推敲予定
ロンデ王国。
街中には石炭の燃える匂いと噴き出す蒸気、歯車が軋む音が響き。
海や川には鋼鉄で出来た幾隻もの戦艦、空にはガスを詰め込んだ浮き船の姿。
それはロクシア世界において非常識な程に異端ともいえる国である。
大陸との交流は海上で吹き荒れる巨大な嵐の為に殆ど無く、半ば自然の鎖国状態。
そんな条件下の国、その裏側では…。
王宮の書庫で、一人の少女が一冊の本を手に取った。
眼鏡をかけた銀髪の少女である。
大事そうに本を抱えて歩き、お気に入りの席に座ると前回まで読んでいた頁を開く。
その箇所はまだ最初の数十頁目であったが、前回はそこまで読んだ所で邪魔が入った為にそれ以降が読めなかっただけなのである。
本の内容は幾度も読んだ為に覚えてはいる。
しかしこれは何度読み返しても飽きる事のない、彼女にとってお気に入りの本なのだ。
この世界ではない遠き場所からやってきた一人の青年が悲しみに暮れる民を助け、そして人々を率いて強大な敵と戦う英雄譚。
今読んでいる箇所は島を脅かす魔物の軍勢に戦いを挑む決意を固めるシーンであり、何度読んでも心躍るシーンであった。
やがて主人公の青年は戦いを通して英雄から王となり、この地をロンデと名付けて今まで自分を支えてくれていた娘を王妃として迎え幸せに…。
「…様…、ヴィルナリンデ様」
突如、耳元で自身の名を呼ばれ、思わず「ひゃあ!」と変な声が出てしまう。
名を呼んだのは自身の下で働く数人の侍女の内の一人であった。
本に集中していた自分が言うのも何だが、完全に気配を消して近寄るのはやめてほしい。
いい所を邪魔されたので抗議をしようと口を開きかけたが、一瞬の差で侍女の方が速かった。静かな口調で先制を取られてしまう。
「ブラウン卿からの定期報告が届いています、それと例のモノも」
「…」
「分かった、直ぐに」
彼女は席から立ち上がると閉じた本を別の侍女に預け、速足で自身の執務室に向かう。
そして執務室の扉を開けた向こうには一人の侍従が直立の姿勢でヴィルナリンデの到着を待っていた。
「待たせた、楽にして」
そう言い席に座る。
「では、こちらを」
侍従が小さな封書をヴィルナリンデに差し出した。
(あいかわらず分厚いのだろうな…)
古風趣味な刻印のされた蝋の封を剥がし、中から取り出した一枚の何も書かれていない白紙に"ワード"を唱える。
するとその一枚の紙はヴィルナリンデの手の上で数百枚にも及ぶ、びっしりと文字の書かれた書類の束へと変化した。
その一枚一枚を見落としが無いよう真剣に目を通していく。
差出人の『ブラウン・ウォレンス』なる人物は
ロンデ王国海軍所属の諜報部員であり、現在は
ドレビアナ王国に潜入して様々な工作活動を行っている。
彼の送って来る書類の内容は理解しやすい上に慇懃。能力的にも非常に優秀な男である。
だが、彼のその本質は見た目とはうって変わって非常に不真面目な態度の目立つ人物なのだ。
仕事とプライベートを分ける常識はきちんと持ち合わせてはいるのだが…。
(やはりあの男は苦手だ)
この男の出自、つまり"異世界からの客人"という事がヴィルナリンデの心の何かに微妙に引っかかるのである。
物語の青年のような容姿なのに、その正体は鬼畜系の入ったエリートというのが…。
ロンデにおいて異世界からの来訪者、"客人"と呼ばれる彼等を保護し重用するというのは国策の一つだ。
この国に時折現れる彼等は魔力持ちであろうとなかろうと、必ず何らかの技能や知識を持っている。
建国から数百年、この国の発展には必ず彼等の存在があったのだ。
書類の束を数分で読み終えたヴィルナリンデはそれを専用の箱に入れ、次の手をどうするか思索を巡らす。
(しかし通商顧問は兎も角、あの男が
奴隷解放軍とは)
彼には円滑な計画遂行の為に臨機応変的に動く権限が与えられてはいたが、報告の中には冗談としか思えない内容もあるのが色々な意味で苦笑モノだ。
ブラウン・ウォレンスの本当の性格を知っているとその状況はまるで喜劇である。
(どちらかと言うと、満面の笑顔で奴隷を酷使する方が似合う男だろうに)
実際はそのような事は無いのだが、これは単に彼女の持つ彼のイメージである。
しかし
奴隷解放軍とあるが、ロンデにおいて奴隷と言うものは既に"表向き"存在しない。
