断片交錯のダイバージェンス ◆SXmcM2fBg6



「―――俺だ。時間が惜しいので率直に報告する。
 一言で言って、緊急事態だ。「機関」とは別の、新手の秘密結社が現れた。
 俺は今その秘密結社によって拉致され、怪しげな実験に参加させられている。

 ……ああ、そうだ。どうやら、俺達の握る秘密を嗅ぎつけたらしい。
 この実験と称したふざけたゲームで俺を追い詰め、秘密を吐かせるつもりのようだ。
 だが安心しろ。奴らは俺を手中に収めたことで油断し切っている。
 ならばその隙を突いてこの実験を破綻させ、奴らの野望を打ち砕いて見せよう。

 ……大丈夫だ、問題ない。こんな窮地は初めてではないだろう。
 それに、この狂気のマッドサイエンティスト、鳳凰院凶真の灰色の脳細胞を以ってすれば、不可能な事など何もない。
 俺は必ずやこの狂った世界から脱出し、元の世界へと帰還するだろう。エル・プサイ・コングルゥ」



「……なに独り言を喋っているの? ふざけているのなら置いて行くわよ」
「ふざけてなどいない! 俺はいつでも大真面目だ!」
 岡部倫太郎暁美ほむらの呆れた様な声に反論しながら携帯電話をしまう。

 彼女の言う通り、今の通話の相手は架空の存在であり、つまりは俺の独り言でしかない。
 だがこのルーチンを行うことで、ようやくいつもの自分。つまりは鳳凰院凶真が戻ってきたと実感する。

 今の状況の異常さは、その度合いで言えば世界線漂流を遥かに超えている。
 ならばこういう時こそ平常心を保つ必要があるのだ。

「それでコマンダー。これは一体何なんだ?」

 俺達は今警視庁の地下駐車場にいて、目の前位には白と青でカラーリングされた大型車両が駐車されている。
 どうやらほむらの目的はこのトラックだったようだ。

「…………。
 Gトレーラーよ。対未確認生命体用の強化装甲服(パワードスーツ)、G3ユニットをどうするかを考えるの」
「未確認生命体? G3ユニット?」
「詳しい事は私も知らないわ。私に支給されたのが、このトレーラーの鍵だったの」
「ふむ、成程な」
「それでちょっと聞きたいのだけど」
 ほむらはトレーラーの貨物室の鍵を開けながら声をかけてくる。
「あなた、これを着て戦える?」

 そうして開け放たれた貨物室の中にあったのは、
 オペレーションルームの様な設備。
 見た事のない形状の白バイ。
 そして―――どこかヒーロー染みた青い機械の鎧。
 おそらくこれがほむらの言ったG3ユニットだろう。

 そしてほむらは、この鎧を着て戦えるかと聞いてきた。
 そんな事は聞かれるまでもない。俺が戦えるかどうかなど、当然―――

「無理だ!」
「でしょうね」
「ぐ、ぬ……!」
 ほむらは予想していたと言わんばかりに即答し、貨物室の扉を閉める。
 その事に思わず声を詰まらせるが、無理矢理戦わされるよりはマシだと自分を納得させた。

「しかし支給品か………」

 ほむらからは既に、お互いの世界線に関する差異を話し合っている。
 そしてどうやらこのG3ユニットも、俺達とは違う世界線の技術らしい。
 何度経験しても、世界線のズレによって生じる文明の変容には驚かされる。

「そう言えば、俺の支給品はまだ確認してなかったな」

 ふとその事を思いだし、自分のケータイとは別に、ドクター真木から支給された道具を確認する。
 支給された品は下記の三つ。

 一つ。ちょっと奇抜なデザインの赤い携帯電話。
 二つ。赤褐色のUSBメモリと、クワガタを模した黒い携帯電話。
 三つ。丈夫そうなボックスに納められた、機械的なベルトと二つの機器と携帯電話。

