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ナイトウィザード!クロスSS超☆保管庫
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ナイトウィザード!クロスSS超☆保管庫

第06話04

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邪神は学園世界の夢を見る


―――???

「ねぇ…知ってた?」
安らかな顔で眠る一狼に、空は話しかける。
「私ね…一狼くんが大好きなんだよ。多分、一狼くんが思ってるよりずっと」
穏やかな、だが、酷く張りつめた笑顔。
「だからね、一狼くんが私がいるから、帰って来れるって言ってくれたときは、嬉しかった。嬉しかったの…」
つぅっと、一筋の涙が零れおちる。
「…ねぇ、一狼くん、覚えてる?クリスマスのときのこと」
涙をぬぐい、一向に目を覚まそうとしない一狼から目をそらし、精一杯の笑顔で空が言う。
「侵魔に私が捕まっちゃって…一狼くんが命がけで、ボロボロになりながら私を助けに来てくれて…」
それは空にとって、遠くはなったが決して色褪せぬ記憶。
姫宮空が、今の…斎堂一狼を真剣に思うようになった始まりの記憶。そして。
「…私が、死んだときのこと」
一狼を助けるために、自らを犠牲にした記憶。
それが鮮やかに蘇った瞬間。空は俯いて嗚咽を漏らす。
「…ごめん。ごめんね!」
泣きながら、空は目の前の一狼に叫ぶ。
「私、私は…一狼くんのところに帰ってこれたからそれで良いって思ってた!
 帰ってくるまでに一狼くんにこんな思いをさせてたなんて、考えたことも無かった…!」
この、身を切るような、酷く寒い感覚…喪失感。
「ごめん。本当に、ごめんね…」
その言葉を最後に、空は沈黙する。自らの心を崩壊から守るために。俯き、感情のない、人形のように。
それに一狼は答えない。否、答えられない。なぜならば。

斎堂一狼は、死んだ。もう、二度と目を覚まさない。

…どれほどの時間が過ぎたのだろうか。
日が落ち、暗くなった保健室。
そこで人形のように全てを諦め、止まってしまった空の耳に。

「…ヒメミヤ、ソラ」

その、少女の声は凛と響いた。


―――第2階層『鏡の迷宮』

「…ぁ?」
空の名を呼ぶ声に反応し、ゆっくりと意識が覚醒する。
「良かった!空だけなかなか目を覚まさないから、心配してたんだよ!」
開いた目に最初に飛び込んで来たのは、心配そうな、小麦色の肌のエルフの少女の顔だった。
「…そっか。私…」
ゆっくりと頭が覚醒し、空は思い出す。
輝明学園の購買ごと、この魔界に飲み込まれたこと。
抜け出すためにフィルやライズと協力して、探索することにしたこと。
その途中、羽根の生えた女の人が呼び出した、恐ろしく強い甲冑の男と戦って負けたこと。
そして…

―――今から見せてやるよ。あんたらの…

「いやぁ!?」
ここまで思いだしたところで空は頭を抱え、泣きそうになる。
取り乱し、叫びだしたいような衝動に駆られる。そのときだった。
「大丈夫だよ!」
力強い言葉に、空は無理やり引き戻される。
「フィル…?」
「絶対に大丈夫だから。落ち着いて。空」
フィルが慈しむ笑顔で空に言う。その言葉に、空はようやく平静を取り戻した。
「…ありがとう」
「…うん」
赤くなり、小さな声で謝罪する空に、フィルは笑顔のまま、頷く。
「…ようやく、全員目を覚ましたようね」
そんなフィルと空に、冷やかな声が掛けられる。
「さっさと行きましょう。こんな所に、長居は無用よ」
声の主…ライズは不機嫌そうにへたり込んだままの空を見つつ、更に言葉を紡ぐ。
「もう、こういう時こそ焦っちゃ駄目なんだよ。はい。空、立てる?」
「あ、うん大丈夫…」
差し出されたフィルの手を取り、空は立ち上がり、辺りを見渡す。
「…これって!?」
そして広がる辺りの光景に空は目を見開いた。
「…どうやら、空には心当たりがあるようね」
そんな様子の空にライズは目を細め、言う。
「みたいだね。ボクも似たようなのは知ってるけど、遊園地にある奴だったから…」
フィルが同意して頷く。
空が壁に手をやり、そこに写る自分の顔に浮かんだ、恐怖と不安が入り混じった表情を見ながら、呟く。
「まさか…あのときの?」
壁、床、天井が全て鏡張りになった、部屋と通路。それが今、空たちのいる場所だった。
「…空。ここは恐らく貴方の"過去の幻影"が作りだした場所。ならば、貴方にはここの主…過去の幻影の正体が分かるはずよ」
「えっと…うん」
ライズの問いかけに困惑しながら空が頷く。

