猫耳少女と召使の物語@wiki保管庫(戎)

犬国奇憚夢日記外伝02

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犬国奇憚夢日記 外伝2 特別編2

 
 
 カチャ・・・・ キリキリキリ・・・・ カチャリ
 
 夜も更けて静まり返るロッソムの街。
 赤々と燃える暖炉の火が照らす紅朱館のホール。
 広々とする部屋の片隅に置かれたソファーとテーブル。
 寝静まった館の中で密やかな音を立て、ユウジは一人、銃火器の整備をしていた。
 
「まだ起きてらしたのですか」
 
 トントンと音を立て階段を下りてきたマサミの姿にユウジは驚いた。
 
「あ、起してしまいましたか。すいません」
「いえ、まだ眠っていませんでしたから」
「そうですか」
 
 再び視線を手元へ戻したユウジはドライバーの柄を持って銃身の基線を整えている。
 その鮮やかで滑らかな手捌きにマサミは見とれていた。
 
「心配性なもので、どうしても自分で整備しないと気が済まないんですよ」
「いやいや、その気持ちは良く分かります。私もそうですから」
 
 出来る限り音を立てずにユウジの対面へと腰を下ろしたマサミ。
 ユウジの鼻にはマサミの体から僅かに香水の香りを感じていた。
 
「・・・・アリス様ですね」
「えぇ。あの一件以来・・・・ どうにもちょっと」
「でしょうね。ヒトでもイヌでも。女性ならば」
「甘えるのが下手なんですよ。やはり、貴族として育てられたのでしょうね」
「人前で弱みを見せないこと・・・・ 辛いですよね」
「えぇ。そして、あの方は領主でもある」
 
 一通り組み立てたG3を構えバランスを確かめるユウジ。
 傍目に見るマサミですら惚れ惚れする、見事な構え方。
 戦争映画に出てくる決めシーンの俳優のようだ。
 
「ユウジさん。あの、聞きにくい事ですが」
「落ちる前ですね」
「えぇ」
 
 帆布で作ったケースに銃をしまいながら、ユウジは一つ溜息をついた。
 テーブルの上に並んでいた道具が片付けられ、広間の中から金属的な音を立てるものが消え去る。
 
「民間の軍事会社に居ました。警備とかの仕事をしていたんですよ」
「じゃぁ、中東地域の?」
「そうですね。バグダットの西方に展開する会社でした」
「しかしなぜそのような会社に?」
「父母共に日系アメリカ人で、母は二世、父は三世でした、アメリカ国籍だったので志願して兵役に付いたのですけど、従軍中のある日に父母がニューヨークで・・・・」
「9・11」
「えぇ、そうです」
 
 首を振りながら深い溜息をひとつついたユウジ。
 その双肩には深い苦悩があったのだろう。
 
「当時私の家は親族が大喧嘩中でね。それに嫌気がさして私は日本の親類を頼ったのです」
「そうなんですか」
「ところが、日本に行ってみたらまぁ見事にカルチャーショックでしてね」
 
 クックックと笑いを噛み殺すユウジ。
 釣られるようにマサミも笑みを漏らす。
 しかし、その後にユウジの口から出てきた言葉はマサミの笑みを凍りつかせるものだった。
 
「人殺しの兵隊さんが親族に居るなんて世間の良い恥さらしだから荷物をまとめて今すぐ出て行け!ってね、親戚が怒鳴り込んできたんですよ。私は何がなんだか分からなくて、あっけに取られていたんですが・・・・」
 
 しばしの沈黙がフロアを埋めていく。
 コチコチとなる時計の針音がどれ程の時間を数えたのだろうか。
 痺れを切らしたようにマサミは口を開いた。
 
「なぜ、怒鳴り込んでこられたのでしょうか」
「さぁ、私にも分かりません。ただ、私の中では、軍隊と言うと国家の便利屋みたいな部分があると思っていたんですよ。言うなれば汚れ仕事を引き受けるポジションです。国家運営の失敗が引き起こすイザコザの尻拭いとかね。それこそ、消耗品位にしか扱われない軍隊って組織の役割をそう理解してました」
「でしょうね。正論です」
「でも、その人は違ったようです。好き好んで出かけて行って人を殺すのが趣味の人でなし・・・・。 まぁ、否定はしませんが」
 
 ユウジは再び噛み殺して笑う。
 でも、今度はマサミは笑えなかった。
 
「平和ボケした日本って国の現状でしょうね」
「それも私は良く分からなかったんですよ。ヘイワボケ。それってなんですか?って聞きましたもの」
「誰かの犠牲とか苦労とかの上に物は成り立ってるはずなのに、その縁の下の人に感謝する事を忘れてるんですね」
「・・・・今のマサミさんの説明でやっと分かりました。その通りです」
 
