ナイトウィザード!クロスSS超☆保管庫

第01話

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だれでも歓迎! 編集

パラダイスロスト異聞/01



かつて人類と呼ばれる種族より、生まれ落ちた異形の者があった。
蒼き星、地球を何時しか人類に代わって支配し始めた怪人たち――人類の進化形“オルフェノク”。
灰色の象牙、もしくは白骨のような外骨格、そして動植物を模った意匠を持つ怪人たちは、
超常の力たる異能と怪物的身体能力、そして同族を増やす“使徒再生”を武器に、着実に数を増やしていた。
超巨大複合企業スマートブレイン社によって統治される新世界は、静かに人間社会を侵食し――気づいたときにはすべてが手遅れだった。
人類の大多数がオルフェノク化してから早数年。数千人の生き残りが刈り尽くされるのも時間の問題となった、そんなときのことだ。
オルフェノクたちの催した公開処刑の場にただ一人現れ、究極の力=二つの“帝王のベルト”を装着したオルフェノクを倒したヒーロー。
結果としてスマートブレインの権威を失墜させた生ける伝説は、六年経った今でも群衆に語り継がれる。
自身もオルフェノクでありながら、ただ一人の少女を守るために戦った男の名は――

《――乾巧(いぬい・たくみ)! 君は包囲されている、大人しく投降したまえ》

オリジナルのオルフェノクたる君を、我が社は手厚く歓迎する、などと続く声。
スマートブレイン社の尖兵、量産型ライダーズギア装着者たち――当然、全員がオルフェノクだ――の拡声器が、
喧しく青年の耳を打った。廃墟が続く街中でやり過ごしていたつもりだったが、どうやら寝過ごしたらしい。
割れた窓硝子から差し込むサーチライトの光から察するに、完璧な包囲網が出来上がっていると考えるべきだろう。
護るべきものはもう居ない。六年間の逃走劇の間に失ったもの――暖かい人々の笑顔、或いは守ると誓ったヒトのユメ。
既に地球上から人類という種族は絶滅寸前の状態であり、巧の知人たちは激しい戦いの中で皆逝った。
スマートブレインの支配体制に抗う一部のオルフェノクによって少数の人類は保護されているが、
それがどうしたというのだろう。夢も希望もない絶望に満ちた深淵が、この世界だった。

――ああ、それでも。
戦う意味はある。
乾巧が存在する意味。
――“誰かの夢を守ること”。
自分が存在することが、奴らへの反抗ならば。

《五秒以内に投降しない場合、建物ごと砲撃する!》

「早すぎだろ……やばいな」

変身装置――ファイズギア一式を入れたケースを左手で引っ掴むと、“変化”を念じた。
瞳が灰色に変わり、灰色狼の貌が浮かび上がる。同時に身体の像が歪み、人にあらざるシルエットを形作る。
オルフェノクの力とは、つまるところ個人の存在を創り変える能力に他ならない。
自己の精神的な“象徴”を具現化させる異能は、言わば人類という種そのものの進化と言って過言ではないのだ。
オルフェノクは多くの場合、“常識”はずれな身体能力と異能を持ち、無から有を生み出すことさえやってのける。
乾巧のオルフェノクとしての姿は――異形の刃の塊。五秒が経つと同時に、スマートブレインSP部隊の指揮官は、容赦なく命令の実行を命じた。

「撃て」

《了解》

量産型ライダーズギア『ライオトルーパー』が跨るのは、可変型バリアブルビークル『サイドバッシャー』三台。
それらはサイドカー然としていた形態から変形、大型二足歩行型戦闘メカへと変わる。黒鉄の重装甲ビークルはバイクと言うよりロボットと言うべき姿になり、
左腕と右腕の六連装ミサイル砲/四連装バルカン砲から砲撃を吐き出す。共に従来兵器の比ではない威力――フォトンブラッドを利用した新世代兵器である。
三台のサイドバッシャーからの砲撃は凄まじく、乾巧が立て籠もっていた廃墟の病院は、跡形もなく消し飛んだ。
ズズズ、と瓦礫と土煙が舞い上がる中、ライオトルーパー部隊の指揮官は溜息をついた。