「――――って全部ケータイではないか!!」
 これは何の嫌がらせだと、つい大声で叫ぶ。
 ドクター真木に没収されなかった自分のケータイも含めて、これで四つも携帯電話を所有していることになる。
 この支給品のセレクトに一体どんな意味があるのか非常に疑問だった。

「何大声出しているの? おいていくわよ」
 大声を聞き咎めたらしく、ほむらが声をかけてくる。
 彼女は俺が支給品を確認している間に、当然の様に運転席に乗り込んでいた。

「む……お前、車を運転出来るのか?」
「問題ないわ。少し練習すれば、誰でも動かす位は出来るはずよ。
 それに、いざとなれば裏技もあるし」
「そうか……ならば運転は任せた!」
 そう言いながら支給品をデイバックに戻し、ほむらに倣って助手席へと乗り込む。
 中学生くらいの少女が車を運転できるのかは疑問だったが、慣れた手つきでエンジンを掛けて操作をし始めたのできっと大丈夫なのだろう。
 事実、Gトレーラーはあっさりと警視庁の地下駐車場を出発したのだから。

「それで、これからどこに向かうつもりなのだ?」
「私としては見滝原中学校に行きたいところだけど、ここからじゃ距離があるわ。
 だから一先ず、スマートブレインハイスクールってところに向かって様子見ね」
「なるほどな。俺としては秋葉原……というより、我がラボを確かめてみたいところだが」
「秋葉原ね……。ここからなら見滝原よりは近いけど、そこに行ってから見滝原となるとちょっと遠回りになるわね………」
 そう言ってほむらは、少し思案するように考え込んだ。
 運転は大丈夫なのかと心配になるが、走行が乱れるような事もない。
 なので運転は彼女に任せて、自分は支給品の機能等を確認することにした。


        ○ ○ ○


「――――それで、貴方は何者ですか?」

 エリア【E-5】の切り取られた街の境界線の、途切れた路上。
 強い日差しが照りつける道路の中央に、二つの人影があった。

「僕は海東大樹。ちょっと君に用があるんだ」
「海東さん、ですわね。わたくしはセシリア・オルコットと申します」

 一方はセシリア・オルコット。
 彼女はメズールと別れ空へと飛翔した後、エリア【E-5】へと降り立った。
 なぜならその地点こそが彼女の目的の人物の一人、凰鈴音のスタート地点だったからだ。

 しかし、周囲に鈴音の姿はない。
 メズールからはみんなのスタート地点を教えてもらったとはいえ、それはエリアのみで詳しいポイントは聞いてなかったのだ。
 そのため、改めて鈴音を探す必要があるのだが、それならばISを使って探した方が早いだろうとは判っていた。
 あえてセシリアがそうしなかったのは、多少時間が経った事により冷静になり、制限の一つであるメダル消費の事を思いだしたからだ。
 ゆえに既に大分無駄にしてしまったことを悔いながらも、消耗を抑える為に鈴音を徒歩で探そうと着陸したのだ。
 もう一方の人影――海東大樹がバイクに乗って現れたのは、丁度その時だった。

「では改めて訊きますわ、海東さん。私に一体何の御用ですの?
 これでもわたくし、急いでいますの。用件は手短にお願いしますわ」
「そう? だったら単刀直入に言わせてもらおう。
 君の使っていたあの青い機動兵器。それを僕に渡したまえ」
「青い機動兵器? ブルー・ティアーズの事ですの?
 ………貴方、ブルー・ティアーズを手に入れてどうするつもりですか?」
「それは君には関係のない事だ。君はただ、僕にその“お宝”を渡せばいい」
「………………。貴方、馬鹿ですの?」
 セシリアは指鉄砲で自分を指さしながらそう言う大樹に、怒りや失笑を覚える前に呆れた。

 ISは女性にしか使えない。それは彼女にとって当たり前の常識だ。
 織斑一夏ではあるまいし、男性である大樹がISを手にしたところで、扱えるはずがない。
 ましてやブルー・ティアーズは専用機。同じ女性であっても他者が扱うのは簡単なことではないだろう。