 ユウジは鞄の中からコルクで出来た小さな箱を取り出した。
 そっと蓋を開けると、中には琥珀色の液体が入ったビンが一本。
 ラベルにはバラの花が描かれている。
 
「マサミさん、これ飲めますか?」
「えぇ、もちろん」
 
 マサミはそっと立ち上がり、キッチンからコップを二つ用意してきた。
 ユウジがその中に少しずつ注ぎ、二人してそっと手を伸ばす。
 
「マサミさんは向こうの世界でなにを?」
「・・・・コーヒーチェーンの店長でした」
「だからこういう場のマネジメントが出来るんですね」
「いえいえ、とてもじゃありませんが、執事なんて仕事は出来ません。真似事です」
「実は日本に行って覚えたスキルが一つあるんです。謙遜って奴です。マサミさん、あなたがしている仕事は十分立派だ」
「ありがとうございます」
 
 カン・・・・・
 
 そっと乾杯してグッと飲み干す。
 懐かしい香りが喉を駆け抜け、焼けるような刺激が胸を焦がす。
 
「ウィスキーかぁ・・・・・ 3年ぶりくらいだな」
「この世界ではウィスキーがいまいちなんですよね」
「そうなんですか。これは?」
「落ち物の山の中にFeDexの大きな箱があったんですけど、その中に誰かが誰かに送ったこれがあったんですよ」
「そうなんですか」
「きっと今頃送った人は悔しがってますよ、なんせ21年の上物ですからね」
 
 飲み干したコップへ再びウィスキーを注ぐユウジ。
 マサミはもっと色々な事を聞きたかったのだが、何となくそれを聞かないほうが良いと思っていた。
 なんで戦闘中だと言うのに冷静なのか。
 なんで人を殺す現場なのに迷わないのか。
 なんで・・・・
 
「仲間と車列を護衛して空港へ向かう道すがら、過激派の爆弾テロに遭遇しましてね」
「・・・・テロですか」
「すぐ近くで仲間が吹っ飛んで、それで気が付いたらこの世界の西のほうでした」
「お一人で?」
「えぇ、そして、すぐにウサギの輸送キャラバンに拾われまして・・・・」
「・・・・災難ですね」
「えぇ、しばらくは・・・・地獄でしたね」
 
 コップの中身をグッと飲み干してユウジは目を瞑った。
 
「今でも時々思い出します。昼夜問わず慰み者にされるヒトの女性の泣き声とか、完全に壊れてしまって笑い続ける人とか」
「ヒトを嬲るんですか?」
「えぇ、彼らにすれば何でもいいんですよ、穴さえあればね。そして、しっかり調教して・・・・ 高く売る。商売の基本ですね」
「・・・・その通りですね」
「しばらくして、私のチンポがね、起たなくなりまして・・・・。そしたら今度はなぶり殺しですよ。死にかける事も何度か有りました」
「でも、今生きてらっしゃる」
「蘇生と回復の魔法効果です。新人の練習材料として実験台にされました。我慢できず僅かのすきに逃げ出したら今度はネコのヒト商人に拾われましてね。接近戦闘に長けていて、おまけに軍隊経験者で体が筋肉だらけだったものですからね。ネコの商人に酷く気に入られまして・・・・」
 
 肩をすぼめうんざり笑いをするユウジ。
 その表情からは自嘲めいた蔑みが見える。
 
「尻の穴を随分開発されましてね、最後はホモ人形で売りに出されて、そして大きな屋敷の主に下男として雇われまして・・・・ と言うより買い取られまして」
「・・・・・・・・商品ですからね」
「その家の主がまた酷い下世話で悪趣味な男でして、その家で夜な夜な乱交パーティーをするんですが・・・・ 全部男なんですよ」
「・・・・それはまた」
「でね、館の入り口で中年のホモ男の相手をさせられましてね。おかげで見事に痔になりましたよ、ハッハッハ」
 
 ユウジの飲み干したコップへマサミはウィスキーを注いだ。
 笑いながらもどこか悲しそうなユウジの横顔がうっすらと赤くなっていた。
 
「あの生活が嫌で嫌で。ある日、もう一度隙を見て逃げ出したんですよ」
「ほぉ・・・・ よくご無事で」
「マサミさん、ドラゴンに会った事は?」
「ドラゴン?竜族ですか?」
「えぇ、あの使役される家畜としての竜族では無くて、高度な知識と魔法を持つ・・・・ファンタジー世界の住人のドラゴンですよ」
 
