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バザール喫茶店編

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作者 夜ねこ

休日の過ごし方(バザール喫茶店編)


 休日。
 学園が転移して出来たこの世界に、休日出勤などというサラリーマン的なものは存在しない(一部教師除く)。
 毎週1度、所により2度は訪れる休日。学園世界において、その過ごし方は様々である。

 学園都市や麻帆良、蓬莱など“学生の遊び場”が充実している学園に遊びに行くもの。
 購買で依頼を受けたり、自主的にダンジョンに向かったりして“冒険”に明け暮れるもの。
 “研究者の楽園”ザールブルグアカデミーで学業を忘れてひたすら研究に勤しみ、議論を戦わせるもの。

 そして―――


 ***

 空を仰ぐ。
 本日の空色はパステルブルー。春先の快晴の空の色。
 やや強くはあるものの、心地よい暖かみを帯びた風が街角を吹き抜ける。
 髪があおられ、とっさに帽子が落ちないように手を添えた。

 胸元で朱色の大玉ビーズを留めた紐リボンを結び、ホルターネック(首の後ろで紐を結ぶタイプ)のモカブラウンキャミソール。
 その上から、髪の色よりも濃い灰色薄手のニットカーディガンを羽織り。
 七部丈のデニムパンツと、チョコレート色のコルク底サンダル。強い風にあおられたら落ちそうな生成色ニット編みハンチング帽。

 久しぶりの休日らしい休日。
 ここ最近は自分が「報道委員」となったために取材や調査、原稿書きに撮影などで休みらしい休みはとれなかった。
 もっとも、丸一日の休息がなかっただけで、土日は取材を終えて原稿チェックをしてしまえば仕事はおしまい。
 最近は「報道委員」の裏方の手伝いを「選抜委員」が進んでやってくれるようになったため、必ず2回の生ニュース放送をこなす同僚よりは忙しくはないのだ。
 久しぶりにできた丸一日の休息に、この世界に取り込まれる前からの友人達と遊ぼうと声をかけてみた。が。

「まったく……この事態に順応していっていることを喜ぶべきなのか、休日に一人遊びに行くことを寂しく思うべきなのか。判断に困るな」

 友人の黒い方は「舞島の暴走機関車」と陸上つながりで友情を芽生えさせたらしい。
 生身で人を撥ねたり、廊下で人と正面衝突した上逆ギレたりと、妙なところで波長があったのだという。
 ……類は友を呼ぶ、の典型だろう。あちらは純粋に短距離走者で黒い方は中距離走者なわけだが。

 もう一人の友人の下には、隔週で「彼氏においしい料理を作ってあげたい!」という少女たちが集まり、
おふくろの味を学ぶために研鑽する『0から始める家庭料理』という会を発足しているとのこと。
 何人もの弟の面倒を見ている彼女は面倒見がよく、家庭のことなら細かいところまで気がつく良妻賢母の鑑のような少女だ。
 そんな彼女を慕い多くの恋する乙女が集って始めた会が今日あるということで、なんだかとても謝られた。
 ……ちなみに。
 彼女が1から10まで目を離さずに料理を教えたその時だけは、某赤い髪の少女の料理が『口に運べて、飲み込んでも害のないもの』になったあたり本気で凄いと思う。
 目を離すと元のとおりになるので根本的な解決にはならないようだが。

 ともあれ。
 ヒマができ、知人が掴まらないとあって、今日は自分一人の行動。
 街を歩けば、この世界に来た当初には見られなかったたくさんの店。

 この世界には、おおまかに分けて4つのエリアが存在する。
 1つが『学園エリア』。
 この世界において最も多い面積を誇る、『学校』の群れがあるエリア。この世界の成立から4ヶ月経った今でも、いつ別の学校が転移してきてもおかしくない場所。
 2つ目が『農業エリア』。
 この世界の地下にある、食料供給のためのエリア。学園都市と麻帆良、そしてエルクレストとザールブルグの技術力の結晶ともいえる場所。
 3つめが『生活エリア』。
 この世界の住人が安心して住める場所を確保するエリア。学園同士の隙間でかつ別の学園が転移してくるには狭すぎるだろう土地に作られた生活区域。
 なお、生活エリアは住むためだけの場所ではなく、コンビニから病院まで生活に必要なものを調達するための場所でもある。
 4つめが『極上生徒会直轄管理エリア』。
 この世界の運営を行う組織『極上生徒会』が直接管理している特殊なエリア。『極生』の運営管理に必要な建物や、その下部組織に関する場所だ。
 その内訳は中心部であるA区画に9割が集中している。

