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一・根づく若草 - (2009/06/07 (日) 22:26:17) のソース

<h1>鋼の山脈 一・根づく若草</h1>
<br /><br /><br /><p style="line-height:140%;"> 間合いが、遠い。<br />
 重鎧をまとった上に素手の相手に対して、レムはいつもの軽装に加え、両手の蛮刀がある。<br />
 剣のリーチの方が、相手の体格を含めても拳一つ分長い。にも関わらず、レムは仕掛けることができない。<br />
 レムの腕力では、あの鎧を貫き通すことができない。そして、相手の踏み込みはリーチ差など問題にならないほど、鋭い。<br />
 環状列石が視界に入るが、距離がある。盾にするというわけにはいかない。<br />
 霊地の静謐さによって、相手の攻撃範囲が目に見えるほどに集中が高まっているのがせめてもの気休めである。<br />
 相手は動かない。両手を下げた自然体のまま、山のようにこちらを見ている。<br />
 兜をつけていないため唯一まともに露出してる頭部を見据えながら、レムは周りを回って隙を窺う。<br />
 背後すら、安全圏ではない。後ろ蹴りや反転しての裏拳は言うに及ばず、あの大きな尾に何度叩き伏せられたか。<br />
 相手がゆるりと向きを変え、結局正面に戻った。覚悟を決め、入れば死を招く間合いへ一歩踏み込んだ。<br />
 動かない。これ以上前に出れば砲撃のような掌底を浴びると分かっている。<br />
 敢えてさらに前に出た。<br />
 思ったとおり、レムが前脚に体重を乗せる瞬間に、相手の巨体が間近にまで迫っていた。<br />
 考えていた手順が頭の中からすべて吹き飛び、筋肉と五感が直結する。<br />
 勝負は、ここからだ。<br />
 読んでいたはずの掌底を、間一髪蛮刀で逸らす。ずらしきれなかった打撃の重みで姿勢が崩れ、反撃に出られない。<br />
 続いた平手打ちは下がりながら避ける。かすめた衝撃が軽い。この平手は連撃のつなぎだ。<br />
 脚が閃くのが見えた。咄嗟に反対側面へ回り込んで蹴りの威力を殺しながら、右剣で肩鎧の合わせ目を狙う。<br />
 違った。<br />
 声にならない声が、喉から出た。<br />
 フェイントにかかったと気づいた頃には、相手の上げた足はただの踏み込みに変じていて、迂闊に伸ばした右手首が籠手の冷たい感触に捕らえられている。<br />
 体格差から押すだけで勝てる方が、小手先技を使って来ることはないと思い込んでいたレムの負けだった。<br />
 右腕を左側に引き寄せられて姿勢が崩れ、がら空きの右あばらを左手で突き飛ばされる。<br />
 どうにか転ばずに済んだところへ、覆いかぶせるように掌底。やむなく剣を交差して身構えた。<br />
 直後、喉元の襟が掴まれていた。<br />
 ここでも、裏。打撃ではなく掴み。<br />
 体がぐいと持ち上げられる感触とともに、服の縫い目がぶちぶちと音を立てていくのが聞こえる。<br />
 半円を描くように投げ落とされ、背中に草の硬さを感じた次の瞬間の衝撃に、肺から呼吸をすべて絞り出された。<br />
 目の前の明りが落ちていく。せめて一太刀と念じて振り上げた左手に、剣はなかった。<br /><br /><br />
 目を覚ますと、立ち合いの場面からの地続きだった。<br />
 茜色を含み始めた昼日が、霊地の澄んだ冷たい空気を突き抜けて、レムの肌を直接温めている。<br />
 服は縫い目が破れており、前をはだけている状態だった。<br />
 なんとか着られる形に直そうとしていると、環状列石のひとつにまたぼろ屑の影が見えた。<br />
「まーた随分とやられたのう」<br />
「うん」<br />
 腕を掴まれた時にそのまま投げられていたら、腕の筋肉や関節が服の代わりになっていた。<br />
 そもそも武器持ちのレムに対して、相手は拳も握っていないのだ。<br />
「やはりもうちょいと、同じぐらいの輩と修練した方がええと思うんじゃがのう」<br />
「みんな、私が相手だと嫌がる。ビオが私の顔に当てた時に、随分絞られたらしくて」<br />
 傷一筋で古株の祭司が騒ぎ出す相手と、誰が立ち合うというのだろうか。<br />
 そうでなくても、剣を取ってからずっと先程のような修練を続けてきたレムである。剣にこもった気迫が修練のそれではない、とレムを避ける戦士も多い。<br /><br /><br />
「それに、一度言われたことがある。仲間を殺す気かって」<br />
「誰にじゃい」<br />
「パルネラ」<br />
「あの腑抜けか。言いそうじゃのう」<br />
 パルネラはその後しばらくして長老議会入りしており、もう戦士たちの訓練には姿を現さなくなった。<br />
「それで、このまま続けて勝てそうか?」<br />
 擦り傷と裂けた服以外に、負傷らしい負傷のないレムを見ながら、ビスクラレッドが問いかけてくる。<br />
 レムは、赤色が混じり始めた地平線を見た。剣を持たされてからずっと続けてきた、すべての立ち合いを思い描く。<br />
 届く、と思えた剣は、一度もない。<br />
「わからない」<br />
 剣帯を掛けて二本の蛮刀を背負った。今日はもう終わりである。<br />
 反省をしようにも、ここ数日の立ち合いでの相手の動きは、何度思い返しても付け入る隙がないのだ。<br />
 今までは何かを体で学びとらせようという意図が見えていたのに。<br />
「そんじゃあ、このじじいが精霊コーネリアスに、あやつの鎧に傷ぐらい付けられるように祈祷をやっといてやろうかの」<br />
「おじじ、祭儀ができるのか?」<br />
 本式の座祈祷の足を組み始めた老狼を見て、レムは思わず尋ねた。<br />
「わしの頃は、出来ねば木に吊るされたわい。戦士だ祭司だと分け始めたのは、割と最近じゃ。ホレ、他では男も女も祭りをやってるところも多いじゃろ。<br />
それがいつの間にやら戦士は禁制だの大祭司位だのなんだのと、形ばかり立派になりおって」<br />
 祈祷座を組んだまま、愚痴を垂れ続けるビスクラレッドの横顔をそっと窺う。<br />
 断崖城の、石造りの城塞部分に住居を構えている歳長けた長老議員たちでも、ビスクラレッドほど老いている者はいない。<br />
「おお、そうそう。なんでも長老会議の小僧どもが、パラカへの助太刀にお前を入れたようじゃぞ。遠征は初めてじゃったな?」<br />
「いや、何回かある」<br />
「おう、そうか。で、パラカの近場に、盗賊が根城を作ったらしいでな」<br />
 パラカと言えば、やや遠い峡谷にある慎ましやかな農村である。<br />
 隊商の中継点からも外れており、自分たちの口を満たしながら細々と祭儀を続けている集落に、盗賊が目をつけるようなうまみがあるとは思えない。<br />
「ま、食い詰め者は飯も奪い取るしかないからのう」<br />
 ビスクラレッドは、あっけらかんとしたものだった。<br />
「不安か?」<br />
「少しだけ」<br />
「食いっぱぐれとはみ出し者が相手なら、お前一人でも十分じゃい。今までの試しのつもりで、目一杯暴れてこい」<br />