 俄かには信じられない事を真顔で言うユウジ。
 その真剣な表情は騙したり担いだりするものにはみえない。
 
「そんなのが・・・・ この世界には居るんですか」
「えぇ、この世界のどこかに5匹のドラゴンが居ます。不老不死の正真正銘化け物です」
 
 コップに残っているウィスキーをその中でクルクルと回しながら、ユウジは琥珀の水面を見ていた。
 
「私を追ってきたネコの主や強力な魔法障壁を使えるネコの軍隊が一瞬で消滅するほどの・・・・高度な竜言語魔法を使う恐ろしい存在でした」
 
 竜言語魔法・・・・
 それって?と聞きたいマサミだが、ユウジの顔色はそんな事をさせない迫力だった。
 
「私は聞いたんです。元の世界へ戻る方法を。そしたらその竜は答えました。この世界の5匹の竜が残す竜灰を全部集めて、気まぐれに出現する竜族の神へ祈ってみろ。聞き届けられれば戻れるだろう。しかし・・・・『その灰はどうやって集めるのですか?』
 
 ユウジの言葉が終わる前に話を切ったマサミ。
 その声色は真剣だった。
 
「あの竜族の寿命は1万年だそうです。1万年経つとその体が灰のように崩れ、その中から新しい竜が出てきて、その新しい竜が記憶を受け継ぐのだと言っていました。そして、それぞれの竜が全部いっぺんに生まれ変わる事は無い・・・・と」
 
 雲を掴むような話しにガックリとうな垂れるマサミ。
 ユウジは体を半身乗り出して、うな垂れるその肩に手を伸ばす。
 
「マサミさん、あの街、ルカパヤンにはね、実は3匹分の竜灰があるんですよ」
「ほんとですか?」
「えぇ、そして、いつか全部集めて、そして、自分たちの世界へ帰るように準備しているんです」
「じゃぁいつか」
「えぇ。でも、最近はちょっと目的がずれてましてね」
「・・・・?」
「ヒトの国を作ろうとしています。そのために竜灰を使うのでしょう」
「あの・・・・ 竜灰とは具体的にどのようなものなんでしょうか?」
「簡単に言うと、火山灰みたいな物ですがね。その灰に願いを掛けるとその灰の竜がやってきてその願いをかなえてくれます」
「それは・・・・」
「ですが、願いの大きさに見合うだけの犠牲が・・・・ 対価が要るのです。そして、その対価は往々にしてヒトの・・・・ 命です」
 
 ある程度は予想していたのだが、それでもはっきり言われると引いてしまう言葉。
 願いをかなえる為にはそれ相応の犠牲が要る。
 ただ単純に願いをかなえてくれるだけの便利な存在ではないと言う事実。
 それはつまり・・・・
 
「まるで・・・・ 神、そのものですね」
「えぇ。祈りを捧げ純粋に信じきる者にのみ手を差し伸べる神」
「試練ですね」
「だから、あの街を囲む多くの国や組織や集団が手出しできないのですよ。ヒトは誰かの為に美しい犠牲を捧げられる生き物ですし」
 
 再び沈黙の時が流れ、マサミはコップのウィスキーを飲み干した。
 ユウジは空いたコップにウィスキーを注いで口を閉める。
 
「もう少し・・・・具体的に聞いて宜しいでしょうか。嫌な記憶かと思いますが」
「・・・・えぇ、貴方も知っておくべき知識ですよ。あれは・・・・
 
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 胸突き八丁の坂を登り始めて、もうどれ位歩いただろう。
 森林限界をとうに超えたらしく、あたりはガレた岩場になっている。
 殺風景な世界にあって俺の目を和ませてくれるのは、名も知らぬ高山植物たちだ。
 こんな厳しい環境でも懸命に花をつけている。
 俺も・・・・ もう少し、頑張るべきだったんだろうか・・・・
 
 この不思議な世界へ来て、早くも10年が経とうとしている。
 この世界の一日が、俺の知っている世界と同じであればと言う前提なのだが。
 最初に拾われたウサギの家では、毎日のようにバニーガールみたいな女達の相手をさせられた。
 楽しかったのは最初の1週間だけだ。後は、毎日が苦痛でしかなかった。
 
 俺の金玉は毎日のようにこき使われた結果、血を噴射する事しか出来なくなった。
 前立腺が異常を来たし排尿困難のまま中毒症状を起こした。
 それでも、あのウサギの女達は俺を絞り続けた。
 絞り続けてとうとう自分の足で立てなくなった日。
 
 今度は女達が俺の背中に焼印を入れ、爪を剥ぎ、鞭で打ち続けた。
 血塗れになって逃げ出し、雪原の上で遠のく意識の中を拾ってくれたのはネコの商隊だった。
 助かったと思ったのだけど・・・・ そこはより一層地獄だった。
 
