薬師寺天膳プロローグSS「薬師寺天膳・その華麗なる死に様」


「ヒャッ……やめ」

希望崎の森の中、今日も今日とてお馴染みの光景が繰り広げられている。幼気な少女の身に触手が絡みつき、全身を弄ばんとしている。知的な印象を与える少女であるが、目を引くのはその胸、豊満。その乳房の周囲を触手が締め上げるようにするとさらにその大きさは強調され、少女は苦痛と嫌悪、そしてわずかに快楽の混じった声をあげる。

「ふうっ……いやあ」

少女――大棟哀はなんとか触手から逃れようと身を捩るも、ますます強く肉に食い込んでゆく。とある一件から人間より触手に好意を抱く彼女ではあるが、だからといってこれは無い。貞操を守るため、必死に逃れようとする。ポケットのスタンガンも手を縛られた状態では使えない。「アレ」を使う決意を半ば固めようとする、そんなときであった。

「これはこれは、なんとも不埒な生き物よの」

哀の声以外には音の無かったその場に、彼女とは別な人の声が響いた。低く、太い声である。ハッとして視線を上げた哀の目に飛び込んだのは、背の高い人影。そして次の瞬間。

「疾ッ!」

一瞬の内に幾筋もの剣閃が、哀に絡みつく触手をバラバラに切り裂いたのである。突然触手から開放され、前のめりに倒れる哀をその人物が支える。

「おっと危ない」

「……」

哀を支えたその手は、豊満な乳房を不自然に抑えていた。

✝✝✝✝✝

「ワシは薬師寺天膳、修行のため諸国を渡り歩いておる身での、この森に立ち寄ったらそなたの声が聞こえたのじゃ」

「あ、ありがとうございました。助けていただいて」

薬師寺天膳――そう名乗る男は見るからに怪しい風体をしていた。袴姿で太刀を履き、髪も横でなんかピョロリと跳ねている。
 しかしその程度の不審者は希望崎には溢れている。決定的に不気味なのは、彼が纏う雰囲気そのものであろう。彼の顔立ちは美男子と呼ぶに相応しいものである。しかし、三十がらみと思われるのに土気色の肌には死にかけの老人より生気に乏しく、死体が歩いているかのようだ。その不気味さは、彼の容貌の美しさを打ち消して余りある。秀麗な顔に浮かぶ笑みも、なんとも醜悪なものに思われた。

「本当に、ありがとうございました……それでは私はこれで」

「待たれよ」

恩人に根拠も無しに嫌悪感を抱いてしまう自分を責めつつも、この男から離れたいという気持ちに勝てず再度礼を述べて立ち去ろうとする哀を天膳は呼び止める。

「は、はい……?」

「主は、犯されそうになっているところを儂に救われた。そうじゃな?」

恩着せがましく言いながら、天膳は嗤う。

「そ……そうですね」

「つまり、主は儂がいなければ犯されていた身……儂にはそなたを犯す資格がある。そうであろう」

「えっ、ああっ!」

触手を斬り裂いた白刃が、今度は哀の胸を走る。一瞬のうちにブレザー、ブラウス、そして豊満を包むブラジャーが斬り裂かれ宙を舞う。制服の胸に空いた穴からこぼれ落ちる乳房は、着衣の上からの印象以上に豊満であった。
 一瞬呆然とした後、哀は乳房をさっと手で隠しポケットからスタンガンを抜く。が、天膳がすかさず刀の峰で払うとそれは哀の手を離れ、地面に落ちた。

「あっ……!」

「ふっふっふ……この時代の娘は物騒じゃの、しかし」

天膳はさっと哀に足払いをかけ、大地に押し倒した。地面に刀を突き立て、胸を隠していた手を掴んでぐいっとそこから離す。

「おうおう、これほどの乳房にはそうお目にかかれんわい」

寝そべった姿勢にもかかわらず、哀の豊満は重力に負けず美しい形を保っている。その頂きは全体の大きさにそぐわず小さく、薄桃色の気品ある佇まいであった。天膳はいやらしさに溢れる笑みを浮かべると、その豊満に、やはり死人のような指を這わせた。

「あっ……ああん! ひゃっあ」

「ククク……初心な反応じゃの、そなたおぼこか?」

何度もセクハラの対象となり、コンプレックスだった自身の豊満を今男の指が直に揉みしだいている。哀の心を恐怖と嫌悪感が支配していた。しかし、すぐに様子が変わってくる。

「ううん……や、ああ」

その声に喘ぎめいたものが混ざり始めたのである。薬師寺天膳、彼は触手でもレイプ能力者でもない。しかしその六百年近い人生で、揉んだ乳房は幾十万、有象無象の触手やレイパーでは到底辿りつけぬ領域に、彼の性技は到達していた。哀の息は荒くなり、上品な乳頭が固く尖る。スカートと下着に守られた秘めやかな場所は、湿潤な状態にあった。そんな哀の反応に天膳の笑みはますます邪悪さを増す。

