ナイトウィザード!クロスSS超☆保管庫

第01話

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聖剣/乱舞 前編


 一振りの剣があった。
 偉大なる王が携えた聖剣。
 あらゆる困難を切り裂く魔法の剣。
 騎士王たる彼の象徴――約束された勝利の剣【エクスカリバー】
 されど、王は裏切りの刃により致命傷を負い、湖の貴婦人より受け賜わりし勝利の聖剣は湖へと帰された。
 既にこの世には聖剣は存在しない。
 歴史は、御伽噺はそう語る。

 されど、本当にそうだろうか?

 もしも失われた剣を再びこの世に出現させる方法があったなら?
 もしも失われた聖剣を継承するものがこの世にいたら?

 どちらか片方の条件でも満たせば聖剣はこの世に蘇る。
 そして、二つの条件を満たせば――この世に聖剣は二つ存在する。

 再現されしもの――約束された勝利の剣。
 継承せしもの――受け継がれし王の刃。

 どちらが優れているのだろう。
 どちらが本物なのだろう。

 それを決める方法はただ一つ。

 勝利すること。

 例え元来的に本物であろうとも、偽者が勝ることがある。
 偽者に負けぬ本物もある。
 ならば真偽など関係ない。
 より価値の高いものにこそ価値がある。


 今ここに二振りの聖剣が激突する。



 聖剣/乱舞
   再現せしもの/継承せしもの




 冬木市。
 夜も更けた新都の夜行バスから降り立つ少年がいた。
 長袖のパーカーを羽織り、ジーンズをはいた少年。歳は高校生ぐらいだろうか。
 茶色く染めた髪に、端正とも言える顔立ちの少年。本来ならば幼さの残る年頃だろうが、寂しく寒い冬の風に浮かべる鋭い目つきで幼さを打ち消し、大人びた気配を纏わせている。
 緋色にも似た瞳がまるで墓場のように立ち並ぶ高層ビル群を眺め見て、周囲を油断無く見渡していた。

「……彼を知り己を知れば、百戦危うからず。というものの、己の実力も分からず、敵地に踏み込むか。とんだ愚策だな」

 やれやれと首を振り、周囲を見渡しながら、懐から一つの携帯を少年は取り出す。
 それは0-PHONEと呼ばれる特殊な機器だった。

「柊 蓮司、緋室 灯、ナイトメア、伊右衛門さん、グィード・ボルジア……これだけの面子を集めて、一体ここで何が起こっている?」

 彼が名前を上げたウィザードは世界でも有数の実力者たち。
 単独でも魔王クラスとも渡り合える戦闘能力を持つ人材。
 そして、少年は六番目の人材として選ばれていた。
 あと数名サポートウィザードが来ていると聞いていたが、そちらはあくまでも援護らしく名前は聞いていない。
 先だって到着しているはずの人員と合流するか、そう考えて少年は足を踏み出そうとした瞬間だった。

「っ!?」

 ゾクリと肌を打つ殺気を感じた。
 気配の位置を探り、少年は手に持っていたバッグを周囲からの視線がないことを確認してから、消失させる。
 否、消失ではなく、格納。
 彼が纏う“異相結界”へと押し込んだのだ。

「なん、だ?」

 彼が感じたのは剣気。
 まるで触れれば切り裂かれそうな殺意。
 しかし、その対象は己ではない?

「しかし、どこから――」

 そう呟いた瞬間だった。
 視覚の端っこで何かが瞬いた気がした。
 高層ビルの屋上、そこで撃ち出される殺意――そして立ち上がる閃光。
 それは魔力の気配。

「あそこか!」

 何かが起こっている。
 それを確認するために少年は走り出した。


 そこで宿命とも言える出会いがあるとも知らずに。



 一つの戦いが終わっていた。
 一人の少女――剣の名を冠する英雄が、弓の名を冠する英雄を両断した瞬間、雌雄は決したのだ。

「今回はオレの負けか――先に行くぞセイバー。せいぜい、このオレに騙されていろ」

 潔く散ることなく、敗者の恨み言を残してその男は消え去る。
 後に残るのは一人の少女。
 月光に輝く髪、輝く鎧を纏い、一つの偉大なる聖剣を振り抜いたセイバーと呼ばれた少女の姿のみ。

