猫耳少女と召使の物語@wiki保管庫(戎)

木登りと朱いピューマ11

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木登りと朱いピューマ 第11話

 
 
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                    ~ 11 ~
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 触れるだけで切れそうな程の大気が二人だけの間に満ちている。
 そこは無論、吐く息すら凍るアウサンカタ山脈の頂上などではなく、
 国土中央ワタナ島にある皇館。
 
 つい半日ほど遡って朱奈と芙雪がいたはずの、参内の間。
 
 
 
「【ニヤトコ】の儀、大儀であった」
 重厚な声が、張り詰めた空気にさらに錘をつける。
「……」
 もう一人の人物は朱色の髪を一房、床にはらりと落としながら、
 無言のまま錘に耐えかねたように頭を垂れた。
「申し立てる議があれば、許す」
「御心のままに、陛下」
 その声は静まった水面ですら影響を受けないだろう。
 まったく覇気が感じられなかった。
「……埒も無い。表を上げよ」
 陛下と呼ばれた女性の言は、僅かに苛々とした空気を漂わせた。
 一方、朱色の髪の女性は怯えてしまったのであろうか。
 上体は起こしたものの、表情は綺麗に切り揃えられた前髪に隠れて見えない。
 
「ふ。成程、瞳は心を映すとは善く言ったものよ。
 妾の瞳を見ることができぬとは……何ぞ後ろ暗い証拠ぞ」
 その強烈な眼光はあまりに鋭すぎて、
 朱色の髪の女性を突き抜け、背後の板張りの奥まで見透かしてしまいそうだ。
 
「さては【ニヤトコ】の儀は失敗に終わった、か」
 年配の女性はほとんど黒に近い赤黒の髪を鬱陶しそうにかきあげ、断言する。
 そして、その髪を飾るのは豪奢な真珠を大小いくつも備えた装身具。
 ──それは代々皇后のみが身につける『天の河【カタ・チャリィ】』。
 そう、彼女は十代目皇后その人であった。
「……」
 反論は無かった。
 朱色の女性はまだ年若いピューマ。
 圧倒的な迫力に彼女が額を突き合わせて対抗するには、あと何十年も齢を必要とするだろう。
 
 ──「額を突き合わせて」?
 驚いたことに、朱色の女性は上座、下座を隔てる御簾ごしに皇后と会話しているのではなく、
 上座に招かれたそこで、皇后と向かい合っていた。
 すると、彼女は……
 
「皇族院会議の決をお聞かせ下さいませ、母上」
 そして彼女は皇后を「母上」と呼び、鳶色の瞳を初めて閃かせた。
 ご賢察の通り、朱色の彼女はサヤ・ピスカ・ピュマーラ。
 芙雪が朱奈と名付けた、ただ一人の女性。
 
 
 
 何を思ったか、皇后は面白そうに鼻を鳴らす。
「不安な時ほど早うに結果を求めたくなるもの……」
「母上」
「図星か、妾が娘よ。……そなたを娘と呼ぶのもあとどれくらいかの」
 皇后が洩らした半分独白のような言葉は、確かな音量をもって朱奈の耳に届いた。
 髪と同じ色の天に向けて起き上がる耳はぴくりと震え、
 その震えはぐらりと上半身を傾けさせた。
 そして、
「やはり……」
 と、言葉にはのせず唇だけで呟いた。
 
「サヤ・ピスカ・ピュマーラ。そなたに例の件に関する見解を申し渡そう」
「……」
 朱奈は観念したかのように再び面を伏せた。
 一方皇后は勝ち誇るように胸を張り、娘に伝えるべき文面を練り始めた。
 その様は離れて見ても、近づいて見ても、結果は火を見るよりも明らかなようだった。
 
「三十名中、まず五名」
「…………は?」
 何が「まず」なのか、朱奈は訝しむ。
 皇族院会議の決議内容を伝えると、皇后は言ったように思える。
 自分の母親でありながら、この年になってもこの人は計り知れない。
 
 皇族院会議──
 皇后の姉妹のみで構成される最高意思決定機関のうちのひとつ。
 議題に関して四分の三以上の賛成があれば可決の運びとなる。
 ……実のところは皇后の意思に箔をつけるだけ、という捉え方もある。
 
 自分の娘を完全に放置したまま皇后は満足げに、また一つ鼻を鳴らした。
 その髪とほぼ同色の瞳は微妙な揺らめきを浮かべながらも、高圧的に朱奈を見下ろす。
「次いで……これは妾にも意外であった。なんと一息に十一名。妾も入れると十二名」
 これはもう完全に自分をからかっている。
 朱奈は母親の悪癖に、きりきりと柳眉を逆立てた。
「母上っ!」
 冗談ではなかった。
 母から【ニヤトコ】の執行を──愛するフユキをその手で壊せ、と──命じられ、
 どれほど、この身は悩んだか。
 どれほど、フユキは苦しんだか。
 それが何故にここまで、命じた本人からふざけられねば、ならないのか。
 