「ん~? 乳房が熱うなってきたではないか、そろそろ伊賀の精をお注ぎ申すかのう?」

天膳のその言葉は、哀の心のどこかにあるスイッチを入れる。犯されることへの恐怖が、それをすることへの恐怖を上回ったのだ。

「乳房が……熱っ!」

火照っていた乳房は、一瞬で灼けた鉄のように熱くなり、そして赤く発光しながら膨れ上がる。天膳が回避する間も無く、それは起こった。

――ゴァッ――

噴き上がる火柱。凄絶な爆風は周囲の木々を揺らし、木の葉を舞い散らす。中には火がつき、燃えあがるものもあった。真下から直撃をうけた天膳は宙に打ち上げられ、そして地面に叩きつけられる。胸から上は爆発で吹き飛び、焼け焦げた肉や骨がバラバラと転がる。
 「バストボム」――巨乳を爆弾化する大棟哀の魔人能力である。自身の巨乳をセクハラの対象とする者達への嫌悪感から生まれた能力だが、今回は初めてその目的通りの効果を発揮した。しかし、こんな爆発が胸で起こった哀自身はどうなるのかと言えば。

「ケホッ……た、助かった」

ノーダメージ!
バストボムの爆発は、その巨乳の持ち主には一切ダメージを与えないのだ。その代わり、爆弾となった胸は以前の豊満が嘘のように、贔屓目に言って控えめとなってしまう。

「……ちっちゃい」

膨らみ始めの時期に戻ったような自身の胸を撫でた後、転がっている天膳の死体を一瞥し、スタンガンを拾い上げて足早にその場を跡にした。

30分後、友人の風紀委員を連れて現場へ戻ってきた哀だったが、そこにあったのは爆発の痕跡のみで、天膳の死体は綺麗サッパリ無くなっていた。
 控え目となった哀の胸だが、数日後とある魔人能力で元の豊満を取り戻した。



「おのれ……あの娘、まさか乳房が爆ぜる魔人とは」

希望崎の敷地から抜けたところで、天膳は忌々しげに呟いた。吹き飛んだはずの胸から上は見事に再生し、傷ひとつ無い体となっている。たとえ致命傷を負ってもその身に宿る現世への執念が彼の肉体を蘇生させる。この力によって彼は400年前、甲賀伊賀忍法争いを生き、いや死に残り、転校生となった後も万を超えるほど死にながら生き返り、今日まで乳房を揉んできたのである。

 焼け焦げた服をどうするか、と天膳が思いを巡らしていたところ、彼の耳に聞き覚えのある羽音が飛び込んできた。音のした方を見あげれば、一羽の鷹が羽ばたいている。足の爪で巻物を一つ掴んでいる。鷹がそれを真下の天膳に落とし、天膳は受け取った。

「『転校生』の令状か……」

独りごちて巻物を開けば、そこには派遣される世界と時代、場所、任務の内容が記されている。それに目を通していた天膳だが、徐々にその表情は驚愕のものへと変わり、やがて先程哀に見せたような酷く不気味な笑みを浮かべた。

「ククク、奇縁というヤツかの……長生きはしてみるものじゃな」

巻物に記されていた派遣先は、一六十五年、徳川家の世継ぎを決める甲賀伊賀忍法争い、任務は彼が転校生となったその戦の決着の妨害であった。

「朧様や陽炎がおるのかわからぬが……この世界のくのいちに伊賀の精、存分にお注ぎ申そうぞ!」

高笑いを浮かべる薬師寺天膳(年齢不詳)。四百年ぶりの忍法争いにて彼は何度死に、乳を揉むことが出来るのであろうか。


家康・天海プロローグSS



――――――


碁盤の目の様に規則正しく、白木の板戸で囲まれた家々が並ぶ長屋。
往来は喧騒に包まれ、継ぎ接ぎで柄模様の出来た服を思い思いに着る町人達が波となり、
人並みを縫うように駆ける飛脚が砂埃を立て、独楽を回していた子供がふと顔を上げる。

往来の広場から遠くを窺えば、土手の向こう側、武家屋敷の白い土塀が伸びている。
太陽光に照らされ、鈍く光る土壁と瓦屋根のうねり。その奥に威容を誇る城が見えた。
六尺棒を担ぐ男が笠の下からちらりと城を見上げ、再び商売に戻っていった。
今、正に、その城から自分達を見詰める者達が在る事も知らずに――

慶長十九年、駿府城……
甲賀希望谷伊賀妃芽隠れ、二つの里が争いを始めようというその直前……
聳える天守から、眼下に広がる大都市、駿府九十六箇町を睥睨する影が二つあった。