 来る日も来る日も、ネコのヒト商人にケツの穴を掘られ続け、気が付けば俺のケツの穴は開きっぱなしになってしまった。
 垂れ流しになってしまう俺の糞を嫌がったあの変態オヤジは、俺のケツにでっかいプラグを差し込み、鍵を掛けやがった。
 腹が膨れるほど糞がたまり顔色が悪くなると、俺はあの饐えた臭いのするあのネコの商人の汚いチンポをしゃぶらされ、口の中一杯になるほどの臭い精液を飲み干さないと糞すらさせてもらえなかった。
 それでもあの変態は俺のケツの穴を開発し続け、いつの間にか俺は女のように無様によがる情けない男になっていた。
 
 ネコの国のヒト市場で売りに出された俺は、女物の服を着させられつつもチンポが丸見えの遊び道具に成り下がっていた。
 あの市場で俺を買っていったネコの豪商が俺に命じたのは、あの豪商の屋敷の入り口で見知らぬ男と穴を掘りあう事だった。
 俺より何年か早く落ちてきたと言う見知らぬ親父は、何人かの獣の女達を主とした後、歳を取って捨てられたと言う。
 野良のヒトになっていた所を拾われてホモ開発されたらしい。
 すっかり禿げ上がった頭をした、俺から見ても負け犬根性が染み付いた薄汚い男だった。
 
 ある日、おれは僅かな隙を見て裸のまま屋敷を飛び出した。
 手にしていたのは、豪商の家に遊びに来ていたほかのネコどもが俺のケツに突っ込んだ僅かなネコの硬貨だけ。
 それでも、なけなしの金で服を買い、俺はここまで来た。
 この峠を越えれば、ヒトの居住区があると言うカモシカの国らしい。
 正直に言えば、峠を越せず死にたい気分なのだが。
 
 はるか下の方から俺を呼ぶ声がする。いや、正確には殺してやると言う声だ。
 どうせあの変態ネコの豪商だろう。俺のケツの穴を気に入ったらしい。
 誰が止まる物か! 逃げ切ってやる!と意気込んで斜面を上り続けているのだが、まだ頂へは到達していない。
 もはやあたりには苔や草しかない。冬場ともなれば厚く雪が降り積もるのだろう。
 峰を目指す稜線に立ったとき、そこにわずかな踏み跡があるのを見つけた。
 
「バカな・・・・」
 
 その踏み跡に立ち左右を見る。
 右手は雲の中へ続き下へ降っている。左手は霧の中に消え、更に上り続けている。
 
「こっちだな」
 
 俺は迷う事無く左手へと進んだ。
 猛烈に喉が渇き、焼け付くような感触だった。
 雪でもあればそれを舐めるのだが・・・・
 
おーい そっちへ行くなー!
そっちへ行けば化け物に食い殺される!
 
 お前のほうが変態で化け物だろうに・・・・
 必死になって小走りに逃げる俺は何かにつまづいて転んだ。
 足元に目をやると、そこには大きな獣の骨があった。
 
「嘘だろ?」
 
 見事に噛み砕かれたその骨は牛よりも一回りは大きかった。
 見なかったつもりにして歩き出すのだが、もはや俺の脚は限界だった。
 霧の中に少しずつ光を感じていたのだけど、もう自分の思うようにならない両足がここまでだと俺に告げていた。
 
 大地へと倒れこむように蹲った俺はそれでも行く先を見つめる。
 あぁ、あと少しで峠なのに・・・・
 薄れて行く意識の中、俺はロスのクラブで踊っていた。
 ブロンドのネーチャンたちとクァーズを飲みながら。
 
「ここまでか・・・・・」
「・・・・それで良いの?」
 
 夢と現の溶け合う領域で顔を上げた俺が見た物は、まるでスイスの民族衣装でも着ているかのような少女だ。
 細い手足と長い首、純白の肌にブロンドの髪、そして、青い瞳。
 
「・・・・君は?」
「私は誰でもない、ただの私。あなたは」
「ヒトの世界から落ちてきた不良品だ」
 
 そこで俺の意識は途切れた。
 そして、ふと気が付くと、大きな岩の上に寝転がっていて、少女が膝枕をしていた。
 
「気が付いた?」
「・・・・ありがとう。ここは?」
「ウェヲブリ山の山頂付近。普通のヒトは入って来れない場所よ」
「なぜ?」
「ここはこの地域を統べる龍の聖域だから。稲妻と雷鳴の主、サンダードラゴンのミンタラ」
「ミンタラ?」
「ここはカムイミンタラ。人の立ち入ってはいけない場所」
「じゃぁ、なぜ俺はここへは入れた?」
「あなたは死にかけているから。だからサンダードラゴンは許してくれたのね」
 
