太閤・秀吉は配下を競わせてきた。そこには切磋琢磨させて互いを高めあうという考えがあったのだが、
それは豊臣家臣の間に亀裂を生み出す原因ともなった。石田三成ら文治派と加藤清正ら武断派の対立である。
一方、秀吉の死後、五大老筆頭・徳川家康は虎視眈々と天下人の座を狙っていた。
家康が上杉討伐のために関東へ下ると、ついに石田三成は家康打倒の兵を挙げた。
しかし、三成を嫌う武断派諸将は家康に味方する……。決戦の時が近づいていた。
主要大名家
【東軍】
徳川家
同盟:松前、南部、津軽、秋田、最上、伊達、福島、金森、前田、堀、筒井、細川、蜂須賀、生駒、藤堂、加藤(嘉明)、黒田、小早川、鍋島、加藤(清正)
伊達家
同盟:徳川、最上、堀
前田家
同盟:徳川、福島、金森、細川
【西軍】
豊臣家
同盟:石田、相馬、佐竹、上杉、福島、真田、織田、宇喜多、毛利、長宗我部、小早川、大友、立花、小西、有馬、加藤(清正)、島津
石田家
同盟:豊臣、上杉、真田、織田、宇喜多、立花、小西
上杉家
同盟:豊臣、石田、相馬、佐竹
毛利家
同盟:豊臣、宇喜多、長宗我部、小早川、大友
島津家
同盟:豊臣、立花
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最終更新:2011年03月02日 21:50