「まったく、上にも困ったもんだ。たかだか反乱分子一人にサイドバッシャー三台とは……」

可変型バリアブルビークル『サイドバッシャー』の価格は、ライオトルーパー部隊に通常配備されている汎用バイク『ジャイロアタッカー』の約百倍である。
感覚としては歩兵部隊に突如として最新鋭の戦闘ヘリか戦車が配備されたようなものだ。
その火力に至っては途方もなく、大型ビルディングを跡形もなく粉砕できる。
上からは監視役の上級オルフェノクが来ているし、肩が凝ることこの上ない。

「さて、そろそろ撤収準備をしますか」

SP部隊指揮官――バットオルフェノクは、部下たちに撤収を命じようと視線を廃墟跡地に向け、
紅い、紅い鮮血を見た。宙を舞う小さなスイカほどのものが、部下のライオトルーパーの頭部なのだと確信。
継いで青い炎が上がり、それが燃え尽きる。

「なにぃ!?」

白刃/白刃/白刃――刃の鎧を纏う白銀の人狼。
月下に光る銀の刃を体中から生やし、白い毛並みを曝した乾巧=ウルフオルフェノクがそこにいた。
そいつは首を失ったライオトルーパーの身体を捨て去ると、操縦席に跨り瞬く間にサイドバッシャーを掌握した。
仲間の方へ向き直ったそれは、乾巧の命じるままに火器管制を解除、
呆然としている残り二台のサイドバッシャーへ向け、フォトンバルカンとミサイルが迸る。
機械の人工知能がそれに対処しようと飛び跳ねるが、有人操縦の滑らかな先読み射撃には敵わず、相次いで被弾/沈黙。
バットオルフェノクが超音波視覚を効かせると、そこには脚部を破壊されて無惨に横たわるサイドバッシャーが転がっていた。

「A01、03、応答しろ!」

《たいちょ……ギャッ!》

《た、弾が当たらな……!》

また赤い血が迸り、夜目にはっきりとわかる青い炎を噴き出すライオトルーパー二名。
“それ”は異常な速さだった。乾巧が狼種のオルフェノク――ウルフオルフェノクなのだとは聞いていたが、まさか戦闘ヘリ並みの速度で動き、
ライダーズギア装着者たるライオトルーパーを瞬く間に殺害できる戦闘能力があるなどと、誰が思うだろう?
これには情報の誤りがあった。SP部隊の指揮官が知るスペックはあくまで通常形態の話であり、
今のウルフオルフェノク“疾走態”の情報などスマートブレインも把握していなかったのだ。
亜音速の加速で縦横無尽に動き回り、ウルフオルフェノクは敵陣の様子を把握し終え――指揮官がいる場所を突き止めた。
ライオトルーパー部隊のアクセレイガンから放たれる光弾を避けながら、跳躍――まるで月下に踊るように指揮官へ飛び掛かる。

『そこか……!』

『ちっ』

変化――バットオルフェノクとしての姿を取った指揮官が、口から超音波を吐き出す。
蝙蝠種の超感覚、超音波による波動を増幅した、外皮を切り裂く強力なメスと云えるそれの前に、ウルフオルフェノクの前面装甲に傷がつく。
だがそれだけ、殺しきることは叶わず、思わず驚愕に化け物は鳴いた。

『馬鹿な!?』

シュッ、と右の拳が突き出され、灰色の蝙蝠男、その顔面をぶち抜いた。
頭部に深々とめり込むそれはメリケンサックである。
打撃力の底上げをする兇器により、バットオルフェノクの表皮は粉砕されていた。
血の泡を吐き出して苦しむ蝙蝠男に止めを刺そうとした瞬間。

「流石に強いね、乾巧。君なら僕の相手が出来そうだ」

数発の光弾が、バットオルフェノクごと巧に襲いかかった。
咄嗟に横方向へステップしたのが幸いし、ウルフオルフェノクは傷一つ負わなかったが、
その一撃一撃が凄まじい威力を誇っていたことは、一瞬で灰化した蝙蝠男や穿たれたアスファルトが証明している。
しかし、仲間のオルフェノクを躊躇いもせずに殺すとは――巧の勘は、目の前の敵が紛れもなく“ヤバイ”と告げていた。