 しかし、皇后は頓着した様子もない。
 声を荒げた娘を叱責する素振りすら見せなかった。
 何かを思い返すように身振り手振りを交えながら語るのを止めない。
「む。説明が不十分か?何?不十分どころか一分も把握できないとな?
 もう一度最初から分かりやすく教えて進ぜよう……。
 
 まず五名、ここからであるな。
 もうこれに至るまでが長くて長くて、しかもハラハラし通しであってな。
 そなたが未熟であるばかりにあのフユキと申すヒトが本当に壊れてしまうかと、一度は思うた。
 しかし……これが愛の生み出す奇跡というものであろうな。
 
 あー……えー……と、これぞ。
 『あふれて、あふれてっ────朱奈が、好き、なんだ』
 ここっ! このフユキの告白でなっ!?
 あまりの出来事に姉様方、妹様方のうち五名が安堵の涙を落とした、という……」
 
 
 
「……はは、うえ……」
 朱奈は再び、表情を前髪の作る影の下に潜ませている。
 全身がぶるぶると震え、膝の上で握りこまれた拳はやるせなさという暴力を封じ込めている。
 
 皇后は瞳の揺らめきを、はっきりと面白がるような愉快な煌きに変えて、
 さらにべらべらと口を動かし始めた。
「またそれからは、本当に善き睦事であった……。
 こそばゆくて、初々しくて…善き哉!実に善き哉っ!
 この辺りから姉様方、妹様方の内に微妙にもじもじし出す方々がおってな。
 次の日…今日であるから、そう、今晩にも。
 愛する夫にその潤みきった肢体を鎮めてもらうのであろうな、と。
 
 む。我ながら下品であったな。慎もう……こほん。
 
 加えて、次……妾も入れた十二名であるが……実はな、妾が娘よ。
 この辺りになると振る舞い酒に酔うたのと、安心のあまり眠りにつく方々もちらほら、と。
 であるから…足して……そう、ちょうど二十名が生存しておった。
 
 妾が蔵から出したチチャの52年物をちびちびと呑っていたところ、どうしたことぞ。
 ……ここ、か……もうちと後ろか。
 『それなら、俺は保父になろう』
 ここっ!
 これは並のヒトには真似できぬフユキの善さが現れていてなっ!?
 そこで妾は評した──静かなる勇気ぞ、と。
 それが方々には聞こえたのであろ。
 次々にはらはらと感動の涙を流して、妾もつい貰い泣きしてしもうた。
 
 つまり、延べ十七名が感涙にむせ返った。どうだ、妾が娘よ。理解したか?」
 
 そして皇后は悪趣味にも再び、例の象嵌物を使って芙雪の音声を再生させた。
 ──『それなら、俺は保父になろう』
 不粋な装置は皇后に跪くように、与えられた命令をこなしたのだった。
 
 
 
「………………」
 見ると、その当事者の内のもう一人は床にへたりと突っ伏していた。
 天に向って頼りなくそびえ立つ朱色の尻尾だけが、ふらふらと揺れていて、
 『あちら』のヒトが見たら「朱いエクトプラズムが……」と呟くに違いない。
 
 朱奈は怒りを通り越して、力の限り泣き喚きたかった。
 頭の中でもう一人の自分が、今の自分を指差して馬鹿にして嘲笑っている。
 自分の【ニヤトコ】が見張られたことが悔しいのではない。
 二人だけの、自分とフユキだけの物であったはずの幸せな記憶が、
 一族中に知れ渡ってしまったことが、何よりも情けない。
「ま……これは些細なことであるが、フユキについての案件は賛成票二十七、棄権三。
 よって賛成票多数。フユキを召抱えることを許そう」
「あ……ありがたき…」
 辛うじて、朱奈は喘いだ。
 
「うむ。真に仲良き事ぞ……何より、あー、何であったか。
 年のせいか物忘れが激しくて困る……今朝のアレは……どこ、か…」
 ぶつぶつと皇后は愚痴をこぼしながら、耳元に象嵌物を当てながら音声を探る。
「これっ!」
 
 『朱奈、ちょっとこっち向いて』
 『はい、フユキ──んむっ!』
 『──っふ。行ってらっしゃいのキス、だ……がんばって』
 
「このように仲良く『きす』を交わせるのならば、
 キンサンティンスーユの未来は安泰そのものぞっ!」
 そして皇后は倒れ伏した娘に向けてそれを突きつけた。
 連続再生状態のそれは、
 ──『朱奈、ちょっとこっち向いて』と無情にも告げた。
 
