猫耳少女と召使の物語@wiki保管庫(戎)

探偵にゃんこーの厄日05

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匿名ユーザー

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探偵にゃんこーの厄日 ~あふたーでぃず~

 

課題:お前はもっとゆるくなれ。

 

 

「おはよう、ご主人」

 

「ああ、おはよぅ」

 

ふぁあ、と大きなあくびをする。

昨日はいかんせん夜更かしをしすぎた。

 

仕事関係の報告書をまとめていたのだ、口頭で説明もしなければいけないが、

いかんせんそれだけだと説明しずらい部分も多い。

 

探偵だけで食っていたころはそれほど報告に難儀することも

なかったんだが、今回の依頼人は他ならぬ領主様だ。

 

探偵としての名声が広まった、と考えると良いことではあるのだが、

実際の所、公的な立場の人間からの依頼が大半であり、民間の協力者という名の

軍属帰還に近しい辺りが頭が痛いところだ。

 

 

それが嫌で私立探偵になったのだが、まあ仕方ないか。

 

ばれたものは仕方ない、仕方ないものは仕方ない、人生は諦めが肝心だ、日々これ厄日

そもそも人生なんて思い道理にならないものなのだろう。

 

それにまあ、収入が増えるのはよい事ではある。

守るものもできたしな。

 

朝食は普通に、目玉焼きとベーコンと野菜スープとパンというシンプルなものではあるが、旨い。

 

「夜更かしは体に悪い」

「お前もな」

 

渡されたコーヒーを受け取りながら、そう受け答える、

朝のコーヒーは薄め、一度言った好みは確実に守る辺りがらしいなと思う。

 

本当、これで愛想があれば文句なんてないのだが。

 

「・・・わかる?」

 

「顔にソファーの縫い目のあとがくっきり付いているぞ、後寝癖を直せ」

 

跡のついた頬を撫でながら、いい訳めいた言い方をする召使。

滅多に隙を見せないこいつが時々する、こういうばつの悪そうな表情は嫌いではない。

人間味があるのはいい事だ、なんでもそつなくこなすよりもずっといい。

 

 

もっと馴れ合って駄目になればいい、そっちのほうが付き合いやすいというものだ。

 

「コートがほつれてたから直そうと思ったのだけど、なかなか終わらなくて」

 

「お前縫い物苦手だものな」

 

「針が苦手なんだよね、先端恐怖症ってわけじゃないんだけど」

 

「包丁を使う作業もずいぶん手間取ってるからな」

 

大抵の作業をやたらテキパキとこなすこいつにしては珍しいほど、

そういう作業ではもたもたとしている印象があった。

 

本人が気丈なせいで忘れがちだが、少女には少し過激な体験をしているのだ。

というかしゃれでもなんでもなく死に掛けたのだ。

魚の開きにはされなかったが、それでも三ヶ月ほどベッドの上で生活してた訳だ

普通にトラウマものだよな。

 

 

想起するようなものは身の回りにおいておかないほうがいいのかもしれない。

 

そんなことを真剣に考えていたら、右頬に強い違和感を感じた。別に異常ではない

見なくても原因は予測できる。理由はよくわからないが。

 

犯人は言うまでもなく、いつものこいつだった。

 

「なぜひげをひっぱる」

 

「また真剣な顔をしてたから」

 

真剣な表情をすることと俺のひげを引っ張ることとの間にどんな因果関係が?

 

「俺はいつも真剣な顔をしてるだろう、そっちのほうがハンサムだからな」

 

「40ぐらいのおっさんみたいにふてぶてしくだるそうな顔をしてるほうがらしい」

 

「どういう意味だ其れは」

 

「いつもの顔」

 

「うわー、はらたつ」

 

いたずらっぽく笑う召使、まあいいか。

辛気臭い顔をしてるよりは、そっちのほうが本人にとっても心地よいのだろう

ならばいいか。そう思う。

 

こいつがコチラ側に落ちてきて、もうすぐ一年が経とうとしている。

最初にあった不慣れさも無くなり、仕事にも慣れてきている。

何が問題かと言えば、まさしくそつなくこなせるようになったことこそが問題で、どうも事務的で宜しくない。

完璧主義的なのは落ちてきた当時からで、環境の慣れが手伝ってそれが加速している感がある。

 

外見+技術÷年齢=召使の値段

 

簡単に計算して、こいつを売ってしまえば30年前後は贅沢三昧遊び三昧で過ごせる。

そういうレベルの、上等な召使になってしまっているのだ。

 

まあもちろん、売り払う気なんて欠片も無いのだが。

 

 

 

成長といえば成長なのかもしれない。

 

この世界に適応していると言えば、そうなのかもしれないが。

 