 そうは言っても、槍やフレイルが相手になった時にどうすればよいか、もう一つ自信が持てない。<br />
 あまり、多彩な武器を相手にした立ち合い稽古はしていないのだ。<br /><br /><br />
 パラカ氏族の集落を縦に貫く道の真ん中で、レムは剣を抜いた。<br />
 一人である。集落内に、住民の気配はない。<br />
 パラカの住民たちを一か所に避難させ、盗賊団を迎え撃つ作戦である。相手は十人少々というから、戦士団六人はやや多い。<br />
「十人ごときなら、俺一人でも十分だってのによ」<br />
 戦士団長コレルは、そううそぶいていた。コレルがいるということは、今回の戦士団はパルネラが、可愛がっている末息子のために編成したのだろう。<br />
 それならば、常より多い戦士の数も頷ける。他の四名も、レムが覚えている限り、コレルの取り巻きが肩を並べていた。<br />
 発言に反して、コレルは伏兵に回っている。陽動には女のレムが一人でいた方が、盗賊団を釣りやすいとの論法だった。<br />
「戦士殿、よろしくお願い申し上げます」<br />
「うん」<br />
 ほぼ水平に曲がった腰の先で頭を下げると、パラカの長老は杖にすがりつくようにして避難場所に向かっていく。<br />
 危険な役に使われているレムに、同情しているようだった。<br /><br /><br />
 長老が視界から消えるまで見送ると、蛮刀を両手に握り、集落の外に広がっている山林に向けて耳を澄ませる。<br />
 正直なところ、緊張している。<br />
 対多数の組手は戦士団の訓練でやったことはあるが、ほんの軽いもので、しかも何か月か前の話である。<br />
 コレルたちが包囲を完成させて援護に来るまで、持たせられるかどうか。<br />
 ふ、と、風にかすかに雑音が混じった。<br />
 山林の茂みを掻き分けて来る音で間違いない。コレルたちが物音を立てるヘマをしたわけではないのなら、ついに盗賊団が来たということだ。<br />
 道の向こうから、薄汚れた一団がまっすぐ近づいてくるのが、目に見えるようになった。<br />
 使い古した皮鎧と、抜き身の武器の手入れ具合を見れば、戦士としての程度がわかる。<br />
「おいおい、こいつは何の冗談だ?」<br />
 響くのは風の音ばかりの集落と、道の真ん中で両手に剣を持って立つ子供。<br />
 先頭の狼の人相の悪い顔が、目に見えて歪むのがわかった。<br />
「なんだてめえは」<br />
 レムを値踏みしながら、先頭の狼が唸る。体格と表情でそれなりの威圧感を出しているが、<br />
 普段の修練で受けているような「立っているだけの圧迫感」には程遠い。<br />
 武器は長柄斧。斧や戦棍を扱う戦士に、技巧を伴っている本物の使い手は少ない。そして、斧には刃こぼれがあった。<br />
 後ろに続く十人程度も似たような有様で、周りの様子を見まわしているばかりである。<br />
 コーネリアスの戦士団なら、この時点で既にいつでもレムに踏み込める位置取りをしているだろう。<br />
 拍子抜けした。緊張感が、馬鹿馬鹿しさと腹立たしさに入れ替わっていく。<br />
「盗賊団ってのは、お前たちか」<br />
「おいガキ、聞いてんのは俺たちの方だ。ここの村の奴らはどうした。俺たちに差し出される女と食いものはどこへやってある」<br />
「お頭、ひょっとすっと逃げられたのかもしれませんぜ」<br />
 後ろにいた一人が、先頭の狼に声をかける。<br />
 頭目は、じろりとレムを睨むと、そのまま周囲に視線を巡らせた。<br />
「そうみてえだな。おいお前ら、この様子じゃまだ遠くには逃げてねえ筈だ。阿呆なことを考えやがった爺いを捕まえて来い。火ぃおこしてあぶってやる」<br />
 肩に担いでいた長柄斧を、両手に持つ。<br />
「あと女も捕まえて来い。俺はこいつで遊んでるからよ」<br />
「あいさ」<br />
 外見でレムを陽動にしたのは、間違いだったらしい。完全に舐めきっている盗賊団は、レム相手に人数を割こうという気は起こさなかった。<br />
 レムが賊を足止めしているうちに、戦士団が包囲する作戦である。ここで散らばられては、討ち漏らす危険がある。<br />
 今後のことを考えれば、なんとかして注意を引きつけなければならない。<br />
 しかし、頭目の視線に殺気ではなく嗜虐感が篭っているのを感じて、レムはこそばゆくなった。<br />
 つい、鼻で笑った。<br />
 散ろうとしていた盗賊たちの何人かが、動きを止める。<br />
「あん?」<br />
 頭目の機嫌の悪そうな唸りで、残りの賊も足を止めた。<br />
 その意図はなかったが、うまく挑発になったらしい。<br />
「住民が逃げていてよかったな。追いかけることにしておけば、私が怖いから逃げる、と言わなくて済むんだからな」<br />
「なんだと、おい」<br />
「こりゃあ、今自分が何口走ったか教えてやらなきゃいけねえな」<br />
 何人か乗ってきた。<br />
「おい、放っておけ。こんなガキによってたかってなんざ、余計笑い物……」<br />
 制止しようとした比較的冷静な一人の頭に、石を投げつけた。<br />
 当たった。傷に血が滲み、盗賊の顔がレムを見る。怒りの色があった。<br />
「こいつ」<br />
 これで全員。レムが袋叩きになる姿を見物するまで、住民を追う気にならないだろう。<br />
 両手の蛮刀を構えた。再び緊張感が背筋を通る。<br />
「おい、女どもを追うのはやめだ」<br />
 殺意と、違う気勢が盛り上がる。<br />
「ガキ、舐めた口利いたらどうなるのか、体に教えてやるよ」<br />
「お前が女どもの代わりだ。覚悟してろよ、股が裂けるまで犯してやる」<br />
 例外なく、目がぎらつき始めた。<br /><br /><br />
 背後に回られないよう、レムは建物を背負う。自ら追い詰められる形だが、負ける気はしない。<br />
 長柄斧が、突き出された。<br />
 斧は叩きつけるもので、突くものではない。レムをいたぶるつもりだったのだろう。<br />
 跳躍数回の間合いを一瞬で詰めてくる、あの砲撃のような踏み込みに比べれば、じれったいくらい遅かった。<br />
 頭目が体に力を込めるのを見てから、斧が動き出す前に、レムは既に避けていた。<br />
 突き出される腕を迎えるように、斧を握った手に蛮刀を合わせる。<br />
 続けて繰り出した左の横薙ぎを、頭目は手首のなくなった腕で受けた。その動作で頭が空いたのを見た時には、レムは反射的に右剣を振り下ろしていた。<br />
 まずい、と気がついた。<br />
 血煙を上げて倒れる頭目の向こうで、盗賊団が凍りついたように動きを止めている。<br />
 今の連撃を捌ける者が、盗賊の中にはいないだろう。レムを相手に、命を張る者も。何かのきっかけがあれば、蜘蛛の子を散らすように逃げ出すのは明白だった。<br />
 修練でこういう場面がない。血刀をぶら下げたまま、どうしていいかわからないレムも止まってしまった。<br />
 盗賊たちは武器を手に持ったまま、顔を見合わせている。<br />
 今レムがやらなければならないのは、盗賊を一人残らず捕らえるか殺すかすることである。<br />