「は、母上ぇっ……」
 朱奈は既に涙声。
 完璧に降参だった。
「これ、娘よ。皇族たるものがそう簡単に涙を落とすな」
 皇后は脱力しきっている朱奈に近付くと、娘の横に寄り添うように座した。
 そしてあやすように背中をゆったりと撫でる。
「元よりそなたがいけない」
「なぜ、で、す…ぅく」
 指の腹で涙を拭いながら、朱奈は体を起こした。
 
「【ニヤトコ】を拒否せんから、こうも面倒な事になった」
 
「は──?」
 皇后の口から飛び出た言葉は、余りに危険すぎた。
 唯一絶対の君主である皇后の言葉は同じく唯一絶対。
 臣に反乱を薦める君主がどこの世界にいるだろう。
 誰も逆らえるわけがないではないか、矛盾しているにもほどがある──
 
 絶句する娘を真剣に見つめながら、皇后は続ける。
「もしそなたが【ニヤトコ】を拒否し……そうだの、あの場で
 『フユキの爪牙を抜かせはしません、わたくしが彼を絶対に守ります』……などと続けたら、な」
 
「母上の御意志はわたくしを苦しめることなのですか?」
 一度止まりそうだった涙が、またじわりと朱奈を潤ませた。
「む。そなたを試すような形になり申し訳ないとは思う。
 しかしヒトを拾うて浮かれていたそなたは、傍から見ていて少々危険であった」
「あ、当たり前です。
 絶対に語り合えないと思っていたはずのフユキと……ぐす、浮かれないはずがありませんっ!」
 
 すっかり成長したと思っていたはずの娘が、
 こうも簡単に幼い頃のようにめそめそと泣いてしまい、皇后は朱奈の幼少期を懐かしんだ。
 (男子に毎日のようにからかわれて……雨どいのように涙を落として…くくっ…)
「面と向かい即座に分かった。フユキは善なるヒトである、とも」
 しかしここで下手に笑ってしまえば、朱奈の機嫌をさらに損ねてしまうことを、
 皇后は十分に理解していた。
 娘の想い人の鹿爪らしい顔を思い出しながら、表情を固める。
 
「それでもそなたに、ヒトを召抱える責任というものを分かって欲しかった。
 ましてやそのヒトがそなたに名付けたのだと、いうのならばな」
 母の言うところは不安定すぎて正直、分かりにくかった。
 しかし、ただ一つ朱奈に分かるのは
 ──皇后の本意は、フユキを【ニヤトコ】に処すつもりではなかった、ということ。
 
「もし、わたくしが愚かにもフユキをニヤトコにて壊してしまっていたらどうしたのです」
「それまでのことよ」
 皇后はさらりと言ってのける。
 対照的に朱奈は全身を緊張させ、朱色の尾でぱたりと一度床を叩いた。
「ヒト一人守りきれないようで、何が皇族ぞ。
 対象がヒトであるだけで……
 対象が民であった場合だけ救えるという、都合の善き話があるものか。
 一度責任を回避した者が、皇后を輩出する皇族である必要はない!」
 次第に皇后も興奮し始めた。
 その隙間無く心をうつ正論に、周りの空気すらその身を引き締めた。
 鋭く重い声はふざけた空気を一変させ、
 朱奈は自らの母親の持つ、もう一方の顔に尊敬を新たにした。
 (しかし、どうして母上はこのように……ころころと態度を変えるのが得意なのでしょう。
  振り回される方の身を考えたことがおありかと聞いても……無駄でしょうか)
 
 そんな心の内とは別に、彼女の思考はある一点の疑問へと到着した。
「それではニヤトコの目的を、即ちサヤ・クサ様の御教えを、
 丸きり無下にしてしまうことになります」
 
「然り。無下にして構わぬ──」
「な──」
 今日は果たしてどのような日であろうか。
 朱奈には信じられなかった。
 少なくとも皇后の責務という一点においては妥協を許さなかった母が、
 一度ならず二度までも、その責務をないがしろにする発言を行った事を。
 
「ただし、一方のみであるぞ。……妾が娘よ。ニヤトコの目的とサヤ・クサ様の御教え。
 この二つが仮に同一でないとしたら何とする?」
 皇后に意見を求められ、朱奈は大いに困った。
 通常、母と二人で言葉を交わす場合であればそのようなことはないだろう。
 会話中であっても話の流れを的確に掴み、
 時には冗談を含ませながら受け答えできる自信が朱奈にはある。
 しかし、今回はそうもいかない。
 今まで同じだと信じていたものが、急に違うと言われて正気を保てるはずがないのだ。
 赤と青という色の名前は実は逆で、たった今から赤は青で、青は赤だと言われても、
 混乱することしきりであるだろう。
「……そう仰せられても」
 無能さを曝け出すような回答しかできずに、項垂れた。
 しかし皇后はそんな朱奈の葛藤を容易く看破してこくりと頷き、
「ニヤトコの目的、これは全くの誤りぞ」
 勿体つけずに言い切った。
 
