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夜間飛行~予感・その1~


2006年,4月10日 雪魅町

「靖子~、起きなさいよ~」
「んん…」

下の階から呼ぶ母の声に、上条靖子(かみじょう やすこ)は眠気で霞んでいる目を擦りながら起き上がる。
今日から新学期、今日から靖子は六年生になる。
のそのそとベッドから降りると、前の日の夜に用意していた服に着替え、スリッパを履くと1階に降りていった。

「おはよう、ママ」
「おはよう、靖子…ほら、早く顔を洗ってらっしゃい?」
「はーい…」

まだ寝ぼけた顔をしている靖子に、母の千鶴子(ちづこ)はクスクス笑いながらそう促す。
それに促され、靖子は少し覚束ない足取りで洗面所へ向かった。

「…そう、靖子も今年で12歳…もう、そんなに経ったのね…あの日から」

靖子が洗面所に向かったのを見ると、千鶴子は小さく呟いた。

■■■

「あ、パパ。おはよう」
「ん?あぁ、靖子…おはよう」

顔を洗ってリビングに戻ると、父の俊哉(しゅんや)がソファに座ってニュースを眺めていた。
朝の挨拶をすると、靖子は母のいるキッチンのほうへ目を向ける。
すると、靖子と目が合った千鶴子は靖子に手招きをしてみせる。
靖子は、それに誘われるままに母の元へ寄った。
近づいてきた靖子に、千鶴子はにっこり微笑んでエプロンのポケットから桜色の小さな袋を取り出し、靖子に差し出す。
それを靖子は、不思議そうな顔で受け取り、千鶴子の顔に視線を向けた。

「ママ、これ何?」
「あけてみていいのよ?」

そういわれると、靖子はそっとその袋を開ける。

「あ!新しいピンだ…!」
「そう、今日で6年生でしょ?だから、新しいのをあげるわね」

袋の中に入っていたのは、いつも前髪をピンで留めている靖子にと、千鶴子が用意していた真新しいヘアピンだった。包みだった袋と同じ、桜色の蝶の飾りが施されている。

「ありがとう、ママ!」
「どういたしまして。ほら、付けてあげるわ」

嬉しそうに笑う靖子の顔を見て千鶴子も微笑むと、そのピンを靖子から受け取り、靖子の前髪を手櫛で整え、ピンで前髪を留めてやる。

「似合う?」
「えぇ、似合うわよ!ほら、そろそろ座ってご飯食べましょうか。サトちゃんが来ちゃうわよ?」
「ぁ、ほんとだ!」

時計を見ると、靖子は急いで椅子に座って朝食を食べ始める。サトちゃんこと幼馴染の刑部理子(おさかべ さとこ)が玄関に迎えに来るまでに、朝食を食べ終わらないといけない。

「ほらほら、ちゃんと口元拭かなきゃ!」

千鶴子の声と、玄関のチャイムが鳴ったのはほぼ同時だった。

■■■

「おはよう、やすちゃん…あれ?ピン、新しくなった?」
「おはよう、サトちゃん。そうなんだ、ママが新たしいのくれたの!」

ランドセルを背負い、玄関の前で待っていた理子は、靖子のちょっとした変化もすぐに見つけて反応してきた。
それに、靖子は笑いながら答える。

「へー、可愛いね!」
「あはは、ありがと!」

見送る千鶴子に二人で手を振ると、学校への道のりを二人で歩き出した。
登校時間とあって、通学路には同じ学年の生徒だけでなく、低学年の生徒の姿もいくつか見受けられた。

「同じクラスだといいね~」
「そうだね、5年間離れたことないもんね」

二人が通う雪魅町立南小学校は、南の地区の子供だけでなく、西や東の雪魅川に地区を二分されている地区の南側に住んでいる子供も通っているため、生徒数はそれなりに多い。
そのため、一学年4クラスほどある。靖子と理子は、入学してからずっとクラス替えでばらばらになったことがなかった。

「そういえば、また北と中央の地区で人が死んじゃったんだって」
「えぇ…怖いね、変な人が殺してるって本当かなぁ?」
「いやだよね、中央の地区に出かけるの怖くなるよ…」

最近、雪魅町では変死が相次いでいる。
殺人なのか、事故なのかまったくわかっていないうえ、「変質者が殺して回っている」という噂まで立っていて、雪魅町の親御たちは常に神経を尖らせている状態だ。
北の地区にある、雪魅町立北小学校の生徒が被害者に多いらしく、北小では集団登下校が行われているらしい。

「北小の子、最近こっちに遊びに来ないもんね」
「そりゃそうだよやすちゃん、お父さんたちが出してくれないって言ってたよ」

そうこう話をしているうちに、二人は南小の昇降口までやってきていた。
6年生の下駄箱へいき、自分の名前と番号が書かれた場所に外靴を入れる。

「6年生の教室って、三階だっけ?」
「そうだよ~」

二人は階段を上り、三階の掲示板の前で一度立ち止まる。
此処で、新学年のクラスが張り出されているのだ。
二人は目を皿のようにしながら自分たちの名前を探す。

「ぁ!あった!B組」
「ほんと?…あ、サトちゃん。私もBだよ!」

二人は顔を見合わせ、にこりと笑うとB組の教室へ向かった。
教室の戸を開くと、クラスの半分ほどがもう自分の席に着いていた。
何人か、顔見知りがいる。
二人は、その顔見知りに手を振ったりしながら一度自分の席に着いて、ランドセルを置くと、二人は窓際の壁にもたれ掛かりながら他愛もない会話をする。
しばらくすると、始業のチャイムが鳴り響き、教室に担任が入ってくる。
そうすると、クラスのあちこちに散らばっていた生徒たちは、蜘蛛の子を散らすように自分の席へと戻っていく。
それを見ると、担任はクラスの点呼を取り始め、次いで始業式のためにクラスの全員は廊下に男女に別れて番号順に並んで、体育館へ向かう。
始業式の途中、長い校長先生のお話を聞きながら、靖子は小さくあくびを漏らした。
その途端…

(え?)

ふらりと足元がゆれたように感じたときには、靖子は体育館の床に倒れこみ、そのまま意識を手放してしまった。
最終更新:2009年09月17日 14:56