 静かな口調でそっと喋るその少女の声に、俺はいつの間にか体中の力を抜いていた。
 
「へぇ、こりゃ驚いた。今日はついてるな」
 
 下卑た声に驚いた俺が飛び起きると、そこにはあのネコの富豪が立っていた。
 そして、金の力で連れてきたのか、猫の魔道部隊が一緒に立っていた。
 
「そっちの小娘はうちの娘にくれてやるとするか。おい、お前達、あのでっかいトカゲが来る前に・・・・
 
 勝ち誇った口調でネコの兵士に指示していた富豪だが、その声を聞いていた兵士は腰を抜かして座り込むと、皆一様に富豪を指差していた。
 
「おいおい、一体いくら払ったと思ってるんだ、しっかり『だまれ』
 
 頭の中に直接響いてくる低く威厳のある声。
 俺は何が起きたのかわからずキョロキョロしていたが、あの少女は俺の手を引いて岩の上に座らせるのだった。
 
「私の主が来ました。お座りなさい」
 
 言われるがままに座った俺の前、例の富豪がこっちを振り返ると、兵士と同じように腰を抜かして座り込んだ。
 俺は何かを直感して振り返る。するとそこには・・・・・
 
『そこのネコ。我が庭で何をしている』
「そこのヒトの男を回収に来たのだ、俺の奴隷だ!文句があるか!」
 
 ネコの富豪ですらも見上げるような巨躯の・・・・ ドラゴン。
 映画に出てくるような西洋式の大きなドラゴンがそこに居た。
 頭頂部には前後10mはあろうかと言うような、巨大な角が2本そびえている。
 その両方の角の間にはアーク放電のスパークが弾けていた。
 
『今すぐ立ち去れ』
「言われなくともそうする!おい!ユウジ!帰るぞ!」
「ふざけるな!勝手に帰れ!」
「おとなしく帰れば殺しはしない、たっぷり可愛がってやるから喜んでいいぞ」
 
 ヘラヘラと笑うそのネコが手を伸ばしてユウジの足首を掴みかけたその時だった。
 
    『 誰 が つ れ て 行 っ て 良 い と 言 っ た の だ ! 』
 
 頭蓋骨の中に高電圧のスパークが弾けたかと思うほどの衝撃が響き、思わず俺は頭を押さえ込んだ。
 ネコの魔道兵士達も一瞬混乱をきたしたようだが、すぐさま複数の兵士が韻を踏むように詠唱を始める。
 なにか高度で複雑な魔法でも使おうかと言う風なのだが、俺にはそれが理解出来ないでいた。
 
 ただ、ふと振り返った先、頭骨を後方へ反らしたドラゴンが反動をつけて顎を下へと振り下ろした。
 すると、その2本の巨大な角から夥しい数のスパークが飛び、高度な詠唱を行っていた筈のネコの兵士がまとめて黒焦げになった。
 強力な魔法障壁を持つはずの魔道の鎧を着ていたはずなのだが・・・・
 
「わわわわ・・・・ わかったわかった!今すぐ帰るから!!」
 
 後ろを振り返ったネコの富豪は転びながらも走って下界へと降って行く。
 霧の中に見えなくなるまで走っていったのだが、ドラゴンはその場に立ち上がって翼を広げると大きく息を吸い込んだ。
 
『シヅ 耳を塞げ』
「はい」
 
 恐竜の咆哮とでも形容したくなる声でドラゴンは雄叫びを上げた。
 その有り得ないほどの音量に頭の中で何かが砕け散る気がする。
 俺を導いてくれた少女と共に座っていた大岩ですらビリビリと共振する程の声量。
 驚愕と共に見上げた俺の目に飛び込んできたのは、そのドラゴンのブレス・・・・・・
 
 最初、視界が真っ白に染まり、まるで幾万ものフラッシュが焚かれたかのようだった。
 しかしそれは、そのドラゴンの巨大な角から放たれる数千の稲妻が空へと向かったものだった。
 大気中に放電したもの凄い量の電気が何を引き起こしたのかはわからない。
 しかし、次の瞬間に目撃したのは、霧の彼方にまとめて着雷し、岩ごと解けていく山肌だった。
 
「電気の溶鉱炉みたいだ」
「あの熱に耐えられる物はこの世界にはありません」
 
 呆気にとられる俺は呆然と少女を見るのだが、その少女はただ笑っていた。
 
「君は・・・・」
「私は龍の巫女。カムイミンタラへようこそ。主はあなたを許したようです」
「え?」
 
 その言葉にビックリした俺は上を見上げる。
 そこには大きな目をしたドラゴンが居た。
 
『ヒトの男よ。なぜここへきた』
「辛い毎日から逃げ出したくて」
『なぜ戦わぬ』
「敵わぬ相手ですから逃げるが得策です」
『逃げ出しても事態は変わらぬ。お前はどこへ行くのだ』
「ここを降りていくとカモシカの国と聞きました。そこにヒトの街があると」
 