 もっとも、大樹がISの存在しない異世界の人間であるという事は、まだセシリアには知りようもない事だ。
 故に彼女達の常識が違うのは当然であり、その認識が食い違うのも当たり前である。
 だが他者の物を欲しがるのはともかく、こうも堂々と寄こせと言う事が常識以前の問題だというのは、どんな世界でも共通だろう

「はぁ……、とんだ時間の無駄でしたわ。
 わたくし、言いましたわよね、急いでいると。そのようにふざけている暇があるのでしたら、今直ぐにわたくしの前から立ち去りなさい」

 セシリアはそう言って大樹に背を向ける。
 鈴音のスタート地点は【E-5】だが、彼女とて今の自分の様に移動するだろう。
 このようなつまらない些事で時間を無駄にしていては、彼女の足取りを追う事も難しくなってしまう。
 かと言ってISなら移動は速いが、それではメダルを消費してしまう。
 ならば乗った事はないが、海東大樹という男の様に、バイクを使うのもいいかもしれない。
 そう考え、この場を立ち去ろうとした、その時だった。

「僕に指図できるのは僕だけだ。
 言っただろう。君は“お宝”を渡せばいいだけだって」

 背後から感じる、銃口を向けられた気配。
 どうやら相手は、手段を選ぶような人物ではないらしい。

「力尽く……ですか。
 このわたくしとブルー・ティアーズに勝てると思っているんですの?」
「当然さ。僕が勝つに決まっている。
 怪我をしたくなかったら、今すぐ僕に“お宝”を渡したまえ」

 ――コンディションは最悪。先の件で、精神的にも肉体的にも疲労が溜まっている。
 今の状態では、初めて出逢った頃の織斑一夏が相手でも大敗を期すだろう。
 ましてや本格的な戦闘をするのであれば、現在のメダルの残数では心許ない。

 対する相手の戦力は未知数。どのような能力、武装を持っているのかも不明。
 これがIS相手であれば、絶対に避けるべき状況だろう。
 だが―――

「なら―――その驕りを後悔なさい! ブルー・ティアーズ!!」
 この声と同時に、全身に青い装甲を身に纏い、振り向くと同時に放たれた弾丸を弾き飛ばす。

 例え高空兵器を持っていようと、ISに勝てる道理はない。
 ISに勝てるのは、同じISだけというのが“常識”なのだから。


 だが――大樹がISの事を知らなかったように、セシリアもまた、その存在を知らなかった。


「そう来なくては面白くない」

 大樹はそう言いながら一枚のカードを取り出し、
 持っていた青い銃に差し込んで空へと掲げ、

「変身」
《――KAMEN RIDE・DIEND――》

 仮面ライダーディエンドへと変身した。
 シアンをメインカラーとしたその姿は、色合的にどこかブルー・ティアーズと似た印象を与える。
 だが顔まで覆うフルスキンの装甲は、それがISとは全く違うシステムによる変身だと容易に判別がついた。

「IS? いえ、違いますわね。ではその姿は一体………まあ、それが何であれ、わたくしのする事は変わりませんけど。
 貴方、空でワルツを踊る事が出来まして?」
「そういえば、その“お宝”は空を飛べるんだったね。
けど僕自身が飛べないなら、飛べる奴に任せればいいだけさ」
 そう言いながら大樹は更に一枚カードを取り出し、銃に差し込んで引き金を引いた。

《――KAMEN RIDE・PSYGA――》

 するとその直後に、虚空からホワイトベースにブルーのラインが入ったフルスキンの装甲を纏う人間――仮面ライダーサイガが現れた。

「な! 一体どこから!?」
「さあ、僕にその力を見せてくれたまえ!」
「It's show time!」
「ッ―――!」

 サイガはそう言うと同時に背中に装備されたフライングアタッカーで空へと上昇し、無数の光弾をセシリアへと掃射する。
 セシリアはそれをサイガと同様に急上昇することで回避し、同じ高度へと舞い上がった。