整ってはいるが、表情の動かない顔を見ていると、連想するものがある。

 

卵。

 

いや違うな。

 

殻。

 

そう、殻に篭っているような。

自分を閉じ込めているように感じられるのだ。

 

そもそも、コイツにはなんとなく人を心配させる部分がある。

 

感情を抑えるのは人間の世界に居た頃からの癖のようなものらしいが、どんな環境で暮らしてきたんだか。

 

痛くても痛いと言わない、本当に押しつぶされるまで自分の心の中に押し込めておく。

 

黙って死ぬタイプの女。

 

だからなんだろうか、いつの間にかなんとなく目を離せなくなる。

 

この距離を何とかするためには、俺は何をするべきだろうか

 

まずはもうちょっと一緒の時間を過ごすべきだろう。

 

休養中にはまあ色々したりちょっかいかけたりすることができたが、

それ以降は仕事を再開したこともあってあまりかかわりを持てていなかった。

 

そういうのって犬っぽいって?俺もそう思うわ。

 

猫なんだけどなあ、俺。

 

 

時間は過ぎて昼下がり

場所は商店街、買出しの手伝いだ。

普段はそんなことをしないんだが、

 

犬達を衛兵として雇用するというメリーの政策はつつがなく進行しているようで、もうこの町の顔のひとつとして定着しつつある。

 

雑種区でひたすらに犯罪を生み出す機械と化していたイヌたちを、逆に法を守る立場に立たせる。

 

治安を回復させ、義理堅いイヌ達に恩を売り、ついでに蛇の道を知るものを法治の側に取り込むことが出来るというのは、大きい。

この街の夜をも手にしたといっても過言ではないのだろう。

 

新領主はヒト狂いという欠点を除けは恐ろしいほどに有能な女なのだ。

 

素顔を知ってると本当にあれで大丈夫かと心配になってしまうが。

 

動機はすさまじく自己中心的なものだったが、この街がアイツに買い取られたのは正解と言えば正解だったのだろうと、そんなことを思う。

 

貴族にも色々いるものだと思う、どっかのボンクラボンボンだったらもっとひどい町にしていただろうし。

 

以前の領主も頑張ってはいたが、堅実なタイプで新しい何かに手を出すのは苦手なタイプだったから、ある意味今のナンバー2の地位が一番向いているの

 

才能の有る奴というのはなんでこう、全体的に能力値が適当に振られているのだろう。

まあ、才色兼備、いつも正しくてやさしい領主様、なんて怪しいにも程が有るし、それはそれでいいのかもしれないが。

 

それはいいことなんだが、ヒト奴隷に最敬礼するイヌという図はものすごく違和感があるというか敬礼されている本人もすこぶる居心地悪そうにしている。

 

まあ間違いなく恩人なんだが、そいつはお前らの恩人なんだが。

 

イヌのプライドが云々とか、ネコに頭を下げられるかとか吼えてたお前らはどこに行ったんだと思う。

 

まあこいつらが見張っているからこそ、こいつを安心して出かけさせれる訳で、有難い存在なのは間違いのないところなのだが。なんか奇妙な感じがしてならない。

 

俺の頭が固いだけなのか、そうなのかもしれないな。

そもそも知能的には大して変わらないのはずっと前からわかっているのだ、肉体的な弱さだけで不当に扱われている現状はどうにもならないにしても、それを感じさせない環境を作れるなら、それは何かの救いにはなるのだろう。

 

 

そんなことを考えながら買い物を済ませていく。

 

買い込んだのは今日の夕御飯の材料、そして野菜室に突っ込んでおく用の根菜類、本人曰く、痛みづらい根菜類は買い込んでおくと便利で、彼女の故郷では常備しておくものであったらしい。

そもそも草なんぞ滅多に食わないネコとしては、文化のちがいなのだなあと思わざるを得ない。基本草の類は体調が悪くなった時に食うもの、というのがネコイヌの認識に近い。

ウサギとかは草や根っこを味付けてよく食べるが、料理といえばやっぱり肉、魚、肉、そして肉だ。

 

こんなウサギみたいなもん食えるかよ。

 

そんな文句をたれながら食べたコイツの料理は、いやしかし実際滋味深くて。

 

なんか文化国として敗北した気分になった覚えがある、真のライバルはイヌではなくヒトだったのか。

異世界人ぱねえ、などと改めてヒト共の世界の文化的なレベルの高さに驚きを感じた。

 

時間はいたずらに過ぎ去り、気がついたら影が東に大きく伸び始めている。

思いのほか重くなった買い物袋に、妙な達成感を感じないでもないが、それと比例して俺は焦り始めていた。

 