 気を取り直して、一歩踏み出した。<br />
 盗賊たちも、たった今目の前で頭目が、わけもわからないままに斬り捨てられたのを見ている。<br />
 レムが踏み出した分、退いた。<br />
 もう一歩踏み出す。もう一歩退く。<br />
 駆け寄る。<br />
「ちくしょう、覚えてろぉ!」<br />
 ついに、背を向けて逃げ出し始めた。<br />
「ま、待て!」<br />
 己の迂闊さを奥歯で噛み潰し、レムは今までになく慌てて蛮刀を振り上げた。<br /><br /><br />
 一時はどうなることかと思ったが、コレルたちがすぐに包囲の輪を狭めたお陰でどうにか全員を補足することができた。<br />
 盗賊たちの死体は、集落の外れに集めておいた。今、パラカの男たちが土葬しているところだろう。<br />
 ばらばらに散ってしまった盗賊は、どうにか全員仕留めることができた。<br />
 戦士団の目的は、盗賊を無力化することであり、全滅させることまでは求められていない。とはいえ、生き残りがいれば、同じことをまた繰り返す。<br />
 少ない人数で、多くの脅威を殲滅できるかどうかが、戦士長格の手腕を評価する点である。<br />
「お前がしくじったお陰で、もう少しでえらいことになるところだっただろ」<br />
 無事に任務を終えて一安心のはずのコレルは、虫の居所が悪かった。<br />
「六人も連れて行って、一人でも取り逃したなんてことになりゃあ、俺が怒られるじゃねえか」<br />
 今回、囮のはずがいきなり盗賊を散らばらせてしまったのは、レムが加減をしくじったせいである。<br />
 悔やむ気持ちは十分にあった。それを他人から言われれば、大人しく受け入れるつもりでもあった。だが、その一言がいけなかった。<br />
「コレル」<br />
「なんだ、言い訳をするのかよ」<br />
「お前、身内の評判のために来たのか?」<br />
「あん?」<br />
「おお、戦士の皆さま」<br />
 空気が険悪になりかけたところへ、パラカの長老が杖を突きながら現れた。<br />
 他の氏族の者に、内輪揉めを見せるわけにはいかない。仕方なく、距離を取った。<br />
 戦士長であるコレルが、代表して迎える。<br />
「長老、どうだいコーネリアスの戦士は。見事なもんだろ」<br />
「は、はい。お陰さまで、皆喜んでおります。いや、本当に何とお礼を申し上げたらよいか」<br />
 長巻を誇示してみせるコレルに、長老は何度も頭を下げている。コレルの取り巻きたちも、まんざらでもなさそうな表情である。<br />
 長老の目が、ちらりとレムの方を向いた。軽くひとつ頷き返してやる。<br />
「今日はもう遅くなります。何もないところではありますが、今日は我が集落にお泊まり下され」<br />
「ああ、気が利くじゃねえか」<br />
「さあさ、こちらへ。そちらの御仁も」<br />
 戦士団を奥の集会場らしき建物へ送り出しながら、長老はレムを親しみのこもった仕草で差し招く。<br />
「マダラの方ですかな? 見ておりましたよ。切っ先さえ触れさせぬお見事な剣の腕、御氏族でもさぞや名のある方なのでしょう。ささ、遠慮なく」<br />
「あ、いや、私は」<br />
「いやはや、お若いのに大したものです。パラカの若いのにも見習わせたいものですわい」<br />
 杖をついた老人に手を取ることまでされては、いつまでも控えめでいるわけにはいかない。<br />
 招かれたのは、避難場所にも使っていた、そこそこの人数が入れる集会場だった。<br />
 いつの間に準備したのか、集会場には絨毯が敷かれ、卓にはテーブルクロスがかけられ、パラカ氏族の女たちがせわしなく食事を並べていた。<br /><br /><br />
 手製の壁掛けや花瓶が各所に並べられており、いずれも真新しい。<br />
 暖炉の火はあかあかとおこり、室内の空気を少し暑いくらいに保っている。<br />
 卓の上には、焼いた獣肉や、煮込み野菜が湯気を立てていた。<br />
 並べられたガラス製の水差しも、水滴が表面に浮かんでいる。この室温でなら、よく冷えた水はうまいだろう。<br />
 パラカくらいの小氏族としては、何年かに一度の大盤振舞いであることは間違いない。<br />
 コレルは期待が外れたような色を滲ませていたが、彼の取り巻きたちには十分すぎる歓迎である。レムにとっても、言うまでもない。<br />
「どうぞ、遠慮なくおくつろぎくだされ」<br />
 コレルを上席に、三々五々席に着く。<br />
 この辺りの獣の肉なのだろうか。肉にかじりつくと、やや筋張って固かったが、香辛料が利いていて一口ごとに食欲をさらに掻き立てる。<br />
 野菜は肉の脂をとったスープで、野菜の歯ごたえを感じさせないくらいに煮込まれてあった。<br />
 並べられた料理に手をつけている間にも、次々に新しい料理が並べられていく。<br />
 茹でた鶏ササミに手を伸ばした時に、レムの横にパラカ氏族の娘が来た。レムより少し年上だろうか。赤い巻き毛の可憐な少女である。<br />
「あの」<br />
「ん」<br />
 まだ、口の中に蒸しイモが残っている。肩越しに振り向いたレムに、木札のついた鍵を差しだした。<br />
「あなたをお泊めする家は、ここになります。ここを出たら左へ行った並びの四件目です」<br />
 見れば、他の戦士にもそれぞれ木札の鍵が渡されていく。<br />
「家の中の物は、ご自由にお使い下さい。私たちからのせめてものお礼の気持ちです」<br />
「ん、うんむ」<br />
 満足に返礼もできないのを心苦しく思いながらも、口を開かないように唸ると、彼女は頬が触れそうな距離まで顔を近づけてきた。<br />
「月が山に隠れたら、鍵を開けておいてくださいね」<br />
「う?」<br />
 何やら不穏なものを感じ取って、相手の顔をしっかり見ようとした時には、彼女は身をひるがえして空いた皿を下げにかかっていた。<br />
 若干、耳が赤かった気がする。<br />
 水差しを手に取り、口の中のイモを一息に飲み下す。<br />
 ようやく物が言えるようになった時には、彼女は奥に引っ込んでしまっていた。<br /><br /><br /><br /><br />
 レムの宿舎に宛がわれた建物は、パラカ氏族の一般的な住宅である木製の簡素な小屋である。<br />
 真ん中に囲炉裏を備えた一室のみの板敷きで、これで移動式テントであれば、巡礼する氏族の典型的な住居構造になる。<br />
 そのせいか、屋内の脇に寄せてあるベッドに、妙に不釣り合いな印象を受けた。<br />
 既に囲炉裏には火が入っており、部屋の暖気は申し分ない。剣帯を解いて上着を脱ぎ、ベッドに倒れ込もうとして、思いとどまった。<br />
 旅塵と汚れをそのままにして飛びこむには、ベッドのシーツは白すぎる。<br />
 少しためらった後、剣帯から蛮刀を抜きだした。<br />
 備え付けの水瓶から、器に水を取り分けて刀身を浸し、その間に荷物から磨き粉と布を取り出す。<br />
 水の滴る刃に磨き粉を振りかけ、血脂の付いた部分を念入りに布で磨く。曇りが取れたところで、湿らせて固く絞った布で水気を拭き取り、陰干しする。<br />
 二本目に取りかかろうとしたところで、宴席で少女に言われたことを思い出した。<br />