そのような制度は客人達によってもたらされた様々な技術の発展と思想の下で自然と消え去っていった。
そして今現在、自由を得た彼等の子孫達はロンデを支える国民として様々な分野で活躍している。
ある者は客人の下で技術を学び、ある者は兵士として脅威と戦い、そしてある者は王宮の片隅にある執務室で書類の束を読んで思索しているのだ。
報告書の内容から導き出された幾つかの案を数枚の紙に乱雑に書きなぐり、それを一纏めにして引き出しに仕舞い込む。
細かな修正等を行うのはドレビアナ以外の東ギールシクリヒト各地に潜入させている諜報員達の報告を待ってからだ。
「これでよし、次を」
侍従が次に差し出したのは何の変哲も無い普通の封筒であった。
ブラウン卿が送ってきた魔法の封書とは違う、民間で広く使用されている少し大きめのモノである。
その封書の隅に記載されていたのは王室直轄地の海辺の町にある小さな造船工廠の名と、そこの所長である客人『ネモール・ジュール』の名。
ヴィルナリンデは封を解くと、中に入っていた数十枚の低俗を売りにしたタブロイド紙の切り抜きの束を取り出し、先程と同じようにワードを唱える。
低俗記事満載の紙面が消えてゆき、それを塗り潰すように浮かび上がったのは文字列と幾つかの図面。
その図面として描かれていた物はエイとサメ、そしてカジキと言った魚に様々な海の魔物をキメラにすればこのような形状になるのかもしれない。
それは異形の中に美しさを秘めた、鋼鉄の身体を持つ海の魔物。
「おおおお…」
そしてそれを一読した彼女の口から漏れたのは感嘆の声。
『新型潜水戦艦:ノーティラス』
それがこの仕様書に描かれたモノの正体であり、ヴィルナリンデが待ちかねていた極秘計画の一手であったのだ。
「陸のビッグ・スチーム、そして海の鋼鉄船。我らもそれに匹敵するものを繰り出さねばならなかったからな」
小休憩に入ったヴィルナリンデは侍女が淹れた紅茶を口に運び、執務室の壁に貼られている一枚の色褪せた
世界地図を眺めてそう呟いた。
これは彼女が生まれるよりも遥か昔、先達が様々な方法で集めた情報を元に作られた骨董品とも言える地図である。
それは全てが記されていない、不完全な
世界地図。
今では精巧な作りの地図が出回っている為、このような古いモノは歴史的価値以外に一切の用途はない。
この執務室に飾ってあるのは、単に彼女がこの地図が好きだという理由だけなのだ。
彼女の視線は地図ほぼ中央のラタスと書かれた海洋からユグレス大陸、そして
アヴァリス海を超えてゆっくりと左端下に移っていく。
そして辿り着いたその先、漆黒に塗り潰された海域の只中に描かれている小さな島が一つ。
この小さな島こそがロンデなのである。
「忌々しい海だよ」
漆黒に塗り潰されている箇所を見て彼女は呟く。
この場所こそが、ロンデを世界から隔絶する"アヴァリウス・アサレート"と呼ばれる広大な嵐の海。
吹き荒れる暴風と荒ぶる波は魔法と物理両属性を持つ壁となり、空は勿論、最新鋭の鋼鉄船ですら乗り越える事が困難な領域であった。
だが、たとえそのような場所であっても人々はこの領域を突破せんと挑んだ。
数多の冒険者達が帰らぬものとなったが、僅かな光を掴む事の出来た彼等の活躍によってロンデは世界の広さを知る事が出来たのだ。
そして同時に、挑戦者達によってアヴァリス・アサレートを表す言葉が生まれる。
『挑む者は奇跡の導き手を見捨てよ、見捨てた数だけ地獄の先に進む事が出来るだろう』
この海域を突破するには数多くの精霊使いや魔法使いの犠牲が必要と言う意味だ。
魔法による船の護りや、荒ぶる海精を鎮め正しき道を指し示す高位の精霊使い達。
そんな彼等であっても僅かな一瞬で防御は破られ、精霊に拒絶される領域。
一海里進む度に一人を失う。
そして導き手を全て失った時、絶望と破滅、僅かに残った栄光を秤に乗せた分の悪い賭けが始まるのである。
しかしある時、アヴァリウス・アサレートに挑む船乗り達の間で一つの噂話が持ち上がった。
それは凄まじい嵐が海上で吹き荒れていようとも、海底には遥かに穏やかな世界が広がっているという話である。
噂の発信源は船から投げ出され、狂った精霊の気に中てられたものの海流により運よく浜辺まで流れ着いた一人の冒険者の戯言だ。
誰もがそれは精霊の見せた幻覚だと一笑した。
