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ナイトウィザード!クロスSS超☆保管庫
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ナイトウィザード!クロスSS超☆保管庫

外伝第02話

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学園世界レギュレーション

居酒屋ろんぎぬす 流されて学園世界


「……はぁ」

 どろりとした溜め息を吐き出すのは、疲れた様子の中年男性。
 彼は、今いる場所である自分の城―――とある居酒屋の店主である。

 それは、かなり密度の濃い人生を送っていることを自負する彼の経験からしても、人生屈指に急転直下な事態であった。

 テナントのオーナーは代わるわ、2人目のオーナーもいなくなるわとここ最近は、上がかなり慌しいことになっていて。
 その煽りを受け、なんだか知らないが『あ、あなたの店ですけどこれから別の場所に出店することになったんで(はぁと)!』なんてやけに丸っこい文字の辞令が届き。
 文句をつけようと2代目オーナーにアポイントを取ろうとしたら、税務署の強制差し押さえ並みの速度でやってきた仮面集団により店内のものが次々と外に持ち出され。
 翌日にはなんだかよくわからない乗り物に乗せられて。
 長い長いトンネルを抜けると、そこは知らない街でした。

 まさに椿事。

 その後、仮面の集団によって案内され、以前と寸分変わらぬように再現された懐かしき我が城と再会。
 『仕入先はこちらでお願いします』『ゴミだしはこうでこの日です』『水・電気・ガスなどのライフラインと、電話はすでに整備済みです』と、矢継ぎ早に状況説明。
 文句を言う隙もなく『我々はこれで失礼します。新装開店オープンまで一週間猶予がありますので、この場所について把握しておいてください』と言って去っていった。

 とはいえ、彼も自分以外の意思によって色々な所を渡り歩くのには慣れている。もとは勤め人だし。
 店がそのままの形で別の場所に移転しただけと思えば、身一つで各地を転々とさせられた昔とは比較にならないほどに恵まれている。
 そう思い直して、新天地で一番重要な状況の把握を開始した。

 なんでも、この場所は『色んなところ』から学校が集まってくるらしい。
 未成年を追い返すのが困りどころだな、と思いながらも、彼には世界や住人に対する疑問はなかった。
 そもそも店にやってくるのが人外であったり、特殊な能力があったりするのは、前の場所でもよくあったことだ。
 次に、最初にもらった世界地図で、酒場や飲食店などのある場所を確認し、どんなものが食事として出されているか、どんな酒があるのかを調査した。
 もとのところでは得られないような、謎の植物や謎の動物の肉なども、毒がないことを確認してから自分の舌で味見し、どんな料理になるのかを確認した。
 こんな地道な努力と調査が、いずれお客様を呼び込むのである。
 お陰で新装開店の今日、店にはもとはなかった『大吟醸 鬼嫁』だの『祝福のワイン』だの『アインツベルン醸造スコッチ』だのといった貴重な酒もあったりする。


 閑話休題。
 そんなところは別に溜め息をつくところではないのだ。
 問題はその新装開店の日の、宣伝もあってたくさん人が集まることが予想される大事な大事な仕込みの時間に。

「溜め息はよくないであります。幸せ逃げてくでありますよ?」

 平然とやってきた上ご飯を催促する常連客の存在だった。

 再びの溜め息とともに、銀髪の空気の読めない常連客に、無駄と知りながらも聞いてみる。

「……なぁ、嬢ちゃん。
 嬢ちゃんがなんでこんなトコにいるか、ってのはもう聞かねぇよ。神出鬼没っぷりは俺にも充分わかってるから」
「えへへ、照れるでありますよー」
「誉めてねぇっ。
 それはそれとして出てってくれ、こっちは仕込みで忙しいんだっ!」

 割と実力行使も辞さない覚悟でマスターがそう言うものの、銀髪少女は笑顔で答える。

「まぁまぁ、ちょっと早めに開店してると思えばそんなに困らないでありましょう?
 わたくしちゃんと宣伝しておいたのでありますから、きっと今日はたくさんお客さん来てくれると思うでありますよ~」
「困るんだよ! 嬢ちゃんがここにいるってことは絶対ただメシ食ってくつもりだろうがっ!?」
「おや、バレてたでありますか」
「出てけ―――っ!!」