「何故……」

 彼は襲い掛かってきたのか。
 彼は討たれなければいけなかったのか。
 彼と己が対峙しなければならなかったのか。
 無数の何故がある。
 鈍痛にも似た疑問が膨れ上がり、彼女の胸を締め付ける。
 彼女の人生は後悔だらけだ。
 ああしとけば、ああやっておけば、もっと誰かが救われたのではないか。
 己の悔いではなく、誰かのための悔い。
 それは尊いけれど、愚かとも言えた。
 過去は修正できぬ。
 それこそ魔法でも使わぬ限り出来ないのだ。

「……」

 彼女は沈黙と静寂の中に沈み込む。
 聖剣を不可視の風の鞘に納め、静かに残心を払う。
 どうすればいいのか、マスターの元に戻るべきか、それとも待ち続けるべきか。
 それすらも決断できずに――迷い続けるはずだった。

 バンッと一時間も立たずに、彼女が沈黙に沈み込んでから数分後に屋上の扉が開かれるまでは。

「っ、士郎ですか?」

 何気なく、ただ察知したままにセイバーは振り返る。
 しかし、それは外れていた。
 同じ茶髪の髪、同じような年頃の少年だが、それは別人だった。
 赤い外套を纏った姿――まるで先ほど葬った男の普段着のよう。
 鋭く険しい目つき――戦いの選択を決断したマスターのような目つき。
 そして――その全身が帯びる剣気は尋常ならざるもの。

「これは、どういうことだ?」

 周りを見渡し、セイバーへと向ける警戒をまったくもって怠らぬまま、少年が周りを見渡す。

「っ!」

 一瞬にして、構えを取るセイバー。
 彼女の頭の中は一瞬混乱していた。
 何故私は士郎と彼を間違えたのだろう。
 本来ならばラインが繋がり、決して間違えるはずのない主従の繋がり。
 だというのに、セイバーは一瞬やってきた彼を見るでもなく、士郎と勘違いした。
 勝手な期待? 馬鹿な、それほど耄碌したのか。
 あるいは状況からの推測? ありえない、士朗の脚からしてここまで来るのにもっと時間がかかると解り切っている。
 なのに、何故?

「貴方は……誰だ?」

 混乱する己の思考を鉄壁の仮面の中に押し隠し、セイバーは冷たい相貌で静寂を切り裂いた少年に告げる。
 このような現場にやってきたこと、纏う格好から考えて魔術師か?
 英霊ではありえない。
 生身の人間だとセイバーの目は看破している。
 だがしかし、何故か油断は出来ぬと己の本能が全力で鳴らしていた。
 無手の少年、なのにまるで油断が無く、剣に手を掛けたかのように鋭い剣気が肌を打ち、背筋を振るわせる。

「それはこちらの台詞だ。貴方はウィザードか? 紅い月は昇っていないし、エミュレイターには見えないが」

 ウィザード?
 こちらを魔術師だと勘違いしているのか?
 しかし、聖杯から与えられた知識は魔術師をウィザードと呼ぶ風習はないと告げる。
 違和感がある。
 まるで掛け違えたボタンのような違和感が。

「一つ訊ねる」

「なんだ?」

「聖杯戦争の参加者か?」

 この質問の反応で確かめる、とセイバーは僅かに突き出した前足から、蹴り足へと重心を僅かに傾ける。
 音も無く、僅かな数ミリにも満たない挙動。
 しかし、それを少年は察知し、身構える。
 虚空に手を伸ばし、まるで何かを掴むような動作。

「聖杯戦争? なるほど、それがこの地の異変か」

 知らない?
 だが、調べに来た。

 ――と今の一言で理解する。

 聖杯戦争の関係者ではない、だが関わりあろうとする人間だということを。
 嘘かもしれないが、見る限り発せられた態度は自然なものだった。

「知らない、と?」

 確認し、念を押すかのように告げる。
 聖杯戦争に関わろうとする魔術師であれば、それはもはや敵であることは明白である。
 もはや聖杯戦争は終わったが、彼女達英霊は限りなく利用価値の高いサーヴァントだ。
 令呪を奪えれば従えることも可能な例外的な英霊。
 それを狙うものがいないわけではない。
 聖杯戦争を知らぬとも、知れば欲しがる。それが人の性だろう。

