猫耳少女と召使の物語@wiki保管庫(戎)

ペンギンの国

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ペンギンの国



第1話

「卒業、おめでとう・・・!」

その涙目の先生が発した一言で、緊張の糸が切れたように
周りが一斉に泣きだした。

(あぁ、俺もついに卒業しちまうのか・・・)



今日は私立高等学校の卒業式。
友達もそこそこできて、当たりと言われた先生に
3年の担任をしてもらえたのはとても楽しかった。
友達と馬鹿し合いをして、カラオケいって、大学受験に奮闘して…。
あっという間にすぎた高校生活がフラッシュバックしてくる。
こうして、卒業証書が入った黒筒を掲げながら騒ぐクラスメイト達。

あ、やべ。 うるんできた。


教室の窓際、一番後ろにて頬杖をしながら教室を見渡している。
ここから見えるのは、泣いている者、背中をたたき合い友情を確かめ合う者、
感傷に浸っている者。
今日が終わればここにいる全員、離れ離れになっちまうんだよなあ。

泣きながらお別れは悲しすぎる・・・。 ここいらで一発、みんなに喝を入れてやるか!


思ったら行動、大袈裟にイスから立ち上がり、少し高くなっている教壇の上へ向かう。
教室の目が俺に集まる、ざわめきも静まる、俺の声を待っている…。
教壇の上に降り立ったとき、目に溜まった涙を溢さないように、声を張り上げた。

「てめぇら! 卒業したぞおおお!」

オォー!!

泣いてた奴も、ふざけ合ってた奴も、声をそろえて拳を教室の天井へ打ち放つ。
その顔は、みんな笑顔だ。
先生だけが、男のくせにうじうじ泣いている。
あーもぅ、みんな笑ってるのにそんな顔したらまた全員が泣くじゃねーか。

「ほら先生! みんな笑ってるから先生も笑えって!」


そう言いながら先生の肩を叩くべく、教壇から降りようとした。

「あれ?」

手が、見えない。

いや、真っ黒といったほうが正しいか。
先生の肩を叩こうとした手すらも見えない漆黒の闇。
目に見える全ての範囲が黒で塗りつぶされ、教室の騒音も聞こえない。
視覚がいきなり奪われて、重力すらも感じない。
足の裏の指が上履きを伝っての感触を伝えていない。
いや、これは宙に 浮 い て い る ?

「いったいなん・・・」

咄嗟に口から出た言葉を何とか自分の耳で聞き取れた瞬間、
停電が起きたパソコンのように意識が消えていった。





う・・・あ・・・、頭がいてぇ・・・。
なんだか知らんが、体中が痛い。
殴られた痛みじゃなく、体の内側から引き裂かれるような。
ついでに言うと、体が重い。
頭だけは動かせそうなのに、首から下が妙に重いのだ。
どうやら仰向けに寝ているらしいが、動けないのは流石に息苦しい。

右手の指を動かしてみる。

  • 腕全体が激痛と共にしびれて、まともに動けない。


左の足を動かしてみる。

  • 蹴り上げるように力を込めると微弱だが持ち上がった。

 

<目を開けてみる。
全神経を顔に集め瞼へと集中させる。
久々に目の中にある水晶を通る光の筋、その感触を確かめる。
重いまぶたが錆びた鉄扉のような途切れた音を出しながら、ゆっくり開く。


眩しい。

さっきまでの黒い世界が、白い世界に変換されていった。
先程まで光を遮断していたせいか、突然の光の訪問に目の奥が痛い。
その白い世界は次第に色が薄くなって、色が見え始めた。


「白・・・?」


瞳孔が狭まっても、また白。
だが僅かに違う、少し碧が入っているようで。
そのまま視線を下に降ろす。


「・・・なん・・・じゃ・・・・・・こ・・・りゃ・・・」

なぜか声が掠れて独り言が聞こえない。
そんなことはどうでもいい、目の前の状況だ。

動けないはずだ。
何十枚という毛布という毛布が体の上に被さっている。
その厚みは30cmを越えているんじゃないかと思う程。
なんだかよく分からないが、布団に寝かせられているようだ。
訳の分からないまま、視線を上へと持って行く。