「……して、御坊。その異形の術を操る忍とは……」
「……左様で御座いますな。大御所様には特に心を砕かれる処。では、此方へ……」

一人は徳川の先代将軍、大御所、徳川家康。
もう一人はその家康の懐刀、天海大僧正。
今回の忍の里の騒動を仕掛けた張本人達である。

近年、己の死期が近い事を悟った家康は、
世継ぎ問題に揺れる徳川と、徳川の治世を憂い、
度々、このように十万の民を見下ろし、頭脳である天海と共に政策を語り合っていた。

この日、二人の口の端に上ったのは甲賀と伊賀の忍法勝負についてであった。
徳川の世継ぎを兄の竹千代にするか、弟の国千代にするか。
それを決するのが甲賀と伊賀の死合いの行方。
その徳川の行く末を賭けたハルマゲドンが開幕する前日の事であった――

天守の中へと二つの影は音も無く消えた。
何も知らぬ民草と、遠国で命を散らす忍達を無言で見下ろす駿府城。
その城を見下ろす蒼穹の空を、一羽の鷹が円を描くように舞っていた。


――――――

駿府城天守内の一室。

「こちらをご覧下さいませ」

皺だらけの老僧の指が、蝋燭の灯りに照らされながら、一つの巻物を広げて見せた。
電灯等無い時代の事、城の内部にある座敷は昼であれどなお暗く、
蝋燭の灯りが頼りの薄暗がりに、指を追う家康の皺面も陰影を濃く刻み込まれている。

「これが、人別帖
「左様で御座います。此処に術を競い合う者達の名が連ねてありますれば……」

事は徳川の世継ぎ問題。秘中の秘。
固く閉ざされた襖に、陰法師が二人、幽鬼の如く揺らめいている室内。
一人ひとり、見て参りましょう――天海の嗄れ声が薄闇に紛れて散じた。

それは、本来であれば家康と天海、
そして甲賀・伊賀の当事者達以外に漏れる事の無い秘事が、語られた。

「此処で気を張っても仕方あるまい。もう少し気安く説明を頼む」
「そうで御座いますな。余り気難しくは語れぬ輩もおりますしな……」


――――――

「さて、それでは伊賀妃芽隠れの人別帖から参りましょう」


――――――

「先ずは……後髪・ひかれ、とな」
「この者は全身を覆う程の長い髪を自在に操り、手足の如く扱う忍で御座います」
「それはまた面妖な……いや、流石は魔忍の里と言うべきか」
「髪に包まれ、鈍々と動く様は毛羽毛現と見紛うばかりですな」
「毛羽毛現とは?」
「全身が毛に覆われた妖ですな。――さて置き、この者は耐久に優れております」
「髪を鎧とする訳か。異形の技よ」
「更には、他人の髪までも操り、周囲に居る者の身動きを封じる術まで心得ております」
「おお……忍法とは其処まで恐るべきものであるか」
「自らの動きも止めてしまう様ですが、動かずとも壁となる耐久が役立ちましょう」
「動かずとも戦えると」
「優れた忍と言えましょう」


――――――


「次は……「天下の風来坊」徳田・蜜光、とな」
「うぅむ、此方は詳らかに語る必要も御座いますまい」
「む、何故だ?」
「大御所様にいらぬご心労を掛けるのは憚られる事」
「話が見えぬが……」
「まあ、まあ、次へ参りましょう」
「この者はどういった術を使うか、何か無いのか?」
「戦場を先立って駆ける事も無いでしょうが、もしもこの者が戦場に立てば」
「どうなると?」
「皆、その姿に圧倒され、身動きもままならなくなりましょう」
「先程の忍と似た様な術か」
「そう思って頂ければ良いかと」


――――――


犯師匠……おかせんせー、とな」
「攻めと守りをどちらもこなす手だれですな。特にその身軽さは脅威」
「ふむ、体術を鍛え抜いた忍という訳か」
「触手ですがな」
「……今、何と?」
「この忍、人に非ず。女性を襲う、あの触手に御座います」
「触手の……忍者!」
「当然ながら優れた枕技の持ち主でありますれば、戦場でも敵の女を拐す事でしょうな」
「うむ……うむ?……当然なのか……」
「触手に御座いますれば」
「触手か……」
「戦場では鉄砲の鉛玉よりも速く敵陣へ切り込みましょう」
「敵陣の……女の下へか」
「触手に御座いますれば」
「触手か……」


――――――


「次は姦崎伸止……はて、姦崎」
「大御所様もお耳にした事がありましょう。凡そ六百年前の厄災を」
「大妖怪『萎』であったか」
「人々の情欲を吸い尽くす魔物。それと争い合っていた一族で御座いますな」
「ふむ……」
「この者も枕技に優れており、敵の女を容易く篭絡する事でしょう」
「待て、姦崎……もしやこの者も」
「触手に御座います」
「……伊賀は触手の里であったか?」
「大変に優れた体捌きは敵の攻撃を受け流し、まず力尽くで倒す事は成りますまい」
「……うむ、そうか」
「倒れぬ兵程、戦場で恐ろしいものも御座いますまい」


