フリーライター・柴田 一は、警察の知人である大滝警部から、悪名高い急成長企業・若槻ファンドが暴力団の夏目会と結託していると聞かされ、情報をつかもうと、夏目会に接近した。
しかし夏目会の幹部でもある若槻ファンド代表・若槻淳也に捕われ、窮地に陥った。
あわやというとき、若槻が地獄少女によって地獄へ流され、柴田は危機を脱した。
しかし今度は、柴田の愛娘つぐみが、何者かに拉致されてしまった。
犯人の目星もつぐみの行方もまったく見当がつかない中、柴田はつぐみを助けたいあまり、地獄通信にアクセスした。
折しも柴田の妻あゆみの失踪した日、1月27日が翌日に迫っていた。
柴田が画面の送信ボタンを押す。周囲が永遠の黄昏の世界と化し、閻魔あいが現れる。
あい「私は、閻魔あい」
柴田「閻魔あい……」
あい「あなたが呼んだのよ」
柴田「藁人形をくれ…… 黒い藁人形だ。赤い糸の付いた、藁人形をくれ!」
あい「……」
柴田「頼む、つぐみを助けたいんだ!」
あい「……」
柴田「なぜ黙ってる!?」
周囲の景色が一変。昼下がりの公園と化す。
柴田「これは……?」
幼い日の愛娘・つぐみが、砂場で遊んでいる。ベンチで柴田の妻、あゆみがそれを見守っている。
柴田「あゆみ……!」
あの日。あゆみは砂場で遊んでいる娘を残し、突如として謎の失踪を遂げたのだ。
あゆみ「つぐみ、そろそろ帰ろっか」 つぐみ「もうちょっと! こっちがおかあさんのぶん」 あゆみ「もう、つぐみったら……」
つぐみが夢中で、砂のケーキを作り続ける。 あゆみが微笑みながら歩み寄る── その姿が宙に掻き消える。
つぐみ「できたぁ! おかあさん、みてぇ! ──おかあさん? おかあさん、どこぉ?」 |
柴田「バカな……!? お前が、お前が地獄へ流したのか!?」
あい「……」
柴田「あゆみが何をしたって言うんだ!? あゆみがどうして地獄へ流されなきゃいけない!?」
あい「復讐……」
柴田「復讐? あゆみが誰に怨まれていたっていうんだ!?」
あい「終わらない怨みが、あの子に向いている」
柴田「つぐみに……? 誰だ、一体誰だ!?」
あい「受け取りなさい」
問いに答えず、あいが黒藁人形を差し出す。柴田が恐る恐る、手を伸ばす。
あい「ただし、相手を地獄に流しても…… あの子は1人では帰れない」
柴田の手が藁人形の手に触れる。しかし、どうしてもそれを掴むことができない。
柴田「どうすりゃいい……?」
あいの自宅。縁側に輪入道、骨女、一目連が佇む。
一目連「お嬢…… どういうつもりなんだよ」
骨女「あれじゃあ、掟破りだよ」
輪入道「いや、俺たちゃお嬢に従うまでだ」
柴田が行きつけの喫茶店、あるる館を訪れる。マスターの西が迎える。
西「おぉ柴田、何か連絡あったか?」
柴田「……地獄少女に会った」
西「えぇ?」
柴田「あゆみは…… あいつは、失踪なんかじゃなかった。地獄へ流されたんだ…… なぜ、あゆみが地獄へ流されなきゃいけない?」
西「……」
柴田「もし、つぐみに何かあったら、俺は……」
西「わかるよ」
柴田「お前に何がわかる?」
西「……悪かったよ」
外を歩く柴田に、大滝警部が駆け寄る。
大滝「柴田ぁ!」
2人が公園で話し込む。大滝が古い雑誌を差し出す。柴田が発行日に目をとめる。
大滝「ちょっと、気になったことがあってな」
柴田「6年前……?」
「澤崎社長と暴力団・夏目会の黒い交流発覚」と題された記事。執筆者に「柴田一」の名がある。
柴田「!? 俺はこんな記事書いてない!」
大滝が新聞のコピーを差し出す。「澤崎社長一家心中 小学6年の長女も道連れ」。日付は1月27日。
柴田「1月27日……」
大滝「6年前、この雑誌の記事が出てすぐだ。お前の娘さんと同い年の子も道連れになってる」
柴田「……」
大滝「澤崎はハメられた可能性がある」
柴田「ハメられた?」
大滝「澤崎コーポレーションにちょっかいを出していたのが若槻ファンド、つまり夏目会の方だ。お前さんの元上司、稲垣って男は…… 夏目会に出入りしてるぞ」
かつての柴田の勤務先の出版社、第一公民社。
柴田が、ジャパン・ナウ誌編集部の稲垣編集長のもとへ詰め寄る。
稲垣「おぉ、柴田」
いきなり柴田が稲垣を殴り飛ばす。周囲から悲鳴が上がる。
柴田が6年前のジャパン・ナウを突きつける。
稲垣「何の剣幕かと思えば……」
