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となりの7Nさん

最終更新:

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作品情報

クロス元 となりのなにげさん
作者 25-451


となりの7Nさん


 柊蓮司が思い返すに、それはどうにも奇妙な事件であった。
 奇妙と言っても、ことの因果関係が定かでないとか、何が起こったか不明瞭だとか、裏で何か別の陰謀が動いていたとか、
そういう意味では一切なく、むしろそういった背後関係と事の推移はよく把握できていた。
 必要以上なまでに―――把握しすぎていた。
 彼自身はその事件にとって単なる仕事で訪れたよそ者であるから良かったものの、そうでなかったとしたらその事件の
関係者たちと顔をあわせた時、多少なりとも気まずい思いをしたに違いないが、それはさておき。
 では、なにが奇妙だったかと言うならば―――今言ったような事態の把握を初めとして、とにかく楽だった、の一言に尽きる。
 もちろん、楽と言っても手を抜いたと言う意味でなく、的確に最善手を打てたからこそ、必要最低限……に、近いレベルでの
犠牲と労力と時間で、ついでに言うならば後腐れも心残りも皆無の状態で解決を図れた、という事だ。
 だが、だからこそ。
 柊はその事件を思い起こすたびに、そのように常に彼を的確にサポートし事件を解決に導いてくれた”彼女”は、一体何者
だったのかと首を捻るのだった。

 事の起こりは、一言で言える。すなわち、
『自宅の窓辺で猫を抱いてまどろんでいたら、目が覚めるとアンゼロット宮殿だった』
 冷静に考えれば説明として不十分過ぎるはずなのだが、これだけで十分通じると考えてしまった自分に苦い思いを抱く柊である。
 そんな柊の心中を知ってか知らずか、抱いた猫がにーと鳴いた。
 もう少し詳しく話そう。
 マジカル・ウォー・フェアーの激戦を潜り抜け、悲願であった卒業も果たした柊は、魔剣もメンテに出して半ば楽隠居のような
生活を送っていた。
 少なくとも彼の相棒がメンテから戻ってくるまでは、そうして怠惰な生活を満喫するつもりだった。
 それを唐突に、本人の了承どころか打診すらも無く連れ出されたことに柊は当然抗議をしたが、拉致の主犯(しかも常連)は
どこ吹く風でお紅茶を頂いているという寸法である。
 まぁそのあたりは、言う本人も切ないがいつものことで悲しいことに慣れている。だが、なにか仕事を押し付けられるにせよ、
魔剣が無くてはどうにもならない。
「その、魔剣に関することなのです」
 しかし、そうと言われてしまっては、さすがに耳を傾けざるを得なかった。
「柊さんの魔剣は、現在ウィッチブレードへと換装作業中です。その作業自体は順調なのですが、問題は柊さん、あなた本人です」
「俺?」
「はい。魔剣と魔剣使いの関係は、まさに一身同体です。それまで武器など触ったことすらなかった者が、自分の魔剣と出会った
瞬間からその扱いに馴染む、というのはよくある話です。
 ですが柊さんの場合、今まで慣れ親しんできた魔剣があって、それが今回突然、まったく違った形態となってしまうのですよ?」
 つまり、いかに本質的根本的な部分では通じ合う魔剣とはいえ、使用者が一刻も早く馴染むようにカスタマイズできるならば
それに越したことはない、という事だ。もちろん、彼の握力や手の形といったデータは設計時点で盛り込まれているが、こういった
ものは実際に実物で試して見ないと判らないものがあるし、もっと単純に柊自身にも新たなウィッチブレードという形態と機能に
慣れてもらう必要もある。
「そこで、柊さんの新たな魔剣となるウィッチブレードと、同一の外装と機能を持つ試作品をもう一本ご用意しました。これを
用いて、いわば試し切りをしていただこうかと。あ、細かいデータはウィッチブレードそのものに記録されるそうですからご安心を」
「な、なるほど……」
「もちろん、外装のみ同じくしただけのものですから魔剣とは言えず、単なるウィッチブレードでしかありません。
 当然、柊さんの戦闘能力は著しく制限されてしまうこととなりますが、それを加味して難易度低めの任務を選びましたので、
張り切って行ってきて下さいませ♪」
 一瞬頷きかけた柊だが、すぐに気付く。
「……っておい! 試し切りなら別に実戦でやる必要ねーだろうが?! お前うまいこと言ってまた俺に任務を押し付ける
つもりなんだろーが!」
「では、ご健闘をお祈りしておりますわ。詳しいことは現地に協力員がおりますのでそちらに」
 だが、遅かった。
 アンゼロットがどこからとも無く垂れ下がる紐を引くと、柊の足元にぽっかりと穴が開き。
「ア、アンゼロットォォォォォォオオオオオオオオオオ!!」
 ドップラー効果の乗った叫びを残しつつ、柊はソコに落ちていく。
 取り残された猫がにーと鳴いた。

