憎【てるいりゅうをしはいするかんじょう】 ◆qp1M9UH9gw



【1】


メズール――今は「志筑仁美」として行動している――が照井竜と行動を共にしてから、結構な距離を歩いている。
しかし、未だ二人は他の参加者に出会えずにいた。

僅かながらも――本当に微小な――焦燥感を募らせながら、メズールは照井の後ろを歩く。
彼女の前を行く照井は、彼女の事など気にも留めずに、前方に注意を向けている。
大方、彼は憎き仇に集中しすぎて自分の事などほとんど頭にはないのだろう。
こんな状態なら、この場で拳銃の引き金を引くだけで簡単に殺せてしまえそうだ。
人々を護るのが使命の「仮面ライダー」が、つくづく堕ちたものである。

だが、メズールにとってはこの状態の彼の方が都合が良かった。
何しろ今の照井竜は、同じ陣営の井坂深紅郎を殺す為に行動している。
このまま彼が井坂と出くわせば、すぐさま戦闘になるのは分かりきっているのだ。
放送までに他の参加者と出会えなかった場合は、流石に別れるか、最悪始末しなればならないが、
可能であれば、上手く潰し合ってもらいたいところだ。

「……ん?」

不意に、前を歩く照井が立ち止まった。
丁度照井の横に建っていた民家の窓を見つめながら、首輪を擦っている。
何が起こったのかとメズールが窓を覗き込むと、そこには照井の姿がそのまま映し出されていた。
一見すると、彼の身には何も起こっていない様に思える。
しかしメズールは、彼の変化を決して見逃しはしなかった。

――今の照井の首輪には、「紫色」のランプが灯っている。

ついさっきまで首輪を淡く照らしていた白い光は、今では紫色に染まっている。
禍々しさすら感じさせるそれが指し示すのは、一つだけ。

(砕かれたのね、ガメル

白陣営のリーダーを務める、ガメルの敗北。
そしてリーダー不在による、陣営そのものの一時的な消滅。
照井の首輪にある紫は、その二つの事実をメズールに突きつけていた。
ガメルを葬ったのは、スタート地点が近かった火野映司と見てまず間違いないだろう。
今のオーズは、相手がグリードならば問答無用で潰しにかかってくるのだ。
グリードがオーズと出くわすという事は、そのまま「紫のメダルの力による抹殺」に直結しかねない。

(……今のままオーズに近づくのは危険すぎるわ)

今は「志筑仁美」を名乗っているが、オーズに発見され次第その偽の仮面も剥がれてしまう。
そうなってしまえば、メズールに逃げ場などありはしない。
強力なISが支給されていようが関係なく、抵抗空しくコアを砕かれてしまうだろう。

そこで彼女は、照井に目的地の変更を提案した。
当初はシュテンビルドに向かう予定だったのを、見滝原に変えようと試みたのである。
今のメズールは「志筑仁美」を名乗っているので、知り合いがいるかもしれないという名目でなら、
怪しまれる事なく照井を別方向に誘導できるだろう。
そういった思惑を含んだ彼女の案は、二つ返事で呆気なく承諾された。
井坂への手がかりが無い以上、何処へ行こうが構わないという訳なのだろうか。
それとも、そこに行った方が仁美の知り合いを見つけやすく、この無力な同行者を他人に押し付けられるからなのか。
どちらにせよ、人の安全を守る警察官にあるまじき杜撰な反応である。
それは逆に言うと、そうなってしまう程に照井に冷静さが欠落してしまっているのを示していた。

(そこまで憎いのね……井坂深紅郎が)

傍目から見ても、照井は暴走していると分かる。
そこまで彼を怒りに奮わせるのなら、きっと死んだ彼の家族は深く愛されていたのだろう。
そうでなければ、ここまで憎しみを滾らせようとしない筈だ。
対象が誰であっても、愛は人を盲目にするものである。
セシリアがそうであったように、照井もまた、愛からくる復讐心によって自分を見失っている。