 やや腰が引け気味だけど、それでもユウジは精一杯胸を張って言い切った。
 ドラゴンはまるで笑っているかのように口を半開きにして見ている。
 長く伸びる下がシュルシュルと伸びてユウジの頬を撫でた。
 
『嘘を吐いているかどうかは汗の味で分かる』
 
 何を言われているのか理解できない俺は、ただ見上げるしかなかった。
 
『この山を下りヒトの街へ行ってもお前の望みは叶わない。東へ下りてゆけ』
 
 ドラゴンは突然羽を広げると、いずこかへ飛び去ってしまった。
 少女は岩の上に座ったままほほ笑んでいる。
 
「君はここにいるのかい?」
「えぇ、私は竜灰の守護者ですから」
「竜灰?それはいったい」
「世界の覇者を生む魔法の粉。竜族が死に代わるときにだけ残します」
「・・・・良くわからないな」
「あなたにも一つまみあげます」
 
 少女の手の中にはまるで風邪薬のカプセルの様な円筒形のパッケージが一つ。
 俺は訳も分からずそれを受け取ると、掌に乗せシゲシゲと眺めた。
 
『その中身は我らの身そのものである。そなたの願いし時にそなたの居る場所でそれを開けるがよい。ただし、願いを叶えるには対価が必要だ。願いの大きさに見合う対価を用意しろ。対価が見合わねば願いは叶わない。そして、その灰は一度しか使えない。忘れるでないぞ。そなたの進む道に時と光を司る竜の導きがあらん事を』
 
 どこからとも無くそう語りかけられた俺は驚いてそのカプセルをポケットにしまった。
 
「ひとつ聞きたい。ヒトの世界に戻る事は出来ないのですか?」
 
 少女は不思議そうな顔をして俺を見ていたが、やがて目を閉じて空を見上げる。
 
『そなたのその願いは如何なる対価を持ってしても叶うまい。ただし、我ら5人の竜の灰を揃え竜を束ねる龍神の前に並べ対価を捧げるなら、或いは叶うやも知れぬ。私はその方法を知らぬが、我らの龍神は知っているかもしれない』
「お役に立てましたかしら?」
 
 透明感のある声でそう囁いた少女はスッと立ち上がると、まるで羽でも生えているように後方へフッと飛んだ。
 両足でジャンプしただけなのだが、軽く20mは飛んだようにも見える。
 そして、右手を伸ばして行く先を指差すと、そのまま霧の中へ消えていった。
 
「こっちへ行けと言う事か・・・・・」
 
 再び歩き出した俺はいつの間にか喉の渇きを忘れていた。
 名も知らぬ高山植物の可憐な花が俺を見送ってくれた。
 
 
                             ◇◆◇
 
 
「3昼夜歩き通したらヒトの集団と出会ったんですよ、ルカパヤンの落ち物回収チームでした。僅かなサイズの竜灰を見せたら、いきなりVIP待遇で街へ迎えられましてね。あとで聞いたら、サンダードラゴンの竜灰はやたら貴重品なんですって」
 
 静かに笑うユウジの口調はいつものように穏やかになっていた。
 悲惨な過去がヒトを丸くする事もある。
 辛く厳しい現実を乗り越えたからこそ、このヒトは余裕を見せられるのだろう。
 マサミは何となくそんな風に理解していた。
 
「辛い過去を思いださせてしまいましたね。申し訳ありません」
「いえいえ、良いんですよ。それより、いつものマサミさんらしくないですね。今日はいつにも無く弱気だ」
「ここしばらく、実はちょっと怖くなっているんです」
「と言うと?」
「私はただのコーヒー屋の店長です。ただのミリタリーオタクだし、それに、トリビアマニアですよ、でも」
「見分不相応な厚遇を受けている・・・・と」
「えぇ」
 
 ユウジは何を思ったのか右手を上げると、白い手袋を外して素手を見せた。
 人差し指と小指以外の爪が全部根元まで剥がされ、その部分が黒くなってしまっている。
 手の甲には何かの魔法文言が焼印され、どす黒いシミとなって残っていた。
 