 悲しいことだが……このあたりの顛末は、いつもと違いは無かった。
 そうと表現することのできる現状に苦い思いはあるが、とにかく変わったことは何もなかった。
 違ってきたのは、その次からである。
 自由落下で事件現場へと送り出され、月衣に保護されて無事かつ無様に着地するはずだった柊だが。
 その着地地点に、マットが用意されてあったのである。
 さすがに成層圏からの落下の衝撃を殺しつくすような特殊なマットではないにしろ、月衣によって”常識的なダメージ”は
極限まで威力を削られている彼にとっては十分で、これまでになく安全に事件現場への到着を果たしたのである。
 そのことに戸惑う柊の顔を覗き込み、なぜか頭にヒヨコを乗せ穏やかな笑顔を浮かべながら「大丈夫?」と聞いてきたのが、
つまり”彼女”との出会いだった。

 改めて柊は、現状の把握に努める。
 周囲を見るに、この場所はごく一般的な学校の、校庭の片隅である。
 時折見かける生徒たちの年齢から見て、高校であることは間違いないだろう。
 そして柊は、改めて彼に声をかけてきた”彼女”に顔を向け……ようとして、すでにその姿がないことにようやく気付いた。
 礼を言うヒマすらない、仮にも歴戦のウィザードである彼がその動きを気取ることの出来なかった、見事なまでの消失っぷり
であった。
 場つなぎに痒くもない頭をかいてから、柊はマットから立ち上がる。置いてある場所や周囲に人がいないところから、この
マットは部活動などで使用中と言うわけでなく、彼のために用意されたものではないかと思われ、ならば自分がどこかに片付ける
のが筋かとも思ったが、なにぶん右も左も判らない状態ではどうしようもなく、そのまま放置することにした。
「ってーか、そもそもなんで俺がここに落ちてくるってどうして知ってたんだろうな……?」
 そう独りごちながら、”彼女”と再会できたら聞いてみようと考えながら校舎の角をまがると。
 つい先ほど消えた”彼女”が、そこにいた。
 ”彼女”はどうやら、転んで荷物をばら撒いてしまった女生徒を助け起こし、荷物を集めるのを助けているらしかった。
 思わぬ分単位の再会に一瞬呆然とした柊だったが、慌てて駆け寄り手伝うことにする。
 ”彼女”の方はともかく、女生徒のほうは私服姿の柊に訝しげな表情を向けたものの、表立っての不信感を露にするようなことは
なかった。というかおそらく、”彼女”と共にいる人ならば、と自分を納得させているような節があったのではないか、というのが
後の柊の推測だ。

 何度も振り返って会釈する女生徒を”彼女”とともに見送って、改めて柊は”彼女”に向き直る。
 栗色の髪を肩口で揃え、この高校の制服であるらしい、ベージュ色のダブルのブレザーと同色のスカートに身を包み、それから
赤のネクタイを合わせている。
 年頃としては、小柄なせいもあって下級生ではないかと思われるが、その外見からはそぐわないいつも穏やかな笑みを浮かべた
落ち着いた雰囲気からすると、ひょっとするともっと年上なのかもしれない。(それからついでに、頭の上にはひよこ。妙に不敵な
面構えで、柊は戦友の赤毛の少女のペットであるフェレットを思い出した)
 女生徒からは”なにげさん”と呼ばれていた。親しい仲と言うより、どうやら彼女は有名人らしい。少々変わった名だが、
どういう字を書くのだろうか?
 とりあえず礼を伝えると、”なにげさん”は嬉しそうににっこり微笑んで、手を振りながら去っていった。どうやら、例のマット
を片付けるつもりらしい。
 それを見届けた柊は、とりあえず調査を開始するかと踵を返……そうとしたところで、マットを引っ張ろうとうんうん唸るが
微動だにしない”なにげさん”の姿を見て、慌てて手伝いを申し出るのだった。

 マットを校庭の片隅から、体育倉庫に運ぶ。
 言葉にすればたったこれだけであり、距離で示してもせいぜいが500mといったところである。
 たったそれだけの間に、柊はこの”なにげさん”が、とにかく一所に落ち着かない人物であると言うことを痛感した。
 いや、そう表現をすると落ち着きがない人物のように誤解されて伝わってしまいかねないが、とにかく彼女は一瞬たりとも
気を抜くことなく、言葉少なに、しかしいつもくるくる手助けして回っているような、そんな印象の人物だった。