メズールには照井のその様子が、とてつもなく羨ましかった。
彼らが大きな愛に押し潰される様は、メズールの感情をどうしようもない位に昂ぶらせる。
グリードは言うなれば、底無し沼のようなものなのだ。
どんなに欲を食らっても、決して満足する事はない。
誰かを愛せど、最後に残るのは満たされない自分への孤独感だけ。

愛が――無限に等しい程の愛が欲しい。

尽きぬ事の無い愛の海に抱かれ、そして何時までも溺れていたい。
それこそが満たされぬグリードとしての器を満たす為の、メズールの望み。
憎しみだろうが、肉欲だろうが、母性だろうが、どんな形でも構わない。
そこに少しでも愛があるのなら、それら全てを受け入れ、食い潰してやろうではないか。
どんなに底なしの沼でも、永久に注ぎ続けさえすれば、満たしているのと同義だ。
無限の愛でなら――いや、無限の愛でなければ、青いメダルのグリードの器は満たされない。
照井が復讐心で狂うように、メズールもまた、世界に溢れる愛に狂うのだ。

さて、無所属扱いになっている今の照井は、メダル一枚だけで簡単にメズールの陣営に加わる。
愛に狂うこの男を配下に加えたいという欲求はあるが、それは自分の正体を晒すというデメリットを伴っている。
今のまま「志筑仁美」としてなりすましを続けるべきか、それとも「メズール」として交渉を行うべきか。
悩ましい二択を前にして、愛を求める彼女の心は、これまで以上に躍っていた。


【2】


己の命を代価にしても護る価値のある財宝が照井にあったとするのなら、それは自身の家族であろう。
いつも傍らにいて、そして彼を支え続けていた大切な人達。
それらはこれからも消える事無く、ずっと微笑んでいてくれると思っていた。
しかし、その家族はもう何処を探しても見つかりはしない。
皆、死んだ――殺されたのである。
あの日、照井を出迎えたのは暖かな家庭ではなく、氷点下の地獄絵図。
祝福してくれる筈だった家族は、部屋の隅で氷塊の一部と化していた。
照井が守っていく筈だった暖かな家庭は、あまりにも呆気なく崩れ去ったのである。

――何故だ。

どうして、なんの罪もない者が死ななければならない。
彼らが罰せられるような事をしたか?
恐怖の渦の奥底で、震えながら命を散らさねばならぬ程の業を背負っていたか?
否、断じて違う。
罪無き者は幸せに生きる義務があり、誰かがその義務に手垢を付けるなんて事は、決してあってはならないのだ。
それなのに、あの殺人鬼は――井坂深紅郎は、その幸福をぶち壊した。
罪無き者に幸福が与えられるのなら、罪人に与えるべきは裁きの鉄槌に他ならない。
怒りと憎しみが渦巻くそれを振り落とす為に、照井はアクセルになったのだ。
フィリップは、アクセルの事を「仮面ライダー」と銘打っていたが、所詮そんなものは彼の思い上がりに過ぎない。
本来、アクセルは復讐という穢れた欲望を満たす為だけにある力なのだ。
見知らぬ人を救うなどという、そんな高尚な目的に使われるようなものではないのである。
ただ、自分の怨念を晴らす事こそが、アクセルの使命。

(仮面ライダー……か。そんな称号、もう俺には必要ない)

照井はもう、「仮面ライダー」を名乗るつもりは無かった。
それどころか、自分を「仮面ライダー」に罰せられる側の存在なのだとすら思っている。
希望を護る「仮面ライダー」は、あの探偵二人でもう間に合っているのだ。
今この場にいるのは、「加速」のガイアメモリで戦う唯の復讐鬼。
怒りの業火に身を委ね、今まさに非道に走ろうとする者が、誰かを護る資格などない。
仮に裁かれる時がきたのなら、その際には喜んでその罰を受け入れよう。