 今いるのはそのA区画中心にある、管理棟の西側に広がる一大試験テナント区画。
 土曜日曜は自分の時間を持て余す学生達も多い。
 娯楽のある学園に向かう者もあるが、より積極的に自分達の特性を発揮しようとする者たちもある。
 そんな人間達が署名を集めて『極生』に直接陳情。己の言い分を極生の曲者たち相手に情熱で通した場所―――通称を『バザール』。
 休日だけに開かれる、学生たちが自分の『店』を出すことを許された場所だ。
 『他世界への理解を広めることは、学生同士が『隣人への不理解』によって起こす争いを減らすことにも繋がる』という意見が通り、
土日のみに開放される学生専用貸し店舗地帯はつい最近できた場所である。

 『バザール』への出店には、『極上生徒会』に届け出て、自分の学校の教員にサインをもらい、『バザール運営事務所』に直接責任者が出頭して許可を得る必要がある。
 事務所、と言った通りこのバザールを運営しているのは『極上生徒会』とは関係のない一団である。
 『極上生徒会』に負担をかけない、という名目で、『学生の自由意志の尊重』『商業の独立独歩』を確立したのだ。
 届け出は場所の使用許可を得るためのものであり、学生が自由な意思によって自己責任によって自由な商売を行うことが認められている場所、それが『バザール』である。
 扱う商品は、特殊な石を使ったアクセサリー、世界特有の異世界風味な衣装、空飛ぶ箒、小型モニター、刀剣、銃、喫茶店から、漫研作成の同人誌まで。
 危険物や飲食系の店を出すためには、出店前に差し止めを行うこともある事務所の入念な査察が行われ、武器類は売った相手の写真を事務所に提出する義務も存在する。

 閑話休題。
 職業病、とでもいうべきか。
 まだ新しく活気溢れるこの『バザール』の取材には来ていなかった。
 そして、この間リポートについて行った際に少し話した執行委員の切れ者ポンチ娘に聞いたことを思い出したのである。
 いわく。

「バザールに出店していた<ちびくろ>って喫茶店の金魚鉢白玉クリームあんみつがすごくおいしかったでありますよっ!」

 確認したところ、<ちびくろ>は確かにバザールでも人気の喫茶店だ。
 世界中で玉石混交色んなものを(図々しくも)奢ってもらったり分けてもらったりする彼女が、『すごくおいしかった』と称するデザートも気になった。
 気になると止まらない好奇心旺盛な連中の集まりが報道委員であり、性質の悪い自分の性を再認する。
 食事で人の集まるだろう時間を少し外せば待つ時間もなく済むだろうと、レンガ造り外装の<ちびくろ>に到着。
 木製の扉を開けると、採光用の大きな窓から陽光を取り入れた落ち着いた雰囲気。そして流れるのはジャズピアノの有線音。そして


「えぇい貴方では話になりません、店長を呼びなさい店長をっ!」


 うわぉ。

 本当にあんな風な叫び方をする人がいるんだなー、と思っていると。


「この暴挙、許しませんっ! こっちにも店長をお願いしますっ!」


 二人目が出現。
 いきなり大混乱の様相を呈してきて、実にイベントに事欠かない休日に、私こと氷室鐘は出会った。

 ***

 店内で騒いでいた二人は、半泣きのウェイトレス少女が呼んだやけに渋い店長が出てくると状況が一変。
 店長に少し話をすると、彼はいぶし銀な笑みを浮かべて頷く。
 そして店の奥に店長が引っ込んだことで落ち着いたらしい二人は、周囲の視線が自分を向いていることを知り、俯いて恥ずかしそうに奥のテーブルに引っ込んだ。
 氷室はその二人を追いかけ、テーブルの前に立ってたずねる。

