数多の命が喪われた「審判の日」事件から十年、世界に不穏な影が迫る。
天を穿つかのように聳え立つ黒き柱アビスピラーの周辺に現れた不気味な存在。
サイレンスと名付けられたその存在は対話不可能な脅威として人々に襲いかかる。
戦う術を持たぬ者たちがサイレンスに恐れ慄く中、人々の間でとある噂話が広まっていた。
「審判の日」事件で壊滅した氷の聖騎士に生き残りがいた。
その生き残りがサイレンスを容赦なく叩きのめしていた。
たったひとりで未曾有の脅威に立ち向かうかの者は世界を救う英雄となるのか、それとも──
◇
ロウラン・フィール。
彼女こそ「審判の日」事件で壊滅した氷の聖騎士唯一の生き残りであり、サイレンスを狩る孤高の戦士だった。
彼女の望みはただ一つ。
「審判の日」事件の犯人を見つけ出し、自らの手で討ち倒すこと。
在りし日の彼女を知る者はその豹変ぶりに驚き、憐憫の情を抱き、そして祈る。
荒みきった彼女の心に一つでも多くの救いと安らぎがあらんことを。
◇
「サイレンスの正体は「審判の日」事件の犠牲者よ」
医療機関グロリアの統率者アリサが告げた衝撃の事実。
理不尽に命を奪われた挙げ句、その骸を弄ばれる不憫な者たち。
彼らにとって討伐されることは救済たり得るのか。
そう問うたところで答えは返ってこない。
意思なき人形と成り果てた彼らに、言葉を紡ぐ口は無いのだから。
◇
「やっと、見つけた……!」
アビスピラー内部でロウランが対峙した一人のブラックキャスト。
名をフェイル・ハートレス。
「審判の日」事件を起こし、その犠牲者たちをサイレンスに作り変えて弄ぶその男はロウランの顔を
見てこう呟く。
「君は誰?僕に何の用?」
この態度だけでもロウランを怒り狂わせるには充分過ぎるものだったが、フェイルはさらなる
追い打ちをかける。
「そうだ、良いものを見せてあげよう」
どこか嬉しそうにフェイルが披露したもの、それは「審判の日」事件で落命した氷の聖騎士たちを
継ぎ接ぎした一体のサイレンスだった。
◇
──某日、アビスピラーが倒壊した。
損壊状況から見て内部で爆発が起きたものと推測される。
またアビスピラーがサイレンスの製造と改造を行う施設だったことが判明。
再発防止のためサイレンスに関連する記録や資料は諜報機関リベリオンが厳重に管理することが
決定した。
この決定に対して研究機関アル=アジフが抗議の声を挙げるかと思われたが、実際に挙げられたのは
英断と称賛する声だった。
あれは教訓にすら使えない狂気の沙汰だ、と職員の一人は後に語った。
◇
アビスピラーへ向かうところを見た、という証言を最後にロウラン・フィールの足取りは途絶えている。
あるブラックビーストは志半ばで倒れたという噂を流し、またとあるブラックキャストは本懐を遂げて
隠居したという噂を流した。
憶測の域を出ない噂話を楽しむ時間は人々に平和な日常が戻ってきたことを実感させる。
──そして真相は闇の中へと消えていった。
最終更新:2023年09月18日 15:51