 月が山に隠れたら、鍵を開けておけ。<br />
 どちらの月のことを言っているのかわからないが、今日は銀の半月なので、山の稜線に二つとも月が沈む頃には夜中になる。<br />
 鍵は、木製のかんぬきに金属製の錠を取り付けた、ちぐはぐなものだった。おそらくベッドと一緒に、他国の行商から買い入れたのだろう。<br />
 廃鉱山をくりぬいて作られているコーネリアス氏族の集落は、かんぬきのままである。<br />
 弱小氏族のパラカが、コーネリアスより早く先端技術を取り入れているのは、なんとも不思議な気分だった。<br />
 錠を開け、かんぬきを外す。ついでに月の様子も見ておこうと扉を開くと、目の前に人影があった。<br />
「あっ」<br />
 人影が身を離す。レムも反射的に飛び下がり、囲炉裏の傍の蛮刀の位置を確認した。<br />
 すぐに飛びついていい相手かどうか、一瞬で判断し、即座に行動を――<br />
「す、すみません」<br />
 する必要はなかった。囲炉裏の火に照らされた姿は、宴席で鍵を開けておいてくれと言った彼女のものである。<br />
 癖のある赤い巻き毛はそのままに、柔らかい布地の前閉じのワンピースを着ていた。やや痩せ目の体の輪郭が、焚火の照り返しに濃い陰影を作りだしている。<br />
 羞恥を孕んだ上目づかいが、腰を落として身構えているレムに注がれる。<br />
「あの、少し早いと思ったんですけど」<br />
 赤月は地平線にかかっていたが、銀月はまだ、夜天に斜めに傾いている。<br />
「来て、しまいました」<br />
 剣を取っての立ち回りとは別種の不穏さが、夜気と一緒にレムのあたりを吹き抜けていく。<br />
 何かとてもまずいことになっている、と、レムの直感が告げている。<br /><br />
 彼女を屋内に招き入れたはいいものの、レムはこういう時にどうしたらいいか、わからない。<br />
 他の狼たちなら、職業訓練の時に共同宿舎だったり、友人の部屋を訪問し合ったりするので、それなりに歓迎の仕方を身につけているのだろう。<br />
 だが、ビスクラレッドに言われたように、レムの育った環境は変なのである。<br />
 気にかけてくれる先輩戦士も、懐いてくる見習い戦士もいるが、男が女の部屋を訪ねることはない。<br />
 家族でない限り、女が男の部屋を訪ねるのは、種を貰いに行く時だけだから、レムは彼らが客を迎える時にどういう対応をするのかも知らない。<br />
 とりあえず二本目の蛮刀の手入れを続けることにした。<br />
 彼女は微笑みを浮かべながらも、そわそわした様子で辺りを見回している。<br />
 布で刀身を磨いていると、膝でレムの傍ににじり寄ってきた。<br />
「あの、いい剣ですね?」<br />
「そうでもない。工廠でたくさん作っているものだから」<br />
「そうなんですか? 私、剣にはあまり詳しくなくて」<br />
 会話が続かない。気まずい空気とは言いたくないが、レムも彼女も距離感を掴みかねている。<br />
 何かしなければ、と思えば思うほどに、剣のちょっとした曇りが気になってきて、いつもより念入りに剣を磨いているばかりである。<br />
「あの、お名前を教えてもらってもいいですか?」<br /><br /><br /><br />
「え、あ。ああ、うん」<br />
 戦場でならともかく、一介の戦士が私的なことで他氏族の民に名乗っていいものなのだろうか。<br />
 名乗るなら、どこまでなのか。とりあえず、戦士としての名乗りなら、慣れている。<br />
「レム。コーネリアス氏族、"岩に咲く白"のレム」<br />
「あら」<br />
 微笑に、安堵感の深みが宿る。<br />
「戦士の方は、そうやって名乗るんですよね。私が小さいころに来た方も、攻めてきた他の氏族に、そんなふうにちょっと大仰に」<br />
 何がおかしいのか、抑え切れていない笑いが、頬に残っている。<br />
「なあ」<br />
「あ、ご、ごめんなさい、お名前を聞いて笑うなんて、失礼ですよね」<br />
 言いながらもまだ笑みが消えない。<br />
「私はそんなにおかしいか?」<br />
「いえ、その、可愛らしい……方だなって。先程からずっと剣を磨いているし、なんだかもじもじしてるし、諱も教えて下さるし……<br />
ふふ、気に障ったのなら謝ります、けど……」<br />
 謝るといいつつ、彼女はまだ笑っている。<br />
 レムにとっては、彼女の態度よりも、自分の応対がことごとく的外れだったことの方が衝撃だった。<br />
 挙句に、可愛い呼ばわりである。<br />
 最近、こういう予想外のことばかりのような気がする。自分の尾の先が下を向いているような感覚があった。<br />
 二人向かい合って、下を向いたまま、時間ばかりが過ぎていく。<br />
 ふいに彼女が顔を上げた。やや上気した頬に、決意の色が光っている。<br />
「レムさん、あの、あまり遅くなると家の者が心配します」<br />
「うん」<br />
「だから、その」<br />
 なんとなく気圧された。どころか、彼女は腰を浮かせてずいとレムの方へ身を乗り出してくる。<br />
 レムはまだ手に持っていたままの蛮刀を、脇へ置こうと思った。<br />
 だが手放さない方がいい気がしている。床に蛮刀を置いたものの、手を添えたまま、踏ん切りがつかない。<br />
「失礼します!」<br />
 と迷っている間に、少女の手がレムのズボンに伸びていた。<br />
「わ、何を!」<br />
 突き離そうとしたが、左手はまだ蛮刀にかかっている。一瞬思い留まった間に、彼女はレムの膝の間に入り込み、帯を解き始めていた。<br />
「ちょっと待て!」<br />
 レムの慌てた声に打たれたように、手が止まる。<br />
「あの、私、迷惑でしたか?」<br />
 見上げる顔は、不安げだった。<br />
「お嫌ですか? そうですよね、レムさんのお好みも聞かないで、私ったら」<br />
「いや、迷惑というか」<br />
 意図が読めない。何を言うべきか。もしくはどうしたものか、レムにはさっぱりわからない。<br />
「ええと、もしかして聞いたことがなかったりしますか?」<br />
 彼女はレムの腰に伸ばしていた手を引いて、座りなおしている。<br />
「他の氏族の戦士様に助けていただいた時は、氏族の発展のために、その戦士様の血を受け継ぐ子を産ませてもらうことがあると、お爺さんから聞きました」<br />
 床に下ろした自分の指先を見ながら、ひとつひとつ言葉を探っているようだった。<br />
「戦士様にとっても、助けた氏族からそういう申し出を受けるのは栄誉なことだって」<br />
 それを、レムは後ろに手をついたまま聞いている。<br />
「盗賊と戦っている時のレムさん、とても格好良かったです。踊るようで、まるでパラカの伝承の風渡りみたいで。だから……」<br />
 少女が僅かに、しかし力強く顔を上げた。<br />
 レムは、ようやく嫌な予感の正体を悟った。彼女のいる場所はまだレムの膝の間である。<br />
 彼女は上気どころか真赤な顔で、ぐっと上体を近づけてレムに抱きついた。<br /><br /><br />
「だから、私にあなたの子を産ませて下さい」<br />