『お前は……』

「空席に補充された新たなラッキークローバー、百瀬。乾巧、君のファンさ」

そう言いはなった少年は、慇懃無礼に笑うと瞳を灰色に染め――“変化”する。
本能的に危険を感じた巧が飛び掛かり、右回し蹴りを見舞うと同時、金属的な反響音。
遅かったか――素早く飛び退くと、百瀬だった獣人が醜悪に笑った。
そいつは虎の意匠を持っていた。虎の頭部、猛獣の前脚と呼ぶに相応しい爪が生えた手甲。
すなわち。

『――変身中は攻撃しちゃダメだろ? わかってないなあ』

タイガーオルフェノク。
後天的に付与された“王の因子”を持つ、人造のオルフェノクだった。
尤もそんなことは巧が知るわけもなく、ただ相手の放つ雰囲気から“ヤバさ”を察知しただけだ。

――こいつは強い。
オオカミという獣の本能は、虎に一対一で勝てるはずがないと囁く。
その本能を振り払い、腰に巻き付けていたケースからファイズフォンを取り出し、コード入力【106】。
タイガーオルフェノクが楽しげに笑う。

『そうそう、早くファイズに変身しなよ。待ってあげるから――』

【Burst Mode】

光線銃に変形した携帯電話型トランスジェネレーターより放たれる、紅いフォトンブラッドの連続射撃。
断続的なエネルギー掃射の前に、タイガーオルフェノクの身体が傷つけられていく。

『うぉ、ぐおおおお!?』

その間に巧へ走り寄るのは、一台の自律型可変バリアブルビークル『オートバジン』。
ライオトルーパーたちの崩れかかった包囲網を突破し、ウルフオルフェノクの下へ駆けつけるそれは、
巧が先日スマートブレインから拝借したものだ。バイク形態のオートバジンに飛び乗ると、巧は変化を解除し、
汎用バリアブルビークルで瓦礫の転がる街中を駆け抜けた。背後では百瀬が咆哮しているが、これならば何とか逃げ切れるだろう。
あいちこちから飛んでくる光弾を左右にジグザグ走行して避けつつ、彼は漸く小さな笑みを零した。
耳障りな女の声が聞こえたのは、そのときだった。通信機から全周波数で垂れ流される放送。

《は~い、乾巧さ~ん、お元気ですか~?》

「ちっ」

スマートレディ。スマートブレイン社の得体の知れないキャンペーンガールであり、この女が何か喋る=人類の不幸という構図が出来上がるような、
とにかく質の悪い女だ。思わず巧が顔を顰めたのも無理はないだろう――何時だって道化のように茶化す、化け物じみた怪人なのだから。
通信装置を切りたい衝動に襲われるが、今は運転に集中しなければ転倒してしまう悪路だ。
だから、彼は黙ってそれを聞き続けた。

《今日は~お姉さんから大事なお知らせがあって放送していま~す! 最後まで聞いてくださいね~?
我がスマートブレイン社は先日、とってもすごい“次元超越機”という機械を開発したんでーす》

何でもそれは平行世界(パラレル・ワールド)……つまり“よく似ているが違う世界”とこの地球を繋げるものなのだという。
そのプロジェクトの名は『楽園計画』。人口――オルフェノクの数が爆発的に増えているにもかかわらず、この惑星の大地は死んでいる。
すべては人類とオルフェノクの『二十四時間戦争』で放たれた核兵器や生物・化学兵器の汚染の所為である。
その汚染は大地を広範囲に蝕み、肥沃なユーラシア大陸の大半を居住に適さぬ地獄へ変えた。
当初は火星や月への移住も考えられたが、住めるかどうかわからない上にコストも時間も掛かりすぎた。
それよりも確実なシステムとして開発されたのが、異層空間移動システムであり、平行世界への移民計画だった。
今のスマートブレインの武力ならば、さほど手間を掛けずに異世界を制圧できるハズなのだから。

《ところがですね~、この次元超越機、生きた人間を放り込んだことがないんです~。
もうおわかりですよね~、反逆者にして第一級テロリスト、乾巧さんは生きたまま次元を超えられるかの実験体なんで~す!》