 通りすがりに転んだ人がいれば駆け寄って助け起こしてやり(柊が物音に振り向いて状況を認識するまえに彼女は駆け出していた)、
忘れ物をしたと慌てる人がいれば鞄からそれを出して貸し出し(柊がちらりと見たところ、同じ教材が複数用意されていた)、
小腹がすいたと嘆く人がいればそっとお菓子を差し出し(少々唾を飲み込んでいたような気がしたが)、課題に精を出す生徒を見ては
そっと差し入れの缶コーヒーを置き(その生徒は自分の好みを何故把握されているか不思議がっていた)、作業に必要な小道具を
置いてきてしまった教師がいれば懐からそれを差し出し(そのなんでも出てくる懐具合に、彼女も月衣を持っているのかと思った
ほどだ)、壊れ物を抱えて途方にくれる人がいれば懐から修理用具を取り出して鮮やかな手並みで応急修理をし(先述のとおり
月衣でなく、全身に仕込んでいるらしい)、侵魔に襲われる生徒を見かければ駆け寄ってかばい(そのダッシュ力とかっさらいっ
ぷりは見事だったが、さすがに直接的な戦闘能力はなかったらしく柊が撃退した)、移動教室に迷った新入生徒がいれば優しく
丁寧に道を教え(予鈴までに到着できるショートカット付き手書きの地図まで渡す完璧さ)、彼女を嫌っているらしいその助けを
拒む新入生に対しても変装してまでしっかりとフォローし(しかし鼻眼鏡はないと思う)、廊下に落し物を見つけたらたちどころに
その持ち主に返し(その持ち主も、なんでこれが自分のものと判ったか不思議がっていた)、積みあがった荷物のバランス取りに
四苦八苦している生徒がいれば最初からそういう予定だったかのような自然さでその荷物を半分受け持ち(案内されている自分は
その間待ちぼうけか、と思ったら異常なまでに早く戻ってきた)、落ちてるゴミを見つければごく自然な仕草で拾って懐の袋に
しまいこみ(後で分別して捨てるらしい)、体育倉庫できょろきょろしていた生徒を見つけては彼は何を探してるのかと確認する
までもなく倉庫の片隅を示し(ドンピシャだったらしい)etcetc……
 マットをしまう、ただそれだけの間にもとにかく終始そんな調子だったのだ。
「……ってなにげなくエミュレーター出てんじゃねーか!」
 つい長いノリツッコミをしてしまった柊に、ビクリと身体をこわばらせる”なにげさん”。
「ってすまねぇ、脅かすつもりはなかったんだが」
 慌てて謝る柊に、”なにげさん”はすぐに笑って謝罪を受け入れる。
 ”常識”で考えれば一般人をエミュレーターやウィザードに関わらせるのはご法度なのだが、彼女には特に影響はないらしい。
彼女もなにか”常識”の枠外の存在なのだろうか? 月衣は持っていないようだが……?
 余談だが彼女のブレザーの内側を見る機会があったが、とにかくびっしりくまなくあらゆる小道具が仕込まれていた。彼女を
レントゲンにかければ、文具で出来た合体ロボのように映るのではないだろうか? ある意味、放り込めばいい月衣よりもこの
収納術の方がすごいのではないかとさえ思えてくる。
 それはともかく。
 どうやら彼女が現地の協力員らしいと当たりをつけた柊は、顔が広くて事情通らしい彼女ならば把握していることもあるだろうと、
ここ最近で変わったことがないかを訪ねてみた。
 数秒考え込んだ”なにげさん”は、例によって懐から学校新聞を取り出し(さすがに今更驚かなかった)、柊に差出した。
 それによれば、どうやらこの学園では三日間ほど、失踪事件が相次いでいるらしい。
 さすがにまだ新聞部が騒ぎ立てているだけで学校側は事実関係を認めていないが、とにかく登校はしたはずなのに帰宅していない
生徒や無断欠勤した先生などが数人いるのは確からしい。
「どうやら、今回の仕事はコレ絡みらしいな……」
 ロクな事情説明もなく仕事に放り込まれる(比喩にあらず)事も珍しくない彼だが、こうもあっさりと手掛かりをつかめるのは
珍しい。続いてもう少し詳しい事情を”なにげさん”に確認してみる柊だが、さすがの彼女もそれ以上の情報はないらしい。
 まぁ、最初に出会った人間が何もかも全部教えてくれるなんて都合のいいことは、さすがに期待していない。
 柊はダメもとで、誰か詳しい事情を知っていそうな人物に心当たりがないかを確認してみる。
 ”なにげさん”はオトガイに指を当てて数秒考え込み……やがて、満面の笑顔でぽんと手の平を打ちつけた。

 一方その頃、校舎の屋上。
 一人の男子生徒が、フェンスを握り締めて校庭を見下ろしていた。
 屋上には、彼以外の姿はない。
 その視線は、先ほど柊達がエミュレーターの手から守った少女に向けられている。
 じっと、微動だにせず……ただ、フェンスをきつく握り締めるその手にのみ、激情を表すかのように。
 いつまでそうしていたろうか……不意に、その男子生徒の首に、青白い女性の手が巻きつく。
 背後から彼にしなだれかかるかのような、妖艶な仕草だ。
「ふふふふふふ」
 彼以外に誰もいなかったはずの屋上に、女性の小さな笑い声が響く。艶を含んだ、やはり妖艶な声。
 首に回された手が、妖しい仕草で男子生徒の頬をなでる。
 しかし男子生徒はやはり微動だにしない。そんなものに気付かないかのように……あるいは、気を向ける価値などないかという
ように、ただただじっと少女を見つめ続けている。
 すっと、ただ彼の背後に隠れていただけであるかのような自然な仕草で、女性が顔を出した。
 見た目には、成人の女性に見える。髪は腰まで届く長さで、色は燃えるような赤。妖しく潤んだその瞳は蛇のように縦割れした紫。
完熟したその肢体を包む衣装は学校と言う場に相応しくなく、いうなれば際どいデザインの黒の水着をさらに極限まで刈り取った
ような扇情的なもので、その妖しい蠱惑的な容姿だけでも十分に人間離れしている。
 そして決定的なのは、その背中から伸びる巨大なコウモリの羽と―――真昼の時間帯なのにもかかわらず彼女の背後で輝く、
赤い月。
 エミュレイター、であった。
 エミュレイターは薄く笑いを浮かべて男子生徒の耳元に囁く。
「欲しいんでしょ? ――――あの子が」
 ぴくりと、初めて男子生徒がその身を振るわせた。
「そうよね……ずっと見ていたものね」
 そう、それはどこにでもある、ありきたりな小さな恋のお話。
 あるところの少年は、あるところの明るい少女に恋をしてしまったと言う、ありふれた話。