 店主の魂からの叫びを、どこ吹く風と勝手に自分のコップにお冷を注いで飲み干す銀髪少女―――ノーチェ。
 と、そこに。

「邪魔するぞ」
「大将さん、お久しぶりですー」
「……入る」

 勝手口が開く。
 そこには、3人の少女達が立っていた。

 長い金の髪。フリルやリボンたっぷりの夜会服に身を包んだ、紅玉のごとき硬質な赤い瞳が印象的な少女。
 花に例えるのなら妖しく艶かしい大輪の薔薇のような彼女の名前は、エヴァンジェリン=A=K=マクダウェル。ノーチェと同じこの店の前からの常連だ。
 艶のある二つにくくった栗色の髪。黄味の強いオレンジ色のニットチュニックに、デニムのショートパンツの、火の入った炭のような鮮やかな赤の目の少女。
 花に例えるのならふわふわと柔らかな梨の花のような彼女の名前は、弓塚 さつき。エヴァンジェリンやノーチェと同じ、やはり常連である。
 氷を一本一本削り出したような水色の髪。ボタンダウンの白いシャツと、赤紐にバックルのついたボウタイ、翡翠色のタイトなミニスカートと黒いオーバーニーソックス。
 花に例えるのなら気高くあでやかに咲く桔梗のような少女は、この店にくるのははじめてだ。

 その3人を見て、あぁもうこれは居座る気だな、と思い肩を落とす店主。
 諦めたなら行動は早い。ノーチェの隣の席に陣取る4人に向けて、コップにお冷を注いで出すと、言った。

「いらっしゃい。そちらの青い子は初顔だね」
「さつきと同じ委員会に入っている知り合いだ」

 こともなげにエヴァンジェリンはそう言うと、青い髪の少女に挨拶するように促した。
 少女は無表情のままに淡々とした口調で答える。

「タバサ」
「ようこそろんぎぬすへ。いらっしゃい」

 に、とお世辞にも上手とは言えないものの、誠実そうな笑みを浮かべる店主に、タバサはこくんと頷いた。

 ***

 つきだしでだされた白ゴーヤの鰹節がけを、一口食べただけでものすごく気に入ったらしいタバサがノーチェの分も奪い取ってもぐもぐ食べている。
 どうもクセの強い野菜の類が好きな模様。
 タバサの視線に負けてつきだしを渡すことになったノーチェは、改めて頼んだシャリオチーズオムレツをもぐもぐ食べている。
 それに負けないようにトマトとバジルの風味豊かなスパゲッティ・ポモドーロをくるくると一生懸命フォークに巻くのはさつき。
 エヴァンジェリンはグラスで頼んだ赤ワインを片手に牛肉のたたきを口に運びながら、ノーチェに尋ねる。

「そういえば、秋沙はまだ来ていないのか? この店が来ると聞いて、あれも喜んでいたはずだが」

 姫神 秋沙。
 エヴァンジェリンやノーチェ、さつきらと同じこの店の常連である。
 この店で集まっては飲み食いするために集まっていた彼女たちは、『学園世界』に来てからも個人的に何度か顔を会わせている。
 ノーチェは、その問いを伸びるチーズを頑張ってちぎるためにフォークで格闘しながら答える。

「秋沙は、今日居酒屋に行くって担任の先生にうっかり言ってしまって止められて、その先生が引率で来るってことでようやくOKもらったらしいのでありましてな。
 その先生が仕事が終わってから来るんで、正式な開店時間よりもちょっと遅くなるとのことでありますよ」
「なるほど。ドジをふんだわけか、珍しい」
「……生徒さん連れて居酒屋に来ようっていう先生もどうかと思うけどな、俺は」

 店主のもっともなツッコミはやはりいつもの通りにスルーされる。
 とはいえこの世界において、居酒屋の主なターゲットはやはり先生だ。
 姫神がお客をひとり増やしてくれたことに、感謝しなければならないくらいであることもわかっている。なので姫神がやってきたら優しくしようと思う店主であった。

「おかわり」

 よく通る声で、タバサがことりと器をカウンターの上に置く。
 どうやらゴーヤがよほど気に入ったらしい。店主が苦笑いしながら小鉢を受け取り、またもゴーヤが盛られようとした時に、彼に向けてノーチェが言う。