「ふざけんなっ!」

盗んだバイクで走り出す巧は、これ以上この女の声を聞いていたくなかった。
思い出される記憶――皆が死んでいく中、生き残り続けた自分とそれを嘲笑う暗黒の四つ葉=ラッキークローバー。
その中において頂点に立つオルフェノクこそが、彼の仇だった。
幾度となく刃を交え、それでもなお斃せぬ“剣”の使い手たるオルフェノク。
殺し合い続けた六年間という歳月は、風化することなく青年の心を蝕んでいる。

《前方にワープゲートを用意しましたぁ、良い旅を~!》

ブレーキを思わず掛けるが、間に合わない。異常なまでの強風に、オートバジンごと吸い込まれる。
時空の穴はまるで虹のような混沌の七色。そこに吸い込まれていく――虚空を掴むように手を伸ばすが、誰の手も掴めず。
ただ、幻影だけがあった。

――真理……啓太郎……!
失った人々の記憶が駆け抜ける。

そして、彼の意識は途切れた。



西暦200X年、四月。
第八世界ファージアース――所謂一つの地球という奴である。
その極東は日本列島、東京の夜は今日も騒々しい。
今日は平和を謳歌できると喜んでいた先輩たちが、突如として“任務”で連れ去られたりとか。
まさかマンホールが落とし穴になっていて、特定の人物を罠に嵌めるなどとは想像できなかった。
とにかく平穏ではないが、平和と言って差し支えないはずだと――志宝エリスはそう思う。
今年で満十八歳になるエリスは、薄紫のショートカットの髪と翠の瞳を持つ、何処か異国情緒在るぽややんとした少女だ。
後にマジカル・ウォーフェアと呼ばれることになる、ウィザードと侵魔(エミュレイター)の戦いの最終章。
その戦いにおいて最も重要な役割を演じた彼女は、今は先輩の赤羽くれはの家に居候の身である。
くれはの母から頼まれた買い物を済ませ、エリスが帰路を歩んでいると、風切り音が聞こえた。
具体的には上空から何かが落下してくる音なわけだが。
本能的に危険を察知し、少しだけ後ろへ下がりながら天を見上げる。

―――空に開いた不気味な“裂け目”から、銀色に輝く近未来的デザインのバイクと、二十代前半ほどの青年が落ちてきていた。

固まる。
状況が一瞬理解出来なかった。
これで落下しているのが、守護者アンゼロットに拉致された柊蓮司というウィザードだったなら理解出来るのだが。
…………柊本人が聞いたら嘆き悲しみそうだが。
ともかく、このままでは地面へ叩きつけられて大怪我をしてしまうだろう。
落下してくる青年がウィザードであるという可能性は失念し、エリスが大いに慌てた瞬間。
ガコン、と云う機械音と共に、バイクが変形した。折り畳まれていたフレームが展開され、手足を形作る。
“非常識”なことに、一瞬で人型ロボットになると、搭乗者の青年をホバリングして受け止めるバイク。
そしてロボットは青年へ道路へ横たえると、自らも再びバイクに戻った。
後に残されたのは、バイクらしきロボットと空から降ってきた青年、そしてエリスだった。
志宝エリスはかなり戸惑いつつ、それに近づいた。

「……え? その……?」

果たしてどうしたらいいかわからず――少女は立ち尽くした。
とりあえずくれはの母に携帯で連絡を入れることを思い至ったのは、それから一分後のことである。




さて、至極どうでも良いことだが――乾巧は熱いものが苦手だ。
これは彼の人間としての終わり/オルフェノクとしての起源――火災で事故死したという記憶が為せるのか。
それともただ単に苦手なだけなのか、定かではないが、極端な猫舌であるから熱いラーメンはおろか味噌汁すら満足に啜れない質で、
ぶっきらぼうな性格と相まってよく人に誤解される。例えば善意で出された熱々の料理をよく冷まし、ふーふー口で息を吹き掛けながら食べたりする。
ついでを云うなら、寝るときは逃亡生活の習慣として軽装が基本だったから、ここ数年まともな布団で寝た記憶もない。
そんなわけであるから、分厚い布団に寝かしつけられているという状況は、巧にとって辛いものがあった。
目を覚ますと何故か、見知らぬ民家の和室に寝かしつけられていた。ご丁寧にファイズギアが入ったケースは枕元に置いてある。
拘束されているわけでもないから、どうにも妙だった。溜息をつく。