 恋焦がれる少年は、ずっと少女を見て、見つめて、見続けて、見つめ続け。
「そうよねぇ……ずっとずっと、見ているだけだったものねぇ」
 そしてそれ以上のことは何もできなかったと言う、ごくありがちな事の顛末。
 それだけならば、何の変哲もない話だ。
 このまま、初恋の思い出として風化して行ったかもしれない。
 何かのきっかけを得て、それ以上に踏み込めたかもしれない。
 何かの努力か幸運を対価に、思いを遂げることも出来たかもしれない。
 この学校ならば、いずれそのチャンスを”なにげさん”に作ってもらえたかもしれない。

 だが、そうはならなかった。

 いずれそうなったかもしれなかったが――そうなる前に、その恋焦がれる思いをエミュレイターに付け込まれた。
 そして彼は曖昧な、現実味を失ったその思考の中で、その妄執を遂げんとする。
 エミュレイターに、惑わされるがままに。
「もう戻れないわよねぇ……なにしろ、もう手は下してしまったのだから」
 彼の思い人は、気の多い人だった。
 スポーツで活躍する先輩がいれば応援にいって黄色い歓声を上げ。
 そんな輝く先輩が、彼女にそんな声を上げさせる先輩が妬ましくて羨ましくて憎くて。
「だから消した」
 学年トップの成績を収める同級生がいれば、勉強を教えてもらうという名目で近づき、頬を染め。
 そんな優秀な同級生が、彼女のそんな表情を、教科書越しの間近で見られる同級生が妬ましくて羨ましくて憎くて。
「だから消した」
 小動物のように可愛らしい新入生の男の子が入ったと聞いては、わざわざ一年の教室まで行って思うさまに可愛がり。
 そんな愛される後輩が、彼女にごく自然と触れてもらえる後輩が妬ましくて羨ましくて憎くて。
「だから消した」
 頼りになる先生が新任した聞いては、進路相談と言う名目で職員室に押しかけて。
 そんなミーハーな生徒相手にも、浮かれることなく邪険にすることもなく、しっかりと真摯に対応した先生の懐の広さが
妬ましくて羨ましくて憎くて。
「だから消した」
 そう、彼女の心を向けられた者は、片端から消していった。消えてもらった。
 この正体不明の女性に、消させてきた。
 さすがに、殺すまでは躊躇われたので、この女性とその正体不明な部下の力でさらって貰った。

「結果的には、同じことだけどね」
 フォートレスの中に捕らえて、ゆっくりとプラーナを味わいましょう、とクスクスと邪悪に笑うエミュレイターの声は、
しかし彼には届かない。
 惑わされた彼が執着するのは、彼女のみ。
 この日常の世界から乖離した彼を辛うじて繋ぎとめているのは、彼女の存在のみ。
 だからそうして、自分と彼女の間に入る込む邪魔者を片端から消してきた。
 自分が彼女を見ていたように、彼女にも自分を見て欲しくて、彼女が目を向けたものを消してきた。
 だが、それでも彼女の目は自分を見てくれない。
 自分に振り向いたと思っても、それは自分の背後にある別の何かに興味を引かれたときだけだった。
 だから彼は思い切って、直接彼女をさらおうとした。
 彼にしてみれば、思い切って告白するのと同じくらいに、清水寺から飛び降りる想いだった。
 惑わされていても、歪んではいても。
 やはり芯にあるのは彼女への想いであり、直接相対するには、相対してくれと自分から働きかけるには、彼なりに勇気が
必要だったのだ。
 そして、その望みを聞いた―――いや、引き出したエミュレイターは、待ってましたと手下を差し向けた。
 依代であるこの男子生徒が欲望のままに動くようになれば、それに取り付く彼女もより動きやすく、力を振るいやすくなる。
目の前に彼を思い人を連れてきて、彼の自由にしていいと囁いてやれば、さらにやりやすくなるだろう。
 それを、阻まれた。
 この学校の誰もがその存在を知りつつ、しかし誰もその正体を知らない”なにげさん”と、正真正銘に正体不明な私服姿の男に
邪魔された。
 腹立たしくないといえば、嘘になる。
「あらあら困ったわね、また邪魔者が現れちゃった」
 だが、エミュレイターはクスクスと哂う。
 最愛の人が手に入ろうとしたところで邪魔された、お前の方が腹立たしくて堪らないだろうと、おかしてたまらないと言う風にあざ笑う。
 そして再び、その肉感的な唇を彼の耳元に寄せ、囁く。
「邪魔者は―――消さないとね?」
 そして―――