「もう耳に脂がたまるほど聞いておろうが……ニヤトコの目的はヒトの篭絡。
 サヤ・クサ様の警告から生み出された閨中術はその手段として伝授される……そうであったな?」
「間違いありません」
 しかしそこで皇后は急にくく、と喉を鳴らした。
 本人は真面目に話すつもりだったのだろうが、堪えきれずに吹き出してしまったらしかった。
「未だにあの講義の監督は辞められぬ。
 ようやく胸の膨らみ始めた年頃の少女が、
 頬に真っ赤な羞恥を上らせながら男女の営みについて書木を走らせるのであるからの」
「……母上、相変わらず品がありませんね……」
 朱色の髪を大げさに揺らしながら、朱奈は呆れた。
 
 以前リャマにフユキと二人乗りしていた時に洩らしてしまった内容はこの事であった。
 皇后はやや特殊な性的嗜好の持ち主で、
 男女問わず年若い者を好むことはもう一族中が知っていたりする。
 本人は「誰に理解してもらおうとも思わぬ」と臍を曲げるが、誰もが真剣に取り合わない。
 
 事情がどうあれ、皇后の近くに侍る夫たちが全て少年であろうと、
 大量の世継ぎ候補を産むという使命を果たしてくれるのであればどうでもいい。
 ……これが皇族及び皇后を取り巻く者たちの統一意見であろうことは間違いなかった。
 
「む。まあ善き哉。本題には関係無きことであるし……んっ、ごほん。
 続けよう」
「すると……ニヤトコは実はヒトの篭絡を目的としていない…他に目的があるということですね?」
 朱奈が合いの手を入れた。
「うむ。まず、元来この地方は男が治めていた事を思い出すのだ。
 女は虐げられるばかり……それは何故」
 
 キンサンティンスーユは皇后サヤ・クサの統治が始まるまで、
 三つのスーユに分かれてお互いがいがみ合い、戦乱の世を送っていた。
 そこではかつて、皇后サヤ・クサはピューマ王国の王の側室におさまっていたと言う。
 
「男性の全体的な筋力が女性より優れていたためです。
 加えて、神官らによる奇跡の独占。秘教的な儀式による生贄の被害者が主に女性であったため」
「然り。そしてサヤ・クサ様の世になり女上位の国ができた訳であるが、
 力の劣った女が男を従えるには……根本的な何か、が必要であった」
「その何かが……ニヤトコ……?」
 誤りはその目的だが、生まれた経緯まで皇后は言及していない。
 サヤ・クサがニヤトコをもたらしたのは間違いのないことであるから、
 朱奈は自ずと推論を口にした。
 
「聡いな、娘よ。そなたの察した通りぞ。
 そして真の目的とは──男の暴力から女を守るため」
 
「いくらサヤ・クサ様が偉大であろうとも、すべての闇を照らすことは不可能。
 仮に皇族を娶った男が凶暴な本性をむき出し、爪を翻して襲い掛かったとしたら何とする?
 ……犯すであろ……世を恨み、女を従え返そうと思うであろ。
 
 そこで……か弱い女を守るのはサヤ・クサ様がもたらした閨中術。
 
 男はどうも自尊心とやらが強いばかりに、
 女にひどくやり込められれば自信を喪失し、おとなしくなるという。
 くくっ……ニヤトコは、暴力をもって犯すような慮外者を逆襲する技よ」
 
「何故、講義で真実を語らないのですか、母上。
 最初からそうお教えになれば、何も問題などないではありませんか……」
 (つまり……)
 朱奈はようやく気付いた。
 皇后と自分のニヤトコに対する見解が違ったから例の騒ぎは起こったのだ、と。
 彼女は何もかも熟知していて、フユキを夫とみなしながらさしたる行動を起こさなかった娘を
 けしかけただけなのだ。
 ……慎みもない言い方をすれば、とっとと肌を重ねてしまえ、と。
   技を駆使してフユキを手に入れてしまえ、と。
 (なんて……はしたないことを……)
 顔がカッ、と熱を持っていくのを感じる。
 偽りの使命を信じ、あれこれと思い悩んだことは全て無駄だったのだ。
 
 しかし一方で朱奈は心がほこほこと温かくなる感触を味わっていた。
 そして、さらにそれはぐんぐんと質感を広げ、
 そう時の経たない間に踊り出したいような晴れ晴れとした気持ちになるだろう。
 謎であった事、理不尽であった事が次々と結ばれる度に真実の縄は長さを増し、
 その先には明るく輝く果実があるようだった。
 
「ふ。無理であろうよ。男女の営みを…心の機微も含めて
 膨らみかけの女子が理解できるという、一辺の根拠も見当たらぬわ。
 ……加えて、使命感を喚起させなければ羞恥で講義どころではないであろ……ふんっ…」
 鼻で笑われてしまったが、朱奈にも十二分に理解できた。
 自身の過去を思い返せば済むことだからだ。
 皇后サヤ・クサの正体を知らされ、
 偉大な業績を残した彼の女性を尊敬し、自身もそうありたいという使命感が無かったならば──
 (……弱虫のわたくしは、きっと逃げ出していたでしょうね……)
 
