるほどミズホ。それは妙案と言えるでしょう。
 貴方がその弁舌と赤心で訴えかければ、
 正義の旗の下に正しき者が集うことでしょう。
 ですが……」
「集う者は、正しき者だけではないということですね?」
「はい、マスター」

セイバーの懸念は当然至極。
これは殺し合いの勝ち残りゲームである。
現に8名もの人間の命が奪われている。
悪意のいきれは島中に立ち込めている。

そこに、放送を流すという行動。
内容の如何を問わず、悪目立ち以外の何物でも無い。
出る杭が打たれるは必定と言えよう。

それでも―――
それだからこそ―――

「信念を以って動く者は、例え手段であっても、
 その顕す理念を裏切ってはいけないわ」

前に出るべきなのだと、瑞穂は断じた。
声を上げることが肝要なのだと、瑞穂は嘯いた。

「それが…… マスターの道なのですね」
「そんな大げさなものではないのだけれど。
 誰にでも譲れないものって、あるでしょ?」

瑞穂は先頭に立つことを恐れない。
被る強い風を恐れない。
なぜなら彼はエルダーシスター。
それは姉の中の姉のみに送られる栄誉ある称号。
数多の妹たちの手本であり、憧れであり、導き手であるの代名詞。

「セイバーさん。私は旗です。旗となります。
 旗は、目立つ場所でそれを大きく振ってこそ、その価値が発揮されます。
 そしてセイバーさん。貴女は―――」
「はい、マスター。私は貴方の剣です」
「私は私の剣の鋭利さと頑丈さを知っています。
 ですから、悪しき者を恐れることはありません」

紡いだ言葉は全て、闘士の言葉であった。
妥協なき戦いの宣言であった。
戦友への覚悟の強要であった。
であるにも関わらず。
瑞穂がセイバーへと向けた笑顔は優しく、
その仕草はあくまで優雅であった。

セイバーは己の見る目の無さを痛感した。
平時に学生として生きるという理由で、色眼鏡で見ていたことを恥じた。
そして、奮い立った。

このマスターにそれほどの覚悟が備わっているのであれば。
このマスターが自分に全幅の信頼を置いてくれるのであれば。
このマスターがどこまでも真っ直ぐに王道を往くのであれば。
自分はサーヴァントとして―――

(一片の不安無く、【剣】に徹することができる)

セイバーはサーヴァントとして、元国王として、秩序の守護者として。
宮小路瑞穂を、己のマスターであると、認めた。



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【19:30】

今、瑞穂とセイバーは新都へと歩みを進めている。
移動経路に選んだのは、環状線である。

環状線は、地図に明記されている。
結ぶのは新都、西の農村、南のビーチ、東の炭坑町。
車線は一車線であるものの、島内では唯一、舗装された道路でもある。
障害物はなく、植え込みもない。
見通しは極めて良好。

故に。
この環状線を移動経路とした者は、いない。
ゲーム開始から今に至るまで。
彼ら以外には。

至極当然だ。
誰が、いつ、どこから命を狙ってくるのか分からぬ。
その様な危険なゲームの只中で、どこからでも狙いの付けられる、
追跡も補足も容易な場所に姿を晒すことは、
間接的な自殺に他ならぬ。

その危険も愚かさも、この主従は承知している。
十分承知した上で、信念と存在を衆目に知らしめるべく、
怖じず怯まずの姿勢を満天下に広めるべく、
胸を張り、王道を往くのだ。

と、従者の如く付き従っていたセイバーが、
息を殺し、左手で瑞穂を制した。
直感、ランクA―――
結界の能力制限はそのスキルの効力を大きく削いだが、
数十メートル先の岩場の影に潜み、息を殺している
何者かの存在を察知するには十分であった。

「居ます」

宵闇深く街灯も無き中、瑞穂の目にはその岩場すら捉えられない。
まして気配なども感知出来ない。
それでも瑞穂は岩場に近づこうとも離れようともしなかった。
自ら確認しようともしなかった。
セイバーの言葉と判断を、瑞穂は確信を持って受け入れた。
受け入れた上で、直ちに判断を下した。

「話しかけます」

瑞穂は瞑目する。
深呼吸をひとつ、ふたつ、みっつ……
―――刮目。

「ごきげんよう。私は、宮小路瑞穂と申します」

決して大きな声では無かった。
それでいて良く通る声だった。

セイバーはそんな主の行動を、黙って見ている。
情報は与えた。判断は任せた。
良い目が出たならば、このまま瑞穂に任せればよい。
悪い目が出たならば、自分が盾となり剣となればよい。
それがサーヴァントとしての、マスターへの信頼の形。

「こうして出会えたのもきっとご縁です。おは……」

お話をしませんか?
瑞穂は、続くこの勧誘の言葉を言うことは出来なかった。
岩場に潜む何者かが、勢い良く飛び出してきたから。
飛び出した少女の声の方が大きかったから。

「瑞穂ちゃんっ! 瑞穂ちゃんっ!」

前方から駆け寄ってくるボブカットの少女は大きく手を振り、
瑞穂の名前を嬉しげに連呼している。
落ち着かぬ様子で後ろにつき従う眼鏡の少女も
武器は所持しておらず、害意も感じられない。

瑞穂の賭けは、良いほうの目が出たらしい。
静かに頷くセイバーに、瑞穂は目を細めて応えた。

(ミズホには人を惹きつける魅力と、清らかな意志と―――
 そして幸運があるようです)



淡く降り注ぐ天使の梯子が、彼女たちの行く先を照らしている。




【場所:環状線・島北西部 → 新都】

宮小路瑞穂(№58)
 【装備:稲刈り鎌(new)】
 【所持品:支給品一式】
 【状態:健康、セイバーのマスター 令呪×3】
 【思考:王道対主催】
  1)新都に行き、放送施設を探す。
  2)↑にて、団結を呼びかける
  3)セイバーを士郎に会わせてあげたい

白セイバー(支給品№01)
 【装備:四本鋤(new)】
 【所持品:なし】
 【状態:健康】
 【思考:王道対主催】
  1)瑞穂に付き従う
  2)シロウに会いたい

※稲刈り鎌と四本鋤は、農場の農具置き場から入手

氷室鐘(№49)
 【装備:なし】
 【所持品:支給品一式】
 【状態:健康】
 【思考:王道対主催】
  1)瑞穂についてゆく

御門まりや(№54)
 【装備:なし】
 【所持品:支給品一式、カレン・オルテンシアの戦闘服】
 【状態:健康】
 【思考:王道対主催】
  1)瑞穂についてゆく
  2)カレン・オルテンシアの戦闘服をどうにかして瑞穂に着せる



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黒と白の騎士 宮小路瑞穂 ティンクル☆くるせいだーす/仄かに視える絶望のMemento?
黒と白の騎士 白セイバー ティンクル☆くるせいだーす/仄かに視える絶望のMemento?
Dual 氷室鐘 ティンクル☆くるせいだーす/仄かに視える絶望のMemento?
Dual 御門まりや ティンクル☆くるせいだーす/仄かに視える絶望のMemento?



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最終更新:2010年06月27日 10:32