「私の手はこの焼印を打ったウサギの女が満足するまで、嫌でも女の体をいじるようにされてしまいました。でも、この魔法回路が力を得る事は二度と無い筈です、そのウサギをこの手で殺しましたから」
「ユウジさん・・・・」
「マサミさん、この世界にある物はすべて何かしらの意味を持っています。この世界に有るべき理由があるから生きているはずですよね。マサミさん、あなたは実に素晴らしい主に出会えた。私とは違うんですよ。あなたの主はあなたを必要としている。そして、あなたには妻も居るのでしょう? 妻も主もあなたを必要としているのなら、あなたの今している仕事は意味を成しているはずです」
 
 ユウジは寂しそうに笑いながら空いてるコップにウィスキーを注いだ。
 2つのコップにそれぞれ半分ずつも注げば、そろそろ瓶は空になる。
 
「ウィスキーが無くなってしまいましたね」
「えぇ、半分あなたに飲まれました。損失補てんして下さい」
「え?」
「冗談ですよ、ハッハッハ」
「・・・・いつかここでウィスキーを作ります。実はここスキャッパーはピートがたっぷりあるんです」
「それは素晴らしい!キルンを作る時は教えてください、手伝いに来ます」
「・・・・昔、北海道の余市と言う場所で」
「ニッカですね」
「えぇ、そうです。余市でウィスキーを仕込んだ事があります」
「従業員ですか?」
「いえ、体験と言う奴ですよ。とても面白かった」
「じゃぁウィスキーは大丈夫ですね」
「いやいや・・・・ あれで作れるようになったら企業は立ち行かないですよ。ここで思い出しながら研究します」
「いつか、スキャッパーの主力商品に育つと良いですね」
「えぇ」
 
 コップを持ち上げ再びチン!と音を立て乾杯する二人。
 グッと多めに口へ入れて一気に飲み干すと、胸が焼けるようだ。
 
「実は、カモシカの国から手紙が来たんです」
「ほう・・・・ 奥さんを帰せ・・・・ ですか?」
「いえ、なんか良く分かりませんが・・・・ と言うより私はまだ文章をちゃんと読めないんですよ」
「・・・・意外ですね。拝見できますか?」
「部屋に置いてありますので明日にでも。妻は文章を読める物ですから代わりに読んでもらいました」
「内容はどんなでしたか?」
 
 マサミは一息ついて椅子に座りなおし、両手を左右に広げ肩を窄めた。
 
「おそらく、何かの自然災害に対する対処法を聞いて来ています。たぶん地震でしょう」
「地震ですか」
「えぇ。で、災害にあい、心が折れれば立ち直れない。あれも神の試練です」
「返信は書かれるのですか?」
「・・・・書くべきかどうか、正直悩んでいます」
「でも・・・・」
 
 そこで言葉を切ったユウジ。マサミとて何を言いたいのかは分かっている。
 貸し借りを作らないようにしておかないと、後でどう転ぶかわからない。
 
「慎重な対処が必要ですね」
「えぇ、妻を・・・・守りたいですから」
「あなたは本当に古風な人だ。まるで侍のようだ」
「侍だなんて大げさな」
「そんな事は有りませんよ。人前で弱みを見せず、妻にも主にも愚痴をこぼさず・・・・」
「時代遅れですね」
 
 自嘲するマサミの目をジッとユウジは見てからコップを持ち上げ、乾杯するようにちょっと上へ揺すって飲む。
 マサミも同じようにして口をつけた。
 
 ユウジは視線を手元に落として、スーッと息を吸い込んだ。
 何が始まるのか?と見ていたマサミ。
 ユウジは静かに歌い始めた。
 
          一日二杯の酒を飲み・・・・
          肴は特にこだわらず・・・・
 
「英五・・・・」
 
 マサミは目を閉じて呟いた。
 ユウジはそっとほほ笑んで続きを歌う・・・・
 
          マイクが来たなら 微笑んで
          おはこを一つ 歌うだけ
          妻には涙を見せないで
          子供に愚痴をきかせずに
          男の嘆きはほろ酔いで
          酒場の隅に置いて行く
 
 静かな口調で歌うユウジの声に、マサミはグッと堪える顔を見せた。
 顎を引き目をきつく閉じ、ひたすらに耐える顔をしたまま、それでも涙が溢れてくる。
 
          目立たぬように
          はしゃがぬように
          似合わぬことは
          無理をせず・・・・・・・・
          人の心を
          見つめつづける
          時代おくれの
          男になりたい・・・・
 
 静かに嗚咽するマサミはコップに残っていたウィスキーで、かみ殺した泣き声をグッ飲み込んだ。
 
「マサミさん。時には愚痴を言いましょう。時には弱音を吐きましょう。それが・・・・上手く生きて行く秘訣ですよ、きっとね」
「でも・・・・ 昔、英五の曲を良く聞きましたけど・・・・ 今夜ほど心を打った事は有りませんでした・・・・ 」
「きっとマサミさんが始めてこの曲を歌った人と同じ所に来たと言うことでしょうね」
「あれ・・・・ ユウジさん、英五は知らないんですか?」
「えぇ、同じ会社に居た日本人が良く歌っていたんですよ」
「そうなんですか」
 