 レムの腰に自分の腰を密着させ、しがみつくも同然に腕に力を込めている。<br />
 力の入れ過ぎとは違う震えが、伝わってきた。彼女の肩越しに、尾が力んでいるのがよく見える。<br />
 彼女も無理をしているのか、と思った矢先に、彼女が体を離し、レムのホットパンツの前を一息にはだけた。<br />
「あの、男の人はこうすれば喜んでくれると教わってきましたので」<br />
「だ、だからちょっと待て!」<br />
 下着を引き下ろすべく中に手を入れられ、今度こそレムは飛び上った。<br />
「あら?」<br />
 疑問符を浮かべる少女を残し、レムは普段以上の距離を後ろ飛びする。<br />
 空振りに終わった彼女の右手が、宙に漂っている。<br />
「私、てっきりマダラの方だと」<br />
「どうして、そんな判断になったんだ」<br />
 下着から、自分の汗の匂いが立ち上ってくる。昼間の立ち回りのままだからだろう。彼女にも、じっとりとした汗の感触が伝わってしまったに違いない。<br />
 情けない気分でホットパンツを履き直し、帯をしめる。<br />
「何か変だと思っていた。もういいだろ」<br />
 帰ってくれ、と言おうとして振り向くと、彼女はその場に崩れ落ちていた。<br />
「どうしたんだ」<br />
「はひ、なんだか気が抜けちゃって……」<br />
 先程までの勢いが消え、すっかりへたり込んでいる。相当気追い込んで来たのか。しばらく立つ気力もなさそうだった。<br />
 余裕ができてみれば、彼女からかすかに嗅いだ覚えのあるような匂いが漂ってきている。<br />
「酒の匂いがするけど」<br />
「はい、ちょっと飲ませてもらって来ました。男の方の部屋に行くなんて、そんな怖いこと普通じゃできません」<br />
 緩みきっているが、心の底からの微笑みのように見えた。<br />
「でも少しだけ残念です。あなたならいいかなって、思えた方だから。父さんもお爺ちゃんも、賛成してくれましたし」<br />
 なんだか責められているような気がしたが、彼女は相変わらずにこにこしている。<br />
 そもそもレムは何も悪くないのだ。妙に拗ねたような気分が胸に湧いてきて、ついと横を向いた。<br />
 床に置いたままの蛮刀を拾い上げ、ベッドに立て掛ける。<br />
「レムさんをマダラだって言ったのは、お爺ちゃんなんです」<br />
 座りなおした状態で、少女はぽつりと話し始める。<br />
「見た目は女の方だと思ったんですけど、コーネリアスの戦士はみんな男だからって。それで私も、そうなのかなって。レムさん、男っぽいところありますし」<br />
「そうかな。それで、家族に私の所に行けって言われたのか?」<br />
「ええ、まあ。他所から戦士様に来てもらったからには、氏族の誰かがお礼に行くのが礼儀だって。だから、レムさんならって私が言ったんですけど」<br />
「お礼か。でも戦士に種を貰うのは、自分たちの氏族のためじゃないのか?」<br />
「でも……その」<br />
 彼女は恥じらうように顔を俯けた。<br />
「男の方は、やっぱり好きなんですって。そういうこと」<br />
 レムの瞼の裏に、かつての光景が浮かぶ。父の行為も、楽しんでやっていたものなのだろうか。<br />
 そうであればもっと楽しそうな雰囲気を出すものだろう。例えば昼間の盗賊の頭目が、斧をレムに向けた時のような。<br />
「父さんは、子供ももちろんだけど、楽しんでもらうのが大事だって……そう言えば、最初に自分で服を脱ぐのを忘れてました。そりゃ、ダメですよね」<br />
「ん」<br />
 肉付きがいいとは言えない彼女がわざわざ体の線の浮き出る服を着て来たのだから、相手の情欲をあおる効果を狙っていたのは言うまでもないだろう。<br />
「色々と、苦労があるんだな」<br />
 抱かれるということがどうなのか、レムにはわからない。<br />
 父に抱かれた祭司の少女は、行為中は苦しそうに涙を流し、終えた後も放心状態で寝台に身を横たえていた。<br />
 明け方が近くなって、おざなりに衣服を纏うと、よろめきながら部屋を出て行ったところまでしかレムは知らない。<br />
 行為がどんなものかはわからないが、あれが男の肉棒ではなく敵の刃であると置き換えれば、なんとなく察しはつく。<br />
 切っ先が自分の正中線を捉えた瞬間の、あの神経が凍りつく感触。死が迫った戦慄は、今でも相変わらず全身を駆け抜ける。<br />
 レムでさえそうだというのにこの少女は、自分のはらわたを抉らせるために、自ら来たのだ。<br />
「その、悪かったな。私が男じゃなくて」<br />
「ええ。根に持ちます。私、初めてだったんですよ?」<br />
 レムの顔をじっと見つめて、彼女はもう一度笑った。<br />
「本当に、残念です」<br />
 返す言葉もない。レムの責任ではないと言い切ってしまうことはできる。<br />
 だが、自ら祭壇に乗った犠牲を、誰が突き放せるだろう。<br />
「今夜はお邪魔しました。ゆっくりお休みくださいね、レムさん」<br />
「送るよ」<br />
「大丈夫ですよ。パラカの集落で襲ってくるような悪者は、昼間レムさんが退治してくれましたから」     <br /><br />
 今になって酒が効いて来たのか、危うげな足取りで立ち上がる。<br />
「明日お帰りなんですよね」<br />
「そうだな。時間は決まってないけど、戦士団がそろったらだ」<br />
「お見送りには、必ず出ますから。なるべく遅く出てきてくださいね」<br />
 雲の上を進むように、と例えればいいのだろうか。どことなく地に足のついていない雰囲気で、彼女はかんぬきを開けて扉を開いた。<br />
 夜の冷たい空気がさっと差し込んできて、意識が引き締まる。<br />
「あ」<br />
 戸口から出かけた彼女が、レムの方を振り向く。<br />
「私、アマリエです。覚えていてくださいね」<br />
 名を尋ねられた時は、何も構えることはなく、ただそう答えればいいだけだったのだ。<br />
「ああ、月がもう沈む」<br />
 銀月が、山の稜線にかかっている。<br />
「精霊パラカよ、コーネリアスの戦士レムに、どうかご加護を」<br />
 わだかまる宵闇の中で輝くそれへ向かって、アマリエはひらりと舞い出た。<br /><br /><br />
 板敷きの床の真ん中にある囲炉裏には組んだ焚火が火花を飛び散らせており、明かりが辺りを照らしている。<br />
 焼けるような赤い光と、濃く黒い影のコントラストに、狼の男の姿が浮かび上がっていた。<br />
 室内には瓶が転がっており、焚火の焦げくささに混じって、酒の匂いと、何かの粘っこい匂いが充満していた。<br />
「なあコレル、ちっとやりすぎじゃねえか」<br />
 不安げな取り巻きの言葉に、コレルは応じない。<br />
「いいじゃねえか、これぐらい。別にひでえ目に合わせようってわけじゃないんだ」<br />
 代わって他の者がたしなめている。<br />
 五人とも、上半身に何も身につけていない。壁際を取り囲むように立っているその中心には、全裸の少女が後ろ手に縛られて横たわっていた。<br />