「どのような手段で現れたのかは解りませんが、倒してしまえば一緒ですわ」
 そう言いながらスターライトmkⅢを構え、サイガへと照準する。

 白い装甲を纏ったサイガが、どのような能力で現れたのかは解らない。
 だが何れにせよ、海東大樹が何かをした結果現れた事は確かだろう。
 ならばサイガは海東と同様、敵として撃ち倒せばいいだけの事だ。
 そう結論し、レーザーを撃ちながらサイガを振り切る勢いで更なる高空へと上昇する。
 対するサイガもまた、レーザーを躱しながらセシリアを逃すまいと空へと加速する。

「必ず手に入れてみせるよ、君の“お宝”を」
 その光景を眺めながら、海東はそう呟いた。

 記念すべき第一弾の“お宝”を手に入れるのは、予想通り困難なようだ。
 だがそれでこそ手に入れる価値があるというものだろう。
 苦労して“お宝”を手に入れた時の達成感は、そうそう味わえるものではないのだから。

 セシリアとサイガは、お互いに光弾を放ちながら高速で移動する。
 大樹もまたライドベンダーのスロットルを回し、空を舞う二つの影を追いかける。
 そうやって海東大樹――仮面ライダーディエンドは、期待に胸を膨らませていた。

        ○ ○ ○


 サイガの背後へと廻り込む様に旋回し、スターライトmkⅢの引き金を引く。
 放たれたレーザーは文字通り光速でサイガへと迫るが、サイガは体を反転させながら現在位置をずらしレーザーを回避する。
 そしてそのまま光子バルカンを連射し、距離を取られないように接近してくる。
 放たれた光弾を上昇加速することで回避し、お返しとばかりにレーザーを放つが、サイガにはまたも避けられる。

「……面倒ですわね」

 機動、旋回性能ではこちらが圧倒的に上だが、反応速度ではあちらが上……いや、正しく“ISと同等”といったところか。
 いかなる感応システムを使っているのか、サイガの反応速度は人間の限界を超えている。
 スターライトmkⅢだけでは捕捉し切る事は出来ないだろう。

 またISと違いPICは搭載していないのか、サイガの状態から見て重力の影響下にあるようだ。
 加えて最高速度はブルー・ティアーズを上回る様だが、慣性を殺し切れていない。
 であれば、敵の真上や真下が弱点となるのだが、サイガもそれは理解しているのだろう。
 こちらがその位置を狙う機動を執れば、即座に移動して射線から逃れてくる。

「時間を掛けている余裕はありませんの。手早く打ち落として差し上げますわ」

 この機体の名前の由来ともなったビット兵装、“ブルー・ティアーズ”を展開する。
 相手の死角からの全方位オールレンジ攻撃が可能なコレであれば、サイガを撃ち落とすことも容易な筈だ。

「さあ、どれだけ耐えられるかしら?」

 4基のビットから、代わる代わるレーザーを放つ。
 止めどなく放たれる光の雨は、サイガに反撃の間を与えずに翻弄する。
 たとえIS並みの反応速度を持っていようと、いつかは避け切れずにレーザーに中る筈だ。
 そう考え、セシリアはビットの制御に集中する。だが―――

「しつこいですわね、蚊蜻蛉の癖に―――ッ!」

 サイガは変わらず避け続け、いつの間にか自らに有利な位置へと移動していた。
 セシリアがそれを認識すると同時に光子バルカンが放たれ、防御を余儀なくされる。

「ッ、この……!」

 放たれ続ける光子バルカンから逃れ、即座にスターライトmkⅢで反撃するが、やはり僅かな軌道で躱される。
 完全に射線が見切られているのか、単に回避がギリギリなだけなのかは判らないが、どちらにせよ遠距離攻撃では一撃を与えられないらしい。

「それなら――!」

 反応速度で劣るのなら、勝る部分で攻め落とす。
 セシリアはそう決断し、サイガへと向けて一気に加速する。
 それに対し、サイガもまた応じる様に加速し、セシリアへと接近する。

