猫耳少女と召使の物語@wiki保管庫(戎)

大陸道中膝栗毛 02

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大陸道中膝栗毛 二話



ヤナギさんが、なぜ一度置いていこうとしながらもわたしを拾ったのかというと、あのスケブの遠近法にいたく感動したから、らしい。
この世界にその概念が無いのか、ヤナギさんが知らないだけか、私が一通り説明すると感心したような声を上げていた。

街道沿いの岩に腰掛けたヤナギさんに今日も説明の続きをすると、それを実践するべく、早速綴られた紙束をひざの上に乗せて、筆でサラサラと景色を描き始めた。
サクちゃんはというと、とっくの昔に一人で街道沿いの森に遊びにいってしまった。
「サクちゃん、追いかけなくていいんですか」
「いつものことだからな」
とは三日前同じ状況になったときの会話である。
そういうわけで私もヤナギさんが座る石の隣に座り、スケブを広げ、貰った鉛筆を使い、スミレみたいなどっピンクの花をスケッチすることにする。

周りはひどくのどかな田園風景だ。遠くに山が見える。鳥のさえずりが聞こえる。合掌造りの家がその辺にニ、三軒あっても違和感無いぐらい。…いや、それよりちょっと西洋っぽいかな?
しかもヤナギさんやサクちゃんの格好が時代劇の旅人そのものだったり、ここまで二人以外のこの国の人を一切見ていないので、なんだかただ迷子になってしまっただけな気もしてきてしまうからどうにも困る。

こちらに来てから、あっという間に数日が経っていた。その間にわたしはこの世界のことを色々と知った。例えば、サクちゃんは男の子だけど女の子と同じ見た目をしているマダラという存在だとか。なるほどそれで二人には違いが。
それに加えて男女の違い、この世界のこと、魔法のこと、ヒトのこと…。
語り部はヤナギさん、話に色を添えるBGM(笑うところ)はサクちゃん。学校で授業を聞いているより、ずっと楽しい。知らない世界知るというのは。
…ここまで開き直れるまでは大変だったけど。

そして、それとは別に、知ったというよりも心の底から感じたことは。
サクちゃんはわたしがとても優しくなれる存在で、…ヤナギさんは、サクちゃんにもわたしにも、とても優しい。
…ヤナギさんの召使い兼絵の講師兼サクちゃんの遊び相手となった、最初の夜。
私が落ちてきたところがちょうどいい窪地だったので、今夜はここで野宿となった。
「野宿なんて初めてです!」
「これからはほぼ毎日外だからな、慣れろよ」
実は小学生の時のキャンプも、運悪く風邪をひいて行ってなかったりするので、野外で寝るのは本当に初めてだったりするのだ。わくわくする。
ここで寝ると決まると、サクちゃんはその辺の枝を拾い集め、枯れ葉を数枚のせて、ヤナギさんの荷物から何か紙のような物を取り出し、それを使って手際よく火をつけた。ここまで、約三分。
「うわ、すごい」
「リンも覚えるんだからな」
ヤナギさんがニタリと牙を見せて笑った…んだと思う。まだ獣そのものの顔に慣れないし、
なによりちょっと怖い。
「え、わ、わたしにできるでしょうか」
「できるよ!簡単だもの!」
ぱっと笑ったサクちゃんの笑顔は、とてつもなく私を癒やしてくれた。