「………………………………あー」
 ”なにげさん”のおかげでそんな一部始終をばっちり目撃してしまった柊蓮司は、反応に困って意味のない呟きを漏らした。

 事情に詳しい人に心当たりがあるという”なにげさん”に案内された柊蓮司は、屋上へと続く扉の前にいた。
 で、”なにげさん”に示されてその扉をほんの少し開けて覗いてみると、そこにいたのは男子生徒と彼に取り付いた
エミュレイターで、しかもまさに「ラスボス語り」の真っ最中で、もちろん会話もバッチリ聞いていたと言う次第である。
 そりゃもう事情に詳しいはずである。なにしろ当事者で黒幕でシナリオボスだ。これ以上詳しいのはGMくらいであろう。
 しかしこれはなんとしたことであろう―――当事者の口から事の真相が全て語られるなどラストバトルの前か後、あるいは
クライマックスフェイズ直前のマスターシーンであるべきだというのに。
 だというのに、リサーチフェイズの初っ端か、下手をしたらオープニングフェイズすら終わっていないこのタイミングで
その場に居合わせてしまうとは、おそるべし”なにげさん”であった。

 それからのことは、語るべきはそう多くはない。

 あまりの展開の早さにしばし呆然としてしまった柊だが、すぐさま再起動するとそのまま強襲、その場は逃がすものの逃げた先は
その場に入り口を設けた敵の本拠地と言うべきフォートレス。むしろさらわれた人たちを探す意味でも、本拠地が割れたのは好都合。
 しかも敵も慌てて入り口を通したものだから、彼らにも入り放題であった。おそらく本来のシナリオならば、複雑な条件をクリア
せねば突入できなかったはずで、これも幸運と言えた。
 というわけで単身フォートレス突入……と思ったら、なぜか”なにげさん”も付いてきていた。
 その只者では無さから(直接的な戦闘能力がないことは確認しているが)何か立ち回りができるかと思ったが、どこからか
取り出したキャッチャーのプロテクターに手にはモップ、頭にはなぜか鍋を被って蒼白な顔でガタガタ震えてる様子では矢面に
立たせる気にはならず、彼女を慮って慎重に進まざるを得なかった。
 が、結果的にはそれでトラップの被害も抑えられたし(”なにげさん”がまた、ビシバシとトラップを見抜いてくれるのだ)、
たまに引っかかったときも”なにげさん”の差し出す薬ですぐさま処置が出来、順調にフォートレスを踏破できたのである。
 うまく行かなかった時はといえば、”なにげさん”がトラップの解除ボタンを見つけたが彼女の身長では届かず、そのことに
落ち込む彼女に慌てて代わってボタンを押したら(「あ」「え?」)、実はそのボタンは押すのではなくひねるのが正解で落とし穴
が開いちゃって二人そろって落ちたりとか、床に油が撒かれてそれに柊がスリップしたら、慌てて助け起こそうと駆け寄った
”なにげさん”が見事なまでの転倒をみせてくれたりとか、その程度である。
 被害者を見つけ”なにげさん”が介抱し、ボスの潜む場所も”なにげさん”があっさりと特定し、いよいよのクライマックス
戦闘まであっという間のことであった。

 そして、ボスの間へ突入。
 扉を蹴破った柊がウィッチブレードを構えつつ素早く部屋を見回すと、そこに独り、例の男子生徒が佇んでいた。
「くくく……まさかこんなに早くここまで追い込まれるとは思わなかったけど……でも、これ以上はさせないわよ」
「……人質、ってわけか」
 当然、それはただの一般人と言うわけでなく、エミュレイターに憑依され邪悪な笑みを浮かべている。
 柊は打つべき手を算段しつつ、ウィッチブレードを構えなおす。
 この手のタイプの敵は珍しくも無いが、やはり厄介と言えた。
 対策の常道は二つ。本人の意識を呼び起こすような揺さぶりを与えるか、エミュレイターがその身体に憑依していられない状況
にするか。
 柊は僅かに「焦ったかな」と思考する。
 シナリオを裏読みすれば、この男子生徒が執着した例の少女となんらかのフラグを立てて(*注:恋愛フラグで無く、シナリオ
フラグです)、そちらから彼の心を呼び覚ますか、何らかの手段で憑依状態を解除できる結界やらアイテムやらが用意されていた
はずだが……そういったものは、全てすっ飛ばしてきてしまった。
 もっと単純に(以前、柊が幼馴染にしたように)攻撃して残りHPを少なくして焦ったエミュレイターが憑依を解除させる、
と言う手段なら取れなくはないが、万一にも僅かでもダメージを与えすぎれば、男子生徒まで犠牲になってしまいかねない。
 せめて今使っている得物が、使い慣れた魔剣であるならばその絶妙な匙加減も狙えたろうが、残念ながら今彼が携えているのは
まだ慣れているとは言いがたい、単なるウィッチブレードだ。
 単純に切り捨てるだけならば、魔剣がなかろうと今更こんな雑魚エミュレイターに後れを取るはずもないのだが……。
 さて、どうするか。幸い敵も普通に戦えばこちらが格上と判っているのか、迂闊に動く気配はない。下手につついて、例えば
男子生徒もろとも滅ぼすも辞さないまでに追い込んでしまうのを警戒しているのだろう。もちろん柊はそんな下衆な選択肢を選ぶ
つもりはさらさらないが、そうと言ってやる義理はない。
 多少なりとも犠牲の出る可能性のある手段をとらざるを得ないか、それとも別の手段は無いか。
 それを模索しながら、しかし油断なくエミュレイターを見据える。
 そんな微妙な均衡状態を崩したのは、やはり困ったときの”なにげさん”であった。