「なんなんだよ……」

別次元へ人間を送り込む装置……にわかには信じがたい。
スマートブレインが巧を拉致して騙している、という方がまだ納得できる。
だがしかし――。

「あ、起きたんですね。待っててください、ご飯持ってきますから」

入室した影――見慣れない学校の制服を着た、十七歳ほどの可憐な少女が自分を騙しているとも思えなかった。
もう一度だけ、青年は気づかれないように溜息をついた。




――異空間に浮かぶアンゼロット城。
日々、異界<裏界>より人類を襲うエミュレイターたちと戦う、現代の魔法使い=ウィザードたちを束ねる守護者の居城である。
城主たる、少女の姿をした世界の守護者、アンゼロットは眼を細めて部下からの報告書に目を通していた。
その書類はとある異世界――と言っても平行世界の“地球”の話だ――に関するものであり。

「……オルフェノクにスマートブレイン……厄介なことになりましたわ」

人類の進化形たる存在と、彼らの庇護者たる超科学の僕たち。
人間(イノセント)の殆どが異形なるものに変わった地球の、世界結界の様子を記したものだ。
ロンギヌスの有志が平行世界の人類――数少ないウィザードの生き残りだ――に接触して情報を収集した結果、
明らかになったのは世界の“常識”の変化だった。それまでの世界結界の在り方が“非常識”としてオルフェノクを拒絶し、
彼らの身体の灰化――細胞の急激な劣化だ――を促進させていたのに対し、人類オルフェノク化が進んだあとの世界結界は反転していた。
生き残りのウィザードは語る。

『奴らオルフェノクは、月衣や月匣を持たない……だから“自分たちを拒絶する世界”を書き換えたのさ。
裁定者もスマートブレインの飼い犬だ……気づいたときにゃ、
オルフェノクの身体に灰化は起こらないのが“常識”で、人間に拒絶反応が出るようになっちまった』

さらさらと身体の一部を灰にする妻を悲しげに見つめ、ウィザードの男は語ったという。
それだけなら異世界の悲劇と言うことも出来ただろう。
だが、ロンギヌスが収集した情報には見逃せないものがあった。
曰く、

『向こうの守護者に伝えてくれ……奴らはこの星だけじゃなく、並列世界の大元――』

――オルフェノクは限界を迎えた惑星を捨て旅立つ。

『――ファージアースに侵攻するつもりだと』

アンゼロットは如何にも悲痛そうに眉を提げると、紅茶を優雅に飲んだ。
妙に苦みだけが強く感じられた。思案し、そろそろ柊蓮司たちが来る時刻だと気づく。
為さねばならない。ゲイザー亡き今、世界を護れるのは己だけなのだから。
扉が開いた。真顔で、彼らに告げる――


「――私のお願いに、ハイかYESで答えてください」



「異世界……ですか?」

突拍子もない言葉に、志宝エリスは思わず聞き返していた。
空から降ってきた青年――乾巧というそうだ――は少女が持ってきた熱々の雑炊を複雑な顔で眺め、
レンゲですくってフーフーしながら食べつつ、「ああ」と答える。

「胡散臭い奴らにぶっ飛ばされたんだよ、詳しい事情はさっぱりだ」

我ながら酷い説明だとは思うが、他に言い様もないのが現実だ。
まさか初対面の人間に『オルフェノク』や『スマートブレイン』のことを話すわけにもいくまい。
よしんば話したところで頭のおかしい奴か狂言だと思われるのがオチである。
異世界から来た、というのも十二分に怪しい説明ではあったが、エリスは巧とオートバジンが“裂け目”から落下するところを見ている。
中途半端に説明したり沈黙を貫くよりは、そちらの方がまだマシだろう。正直、不器用な巧では上手い嘘がつけないというのも事実だが。
すると、何故だか知らないがこの家の居候だという少女は、翡翠色の瞳でこちらの目を見つめてきた。

「……おい?」

「あ、すいません。目を見れば、その人が嘘をついているかわかるって聞いたことがあって……」

なんだかなあ、と思いつつ、

「別に信じなくても良い。俺も信じられない話だしな」

そう苦笑する巧に向けて、不意にエリスが言った。
その表情はとても真摯で――彼にとって眩しすぎる。

「大丈夫です。乾さんに協力してくれそうな人、私知ってますから!」

――ピピピ。
場違いな携帯の着信音――彼女が「ちょっと失礼しますね」と断って通話状態にすると、
ひどく焦ったような声が聞こえた。歳は巧より六歳ほど年下だろうか、エリスと同年代の少年と青年の境界にいる年頃だ。

