忌戦の信徒編

その信仰が生まれたのは無為の戦争末期、身も心も疲弊しきった人々が救いを求めた頃だった。

あらゆるものが戦争で壊されていく中、あるがままの姿を保ち続ける黒き大樹。

かの大樹を不変と安定の象徴と崇める者は少しずつ数を増やしていき、やがて一つの集団を形成する。

神樹教という名を獲得したこの集団が数百年に及ぶ歴史を持つ宗教団体になるのは、もう暫く後の話。

 ◇

情報を駆使して戦況を操作する諜報機関リベリオン。

純粋な兵力の高さで圧倒する軍事組織竜の心臓。

優れた医療技術をもって数多の命を救う医療機関グロリア。

そしてこの時はまだ烏合の衆に過ぎなかった神樹教。

他の組織にあって神樹教に無いもの、それは統率者だった。

統率者不在の群れは弱く、瞬く間に淘汰されてしまうのが世の定め。

神樹教にとって統率者の擁立は迅速に解決すべき問題である。

 ◇

幸いなことに神樹教の統率者足り得る人材はすぐに見つかった。

名を秘生朱乃(ひのきしゅの)

後の世で開祖と呼ばれることになる人物である。

統率者の地位に就いた彼女が最初にやったことは作法の制定。

口頭での説明を殆ど必要とせず、見様見真似で覚えられることに重きを置いた作法が普及するまでに
そう時間はかからなかった。

 ◇

烏合の衆から統制の取れた宗教団体に成長した神樹教が次に解決すべき問題。

それは武力の確保をしなければならない現実とどう折り合いをつけるか。

忌戦主義を掲げて得られる安寧には限界がある。

されど考え無しに武力をつければ他の組織に付け入る隙を与えることになる。

苦慮の末に秘生が出した解決策は武芸に祭事の要素を盛り込むことだった。

試行錯誤を重ねて体系化されたこの武芸に与えられた名は奉納舞闘。

戦争を拒む神樹教が有する唯一無二の武力である。

 ◇

やがて無為の戦争が終りを迎え、世界に平和が訪れた。

数多の組織が時代に則した変遷を辿る中、神樹教は最初に定めた方針を貫き続けた。

無益な争いを忌み嫌い、穏やかな日常を尊び、黒き大樹に祈りと舞を捧げる。

数百年の時が流れてもその有り様は殆ど変わらない。

さながら彼らが崇拝する黒き大樹の如く。
最終更新:2023年09月18日 15:46