 両者の距離が短くなるその間にもお互いの光弾は行き交い、少しでも自身に有利な位置を取ろうと凌ぎを削る。
 そしてついに互いの距離がゼロになった、その瞬間、

「―――インターセプター!」

 一瞬の旋回でサイガの真上を奪い、その声と共にセシリアの左手にショートブレードが出現する。

 ―――これがスターライトmkⅢであれば、サイガにはまだ回避する余裕はあっただろう。
 なぜなら銃器は、狙い、引き金を引く、の二工程が必要であり、その僅かな隙に避ければいいからだ。
 だが剣となるとそうはいかない。剣は振るうという一工程のみで攻撃になってしまう。

 故に真上を取られたサイガにその刃を防ぐ術はなく、
 振り抜かれた刃は一撃でサイガのフライングアタッカーを破壊した。

「チェックメイトですわ」

 そうして機体制御を失い墜落するサイガへと向けて、セシリアはスターライトmkⅢの引き金を引いた。


        ○ ○ ○


『おかけになった電話番号は、電波の届かない場所にあるか、電源が――――』
「くそっ! これもダメか……」
 通算15回目の圏外トーキーに悪態を吐く。

 ほむらが運転するGトレーラーの助手席で、倫太郎は先ほどからずっと携帯で電話をかけ続けていた。
 誰かと連絡を取れればと考え、ラボメンは勿論の事、覚えている番号すべてにコールしてみたのだ。
 だが出たのは圏外トーキー。掛けた番号全てが圏外とされ、誰とも、何処とも繋がる事はなかった。
 あるいは、と支給された携帯を使ってもみたが、結果は変わらなかった。

「あとはコイツだけか……」

 そういて手に取ったのは、奇抜なデザインの赤い携帯――ケータロスだ。
 この携帯は電話としての用途の他に、電王とやらが強化変身の際に使用するらしい。
 キーの配置的に扱い難いため最後に回していたのだが、この携帯にだけはかける相手がメモに書かれていたのだ。

「………よし」
 知らない相手へと掛ける事に不安はあるが、覚悟を決めてキーをプッシュし、すぐに呼び出し音が鳴る。
 そして―――

『おい! 良太郎か!?』
「繋がった……!」
 いきなり響いた声に驚くが、それ以上にやっと繋がったという事実に声を上げる

『その声……良太郎じゃねぇな。
 おいお前、一体誰だ?』
「お、俺は岡部倫太郎だ。そう言うお前こそ誰なんだ」
『俺か? 俺はモモタロスってんだ。よく覚えとけ』

 モモタロス。それがメモに書かれていた、イマジンとやらの名前らしい。
 イマジンが何かはわからないが、どうやらちゃんと会話が出来る人物ではあるらしく、その事に一先ず安心した。

『それで、倫太郎……だったか? どーしてテメェがケータロスを持ってんだよ。
 まさか良太郎から盗んだんじゃねぇだろうな?』
「違う。このケータイは俺の支給品としてバッグに入っていたのだ」
『支給品だぁ? ああ、なるほどな。今の俺達と似たようなもんか』
「似たようなもの?」
『こっちの話だ。気にすんな』
「そうか。では改めて訊くが、お前は一体何者だ」
『……どーゆー意味だ、それは』
「お前は先ほど、似たようなものと言った。それはつまり、今の俺と同様この殺し合いに参加させられたと推測できる。
 だが、俺に支給された名簿には、モモタロスという名前の参加者はいない。
 お前はこれをどう説明するのだ?」

 仮に名簿に記載されていない参加者がいたとしても、そうすることの意図が解らない。
 それよりはまだ、この会場の外に繋がったか、ドクター真木の仲間に繋がったと考える方が合理的だ。
 だが―――

『あー……、なんつーか……俺達は今、電王ベルトに取り憑いてる状態……らしい』
「電王ベルト? らしい?」
『俺達もよくわかってねぇんだ。聞き返すな。
 んでだ、その状態でフェイリスとかいう猫女に―――』
「フェイリスだと!?」