「多分一狼くんが倒した…魔王だと思う」
「魔王って…そう言えばユウキが言ってたけど空やライズのいた世界では、沢山いるんだっけ?」
空の言葉に、フィルが実感がわかず、空に聞く。
フィルのいた世界では、10年ほど前に一度だけ現れただけと言う魔王。
ちなみにそのときの1度、ベルビアで魔王が現れたときはベルビアの軍隊まで出動して大変だったらしい。
そんな、歴史の授業で習った知識があるだけのフィルにとって、魔王というものは酷く遠い存在だった。
「うん。たくさんいるって聞いたよ。一応魔王の中ではそんなに強くない方だって聞いたけど…私だけじゃ、多分勝てないと思う」
後で絶滅社で聞いた話では、あのとき一狼が倒した魔王は裏界の中では無名の、弱い存在だったと言う。
だが、それでも空だけで勝てる存在ではなかったことも、確かな話で。
「…それで、そいつはどんな奴なの?」
ライズは問う。
「えっと…詳しくは覚えてないんですけど、確か、鏡を使う魔王で、鏡の中に閉じ込めたり、プラーナを奪ったりしてて、後は…」
おぼろげな記憶を頼りにかつて戦った魔王のことを語る空の耳に、その音が聞こえる。
ガシャン…ガシャン…
何か重いものが歩いてくる音。その音に気づいたのは3人ほぼ同時だった。
「何あれ…なんだか変な感じだけど…ランサー?」
人間サイズ、腕が巨大な砲になっている造形が歪んだ人形を見て、フィルが怪訝そうな顔をして、フィルの世界のゴーレムの名を口にする。
「気をつけて!あれは魔王が作った侵魔だよ!」
魔王の最も厄介な能力を思い出した空が慌ててアームブレイドを展開し、戦闘に備えようとしたその瞬間だった。
「…プレシズ・ヘル!」
走りながら時空鞘から剣を抜き放ったライズの必殺技で、攻撃する暇すらなく人形が解体される。
「"これ"が悪魔なのか侵魔なのかは分らないけれど、どちらにせよ、大した強さでは無いわね」
足もとに転がった残骸を冷たく一瞥し、ライズが言う。
「…2人とも、さっさと過去の幻影とあの魔人を倒して、帰るわよ」
それっきり残骸からは興味が失せたと言った感じのライズが2人に声をかけ、迷宮に張り巡らされた罠の探知を開始した。


―――2時間後

「凄い…」
アームブレイドを展開したまま、空が茫然と呟く。
第2階層に入ってから現れた大量のモンスターと随所に仕掛けられた数々の罠。
それらはすべてライズの手によって無力化された。
罠は解除され、先ほど発生した6度目の遭遇戦も、ライズがほとんどの敵を切り刻むことで終結した。
「…行くわよ。ソラ、フィル」
多数の人形の残骸を踏みにじりながら、2人にライズは先を促し、トラップに警戒しながら歩いて行ってしまう。
「…う~ん。ライズ、どうしちゃったのかな?」
その背中を見送りながら、フィルは首をかしげる。
「え?どうかしたの」
不思議そうなフィルに空が尋ねる。
「うん。さっきから、ライズ、1人で無理してる感じがする」
そう言って、ライズの方を見るフィルの目には心配そうな色が宿っていた。
「無理…?」
「うん。最初のフロアではボクや空と協力して3人で戦ったじゃない?」
「…あ、そう言えば」
フィルの言葉に空は今までのことを思い返し、頷く。
最初のフロアでのライズは、常にフィルや空とのコンビネーションに気をつけて動いていた。
力任せに戦っていて周りが見えていない空をサポートし、パーティーを組んで行動する冒険者であり、周りを見るのに慣れたフィルに時に背中を任せる。
そう言う戦い方をしてきた。
だが、今のライズはまるで2人のことを当てにせず戦っていた。現れた敵はほぼすべて自らの剣で切り刻み、刺し貫いて倒していく。
そんな、2人に頼らぬ戦い方で、ライズは少なくない負傷を負っている。だが、それすらもライズは気にしていないように見えた。
「どうしちゃったんだろう?ライズ…」
フィルの話を聞き、心配になった空が呟く。
「このフロアに入ってからだから…もしかして、さっきライズが「ソラ!フィル!」ひゃう!?」
話し込んでいた2人に、鋭い声が向けられる。
「…貴方達、ここは戦場よ。無駄口は慎みなさい」
不機嫌さを隠そうともせず、ライズが2人に注意する。
「向うで先ほどと同じ扉を発見したわ。フィル、回復をお願い」
「うん。分かった」
(やっぱり…ライズさん、何か変…かな?)
有無を言わせぬ態度。そして、全身にはほぼ1人で戦い探索をすすめてきた代償である傷。
その治療をフィルから受けるライズの姿に、空は言いようのない不安を覚えるのであった。