「この秘は代々、夫となるべき者と初夜を迎えるその日に、
 皇后が娘に言って聞かせることになっておる」
 そして「そなたは順番が逆であるが」と唇の端を吊り上げた。
 (ああ、だから姉様たちは傍観を決め込んでいたのですね。
  理解していたからこそ、何が起こりうるか、きちんと察しておられた……)
 皇館に至る途中で応援してくれた姉妹たちの中に、所帯をもった姉妹はいなかった。
 やはり、皇后派に取り込まれているのかと朱奈は仕方なく思っていたが、
 よもやこういうことであったとは露とも考え付かなかった。
 
「そして授けられた技は、愛し合う二人にさらなる深みをもたらす。
 睦事がうまく行く夫婦は自ずと、お互いを深く、愛せる……」
 そして本当に愉快そうに相好を崩した。
 娘たちの幸福を願う、一人の母親の顔がそこにあった。
「善きことずくめ、ということぞ……」
 
 
 
「そもそも房事で人格を破壊できるわけもない。
 自我というものは…そこまで脆くはないのだ」
 まだ皇后には語りたいことがあるようだ。
 そして朱奈にも新たな疑問が生まれていた。
 
「しかし、現実として悪事をはたらくヒトはいます。どうしたらいいのでしょう?」
 すると皇后は頤を押上げて、何かを見上げるようにしながら瞳を閉じた。
 まるで祈りを捧げる時のような厳粛な母の顔。
 そして母親は娘の肩に手をかけた。
 
「妾は信じておる。落ちしヒトは例外なく善である、と。純真である、と。
 その奇跡とも言える現象に何が働いているのか……全能ならぬこの妾には分からぬ。
 しかし……ああ、妾は信じたいのであろな。
 大いなる御意思がこの世界を悪しき方向に導くわけはない、と」
 
 皇后の真意だ、朱奈は直感した。
 温かい母親の体温に直に触れ、上体を寄りかからせた。
「サヤ・クサ様のお力で世は変化しましたが、民の暮らしは格段に安定したとわたくしは思います。
 ……子供たちは皆、笑顔で満ちて、います」
 皇后も朱奈に頼られ、娘の頭に軽く頬ずりした。
 その背後では二人の尾も仲良く交差していた。
 母が娘をいとおしむ、微笑ましい光景。
 
「さもありなん。……悪意あるヒト、それはひとえにその主人の行いに原因が集約されるであろ。
 主人が善なる扱いを施して、ヒトが負の感情を持つわけはないのだ」
 さらに強く、頬を押し当てた。
「主人の器量次第なのだ、サヤ・ピスカ・ピュマーラ。否……シュナ、よ」
 初めて自分をシュナと呼んだ。
 朱奈も思わず母を呼ぶ。
「母上っ!」
「……これより陛下とのみ、妾を呼ぶことを許そう」
 それを聞いて、拒絶の意を含み取る者は決していないだろう。
 皇后である彼女は何かを、娘に伝えたい。
 
「陛下……」
「妾は存じていたぞ、朱奈。
 そなたが日々を苦悩していたことを。
 上の姉は四人とも、下の妹も二人までが「名受け」した中で、
 姉妹の序列でそなただけが浮いてしまった、と……。
 
 そなたは幼い頃から夢見がちな女子であった。
 いつか自らを「名付け」る素晴らしき男性を夢見ていたであろ。
 ……その一方、エルクェ・ワシでの使命をも楽しんでいたはず。そうであろ。
 
 そしていつしか周囲はそなたを次期皇后と見始める者が多く出てきた。
 周囲の期待と自らの願望に板ばさみになったそなたを察しながら、
 妾は何も……そなたにしてやれなかった。
 力足りぬこの身を悔やみもした。
 
 そのような中、そなたは夫となるヒトを伴った。
 
 自らの断で、自らの責をかけて、そなただけの未来を選んだのだ。
 そこに皇后となるべき責務から逃れた卑怯さは無い。
 伴侶を得るも立派な……女としての責務、ぞ。
 
 一時はその覚悟を試しもした。
 しかしもう余計な手を貸すことは無用……そうであるな?」
 
 
「シュナ、幸せになるがいい」
 
 
 胸の奥からつんと突き上げる衝動に、朱奈は素直に従った。
「母上っ!」
 頭を動かせば母は寄せた頬を離し、二人は似たような顔を見合わせた。
「……陛下と呼べと、申したぞ」
 しかし皇后は慈しむように微笑みながら、そう諭すのみ。
 