 粘り気のある何かの薬液で顔と髪が濡れており、焦点の合わない目で小刻みに全身を震わせている。<br />
 声にならない声が、涎と共に垂れ流されていた。<br />
「すげえ効き目だな」<br />
 ぼそりと、ようやくコレルが口を開いた。<br />
「さすがは猫どもの薬だな。わけがわからねえ。ここまで要るのか、奴らは」<br />
「というかコレル、大丈夫なのかこれ? このまんま戻らねえとかないよな」<br />
 不安そうな一人の横で、興味津津な者もいる。<br />
「いやあ俺こういうの好きかもしれねえ」<br />
「マジか。さすがに引くわ」<br />
 ぼそぼそと喋っている取り巻きから一歩前に出て、コレルは満足に言葉も編めない少女の傍にしゃがみこむ。<br />
「おい、どうだ気分は」<br />
 小刻みに震える顔が、コレルの方を向く。瞳孔が開いている。<br />
 コレルが無造作に乳房を掴んだ。<br />
 苦痛とも快感ともつかないうめき声をあげて、少女がのけぞる。<br />
 あまり豊かとも言えない胸を揉みしだく度に、過剰なほどの甘い苦しみの声を上げて少女が身をよじる。<br />
「絶対ェ孕ませて帰るからな」<br />
 コレルは少女が寝返りで逃れないよう、うつ伏せにして尻を上げさせ、のしかかるように後ろから両の乳房に手を回した。<br />
「コレルの奴やる気だよ」<br />
「お前がこの子レムんとこの方から来ましたよなんて言うからだろ」<br />
 乳首をつねり上げられ、少女が苦しそうな声を上げている。<br />
 コレルが、ズボンを脱がないままの腰を、彼女の尻の割れ目にこすりつけている。<br />
「あそこまで反応いいと……なあ」<br />
「待つのキツいな」<br />
「てか本当に大丈夫なのかよ、あの薬」<br />
「うるせえなお前さっきから」<br />
「お前らうるせえぞ」<br />
 帯を解いてズボンをずらしながら、コレルが威嚇する。後ろ手に縛られたままの少女の尻に、勃起したものの先端をあてがい、数度こする。<br />
 それだけで、少女の息が引きつるように乱れた。<br />
「おら……わざわざ来てくれたんだ、たっぷり楽しませてやるからな」<br />
 両手を尻に当て、指で裂け目を広げると、少しずつものを押し込んでいく。<br />
 鼻にかかった嬌声が彼女の喉から漏れる。<br />
「どうだ、コレル」<br />
「うるせえ聞くな……なかなか、キツいな」<br />
「まあ年下っぽいしなあ」<br />
「だから横で普通に喋くってんじゃ……!?」<br />
「あぐっ!?」<br />
 先端が入ったところで、少女が弾かれたように仰け反った。<br /><br />
「あ゙あ゙ああっ!」<br />
「あ、おいコラっ!」<br />
 足をばたつかせて逃れようとした少女の腰を、コレルががっしりと掴む。<br />
「ここまで来て逃げんな! てめえん家が恥かくだけだぞ!」<br />
「ああ、あああああああ!」<br />
 少女は捕まえられてもまだ逃げようとするが、腰を押さえつけられているため、むきになったコレルに少しずつものを押し込まれていくばかりである。<br />
 奥まで突き刺されていくにつれ、喉に声を詰まらせて、再び大きく仰け反った。<br />
 コレルのものが根元まで入ると、力尽きたように上半身を床に落とした。<br />
「お、おいコレル」<br />
「こいつ処女だ。手応えがあった」<br />
「にしちゃ、反応が酷過ぎねえか」<br />
「薬だろうな。痛みまで増しちまうんだろ」<br />
 腰は掴まれたままのため上半身だけを横たえ、瞳孔の開いた目で舌を出している少女を、コレルは不憫そうに見る。<br />
「よしよし、ここからは痛くねえからな」<br />
 ゆっくりと少女の背に自らの体を重ね、後ろから乳房を掴む。<br />
 放心状態の少女が、あう、と反応を見せた。<br />
 乳房をこねまわしながら、コレルは腰を静かに動かし始める。まだ彼女の声に、疼くような痛みに苦しむ色がある。<br />
 乳房から手を離すと、少女の中に出し入れを繰り返しながら、コレルは後ろ手に縛っていた縄を解いた。<br />
「ほら、そろそろ自分で手えつけ。顔に床の跡がつくぞ」<br />
 案外素直に手を突く。四つん這いの姿勢になった。<br />
「おいお前ら、順番決めろ。この子に口の使い方も教えてやれ」<br />
「い、いいのか!?」<br />
「マジか!」<br />
「あと四回出すまで回ってこないものと!」<br />
「お前ら俺を何だと」<br />
 厳正なコイントスの結果決まった一人が、ズボンの前をはだけて既に先走りの液体を垂らしているものを彼女の顔の前に持ってくる。<br />
「ほら、歯は立てるなよ。棒飴をしゃぶるように舐めるんだ」<br />
 俯いたままの少女の顎を掴んで、上を向かせる。<br />
 口から涎と苦しそうな声を漏らしながら、彼女はじっと目の前のものを見つめた。<br />
「ったく、しょうがねえな」<br />
 顎を持って口を適度に開かせ、勃起したものをくわえさせる。<br />
 吐き出されるかと思ったが、少女はすんなりとものを受け入れた。<br />
「で、舐めねえしな」<br />
 快楽に溶けた顔で、焦点の合わない目をしているばかりである。<br />
「ほら、しっかりしろよ」<br />
 舌に触れるように位置を調節し、自ら腰を動かす。<br />
 陰茎に蹂躙された口から、荒い鼻息と共に漏れてくる喘ぎがなまめかしく聞こえる。<br />
 その時、コレルに一際深く奥を突き刺され、少女は口からものをこぼして再び仰け反った。<br />
「おいおい、コレル」<br />
「これだけ反応いいと、気分が乗るんだよ」<br />
 先程とは打って変わって、コレルは深く突き刺すように大きな振幅でゆっくりと腰を使っている。<br />
 一つ突くごとに、少女が艶めいた鳴き声を上げる。<br />
「おい、やっぱりどけ。お前の腹が目の前にあると萎える」<br />
「ちぇ」<br />
 口を犯していた男を戻らせ、コレルは少女の背にのしかかると、三度乳房を手のひらに収めた。<br />
 荒々しく揉みしだきながら、今度は速いテンポで小刻みに腰を突き立てる。<br />
 鳴き声が、悦びの悲鳴に変わった。次第に彼女が上りつめていくのがわかる。<br />
 可聴域ぎりぎりの細い高音を発して、少女が全身を硬直させた。<br />
 達した瞬間に、彼女の膣肉にものを絞りあげられたのだろう。コレルも小さくうめいて、身を震わせた。<br />
 体を支えていた腕が崩れ、荒い息をつきながら少女が再び尻を上げた格好に戻る。<br />
 コレルが、そっとものを抜く。ぬらりと光る体液の糸が、彼女とコレルをつないでいる。<br />
 支えがなくなって、少女は床に横になった。<br />
 コレルは、彼女の重なった膝を取り、仰向けに大きく開脚させる。<br />
 両膝の下に腕を差し込んで脚が上がった状態で固定し、彼女自身の液で濡れた裂け目に再びものをあてがうと、今度は一息に刺し貫いた。<br />
 彼女は既に一度達している。先程のような張りはないものの、甘い悲鳴が上がる。<br />
 今度は、最初からがむしゃらに突き上げていく。<br />