―――『鏡の迷宮』 最後の部屋

一面の鏡で出来た、何も無い広々とした部屋。
それがフロア最後の部屋だった。
「あは。ようやく来たのね」
その中央にぽつんと置かれた大きな姿見。
その中に侵魔であることを示す紅き月を背景に写りこんだ少女が歪んだ嗤みを浮かべ、空たちに言う。
「ようこそ。あたしの…ニー・クラリスの迷宮の奥へ」
小馬鹿にするようにスカートのすそを持ち上げる少女…侵魔、ニー・クラリス。
短めの、真鍮色の髪と、鉛色の瞳。
一番上以外のボタンが止められていないブラウスからは滑らかな肌とへそが露出し、怪しげな雰囲気を醸し出す。
まるで高級な人形のように整った風貌。だが、その顔には人形にはありえぬ感情…歪んだ悪意が満ちていた。
「えっと…この子が魔王…みたいだね」
フィルが傍らの空の、恐怖がにじみ出た表情を見て、確認する。
一方のニー・クラリスは、空の顔を見て、本当に嬉しそうに顔を歪ませ、言う。
「あのクソッたれのハエ女に滅ぼされたあと…ついさっきね、このわけ分かんねえ迷宮で再構築されたのよ。
 そんであたしを再構築した奴に言われてんの。今から来る奴らをたたきのめせ。そうすりゃ外に出してやるってね。
 あんな混ざりもの風情に命令されんのは癪だったけど…相手があんただってんなら、話は別よ?」
そして、鏡の中のニー・クラリスが邪悪な嗤みを浮かべたまま、宣言する。
「き~まった。そこの出来そこない。アンタはぶっ殺さないで捕まえてあげる。そんで外におん出たら、あのクソ忌々しい忍者をぶっ殺すわ。あんたの、目の前でね」
「そんなっ!?」
その宣言に、空は先ほど見た悪夢がフラッシュバックしてビクリと震える。
「じゃ、そう言う事だから残りの2人はさっさと…!?」
ニー・クラリスが目を見開いた。1人足りない。
「…貴方の予定なんて、私には関係ないわ」
消えた。そう思った次の瞬間に、足りない1人、死角から一気に走り寄ったライズが姿を現す。二ー・クラリスの目の前に。
「貴方はここでもう1度滅ぼされる。そして私たちは先に進む。単純な話だわ」
そのまま思い切り剣を突き出す。運動エネルギーがたっぷり乗せられた刃はあっさりと鏡を貫通し、鏡に罅が走る。
「ったあ…なめんじゃないわよ!」
その次の瞬間、自らの本体である鏡を攻撃された痛みに顔を歪めたニー・クラリスの言葉に応えるように衝撃波が走り、ライズを弾き飛ばす。
「…っつ」
全身を砕きそうな勢いの衝撃を剣を盾にし、身を捩って打点をずらすことで殺す。
ピシィ!
剣が衝撃に震え、ライズの身体が軽々と弾き飛ばされる。
「ライズ!大丈夫!?」
10mほどの距離を弾き飛ばされつつも受け身を取り、ダメージを軽減したライズに慌ててフィルが癒しの祈りを施す。
「…っち。人の話は最後まで聞けっての…へぇ」
先ほど、奇襲を行って来たライズを見て、二ー・クラリスは嗜虐の表情を浮かべる。
今、この"邪神"の一部でもある彼女には見えたのだ。3人が先ほど見てしまった"未来"を。
「あなた、怯えているのね…」
その言葉に答えるようにライズはゆらりと立ちあがった。そしてただ一言、呟くように言葉を漏らす。
「…黙りなさい」
「…!?待って!まだ癒しが終わってないよ!」
(な…なに…?)
空は感じ取っていた。フィルの言葉を無視して立ち上がったライズから発せられるプラーナの質が変わったことを。
まるで静かに流れ続ける清流から岩をも砕く荒々しい激流へと変わるように、ライズは怒りに満ちたプラーナにその身を浸す。
「あはははは。ざまあ無いわね。そのためだけに生きてきて、待っているものがあんな未来なんて」
「黙れと言っているのよ」
本来のライズには無い、今にも爆発しそうな荒々しいプラーナ。怒りと…不安に満ちたプラーナ。
「あはははは。本当、最高のオチだわ。アンタが大切にしてるもの…誰よりも大切な"お父様"は…」
それを敏感に感じ取りながら、二ー・クラリスは最後のトリガーを引く。邪悪な笑顔と共に。