額の上には革袋みたいのが乗っていた。
頭を横にずらしてみると革袋から氷のぶつかる音がした。
どうやら、額を冷やしているようだ。

また視線を真上に戻す。
少し碧が入った白い天井は、光を微量だが反射していた。
眼球に力を込め、周囲を観察する。

「・・・・・・かまくら・・・?」

白い天井、というよりこの部屋自体はまるでドーム状。
高さは6m、円の形をしている部屋の半径は8mはあろうか。
頭を右に傾けた方に、より蒼い色の扉がある。
かなり大きい『かまくら』だ。

その中央に自分がいる。
首が大きく動かせないため見えないが、何かのベットで寝かせられているらしい。
お世辞にも背中に当たる感触はふかふかとは言えない。
申し訳なさそうに敷かれたマットに寝っ転がっている感覚が
鈍い痛みがある背中(痛みは体中だが)から伝わってくる。


「まだ寝てなきゃ! だ、だめだよ!」

いきなり頭に響いた音程の高い声。
左に向けていた頭を、痛みをこらえながら右に頭を傾ける。
背の高い、真っ黒な髪を、真っ黒な目を、雪のような白い肌を
扉の内側に晒して、立っていた。

「まだか、身体が治ってないから! ね、寝てて!」

扉に立っていた人(?)は小走りに向かってくる。
肩まで伸びた黒いストレートの髪が舞う。
あれ、耳が有るところに耳がない・・・?


「まだ落愕病が直ってないから!」

ラクガクビョウ?
なんだソレ、聞いたことがない病名だな。
あーまだこっちに向かって走ってるよ。


「無理に体を動かすと死んじゃうよ!」

変な病名を喚き散らしながらこっちに向かってくる耳無し女性。

ていうか身長、小さくて走っても大して速くない。

ていうか目、大きくて可愛いし涙目になっているのは反則ですよ。

ていうか瞳、少し碧が入っている。

ていうか髪、やっぱり長すぎるよ腰まであるって。

ていうか服、ワイシャツを軽く羽織って神々の渓谷(=おっぱい)が強調されてる。

極めつけに背、お伽話にある天使の羽が生えてそうな所から黒い艶のあるヒレみたいのが・・・。


「寝てって!」


キョトンとしている俺を無視して「寝て!」を連発してる目の前の女の子。
いきなり肩を捕まれた、顔が接近。

蒼い目がある顔から少し視線を下へずらすと、おぱい・・・おぱいが・・・。
そのまま体重をかけてくる、腕に力を込めたらしい。

あの、ちょっと、その胸が大きく前後運動してます。
いまだに体重をかけてくる、あまり力はないみたい。

隊長! 我が人生で初めて女体の神秘の一つを今間近で視認しております!
目の前の光景にのぼせてしまい、つい上体を持ち上げている力を抜いた。


ゴツッ


「あ・・・。」
「ぐふぁ・・・。」

急に力を抜いたから、上体は勢いよく地面へ押し戻され
急に力を抜かれたから、体重を退かすにも間に合わず
急に力を抜いたせいで、後頭部を地面に打ち付けた。


~~


「イタイ・・・イタイヨ・・・。」
「ほ、ほんとうにごめんなさい!」

俺は顔を横のまま、虚ろな目で一筋の涙を創っていた。
対する目の前の女の子は、蒼い目で涙目になりながら謝っている。
本当に小さい、身長は小学生ぐらいしかないだろうか。
ぺこぺこ頭が下がるのを気にせず、涙で濡れた目でその背中を見る。

