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介護する日常

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匿名ユーザー

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  • ユーザー名

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  • 質問のタイトル

介護する日常

  • 質問の内容

同居する痴呆の祖父の介護で、両親も自分も肉体的・精神的にまいりそうになります。なるべく最近の本で似たような体験が描かれている本はありますか?

  • 質問のジャンル

文学

  • おすすめする本(タイトル/著者/出版社)

介護入門/モブ・ノリオ/文藝春秋

  • 書評

今回おすすめする『介護入門』が芥川賞を受賞しているという事実は、日本の文壇に対して希望が持てる気にさせてくれました。

祖母の介護に日々励む大麻中毒の無職青年の独白でつづられています。叩きつけるような熱さと、どこか醒めた視線が改行の少ない文で書かれ、「YOFUCKIN」「朋輩」「ha,ha」というラップのような独特のリズムのなかで強烈な力をもっています。実の子供でありながら母の介護を全くしない叔母に、被介護者に誠意ある介護をしないヘルパーに、介護の中で感じられる喜びを無視して『介護地獄』をほざくマスコミに対して、「俺」は容赦なく、「終わってる」と表現します。

私自身、痴呆の祖母と同居していました。父方の祖母でしたが、嫁である母がヘルパーの方と一緒に毎日くたくたになりながら介護をしていました。そしてまさにこの本に描かれているように、実の娘である叔母は最期まで家を訪れることなく、遠巻きに我が家を眺めていました。親戚関係がゆがんでいったり、祖母のことを嫌いになりそうになる自分に対し自己嫌悪に陥ったり、日中は学校にのうのうと行っている自分の自己愛に吐き気がするほど嫌気がさしたり、とにかくいろいろなことを毎日考えていました。

そんな私が最も深く揺さぶられたのは次の文です。「寧ろ血は、遠きにありし者に近きを錯覚せしむる。」

血がつながっているからといって分かり合えるわけでもないし、「血縁という〈物語〉」から離れても新しい物語は構築できるということを現実のレベルで実感していた私は、救われる思いがしました。

介護する側の心理が終始同じエネルギーで書かれ、読む側にもエネルギーが必要ですが、「俺」の群を抜いた感受性は胸に迫るものがあります。



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