テレビ、ちゃんと見てくれましたか。
黒猫さん、元気そうでしたね。いろいろ忘れて、てんで弱くなっちゃってましたけど。
あれぐらいなら、何とかできそうです。
その気になったら、お電話ください。 ××××-××××
その手紙は、いつとも知れぬ間に森島京の懐に差し入れられていた。
街中か、どこかの店の中か、それとも、こちらの拠点の中か。何れにせよ、それは看過できるものではなかった。
名前を書かずとも分かる。手紙の主は、“来栖くるる”だ。そして手紙の中で彼女は、あの少女を“黒猫”と呼称していた。
森島と、“黒猫”との関係を、理解している。それを知るのは、徹底的に“動物園”を調べ上げた三課長と黎。
それに、その後ろで糸を引いていた者達だけだ。──尤も、その存在は三課長の推測にすぎなかった。
だが、この手紙を辿ればその推測は、確証に押し上がる。この国を覆う闇の正体も知り得るかも知れない。
そう、三課長が考えることも想定しきった手紙だった。
黎子豪を通じて三課長が森島京に与えた特命の内容は、ごく単純で、危険なものだった。
だが、それは森島にとって、わざわざ命じられるまでもないことだ。その為に、彼は三課に属したのだから。
電話を掛けると、電話の向こうでは、“迎えに行きます”とだけ録音が流れた。
時間も、場所も指定されない。──だが、その言葉は規定事項のような響きを伴って、彼の蝸牛を揺らしたのだ。
【→】
森島の目が覚めたのは、陸だった。
「あっ、お目覚めですね。」
目に映るのは嵐が過ぎ去った次の日の青空と──、細い目をした“婦警”の姿。
あれからどうやって、助かったのかは分からない。だが、確かに彼女は“迎えに来た”のだろう。
「おはようございます~。婦警さんの膝枕はいかがですか、スパイさん?」
「──言ってる意味が分かりません。」
「またまた~、“今言っちゃうんだ、意外!!”って思ったでしょ?
分かりやすいこと嵐の如しですねぇ。黙っておいてスイスイ泳がせたりはしません。
来栖、そーいう腹芸みたいなの苦手なのです。腹踊りは得意ですけど。
もちろん無論ごく当たり前に、貴方が本気で“こっち側”に来たんじゃない、なーんてことも、分かっちゃってます。えへん。」
森島は笑みの欠片も見せず、答えた。それは、脅迫されて電話を掛け、此処に辿り着いた者としては十分な対応だったが。
婦警の言葉は、いとも簡単にそんな前提を取り払う。──そんな事を話しに来たのではないのだ、と。
にこにこと、人好きのする笑みを絶やさない婦警は、僅かに見える眼の向こうでそう語っていた。
「 だから、それでも、いいんですよ。 」
婦警が、森島の耳元で静かに囁く。鳥肌の立つような甘さと、蜂蜜色の冷たさを込めて。
恐怖と安堵、嫌悪と親近が入り交じる。不思議と、その声から耳を離すことができなかった。
消耗しきった体力が、精神までを疲弊させている。──でも、脳に直接届くような錯覚を起こしたのは、そればかりではなくて。
「 教えてあげます。
これから先、この国がどれだけ素晴らしい場所になるのか。
だって、そうじゃないと、あなたが可哀想ですから。
この国がここまで来るのには、きっと、あなたの頑張りも欠かせませんでした。
なのに、その頑張りが罪にされて。 あなたのような人こそ、救われなければダメなんです。
それに、きっとあなたは気に入りますよ。 みんな、幸せになるんですから。
みんなが幸せになると、嬉しいですよね。 私も、同じです。
似てるんですよ、私達。 みんなの幸せのためなら、頑張ろうって、思えますよね。
あなたには、少し無駄なものが付いてますけど、私が何とかしてあげます。
だから、手伝って下さい。 私と一緒に頑張りましょう、 ね。
一度で分からないなら、分かるまで。
深く、深く、何度もお付き合いしますよ。」
私が、あなたを幸せにしてあげます。 ──その言葉と共に、目の前が光って。森島の意識は、再び遠のいた。