 マサミはふと立ち上がってキッチンへ消えて行った。
 ややあってユウジが目を送った先に、小さな瓶を抱えてくるマサミの姿を見つける。
 その瓶は陶器で出来ていて、木の栓がされていた。
 
「オオカミの集落で貰ったどぶろくです。飲みますか?」
「美味そうですね!」
「これは効きますよ、小鳩麦で作ったどぶろくです。酒の強いオオカミもイチコロです」
「ほぉ!ウィスキーで鍛えたヒトの肝臓とどっちが強いか勝負ですな」
 
 ウィスキーの入っていたコップへ並々と白く濁ったどぶろくを注ぎ、二人の男がニヤニヤしながら乾杯する。
 
「うぉ!これは!」
「すごいでしょ?」
「ヤバイですね、美味い!」
「これを時々チビチビやって、すっかり遠くなってしまった祖国を思い出しています」
「まだ思い出しますか?」
「えぇ、本当は忘れてしまった方が楽なんでしょうけどね」
「さっきの曲を歌っていた同僚が、もう一つ良く歌っていた曲があるんですよ」
「・・・・言わなくても分かりますよ、もう」
「そうですか・・・・」
 
 マサミはコップを持ち上げ乾杯の仕草をする。
 ユウジも同じように乾杯の仕草をした。
 それぞれのコップに残っていたどぶろくを一気に飲み干した二人。
 
「まだ飲み潰れてませんが・・・・もう寝たほうが良いですね」
「ですね、明日も大変ですよ、街の再建が」
「明日もよろしくお願いします。本当はこんな事をしに来た筈ではないのでしょうけど」
「いえいえ、それは気にしないで」
「お世話になります」
 
 マサミは胸に手を当てて頭を下げる。
 
「その振る舞いは文字通り紳士の執事ですよ。あなたは十分立派な仕事をしている」
「ありがとうございます」
 
 フッと立ち上がりコップとどぶろくの瓶を片付けるマサミ。
 ユウジは銃火器とウィスキーの瓶をカバンへしまった。
 
 階段を上がるマサミにユウジが声をかける。
 
「例の手紙、返信を書くなら誰かに代書させるべきでしょう」
「・・・・私が書いたわけではない。そういうアリバイですね」
「そうです」
 
 カナが先に眠っている小さな部屋の戸をそっと開けるマサミ。
 ユウジはマサミの方をポンポンと叩いて通り過ぎ、来客用の部屋へ消えて行った。
 服を脱いでカナの隣へそっと横たわると、カナはフッと目を覚ましマサミの首に手を回した。
 
「遅かったじゃない」
「ユウジさんと話しこんでいた」
「お酒臭いよ」
 
 マサミも手を伸ばしてカナの唇を塞ぎに行く。
 
「ねぇ」
「ん?」
 
 ちょっと恥しそうな表情でカナがマサミを見ている。
 
「アリス様に全部出しちゃった?」
「うん、今日も・・・・凄かった」
「そう・・・・ 手を抜いてない?」
「あぁ、勿論」
「じゃぁ、今日はこのまま」
 
 マサミの厚い胸板に顔を寄せるカナ。
 ヒトの鼻にも分かるほどに香水の香りが残っている。
 それは主たるアリスの匂いだった。
 お気に入りの男にマーキングするように、アリスはわざと匂いを残したんだろうか・・・・
 カナはふとそんな事を思いながら目を閉じる。
 
「かな」
「・・・・なに」
 
 カナは顔を上げずに答えた。
 
「愛してる」
 
 マサミはギュッとカナを抱きしめる。
 その強い力がカナの胸を押しつぶして息を吐き出させるほどに。
 
「・・・・・・ありがとう」
「おやすみ」
 
 もう一度ギュッとカナを抱きしめてマサミも目を閉じた。
 静かに息をするマサミの耳にユウジの歌声が戻ってくる・・・・
 
          妻には涙を見せないで・・・・
 
「かな、俺を許してくれるか」
「・・・・私はいつもあなたの味方だから、心配しないで」
「あぁ」
 
 窓の外遠く、教会の鐘が深夜1時を告げていた。
 カーテン越しに見える月の明かりが部屋にこぼれる。
 螺旋を描いてこぼれる蒼い光に、マサミはヒトの世界の月を思い出していた。
 
いつかあの世界へ・・・・
 
 了
 
 
 

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