「ああ、知らないな。だが、一つ分かることがある」

 高まる剣気。
 振れば珠散る刃の具現。
 温度すらも凍りつきそうな殺気に晒された真冬の大気の中で、蒸気じみた白い息を吐き出しながら少年は応える。

「おそらく君は俺の敵だ」

 そう告げた瞬間、セイバーの闘気が高まる。
 空気が圧縮されたかのように張り詰め、重力が増したかのように重みを与える。
 見るがいい、剣において並ぶもの少なき偉大なる騎士王の構えを。
 幾十、幾百の戦を乗り越え、千は超えるだろう敵兵を切り捨てた偉大なる騎士の姿を。
 その身は剣を振るうために在る。
 剣士の名を与えられし英雄。
 英雄に立ち向かえるのは英雄のみ。
 ただの人間では立ち向かえぬ、決して歯が立たぬ、破れる事無く高貴なる幻想。
 目の前の少年は高貴なる幻想に立ち向かえるほどのものか。

「凄いな。人とは思えない」

 少年は告げる。
 目の前の騎士たる少女に、虚空に伸ばした指をゆっくりと折り曲げながら、鋭き眼光を発する。
 常人ならば――否、人間であれば瞬く間に怯え震え、膝を屈すだろう英霊の闘気を受けても揺るがない不動の精神。
 明確なまでにもはや一般人ではないことを、只者ではないことを告げる。

「……」

 剣の英霊は答えない。
 不必要な情報は与えない、答える必要性はないと判断した。
 ただ切り捨てるのみ。
 四肢を切断し、その後に情報を問い詰められば十分だろうと考える。

「先に言っておこう」

 じわりと踏み込む瞬間を狙っていた少女に、目の前の少年はぼそりと呟いた。

「俺の名は流鏑馬 勇士郎」

 己の名を少年――流鏑馬 勇士郎は名乗る。
 それが礼儀だと、譲れぬルールだと告げるかのように己の名を騎士王に告げながら、手を伸ばす。
 瞬間、虚空より何かが握り締められる。
 投影魔術かと一瞬考えるも、違うと判断。
 まるで違う場所から引き抜かれるようなギルガメッシュの王の財宝/ゲート・オブ・バビロンのような感覚。
 そして、セイバーは視る。
 引き抜かれていく柄を見た。
 ゾクリと何故か肌が震える、その剣を抜かせはいけないと全本能が叫んでいた。

「ブルー・アースと呼ばれるウィザードだ」

 だがしかし、剣の英雄には誇りがある。
 切りかかろうとする己を押さえつけ、名乗りを上げる勇士郎に名乗りを返す。
 言葉で相手を断ち切らんと、鋭さを帯びた言葉を発した。

「私の名はセイバー。真名ではありませぬが、それを名乗れぬことを詫びましょう」

 サーヴァントにおいて真名を知られることは命取りだ。
 それに彼女の名は有名すぎる。
 誰もが知る故に、知られては不味すぎる真名。
 故に名乗れぬ無礼を詫びる。

「私の名はセイバー。真名ではありませぬが、それを名乗れぬ無礼を詫びましょう」

 サーヴァントにおいて真名を知られることは命取りだ。
 それに彼女の名は有名すぎる。
 誰もが知る故に、知られては不味すぎる真名。
 故に名乗れぬ無礼を詫びる。

「構わないさ。元々期待はしていなかったからな」

 それに勇士郎は応える。
 構わぬと。
 ただ斬るための礼儀だけを済ませたとばかりに、彼は身構えた。
 既に二人は言葉を必要としなかった。
 虚空に融けゆく言葉が拡散した瞬間、二人は同時に踏み出した。