「シュナ。子を為せないという事実。思うよりも大変なことであろ。
 些細なことで亀裂を生む小石となりうる。
 しっかりとフユキの手綱を握っておくのだぞ」
「確かに、手綱捌きを誤れば一大事でございますね。しかしその必要はありません」
「これ」
 珍しくいい事を言ったつもりの皇后は、度を過ぎた色惚けを注意しようとして──
 朱奈に手を引かれて立ち上がらされる。
 
 娘の鳶色の目を見れば、どこにも惚けた色は無い。
 自信と分別を同時に備えた女の瞳。
「わたくしとフユキはこうして──」
 そして朱奈は母親と指を絡ませる。
 皇后はその手の意外な大きさに娘の成長ぶりを改めて感じ、
 さらに、家事で微かに荒れた掌にこれ以上ないほどの安堵を覚えた。
「──手を握り共に歩んで行きます。
 手綱のみで繋がった主人と従者ではありません。
 指を絡めれば手綱よりも遥かに、心の内を汲み取れましょう……母上」
 同時に朱奈は思う。
 (願わくば、交わった腕の下に教え子たちの笑顔があらんことを──)
 
「陛下と、呼べと申すに」
 既に何人か娘の旅立ちを見送ってきたはずの皇后だが、
 (やはり、慣れる慣れないの問題では無い……)
 胸中に溢れる寂しさは如何ほどであるだろうか。
 しかし、それを恥ずかしいとは思えずに甘んじて受け入れる。
 そして朱奈は繋いだ手を伸ばしながら、
「母上、わたくしは去ります。どうぞ御覧になっていて下さいまし」
 ととっ、と数歩後退した。
「……わたくしは、シュナ。フユキと共に参ります」
 見詰め合ったのも束の間。
 ようやくにして指を解き、そのままさらに後ずさる。
 最後にその美貌に花咲かせると、朱色の髪を翻して参内の間をあとにした。
 
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                    ~ 11++ ~
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 朱奈は走っていた。疾走と言ってもいい。
 息が苦しい。
 胸の中が半分何かで埋められていて、空気を半分しか吸えない。
 けれども、止まらない。止まれない。止まりたくない──
 
 それでも構わない。
 早く、早く、会いたい。
 この時ばかりは、普段疎ましいピューマらしく発達した太腿に感謝したい。
 
 彼の姿を見るまで、この現実が信じられそうもない。
 夢なら、どうぞ、ずっと覚めないで──
 
 
 
「フユキっ!」
 
 どうにか我が家の前で静めた息遣いを、さらに押し隠しながら入り口の戸を潜る。
 
 "とんっ"
 
 お腹の辺りに軽く触れて落ちた白い物体を目で追う。
 それはとても奇妙な形をした紙のようだった。
 
「フユキ、これは……?」
 腰を折ってそれを手に取った。
 一見、絵を飾るときの絵立てにも見える。
 しかし傾斜すべきところは直角だった。
 仮に絵を飾ったとしても、定まらずに風の一吹きで倒れるだろう。
 
「ん…?」
 首を傾げて角度を変え、観察してみる。
 平面部を上とするならば、上面は鋭角な二等辺三角形。
 横から見れば、上面に斜辺を接する直角三角形。
 全体的に俯瞰すれば紙でできた楔のようだ。
 
「はて?」
 二等辺三角形の頂角を前とすると、
 後ろから見た場合、上面の中心から下に直角方向でもう一面が伸びている。
 
「朱奈。それは紙ヒコーキって言う……わ、あっ」
 上面の両端を摘んで左右に開くと、中心でぱくりと割れ、
 その内部には折り込まれた部分が見えてきた。
 それを引き出すと……なんと一枚の長方形になった。
「カミヒコオキ?」
 聞きなれないそれを聞き返した。
「ちょっと貸して……んで、奥の居間に行こう」
 いつの間にか近寄っていたフユキが、折り目のついた長方形をひょい、と
 取り上げてしまった。
 
 朱奈は彼を見上げる。
 芙雪も気付いたようで、にこり、と穏やかに笑った。
 朱奈の目にはそんな芙雪の笑顔が何の替えも利かない至上の物に思える。
 普段は真面目らしく構えているのに、
 笑む時は目尻が下がって、一転、やわらかな印象を相手に与える。
 その好ましい落差を見せる笑顔に、『あちら』にいた自分はそう時の経たないうちに、
 彼に対する警戒を解いてしまったことを思い出した。
 
「朱奈……起きてる?」
「は、はい、フユキ」
 知らずに見とれていたらしい。
 頭を耳ごと撫でてくる彼の大きな手を感じると、自然と愛しい人の背中へ手を回していた。
 すぐに彼の匂いが胸いっぱいに広がって、同時に芙雪の腕も自らの後ろへ回されたことを知った。
 お互いを抱きしめながら、
「ご苦労様、朱奈」
「……安心します、フユキ……」
 