――――――


「次は……牛」
「牛で御座いますな」
「……御坊。魔忍の里とは言え、せめて人は居ないのか?」
「いやいや、この者は名前は牛なれど、人に御座います」
「そ、そうか。……いや、そうであろうな。すまぬ、触手が立て続けに来たもので」
「如何に人外の術を扱う里と云えど、扱う者はそう人外ばかりでは御座いませぬ」
「そうだな。うむ、そうだ。して、この忍は如何なる術を使うのだ?」
「この者は相手の命を吸い取る術の使い手に御座います」
「なんと、それは聞くも恐ろしい術よ」
「膂力もまた人を遥か凌駕するものに御座いますれば、術だけでなく危険な者ですな」
「ううむ、そうか。忍とは矢張り恐ろしいものよ」


――――――

――――――


総松蔭・兵衛、とな」
「刃入れをせぬ刀を持ち歩き、敵の武器を狙う技を持った者に御座います」
「忍では無いのか」
「近場の浪人で御座いましょうか。どうやら目立ちたがりの様で」
「そんな者を人別帖に載せて良いのか?」
「敵を殺す技は持ちませぬが、この者の精確無比の剣は伊賀も重宝しているのですかな」
「敵を殺す技を持たぬ?」
「どうも本人の性分で、不殺を謳っているとか」
「……(戦場でそれは大丈夫なのか)」
「持てる技量を全て武器破壊の技に費やし、それで己は格好良いと行動しているとか」
「……(本当に大丈夫なのか)」
「……技量は確かに御座いますれば」


――――――


「さ、さて、次は……九路浦 卦蟲
「この忍はかの魔蟲衆に縁ある者に御座います」
「魔蟲衆……虫を扱う忍の一族であったか。既に潰えたと聞いていたが?」
「虫は駆逐し切れぬもの。一部の者は未だ生き延び、潜んでおるのですな」
「虫の如き生命力という訳か」
「特殊な製法で編み上げた糸を武器にする忍ですな」
「糸、とな。それは随分と頼り無げなものを武器とするものだな」
「千切る事も出来ず、刃も通さぬ糸に御座いますれば、攻守に優れた物」
「それもまた忍術、か。たかが糸を……」
「攻めて良し、守って良しの武器に、それを扱う者の技もまた人外」
「それ程の忍か」
「この忍程安定して戦場を任せられる使い手もそうは居りますまい」


――――――


「次は……スカンク忍者三郎、とな。はて、スカンク?」
「遥か西の大陸に居る、風使いの動物の名に御座います」
「その様な名を冠するという事は、風を操る術の使い手か」
「まあ……左様で御座いますなあ」
「含みのある言い様ではないか」
「この者は一介の浪人に御座いましてな。それを伊賀の忍が……改造を」
「改造、と」
「人間を吹き飛ばす程の風を体内から放出する術を身体に仕込んだので御座います」
「おお……その様な事まで可能なのか……」
「元は只の浪人。忍の戦いに混じれる程の身体能力は持ちませぬが……」
「そんな者でも役立てられる様に改造、か」
「はい」
「恐ろしいものよ」


――――――


乙弐拾参式自立思考固定砲台ちゃん……なんだ、この名は」
「絡繰の名に御座います」
「絡繰とな?」
「まるで人の様に話し、人の様にものを考える精巧な絡繰で御座います」
「な、なんと……俄かに信じられぬが……いや、それもまた異形の術か」
「平時は家事等こなしており、時に俳句も詠むと聞いておりますな」
「俳句、と……空恐ろしいものがあるが、肝心の戦では役立つのか?」
「火縄筒を備えておりまして、標的を蜂の巣にする火力との事に御座います」
「そ、そうか……」
「伊賀の里では犯師匠の下で暗殺の技を磨いているそうで御座います」
「絡繰が技を磨くのか」
「異形の技に御座いますれば」
「ううむ」


――――――


妖怪おからばばあ、とは……妖怪と言い切っておるな」
「左様で御座いますな」
「御坊。魔忍の里と云えど、人外はそうそう居ないと言わなかったか?」
「左様で御座います」
「……人の方が少ないように感じるが」
「……この者は身動きの取れなくなった者に再び活力を与える術を操りますな」
「そうか」
「その様な術を使う者は体術に優れぬ者が多いのですが、この者はどうしてなかなか」
「そうか」
「人別帖を早く届けるという此度の戦、この者の術が役立ちましょう」
「そうか……それで御坊、人は」
「はて、僕も近頃耳が遠くなったようで……」
「……」