「なんだ? これを読めってか?」
 敵を視界に収めながら、視界の片隅で”なにげさん”の差し出したノートに目を走らせる。
 ごく普通のノートに見えたが、表紙には『断界の書』とのタイトルらしきもの、それから筆者であるらしいドスの効いた名前が
記されてあった
 そして、”なにげさん”がノートのとあるページを開く。
「なになに……? 『風刃乱舞』? ブレードダンスって読むかこれ? 『獄炎天破』でプロミネンスだとか『光閃爆裂』で
スーパーノヴァだとか、これなんかのスキル表か? こっちは『雷刃斬破』でライトニング・ザッパーか」
 効果は劇的だった。
 柊が読み上げるのに呼応して、部屋にはかまいたちや炎、閃光や稲光が吹き荒れる……
 ということはまったくなかったが、エミュレイターが突然うずくまって頭を抱え始めたのである。
「ちょ……! 何よこれ?! 一体何が?!」
 いや、エミュレイターの慌てた声を聞くに、正確には男子生徒のほうが頭を抱えてうずくまったのであろう。
 一体、今の呪文(?)はなんだったのだろうか?

 余談だが―――柊がその謎のノートの表紙に書かれたドスの効いた筆者らしき名前が、その男子生徒の名前のアナグラムである
ことに気付いたのは、後の話である。

「くっ!」
 もはや男子生徒の身体を操れないと悟ったエミュレイターが、焦りの声と共にその身体から離脱した。
 だがエミュレイターが体勢を整えるよりも早く、柊が神速の踏み込みで間合いを詰め、ウィッチブレードを振るう。
 完全に捕らえた間合いだ。
 しかし。
「舐め……るなぁあああああああ!」
 エミュレイターも最後の意地か、魔力で障壁を張ってその斬撃を拒む。
 拮抗。
 ぶつかりあう刃と魔力が火花を散らし、エミュレイターと柊は共に奥歯をかみ締めしのぎを削る。
 本来ならば、この一撃で勝敗は決していたはずだ。
 柊が手に持つのが、彼の魔剣であるならば。

 魔剣であるなら、例えば魔器解放でこの拮抗した場面から打撃力を上乗せさせることが出来たし、そもそも拮抗するまでもなく
相手の防御をすり抜けて、あるいは防御ごと切り伏せることができたろう。
 だが、それを嘆いていても仕方がない。
 柊は拮抗を維持しながら、この状況を打破する手段を模索する。
 仕切りなおすのも手だ。相手の実力は知れている。今回は防げても、次は確実に切り伏せられる自信がある。
 だが、そのためには開放された男子生徒が心配だ。
 もし自棄になって諸共と彼を巻き込むような行動に出たら、と考えると、このまま押し切ってしまいたい。
 だがどうする?
 この状態から打てる手は? あるいは、仕切りなおしをしても、男子生徒の安全を確保する方法は?
 柊は、ちょっとだけ困っていた。
 そして。
 困った時の、”なにげさん”だった。
「トリガー引いて、エネルギーブースターを使うといいよ」
「あ」
 なにげない助言だった。ウィッチブレードには消費することで打撃力の増加を図れるエネルギーブースターが装備可能だ。
 しかも柊のそれは、増設スロットを三つも追加した特注品である。
 彼のかつての相棒にはなかった機能だからこそつい存在を失念していたが、むしろ忘れていた柊が迂闊だったというべきだろう。
 だがなんにせよ、この拮抗した状態を打ち崩せる一手には違いなかった。
 柊は不敵に笑ってエミュレイターを見据える。
 エミュレイターは焦りの表情を浮かべながら、しかしこの拮抗状態を維持するのが精一杯で何も出来ない。
「じゃあな」
「お……おのれぇえええええええええ!!」
 怨嗟の声の響く中、柊は躊躇いなくトリガーを引く。

 勝敗は決した。
 もちろん―――


 『”なにげさん”、なんでエネルギーブースターのことを知ってたんだ?』なんて疑問は今更ヤボだった。

「やれやれ……これで一仕事終了っと。ほんと助かったぜ」
 元凶のエミュレイターは殲滅、被害者も、憑依されていた男子生徒もふくめて全員無事救出。ちょっと思い当たらないくらい
至れり尽くせりで迅速かつ綺麗に事件を解決を図れた柊は、心の底からの感謝を込めて礼を言った。
 ”なにげさん”はそれを、いつもの気負わない優しげな笑顔で受け入れる。
 と、”なにげさん”は柊に歩み寄り、彼の顔を見上げた。
「ちょっとかがんでくれる?」
「なんだ?」
 とりあえず素直に従う柊。その顔を、”なにげさん”の手が優しく包み、そっと引き寄せられる。
 ”なにげさん”の顔が接近してくる。
 そして……。