 朱奈が帰ってきたばかりだというのに、芙雪が落ち着いた風なのには理由がある。
 昨日、皇后が朱奈に《蜘蛛糸》の奇跡を行使したのと同じことだ。
 《蜘蛛糸》によって朱奈の聞いたことは、全て芙雪へと伝わっていたことに他ならない。
 
 
 
 今朝の朱奈はまるで、戦場へ押し出す一人の侍のようだった。
 そしてさながら芙雪は侍である夫を送り出す妻のように、
 ……勝栗や打鮑の代わりに、見送りのキスで。
 そうして出陣した朱奈をまず迎えてくれたのは、彼女の妹たちだった。
 
 途中で待ち構えていた彼女らは、この場に現れない不甲斐ない姉たちを詰りつつも、
 協力を約束してくれた。
 どうしたものか事情を知って一斉に駆けつけたらしい。
「姉様の良人は私たちが」
 朱奈の妹たちは口々にまくし立て、
 朱奈たち二人の警護と脱出経路の確保、追捕の兵たちを防ぐことまで画策していた。
 
 朱奈は彼女らを、自分と芙雪の二人のことだからと止めようとしたのだが、
 学者肌のサヤ・イスコン・ピュマーラが
 朱奈の速力と行使しうる奇跡とを考慮した値を算出し、
 その値が満ちるまでの兵の展開数、そして朱奈が独力でそれらを突破できる確率を
 淡々を述べ始め──
 怖がりで有名なサヤ・イチュンカ・ピュマーラが
 牙を緊張でガチガチ鳴らしながら「シュナ姉様」と涙ながらに訴え──
 
 ついに朱奈は折れた。
 健気に慕ってくれる妹たちに後を任せ、戦場へと向かったのだ。
 そして結果は……ご存知の通り。
 参内の間を退出した彼女はその後、一人ずつ妹たちに感謝を述べつつ今に至っているわけだ。
 
 
「ふ、ぅ……」
 短いが、想いをのせたキスが離れた。
 そして芙雪は何事か朱奈に囁き、朱奈も了承、と頷くと、手を繋いで居間へと歩き出した。
 
 そこには──
「フユキ……!」
「ああ、記憶はおぼろげだが、やってみると意外と形になった」
 足の低い机の上には積み重ねられた紙の束と、
 芙雪の作り上げたらしい作品が数多く散らばっていた。
 
「折り紙、って言うんだ」
 朱奈は円座に座り込み、彼の言うそれを手にとって見た。
「エルクェ・ワシには見つからなかったから、多分そうだろうと思っていたんだ。
 やはりキンサンティンスーユには折り紙は無いみたいだね」
 芙雪も隣に腰を落ち着けた。
 朱奈は芙雪の意外な才能に感心するばかり。
 ひっくり返したり、構造を確かめてみたり、陽の光に透かしてみたり。
 製作者である芙雪は朱奈の興味津々な様子に気を良くした。
「全部、一枚の紙から出来てる」
「えぇっ! この鳥も、この……花、も?」
「一緒に作ってみようか」
 芙雪はつい今しがた、息を切らせた彼女が分解してしまった紙を取り出した。
 くっきりと折り目がついているので、初めて折り紙をする朱奈にも楽だろう。
 そして自らは手元から新しい紙を一枚めくった。
「こうやってまず……半分に折る」
「…はい、フユキ」
 朱奈の指の運びはぎこちない。
 しかし、折り目のおかげで容易に、二機の紙飛行機が完成した。
 
「それで、こうして持つ」
「こう、ですか?」
「そうそう……で、飛ばす」
 つい、と風に乗ってそれは空を滑空し、戸を抜けて向こうの部屋へ姿を消した。
「フユキっ!」
 呼ばれて彼は視線を彼女に戻した。
 しかし、
「ヒトは風を……いつから風を操れるように、なったのです」
 耳まで伏せて怯えていた。
「あははっ、そんな大層な物ではないよ」
 (いや、何も道具を使わないで遠距離通信ができる奇跡とやらの方が、すごい、と思うが)
 芙雪は彼女の不安を吹き飛ばすようにからりと笑う。
 そして頭を抱えて雷を怖がる子供のようにしゃがみこんだ、朱奈の耳に一瞬だけ唇を触れた。
「朱奈もやってみたらいい。飛ぶから、それ」
「またフユキはわたくしをだまして……」
 にやにやとした芙雪と紙ヒコーキとやらを、朱奈は交互に見比べた。
 それでも好奇心を抑えられなかったのか、
 徐々に起き上がってくるピューマの耳に連動するように、芙雪を真似て腕を振った。
 
「わっ……すごい、です……」
 朱奈の初飛行は見事成功して、彼のそれが消えた部屋へと同じ軌跡を辿って消えた。
 朱色の彼女は武道の残心をとるように手放した姿勢を保ち、
 己の指先を何か不思議なものを見るような目で見つめていた。
「このように軽い紙を球のように丸めるでもなく、あれだけ放れるなどと……」
 そして「信じられません」と呆然とした。
 
