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花喰狼捕物帖

ここは帝都、人と妖が共に暮らす街。
昼は人の、夜は妖の掟に従うのがこの街での決まりごと。
それを守れぬものには然るべき罰が下る。
さてさて此度の御話は──

「と、ととと頭領ーー!大変です大変ですーー!」
「何だ騒々しい、物珍しい依頼人でも来たのか?」
「は、花街の元締め様がいらしてまして……」
妖狐の小間使いがそう告げると寝転んで気怠げに煙管を吹かしていた男は慌ただしく飛び起きる。
「そりゃ大事じゃねぇか……座敷への案内、厨番連中に茶請けを出すよう指示出し、恭丞と伏の呼び出し。一気に行けるか?」
「直ちに!」
返事をするや否や小間使いは四人に分身し、方々へと走り出す。
「さて、俺も急いで座敷に行かないとな」
外套を羽織り、男は足早に座敷へと向かう。
その口元には怪しげな笑みが浮かんでいた。

「──いやぁ、物々しい光景ですねぃ……」
そう呟いた伏の前で対峙しているのは相談屋の頭領箕崎烙と花街の元締め綺幸の二人。
宴の席でも早々お目にかかれない光景だ。
「恭丞さんよく平然としていられますねぃ、やっぱり目が見えない分気が楽なんですかぃ?」
「そうでもねぇよ、寧ろ威圧感が直に来て胃が痛ぇ」
「や、痩せ我慢してただけですかぃ……」
自分の横で冷や汗を頬に伝わせる二人と綺幸の後ろで表情を強張らせる付き人たちをよそに、烙は涼しい顔をしたまま口を開く。
「──さて、話を聞かせてもらおうか。花街の元締め紅華太夫が直々に出向いてくるってことはよっぽどの面倒ごとなんだろ?」
「いややわぁ箕崎の旦那はん、そない睨まれるとわっちの顔に穴が開いてまうわぁ」
「……戯れ言は事が片付いてからにしてくれ」
「ふふ、堪忍やで。──ほんなら早速本題に入らせてもらいますわ」
すっと表情を変え、綺幸は話し始める。
「事の始まりはふた月ほど前、とある花の身請が決まったことでありんす。新天地で幸せになるのだとはしゃぐ花の門出を祝う宴を催し、
出立を見送った三日後のことどす。武装警察がこれをわっちの元へ届けてきたのは」
俯きながら綺幸が袂から取り出した包みを解くと、中から血のついた簪がその姿を表す。
「拐われた……いや、殺されただけならそう珍しい話じゃないな」
「そうどすな、身請の決まった花が殺されるのはままあること。けんどそれが立て続けに二度三度、そしてつい昨日四度目が起きたとなれば──」
「相談を持ちかけたくもなる、か」
烙の言葉に綺幸は頷く。
「武装警察も動いとるみたいなんやけど、情報不足で見回りの強化ぐらいしか出来てへんみたいなんよ」
「被害者が身請の決まった花街人だってこと以外に分かっていることは無いのか?」
「遺体が見つかってへんこと、くらいやな。でも相談屋には覚の坊がおるんやろ?」
「だそうだ。ご指名だぞ、恭丞」
「……遺品を拝見させてもらいます」
綺幸の付き人が持ってきた遺品の一つ──泥にまみれたぽっくり下駄に指先で軽く触れ、恭丞は瞼を下ろす。
「っ…………大きな獣に喰い殺される瞬間が焼き付いているな」
「く、喰い殺されたって……」
「遺体が見つからない理由はそれか。恭丞、獣の具体的な見た目は分かるか?」
「犬……いや狼の方が近いか……?別の遺品も見ないと判断しかねるな」
「でしたらこちらを」
「ああ、すまない」
ぽっくり下駄から指を離し、別の付き人が差し出した遺品──ひび割れた帯留にそっと触れる。
「……下手人が狼なのは間違いない、喰い殺されるまでの流れも殆ど同じだ」
「身請先に向かう途中のお花さんを狼が襲った、ってとこですかねぃ」
「その線も有り得るがあからさまに怪しい奴がいるだろ」
「身請を持ちかけた旦那はん、やろ?」
綺幸の言葉に伏は首を傾げる。
「いかにも怪しい人がいるならどうしてさっき──」
「真っ先に疑いはしたが下手人と断言できる証拠を見つけられなかったから槍玉に上げなかった、大方そんなところだろうさ」
「もう、いけずせんといてや箕崎の旦那はん」
不服そうな綺幸に対し烙はからからと笑う。
「……そういや恭丞さん、拝見はもう終わりですかぃ?」
「ああ、こいつからは直接聞いた方が良さそうだしな」
戯れ合う二人をよそに恭丞は紙と筆と墨壺を残る一つの遺品──折り畳まれた小袖の前に並べる。
「お前もその方が良いだろ?」
恭丞の問いかけに応じるかのように小袖は広がりながらふわりと浮かび上がり、袖から白く細い手を伸ばして筆を取る。
──小袖の手。
遺品となった小袖に持ち主である女の未練が宿って妖に変じたものは紙に伝えるべき言葉を認める。