――――――

「次は妖怪の使者、膿牢異……なんだ、異国の言葉か?」
「妖怪の使者、膿牢異/Noroi,Envoy of Yokai、ですな」
「もう一度頼む」
「Noroi,Envoy of Yokai」
「Noroi,Envoy of Yokai」
「Good!」
「で、この者はどのような忍なのだ」
「疫病を操り、遠所に居りながら多くの人を殺める忍に御座います」
「なんと、疫病とは。恐るべきは伊賀の忍術か」
「左様で御座いますな。或はこの忍が元となり、大災厄が降りかかるやも知れませぬな」
「御坊、本当にこの者を戦わせて大丈夫なのか」
「此度に限ってならば僕の術の下、ご安心下され」
「う、ううむ……そのような恐るべき術を使うとは、どの様な身形なのか」
「鼠に御座います」
「……御坊、人は」
「はて、僕も近頃物忘れが始まりましたかな……」
「……」


――――――


「次は雪咲 導」
「人に御座います」
「うむ、人か」
「人に御座います」
「そうか、人か」
「はい」
「……御坊」
「この者は花を操る術を持っておりまして、その花を耳目の様に使う忍に御座います」
「……うむ。まあよい。花を耳目の様に使うとは?」
「花から辺りの様子を見聞き出来るので御座います」
「それはまた面妖な術だな」
「敵を知り、己を知るは戦の常に御座いますれば、伊賀でも重宝される術とか」
「敵方を迂闊に自陣へと忍び込ませぬ訳か」
「体術も優れた忍で御座います。此度はさぞ戦功を立てる事で御座いましょう」


――――――


「次は真野手裏剣斎、と」
「その名の通り、あらゆるものを手裏剣の如く扱う忍に御座います」
「あらゆるものを、とは」
「鍬や刀を軽々と投げるので御座います」
「刀を投げるとは」
「武士では御座いませんからな」
「そうであったな……忍か」
「一度戦場へ出張れば遠くに並ぶ敵の首を皆落として見せる事で御座いましょう」
「並々ならぬ膂力の持ち主である訳か」
「それが魔人という者。特に、この者は苛烈な性分である様子。多いに暴れましょう」
「……聞いていると、忍をうかと放置出来ぬ気がしてくるな」
「……いずれ、大御所様に牙を剥きかねぬと?」
「考えておかねばなるまいな」
「いずれ時が参りましたら……そうですな」


――――――


「さて、次は蛭神 かがち」
「異国の者の血を持った忍に御座います」
「ほう、その様な忍も居るのか」
「戦場でも伝来の物か、見慣れぬ武具を扱い戦うそうで御座います」
「見慣れぬ武具と」
「手に収まる程の鉛玉が爆ぜる、火薬製の武器等ですな」
「ふむ、成程」
「頑強な身体を持つ為、武装と併せて、戦場では死なぬ兵と成りましょうな」
「その武具を扱うのがこの者の術か?」
「いえ、その武具を相手の体内に埋め込む術の持ち主に御座います」
「埋め込むとな?」
「手妻の様に、ひょいと埋め込むので御座います」
「爆ぜる玉を、か」
「はい」
「……恐ろしいな。ううむ、恐ろしい」


――――――
「そして、“紅獅子”のキコ、か」
「こちらも異国の者ですな」
「人外に異国の者か……伊賀の里とは如何なる魔境か」
「故に魔忍の里に御座います」
「して、この者は」
「凄まじい身体能力を武器とする、それだけの忍に御座います」
「それだけ、とな」
「はい。然しその膂力は伊賀一。人外の術にすら並び得る程に御座います」
「なんと……病や花を操るような術と並ぶと」
「瞬きの間に幾人もの忍の首を千切り飛ばすので御座いますからな」
「魔人の忍すらもか」
「左様に御座います」
「術のみが恐ろしい訳ではないのだな」
「魔人とはその人外の身体のみでも恐ろしいもの。それが鍛えられた忍ならば当然」
「ううむ、こうして異形の技を聞いてきたが、忍とは斯くも恐ろしいものであったか」
「或は異形の術を、或は人外の膂力を。忍というものが如何様なものか……」
「確と理解出来たわ。胆の冷える思いだ」


――――――


「これで伊賀の忍は全てか」
「他に遠野近右衛門岡野くらげ丸、巻々、@モヒカンザコと申す者もおりますが……」
「おお、まだ居るのか」
「この者達の術については、此方へ伝わっておりませぬな」
「なんと」
「この者達については、戦が始まり次第、分かる事で御座いましょう」
「そうか……いよいよ、始まるのだな。異形の戦が……」
「左様で御座いますな」
「だが、聞くと伊賀のなんと恐ろしい事か。甲賀に勝ち目などあるのか?」
「いえいえ、甲賀もまた、どうして異形の術を扱う里に御座いますれば」
「甲賀もまた、伊賀と同じ様に恐るべき術を使う集団という訳か」
「はい。それでは甲賀の人別帖も見て参りましょうか」
「……いや、もうよい。忍の恐ろしさは十分に分かったわ」
「……左様で御座いますか。では、この人別帖はそれぞれの里へ送りましょう」
「うむ」