ぱちぱちと、火のはぜる音がなんだか心地いい。うっとりと見つめていると、ヤナギさんが木の実の入った皿をよこしてきた。
「食いな、味は悪ぃが腹は膨らむぜ」
ありがとうございます、と小さく言って受け取った皿の中には、豆らしき物が入っていた。
…三粒だけ。
…仕方ないのだ、わたしは奴隷なんだから、と思いながらも諦めきれずに、ちらっと隣のサクちゃんを見ると、彼の皿にも同じだけしか入っていなかった。
「たべないの?」
と小首を傾げて聞いてくる。その様子に不自然なところはない。いつものことなんだろう。
いただきます、と呟いて、アーモンドみたいな形したソレを一つぱくりと食べる。
がり。
……。
「………うびゃああああ!?」
すごい。これは、やばい。例えるなら、まったりとしたそれでいてクセもある究極のまずさ!!そうかあれはこういう!!
あまりのまずさに悶える私の様子を見て、ヤナギさんとサクちゃんが私を指差してゲラゲラ笑った。そして私と同じように口に入れて、同じように悲鳴をあげた。私も笑ってやる。三人でそれをもう二回繰り返した。たった三粒だけど、確かにお腹いっぱいになった。
…いやでも、これさ、腹が膨れるっていうより、もう何も食べたくないに近いんじゃ…。
「いつもこんなん食べてるんですか?」
「料理めんどい時はな」
「今日はおこめがないし~」
…そりゃ飯めし言うわな…覚えよう、料理。
わたしは静かに決意した。
「そういや、お前さん歳はいくつなんだ?」
ヤナギさんはキセルをふかしながら言った。
「あ、17歳です、ハイ」
「…はァ?あ、あ、あーそーか…」
「おれと七つしかかわんないんだな!」
「あ、10歳なの?てかいや"しか"ってレベル…?え?」
「俺たちの寿命はンなもんだよ。おめぇらヒトよりゃずっと長い」
「へええ…え、サクちゃんはほんとに10歳なんですか?全然そうは見えないんですけど…」
「単に比較するなっつーの。ヒトの寿命は…80だっけか?それと比べりゃえーと…サクは三つ、俺は二十歳とちょっとってとこか」
「へー!」
そんな感じで、しばらくこの世界や国のことについて教えてもらいながら談笑していると、途中からうとうとしてきたサクちゃんは私の膝を枕にして眠ってしまった。
時折耳がピクピク動いて、しっぽがぱたんと揺れる。加えて天使の寝顔。
「うっわ、かわいい…」
そっと、茶色い髪を撫でる。ふわふわ。
「だろ。いつもは俺と二人旅だから、他の遊び相手ができて喜んでんだよ」
目一杯かわいがれよ。そう言って焚き火の向こう側からサクちゃんを見つめるヤナギさんの目は、…なんていうのかな、父親らしい慈愛に満ちていた。もろ狐顔でもわかるぐらいに。
そういえば、サクちゃんのお母さんはどうしているんだろう。どうして父と子だけで旅を?
聞きたかったが、まだそれを聞いてもいいほど親しい間柄ではないような気がしたので、何も言えなかった。何も言えなくなって、パチパチと燃える焚き火を見つめていた。
…お父さん、お母さん…か。
「お、おい、どした、リン」
わたしの様子がおかしいのに気付いたのか、炎の向こうからぎょっとしたような声が届く。
けれど、わたしはそれに答えられなかった。目に水の膜が張って、口を開けば聞くに堪えない嗚咽が漏れるであろうことはわかっていたから。
けれど。けれど。
「…な、なんでもな…です、ごめ、な、さ」
おかあさん。おとうさん。おにいちゃんおばあちゃんおじいちゃんいとこのみっちゃんさっちゃんたつにい、ともだちみんな―――もう、会えない。
突然の落下、狐と狐耳猫耳少年との邂逅、そして告げられた残酷な状況。
ああ、今まで忘れられていたのに。さっきからいろんなことが自分の身に起こりすぎて、何も考える余裕など無かったから。
でもいま、こうして静かな炎の前で何もすることが無くなったとき、心にゆとりができた瞬間。
最大限まで引いていた波が、怒涛の如く押し寄せて来たのだ。

もう、みんなに会えない。
わたしは、何もかも置いてきてしまったのだ。
今のわたしには、なにもない。
あ、やばい、と思ったときには遅かった。
「…う、うぇ…、ふっ…」
ぼろぼろ、ぼろぼろ、堰を切ってしまった涙は止まらなかった。
やばい、だめ、泣き止まないと涙がサクちゃんにこぼれてしまう。でも、この悲しさが止められない。今泣いてしまったら、サクちゃんが起きて、サクちゃんにも迷惑かけてしまう。
泣き止みます、ごめんなさい、でも苦しい。どうしたら。