「そういえば、今朝お届けしたものがあったでありましょう?
 タバサもきっと気に入ると思うでありますから、出してあげてほしいでありますよっ」
「今朝って……やっぱりアレ、嬢ちゃんの仕業かよ。
 移転してまだ一週間だってのに、どっからウチの住所なんか調べてくるんだか」

 呆れたように言う店主。
 今日の朝、クール便で送ってこられた差出人欄に「いつもの」と書いて送られてきた発泡スチロールの箱。
 嫌な予感がしながらも、送り先にはほとんどの学園世界の住人は知らないだろうこの店の住所がきちんと記載されていて。
 爆発物ではなかろう(この学園世界内で爆発物を郵便で送るのはかなり難しいらしい)とあたりをつけてあけてみると、そこには見事に食材が。
 こんなことをする知人の心当たりは一人しかいなかったため、結局は別に大事にとっておいたのであった。

 彼がタバサの方に目をやれば、彼女はノーチェが何を言ったのかわからずに無表情の中に不思議そうな色がある。
 年頃を推測するに13から、多めに見ても15程度。
 エヴァンジェリンやノーチェと同じくらいの外見にも関わらず、その2人とは違い、まったくの無表情。
 姫神も結構無表情なところはあるものの、彼女はもとの性質からくる『ぼーっとした』という意味での無表情に近い。よく喋るし。
 しかし、タバサの無表情は無口をともなう。
 まるで、自分で『感情を表すことを禁じている』かのような―――いや、彼女の性質から言うのなら『凍らせた』と言った方が正しいかもしれない。

 彼の読みは、果たして正しかった。
 タバサは、己の目的を果たすその時までは、己の内の感情を押し込め、『人形』に鳴ることを誓った過去があり。
 そして、未だ完璧にその目的が果たせたとは言い難い状況にある。
 それでも彼女は、一人だった頃よりはだいぶ表情豊かになったのだが―――それでも、まだ見知らぬ人間相手に表情を変えるところまではいっていない。

 そんなタバサの事情は知らないものの、店主がこの店を始めて、常連客を持って、思ったことがあった。
 客商売をするようになって、それが大切なものであることを知った。
 だから、彼はタバサに向けてにか、と笑う。

「お嬢ちゃん。あっちの嬢ちゃんの頼みだからな、ちょっとゴーヤ待っててくれるか?」

 言われ、タバサはノーチェに視線を移す。
 ノーチェは元気よくサムズアップ。意味がわからない。
 とはいえ、彼女の口ぶりからするにどうやらタバサの好きそうなものを用意してくれたらしい。
 タバサはこれで興味のあることに関しては好奇心旺盛だ。
 彼女は店主の方を向き直り、こくりと頷いた。

「……任せる」
「あいよっ!」

 そう言って、彼は調理を開始する。そこには確かに楽しそうな笑みがある。
 そんな光景を楽しそうに眺めながら、さつきがノーチェに聞いた。

「そういえば、そっちはどうなの? やっぱり大変?」
「あははははー……こうやって仕事早めに切り上げて来てるわたくしが言うことではないでありますが。
 仕事の量が半っ端ないでありますなー。
 わたくしが前線に出て戦うと、他の仕事が滞るものでありますから痛い思いはしなくて済んでるでありますが。
 書類書いて、それを送って、コピーして、調査して、誘導して、整理して、部屋の掃除して、お買い物行って、ケガして帰ってくる人がいたら多少のケガなら治療して。
 えーとそれから洗濯とかもわたくしの仕事でありますな」
「うわ。それ大変だね、わたしだったらめげちゃいそう」

 ノーチェが指折り数えて告げる日ごろの仕事を聞いて、さつきが案じるような声を上げる。
 東棟にいる事務要員とは、書類仕事をやれば終わりというわけではない。
 書類仕事と、東棟の維持、そして他の委員たちが帰ってきた時のケアなども兼任していると言っていい。
 具体的にはお菓子やジュースを買ってきたり、ポットにお湯を用意したり、汚れた制服をクリーニングに出したり、魔法や救急セットでケガを治療したりといったことだ。
 特にノーチェは同じ事務要員の初春とは異なり、一日中あの建物にいることができる。
 よって、掃除は彼女か、もしくはヒマができた場合のみあの建物に住んでいる人間が行うことが多いのだった。