「相席しても構わんかね?」
「あ、どうぞどうぞ……って、あなたは報道委員の氷室さんっ! まさか今の顛末の取材にっ!?」

 わたわた、と慌てるのは海原○山二号。
 全面的に休日であるにも関わらず、ボタンダウンの白ワイシャツと緋色のタイ、そして黒のローブ。
 落ち着いた深めの青みを帯びた緑色の髪の大人しそうな少女である。
 さっきまで海○の人並みに声を荒げていた人物には見えない。

 苦笑して、氷室は首を横に振る。

「残念ながら、今日はオフでな。
 それに、この世界ではこんな事件は日常茶飯事。紙面にするほどのことでもないだろう」
「ならば何の用です、氷室 鐘さん。
 私たちに張り付いているのがあなたの仕事でないとするのならば、何の用があって声をかけるのですか?」

 そう少し不機嫌に、少し頬を染めたまま言うのは○原一号。
 黄色のサマーセーターに長袖ワイシャツ、紺のスカート。
 暗い蒼瑠璃色の髪と、空色の瞳の……少、女? うん、少女少女。パイルでつつかれるのヤダ。

 やれやれ、と肩をすくめて氷室は答えた。

「そうつんけんしないでくれ。取材ではないし、紙面にはしないと誓ってもいい。
 ただ、私が報道委員なんかをやっているのは好奇心に忠実すぎるせいでもあってな」
「……つまり、別に取材ではないが気になるから教えろ、と?」
「そうとも言うな、シエル嬢。
 どうしても邪魔だ、というのなら立ち去るが?」

 そう意地悪く笑った氷室を見て、シエルと呼ばれた娘ははぁ、と溜め息をついた。

「好奇心旺盛すぎて事件に首を突っ込もうとする人間を止めるのが難しいのは、身をもって知っていますからね。
 大したことでもないですし、マユリさんが問題ないなら私は構いませんが―――どうです?」
「あはは……ちょっとお恥ずかしいですが、氷室さんはこれを断ると調査という名目で聞き込みを開始してしまいそうですし。
 だったら、話してしまった方がいくぶんか楽ですよ」

 話を振られたマユリ―――マユリ=ヴァンスタインも苦笑しながらそう答える。
 心外だな、と言いながら肩をすくめ、氷室は自分の席を引いて椅子にかけると、お勧めを受けた金魚鉢白玉クリームあんみつ(小)を注文。
 一口水を飲んで、それで、と好奇心を隠した様子もなく彼女は問う。

「私の知る限り、マユリ嬢もシエル嬢も実に聡明な女性だと記憶している。
 その二人があそこまで怒る事態だ、店員がなにか失礼でも働いたのか?」
「まさか。不埒なことをするウェイターがいたなら即席ながら問答無用で火葬しますよ。
 これでも教会を守るシスターの端くれですから」
「……さらっと怖いことを言わないでくれ。いや確かにシエル嬢に手を出そうとするのは実に命知らずな行為だと思うが」
「そんなことはありませんよ。手を出したのが誰であれ、不逞な輩は残らず成敗。それが主の御心であり、その代行を成す私の使命というヤツです」

 笑顔でそう言い切るシエル。
 彼女はテンペストで逃げようとする輝明学園のウィザードを黒鍵と呼ばれる投擲用細剣で打ち落としたり、
弾丸を見て避ける性能の高速機動戦用4枚羽ヘリを、飛び道具のみで叩き壊すバケモノである。
 執行委員連中から一目置かれていたり、お節介で『異界よりもの』を潰すのを手伝ったりするシエルに手を出すのは、自分専用の墓穴を掘るようなものだ。