「あの戦争で、負けて死ぬ」

「うるさい!」
その瞬間、弾かれたようにライズが駆けだす。殺意に満ち、恐ろしく速く、先ほど以上の速度で。
目の前の不愉快な化け物を、殺すために。
「残念だけど。もう、あんたは近づけさせない」
ニヤリと嗤いパチンと指を鳴らす。
―――キィン!
「…っ!?」
その音に応えるように現れた、3枚の鏡。
そこに写ったものから突き出された剣をとっさにかわし、ライズは弾かれたように距離を取る。
「ようやく出来た。アンタをぶっ殺すのは、こいつ等がお似合いよ」
鏡が砕け散り、中のものが降り立つ。
それは、3人の少女だった。
1人は、ダークブラウンの髪を左右に結わえ、輝明学園の制服を着た、左腕が巨大な杭のように変形した少女。
1人は、小麦色の肌が印象的な、右腕に格闘用のナックルを装備した、エルフの少女。
「あれって…まさか」
呆然と呟いたフィルに対し、ニー・クラリスは嗜虐的な嗤みを浮かべ、答える。
「そう、こいつらはあんたら自身。自分自身と仲間同士の殺し合い。最高だと思わない?」
そして…最後の1人は漆黒の長い髪をお下げにし、手袋をつけ、輝明学園の制服を着て細剣を持った剣士の少女。
3人…否3体は、人形のように感情を感じさせない無表情で佇んでいる。
「行きな」
ニー・クラリスのその言葉を受け魂を吹き込まれたかのように人形の目に表情が宿る。
歪んだ、本来の3人ならば浮かべないような邪悪な笑みを浮かべ、各々の武器を構える。
「邪魔よ!」
ライズが再び剣を構える。一撃で倒す。その狙いは、自らの偽物。
「プレシズ・ヘル!」
舞うような乱舞。実力ではオリジナルには及ばないライズの偽物が対応出来たのは、最初の数撃だけだった。
手にした細剣を跳ね上げられ、防御手段を失う偽物のライズに、容赦なく斬撃が襲いかかり。
「はっはあ!かかりやがったな!馬鹿が!」

"本物のライズ"は全身から血を噴き出して、その場に膝をついた。

「はぁはあ…」

負傷でロクに動かなくなった身体で、全身を万遍無く切り刻まれた痛みに顔を歪めながら、ライズは己のミスを呪う。
「…ここが"魔界"で、相手の姿が"私と同じ"ならば、答えは、1つしかないじゃない…」
知識はあった。エレンと共にチェックした、茶々丸が解析していたアームターミナルの"悪魔"のデータの中に、そいつのデータもあった。
ライズたちの天敵…"剣・ガンを無効化あるいは反射する悪魔"の代表格として。
相手の姿を真似た姿で現れ、魔力を帯びていない攻撃をそっくりそのまま攻撃者へと返す、恐るべき特性の持ち主、『外道ドッペルゲンガー』
かつてライズが戦った恐るべき悪魔、邪鬼ギリメカラと並ぶライズの天敵である。
「…どうやら、ここまでのようね」
身体が動かないライズに襲いかかる、鋼のナックルをつけた拳と、振りあげられた巨大なアームブレイド…
残り2体のドッペルゲンガーの攻撃が迫るのを見ながら、ライズは自嘲し、目を閉じる。
勝者には生を。敗者には死を。
幼いころよりそう教わって育ってきたライズは、死ぬ覚悟など当の昔に終えている。
そして、ライズに死をもたらすであろう攻撃は。