 今度はノーチェがさつきに尋ね返す。

「そちらはどうでありますか?
 こちらとは違ってどんどん新人さんが入ってきてるみたいでありますが」
「こっちー? うん。いっぱい知り合い増えて楽しいよ。
 わたしも大分人から外れちゃってるけど、努力する人たちって凄いよねぇ」

 そう言って、彼女は嬉しそうに微笑んだ。
 弓塚さつきは、自分の意思とは関係なく人外の力を持つに至った少女である。
 スペックそのものは元いた世界有数の人外であるものの、いかんせん荒事の経験が少なすぎた彼女は、母校の転移に巻き込まれて『学園世界』にやってきた。

 しかし、そこで今いる『組織』になりゆきとはいえ関わり、感じたこともある。
 それは、『研鑽を積む』ということ。
 常に先を見て、努力し続けるということの大切さ。
 確かに彼女自身のスペックはすばらしいものだ。むしろ異常なほどの運に恵まれていると、彼女の知人も友人も、そして隣にいるエヴァンジェリンも言っている。
 けれど彼女の同僚たちは、人外であろうとなかろうとつねに『研鑽』を積み続けている。
 それを続けることで、能力だけなら圧倒的なさつきにも比肩し、やりようによっては圧倒するだけの力を発揮する。

 磨かない原石は輝かない。
 慢心した生物は「最強」にはなりえない。
 泥にまみれ、血に濡れ、奈落に突き落とされようと、前へと進むものであれ。

 それを、こちらに来て3ヶ月程度ではあるものの、さつきは強く感じていた。
 以前会っていただけの頃とは異なり、事実エヴァンジェリンから教えを受け、たくさんの仲間たちと共に任務をこなし、陰から世界の存続を守ってきたことで。
 自分が『研鑽』のための『努力』を続けることで、多くの誰かの毎日を守れることを知ったから。
 さつきの言葉を聞いて、エヴァンジェリンがワインをあおり、蛙を睨むように告げる。

「凄いよねぇ、ではない。
 貴様も能天気に他人に対して関心している場合ではなかろう。
 今日は少し無礼講にしておいてやるとは言ったが、明日は刹那とボーヤと犬相手に1対1の組み手×3メニューだ。
 地獄のようにしごき上げ、天国のように放り出してやるから安心して対策を練れ」
「はぅあっ!! え、エヴァンジェリンさん、厳しいよ~~~」
「エヴァンジェリン、さん?」
「すみませんでしたマスターっ!」

 目が剣呑に輝くエヴァンジェリンに半泣きで平身低頭姿勢のさつき。
 たまに飲むくらいの付き合いならば「ちょっと怖いけど優しい先輩」程度で済んでいたのかもしれない。
 が、同僚(げぼく)になった今では「絶対服従。恐怖と尊敬を向けるべき主」という関係性になってしまったという。
 まぁ、これはこれでさつきの成長があったのならばよしとすべきところだろうか。

 と。
 店主がカウンターの台に大きな皿と小鉢を置き、タバサのところに置きなおした。

「へい、山菜の天ぷらお待ち。
 うどとたらの芽とシソ、それからタケノコ。こっちはつゆですが、食べ方はご存知で?」
「……本で見た」

 とは言うものの、彼女も天ぷらを実際に食べるのは初めてだ。
 むしろ箸を使うのもはじめて、といった様子のタバサに店主がフォークを差し出す。
 それを受け取り、さっくりと刺してつゆにつけ、口に運ぶ。
 一口目はゆっくりと味わおうといった様子であったが、ぱく。ぱくぱく。ぱくぱくぱくぱく。と食事スピードは加速度的に上がっていく。
 小さな体のどこに入るのか、と言わんばかりのスピードで山菜の天ぷらがその口の中に入っていく光景を、食事を一緒にとったことのないノーチェと店主が呆然と見守る。
 エヴァンジェリンは興味なさげに自分の頼んだものを口にし、さつきはいつものことだけどすごいねー、と笑う。
 口元を汚すことなく、それでも高速で口を動かしながら味わうように食べる。
 タバサは、大きな皿を見事なまでに綺麗に空にした。
 彼女は口をあんぐりと開けて自分を見ている店主を見上げると、尋ねる。