 彼女はがくがくと身を震わせ、体をよじりながら意識を失いそうな快楽からなんとか逃れようとしている。<br />
 腰まで動かしているせいで、より激しく性器をこすれ合わせる結果になっていることに、気付いていない。<br />
「コレル、まだか?」<br />
「やっぱ四回出すまでお預けか」<br />
「うるせえな。さっきの薬持ってこい」<br />
「おいおい、あれはもう危ないだろ」<br />
「いいから持ってこい」<br />
 今度は向き合った状態から乳房を乱暴に握りしめる。<br />
 あまり豊かとは言えない柔肉が、指の形にくぼみを作った。黒目がかなり上に行ってしまっている少女の半開きの口に、コレルは自らの舌を差し込む。<br />
 彼女の舌に絡め、唾液を吸う。女の味と、ほのかな柑橘系の匂いがした。口腔中を、下で蹂躙する。<br />
「俺がさっきチンコくわえさせたのに」<br />
 ぼそりとしたつぶやきが聞こえて、コレルは反射的に上半身を持ち上げた。<br />
「てめえ後で覚えとけ」<br />
「な、なんでだよ」<br />
 自棄気味に、勢いを増して乳房と膣を責め上げる。再び少女が達しても、コレルはまだ腰を突き立て続けた。<br />
 嬌声が引き攣ったようなものに変わってもまだ責め続け、少女が白眼を剥く頃に、コレルはようやく射精した。<br />
 ものを引き抜くと、再び濡れた糸が光った。<br />
「コレル、これ以上はさすがにまずいんじゃねえのか」<br />
 少女は、股間から薄く桃色の混じった精液を垂れ流しながら、開脚したまま失神している。<br />
 病人のそれに似た呼吸で、胸が上下している。それなのに、心臓は弾けんばかりに脈を打っている。さすがに取り巻きが引いていた。<br />
「さっきの薬はどうした」<br />
「残ってるけどよ」<br />
「じゃあ、それをこいつの尻穴に塗ってやれ。あとはお前たちが好きにしろ」<br />
 好きにしろ、と聞いて、やや引き気味だった取り巻きたちに俄然熱が入った。<br />
「い、いいのか……?」<br />
「まだ二回しか出してねえだろ……?」<br />
「いやならいいんだぞ」<br />
「とんでもねえ!」<br />
 言った一人の肩を掴んで引きよせ、四人で何やら円陣を組んでいる。<br />
「いや、まずいだろあの状態じゃ……」<br />
「でもよ、少し休憩取れば、大丈夫じゃねえか……?」<br />
「このままじゃ収まりつかねえし。口使おうぜ口。この子の休みにもなるだろ」<br />
 ズボンの上からわかるくらい勃起している取り巻き四人は、薬の残りを手に、まだ息も絶え絶えの少女を囲むようにしゃがみこむ。<br />
 コレルはその場を離れると、服を着直した。<br />
 息を吹き返したらしい少女の、声にならない声が聞こえる。<br />
「あ、ああ、う……」<br />
「大丈夫大丈夫、痛くしねえって」<br />
「ほら、薬塗ってやっから。傷薬じゃねえけど」<br />
「ああ、あ」<br />
 心なしか、薬で曇らされたうめき声でも感じ取れるような、恐怖の響きが聞こえた気がした。<br />
 あと四人も相手をしていたら、少女の体力は持たないのかもしれない。<br />
 だが四人とも日頃からコレルとつるんでいる連中で、今回もきちんと働いた。ちょうどその場に居合わせたこともある。<br />
 自分だけ愉しんで我慢させるというわけにもいかない。<br />
「あう、あ、ああ」<br />
「おい、尻も使えるぞ。薬塗った」<br />
「ってか処女だったんだよな、この子。後ろも処女かもな」<br />
「むしろ処女で後ろ経験済みとか引くわ。で、誰から犯る?」<br />
「面倒くせえからみんなで犯ろうぜ」<br />
「結局休みなしだな。いいけどよ」<br />
 一人が無遠慮に彼女の股間に指を突っ込んだ。<br />
「あぐっ!」<br />
「一人余るじゃねえか」<br />
「ああ、ああああ、あ、あああああああ」<br />
 膣口から漏れる精液を掻きまわすように、彼女の裂け目に入った指が肉を嬲り始める。<br />
 指が勢いを増していくにつれ、彼女の悲鳴も絞り出すようになっていく。<br />
「お前、さっき舐めてもらってたろ。ちょっと遠慮しとけ」<br />
「ああ? あんなんで終わっちまったのに俺だけ生殺し?」<br />
「んじゃあ俺たちで犯ってんの見ながらブリッジしてコスってろ」<br />
「ふざけんな。死ぬか?」<br />
「よし、じゃあ二人ずつ交代にしよう。まずお前らで仲良くコスりあってろ」<br />
「ああっあああああああああああ!」<br />
 快楽と離れ始めた、死に物狂いの獣のような叫びを背に聞きながら、コレルは小屋の外へ出た。 <br />
 星が心もとなく光っているだけの夜の静寂の中で、山の稜線が巨獣のように横たわっている。<br /><br /><br />
 レムはまだ朝日が地平線から頭を出したばかりの時間に、外に出た。<br />
 すっかり乾いた蛮刀二本を携え、大路に立つ。周りには誰もいないが、朝早くから農作業に精を出しているパラカの民の気配が、各所にある。<br />
 コーネリアスの霊地ほどではないが、鋭い冷たさを含む空気が意識をさっぱりさせる。<br />
 昨夜はコレルの小屋が、随分とうるさかった。いくら羽目を外すにしても、文句のひとつも言ってやらねばならない。<br />
 剣の型を一通りと、コンビネーションを思いつく通りに素振りする。<br />
 背後からの攻撃をイメージし、振り向きながら両手の剣で武器と持ち手を連続で払う。<br />
 両側面からの時間差攻撃をイメージし、片手で片方を捌き、もう片手で逆側を牽制をしながら両側の敵が視野に収まるように素早く動く。<br />
 間合いの離れた正面が隙を見せた姿をイメージし、疾風のように踏み込み、諸手突きを見舞う。<br />
 一息ついて、元の姿勢に戻った。<br />
 普段の修練では、どれも使えない。<br />
 誰かが近づいてくる気配がした。聞くだけでも足元がおぼつかない雰囲気は、パラカの長老のものだ。<br />
「おお、さすがは戦士殿。お見事な太刀筋です」<br />
「おはよう、長老」<br />
「おはようございます」<br />
 申し訳なさそうな笑みを浮かべながら、レムの宿舎の方へ目を向ける。<br />
「孫娘の非礼はお許し下され。何分、こういったことをさせるのは初めてでしてな」<br />
「いや」<br />
 アマリエのことだろう。そう言えば、レムをマダラと勘違いしたのもこの長老だ。そんなに男っぽく見えるだろうか。<br />
「空が白む前に帰って来いと言っておいたのですが、まだ御厄介になっておるようで。すぐ連れて行きますので、大目に見て下され」<br />
 頷いて通そうとして、レムははたと気づいた。<br />
「長老、孫娘って、アマリエだな」<br />
「左様でありますが」<br />
「アマリエはまだ月が出ているうちに帰ったはずだ」<br />
「そんなに早くですか」<br />
 ただ事ではないらしいと察したらしい。長老の顔色が変わった。<br />
「孫が、お気に召しませんでしたか」<br />
 長老の表情は、不測の事態に焦り恐れた者のそれである。だが、レムにはその言い草が棘のように刺さった。<br />