 廊下を、一人の女子生徒が歩いていた。件の男子生徒に思われ人で、エミュレイターにさらわれそうになったところを柊と
”なにげさん”に救われた彼女だ。
 彼女は、誰かを探すかのようにあちこちに視線を走らせている。
 ぶっちゃけその誰かと言うのは、柊の事だった。もちろん彼女は柊蓮司と言う名前は知らないし、ついでに言うならば世界結界
の影響で、さらわれかけたことすら記憶にない。
 だが彼女にも「なにか危ない目に会った時に、私服姿の人にカッコよく(彼女の主観)助けてもらった」という朧げな記憶は
残っていて、お礼も言いたいし、何があったかを聞いてみたい……という名目でお近づきになりたいと、彼を探していたのだ。
「あ」
 そしてお目当ての後姿を見つけた。学生と教師ばかりの学内では、私服姿は目立つ。
 喜んで駆け寄……ろうとして、彼に寄り添うように経つ女子生徒に気付いた。
 いや、寄り添うと言うより、男性の方がかがみこんで、女性が背伸びして男性の頭に手を回して顔を寄せて密着しているその姿は……

 キスしているようにしか、見えなかった。

 思わず、呆然と立ちすくんでしまう。
 そしてすぐさま、踵を返し足早に立ち去った。
 廊下を足早に進みながら、今ひとつまとまりきらない思考で考える。
 もともと単なるミーハーでの興味だ、向こうに別の相手がいたからといってさほど落ち込んでいるわけではない。
 それよりもショックだったのは、相手の女子生徒が、”なにげさん”らしかったことだ。
 いやもちろん、ワタシの”なにげさん”にカレシいたのショックー?!という百合百合しい話でもなく。
 だが、ふと思ってしまったのだ。「やっぱり男の人って、甲斐甲斐しい人がいいのかな?」、と。
 彼女も今まで何度か”なにげさん”のお世話になっているが、その正体不明っぷりに今ひとつ恋愛関係が想像しにくかった。
 だが、今回のことで自分の恋敵になる可能性を考えて……「そうだったら勝てない」と、そう思ってしまったのだ。
 そりゃそうだ。外見は引けを取っているつもりはないが、自分だって頼りにしてしまうあの甲斐甲斐しさ、男の人にとっては
堪らないだろう。
 ”なにげさん”自身は、あの私服の人がいるからいいとして……もし今後自分が好きになった人に、”なにげさん”と同じくらい
甲斐甲斐しい人(さすがに”なにげさん”程の博愛っぷりを発揮する人がそうそういるとは思えないが、対象が一人の男性に
限られてる、というならば十分にありうる話だ)が同じように好きになっていたとしたら?
 ……思えば自分も、ちょっといいなと思ったあちこちの人に黄色い歓声を上げるばかりで、一人の人に対してひたむきに、
ということはなかった。
「やっぱり……そうしないとダメなのかな?」
 そう、呟いてみる。ふと気が付くと大分混乱は収まっていて、足取りも落ち付いてきている。
 とはいえ、”自分”はそうそう簡単には変えられはしない。今の気分だって、いつまで続くやら。自分で言うのもなんだが、
大分移り気だし。
 しかし、変えてみないとダメかな?と考えることは決して無駄ではないはずだ。
 自分はまだ高校生、ゆっくり考えていきましょう。
 そんなことを考えていると……。
「あ、あの」
「ん?」
 不意に、声をかけられた。
 声をかけたのは、クラスメイトの男子だった。
 あまり会話をしたことはないが……落し物などを拾ってもらってりこまごまとした手助けをしてもらったりしていて、
それで覚えていた。
「あ、あの、その……」
 その男子は、なにやら顔が真っ赤だ。後ろ手に何か持ち、もじもじしている。