羽がある・・・。

空を飛ぶ鳥のような翼ではなく、光沢のある黒い一枚羽が二対。
そう、例えるならイルカのヒレが肩胛骨からアンバランスに垂れている。
そしてそのヒレは髪よりも長く、小さいお尻の頂点まで伸びてると見える。

「で、ここは何処? ワタシハダレ?」

前半の部分はマジメな質問だがコレを言ってしまうと、
後半部分は定型文で付け足さなくてはいられないという人間の悲しい性。


「ここは・・・プンムグンム島で、この家は私の別荘です。
あなたは別世界から落ちてきました。」

「は?」

オーケー、少し落ちつこうか。
ここが名前の聞いたことがない島で名前も知らない人の家は、まぁどうでもいい。
問題は彼女が言った『別世界から落ちて』という部分だ。
ベツセカイ? 俺がいるところは地球という銀河系第三惑星の・・・


「あなたはこの世界では力も権利もありません。 そこだけは解ってください。」
「よくわからんが一つだけ聞きたいことができた。」
「なんですか?」
「頼むから、この毛布を退かしてくれ。」

未だに俺の体は巨大な毛布の岩に押しつぶされ、
たんこぶができた後頭部をさすることもできない。
彼女はあわてて岩を一枚一枚を剥がしに掛かる。

30cmも重なっている毛布を全て取るのに10分はかかった。


「もう落愕病は直ったみたいですね・・・。」


目の前の黒羽小学生が、毛布の重なるベットに
腰掛けている俺に向かって、軽く息を吐きながら言う。

「さっきから言ってる、その、『ラクガクビョウ』ってのは何?」
「それは・・・、『ヒト』が落ちてきた時、この世界の空気に、順応できなくて一時的に発症する病気だそうです。」
「病気?」
「はい。 感染する『ヒト』によって症状は色々で千差万別です。 あなたは高熱にうなされてただけみたいですけど。」
「高熱?」
「・・・覚えて、ないんですか?」


覚えているも何も、暗闇になって次に目を覚ましたらここにいて・・・。
あれ、どこから暗闇になったんだっけ?
つかさっきから俺、疑問符を使いすぎか?