「長老、私は女だ」<br />
「な、なんと」<br />
「それよりアマリエだろ。きっと何かあったんだ」<br />
 盗賊を討ち漏らしたか。だが、最初にレムを囲んだのは十一人、屍の数も同じである。あの場にいた者は全員とどめを刺してある。<br />
 根城の留守番が戻ってきたとしても、置いて行かれる程度の賊が、戦士のいる集落に意趣返しに来るような度胸を持っているとも考えにくい。<br />
「申し訳ありません。女の方だと知っておれば、このような」<br />
「それはもういい! 長老、皆に知らせろ。私は他の戦士を呼んでくる」<br />
「い、いえ、とんでもありません。その必要は」<br />
 自分と長老の温度差は、いったい何だ。<br />
 アマリエ一人どうなってもいいと言わんばかりではないか。<br />
 農作業に出ていたパラカの民たちが、何事かと集まってくる。<br />
 苛立ちを隠す術を知らないレムを見た彼らは、一様に長老と似たり寄ったりの表情を浮かべた。<br />
「戦士殿には、盗賊を討っていただいて、十分お世話になりました。これ以上のお手間を」<br />
「長老、あんたはアマリエが心配じゃないのか」<br />
「ええ、ですが……」<br />
 埒が明かない。<br />
 こうなれば、パラカの意向は関係ない。コレルを叩き起こして、取り巻き連中を駆り出してアマリエを捜させる。<br />
 盗賊を討つのは、友邦のためという大きな目的が下地となっている。なら、行方不明の娘を探すのも、戦士団として何ら間違っていないではないか。<br />
 所在無げなパラカの民に一切目をくれず、レムは駆けだした。<br />
 戦士団の宿舎の場所は、昨日割り当てられた時点で教え合っている。<br />
「コレル! 起きろ! 手を貸せ!」<br />
 叫びながら戸を叩くと、中で大勢がもったりと動きだす気配がした。<br />
 酒盛りでもしていたのだろう。むわっと、生温かさと湿り気と発酵した何かの薄い匂いが混じった空気が吹き寄せる。<br />
 何人か二日酔いになっているかもしれないが、それどころでは――<br />
「なんだよ、急ぎなら猫のでも借りて来い」<br />
「馬鹿なことを言っている場合か! アマリエ、いやパラカの長老の孫娘の」<br />
 面倒くさそうに開いた扉の奥に、レムの宿舎と同じ間取りの部屋があった。戸口に毛先がぼさぼさのコレル、取り巻きたちは部屋中に雑魚寝している。<br />
「行方が」<br />
 奥にベッド。<br />
「あん? 面倒くせえなあ。俺たちが手伝う必要あるのか、それ」<br />
 コレルの脇を通り過ぎ、ベッドに近づく。<br />
「おい、聞いてるか」<br />
 薄いシーツを被った、見覚えのある赤い巻き毛。<br />
「アマリエ」<br />
 枕元で、声をかけた。一瞬身を固くして、彼女は意を決したように振り向いた。<br />
「おはようございます、レムさん」<br />
 彼女は、疲労の色の濃い顔で、相変わらず微笑んでいた。今にも泣き出しそうだった。<br />
「おいレム、俺たちの仕事は盗賊討伐だぞ。パラカのことはパラカに任せとくもんなんだよ」<br />
「もういい」<br />
「あ?」<br />
「邪魔した」<br />
 肩から力が抜けた。<br />
 あんなに躍起になっていた自分が、馬鹿みたいだった。<br />
「ごめん、アマリエ」<br />
「いいえ」<br />
 自分がどんな顔をしているかわからない。ただ、こちらに目を向けているアマリエは、寂しそうに笑っている。<br />
「そんな顔しないでください。私は大丈夫ですから」<br />
 コレルが、二人の顔を交互に見た。<br />
「探し物が見つかって良かったな」<br />
 余計なひと言を黙殺し、レムは宿舎を出た。<br />
 パラカとの温度差も当然だ。レムに受け入れられなければ、他の戦士の所へ行くということが最初から決まっていたのだろう。<br />
 だからこそパラカの民は、アマリエよりもレムの顔色を気にしていたのだ。<br />
 女の仕事は、子を産むことだ。アマリエもそれを理解しているようだった。何も不思議なことはない。なのに、なぜこんなにうろたえているのだろう。<br />
 脳裏に、白い裸体を晒して震える祭司の少女の姿が浮かぶ。<br /><br /><br /><br />
 楽な遠征とはいえ無事に終わって機嫌のいい仲間の戦士たちをよそに、レムは一言も発さずコーネリアス氏族の集落に戻ってきた。<br />
 長老議会への報告はコレルに任せ、霊地に向かう。剣を持って来たが、結局剣帯から取り出すことなく環状列石に腰を下ろした。<br />
 岩石がいくつか並んでいるだけの、一面の草原を、北国特有の鋭い冷たさを含む風が、短い草地を撫でながら吹き抜けていく。<br />
 アマリエは、誰に抱かれたのだろうか。<br />
 男がそういう行為を好んでいる、というのは、アマリエに言われなくとも聞いていた。だが、そういうものなのかと軽く受け止めていた気がする。<br />
 コレルの宿舎に漂う匂いが、その行為が自分とも無関係ではないことをはっきりと示してしまった。<br />
 アマリエがレムの所に来たのは、ああいう状態になるためだ。<br />
 背負う剣が風に冷え、剣帯を通して重く肩にかかっている。<br />
 自分が女なら、いつかアマリエのようになる日が来る。男の部屋に一人で行って、自分から服を脱いで、それから。<br />
 突き刺されるのなど、御免だ。<br />
 レムはそんな有様なのに、アマリエはレムの所へ自分から来て、またコレルの宿舎にも行って、立派に務めを果たした。<br />
 務めの問題なら、レムは自分が戦士の務めを十分に果たしていると思っている。<br />
 それなら、女の務めはどうなのか。レムが最初から祭司として生きてきていれば、アマリエのような強さが手に入ったのだろうか。<br />
 こんな時に限って、ビスクラレッドは姿を現さない。<br />
 ふと、風の匂いを感じた。<br />
 霊地に続く坂を登ってくる集団の匂い。祭儀に使う香の匂い。<br />
 あと少しもしないうちに、祭司たちと手伝いの下働きたちが、霊地に現れる。<br />
 精霊への奉納儀が、近々行われるのかもしれない。<br />
 石から立ち上がって、鉢合わせる前に霊地を後にする。そもそも、霊地は気軽に立ち入っていい場所ではないのである。<br />
 居住区裏側に続く抜け道に入って、一度だけ後ろを振り向く。<br />
 普通の姿の女もいれば、袖と裾にたっぷりと余裕を持たせた祭礼衣装をまとった祭司の姿もある。<br />
 数日後の奉納儀で、彼女たちは、舞い、祈り、謡う。<br />
 舞は精霊の力を身に受けるためである。祈りは精霊の心を覗くためである。謡いは精霊に言葉を届けるためである。<br />
 祭司となった女たちが、その体と心で覚え込む技だった。<br />
 そして初潮が来たなら、しかるべき家族と縁談を組み、見合った相手との間に子を設けるのも祭司の仕事である。<br />
 レムの舞は、敵を討つための術である。レムの祈りは、剣に必殺の力を与える集中である。レムの謡いは、刃に与える誇りと信念である。<br />
 レムは、戦士なのだ。<br /><br /></p>
目安箱バナー