 ――瞬くような刹那で二人の距離――十数メートルの間合いがゼロとなる。


 疾い。
 英霊たるセイバーの踏み込みよりはやや劣るも、その速度は異常。
 撃針に打ち出された銃弾のように踏み込みから接触までゼロコンマの間もない、一瞬の交差、一刹那の邂逅。
 全身を捻り上げ、互いに振り抜いた剣の軌道が重なり合い――甲高い金属音と共に火花が散った。
 セイバーは不可視の剣を、勇士郎は鋭く伸ばされた槍のような長剣を両手で振り抜いていた。

「っ、どこにこれだけの膂力が!?」

 戦闘機が直撃してきたかのような衝撃に、勇士郎が驚愕の声を上げる。
 英霊たる彼女の斬撃は人間の出せる膂力を軽く凌駕する。
 岩を切り、鉄を切り裂き、金剛石すらも容易に粉砕する馬鹿げた威力の刃。刃という名の形をした粉砕機といってもいい、それほどの次元の差がある。
 しかも、不可視の武器。
 いつ直撃するのかも分からない、身構えることも難しい突然の繰り返し。故に二重の驚きだった。
 驚いたのはセイバーも同様――否、それ以上だった。
 人の身で手加減抜きのセイバーの剣撃を受けたのだ、強化魔術でも行っていなければ一撃で腕がへし折れて、血肉がはじけ、砕けた骨が飛び出してもおかしくない威力。
 なのに、勇士郎は受けた一撃の威力に無理に踏ん張ることも無く、されど負けることも無く、コンマ数秒の淀みもなく手首を捻り、柔らかく反動を受け流している。
 恐るべき技量。
 されど、それ以上に驚くべきことがあった。
 勇士郎が振り抜いた長剣、それをまるで食いつくかのようにセイバーは見た。
 発せられる魔力を感じ取る。

「馬鹿なっ!?」

 驚愕は声に。
 驚きは瞳に。
 震えは剣に伝わる。
 喉が渇く。
 止まらぬ剣戟を交わしながら、一瞬でも油断をすれば切り捨てられそうな剣の舞踏を行いながら、セイバーは目を見開く。
 数十、数百合目の激突。
 雷光と旋風の衝突とでも例えれば正しいだろうか。
 風のように素早く、稲妻のように鋭く、互いに似た、けれども質の異なる斬光の鬩ぎ合い。
 圏内に立ちはだかる刃全てと打ち合い、振り抜かれた鋼の牙同士の激突の瞬間、火花を散らしながら、互いの一撃の威力を刀身に伝えながら、セイバーは震える。
 鍔迫り合いをしながら、あまりの技量に金属音すらも打ち消して、互いの威力を伝え切りながら、セイバーは見るのだ。
 理解する。
 把握する。
 真贋を確かめる。
 その剣を、相手の長剣の正体を――彼女が理解出来ぬわけがない。
 何故ならばそれは己の剣なのだから。

「エクス、カリバー?」

 姿は違う。
 己のよく知る聖剣とは形状が異なる。
 けれど、理解する。
 分かるのだ、悟れるのだ。
 それは私の剣だと吼えそうになった。
 それは私の刃だと激昂しかけていた。
 だがしかし、勇士郎は表情を変えぬ。
 ただ少しの驚きと、当然のような顔を浮かべて告げる。

「よく分かったな」

 その声にエクスカリバーを持っていることに対する違和感などなかった。
 その声に目の前に相対する騎士王への違和感などなかった。
 どういうことだと、セイバーは混乱する。
 混乱してもなお、その斬光は衰えない。

「その剣、どこで手に入れたのか後ほど聞きましょう!」

 怒りを力に変えて。
 汚された誇りを熱に変えて。
 彼女の刀身が熱く輝き、その身はさらなる刃を求める。
 もはや敵を生身の人間とは考えない。
 敵を英霊と同等ものだと考え、速度を上げる。

「っ!」

 それに勇士郎は応えた。
 己の四肢に、莫大なるプラーナを注ぎ込み、人外の身体能力を得る。
 見るものが見れば戦くであろう。その量に、その質に。
 彼の身は勇者、星に選ばれし戦士。
 保有する存在力、それは常人とも、通常のウィザードとは比類にならない量を持っているのだと。