次の瞬間、ひょいと膝の重みが消えて―――右肩にサクちゃんを抱えたヤナギさんが、わたしの右隣に座った。
「いいよ別に。泣きたいなら泣けよ。」
ぽん、と頭に手が乗せられる。あったかい。
「我慢すンな」
優しい声だった。
「…っひ、」
…あとは言うまでもない。わたしは家族や友達の名前を叫びながらわんわん泣いた。
その間、ヤナギさんは何も言わずにわたしの背中を撫で続けていてくれたのだ。あったかい、大きな手で。
あまつさえ、ハンカチとして自分の左肩を提供してくれたのだ。半ば抱き込むようにして体を揺らし、わたしを落ち着かせてくれる。少しケモノ臭いのはご愛嬌だ。
…何より、すごく落ち着いた。
わたしは、お父さんとも違う、お兄ちゃんとも違う、暖かくて安心する手を背中に感じながら眠りについた。

次の朝目覚めると、わたしはヤナギさんを枕にして寝ていた。…しかも大分際どいところ。
足の付け根、ってところだ。
「ぎゃっ」
妙な悲鳴で跳びすさったわたしに気がついたのか、ヤナギさんもゆっくり目を覚ました。
「…うあ、おはようさん」
「お、おはようございマス…」
寝起きの掠れ声がなんかちょっと色っぽい。のと合わせて、昨夜大分お世話になってしまった恥ずかしさからちょっとカタコトになってしった。
「っぶ」
不意にヤナギさんが吹き出した。
「リン、おめえすげえ不細工になってる」
「もっ!元々です!知ってます!昨日も見たでしょう!」
「いや、瞼真っ赤に腫れてるぜェ?」
「うぎゃあ」
一晩中泣いた後プラス寝起き。
…み、見ないでえええ…
「ッさー、今日も1日歩くぞー!おら、サク!顔洗いにいくぞ!」
「おー…ぐぅ」
「はら」
「ま、いいか、行くぞリンー」
「は、はあい…」
なるべく両手で顔を隠して歩いていたら、振り向いたヤナギさんに爆笑された。
焚き火から100メートルほど歩いたところにあった湧水で顔を洗い、水筒に水をくみ、ヤナギさん曰わく「大分マシになった」顔を晒して焚き火あとまで戻り、もう一度火をおこして汲んできた水をわかして、白湯を飲んだ。
「…おいし~、なごむ~…」
ふーっと大きく息をつくと、ヤナギさんが怪訝そうな声で聞いてきた。
ちなみにサクちゃんはヤナギさんの膝の上で同じように白湯を飲んでいる。
「まァ白湯はうまいがそこまでとろけるかァ?」
「いえあの、向こうにいたときはこんなのんびりとした朝を味わったことあんまり無かったんで…」
あ。しまった。昨日あんなに泣いたばっかりだというのに。「向こう」のいつもの朝を思い出してまた鼻の奥がツーンと…。
うつむいて嗚咽をひとつ飲み込んだとき、「リン」と静かに呼ばれて「はい」と返事しながら顔を上げれば…
ピン、と口に放り込まれたアーモンド的なアレ。…がり。あ、思わず噛んでしまった。
「うがあああああああ」
完璧不意打ちで味に対する姿勢が全く整っていなかった私がまずさにのたうちまわるのを、二人がまたゲラゲラ笑いながら見ていた。おかげで涙は収まったが。
そして三人で夕食と全く同じメニューを朝食として食した。悶えながら。