柴田「金で書いたな! なぜ俺の名前を使った!?」
稲垣「何かあったときの保険だよ。お前がニューヨーク支社に赴任になった日に、入稿させてもらったよ」
柴田「この記事のせいでな、死んだ人間がいるんだぞ! ジャーナリストとして恥かしくないのか!?」
稲垣「プッ! ハハハ……」
柴田「何がおかしい!?」
稲垣「お前は何様のつもりだぁ!?」
稲垣が柴田を突き飛ばす。
稲垣「俺はなぁ、お前が目障りだったんだよ昔から。自分だけ正しいみたいな顔しやがって」
柴田「稲さん……? 俺ぁ、稲さんのこと兄貴みたいに想って……」
稲垣「そういう思い込みが、押しつけがましいんだよ」
柴田「……」
稲垣「一家心中した澤崎豊の妻・かおりの旧姓は、西っていうんだよ」
柴田「西……?」
稲垣「確か、お前の行きつけの喫茶店のマスターも、西っていうんじゃなかったか?」
柴田が、がむしゃらに街中を走る。携帯が鳴る。
西「俺だ」
柴田「テツ……」
西「つぐみちゃんは、ここにいる」
柴田「つぐみを返してくれ。つぐみさえ無事なら、今回のことは忘れる」
西「忘れる? お前、何か勘違いしてないか? お前の書いた記事はなぁ、俺の姉貴や、その娘まで殺したんだぞ!」
柴田「あの記事は俺が書いたんじゃない、俺は利用されただけだ!」
西「今度は言い逃れかよ? 往生際が悪いな…… ま、いつも自分のことしか考えてないお前に、人の気持ちなんてわかるはずもないか」
柴田「お前、そんなふうに俺のこと……? 全部、嘘だったのか……?」
西「仲良しごっこは終わりだ。苦しめ。俺が苦しんだ以上の苦しみを、お前に味合わせてやる」
柴田「テツ…… お前、どこにいる」
西「さぁな」
つぐみはどこかの部屋で、目隠しの上に後ろ手を縛られて閉じ込められている。
西が食事を運んでくる。
つぐみ「……マスター?」
西は答えずに、つぐみの後ろ手の縄を解き、立ち去る。
つぐみの背後に、あいが現れる。
つぐみ「なんでマスターが、こんなことするの……? なんで!?」
あい「誰でも…… 心に深い闇を持っている」
つぐみ「……」
あい「死ぬのは、怖い?」
つぐみ「……うん。でも、きっとお父さんが助けに来てくれる」
あい「……」
つぐみ「私たち、ずっと前に会ったよね?」
かつてのつぐみの記憶。
母が消えたあの日。砂場で遊んでいる自分。顔を上げると、公園の木のそば、あいが佇む。
つぐみ「私、なんとなくわかる。あいちゃんの気持ち。本当は、糸を解いてほしくないんじゃない?」
あいが答えず、立ち上がる。
つぐみ「待って!」
一瞬あいが立ち止まるが、やがてそのまま姿を消してしまう。
しばし後、再び西が部屋に入って来る。
つぐみ「マスター……」
西がつぐみの目隠しを外す。つぐみは目を閉じたまま。
つぐみ「いいよ」
西「……?」
つぐみ「つぐみ、死んでもいい。マスターが、そうしたいなら……」
柴田が、あるる館へ戻って来る。
扉のそばに佇むあいが、扉の中へと消えてゆく。慌てて柴田も扉を開く。
そこへ店の中ではない。目の前には踏み切り。
目の前に映し出される過去の光景。線路の向こうに、あいと西がいる。
柴田「テツ……!?」
あいが西に藁人形を渡す。
柴田「地獄少女に会ったんだな…… お前があゆみを流したのか?」
西の指が、藁人形の赤い糸にかかる。
柴田「やめろ…… やめろぉ──っ!!」
糸が解かれる。
次の瞬間、周囲が真っ暗な空間と化す。
虚空から柴田を取り囲むように現れる輪入道、骨女、一目連。
輪入道「怨み……」
骨女「裏切り……」
一目連「悲しみ……」
そして、あいが現れる。
あい「輪入道」
輪入道「あい、お嬢」
輪入道が黒藁人形と化し、あいの手に収まる。
あい「あなたが本当に怨みを晴らしたいと思うなら、この赤い糸を解けばいい」
差し出された藁人形を、柴田がひったくるように受け取る。
あい「あとは、あなたが決めることよ……」
突然、道路上に投げ出される柴田。目の前の建物に「澤崎」の表札。
柴田「つぐみぃ!」
柴田が中に駆け込むと、室内で西が座り込み、つぐみが隣で、西の肩に頭をあずけている。
柴田「テツ……!」
西が立ち上がる。そのまま、つぐみの体が床にごろんと転がる。
柴田「つぐみ……?」
西「遅かったな」
柴田「つぐみぃ!!」