「っ、おぉ!」

 セイバーが咆哮を上げる。
 息を洩らし、一瞬だけ驚愕し、硬直した己の四肢を奮い立たせるために。

「はぁ!」

 勇士郎が唸り上げる。
 声を上げて、迫る人外の、人の身では立ち向かえぬはずの英霊を葬るために。
 互いに常人では認識不可能な高速空間に突入する。
 瞬く間に火花散る、斬撃と斬光と剣閃の乱舞を繰り広げる。
 視界全てを埋め尽くすかのような刃の応酬。
 震え立つは二つの聖剣、二つの刃、二つの剣士。
 互いに引けぬ、互いに退かぬ、互いに負けれぬ。
 ならば、叩き切るしかあるまい。
 眼前両断。
 その言葉を掲げて、剣を振るい上げる雌雄。

「しかし、お前の持っているものはなんだ? セイバー、剣士、ならばその手に持つは刀剣だろう」

 不意に勇士郎が言葉を告げる。
 不可視の武器、それを防ぎ続けながらも、勇士郎はセイバーに訊ねる。

「重みは日本刀では無い。されど、その振りは青龍刀でもなく、鉈でもない。ならば」

 その四肢に存在するための力――プラーナを注ぎ込み、触れれば両断されかねない剣の嵐に対峙しながらも勇士郎は独り言のように呟く。

「――西洋剣、それもロングソードと見た」

「っ」

 触れれば切れる剣気の中で、剣を交えながら二人は会話をしているようなものだった。
 打てば響く。
 それが道理だ。
 看破された瞬間、僅かな剣の淀みが、勇士郎に伝わり、理解される。

「正解、だな」

「隠せない、か」

 剣士は剣で語るものだ。
 打ち合えば互いの心すらも理解する。
 剣技はまさしく心を写す鏡なのだから、偽ることは許されない、見破られるだろう。
 もはや隠せぬとセイバーは割り切り、速度を上げる。

「っ、まだ!?」

 セイバーの剣速が上がる。
 不可視の剣が、視認外の速度を帯びて、振り抜かれる。
 決してセイバーは手を抜いていたわけではない。
 だが、本気ではなかった。
 己の剣の形状を看破されぬように癖を抑え、西洋剣術の本来の型を取り戻す。
 ただ純粋に叩き切る。
 その一念を篭めた斬撃。
 見えぬ刀身、視えぬ刃、ならば防ぐ手段は――ない。
 銃弾よりも疾い、斬光の連撃を勇士郎は予測だけで数発防ぎ、最後に振り抜かれた刃を後退して躱す。
 されど、それは愚策。
 彼女の足取りは止まらぬ、永劫に続く剣舞。
 全てが必殺、一撃目で殺し、一撃目で殺せぬともニ撃目で殺し、それで殺せぬとも三撃、四撃。
 全撃全殺。
 全てをもって殺し、全てを持って死なす。
 ただ切り伏せるための刃。
 戦場の剣。
 士郎とのラインから魔力を吸い上げ、さらなる加速を、さらなる力を高めながら振り抜かれる人外の一撃。

「っ」

 一瞬よりも短い刹那、勇士郎が息を僅かに吐き出す。
 瞬間、セイバーの振り抜く斬光の前に光の盾が出現――やはり魔術師、しかし知らぬ術式。
 だが、問題ない。
 その身の対魔力Aランクは防御魔術にも影響される、その身自体が魔術を打ち破る最強の盾であり矛。
 コンマ数秒にも満たない間に光の盾を粉砕し、勢い衰えぬままに不可視の刃を勇士郎に食い込ませる。
 だが、そのコンマ数秒があれば十分だったのだ。
 彼が異相空間――【月衣】からモノを取り出すには。
 金属音が響き渡る。
 肉を切り裂く音ではなく、甲高い金属音が泣き声のように虚空に響き渡る。
 並みの武具ならば容易に両断する一撃だった。
 彼の剣が決して間に合わぬ角度で、振り抜いた刃だった。
 だが、それは弾かれている。
 彼の左手に握られた、虚空より出現せし――巨大なる“鞘”によって。
 それは巨大な盾にも見えた。
 それは巨大な刀身にも見えた。
 だがしかし、それは鞘。
 彼が握る聖剣と共に在り続ける、あらゆる災厄から彼を護る守りの鞘。