「では、何をあんなに怒っていたのだ?」
「この店の隠れメニュー『バダミ・チキン』を頼んだらへーぜんと『そんなメニューありませんけど』とか言うからですっ!」


 『バダミ・チキン』。
 シナモンやクミン、ゴマなどを効かせ、ナッツやレーズンを加えたインド式チキンカレー。
 月桂樹の葉や桂皮の香りが食欲を誘う、あっさりとした鶏と、コクのあるナッツがアクセントの、実に美味いカレーである。

 思考が硬化した氷室に向けて、マユリもまた訴える。

「そうですよ! あたしがマスターの『まかないおむすびセット』を頼んだ時も同じこと言われたんですっ!」


 『まかないおむすびセット』。
 マスターが手ずから握る塩・梅・鮭の3種のおむすびとたくあん、そして至福の煎茶がついた日本人の心的なまかないメニュー。

 頭が痛くなってきたのを自覚しながら、氷室はたずねる。

「……つまり、裏メニューはありません、と言われたことで怒っていたと?」
「な、なんですかそのかわいそうなものを見る目はっ!?
 本格インドカレーを出してくれる上日本人の味覚に合うカレー出してくれるところなんてそうそうないんですよっ!?」
「いや、汝の国籍はフランスだろ?」
「そうですよっ! 置いても型崩れしない上、口に入った瞬間においしくほどける絶妙な力加減!
 握り固めて作る『おにぎり』ではなく、空気を柔らかく含みながらご飯粒同士を優しく結びつけたまさに『おむすび』!
 ファー・ジ・アースのどこにも、あれほどの日本人の魂のようなおむすびを出してくれるところはなかったんですよっ!?」
「汝の国籍はドイツな上イギリス住まいのはずだがな?」

 まぁそのへんは今さらだ。
 大きく溜め息をつきながら、氷室は呟いた。

「さすがはシエルインドとオムスビテイカー、といったところか……」
「ど、どこからあの化け猫の馬鹿発言をっ!?」
「今ではもはや誰も知らない私の二つ名をどこでっ!?」
「報道委員、というよりも私の情報網と人間観察趣味を侮ってもらっては困る。
 ある程度の有名人のことなら、大抵は頭に入っている。和美と比べられたら流石に劣るがな」

 そんなことを言っていたら、さっきシエルにしかられておどおどしていた少女ではない男性ウェイターが3人の注文したものを運んでくる。
 カレーとおむすびを見て笑顔でいっただっきまーす! と唱和する二人を見ながら、鐘も掌に乗るサイズの金魚鉢に入った白玉クリームあんみつを躊躇なく口に運んだ。

 ***

 カレーとおむすびと金魚鉢が1つのテーブルに並ぶ光景。
 それもこの店ではそう珍しい光景ではない。なにせホットケーキから刺身まで、頼まれればなんでも出してくれる喫茶店「ちびくろ」である。
 事前予約さえあれば満漢全席すら出してくれる喫茶店なため、同じテーブルに珍妙な組み合わせがあっても特に気にされないのだ。

 炊いたあんの甘ったるいほどではない上品な甘さと、逆に甘さを控えたひんやりミルクアイス。
 もちもちした雲のような白玉と、さくさくと口の中に心地よい食感を残す三色寒天に、生と缶詰が入り混じったフルーツ類。
 これは文句なく美味いな、と氷室は思う。今度グルメ紙面担当の森にでも言っておこう、と考えながら、目の前の二人に視線を戻した。

「しかし、汝らは知り合いだったのか? やけに意気投合していたようだが」
「意気投合、と言いますか……あたしがザールブルグでお借りした魔導書を公園のベンチで読んでたら、落とし物を拾ってくれたのがシエルさんだったんです」

 マユリはお恥ずかしい、と言いながら頬を染める。
 シエルはそうそう、と笑いながら続く。

「その時お腹が鳴っちゃって、マユリさんにおむすびを頂いたのが始まりでしたっけ。
 何もないところから炊飯器と炊きたてご飯が出てきた時は感動したものです」
「その後月衣についてすごく熱心に聞かれましたっけ」
「仕方ないじゃないですか、月衣が私にもあればいつでもどこでもカレーが出せるんですよ?
 そんな魔法のような能力が目の前にあるのに、気にならないわけがないじゃないですか」