「・・・落愕病は一時断片的、又は永久的な記憶喪失も伴うそうなので。」


不思議そうな顔を見て察したのか、そう付け加えてくれた。
少し目を閉じて記憶を遡ってみると、思い出せそうな気がする。
記憶喪失は心配ないだろう。
それより、

「お前は何者だ? それと背中に付けてる物は?」
「あたし・・・、ですか?」

質問を質問で返すのは感心せんな、と。
いや、このネタはどこかで聞いたことが・・・。

「あたしはこの島の、娘のエルステッド・フィルといいます。
長いので『フィル』と呼んで下さい。」

ニコッと笑顔で返される。
そんな純粋な可愛らしい笑顔で見られても・・・。


~~~


「それで、要約してもいいか。」
「? はい。」

  • ここはペンギンの島です、かなりでかいです
  • あたしはこの島の第一王位継承者です、偉いんです
  • 背中のは海羽(カイハ)といってペンギン族の証です、おもいです
  • あなたはあたしの所有物、つまり物として扱われます、高価です
  • 元の世界には戻れません、どんまいです
  • あなたは三日三晩、落愕病で寝込んでいました、寝顔可愛かったです



またニコッて返された。
そんな笑顔で言われても現実味が湧かない。

「ふざけんな。 いますぐ返せ、現実に戻せ。」
「そんな事いわれても、あたしの・・・グス・・・ものですから・・・。」

あーなんでまた涙目になるんだよ。
もう知るか、構ってられん。 俺はロリ属性ではないのだ。
いや、ショタでもシスでもないぞ。 念のため。

「じゃ、その落愕病とやらも治ったならばここにいる必要もない。」
「え? あの!」
「じゃあな。」

脇役のようなセリフを吐きながらベットから降り、
おろおろするフィルを尻目にかまくらの出口へ向かう。
まだ右腕と左足が痛むが、仕方がない。 無視して歩く。

「あの、待ってください!」
「煩い。 俺は帰る。」
「そうじゃなくて外には・・・。」
「知らん。 とりあえず我が国に帰る。」

痛む右腕の代わりに、左手で扉の取っ手に手をかける。
ひんやりとする・・・、鉄より冷たいみたいだ。
とりあえず思いっきり引いてみる。
扉が開いて、喜んだのも束の間。


目の前の光景に固まった。


で、出て来たわ!
おぉ、あれがヒトなのね!
初めて見るわねぇ!
おかーさん。 あのヒト、カイハがないよー?
それがヒトらしいわよぉ、へんよねぇ。


かまくらから覗いた光景は、まさに大群。
入口半径3mの所から数十にも円を描いて囲まれている。
ざっと見ただけで、500人は居るんじゃなかろうかと。
その皆が背中から黒い羽、海羽をもってるし。
ばーさん、子供からお母さんみたいなのまで。
俺が出たと同時に、海羽の大群と目が合った。

「えっと、あの・・・。」

「・・・。」

両者、数秒の沈黙。
かまくら周辺の野次馬と当事者みたいな俺は、共に動けない。
このままずっと硬直しっぱなしは辛いか?
そう思ってたら助け船が来てくれた。

「だ、だから外に出ないでっていったのに!」
「え、あ、ちょ・・・。」

後ろから両手が伸びてきて腰の部分に絡みつく。
そのまま後ろに引っ張ってまたかまくらに戻されると、外に出てった。
引っ張られた勢いで尻餅をつきながら、キョトン顔で見送る。
途端に、外が騒がしくなる。


あのヒトはわたしのものっていってるでしょー!
けど一目見るだけでも宜しいではないですか!
だーめー! おどろくといけないでしょー!
しかしヒトなんて滅多に見られないですし・・・
だめったらだめー! みんな帰ってー!


当分、かまくらから出ることは出来なさそうだ。


第2話

だーめー! みんな帰って帰ってー!
見せてくださいな王女様! そう我が侭を仰らずに!

僅かに開いていた、かまくらの扉から聞こえてくる口論。
我が侭はあんた達だと思うのは気のせいか。
珍しい物見たさの野次馬と、我が宝とばかりに見せない小学生。
扉が閉まっていたときは、こんなざわめきが全く聞こえなかった。
このかまくら、思ったより防音性がすごいのか?

帰らなかったら怒るからね!
お、王女様! そうお怒りにならずに・・・。
うるさーい!
ひ、ひぃ・・・

僅かに開いていた、かまくらの扉から覗いてみる口論。