「……まだある?」
「へ……あ、いや悪いねお嬢ちゃん。今日そこのツインテールが送った分は今ので全部なんだ」
「ついんてーるっ!?」

 ノーチェ衝撃。髪の形で呼ばれるというのは彼女的に斬新だったらしい。
 そんな彼女をスルーしてごめんな、と謝る店主に、タバサは首を横に軽く振る。

「おいしかった」
「そうかい。そりゃあよかった」
「また食べたい」
「それはそっちの嬢ちゃんに言ってくれ。どっから調達してきたのかは俺もわからんからな」

 店主がそう言うと、タバサは頷いてノーチェの方を向いて話し出した。どうも気に入った山菜を自分で取ってくるつもりのようである。
 この分だと、彼女がこの店の常連になるのも遠い未来のことではないかもしれない。

 客商売をしていると、人の笑顔が見たくなる。
 もちろん、無理や無茶を言う人もいる。苦しいことだってある。頭を下げなければならない回数も増えた。
 けれど、何度も同じお客が足を運んでくれたり、そのお客がここを気に入ってくれることが、何よりも嬉しいと思えるようになった。
 この店を開いて、以前は感じられないことを感じられるようになったというのは、きっと悪いことではないだろう。

「あっさりしたものが食いたくなった。何か出せ」
「あ、わたしはお肉! お肉食べたい!」

 ―――彼には感傷に浸っているヒマなんか与えられなかったりするのだが。
 哀愁を漂わせながら料理に取り掛かる店主をスルーして、エヴァンジェリンが半眼で呟く。

「……それにしても、なんだか騒がしいな」
「そう? わたしにはよくわからないけど」
「お前は本っ当にボンクラだな。空気がざわめいていることくらい感知せんか」

 さつきが首を傾げると、呆れたようにエヴァンジェリン。
 エヴァンジェリン曰く、さつきはどうにも大雑把に力を使いすぎているらしい。
 さつきの今の戦い方(スタイル)は、吸血鬼になったがゆえに身についた身体能力を振り回すようなもの。
 強化の魔術などなくとも忍者並みのスピードで駆け、拳一発で巨岩を砕く。果ては彼女の世界において『世界を塗り替える』ことを可能とする異能『固有結界』も完備。
 そんな高スペックすぎる能力に対して、それを扱う技術はほとんど身についていない状態だ。
 学園世界に来てからは、エヴァンジェリンや仲間たちに教えを請い技術を覚えようとしており、強くなることに対して意欲の出てきた最近はなかなかにいい生徒になった。
 そんなさつきはしかしながら、どうも『感じること』に関しては鈍いところがある。
 自身の生命の危機に対しては割と働くのだが、それ以外のところはどうにも鈍い。感知系の魔法や技能を覚えさせるか、と仲間内では話が進んでいる。
 ……本人の知らないところで進んでいる『弓塚さつき改造計画』であった。

 閑話休題。
 エヴァンジェリンの硬い表情に、ノーチェがのーてんきに答える。

「D区画のこの近くには大きな人工温泉があるでありますからな。
 この時間帯は部活帰りの汗を流そうと集まってくる近辺の部活動員がいっぱいくるのであります。
 それのために『209』も来てるでありますでしょうからな」
「にーまるきゅー? 何それ」

 さつきが不思議そうに尋ねる。
 エヴァンジェリンも聞いたことがなかったのか、同じくノーチェの方を見ている。
 それに答えたのは、今まで『ムラサキヨモギとセリと凍りトマトのローズマリードレッシングサラダ』を食べていたタバサだった。

「……各校選抜執行委員第209番隊」
「最近は選抜委員、なんて呼ばれてるでありますか。
 各学校の生徒たちが集まって見回りとかをする委員のことでありますが、知ってるでありますよね?」
「あぁ、自警団のような連中と聞いているが。
 しかし解せんな。それが来るだけで、なぜ騒がしくなるんだ?」