 ――本来ここに存在せぬはずの鞘だった。

 そして、セイバーの混乱も限界に達する。
 全てが不可解だった。
 目の前の鞘――アヴァロン、それは本来彼女のマスターである衛宮士郎の体に埋め込まれているはずの鞘なのだ。
 それが形状も違う、そして何より士郎の無事をレイラインを通じて感じているのに、目の前の少年が手にしている理由が不可解だった。
 世界は贋作を認めない。
 例え投影魔術で贋作を生み出そうとも、例外たる贋作者/フェイカー以外では数分と持たずに、劣化したものしか生み出せぬはず。
 なのに、セイバーは目の前のそれを本物と理解していた。
 何故ならば彼女は“ただ一人の本来の所有者”であるからだ。
 原型を持つ英雄王を除けば、それを持ちえる英霊などいやしない。
 否、仮に彼女以外の“彼女の可能性”が顕現しようとも、それは目の前の少年ではありえない。
 何度視ても彼は英霊ではないのだ。
 生身の人間に過ぎない。
 受肉化していようとも、見分けが付かぬはずがないのだ。

「……大敵と見て恐るるなかれ、小敵と見て侮るなかれ――か。油断はしない、侮りもしない、全力で行かせて貰う」

 己の全力を見せ付けると、己の全てを使い打ち込むと、勇士郎は告げる。
 聖剣を右手に、守護の鞘を左手に、攻防一体の構えを取り、吼える。
 セイバーには不可解だった。
 迷いはある、混乱はある。
 ありえないはずの聖剣に、ありえないはずの鞘を携えた相手。
 だがしかし、今は迷う暇は無い。
 戦いを続けよ、迷いを断ち切れとばかりに踏み込み。

「おぉおおっ!」

 ――何者だ!