腕を振り上げ、大音量で叫んでいるお前が煩いと思うのは滑稽か。 
海羽を限界まで引っ張り上げるフィルと、蜘蛛の子を散らす様子の野次馬共。
小学生が片手を上げた瞬間に野次馬は血相を変えて逃げていく。
何をそんなに脅えて・・・

『みんな帰ってー!』

フィルが叫ぶ。
天に掲げた手のひらから小さな、小さな氷が現れる。
それは次第に大きくなっていく。
涙目で逃げる女子供、怒り涙でマジ顔な小学生。
手のひらの氷はどんどん大きくなっていく。
バレーボールよりも、テレビよりも、雪だるまの胴体よりも。
最終的に、気球みたいになって・・・。

『帰れえー!!』

大きく振りかぶってー・・・。
フィル選手、投げたー!!

「ちょ、おま! 危ないだろ!」

そう叫んでも最早、後の祭り。
投げられた球、否、隕石と化した巨大な雹は目の前のご老人に向かってく。
大きさ故に弾丸の如し、とんでもないスピードで80m先に着弾する模様。
おばあちゃんは後ろを見ずに走っているので、隕石が迫っていることに気づいていない。
迫る隕石、嗚呼、もうあれは助からな・・・。

「まったく、方向指定もせずにただ力を使って。」

ぴたっ。

「・・・と、止まった? あのデ○スターが?」
心臓がバクバク、もう諦めかけた顔でつぶやいてみた。
止まってる、止まってるよおい。 あのデス○ターが止まってる。
それにさっき聞こえた声は何? 妙に優しい声だったが。

ピキ
しばらく凝視していると、隕石にヒビが入る。
ピキピキ 
ヒビは隕石全域に広がっていく。

パリン、と小気味いい音を響かせて、巨大な雹は氷の霧と化した。
光が霧に乱反射して幻想の世界を作り出す。
霧の塊は風に揺らぎ、少しずつ空気中の水分へと昇華する。
ダイヤモンドダスト、宝石の霧と謳ったのはどの人か。
紅に、蒼に、翠に光り、霧は徐々に晴れていく。
その中心に、巨大な雹を砕いてくれたのが一人。

霧の中心、頭を抱えてうずくまる老人を背に
左手に握った真っ白な杖を地面の氷に突き刺し
右手はフィルがやったように天へ掲げ
こちらに向かって歩きながら
女神のような笑顔でにっこり笑う
不思議な練乳色のローブを着た大人の女性。

「あ、我が娘をはっけーん。 やっほー。」

フィルにそっくりな大人の女性がいた。

「風の噂で聞いたけど、まさかフィルがヒトを拾うなんてねー。」
「あたしの物だからね! 母様にはあげないんだからね!」
「けどぉー、猫とか他の国に売れば結構なお金になるわよぉー。」
「売らないし、あげないし、どこにもやらない!」

あの雹を砕いたのはフィルの母様、らしい。
現プンムグンム島第14代女王位、エルステッド・シェルン。
噂で俺を拾ったことを聞きつけ、忙しい政治からわざわざ来たとか。

かまくらの中央右、テーブルの上に細かい模様が入ったティーカップが3つ。
中身は紅茶と思いきや、6分目まで注がれたホットミルク。
いただきます、と程々に暖かいミルクを啜りながら横目でフィルの母親を見てみる。
女王シェルン、右手はまるでアフタヌーンティーを楽しむ貴族のような動作だが
左手はとても高価そうな杖を、まるで孫の手のように使い、ローブに埋まった背中を掻く。
つか何、あの軽いノリと、このギャップ。 霧の中から現れた時の威圧感が全く無いし。
端から見てると、少し怒り気味に夢を話す子供、それを軽く受け流す母親。
ニヤニヤしながら時折、こっちに向かって熱い視線を送ってるし。

「あのー・・・。」
「ん、なーに? オスヒト君。」
「オ、オスヒト・・・。 えと、さっきのはナンディスカ? いきなり氷が出て来たり。」
「あれは、あ、あたしがちょっと頭に血が上ってそれで・・・。」
「暴走を起こしかけたのよね。」
「はい・・・、ごめんなさい・・・。」

ぼ、暴走?

「この世界には魔法ってのがあって、私達ペンギン族はその系統を使えるの。」
「はぁ・・・。」
「で、ペンギン族は『動異魔法』。 まぁ簡単にいっちゃえば物を自由に動かせるってことね。」
「物を、自由に、動かす? 簡単に、というのは?」
「オスヒト君、いー質問。 動かすというより運動中物体のベクトルを強制的に指定するって事かしら。
『物質そのもの』に働きかけるんじゃなくて『移動する方向とエネルギー』を無理矢理にするの。」