「させないよ!」「ダメええええ!」

飛び込んできた、2つの青い影に阻まれた。
「空!ちょっと時間がかかるかもだけど、それまでこいつらを抑えてて!攻撃はしちゃダメ!」
「うん!分かった!」
自らの偽物の拳を辛うじて受け流したフィルの言葉に頷き、空は己が偽物の前に立つ。
ライズと違い、咄嗟の回避はあまり得意としていない空に、容赦なくアームブレイドが襲いかかる。だが。
「…防壁展開!」
空の言葉に反応して右腕が瞬間的に膨らみ、巨大な盾となってドッペルゲンガーのアームブレイドを真正面から受け止める。
「このくらい…さっきと比べれば!」
真正面から受け止めた攻撃の痛みに一瞬顔をしかめるも、先ほどの"力と技を合わせた"攻撃に比べれば、所詮は"力だけ"の偽物の攻撃。
この程度の攻撃は、絶滅社の技術の粋を集めて作られた『戦闘特化型人造人間、姫宮空』にはものの数ではないのだ。
「今のうちに…ラヴェルよ、癒しを!」
空が時間を稼いでいる間に、フィルはライズを引きずって後退し、癒しの祈りでもって、ライズの傷を癒す。
癒しの力でもって、ライズの傷はみるみるうちに塞がり、ライズの肉体に力が戻る。だが。
「さ、ライズ…ライズ?」
フィルは気づいた。治療を受けるライズが、泣きそうな顔をしていること、精神に力が戻っていないことに。
「…さっき言われてた、未来のこと?」
その理由に思い至ったフィルがライズに尋ねる。ライズは俯いて、ポツリと呟く。
「…お父様は…負けて、死ぬの?」
それはライズの見た、未来の悪夢の正体。
ライズにとって、何よりも大切なもの…家族と軍団を失った瞬間の未来。
「大丈夫。死なないよ」
動揺に揺れるライズの瞳をしっかりと見据え、フィルは断言する。

そのフィルの言葉に半ば反射的に、ライズは返した。
「何故、貴方に、そんなことが言えるの?貴方は、あの男のことも知らないのに」
あの男。そう言ったライズの脳裏に、あの未来の夢で見た男の顔がよぎる。
もし、あの悪夢の中で彼女の父…"破滅のヴォルフガリオ"を倒したのが顔も知らぬ雑兵であったならば、ライズはここまで動揺しなかっただろう。
しかし、膝をついた父の前に対峙していたのは、東洋風の剣を手にし、自身も激しい戦いで傷つきながらも最後まで立っていた…1人の傭兵だった。
どこか泰然とした、不思議な雰囲気を持った、女好きな東洋人の傭兵。
ライズ自身は知り合ってから1年に満たない僅かな間に数々の武勲をあげた、一騎討ちでは1度も敗北したことが無いことから『常勝無敗』の異名を持つ男。
そのことが、ライズを動揺させていた。『あの男ならば、ありえる』そう、思えてしまったから。
「そりゃあ…ボクが初めてユウキと会ったのが“アプラスの街”だったし…ってそれじゃわかんないよね」
すがるような、それでいて批難するようなライズに、フィルは彼女を納得させるにはどうすればいいかを考え、思いつく。
「じゃあ代わりにボクが見た未来の話をするよ」
はぁとため息をつき、その話を始める。
「ボクの見た未来はね…病院で死にかける未来だった」
脳裏によぎるのはあの未来で見た、生々しい情景。それは確かに幻覚なんてものではなく"本当に起こりうる未来の情景"だった。
「ボクさ、子供のころから難しい病気にかかってたんだ。それが悪化して、痛くて、寒くて、もうすぐ死んじゃうんだって怯えてて、ユウキもすっごく悲しそうで…本当に嫌な未来だった」
「…貴方はそんな未来を見て、何故、大丈夫などと言えるの?」
ライズが怪訝そうに聞き返す。命の危機に陥る未来。しかもそれが昔からの病気であると言うのなら避けられぬ"運命"では無いのか?
そんな、疑問と共に。
「まあね。本当だったらボクもこんなに落ち着いてられなかっただろうね。まあ、半分は分かってた未来だったけど、それでもね。けど…」
一旦、言葉をきり、ライズに笑顔を見せる。まるで、とびっきりの冗談を言うときのように嬉しそうに"2ヶ月前の出来事"について、言う。
「ボクの病気、治っちゃったんだよね。学園世界で、マリー先生のお陰でね」
学園世界屈指の錬金術師がその知識と経験と貴重な材料を総動員して作った、体内の"火の精霊力"を爆発的に高める秘薬。
その薬の力で、フィルの胎内の病巣は一掃され、フィルの病気…元の世界では不治の病であった"深精霊干渉症"は治った。
光綾学園で見た貰った、イヴ先生が驚くほどの"完治"
再発することは2度とありえない。そう聞かされたとき、フィルは自らの長年背負った重荷が下りた気がしたのを、鮮やかに思い出していた。
「多分だけど、ライズの見た未来もライズが"学園世界に来なかった時の未来"なんだよ。そしてそれは、ライズが学園世界にいるってことで変わっちゃった未来だと思う。
 だからさ、あんまし気にしなくていいと思うよ。どうせ、当てになんないもん。それに…」
幼い日の出会いと、予想外の救い。2つの“未来”があったフィルは、もはや未来を恐れない。何故ならば。
「未来が気に入らなかったら、変えちゃえばいいんだよ。自分の手で、ね」
未来は決して変わらぬ"運命"では無いのだから。