 心にあった不安も、モモタロスに関する疑問も、その名前で全て吹っ飛んだ。

「貴様! フェイリスを知っているか!?
 今どこにいる! どこでフェイリスを知った!」

 フェイリスは大事なラボメンの一人だ。急ぎ合流する必要がある。
 だが彼女の現在地が判らねば、駆け付ける事も出来やしない。
 モモタロスとやらが何者であるかなど、その前には瑣末な事でしかない。

『い、いきなり何だってんだ!?』
「いいから答えろ! さもなくばこの俺の禁断の秘奥義が発動し、貴様の命は失われるかもしれんぞ!」
『わ、わかったよ。ちょっと待ってろ、いま代わ……る事は出来ねぇから、場所を聞いて………ん? なんだアレは?』
「どうした? フェイリスは!? もしも~―――」
『ゲェエッ……! 変態だ~~~~ッ!! p,――――――』
「んな!? 切れやがった!」
 変態だか何だか知らないが、この重要な時に通話が切れるとは何たることだ!
 そう憤りながらも、慌てて再びコールするが、

『おかけになった電話番号は、電波の――――』
「くそっ、また圏外か! 一体ここの電波はどうなっているというのだ!」
「どうだった? 何か分かったの?」
「どうもこうもあるか! モモタロスとやらがフェイリスを知っている事は判明したが、重要な情報はさっぱりだ!
 後でまたかけ直さなければならん。この最悪な電波状況ではもう一度繋がるかも怪しいというのに。くそ……!」
 やっと見えたと思った光明が、あっさりと目の前で消えたのだ。
 意味がないと解っていてもつい悪態を吐いてしまう。

 そんな倫太郎を尻目に、ほむらは冷静にGトレーラーを停車させていた。
 彼女にとっても情報は大事だが、倫太郎が携帯で連絡を取っている以上、周囲を警戒するのは自分だと判断していたのだ。
 結果として有益な情報は得られなかったようだが、電話が途切れると同時にスマートブレインハイスクールに到着したので、時間的には丁度良かった。
 だが――――

「愚痴を言うのは構わないけど、もう到着したわよ」
「む、そうか。ならさっさと次の―――」
「けど下手な行動は控えた方がよさそうね」
「なんだと? それは何故だ」
「アレを見てみなさい」
「アレ? む、あの影は……」
 フロントガラス越しに空を指で指し示す。
 そこには二つの影が宙を高速で移動していた。

「戦闘機……ではないな。現行の機体では、高速下であそこまで立体的な軌道は取れん。となると……」
「片方は真木清人の説明で見た、赤い機動兵器の同類みたいね。もう片方は判らないけど」

 どうやらあの影達は戦闘を行っているらしく、影の間を無数の光弾が飛び交っている。
 彼らと話し合って情報を得たいが、彼らが殺し合いに乗っていないとも限らない。
 ここは一先ず様子を見て、声をかけるのは戦闘が終わってからにしたい。
 そう考えた、その時だった。

「ッ―――掴まって!」
「ぬお――!?」

 エンジンを掛けたままだったGトレーラーを急発進させる。
 空で戦っていた影の一つが、こちらへと墜落してきたのだ。
 その影は地面に激突したらしく、発信した直後に大きな落下音が聞こえてきた。

「い、いきなり何だというのだ」
「片方が墜落してきたのよ、私達の方に。
 どうやら決着がついたみたいね」
「そうか。ならば様子を見に行こう。勝った方から何か訊けるかもしれん」
「……そうね。いざという時は逃げればいいでしょうし」

 倫太郎の言は少し短絡的な気もするが、反対する理由もない。シートベルトを外して車から降りる。
 いざという時にすぐに逃げられるように、Gトレーラーのエンジンは掛けたままにする。

「これは……」

 そうして見た光景に、倫太郎が思わず息をのんだ。
 スマートブレインハイスクールの正門が、見事に壊れていた。
 その正門だったはずの瓦礫の中には白い装甲を纏った人影があるが―――