 
 
「保父になるのなら、どうやって子供たちに興味を持ってもらおうかな、てね。
 なんとなく思い出してみたんだ。……朱奈も夢中になっていたようだし、少し自信がついた」
「それで、この紙工作を?」
 かなりの種類の作品が出来上がっていた。
 芙雪は「うん」と言葉だけで頷くと、胡坐をかいた上に彼女の腰を引き寄せた。
「む」
 まったく前が見えなくなることに気付くと、足を崩して前に投げ出し、朱奈の位置をやや下げた。
 ちょうど後ろから包み込むような姿勢だ。
 一方の朱奈は彼のすることに抗わずにしたいようにさせていた。
 体重を芙雪に預け、うっとりと頭を擦りつける。
 
「……さっき、朱奈の妹さんたちに言われたよ、姉様を頼みますって」
 しばし彼女の体温を懐かしんだ後、芙雪は話し始めた。
 みな朱奈にそっくりだった。
 もちろん、顔形のことではなく纏う雰囲気そのものが。
 一人ひとりが荒野に一輪だけの花のような気高さを放ち、その瞳は真剣だった。
 芙雪はそれに圧倒されないように立ち尽くすのが精一杯で、まともに会話することができなかった。
 ただ一言「心、から」と答えるのが関の山だった。
「……最高の、妹たちです」
「そうだね。俺もそう思う。それで…これも。あなたは何が為せるのですか、て……」
 保父になろうと決めた芙雪ではあったが、
 具体的にどうと答えられるほど考えを煮詰めてはいなかった。
 その質問した朱奈の妹の一人も「落ちた」ばかりだということを思い出したのだろう。
 ……もしくは、気付いていないフリをしていたのかもしれなかった。
 去り際に、
 「じっくりと確かめさせて頂きます。ヒトの覚悟と言うものを……」
 と薄く笑ったのだった。
 そして……姉妹たちがこの家を離れた後、
 部屋に戻って色々と片付けをしながら芙雪は考えた。
 ぴりぴりとした冬の朝のような緊張感をその体に感じながら、彼は思いを馳せたのだ。
 
「……ほら、できたよ」
 朱奈の肩から覗き込むようにしながら、芙雪は彼女の目の前で作品をもう一つ仕上げた。
「ん…舟、でしょうか?」
「正解。それでここを持ってて」
 彼は彼女に舟の帆の部分を持たせる。
「で、目つぶって」
「はい、フユキ」
 朱奈の手には微かに紙が動く様子が伝わってくる。
「目、開けていいよ」
「はい……あ、ら?」
 不思議なことに、帆をつまんでいたはずの指は今や舳先の部分を掴んでいた。
 芙雪からそれを引ったくると繁々と見つめる。
「……ああ、なるほど。ここが…こうなって、どこの尖りも同じ形ですから……」
 仕組みを見破られた芙雪は、別段悔しそうでも無い。
「『だまし舟』。そのまま、さ。本当に子供だましだけどね」
 ひょいと覗き込むと朱奈は既に構造を理解したようで、
 自分で交互に帆と舳先の部分を交代させていた。
 
 散々いじくり回した後、わずかにためらい……『だまし舟』をあらぬ方向へ投げ捨てた。
「朱奈…ひどいな」
「これは飛ばないのですね。ごめんなさい、フユキ」
 そしてそれを取り戻そうと這い出しかけたが、芙雪は許さない。
 
 
 
「……もう、離さないから」
 上から降ってくる声音は真剣な空気を孕んでいた。
「……わたくしも望む処、です」
 幾分低まったその声は耳の奥に心地よく重めに響く。
 ……ふと、斜め上から芙雪が近付いて来たことを感じた。
 朱奈は頤を反らせ、数瞬後には触れるであろうその温かい感触を待った。
 
 
 
 
 
 ──と、その時。
 強めの風が彼らの家を通り抜けた。
 それは机の上の紙束をぱらぱらと吹き飛ばし、
 様々に加工された紙を引きずり、床に次々と落とした。
 
 季節は雨季を過ぎて収穫期に入る、その報せの風だった。
 これより後、芙雪もこのような『こちら』の世界の理を次々と知るだろう。
 
 そして、この落ちしヒトを芙雪と呼ぶのも、
 それに芙雪が名付けたピューマの女性を朱奈と呼ぶのもこれきりにしたいと思う。
 もう二人の日常はこのキンサンティンスーユに移ったのだから、
 ──彼をフユキ、と。彼女をシュナ、と。
 
 ああ、けれども。
 彼が妻を呼ぶときに「朱奈」と呼んでしまうことだけは、許して欲しい。
 
 
 
 
 
 
 
 終。

 
 
 
 
 

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