だが数十年前、一人の客人がその噂話に興味を覚える。
その客人は海洋と気象に関する幅広い知識を持つ者であり、彼の理論と探求心と情熱は身元を預かる海軍を動かし、王国の支援を受け調査が開始されたのだ。
そして彼の指揮の下、年単位に及ぶダイビング・ベル等を使った海域調査の末に噂話は現実の事象として証明される事となる。
海底域全てではなかったものの、一部の海底がその条件に合致したのだ。
それからも幾つもの発見を成し遂げ、更なる海の秘密を求める彼によって海域の調査は継続されたが、そんなある時に不幸が発生した。
調査から帰途の途中、船が魔物の襲撃に逢い客人が帰らぬ人となったのである。
だが、彼が死んでもその意思が失われる事は無かった。
彼の情熱を引き継いだ弟子達により海域の調査は継続されたのだ。
弟子等によって海域の探索は次々に進められ、そして遂に最大の発見がロンデ全土を沸かせる事となる。
奇跡と偶然、そしてそれらを探し求める情熱によって見つかった、この海でたった一か所の航行可能な箇所。
それには客人の弟子であり、調査団を率いていた船長の名が冠された。
"アヴァリウス・ルビーロ航路"の発見である。
しかし航行可能とは言え危険度は変わらず高く、実際は嵐の中央を突破するよりは僅かにマシな程度。
嵐と嵐の僅かな隙間を渡るという非常に狭い、深山の渓谷のような航路ではあるが、その発見は水中探査の存在そのものを消し飛ばすには充分であった。
そして発見の報から殆ど時を置かず、この航路を渡る事の出来る実力を持った一部の商家による大陸産物資の買い付けが行われ始めたのである。
しかしそれらの活動は新たな問題を生み出していく。
それは
グリルグゥルデン帝国を始めとする軍事大国や強大な魔族と言った多くの危険な勢力が蔓延る大陸側にロンデの存在を知られる訳にはいかないという事情からであった。
ロンデに足りない物を外から調達するという名目とはいえ、事前に各地に潜入させている諜報員による情報操作や偽装の徹底、秘匿にも限度はある。
出入りする船が多くなる程に露見する可能性は高まるのだ。
可能なら今すぐ全ての商船の活動を見直し、指導と制限の徹底を図りたいぐらいである。
「一部貴族共の嗜好品買い漁りだけでも頭の痛い問題だと言うのにな」
ヴィルナリンデは思わずそう愚痴てしまった。
国内最大の大貴族である『フォーマルハウト侯爵』がそれらの問題について国王に報告、対策の具申をしているようだが、それも諜報部には頭の痛い問題である。
調査によると強硬な開戦推進派の筆頭である侯爵はその問題を利用し、商船の全面的な運航停止を計画。
物資の枯渇を誘発させ国内の開戦気分を盛り上げ、そうした上で兵力を乗せた大艦隊を大陸侵略に向けて派遣しようとしているのだ。
ロンデ王と諜報部が目指しているのは大陸各国の力を内側から削ぎ、思想を啓蒙した上で先進的な国家連合の枠組みを作り、そして
ロンデ王国がその盟主となる事である。
軍事力に訴える事を悪とは言わないが、侯爵に今そのような暴挙に出られると我々諜報部がこれまで行ってきた活動が根底から破綻しかねない。
それに侯爵の掲げる思想はあまりにも前時代が過ぎている。
「選民思想に大陸の植民地化、奴隷制度の復活か」
侯爵の思い描く世界は、我らの思い描く世界とは余りにも違いすぎる上に非常に危険であった。
国王を始めとした穏健、啓蒙派によって開戦派の暴走はギリギリのラインで食い止められてはいるが、それもいつまで持つのかは不明。
彼等の"世界征服"の準備は今この瞬間も着実に進んでいるのである。
話を少し戻そう。
潜水船の開発に至った"本来の"経緯は、この海をただ一人の犠牲なく超えると言う事である。
海域の突破にはたとえルビーロ航路であっても魔法使いや精霊使い達の力が必須であり、今現在運航されている商船でも彼等の損耗が問題となっていた。
昔のように命まで失う事は減ったものの、最低でも数ヶ月に及ぶ魔力の枯渇状態に陥ると言う事例が多数あるのだ。
蒸気式装備によって戦力や突破力が大幅に増強された現在の軍においても、魔法使いや精霊使いは今も昔も変わらず貴重な戦力である。
彼等をアヴァリウスを超える為だけに損耗させる訳にはいかない。
ならばどうすればいいのか。
その答えは既にアヴァリウス・アサレートの秘密に迫った客人が証明していた。