――――――
甲賀と伊賀、それぞれの里に程近い、山野……
家康と天海の手から人別帖が甲賀と伊賀に向けて送られて程なく……

遠方に伊賀の里を望む山肌に開けた一角に、
此の度のハルマゲドンに召喚された転校生、薬師寺天膳が居た。

彼の腰掛ける岩の周囲は朱に濡れた草が揺れている。
その血は草の陰に転がる徳川家お抱えの伝令用魔人達のものであり、
その伝令達を殺めた者こそ正にこの天膳であり、
即ち、甲賀と伊賀へ送られる筈であった人別帖は今、天膳の手中に収まっていた。

「まず、これで妨害の初手は完了じゃな」

手に収まった二つの人別帖を眺めつつ、
精気の無い顔で、天膳はにやりと口の端を吊り上げた。

転校生、薬師寺天膳――
彼は徳川家の崩壊を狙う豊臣方によりこの世界へと呼び出されていた。
そして徳川家の興亡を賭した今回のハルマゲドンの妨害が、その任務であった。

「伊賀の者共はこやつ等か。朧様はおらぬな……」

双方の里が奪い合うべき人別帖をまず転校生である自分が奪ってしまう。
いつまでも人別帖が届かぬ事に、甲賀も伊賀も混乱する事だろう。
その混乱に乗じて、どの様に戦場を掻き回すのが上策かと、
首尾良く一手目を打った天膳は、悠々と構えて思案していた。

「ふむ……甲賀の面々を見ながら考えるとするか」

転校生としての力と、何より自らの不死身に絶大な自信を持つ天膳である。
四十名に迫る魔人忍者との争いを前にしても、その余裕には一切の曇りも無かった。

「ほう、知った名だな……犯師匠や雪咲殿の諜報が四百年振りに役立とうとは」


――――――


「甲賀には揉み甲斐のある胸を持った者がおるか、人別帖をゆるりと見て参ろう」


――――――
「まずは腸鍋 禁蔵……ふん、男か」
「こやつは確か守りに優れた忍であったかのう」
「己の臓腑を引きずり出して自在に操る術の使い手……と言っておったか」
「捕らえた相手を遠方まで放り投げる事も可能とは実に油断ならぬ術よ」
「……とは言え、如何に強力な術でも腹を捌くのに時間が掛かるのであったかな」
「そこを見極められぬ様では忍としての心構えが足りぬというものよ」
「真っ当な忍の精神を持って行住坐臥を過ごすならばこの術を喰らうこともあるまい」
「有象無象ならいざ知らず、儂には恐るるに足らぬ忍よ」

※薬師寺天膳の精神力:1


――――――


「次は雷火……ほう!」
「こやつは確かなかなかに美しい女性であったな」
「甲賀で何やら新たな食材を作り出す研究をしておったか」
「口から粘性の熱湯を吐き出す術の使い手であったか……まあ不死身の儂には通用せぬ」
「そうか、これは俄然楽しみになってきたぞ」
「こやつの黒髪を押さえ付け、存分に乳房を嬲ってやろうではないか」
「最後にはたっぷりと伊賀の精をお注ぎ申そうぞ」
「くくく……逃がさぬぞ」

※雷火の性別:両性……というかその正体は……知らぬが仏、と言いますか。


――――――


菊水山志染、ふん、男か」
「こやつ、甲賀の半戸舞の食客であったかな。この世界でも甲賀に居るのか」
「剣の腕は一流であるが、所詮は剣客。刀しか能の無い輩よ」
「不死身の儂にはこやつの剣なぞ何も怖くはないわ!」
「それよりも、こやつを餌にすれば半戸舞が釣れるかのう」
「揉み甲斐のある胸とは言えぬが、あやつの初心な仕草……きっとおぼこじゃな」
「くくく……儂が男というものを存分に教授してやろうではないか」
「想像するだけで愉快になってきたわ」
「ははははは……」

Q10.転校生のカウンターはカウンター解除とかで解除できるの?
A10.できます


――――――


「さて次はカナト……おお、あの噂の」
「童女ながら殺気を針の様にばら撒く瞳術の使い手であるとか」
「常に殺意を振り撒く危険な存在であると聞くが……」
「そんな事よりもこやつ、常に全裸というではないか」
「これは戦場でまみえるのが愉しみな事よ」
「痴女であるのか、羞恥というものを知らぬのか」
「どちらにせよ、儂には愉しみが一つ増えたに過ぎぬな」
「針使いの忍と聞くが……」
「戦場ではむしろ儂の針を突き立ててくれようぞ」
「ははははは」


