ばたんっ、からから。
「あら?こんな時間に誰かしら」
突然響いた扉を慌しく開いた音に気づいた青年は料理の仕込をしていた手を止め、扉の方へ向かうと一人の少女が扉の傍でしゃがみ込んでいた。
「ごめんなさい、今日は店じまいなのよ……ってどうしたのあなたその格好!?」
少女の服に返り血がついていることに気づくと青年は顔を青ざめ、少女の肩を掴む。
「ねぇ何があったの?お父さんとお母さんは?」
「……いない」
「いない?どうして?」
「……食べられちゃった」
少女の思わぬ発言に青年は目を見開く。
「食べられちゃった、って……」
「くぉらぁ!どこ行きやがったクソガキぃ!」
青年が訊ね返そうとしたその時、外で怒号が響く。
「……今の声の奴に襲われたの?」
怒号を聞いた瞬間少女が酷く怯えたことに気づいた青年がそう訊ねると少女はこくこくと無言で頷く。
「そう、事情は大体分かったわ」
そう呟くと青年はすっと表情を厳しいものに変化させる。
「ボクが戻ってくるまでの間ここでじっとしていなさい、良いわね?」
目をぱちくりさせながらも少女が頷いたのを見ると青年はふっと表情を和らげ右手で少女の頭を軽く撫でる。
「すぐ戻るから良い子にしてるのよ」
そう言って立ち上がった青年が扉を開けて出ていった後、少女が恐る恐る扉の外を覗き込むと苛立った様子で辺りを見回す男の姿が目に映った。
「くっそ、どこ行きやがったあのガキ……折角のディナーだってのに……」
「ちょっとそこのあんた」
不意に声をかけられたことに驚いて振り返った直後、男は表情を崩しため息をついた。
「何だ誰かと思ったらあんたか。なぁ、この辺でガ……子どもを見なかったか?」
「……見たには見たわよ」
青年の返答を聞いた途端男はぱっと表情を明るくする。
「本当か!じゃあ……」
「あんた、あの子の両親はどうしたの?」
突然の問いかけに男は驚き、酷く狼狽えた様子を見せる。
「あ、あんたには関係ねぇだろ?」
「ところがそうでもないのよ」
そう言いながら青年は男との間合いを詰めるとすぐさまその胸倉を掴み、軽々と持ち上げる。
「答えなさい、あの子の両親はどうしたの?」
「く、食っちまったよ……ガキ一人渡せばそれで済んだ話だったのに抵抗しやがったから踊り食いに……」
「そう、あんたが食べたのね。それを聞いて安心したわ」
冷ややかな目で睨み付けながら青年は男の肩口に顔を近づけていく。
「や、やめ……ぎゃあああああああああああ!」
青年に肩を食い千切られた男は絶叫すると同時に激しく身悶えし、胸倉を掴む青年の手を無理やり外すと地面に思い切り身体を叩き付ける。
「あら、お仕置きはまだ終わってないわよ?」
噛み千切った肉を指で摘み上げながら青年がそう言うと男は酷く怯えた表情を見せながら震え上がる。
「か、勘弁してくださああああぁぁぁい!」
情けない悲鳴を上げながら男が逃げ去っていくのを見送った後、青年は呆れ顔でため息を
ついた。
「逃げ足だけは早いわねぇ……にしてもこの肉、まずいったらありゃしないわ。ソーセージにして火を通せば少しはマシになるかしら……」
ぶつぶつと青年が独り言を呟いていると不意にぎぃ、と扉が軋む音が響く。
「あっ……」
青年が振り返ると扉の影からこちらの様子を伺う少女の姿が目に映った。
「じっとしてなさいって言ったのに……」
ため息混じりに言いながら青年は少女の傍へ歩み寄り、少女と目線の高さを合わせるために片膝をついた姿勢を取る。
「怪我はしてない?」
青年がそう訊ねると少女はこくんと頷く。
「そう、なら良かったわ」
「あ、あの……」
「ん?どうかしたの?」
「おにいさんって……マンイーターなの?」
少女にそう訊ねられた瞬間青年は目を見開き、数瞬の間を置いてすっと目を細める。
「……そうよ。ボクは人喰いの怪物、マンイーター。さっきの奴もね」
「本物の、マンイーター……」
そう呟きながら少女はぺたぺたと青年の顔に触れていく。
「……もしもーし?」
「絵本で見たのと全然違う……」
「絵本と違って美人で驚いた?」
「うん」
「なーんて……えっ?」
冗談のつもりで言ったことにまじめな回答を返された青年はきょとんとした表情を見せる。
「さっきの人は怖かったけどおにいさんは平気だよ」
「そ、それはどうも……」
流れで礼を言った後、青年ははっとした表情を見せ立ち上がる。
「そうだわ、長老に言って人間の町に送り返す手筈を……」
そう呟きながら青年が走り出そうとした瞬間、少女は青年の服の裾を掴んで引き止める。
「……どうしたの?」
「わたし、ここにいたい」
「ちょっ、何言ってるのよ!」
唐突な少女の発言に青年は驚愕の表情を見せながらしゃがみ込む。
「ここはさっきの奴みたいなのがうようよしてる危険な場所なのよ!?もしまた襲われでもしたら……」
「じゃあ他の人がわたしを食べる前におにいさんがわたしを食べて」
「……はい!?」
これまた突拍子も無い申し出に青年は素っ頓狂な声を上げる。
「だめ?」
不安げな表情で首を傾げながら少女が訊ねると青年は観念したような表情を見せながら長い溜め息を吐く。
「……あのね、ボクはあなたみたいな子どもは食べない主義なの。だからそういうお誘いはもう少し大きくなってからにしてちょうだい。
……それまでは面倒を見てあげるから」
「……ここにいて良いの?」
目を丸くしながら少女がそう訊ねると青年は頷いて肯定する。
「ボクとしてはすぐにでも人間の町に返してあげたいんだけど……あなたが嫌って言うなら仕方ないわよね」
青年が困り顔を見せる一方、少女は表情を輝かせていた。
「ありがとう、おにいさん」
「どういたしまして。……そういえばまだ名前を聞いていなかったわね。ボクはリヒト、あなたの名前は?」
「わたしの名前は……ミユ、です」
少女─―ミユが自分の名前を名乗ると青年―リヒトはにっと笑みを浮かべる。
「じゃあこれからよろしくね、ミユ」
「よろしくお願いします、リヒトおにいさん」
「リヒト、で良いわよ。そっちの方が呼びやすいでしょ?」
「リヒト……がそう言うなら、そうする」
「よろしい。それじゃあまずは……着替えかしらね。いつまでもその格好じゃ気持ち悪いでしょう?」
リヒトがそう訊ねるとミユはこくんと頷く。
「すぐに代わりの服を持ってくるからちょっとだけ待っててちょうだいね」
そう言ってミユの背中を軽く押しながらリヒトは店の中へと戻っていった。
最終更新:2023年06月17日 09:39