「つ、つまりあたしが氷を出しちゃったのは、空気中水分を一点に集中させてしまったからです・・・。」

訳が分からない。
いきなり「魔法だ」とか「自由に動かせる」とか発言されても対応に困る。
た、確かにあの不可思議な現象はそれで立証し得るかもしれないけど・・・。
魔法だ何だと言われても信じられない、頭イカれてるんちゃうかと、このオバサンは。

「でねー、そこのオスヒト君。」
「は、はい?」
急に話を振られたからすっとんきょんな声を出してしまった。
「私達の力は、脳信号パルスを波に変換して自らの脳に伝えることも出来るのよ。」
「え、それはどういう・・・。」
「あの、あまりに単純な考えを続けていると、あ、あたし達にはそれが読めてしまって・・・。」

考えを、読む?
フィルは怯えながら俺の顔と、母様であるシェルンの顔を見比べる。
対するシェルンは、頬杖を突きながら笑顔で微笑むが・・・。
隊長、大変です! こめかみに怒りマークが見えます!

頭イカれてるんちゃうかと、このオバサンは。

このオバサンは

オバサン

「殺す。」

笑顔のままキル・コールをしないでください!


==


「じゃ、またくるからね~。」
「母様、今日は本当にありがとう・・・。」
「オスヒト君も、ま・た・ね。」
「ひぃ! はいぃ!」

シェルンがまだ怒りの焔を灯しながらこっちを睨む。
かまくらの外、親子の別れの言葉を交わしていたのを、
僅かに開いた扉から盗み聞きしていた俺は縮こまった。
あの禁句(ときめた)を言った時、俺は光の速さで土下座をし、風の如くに頭を地面に垂れた。
ヒトの標本としてヒト氷柱花になるか、ここで赤いカーペットを染め上げるか
選ばさられたのを何とか許して貰ったが、まだお怒りのご様子。

「もうあんな暴走しちゃ、だーめーよ?」
「は、はい・・・。 気をつけます・・・。」
「そうそう、これあげるわねー。」
「これ、何ですか?」
「それはねー、ごにょごにょ・・・。」

母親が娘に耳打ちをしていて、俺には全く聞こえない。
耳打ちをしながらシェルンはローブの中から何かを取りだし、フィルに手渡した。
女王シェルンの海羽は、楽しそうに規則正しく揺れている。
対するフィル、最初は頭の上にクエスチョンマークを浮かべていた。
が、最後の言葉を聞いたときにびっくりしたらしく、
顔を真っ赤にさせながら手の内の物を凝視する。
その驚きようを見て、更に楽しそうな顔になった母親。

「後は頑張ってね~。 さて、と・・・。」

そういうと、右手を広げ天に掲げ、威圧感が立ちこめた。
シェルンの海羽が風を纏う、空気の温度が下がる。
あまりの静けさに、耳が痛い。
数瞬、卵が割れたような音がした。

パリ
空気が震える
パリリ
空間が割れる
パリリ、パリ
女王の目の前に、人一人が入れる裂け目が出来た。
裂け目は時々、静電気が火花をあげてパリパリ鳴っている。
掲げていた右手を下げて、女王はその空間に飛び込む。

「またね~。」

そういうと、裂け目が縫い合わされるように閉じていく。
中の女王は振り返らずに歩き続け、裂け目も消えていった。
見えるのは、ぽつんと立ちつくすフィルだけ。
俺は扉をそっと開け、一歩も動かない小学生に近づく。

「今の・・・、何なんだ?」
「大気を限界まで引っ張り上げて次元をねじ曲げ、別の場所へ移転させる動異魔法。」
特に感情も入れずに、じっと手を見つめながら機械のようにつぶやくフィル。
「転移・・・、つまりワープの事? ところで何でさっきから手の平ばかりを見てる?」
「! あ、あの! な、なんでもありません! ちょっと考え事に耽ってしまって・・・。」

さっと隠したけど、ちらっと見えたのはどうやら布袋。
ちゃぷん、と音がしたから水分のようだ。
フィルは貰った物を抱え、顔を真っ赤に赤らめながら駆け足でかまくらに戻る。

「お、おい・・・、ハッ!」

背後から視線を感じる。
そっと振り向くと、俺が居たかまくらとは別の、
一回り小さいかまくらから目だけが不気味にこっちを睨む。
しかも一人や二人じゃない、複数。

じー。

俺はその視線に怯み、フィルに続いてかまくらへ駆けていった。

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