――――――


「次は中原久太郎……男か」
「こやつも甲賀の者では無かったな」
「謹厳実直、義にも厚く、何事もそつなくこなす優等生であったか」
「普段はそこそこの攻めの技を使うが、いざという時は身体硬化の術で守りも担う」
「その術を用いて敵陣を独歩で練り歩いた等という噂も聞くが……」
「まあよい。儂は硬化を上回る不死身の身体よ」
「他の忍術も年季の違いというものを見せ付けてくれよう」
「硬化の術が解けた時が首と胴の泣き別れじゃな」
「その狐面の奥の死顔を覗いてやろうではないか」


――――――
「次は飯綱幻蔵……また男か」
「ああ、こやつ……甲賀の切れ者か」
「何事も初めから知っていたかの如き振る舞いに不遜な笑みの……ええい憎たらしい」
「体術に隙無く、攻めも守りもこなす上に、気付けばふいと居なくなる身軽さ」
「その上にどういった術か、あの全てを知る頭脳」
「伊賀の雪咲に甲賀の飯綱。諜報において油断ならぬ奴よ」
「まあ、転校生であり、何より不死身の儂には何を知っていようと付け入る隙なぞ無し」
「不敵な面魂を血に染めてくれよう」


――――――


「次は暗黒寺JK……うん?この時代にはもうアルファベットは使われておったかのう」
「おっと、ケータイに着信が……もしもし儂だ」
「なんじゃ、依頼主か……ふむ……ほう……」
「相分かった、ではな」
「ふん、儂の他にも豊臣方の間者が居ったという事か」
「だが、契約には間者への手出しに関してなぞ記述は無い。好きにやらせてもらう」
「男女の交合を勧める術とは、楽しみなものじゃ」
「この時代にセーラー服姿の女子を拝むというのもまた乙なものよ」
「くくく……」


――――――


「次は落とし穴か」
「ふむ、落とし穴か」
「……」
「ただの穴ではないかッ!」
「……いや、動くのか。それは……術か」
「そうか……甲賀は穴を人別帖に載せる里か……」
「……」
「穴か……」


――――――


「次は一四一八三、おお」
「こやつは確か豊満な忍であったな」
「うむ、これは揉み甲斐のある胸の持ち主じゃな」
「よしよし、存分に伊賀の精をお注ぎ申そうぞ」
「待っておれ、子猫ちゃんよ」
「……術はどんなものであったかな」
「豊満であった事は良く覚えておるのだが……」
「うむ……確か魔人の一族の姓を名乗っており……」
「……優れた俊敏性を活かした……」
「……うむ、不死身の儂には関係の無い事」
「それより胸よ。はよう揉みたいものじゃ」


――――――


「次はハングライダー忍者 風読みのナガル……男か」
「……こやつ、甲賀の里の空狂いであったか」
「日頃から空を飛ぼうと何やら術を練ったり絡繰を弄っておったか」
「ふむ、そうか。ついに空を飛ぶ術を完成させたのか」
「まだ飛行機など無い時代じゃ。人別帖を届ける此度の戦では大いに役立つであろうな」
「……くっく。残念じゃったな。肝心の人別帖は儂の手の内」
「折角の術も出番が無いようじゃな」
「精々長生きでもして、飛行機が空を翔る時代を見れたら良いのう……くくくっ」


――――――
「次は天狗洲渡怜武・小次郎……また男か」
「男が多いのう。もっと女子を出せ女子を」
「まあよいわ。こやつは甲賀の“魔天狗”、“大天狗”の家の悪餓鬼じゃな」
「“狗法”などと言うものを扱うのであったか」
「その巨体から繰り出される技は確か素手で魔人の身体を唐竹割りにするとか」
「しかもその動きは近付いた者が反応するよりも早く事を終えるという……」
「並みの者ならば正に悪鬼、天狗と恐れるであろうが……」
「不死身の儂には関係の無い事」
「切られた後に切り返せば良いだけじゃな」


――――――


「次は犬山さん……チッ」
「また男か。それもよりによって……」
「あの犬に憑かれた忍か」
「一体何処に犬の真似事をする男を見て喜ぶ者が居るというのだ」
「見苦しゅうて適わんな」
「そうよの、これが一のような女子が猫の真似事をしておればまだ可愛気もあろうに」
「……こやつも『待ち』の術使いであったか」
「待ち伏せて殺す。術は忍として真っ当であるのに……」
「何故に犬か……」
「世も末じゃ……いや、四百年後から来た儂の台詞では無かったな」