 シエル、月衣をカレー庫扱い。他に入れるもんはないのか、他に。
 人同士がどう繋がっているかはわからぬものだな、と思いながら氷室はすくった寒天を一口。

 シエル。
 本名不明。学生として学校に入り込んではいるものの、本当は高校生ではない(もちろん禁句)。
 もとは『聖堂教会』と呼ばれる西洋系宗教における『代行者』―――彼らの主の御心を具現する者たちのうち、異端審問官であり『埋葬機関』の一員。
 ……なんて情報を持っていても、氷室にはイマイチ意味がわかっていないのだが。

 彼女がこの世界に来るまでの常識は、魔法などない(と本人は思っている)世界の日本のもの。
 そんな物騒な言葉が並んでいたところで、あまり現実味がない。
 氷室にとって現実感がなくとも現実だと認識できるのは、目にしたものだけ。
 その点……シエルがパイルバンカーだの細身の剣だのを使ってバケモノ狩りをしているのを見た以上、彼女がトンでもビックリ人間なのは現実の話なのだ。

 マユリ=ヴァンスタイン。
 こちらは本名。ドイツ人の父と日本人の母を持ち、魔法使いたちの学校『ダンガルド魔術学校』でトップの成績の魔術師。
 が、14にして何故か日本の秋葉原にある輝明学園分校高等部に任務で行った挙句、ダンガルドを破門されて復帰するというウルトラCをやらかした少女。
 ……こっちは、聞くだに涙の出そうな話である。

 とはいえ、その能力は折り紙つき。彼女の魔法はあらゆる敵意を焼き払い、あらゆる悪意を押し流す。
 その光景を映像のみとはいえ見たことがある身としては、あれが人間によって起こされているとは想像し辛いながらも信じるしかないものだった。

 彼女らは、それぞれ氷室のもといた環境からは考えることの出来ない能力を持っている。
 この世界に来ることがなければ、話すこともなかっただろうこの状況を思うと、実に縁は異なものと思う。

 氷室がそう思っていたところ、マユリがそういえば、とおむすびを飲み込んで言った。

「氷室さん、この間銭形さんと揉めてましたけどどうしたんですか?」

 マユリの言葉にむぐ、と白玉をのどに引っ掛ける氷室。
 とんとんとん、とあわてて胸を叩く氷室に、尋常ではないものを感じあわてて水を渡すシエル。

「あ、あぶないですよマユリさんっ! お餅ノドに引っ掛けて主の御許に向かうご老人が毎年何十人いると思ってるんです!」
「……そ、その心配も少しズレてはいないかねシエル嬢。
 まったく、いきなり何を言い出すのかと思えば」
「ごめんなさいっ! だ、大丈夫ですか氷室さんっ!?」

 あわてて涙目で謝ってくるマユリを見て、ふぅ、と溜め息。

「あれは揉めていたというか一方的に絡まれたようなものなのだが。
 彼女のクラスメイトに記事にするための話を聞いていたのだが、プライバシーの侵害だ、と言われてな」
「誰に何を聞いたんです?」
「満潮少年に、子どもの頃のことを聞いていた。
 おそらくはあの話の先に巡嬢が言って欲しくない過去の話があったのだろう。残念なことをした」

 氷室の言葉に、あはははは、と笑ってごまかそうとするマユリ。
 シエルは呆れたようにスプーンを口から引き抜いて一言。

「そういうのは趣味が悪い、というんですよ氷室さん」
「性質の悪さは自覚しているよ、シエル嬢。しかし、コレばかりは性分でな。なかなか押さえが利かなくて困っている」

 そう彼女がパイナップルを口に運びつつ言った時。

「あれ? じゃあ、巡さんがホイッスルをくわえた時にあわてて走っていかれたのは、何か理由でもあったんですか?」

 マユリが言った一言に、氷室はぴたり、と動きを止めた。
 シエルが不思議そうにマユリに聞く。

「へ? そんなことがあったんですか?」
「はい。なんだかとても急いでらっしゃったので、何かあったのかと思ったんですが。
 特にその日はその後大きな事件があったようなことはなかったですし、氷室さんは今仰った分にはあそこでまだ巡さんとお話されたかったみたいですし。
 なにかあったのかと思ったんですけど……って、あれ? 氷室さん、どうかしました?」