一つお願いがあります

「何だ?書いてみな」

わたしたちの仇を討ってください

紙に綴られた文字は震えていて、それが怒りと恐怖によるものであることは容易に読み取れた。
「ああ勿論だ、それくらいしねぇと嫌なことを思い出させる対価にならねぇからな」
恭丞の言葉に安堵したのか、小袖の手はつらつらと自分の知り得ることを紙に書き連ねていく。
「……なるほどな、頭領」
「ん?」
「有力証言だ」
手渡された紙に記された内容に目を通し、烙は眉を潜める。
「──伏、動ける男連中を呼べるだけ呼んでこい」
「性別が曖昧な連中はどうしますかぃ?」
「女に化けて囮役をやっても良い奴だけ呼んでこい、それ以外は女連中ともども留守番だ」
「了解ですよぃ」
猫のような身軽な足取りで座敷から出ていく伏を見送った後、烙は綺幸の方に向き直る。
「太夫、俺なんぞがわざわざ言うまでもないことだろうが──」
「事が片付くまで花や用心棒を外に出さんようしとけばええんやろ?お安いご用でありんす」
「なぁに、一晩限りの辛抱にしてやるさ」
「頼もしいどすなぁ」
軽妙な声色とは裏腹に綺幸の目には相談屋に対する確かな信頼が宿っていた。