「…マナよ。刃に宿りなさい」
フィルの話を聞いたライズが、発動の呪文を口にする。
「頑張ってね。ライズ」
立ち上がったライズに、フィルは笑顔で声をかける。
「…別に、貴方の意見に、完全に納得したわけではないけれど…」
戦争は既に始まっていた。いずれ最後の戦いが起こるのも避けられはしない。だが、それでも…
「今、気に病んでもどうしようもない。それだけは、確かね」
未来を変えるのか、変えず、それを受け入れて生き続けるのか。
自分の道は自分で決めなくてはならない。ならば…
「今は、全力で生き残る。それだけよ!」
力強い宣言と共に、紅き鎧をまとった、誇り高き“傭兵姫”は、戦場に舞い戻る。

「ソラ!一時後退してフィルから治療を!こいつ等は…」
空の脇を駆け抜け、ライズは自らの偽物に鋭い一撃を繰り出す。
淡い、魔力の光を帯びた刃は、ドッペルゲンガーの急所を正確に貫く。先ほどまでの苦戦が嘘のようにドッペルゲンガーは崩れ落ち、マグネタイトへと姿を変える。
「"魔力を帯びた攻撃"に対しては普通の悪魔以上に脆いわ。魔力を帯びた剣であれば、1人で充分倒し切れるはずよ」
彼女の本来の強さ…『冷静かつ正確な判断力』を取り戻したライズが氷のように落ち着いた表情で、空に言う。
「貴方は、次に備えてちょうだい。合図は、私から送るから」
「…うん!分かった!気をつけてね!」
先ほどまでとは違う、あの氷のような鋭さを取り戻したライズに頷き返し、空は一旦後退する。
直後に襲いかかったフィルの姿をしたドッペルゲンガーの拳をあっさりと回避し、返す刀でドッペルゲンガーを斬り倒す。
「…プレシズ・ヘル!」
そのまま、剣を構え直し残った1体…空の姿をしたドッペルゲンガーを脇を走り抜けながら斬り殺し、そのまま鏡へと駆け抜ける。
「…返りうちにしてあげる!」
疾走するライズに、ニー・クラリスは不敵な笑みを浮かべる。
「これで、終わりよ!」
そして、鏡に向かって、突きだされた剣は。
「はっはあ!馬鹿が…っ!?」
僅かに鏡の縁をかすった。
「…最初の一撃は、試すために軽くするのが"未知の悪魔"と戦うときの鉄則、だそうよ」
攻撃が当たった瞬間、頬に走った軽い傷の血を拭いながら、淡々とライズは言う。
「物理攻撃反射の前衛と、魔法攻撃反射の本体。確かに理にかなった編成だけど…バレバレだわ。貴方、ポーカーフェイスが下手ね」
そして、告げる。目の前の過去の幻影に、死を宣告するように。
「…ヒメミヤ、ソラ!」
凛とした声で呼ぶ。彼女の仲間、"最強の物理攻撃"を繰り出すことができる少女の名を!
「…!はぁぁぁぁぁぁぁ!」
そしてそれに答え、繰り出された空のアームブレイドによる全力の突撃は。
「くそったれえええええええええええええええええええええええええ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
ただ一撃で、ニー・クラリスの鏡を完全粉砕した。

キィィィン!

ニー・クラリスの鏡が粉砕された瞬間。呼応するように辺りの鏡が全て砕け散る。
代わりに現れるのは、1つの巨大な部屋。
壁、床、天井が生物のように蠢く漆黒の不気味な部屋。
「…2人とも、見て!」
いち早くそれに気づいたフィルが2人に注意を促す。そう。
「…たどりつくとはね」
部屋の中央に浮かぶ、1人の魔人、白川由美の姿に対して。



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