 その思いを込めて、翻した不可視の聖剣の一撃。
 だが、それを――勇士郎の握られた守りの鞘が受け止める。
 真正面から受け止め、弾き払う。

「っ!」

 英霊の一撃である。
 戦車の装甲すらも両断する人外の一撃を、片手で、それも弾かれること無く逆に弾き逸らした。
 物理法則ではない紛れもない神秘の作用。
 破れぬ、この鞘を被ったままの聖剣では。
 切れ味が足りぬ、覚悟が足りぬ、全てが不足する。
 セイバーは考える。
 鞘から抜くか、風王結界を解き放つか。
 思考しながらも剣は停まらない。唸るように打ち合い続ける。
 互いの剣の質が変わり行く。
 まるで日が暮れ、朝日が昇り、月の形が変わるかのように。
 本質は同じであれども、その形容が変わるのだ。
 セイバーは細かくステップを踏みながら、その小柄な体重の全てを一切の無駄なく刀身に乗せて、叩き切る荒々しい王者の剣に変わる。
 勇士郎は左手に握った盾を持ち、右手に携えた聖剣を振るい、攻防一体の剣技を振るう。
 先ほどまで両手で握っていた聖剣、それを片手で振るえば威力が落ちるのは必然。
 不可視の剣撃、その見えぬ刃をセイバーの手首の角度と怖気立つ肌の感覚を信じて弾き払う。
 真正面から受け止めれば手首が砕け、腕が折れるだろう。馬鹿げた威力のそれを捌くかのように、受け流すかのように、柔らかく、されど鋭く打ち放つ。
 互いに切り込ませぬ、竜巻のように迅い回転速度で、されど轟風のように荒々しい斬光を繰り出しあう。
 斬撃――それは線であることの極みたる殺害行為。
 刺突――それは点であることの極みたる殺傷行為。
 剣戟、それは点と線による芸術活動とも言えるのではないのだろうか?
 ラインアート、空間に斬光という名の色を塗りつけ、刺突という名の点を穿ち絶ち、描き出すは対象の死という凄惨なる芸術活動。
 待ち受ける結果はどう足掻いても死という報われぬ結末だというのに、何故にこれほどまでに美しい?
 剣の英霊たるセイバー、見れば人を引き付ける、視れば心すらも蕩かす美しき聖剣の乙女よ。
 剣技を極め、幾多の戦場で埋もれるほどに手を赤く染め上げた騎士たるもの王。
 幾多の人を切り殺し、殺傷し、罪に塗れてもなお、その美しさには何の陰りもない。
 美しいと、ただその一言で飾ることしか出来ぬほど、眩く神々しい聖剣の如き美しさを持ちえる少女。
 対峙するものは誇らしく、打ち放たれる斬撃は震え立つほどに極められた最高の剣。
 それと対峙することは剣士としての誉れに他ならない。
 故に、必然として勇士郎は笑みを浮かべる。
 紅い外套を纏い、その左手に鞘を、右手に聖剣を携えた、歴史には語られぬ――“聖剣の後継者”は嬉しそうに、されど荒ぶる獅子の如く笑う。
 試すのだ。
 確かめるのだ。
 目の前の正体とも知れぬ少女、騎士たる剣技を振るう、不可視の聖剣を担う剣の英霊に、己の技量を全て魅せよと奮い上がるのだ。
 幾多に転生を繰り返し、数百年にもいたる研鑽の高みにある剣技を叩きつけよと剣士としての本能が咆え上がる。
 互いに敵だと理解し尽くす。
 油断も奢りもしてはならぬと骨の髄まで染み渡っている。
 故に、だから、それだからこそ――嬉しい。
 一片の容赦もなく、一切の慈悲も必要なく、ただただ全力を注ぎ込めばいい。
 単純にして明快であり、己が全力を発揮できる舞台に踏み出せばいい。
 遠慮するな。
 相手は敵だ。己が全力を出しても勝てるかどうかも分からぬ敵。
 血肉の一滴まで搾り出し、ただ目の前の敵を粉砕せよ。