 内心この娘、侮れん……っ!と思いながら、内心の動揺を抑え氷室はHAHAHA、とアメリカンライクに答えてみる。

「な、なんのことかなマユリ嬢。別段私は巡嬢から逃げたりなど……」
「逃げたんですか?」

 超☆墓穴。

 マユリもシエルも不思議そうな表情をする中、氷室はあわてて言いつくろおうとする。

「いっ……いやいや。そもそも逃げたというのは言葉のあやでな?」
「氷室さん。汗、すごいですよ?」
「はっはっは、ちょっと暑いなぁ! 冷房を点けてもらわねば―――」
「とか言いながらなんで窓開けようとするんですかっ!? 外は風ちょっと強いからやーめーてー……っ!
 怒られます! 一緒に座ってる私達まで怒られちゃいますからやめてくださいー!」

 シエル、氷室を後ろから羽交い絞め。マユリと目で語る。
 マユリ、何よりも先に月匣展開。3人と机と椅子を一瞬で喫茶店内から隔離する。
 日本代表すらまだ会得していないだろうレベルのアイコンタクトをやってしまう彼女達に乾杯。
 その後もばったんばったんと一通り暴れた後、3人はそれぞれの椅子に座る。
 シエルが切り出した。

「で。どうしたんです氷室さん。
 あなたがあんなに取り乱すなんて、非常に珍しいことだと思いますが」
「……失礼をした。
 まさかマユリ嬢にそこまで見られていたとは思わなかったゆえ、少し自分を見失った」
「少しどころの話ではなく見失っていたように見受けましたが。
 ここには私とマユリさんしかいないんです、さっさと吐き出して楽になっちゃいましょう」

 シエルはそう言うと、楽しそうに笑う。
 氷室はおそるおそるマユリを見てみる。そちらには、やはり好奇心に目を輝かせたマユリがこちらを見ている。
 黙っていたところで方や異端審問の専門家、方や言葉のプロである魔術師。逃れられるとは到底思えない。
 こういう場合は、特殊な能力を持つ森を呼んでそれまでなんとか話をそらし続けるのが彼女の常套手段。
 しかし、月匣なんて異界に閉じ込められてしまえば彼女が助けを呼ぶのは不可能だ。

 二人とも意外と策士だ。

 両手を挙げて、降参の意を示す。
 おそらくはこの二人ならば言っても酷いことにならないだろう。どちらも人の弱みを握ったところでどうこうする類の人間ではないはずだ、と判断。
 氷室は、両手を組むと某司令みたいな格好で口元を隠し、言った。

「……私はな、巡嬢の能力が恐ろしいのだ」
「能力って言いますと? 確か、巡さんは普通の女の子だったはずですけど……」
「普通ではない。彼女は確かに恐るべき能力を保有している。
 私にとっては鉄板ぶち抜いたり海割ったり竜巻起こしたりロボット一刀両断したりという直接的な脅威に対する怖さよりも、はるかに強力な恐怖を与える能力だ」

 そう言った彼女の声は、震えてすらいた。
 氷室の様子にただならぬものを感じたのか、マユリとシエルの顔が険しくなる。

 銭形巡。
 磯野第八中学に通う女子中学生。
 ただそれだけの、特殊な能力など何も持たない積極性と暴走性のあるだけの人間の少女。
 マユリのように魔法を使えるわけでも、シエルのように聖典や概念武装を扱えるわけでもない、普通の女の子。
 にも関わらず、氷室のこのおびえよう。この様子は洒落や酔狂などではけしてない、と二人は判断した。
 氷室は報道委員であり、本人自身の情報収集力も非常に高く、また『軍師』なんて呼ばれるくらいには慎重だ。
 ならば彼女の証言の信頼性は疑うべくもない。
 証言次第では銭形巡への対処を考えなければならない、と再び目で語るシエルとマユリ。