 エヴァンジェリンの当然と言えば当然のその問いに、ノーチェはぱりぱりに皮の焼けた鶏肉を飲み下して答える。

「選抜委員の209番隊はちょっと特殊な編成でありまして。
 各校選抜の選抜委員は男女問わないのでありますが、209番隊は全員女性だけで構成された部隊であります。
 委員募集の宣伝部隊―――なんて言われてもいるでありますが、けっしてそんなマスコット部隊ではないのでありましてな」
「違うのか?」
「女の子にしかできない仕事をする部隊だと思ってもらえればいいでありますよ。
 つまり、お風呂とかは必ず覗きをしようと血気盛んな青い春を迎えている若い男子がいっぱいいるわけでありましてな。
 そういう不届きものに鉄槌を下す、女性防衛最強の砦。
 隊長にヴィルアセム軍学校のラフィス、補佐にクレア、副隊長にアリアドネーのコレットと、中々に面白い面子を用意。
 魔法の素質のある子はコレットから、ない子は縄術の達人のクレアからそれぞれ学んだ『生け捕り』を目的としたら最高性能を誇る部隊。
 一神殿製の複座式空中バイク『橘樹(たちばな)改』を開発部が小型化改良した『橘樹改弐式』。それを10台配備してあるという、全ての女性の敵の撲滅者たち。
 それが、各校選抜執行委員第209番隊。通称『209』であります」

 ぐ、と拳を握って目を輝かせながら言うノーチェ。
 『209』というのは、『女性を守る』ための部隊であり、この近くにある大型温泉で覗きを捕まえるための網を張っているらしい。
 この部隊が出来てから、覗き犯や痴漢がものすごい勢いで検挙されるようになったとか。中には女性恐怖症に陥った者もいるとのこと。
 エヴァンジェリンはつまらなそうにカウンターから鯛茶漬けを受け取りながら言った。

「……ざわついているのはガキ共のせい、というわけか。
 まったく、騒がしくてかなわん。そんなことのために無駄に魔力を放出するのは大概にしろ」
「ま、マスター。本人がいないんだからそこまで言わなくても……」
「やかましい! 警戒のレベルを引き上げておかなければと思っていただけの話だ!
 まったく……朝から突如魔力の渦が湧いたり、珍妙な効果を現す場が出現したり、よくわからん生物が出たりしているんだ。
 片付けたのは執行委員とは聞いているが、いつこちらに命令が下るかはわからんからな。今日の夜から茶々丸に調べさせるように言ってある」

 取り越し苦労だったことに安堵しつつ恥ずかしさに頬を染めて、さつきのほっぺたをぐいぐい引っ張るエヴァンジェリン。
 そんな光景をタバサ越しに見ながら、ニヤニヤしながらノーチェは言った。

「だからピリピリしてたのでありますか。
 エヴァンジェリン。ひょっとしなくても、意外とこの世界気に入ってるでありますな?」
「タバサ、借りるぞ」

 エヴァンジェリンはそう言うと、タバサの前に置いてあるムラサキヨモギと小鉢のゴーヤを茶碗にわっさりと盛り、ノーチェの口に突っ込む。
 むがむが、と小さく抵抗するものの、3秒後に撃沈してカウンターに突っ伏すノーチェ。合掌。
 ノーチェにあわてて駆け寄るさつき。
 楽しみに食べていた料理の大部分を持っていかれたタバサはじーっとエヴァンジェリンを見つめる。

「……返して」
「わかっている。おい、タバサに同じものを大盛りでくれてやれ。
 会計はあそこの役立たずにツケろ」
「あいよー……っと、お嬢ちゃん申し訳ない。
 実際の開店時間なんで暖簾出してきたいんだけど、ちょっと待っててもらえるかね?」
「待つ」

 間髪を入れぬタバサの回答に軽く会釈して、じゃあちょっと失礼して、とカウンターから席を外し、外に出る。
 暖簾をかけて戻ろうとすると、背後から騒がしい声がする。
 振り向けば、黒髪の見知った少女と、桃色の髪の小さな女の子が仲良くしゃべりながらこっちに歩いてきていて。黒髪の少女がこちらに気づき、一礼。
 店主は、けして上手とは言えない、けれど人によっては優しく見える笑顔で笑って、その2人に声をかける。

「いらっしゃい。『居酒屋ろんぎぬす』、新装開店だ」

 その日。
 ろんぎぬすはこれまでで一番の賑わいを見せ、戸を外して外に椅子や机を用意してまでの大繁盛をむかえたのだとか。


 居酒屋ろんぎぬす。
 そこはたくさんの人が出会い、笑い、怒って、泣く場所。
 いつもの無愛想ながら悪人ではないマスターが待っておりますゆえ、学園世界店もどうぞご贔屓くださいませ。

 fin

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