いかん、こんな調子だとなんの成果も上げられないまま一日が過ぎてしまう。

 

元々、手伝いが目的ではなくギクシャクした関係を改善するのが目的なのだ、最低限でもクリアするべき課題と目算ぐらい立てないと、非効率的なことこの上ない。

 

 

 

「あらー、アキちゃん今日はご主人様と一緒なのねー」

 

えらいわねー、と召使の頭を撫でるマダラのおばさん。

 

アキって誰だ、と一瞬思う。ああ、そういえば召使の名前かと想起するのにしばらく時間がかかった。晃子、うちのヒトの名前だ。基本名前で呼ばない性でぜんぜん俺の中で定着しない。

 

俺の知らないところで俺のなれない名前で呼ばれるこいつを見るのは新鮮だ。

 

子ども扱いに戸惑い半分怒り半分、でも逆らえないおばちゃんパワーとかに負けて曖昧な愛想笑いを見せている俺の召使を見るに、ずいぶん子供っぽいというか、年相応の表情も出来るんだな、なんて思う。

 

家ではほとんど見せることのなくなった表情。

 

ひょっとしなくても俺と居ると緊張する系のアレだったりするのか。

 

なんだこの妙な疎外感は。

 

面白くないぞ、そう子供のように思う。

 

 

 

ちょっと強引に召使の手を握って歩き出す。

おばちゃんは残念そうに

「あらー、今日は急いでるのねー、またねアキコちゃーん」

 

などと手を振っていた。

 

 

「あーえっと、ご主人?」

 

「なんだよ?」

 

「手、えっと」

 

「召使の手を握って悪いか」

 

「いや、嫌とかじゃないんですが」

 

「なんだよ」

 

「えーっと、なんか照れますね、こういうの」

 

「・・・・まあな」

 

しばらくそのまま街を歩いて、商店街を離れたあたりでお互いにそんなことを話し始める。

 

 

なんだこれ。

 

まだにゃーとなく子猫時代のような甘ったるい空気はなんだ。

 

なんか違うだろう。

 

俺はいい歳をした(150歳だ)やさぐれくたびれた灰色ネコで、もっとこう、良くも悪くも世慣れしていなければならない筈なんだが。

 

こいつと居るとどうも調子が狂って困る。

 

「なんでにやにやしてるんですか、ご主人」

 

「いや、なんでだろうな、俺が知りてえ」

 

「そろそろ離して下さいよ、ねえ」

 

「それは断る」

 

「むぅ」

 

 

 

しかし不思議と嫌な気分ではない、むしろ上機嫌だった。

 

 

俺はこいつの手を引いて歩いた。こいつはそれを拒絶せず、少し恥ずかしそうに、でもどこか嬉しそうにしていた。

 

別に俺を拒絶しているわけではなく、むしろ逆で。

 

ほっとしたような、むずがゆいような。

 

そんな気持ちをもてあそんで居るうちに、こいつの「固さ」の理由がなんとなく分かった。

 

 

何のことはない、こいつとの間に壁を作っていたのは俺の方だったのだ。

 

「ネコ」も「ヒト」も結局俺が、そしてひょっとしたらこいつが勝手に作った壁でしかなかったのだろう。

壁なんて最初からなかった、手を伸ばせば届く距離に居る「じぶんでないだれか」でしかなかったのだ。

 

ヒトなんだから守ってやらなきゃいけない、ヒトなんだから無理をさせちゃいけない。

ヒトなんだからもっとこうあるべきで、ヒトに対してはこんなことはしてはいけない

 

ネコなんだからこうあるべきで、ネコなんだからこれはいけなくて、ネコなんだからこれはするべきで、ネコなんだから・・・

 

気がつけば、そういう下敷きの上で行動している俺がいて、多分その不自然さがコイツにも伝染してしまっていたのだ。

 

 

「この世界において褒められる関係」をイメージしていたのは俺で。

 

「この世界において褒められる関係」を演じようとしていたのがこいつだったのだ。

 

あの硬さの裏にあるのはそういうこいつの「生真面目さ」で「褒めてほしい、好いてほしい気持ち」でもあったのだろうと思う。

 

 

 

 

「帰るぞ、アキコ」

 

「え?」

 

「どうかしたか」

 

「名前」

 

「名前を呼ぶのは可笑しいか」

 

「いえ、まんざらじゃないですけどね」

 

「そりゃよかった」

 

 

「・・・まあ俺もまんざらじゃない気分だよ」

 

 

へへへ、なんて照れ笑いをするアキコの表情には、朝の硬さはなかった。

 

我ながらぎこちないな、と思いはするが、お互いこうやって「当たり前の日々」を取り戻していくのもそう悪くは無いのかもしれない、そう、思う。

 

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