 真剣な表情で、マユリがたずねた。

「……話はわかりました。
 教えてもらえますか、その恐ろしい能力というのを」

 氷室は一瞬逡巡して―――答える。

「わかった……その、力、とは」
「その力、とは?」

「ね―――――『猫使い』、だ……っ!」


 氷室ががたがたと震え、今にもその能力を思い出しているかのようなその答えに、唖然とする二人。
 そんな二人を置いてけぼりに、今にも泣きそうな氷室が語り続ける。

「わ、私は子どもの頃に野良猫に引っかかれたことがあってな。
 雑菌が入ったせいで3日ほど熱でうなされ続け、その間化け猫に延々と追いかけられる夢を見続けたせいで、生は、生の猫だけは……っ!!」

 嫌な過去の思い出が甦ってきたのか、うわぁんやめてくれぇぇぇぇっ! と崩れ落ちる氷室。
 要は、猫のぬいぐるみやネコっぽいナマモノ、ネコ耳少女などは平気であるものの普通の猫というのは氷室鐘にとって大きすぎる弱点で。
 その猫たちを自由自在に扱える『猫使い』の能力を持っている巡は、氷室にとっての天敵、ということのようだ。

 目の前でがたがた震えている少女を見て、マユリとシエルが同時に溜め息。

「まったく……どんなバケモノみたいな答えが出てくるかと思えば」
「あはは。でも意外です、氷室さんにも怖いものがあるんですね」
「ぐすっ……どんな人間だって、苦手なものの1つや2つあるだろう。
 それから、二人とも。くれぐれも、このことは内密に頼みたいのだが。でなければあいや某少年のコネを使ってでも『忘れて』もらうことになるぞ」
「そこまでするんですかっ!?」

 涙目の氷室が言った一言に、マユリが驚く。
 当然だ、と言って彼女が続けた。

「私は、世界に情報を伝える仕事に私なりに責任感と誇りを持っている。
 情報員が弱点を握られていることの恐ろしさは、知っているだろう?」

 情報、というのは人間社会において非常に大きな力だ。
 巨大な力や権力を持った存在を倒す、という言葉に「ペンは剣よりも強し」という言葉もある。
 ゆえにこそ、情報を多く持つ者には、常に権力者の目が光る。

 もしも。この世界において一番広範に情報を行き渡らせられる力を持つ『報道委員』が、暴力・権力に屈することがあってしまえば。
 それは『この世界に絶望を捨てる言葉を広める』という、氷室自身が共感した、報道委員の意義にしてリーダーの理念が永遠に失われることになる。

 それだけの覚悟がある、と言った氷室に、やれやれ、とシエルが溜め息をついた。

「……わかりました。そもそも私は、人の弱みを誰かに言って楽しむ趣味はありませんしね」
「そんな趣味、あたしにもありませんよ。これは、ここだけの秘密、ということで」
「助かる。
 ……礼と言ってはなんだが、知りたいことができたら連絡してくれ。手が空いていたら、どこよりも早く正確な情報を提供することを約束しよう」

 2人の言葉に安堵したように溜め息をついた後、氷室はそう言った。
 それはもう『どんな手を使っても、な』という言葉が続きそうな感じの小悪魔の笑みを浮かべながら。

 それにマユリは苦笑して。
 シエルは頼りにしちゃいますよ、と頷いた。


fin.


 おまけ

「あ、すみませーん! 今度はカノム・チン(カレーを入れたフォーみたいな感じのタイカレー)1つー!」
「わたしはシェフのおすすめおむすび3点盛りを5種類でー!」
「……この店は、どれほどのレシピがあるのだね」

 バザール内店舗『ちびくろ』。
 頼めばなんでも出てくるので、近くまでいらしたらぜひお越しくださいませ。




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