豆を食べ終わると、ヤナギさんが木の枝を拾いながらわたしをちょいちょいと手招きした。
「リーン、ちょっとこっちゃこい、座れ」
「はい」
ヤナギさんの左側へ座ると、彼は地面に木の枝でなにか描いていた。…なんだろうこれ?あえて表現するなら、二切れぐらいとったあとのホールケーキのような…。 首をかしげていると、ヤナギさんがその絵を枝で指しながら説明を始めた。
「これはこの世界の地図な。扇の大陸だ。
いいか?今いるのがココ、狐耳国を抜けたところな。これから市場のある町を目指す。食い物と、あとお前さんに必要なものも買わなきゃいけねえからな。
ンで、この辺を通って西へ、猫の国へ行く。やっぱ買い物ったら猫の国だからな」
あ、わたし売られないんだよかった。とか、わたしになんか買ってくれるんだ。とか、咥えたキセルがしゃべるたびにぴこぴこ動くのがかわいいとか思ったけど、それより気になることがひとつ…
「…猫ってあれですか、耳が三角で尖ってて目がくりくりしててにゃーと鳴く」
「それ以外にどの猫がいるってんでェ」
「きゃー!!素敵!!!」
思わず立ち上がりながら叫ぶと、驚いた二人がビクッと震えた。
「あ、…ごめんなさい…」
ちょっと気まずくなりつつそろそろとしゃがみなおしたが、わたしの頭の中はにゃんこでいっぱいだ。
猫の国。猫の国かあウフフ。
ヤナギさんは狐である。二足歩行だし私より背は高いし指は五本あるけど、どこからどう見ても狐だ。たとえるなら鳥獣戯画みたいな感じ。服は着てるけど。
そして、女性は大体サクちゃんのような姿をしているというし。つまりヒト女性on猫耳猫尻尾。
で、そんな感じで猫がたっくさんいる国…
「…ゆ、夢の楽園か…」
「何言ってんだお前。いいか覚えとけ、猫のやつらは怖ェぞ?商売しか頭にねェ奴らがうようよいるんだ。…とにかく気をつけろ。で、次だ次。」
「あ、はい」
「まずお前の服を買おうと思う。その服だと悪目立ちするからな」
その服、とは学校の制服であるセーラー服だ。
「はぁ」
「それでだが」
そこでヤナギさんは一度、サクちゃんという幼い子には見せたくないぐらい(つまり教育上大変よろしくない)悪い顔をしていやらしく舌なめずりをした。え、なんですか。
「できればその服売らせてくれ」
「せっ、セーラー売れるんですか!?」
現役女子高生(残念ながらイコールかわいい女の子ではないけど)のセーラー買う奴とかどんだけ変態だよ!と思ったが、
「だってそれ向こうのモンだろ?落ち物として売りゃ大分高値がつくぜ」
ああなるほど。…でも、このセーラーには思い入れがある。
初めて袖を通した時の喜び…二年間の思い出。だけど、こっちでは悪目立ちするというし、なにより動きづらい。…それにもし帰れたとしたならまた買ってもらえばいいわけだし…
「…うっ、売ります!」
…向こうの思い出を身に着けていると辛い、という部分もある。これでわたしの気持ちを少しでも昇華できたらいいな、という気持ちも込め…
「いやっほォーい!!サク!!肉が食えるぜぇぇえ!!」
「てやんでーい!やったなとうちゃん!!」
いえーい、と両手でハイタッチする二人が超かわいい。わたしはこみ上げる何かをぐっと飲み込んだ。萌え、という気持ちだったかもしれない。
「とにかく第一目標は猫の国だが。その後…どうする?」
「え?」
「いや、だからどうする?」
いやそんなんわたしに言われても。
「…この旅目的無いんですか?」
「無い」
きっぱり言われてしまった。まじですか。
「でもとうちゃん絵ばっかかいてるよー」
「まァ敢えて言うなりゃそれだな。だから、どこか行きたいところはねえか?連れてってやるよ、どこでも」
…多分、微笑んでいるであろうその顔に。その、あの、…すごく、ときめいてしまったんです。
いやもう狐ヅラとかどうでもよくなるぐらい。
「…喪女にそんな優しく笑いかけたらいかんて…」
「あ?なんだって?」
「い、いや、なんでもないです。というかわたしどこに何があるとか知りません」
「山とか海とかそういうのでいいよ。なんかねえか」
「おれどこでもいいー」
「俺もー」
サクちゃんの真似をしてそういうヤナギさんに思わず笑ってしまった。
「…えっと、じゃあ、」
「おう」
そっと浮かんだのは…女の子なら、一度は憧れると思う、アレ。いや17にもなってなに言ってんだわたし。
