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先輩、部活動見学です!(3)

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先輩、部活動見学です!(3)


400 名前:◆46YdzwwxxU [sage] 投稿日:2009/09/08(火) 17:50:23 ID:HTfQE6R+

 文芸部の部室は、文化系の部室棟ではなく、図書館からほど近い場所にあった。
 書庫と役割を兼ねているようで、並立するスライド式の書棚が敷地のほとんどを占拠している。生き物のよう
に歳をとって色褪せたハードカバーの谷間に、古い紙が発する梨にも似た甘い香りが漂う。
 開かれた本棚の間。木製の脚立に腰を下ろし、少女がひとり本を眺めていた。評判に聞いた黒髪の艶やかさと
背を覆うほどの長さから、彼女が霧崎文芸部部長だと当たりをつける。

「ふむ」

 ページの合わさる乾いた音がした。
 読書を中断した少女は、入室者に切れ長の目を流し、余裕ありげに細めてみせる。

「我らが栄えある文芸部にようこそ。私が部長の霧崎さんだ」

 名乗る娘は男っぽいを通り越して時代掛かった口調。自分こそがこの書物の国の主であるかとでもいいたげな
風格だった。物怖じせずに自己紹介を返す後輩の隣で、俺は少し気圧されそうになっていた。
 仁科学園の生徒や教職員は奇人変人から怪人超人まで幅広いが、俺の知る限りでも最も敵に回したくない部類
に入りそうだ。
 後輩の名前を聞いて、霧崎先輩は瞼をぴくりと持ち上げ、口許を意地の悪い笑みの形にした。

「そうか、君達が噂の夫婦漫才コンビか」
「はいっ!」
「いやいや違うから。ただの知り合いだから」

 夫婦でもなければ漫才コンビでもない。
 元気よく答える後輩の姿を見て、「今回見学に付き添うことにしてヨカッタ……」と本気で思う俺だった。

「しかしだね、先輩くん」
「あなたもですか」
「じゃあ、シニアくん」
「……英語にされてもな」

 横文字にされるとより恥ずかしい。
 というかシニアと聞くとむしろお年寄りのイメージが先行してイヤだ。
 そういえば、『後輩の尊敬を受けながらその面倒を見る』といったようなニュアンスの“先輩”という日本語
は、特に注釈をつけなければ“senior”では通じないそうだ。
 そんなことはどうでもいいんだよ。

「では先輩くん、君は後輩ちゃんにここまで付き合っておいて、恋人じゃないなどと言い張るのかね」
「ほっとくとどんな噂をバラ撒かれるか分かりませんでね。監視ですよ」
「情報戦というわけか」

 脚立をぎしぎし鳴らし、霧崎先輩は仰け反るようにして笑った。

「それをいうなら、この見学に付き合わされた時点で、君は既に戦略レベルで負けているのだ。恋する乙女は想
い人といっしょにいられるだけでも幸福なものだよ」
「……む?」

 ややこしい言い回しとは無関係に、脳が理解を拒んだ。
 隣では後輩が顔をわずかに紅潮させて照れている。

「霧崎部長。そろそろ部活動の紹介をしていただきたいのですが」

 俺は咳払いでスイッチを切り替え、努めて澄まし顔を作った。進行など、部活の見学に関しては完全な第三者
である俺の役割ではないのだが、ここは仕方がない。
 霧崎先輩は意外にも話題を引きずるようなこともなく、本来の応対に戻った。

「ふむ。それもそうだな。といっても、取り敢えずはここで好きに雑談したり、漫画を制覇したり、ボードゲー
ムに興じたりだな。ウーパールーパーの美味しい食し方から、棒人間型改造人間の性能格付け、恋愛相談に、ロ
ボットと変態のカンケイまで、話題については多岐に渡っている」
「恋愛!」

 後輩が喜色を浮かべて食いついていた。
 あの。
 ……文芸は?

「学期刊『文藝青春』発行のため、一年に三回ほど修羅場があるが、いつもの活動はそんなものだ。ああそれか
ら、学内新聞にも寄稿していたか。そこにここ数年の現物があるから、見ていくといい」

 思わず「そっちを先に話せよ」と普段から後輩にしているようなツッコミをかましかけたが、どうにか堪えた。
危ないところだった。
 後輩が傍らの机の上に無造作に積み重ねられた冊子やバインダーを崩していくのを横目に見ながら、俺は腕組
みをして思考モードに入る。

(やっぱり、いまいちだな)

 活動時間や内容はこの際、諦めてもいい。
 しかし、霧崎部長が思ったより曲者だ。彼女に後輩を任せた場合、どんな入れ知恵をされるか想像するだに恐
ろしい。同性の積極的協力者を得たことで今より狡猾になったら、捌ききれるか自信がない。
 楽しそうにページをめくる後輩のようすとは裏腹に、俺は不安な気持ちでいっぱいになっていった。
 結局――
 今日のところは他にも回るべき部があるということで、ものの数分で俺達は退出することにした。後輩の手に
は、参考にと受け取った昨年の部誌が一冊。

「まあ、一生のことだ。よく考えて決めるといい」
「はいっ!」
「いや一生て」

 意味ありげに微笑む霧崎先輩に、俺は頬を引き攣らせた。
 それは部活動を決めるにあたってのジョークですよね? 交際相手とかそういうハナシじゃないですよね?

「素敵な人でしたね、霧崎部長!」
「そうかな」
「第一候補です!」
「そうか」

 なんだかいつもの二倍疲れた気がする。
 ご機嫌な後輩に生返事をやりながら、俺は次の行き先である美術部のことに思いを馳せていた。
 多忙な生徒会からの要請を受けて、新入生のための『部活動案内』の作成を手伝わされたので、ところにより
内情に通じているのだ。

(美術部の新しい部長は、確か……)

 知り合いの巫女服姿を思い浮かべながら、俺はまたややこしくなりそうなこの後の状況について、どうしたも
のかと頭を悩ませていた。



 つづく


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