「な……消えた?」

 しかしその人影は、幻だったかのように一瞬で消えてしまった。
 だが魔法少女であるほむらには、それくらいの現象には理解がある。

 しかしそれと入れ替わるように、バイクに跨った人影が校庭へと突入した。
 ほむらは一瞬どうするか迷ったが、能力を使えば逃げることはできるだろうと判断した。
 故に特に驚く事なく、様子を見ようと壊れた門へと歩いて行く。

「あ、おい!」
「どうしたの? 怖いなら車で待ってる? 私としてはその方がやり易いのだけど」
「な、何を言う! この鳳凰院凶真に、ここ、怖いものなどあるものか!」

 そう言って威勢を張る倫太郎だが、その脚は見るからに震えている。
 そのあまりの頼りなさに、思わず呆れた。

「……虚勢を張るのは構わないけど、足手纏いにはならないで欲しいわね」
「ぐ……ぬ……」

 彼が戦えない事は既に理解しているが、釘を刺さずにはいられなかった。
 戦闘になれば、どう考えても倫太郎は足手纏いにしかならないだろうからだ。

 そうして壊れた正門から校庭を覗けば、そこにはバイクから降りた人影が一つ。
 上空にはまだ機動兵器の影があることから、おそらくあの人影は空を飛べず、バイクで追ってきたのだろう。

 ……さて、そこで人影がどちら側かと考える。
 未だに滞空する機動兵器側か、それとも撃ち落とされ消えた白い装甲の人物側か。
 青い装甲を纏った外見からは消えた人影の仲間のようにも見えるが、それにしては心配しているような様子はなかった。
 かといって機動兵器の人物の仲間かと思えば―――どうやらそれも違うらしい。
 なぜなら、空から降りてきた青い機動兵器が、その人物に銃口を向けているからだ。


        ○ ○ ○


「ハァ……ハァ……、フゥ――――」

 乱れた息を整える。
 体調は思っていた以上に悪いらしい。いつもと勝手が違ったとはいえ、少し時間を掛け過ぎてしまった。
 残るは海東大樹一人。このまま飛び去ることも可能だが、出来れば消費したメダルを補充しておきたい。
 仮に大樹がまだ空を飛べる人物を呼び出せたとしても、今度は呼び出す前に先制する。
 そう考え、油断なく海東へとスターライトmkⅢを向けながら降下する。

「さあ、これで終りですわ。
 全ての支給品とメダルを置いて、今すぐ立ち去りなさい」
「断わる。僕に指図できるのは僕だけだ。
 それにまだ負けたわけじゃない。君こそ“お宝”を置いて立ち去りたまえ」
「そう―――残念ですわ」

 この状況でなお余裕を崩さない大樹に落胆しながらも、“ブルー・ティアーズ”を展開する。
 これならばたとえ最初の一撃を避けられたとしても、続く二撃、三撃目で撃ち抜く事が出来るだろう。
 そう考え、大樹へと意識を集中するが、

「いいのかい? 誰か来たみたいだけど」
「え――?」
 不意に告げられた新たな人物の訪れに、思わずハイパーセンサーに意識を取られた。

「ッ―――! このッ!」
「おおっと! 残念、外れ」
 その僅かな隙に大樹は一瞬で加速し、ブルー・ティアーズの射線から逃れ、放たれたレーザーも全て躱してみせた。

《――ATTACK RIDE――》
 そのまま大樹は新たなカードを取り出して銃へと挿入し、銃口をこっちへと向ける。
 彼が今まで使ったカードの効果は、青い装甲を纏った“変身”、白い装甲の人物を呼び出した“召喚”の二つ。
 こちらもスターライトmkⅢを向けてはいるが、今回挿入したカードの効果が判らない以上、迂闊な行動はとれない。

「く………」

 失敗した。
 こうしている今もメダルは無駄に消費されている。
 それは大樹も同じだろうが、先に無駄に消費したメダルの分、こちらが不利だろう。
 下手に動けば撃ち落とされる事になる。かといってこのまま睨み合いを続けていれば、確実にメダル切れで負ける。
 ここはやはり、無茶を承知で行動すべきだろうか―――