「うぉおおおおお!」

「はぁあああああ!」

 互いに上げた獣じみた咆哮。
 それは静寂に満たされた新都の大気を揺さぶり、潜むものたちを震え上がらせる獅子の声か。
 穿ち、斬りつけ、叩き砕く。
 一閃、二閃、三閃、四閃――剣閃を繰り返す毎に速度が上がる、加速する斬撃乱舞。
 まるで燃え上がる炎の勢いの如く止まらない。
 さらに、さらに、さらに、限界を超えて。
 むしろ、むしろ、むしろ、この程度ではないと吼え猛るかのように。
 一合毎に速度が上がる、衝突し合う度に重さを増す威力に手が震える、最高であったものがさらなる最高の刃に限界を上書きされ続ける。
 骨が軋みを上げる、恍惚と共に。
 肉が悲鳴を上げる、歓喜と共に。
 全身を巡る血管が、全身に纏う皮膚が、引き攣り、うねりながらも吼え猛る。
 進化せよと、強くなれと、されに上へと登り上げよと。
 肉体が、魂が、さらなる強さを、目の前の敵を葬るための強さを求め、昂ぶる。
 進化・共鳴。
 二振りの聖剣が、火花を散らし、金属音を鳴り響かせて、激突を繰り返す。
 互いに気付かぬ、互いに気付く。
 お互いの刃が進化していると。
 十数年の修練にも匹敵する鋭さを、瞬く間に身に付けつつあると。
 僅かな刹那にも満たぬ逢瀬に火花を散らして不可視と可視の刀身が貪り合うかのように噛み付き合い、雷光のように引き裂かれ、瞬くよりも早く再び出会う。
 どこまで達する。
 どこまで登り詰める。
 自分でも分からない、相手にも分からぬだろう、凄まじき速度の成長と進化。
 強くなり続ける剣の担い手達の斬り合いはまさに世界の歴史。
 星が生まれてから過ごした時間に対する人の輪廻の如く、それは切なく、それは短く、濃厚な輝ける剣舞。
 闘気、殺気、鬼気、剣気。
 あらゆる感覚が、あらゆる大気が、あらゆる気配が入り混じり、優れた感覚が受け止めた幻覚は虚実入り混じりて刃と成し、現実の刃が、幻覚の刃が共に斬りつけ合う。
 流れ零れる汗の一滴、それが飛び散り、地面に落ちるまで振り抜かれる斬撃の数は数十合にも至る。
 袈裟切り、刺突、切り上げ、逆袈裟、廻し切り、etcetc――
 セイバーの振り抜く流星雨の如き隙間無い剣閃はあらゆる角度から勇士郎の鞘の守護を掻い潜ろうとした結果である。
 不可視の刀身。
 それを利用し、手首を返し、或いは体で握りの位置を押し隠すかのように、無数の斬撃を放った。
 されど、それを幾年の経験で、或いはプラーナを注ぎ込み強化した視力で捉えて弾き払い、或いは主を護るために発動する守護の鞘が自動で受け止め、遮断し続ける。
 なんという堅牢さだとセイバーは内心舌を巻く。
 かつてアサシン――佐々木 小次郎と対峙した時の記憶を思い出す。
 彼の繰り出す長刀、その長い間合いから、なによりその全てが斬首の魔性染みた鋭さを持つ全殺の刃に踏み込みかねた。
 下手に踏み込めば、瞬く間に首を刈られる。
 待ち受けるは死、直線を描くセイバーの剣戟において、曲線を描きながらも匹敵する妖の如き剣鬼の刃。
 それと状況は似ていた。
 突き崩せぬという一点において。
 汗が零れる、全身の細胞が震えて、ドクドクと流れる心臓の動きを感じ取る。
 セイバー、異例なる英霊。
 その肉体は成長を止めた生身の人間だからか。
 英霊として強化はされている、されど生前と全く変わらぬ己の肉体が囁いているのだ。

 ――抜けと。

 聖剣を解き放て、鞘に納めたまま斬れるほど敵は甘くはない。
 敵は全力を出した、ならば答えるのが礼儀だろう。
 騎士の誇りがそう告げるのだ。いや、それは騎士の誇りでは無い。
 剣への渇望。
 全力を出したい、己の全てを持ってぶつかり合いたいという剣に魅せられた魂が囁く誘惑。
 騎士王たる修練の果て、潜り抜けた戦場の果てに身に付けた剣技が魂すら縛り上げ、本音を引き出すのだ。
 剣に生きた、剣に選ばれた、剣により死に絶える。
 選定の剣を引き抜きし時よりセイバーは剣と共にあることを定められし剣の申し子。
 もはや剣無しでは生きられぬ。
 もはや剣無しでは存在意義はない。
 ならば、迷う必要もあるまい。

「ふっ!」

 息を吐き出し、降り注いだ勇士郎の斬撃を弾き払うと、とんっと風のようにセイバーが一歩後ろに下がる。

「……これまでの無礼を詫びましょう」

「?」

 勇士郎は眉を歪め、鞘たる楯を構えながら、セイバーの動向に注意する。

「貴方は強い。正体は知りません、何故そこまで強いのかも知りません。何故貴方がその聖剣を、鞘を持っているのかも知りません」

 ゆっくりとセイバーは不可視の聖剣を握り締め、ただ真っ直ぐに、勇士郎に燃え滾る双眸を向けながら告げる。

「しかし、一つだけ分かることがあります」

 ……風が唸り出す。
 世界が突如戦慄き出した。
 まるで怯えるかのように、世界が震撼する。
 来たぞ、来たぞ、と喝采を上げるかのように大気が渦巻き、風が踊り狂い、その開封を見届ける。
 祝福せよ、祝福せよ。
 喝采せよ、喝采せよ。
 その開封を、世界により選ばれし神造兵器の美しき姿に歓喜せよ。

「貴方には私の全力を見せる必要があると!」

 そして、聖剣は引き抜かれた。

 恐れるがいい。

 星が鍛えし最高の聖剣の輝きに!


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