動かないつぐみに駆け寄ろうとする柴田を、西が取り押さえる。
柴田「つぐみ! つぐみ…… つぐみ!」
西「俺の苦しみがわかったかぁ!?」
柴田「つぐみ! つぐみぃ!!」
西「姉貴が死んだとき、俺はこの身が引き裂かれる思いだった! だがな、あの記事を書いたお前と、あゆみさんはいつも幸せそうだった! 店で会うたび、俺は抑えきれない憎しみが膨れ上がっていった!」
柴田「……」
西「俺の姉貴はなぁ、お前の振りかざす正義に殺されたんだよ!!」
柴田「違う……」
西「何が違う!? 全部お前のせいだろう!? あゆみさんがいなくなった後のお前、無能だったよ。幸せなんて、脆いもんだ……」
柴田「俺は…… あの記事を書いちゃいない。あのとき、俺はニューヨークにいたんだ」
西「嘘をつけ!」
突如、着物姿のあいが現れる。
あい「あなたの怨みが…… 真実を曇らせる」
西「真実……?」
あい「自分で確かめなさい」
西の周囲の景色が変わる。
西「ここは……?」
目の前に、過去の光景が繰り広げられる。 応接室で稲垣と、若槻ファンド代表・若槻淳也が話し込んでいる。
稲垣「記事をでっち上げるのはかまいませんが、それなりの……」 若槻「報酬なら、お約束しますよ」 稲垣「これで…… 澤崎は終わりですね」
今度はジャパン・ナウ編集部。 柴田が稲垣のもとへ殴り込んだ景色が流れる。
稲垣「おぉ、柴田」
柴田が稲垣を殴り飛ばす。
稲垣「何の剣幕かと思えば……」 柴田「金で書いたな! なぜ俺の名前を使った!?」 稲垣「何かあったときの保だよ。お前がニューヨーク支社に赴任になった日に、入稿させてもらったよ」 |
西「嘘だ…… お前が書いたんだろ!?」
柴田「……」
西「そんなぁ…… それじゃ、それじゃ俺が今までしてきたことは…… 何てことを、何てことを……!」
西が、がっくりと崩れ落ちる。
西「姉貴と2人で生きてきた。高校も姉貴が出してくれた…… 結婚して姉貴は、姉貴はやっと幸せになれたのに…… あゆみさんを地獄に流し、それから5年待った……」
柴田「……」
西「つぐみちゃんが、死んだ姉貴の娘と同じ年になるまで…… 姉貴の無念を晴らさなきゃいけないと思った!」
あい「人間は、罪深い生き物…… 心の闇が怨み生む」
西「俺は、ピエロだ……!」
西の目から、涙がボロボロと流れ落ちる。
柴田が動かないつぐみを見やり、懐から黒藁人形を取り出す。
柴田「テツ、俺はお前を許さない……」
西「……」
柴田「でも、俺はお前の苦しみに気づけなかった……」
柴田が人形をあいに差し出す。
柴田「返す」
あいが人形を受け取ろうとする寸前、西がそれを奪う。
柴田「テツ!?」
西「決着は…… 自分でつける」
柴田「やめろ、人形を返せ……」
つぐみの指がぴくりと動く。つぐみは死んでいない!?
西は涙をうかべつつ、かすかに頷く。
糸が解かれる。
輪入道「怨み、聞き届けたり──」
西が消える……
三途の川。あいが櫂を漕ぐ木舟に、西が乗せられている。
西「人を呪わば…… 穴二つ」
木舟が鳥居をくぐり、地獄へと流れて行く──
つぐみが気がつく。
柴田「つぐみ……」
つぐみ「お父さん……? お父さん!」
柴田とつぐみが抱き合う。
つぐみ「お父さん…… 地獄少女に会ったの?」
柴田「……あぁ」
つぐみ「……」
柴田「さぁ、帰ろう」
つぐみ「うん……」
柴田が、ガラスに映る自分に気づく。首元に、地獄の刻印が浮かび上がっている。
それは地獄行きの証。そして、西がずっと抱いていた苦しみの証……
雑踏の中を歩く大滝警部が、携帯を受ける。
大滝「そうか、夏目は解散したか…… いや、いやいや俺はいい。これからは悠々自適に過ごさせてもらうよ。あぁ」
大滝が暑そうにYシャツの襟を緩め、首元から地獄の刻印が覗く。
若槻を地獄へ流した依頼者、それは大滝警部だったのだ。
あいの自宅。
輪入道「人は、なぜ怨みを抱くのか……」
骨女「抱いた怨みを晴らしてみても、再び怨みは沸いてくる……」
一目連「お嬢の務めに、終わりはあるのかな……」
骨女「因果だねぇ……」
輪入道「ま…… それが人間ってぇもんか」
あいの祖母の糸車がカラカラと鳴る中、あいのパソコンが起動する。
祖母「あい、届いているよ……」
今日もまた、尽きぬ怨みが、地獄少女のもとへ届けられる──
最終更新:2017年06月25日 18:16