「…う、やっぱなんでもな」
「おいこら言え」
「うぐぐ…」
「いえいえー」
「うぐぐぐぐ…」
口にするのが、若干、というか大分恥ずかしいが。
「…あ、あたり一面、お花畑…みたいなとこって、あります?」
二人はきょとんとした。うわほらやっぱ恥ずかしいぃぃい!!
「それならどこにでもあるよ!」
返ってきた答えは、意外なモノだった。絶対笑われると思ったのに…。
「ああ、流石に犬の国や蛇の国はわからねえが、この辺ならなあ」
「リンねーちゃんも、あれきれいっておもうか!?
とうちゃんな、いつでもみれる、っていつもとおりすぎちゃうの!」
そう言ってきゃっきゃとはしゃぐサクちゃんは最高に可愛かったし、ヤナギさんも馬鹿にするなんて事はせずに「それじゃ行きがてら適当に寄るか。あとのことはあっち着いてからって事で」なんて言ってくれて、ああ、勇気出して言ってみてよかったと思う。
「じゃ、出るぞ」
「はーい!」
「はい」
ヤナギさんが荷物を背負お…うとしてやめた。
「やっべ、大事なこと忘れてた。なんかあったかな…」
がちゃんごとんと、荷物(櫃とか言っていた)をひっくり返して…あーあーあー見てられない!
最終的に荷物を全部ひっくり返して、お目当てのモノは見つかったらしい。
「おっ、あった!」
「とうちゃんきたねー」
「父ちゃんが汚えみたいだろそれ。…リン、いっぺんそっちむいてろ」
「あ、はい」
くるりと振り返ると、首元になんか感触…って、つめてー!
「うびゃっ!?な、なんですか!?」
「まあまァいーから…よっ、とっ、と」
…何かわたしの首に巻いているらしい。邪魔かなと思いポニーテールを少し持ち上げた。首の後ろでなにかこちょこちょやっているのがたまらなくこそばゆい。
「うは、ははは、やだくすぐったいですー」
「だからちっと黙ってろって…~、…うん、できた、いいぞ」
回れ右ー、となんか体育みたいノリで言われたので、律儀に綺麗な回れ右をする。
気をつけーぇぴっ。
触ってみると、何かコロコロしていた。まるで真珠のネックレスみたいだ。
「ああ、それ、水晶の数珠な。…ヒトってなーな、"飼われてる"時はその目印として首輪しなきゃいけねえ決まりなんだ。ホントは皮がいいらしいんだがよ、あいにく持ち合わせてねぇし、その方が魔除けもあっていいだろ。まあとにかく外すなよ」
く、首輪代わりに数珠ですか。そのセンスに脱帽した。
しかしまあ、首輪とは…。最初はわけもわからないまま自分から懇願したとはいえ、ほんとのほんと、正真正銘の召使いになってしまったという感じだ。
…でも、だけど、別にいいかなと思ってしまう自分もいた。
だって、この人たちは、ほんとのほんとに優しい。一晩という短期間でわかってしまった。
感じてしまった。
…わたしは、この親子が、好きだ。
「…精神誠意、お勤めさせていただきます」
「…ああ、よろs」
「たのむよ!!」
「…サクゥう~…」
がっくりと肩を落とすキツネと右手を挙げてにこにこしているケモ耳ショタという対比が面白かったので、声に出して思い切り笑ってやった。
さあ、出発だ。

そんなわけで、四日目の今日。のどかな昼下がりに、わたしは驚くほどのんびりしている。
あの夜の後も不意に泣きたくなってめそめそしたとき、ヤナギさんはいやな顔もせずに、何度か肩を提供してくれた。うざがられている雰囲気も無い。サクちゃんもなんだかすっかり懐いてくれて、私としては本当快適な毎日である。
不意にぱたんと画帳を閉じたヤナギさんが空を見上げた。
「そろそろ出るか」
「はい」
ヤナギさんは森に向かってサクー、と一度だけ呼びかけて、荷物の中に画帳をしまいこんだ。
わたしも描き上がったスミレをざっと見直し、スケッチブックを閉じて鉛筆をしまった。
「ま、今出れば…明日の夕方には、街に着くな」
「わかりました」
そのときサクちゃんが森から出てきて一直線にわたしの元へ走ってきたので抱きとめて、尻尾についていた葉っぱを取る。サクちゃんは一度大きく身震いして、私の左手を握った。
「ねーちゃん、いこう?」
「うん」
先に歩き出していたヤナギさんの背中を小走りで追いかける。

ああなんか本当に、これはこれで幸せだ。


二話・終

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