(左……そしてフィリップ。せめてお前達は、仮面ライダーであり続けろ……)

照井に支給された支給品の内に、鳥形のガイアメモリと思われる物があった。
「エクストリームメモリ」なるそれは、説明書きによれば、ダブルを更なる強化形態へと変身させる為のアイテムらしい。
ということは、これは照井にとっては無用の長物という事だ。
もし道中で彼らに出会えたのなら、これを渡さなければならないだろう。
彼らが「仮面ライダー」として、真木を打倒してくれると信じて。
もう真っ当な道を辿れない自分の分まで、敵に正義の怒りをぶつけてくれるのを祈って。


【3】


照井竜は、知らない。
エクストリームメモリが、本来何の為に造られた物なのかを。
シュラウドが園崎家の長の兄弟な力に対抗する為に製造されたそれは、確かにダブル用のガイアメモリだ。
しかし、その時変身するのは、左翔太郎とフィリップではない。
ダブルの最終形態とは――本来ならば照井竜の為にあるものだからだ。
『サイクロンアクセルエクストリーム』。
それこそが、仮面ライダーダブルの、本来の最終進化形態。
その原動力となるのは憎しみ――今の照井が抱いているような、ドス黒い感情。
心の奥底で疼き、のた打ち回り、暴れまわるその醜悪な思いこそが、Wを新たな境地へ誘うのである。

エクストリームメモリの真の所有者の名を知った時、照井は何を思うのか。
現在進行形で「力」を手にしているという事実が判明した時、照井はどう動くのか。
それを知る者は、まだ、いない。



【一日目-午後】
【D-6/ATASHIジャーナル付近】

【照井竜@仮面ライダーW】
【所属】無
【状態】健康
【首輪】100枚:0枚
【装備】アクセルドライバー+アクセルメモリ@仮面ライダーW、エンジンブレード+エンジンメモリ@仮面ライダーW
【道具】基本支給品一式、エクストリームメモリ@仮面ライダーW、ランダム支給品0~2(確認済み)
【思考・状況】
基本:井坂深紅郎を探し出し、復讐する。
 1.見滝原に向かう。
 2.ウェザーを超える力を手に入れる。その為なら「仮面ライダー」の名を捨てても構わない。
 3.ほかの参加者を探し、情報を集める。
 4.Wの二人を見つけたらエクストリームメモリを渡す。
【備考】
※参戦時期は第28話開始後です。
※メズールの支給品は、グロック拳銃と水棲系コアメダル一枚だけだと思っています。

【メズール@仮面ライダーOOO】
【所属】青・リーダー
【状態】健康
【首輪】100枚(増加中):0枚
【コア】シャチ:1、ウナギ:2、タコ:2
【装備】グロック拳銃(15/15)@Fate/Zero、紅椿@インフィニット・ストラトス
【道具】基本支給品、T2オーシャンメモリ@仮面ライダーW、
【思考・状況】
基本:青陣営の勝利。全ての「愛」を手に入れたい。
 0.正体を明かして照井を青陣営に引き込む?それともそのまま身を隠し続ける?
 1.やはりオーズは危険。行き先を変更して見滝原に向かう。
 2.まずはセルと自分のコア(水棲系)をすべて集め、完全態となる。
 3.可能であれば、コアが砕かれる前にオーズを殺しておく。
 4.完全態となったら、T2オーシャンメモリを取り込んでみる。
【備考】
※参戦時期は本編終盤からとなります。
※自身に掛けられた制限を大体把握しました。



051:Circumstances may justify a lie.(嘘も方便) 投下順 053:求【さがしもの】
051:Circumstances may justify a lie.(嘘も方便) 時系列順 053:求【さがしもの】
045:愛と復讐と海の記憶 照井竜 056:戦いと思いと紫の暴走(前編)
メズール


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最終更新:2012年12月14日 19:25