――――――


「次は二次 性調……ふむ」
「はて、先日まで居った希望崎学園に……?」
「時空を操る魔人能力者か?いや、確かこやつは性と創作の概念を入れ替える能力者」
「大方、あやつの祖先か何かであろう」
「だが、そうだとすると……」
「くっく……これは愉しみじゃな」
「あやつは中々に艶っぽい女子であった」
「これは確りと伊賀の精をお注ぎ申さねばなるまい」
「春画の様な技の数々をお教え進ぜようぞ」


――――――


「そして諡……大層な忍名じゃな」
「人の怨嗟の声を操り敵の精神力を削る術の使い手であったか」
「戦場を支配出来る強大な術だが、必要以上に要らぬ命を消費する為に……」
「軽々しく使えぬ術、という事で表では中々お目に掛かれなかったが……」
「単純にこやつが面倒臭がって術を使わぬという話も聞いたな」
「どちらにせよ、儂には死者の声なぞ子守唄の様なものよ」
「精々、厄介なのはこやつの体術か」
「それも不死身の儂には関係の無い事であったな」
「はっはっは……甲賀、恐るるに足らずよ」


――――――


「後は狂木夭名理竜九夜忍子久万高原戻雨竜院殺雨……どれも知らぬな」
「だが、これまでの甲賀の面子を見るに、転校生となった儂の敵ではあるまい」
「伊賀の者達も術は分かっておる。何も恐れる事などない」
「今回の任務は問題なく遂行出来そうじゃな」
「……よし、二つの里が争うならば戦場となるのはあの辺りか」
「どちらの里も人別帖が届かず、敵方が既に差し押さえたかと慌てておろう」
「人別帖を取り返そうと互いに敵の陣営へ遮二無二向かうところを……」
「中央辺りに身を潜めた儂が、近付いてきた者から順に殺す」
「それで良さそうじゃな」
「……さて」
「それでは人別帖も全て見終えたこと」
「戦場へゆるりと参ろうか」


――――――
転校生、薬師寺天膳という豊臣方の介入により、
人別帖が甲賀の里、伊賀の里へと共にに届かなかったその頃……
所は戻って駿府城……

徳川の世継ぎ問題を決める大事を前に、突如降って湧いたこの事態。
緊急である上、その問題の原因が魔人を超えた力を持つかの転校生。
この難題を家康と天海はどの様に処するのか。
そも、果たして善処する方法などあろうというのか――

伝令魔人帰らぬの報を前に、駿府城天守に居た家康と天海は――

「どうやら豊臣方の手が回ったようで御座いますな」
「何!?」
「人別帖が奪われましてな……薬師寺天膳。転校生で御座いますな」
「豊臣め、転校生を呼び出しおったか……しかし御坊、落ち着いておるな?」
「はい。人別帖は僕の風水術の下。場所は分かりますしな。それも……」
「それも?」
「態々、僕の結界『スリーデイズ・ドリーム』の中に来ましてな」
「ほう、此度の戦場か。薬師寺天膳なる転校生の狙いは戦の攪乱か」
「左様で御座いましょうな。丁度良い事」
「丁度良い、とな」
「双方の里へ改めて伝えましょう。
 ――此度の戦の勝敗は、戦場中央に居る転校生、薬師寺天膳から人別帖を奪い
 ――それをより疾く敵陣最奥へ生きて届けた方の勝利である
 ……と」
「成程、忍達にその転校生を除かせてしまえば良い訳か」
「左様で御座います。如何に転校生と云えど、四十の魔人を相手には出来ませぬ」
「そして、転校生との戦いによって、双方の里により大きな被害を出そうという訳か」
「大御所様におかれましては、忍の術を聞いて、やや不安に思われた様で御座いますし」
「此度の世継ぎ問題を片付け、更には不穏分子と成り得る勢力の力を奪う」
「是にて徳川の天下は安泰。万々歳に御座います」

転校生乱入の事態を前に、家康と天海は――全く慌てる事は無かった。
其処に在るは膨大なる権謀・術数。そして多くの関わる人の思い・中二力。
一度流れ出したハルマゲドンへの潮流は、転校生であっても、動かす事は敵わない。

慶長十九年。
甲賀希望谷と伊賀妃芽隠れ、二つの里による日本最初のハルマゲドンは――


――――――


「御坊、お主も恐ろしい漢よ」
「いえいえ、大御所様程では御座いませぬ」
「それにしてもその転校生は好い面の皮よ」
「全くで御座いますな」


――――――


「くくく……はよう来い、甲賀に伊賀よ」
「儂が戦の仕方というものを見せてくれよう」
「そして……」
「女子は良く乳房を揉んで、伊賀の精をお注ぎ申そうぞ……」
「ふふふ……くっくっく……はぁーっはっはっは……」


――――――


こうして、その血祭りの開幕を告げた。

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最終更新:2012年11月29日 00:28