「──そろそろ日暮れか」
「妖が活動的になる時間ですねぃ」
帝都の花街・佳郷。
常であれば夕闇に提灯の薄明かりが浮かぶ時間帯なのだが、今日はどの店も提灯に火を点していない。
「……頭領は向こうの通りに行ったようだな」
「ならあっしらはこっち方面に行きましょうかねぃ」
「ああ」
会話に区切りをつけた恭丞と伏が散策を開始したのと同じ頃、烙は人気のない通りで煙管を吹かしていた。
「今のところ怪しい奴は……」
「おい、そこのお前!」
「……俺ぐらいか」
呼び止める声がした方に烙が振り返ると武装警察の制服をかっちり着込んだ若者二人が身構えていた。
「こんなところで何をしている、まさかお前が──」
「いや待て、腰に提げてるあの根付……あれは確か相談屋の……」
「早合点とは感心しないな、全体をしっかり観察してから行動を起こすようにって教わらなかったのか?」
「っ──」
「おいよせ!」
臨戦態勢に入りかけた相方を諌め、まだ冷静な方の武装警察は烙の方に向き直って頭を下げる。
「失礼しました、見回りがありますので我々はこれで」
「おう、気を付けろよ」
足早に去っていく武装警察の若者たちを適当に見送り、烙は踵を返す。
「あんな新米を現場に出さなきゃならないくらい切羽詰まってるとは情けない限りだな」
にやにやと笑いながら烙はその場にいない人物を詰るような独り言を呟いたその直後。
「──そろそろ出てきたらどうだ?」
「っ!」
烙が鋭く睨み付けた先──細い路地裏から着流し姿の男がおずおずと出てくる。
「い、いつから気づいていたんで?」
「あの若造どもが来る少し前からだな」
「ほぼ最初からってことかよ……」
「余程の間抜けじゃない限り誰でも気づくだろうさ、何せお前は血腥いにも程がある」
「──は、」
烙の指摘に男は表情を凍りつかせる。
「名前や顔を変えて花街の連中を騙し、この場もやり過ごすつもりだったんだろうがそうは問屋が卸さないんだよ」
「……ちぇっ、適当に世間話でもしてお暇するつもりだったのに予定が狂っちまった」
ばつが悪そうに息を溜め息を吐いた後、男は伏せていた瞼を上げてぎらついた眼差しを烙に向ける。
「悪く思──ぐぁっ!?」
啖呵を切るよりも先に男は物陰から飛び出してきた相談屋の若者二人に取り押さえられていた。
「よーしでかしたぞお前ら、そのまま太夫の所まで──」
「っくく、ははははは!これで勝ったつもりか?だとしたら随分とおめでたい奴らだなぁ!」
叫ぶのと同時に風が吹き荒れ、土埃が舞い上がる。
「っ……」
風の勢いが弱まった時、烙の前には咆哮をあげる巨大な狼の姿があった。
「本性を晒したか」
特に動じた様子もなく烙は煙管を吹かす。
「──いやぁ、間に合って良かったですねぃ」
その様子を大きな黒猫に姿を変えた伏といつも通り顰めっ面の恭丞、そして不安げな表情を見せる相談屋の若者二人が
屋根の上から眺めていた。
「お前たち、怪我はないな?」
「は、はいっ」
「ならこのまま様子を見てても良さそうですねぃ」
「でも頭領が……」
「問題ない、 声が届く距離にいたら頭領はそう言っていたはずだ」
地上に目を向けながら恭丞は逸る若者を嗜める。
「一つ聞くが、何故身請の手間をかけた?女の血肉が目当てならわざわざ──」
「外食には相応の代金を払うのが礼儀ってもんだろ?」
「……ああいうのを女の敵って言うんですかねぃ?」
「男の風上にもおけない、とも言えるな」
「ああ、確かにしっくり来ますねぃ」
「何呑気なこと言ってるんですか!」
賑やかな屋根の上とは裏腹に地上は静けさに包まれていた。
「何だよ急に黙り混んで、存外行儀が良くて言葉を失ったか?」
「いや、お前の処遇について考え直してたところだ」
「は?」
「拘束した後の処遇は太夫に決めてもらうつもりだったが止めだ、お前はここで始末する」
「はっ、出来るもんならやってみな!」
威勢良く吠えるのと同時に狼は地面を蹴る。
「──愛でるべき花を手前勝手に食い散らかした不埒者には、花に喰われる最期がお似合いだ」
振り下ろされた狼の爪が烙に届くよりも先に、煙管からくゆる煙から変じた鋼の花が狼の頭を噛み砕いた。

「相談屋の皆さん、ほんまおおきになぁ」
後日、相談屋一行は事件を解決した礼として綺幸ら花街人から盛大なもてなしを受けていた。
「わっちも花たちも心より感謝してるでありんす」
「報酬相応の仕事をしないとこっちも商売あがったりだからな。──時に太夫、これは外様の意見だが……」
不意に表情を真剣なものに変え、烙は綺幸の方に向き直る。
「今後身請の話が出たら慎重に取り合うことを勧める」
「無論そのつもりどす、また理不尽に花が散らされるのは嫌やしなぁ」
「そうでなくとも愛でる花が減ると困る奴はごまんといるからな」
視線を窓の向こうに浮かぶ三日月に移し、烙は酒を呷る。

──人と妖が織り成す怪奇譚、此度はこれにて。
最終更新:2023年06月18日 20:14