 どうしたのかな? と首をひねっていると、その男子は意を決したように、上体を大きく折り曲げながら両手で持った何かを
こちらに差し出してきた。
「これ、読んでください!!」
 顔は完全に床を向き、両手だけで捧げ持つようにこちらに突き出されているそれは……
 便箋、のようである。
 男子。真っ赤。便箋。私に? そのキーワードから連想されるのは……あれですか、漢字で二文字、カタカナで五文字、
アルファベットでえーとひーふーみーよー10文字の、送ったことは数あれど、受け取ったことはなかったアレですか?
「え、あ……」
 我知らず、頬が紅潮する。えと、どうすれば? と、とりあえず受け取るべき? だよね? そうだよね?
「あ、その……ありがとう」
 なんとなく、こちらも両手でもって差し出されたそれを受け取る。
 その男子は、自分の手の中から便箋を抜き取られた感触を確認すると、少女と顔を合わせることなく振り返って、逃げるように
走り去っていった。
 受け取った便箋を手に、それを呆然と見送る少女。
 ――その彼が、ここ数日の失踪事件と、彼女をさらおうとしたあの男子生徒であることを、彼女は知らない。
 だが同時に、エミュレイターから解放された彼自身もまたそのことを覚えていない。(ついでに言うならば、そのことを
確認した柊達に罪もないとも判断された)
 しかし、少女が朧げに柊のことを覚えていたように、少年もまた失われた記憶の中から、何かを学んでいたようである。
 それが何かは、彼自身にも定かではないが……少なくとも、渡せないままにずっと鞄にしまいこんでいた便箋を彼女に
差し出す程度の勇気を得られたことは確かだったようだ。
 そしてその踏み出した一歩が、少女に対して与えた影響は、彼の想像をはるかに超えて大きかった。
 ……要するに。
 わりと猪突猛進で脇が甘い少女は隙も多く、それをずっと見ていた男子生徒はそのフォローする機会も多く(超空気の読める
”なにげさん”は、そういう時にでしゃばったりしないのだ)、まぁそれまで彼女が歓声を上げた男性たちほどでないにしろ、
それなりの好感度を稼いでいて。
 で、それでも男子生徒が「見てるだけしか出来なかった」と称したのは、彼自身の悲観的な考え方と、エミュレイターの誘導
の結果だった、というオチ。
 はてさて。
 移り気で猪突猛進の少女はちょっとだけ立ち止まって振り返ることを覚えて。
 引っ込み思案の少年はちょっとだけ俯くことをやめて。
 そうしてようやく、二人の視線がちょっとだけ絡み合う事となりまして。
 この顛末の行く末はと言いますと……皆様のご想像に、お任せすることに致しましょう。

 場面は戻って、柊達。
 寄り添っていた”なにげさん”が、そっと柊から身を離す。
 柊の顔は、どことなく紅潮していた。
 そんな柊の姿を見て、”なにげさん”は手に持ったハンカチを畳みながら笑顔を浮かべる。
「もう大丈夫、きれいになったよ」
「お、おう」
 柊は、ぶっきらぼうに応えた。もちろん照れ隠しだ。顔に汚れがあったからと拭いてもらっただけとはいえ、同年代の少女に
キスでもせんばかりに顔を寄せられれば、流石の朴念仁柊とはいえドギマギもする。
 なんとなく所在無げに意味もなく視線を彷徨わせていると……”なにげさん”が、柊の背後の方に向けて手を合わせ、申し訳
なさそうな笑顔で小さく「ゴメンネ」と呟いているのが耳に入った。
 背後に誰かいたのだろうか? そういえばさっき、誰か走り去っていくような足音が聞こえたが……?
「……誰かいたのか?」
 柊の問いに、”なにげさん”は「なんでもない」と首を振った。
 代わりに笑顔で口にしたのは、こんな事。
「くれはさんと、エリスちゃんによろしくね」
「お、おう……?」
 今更この”なにげさん”相手に『なんであいつらのことを知ってんだ?』などとは思わないが……なぜこのタイミングで
そう言われたのか、今ひとつ釈然としない柊だった。


 後日談。
 任務を終え、試作ウィッチブレードも返却し、後は本当に彼の魔剣が戻ってくるのを待つばかり、と言うことで柊が再び猫を膝に
抱いて惰眠を貪っていると、0-PHONEに着信が入った。
 相手はロンギヌス・コイズミで、内容は今回の仕事に対する労いと事後報告(さらわれていた人々も取り付かれていた男子生徒に
も後遺症もなく、世界結界は順調で事件自体忘れられているそうだ)、それから賞賛だった。
「いやはや、私の助力など必要とせずあれほど迅速に事件を解決するとは……さすがは柊様といったところですね」
「…………は?」
 その言葉に引っ掛かりを覚えた柊が確認してみると……どうやら、今回の依頼の現地の協力員と言うのは、先行して潜入していた
このロンギヌス・コイズミであったそうだ。
 そして、現地で情報を収集しながら柊の着任を待っていたら、その情報収集も半ばのうちに、ふと気が付くと事件は綺麗に
解決していたのだという。慌てて事後処理に乗り出したコイズミは、柊と思わしき人物の目撃情報を得、彼が解決したのだろう、
と判断したとの事だった。
「悪かったな、挨拶もなしで。なんせアンゼロットのヤツが、現地協力員てのが誰だか教えてくれなくてよ」
「いえいえ、お気遣いなく。事件が犠牲もなく迅速に解決されたというならば、それに勝る成果などありませぬ」
 コイズミは、人間の出来たロンギヌスだった。
 その後ニ・三の会話を経て、柊は0-PHONEを切る。
 そして、思案顔で宙に視線を彷徨わせること数秒。
 やがて柊は膝の猫を抱えなおすと、その顔を覗き込むようにして呟く。
「なぁ……”なにげさん”って結局、何者だったんだろうな……?」
 猫は「知らんがな」とでも言いたげに、にーと鳴いた。

解説

ちなみに7Nは、「『日常的でないことまで』『なにげなく助けてくれる』『ナイスアシストな』『ニコニコ笑顔の』
『謎の』『NPC』、『なにげさん』」の略です。

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