《エリス! 今すぐおばさんを連れて逃げろ、そっちにオル――……》

通話が切れる。

「柊先輩!? いったいどうしたんです!?」

一方、巧のオルフェノクとしての超感覚は、“覚えのある”気配を感じていた。
或いは、あの世界からスマートブレインが寄越した追っ手か。
彼は布団を跳ね飛ばし起きるとファイズギアの入ったケースを開き、ファイズフォンを取り出す。
腰にベルト型変身ツール<ファイズドライバー>を巻き、障子を開けて外に立つ人影を睨んだ。

「――よぉ。久しぶりだな、乾巧」

――その声と口調、そして容姿は。

「え――」

その人影を見た瞬間、志宝エリスの顔に驚愕が浮かぶ。
何故ならばそれは見知った貌でありながら――別人のものであったから。
男はざんばらの茶髪を夜風に揺らし、フィンガーレスグローブを嵌めた手をあげる。

――彼女の思い人、柊蓮司と瓜二つだった。

「……ここで決着を付けてやる」

巧はそう呟くと、携帯電話型トランスジェネレーター<ファイズフォン>にコード入力――【555】。
続いて【ENTER】キーを押す。

【STANDING BY】

バックルの<フォンコネクター>にフォンを突き立て左側に倒し、乾巧は叫んだ。

「変身ッ!」

“適合者”を認める機械音声が響くのと同時、それの存在を感知するのは、
次元の裂け目よりファージアース上空に転移した、スマートブレイン製人工衛星<イーグルサット>。
そのシステムが電子レベルまで分解されたスーツを、ライダーズギア装着者に転送する。

【COMPLETE】

流体エネルギー<フォトンブラッド>の循環するエネルギー流動経路<フォトンストリーム>がベルトから全身へ形成され、
フォトンブラッドの紅い輝きが夜闇を切り裂く光明となりて、驚愕に目を見開くエリスの視界を一瞬奪った。
少女が目を開ける――。

「――乾……さん?」

そこにいたのは仮面の騎士とでも言うべき、異形のライダースーツに身を包んだ巧だった。
何処かギリシャ文字の「Φ(ファイ)」を思わせる黄色い目の仮面、漆黒/白銀/紅蓮の特殊戦闘強化服=ライダーズギア。
超科学の生み出した“ファイズ”が、ゆっくりと“柊蓮司に似た誰か”に歩み寄り、

《っ!》

数トンの打撃力を持つ蹴り――荒っぽい喧嘩殺法だ――を繰り出す。
まともな人間が喰らえばどんなに太い骨格でも粉砕される一撃。
されど、柊蓮司に似た者は――ずるり、と虚空から“ウィッチブレード”を引き抜いた。
金属のぶつかり合う反響音/ライダーズギアの特殊合金と刃金の激突――耳を打つ。
ファイズの蹴りと拳のコンビネーションを弾いていたのは、夜闇の如き黒い刀身。
志宝エリスがよく知る、先輩のそれとまったく同じ荒っぽい剣技。
知らず、呟いていた。

「貴方は……?」

男は悲しく嗤う。

「俺は――」

魔女の剣を持つウィザードの瞳が灰色に変わり、竜の顔が投影される。
メキメキと蠢く月光直下の影は、細身の外骨格を纏う、竜人とでも呼ぶべき姿へ。
長大な剣を振るう速度は人外の膂力によって跳ね上がり、拳で応戦するファイズの劣勢が濃くなる。
火花/火花/火花――仮面の騎士が弾き飛ばされ、地面を転がりながら立ち上がった。
憎々しげに吐き捨てられる名前は。

《……柊……レンジ……!》

『――柊レンジの成れの果て―――ワイバーンオルフェノクだ』



斯くして蒼き星を巡る戦いは加速する。


これはあり得ぬ物語、語り継がれぬ御伽噺。


仮面の騎士と夜闇の魔法使いの剣戟舞踏である。


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