 だがそうやってセシリアが思案している間に、大樹はさらに事を進めた

「出てきたまえ。居るのは分かっているんだ」

 大樹は辺りに聞こえるように声を上げる。
 彼から意識を逸らせないためハイパーセンサーは使えないが、どうやら先ほどの台詞はブラフではなかったらしい。
 その証拠に、崩れた外壁の影から二つの人影が現れた。自分と同じくらいの少女と、頼りなさそうな青年の二人。

「気付いていたの」
「まあね。ここに入る時に君達を見たし。
 なら、状況からして君達が様子を見ようと考えるのは当然だ」
「でしょうね。
 ……それで? 私達はどっちに付けばいいのかしら?」
「それはもちろん、僕の方だ」
「あら、人の物を無理矢理に奪おうとする方のセリフではありませんわよ、それ?」
「全ての“お宝”は僕のものだ。僕が僕の物を手に入れようとするのは当たり前だろう」
「よくもぬけぬけとそんな事を言えますわね。育ちの悪さがよくわかりますわ」

 当然の様にそう言う海東を見下げ果てながらも、セシリアはこの状況をどうするかを考える。
 可能であれば彼女達に援護してもらいたいが、自分から味方になって欲しいと頼むのはどこか海東と同じような気がして忌避感がある。
 あるいはこういった心理的作戦も彼の策の内の一つかもしれないが、引き下がる事は出来なかった。

「それで? 君はどっちに付くんだい?」
「そうね。貴方に付けば私達のお宝まで盗られそうだし、今回は彼女に付く事にするわ」
「なるほど、それは道理だね。誰でも自分の“お宝”は独占したいだろうしね」
「当然の結果ですわ。一体どこの誰が泥棒の味方をすると言うのです」

 名前も知らない彼女達が手伝ってくれる事に僅かながら安堵を抱く。
 これで海東が何をしたところで、対処する余裕が出来た筈だ。
 つまり今度こそ海東を追い詰めたのだ。

「それで、どうするおつもりですの? 今度こそ絶体絶命ですわよ」
 最終勧告の意味を籠めてそう告げる。
 海東に取れる手はない筈だ。故に降伏するしか生き残る術はない。

「こうするのさ」

 だが海東はそう言って銃を空へと向け、勢いよく引き金を引いた。
 即座に回避行動を取り、空中へと飛ぶが、

《――BLAST――》

 放たれた青い光弾。それは一斉に拡散して自分と少女達を追尾する。
 海東の挿入したカードの効果。それは誘導性の散弾だったのだ。
 一発の威力や誘導性自体は低い。しかし、

「くっ……!」

 その一撃への対処に取られる僅かな隙は、海東に更なる一手を取る余裕を与えた。

《――KAMEN RIDE・RAIA・FEMME――》

 海東と同系統の装甲を纏った人影が再び、そして今度は紅と白の二人現れる。
 そして紅い男性――ライアは左腕の盾に、白い女性――ファムはレイピアに、
 それぞれがベルトのバックルから引き抜いたカードを挿入する。

《《――ADVENT――》》

 それと同時に校舎のガラスから、通常のそれより遥かに巨大なエイ――エビルダイバーと、同じく巨大な白鳥――ブランウィングが現れた。

「それでは第二ラウンドを始めるとしよう」
「上等ですわ。今度は貴方自身を撃ち落として差し上げます!」

 大樹はそう言ってエビルダイバーの背に乗ると、セシリアへと向けて飛翔した。
 どうやら今度はエビルダイバーとブランウィングのサポートで、自分が戦うつもりらしい。
 セシリアも応戦するために再び空へと上昇する。

 ………地上には残された四つの人影。
 見知らぬ彼女達に敵を二人も押しつける形になるのは心苦しい。
 だがこちらとて残りのメダルが少なく、彼女達を手助けする余裕はない。
 それに彼女達にもこの状況に陥った責任はあるので、自分達でなんとかしてもらうしかないだろう。

 セシリアはそう考え、今度こそ大樹を倒すために意識を彼へと集中させる。





NEXT:混線因果のダイバージェンス




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最終更新:2012年10月21日 15:13