つまり、ルビーロ航路の発見によって忘れ去られた、海底領域を使った航路の確立だったのである。
しかし、航路はあっても技術的な問題が立ちはだかった。
従来の母船が必要な小型潜水装置では話にならず、単独で運用可能な潜水装置が必要となる。
勿論ではあるが蒸気機関は使えない。術者の魔力を動力源として使えば計画の意義そのものが破綻してしまう。
そして計画が行き詰まりかけた時。
この計画をどこかで知り、ゴリ押しとも言う果敢さで自らを売り込んできた変人…もとい客人"ネモール・ジュール"によって問題の尽くが解決する事となる。
彼は実験段階であった魔力発電機を自らの持つ技術と発想で大幅に改造し、実用に十分耐える動力として我々に提供したのだ。
それにより見事我らの信頼を勝ち得たネモールの目立った問題と言えばただ一つ。
『優れたものを作りたい、他人の金で!』という、趣味最優先の性格ぐらいである。
(適切な開発環境を与えた上、演劇的なシチュエーションを整えてやる事で制御可能だったのが幸いだったな)
当時の事を思い出し、彼の手綱を握るという雑務を命じられていたヴィルナリンデは苦笑した。
しかしネモールの考案、作成した物は確かな性能を持っており、ブラウンを始めとした諜報員や報告書の輸送には彼の作った中型潜水船"ロンデフイッシュ"が使用されている。
鋼鉄船に比べるとはるかに小さく、おまけに非武装ではあるが確実な輸送任務の達成。
このロンデフイッシュによって水中航行による輸送計画は成功を収めたが、計画そのものは残念ながらこのまま幕を閉じる事となった。
理由としては例のフォーマルハウト侯爵を筆頭とした勢力による横槍が大きい。
彼等が言うには『そのような秘密輸送に使う予算があるならそれを最新型の大型城塞艦建造に回せ』との事。
結果、彼等の息の掛かった議会によって潜水輸送計画は凍結する事となったのだ。
ロンデフイッシュは軍上層部預かりとなり、この先も細々とした輸送に使われるようではあるが、得られた多くの事はこれから先のロンデ発展に寄与する事は無いだろう。
潜水船の開発と造船場の解体は既に完了しており、あと数日もすれば計画の中心であった第三作戦参謀室も他の案件担当として従事する事となる。
「まったく、何が『積載量の少なさが問題』だ、ロマンの解らぬ開戦派どもめ」
だが、彼女の口元には薄く笑みが浮かんでいた。
その理由は、此度のこの措置によって彼女達がこれから行う演目の準備が整いつつある事から来るものだ。
ヴィルナリンデは信頼できる、侍女と侍従に扮している部下達に宣誓する。
「さぁ、開演の最終準備に入ろう。我らロンデの目指す新たな世界の秩序を守る為に」
ロンデ王国海軍諜報部、第三作戦参謀室には一つの命令が与えられていた。
それはロンデ国王直々の勅命であり、上位機関である第一第二作戦参謀室にすら秘密にされている計画である。
内容は短くたったの数行。
『持てる全ての実力を以って開戦派を阻止、その戦力を減退せしめよ』
議会の承認を得、大陸への侵攻が決定されてから数か月後…。
大陸侵攻作戦の準備が着々と進む中、旗艦として使われる予定だった最新鋭大型城砦艦がロンデ沖で訓練中、謎の生物の襲撃により沈没する事件が発生。
報告を受けた海軍はすぐに重装甲艦を主軸とした十隻からなる救助兼討伐艦隊を編成し出撃、生物を発見し撃退の為に攻撃を開始するものの失敗、逆襲により討伐艦隊の六割が航行不能となる。
この謎の生物(魔物)はどうやらルビーロ航路に近寄った城塞艦群を主な獲物として狙っている模様であり、たったの数週間で出撃したかなりの数の艦艇が破壊されていた。
『ルビーロ航路を巣としている新種の魔物の仕業』
『これは驕る人間に対し海の神が呼び寄せたしもべである』
『開戦に反対している一派による反抗、もしくは狂言だろう』
人々の間で様々な憶測が飛び交う中、海軍はルビーロ航路付近へと近寄る事に慎重になり、一部では航路への突入を急がせたい開戦派との確執が始まっているとも聞く。
突然現れたこの脅威に対抗する為、更なる攻撃力と防御力を持つ旗艦級城塞艦が建造されているという噂もあるが、これにより大陸への武力進出は少なくとも数十ヶ月は延期となるのが確かとなったのだ。
漆黒のロンデの海の底。
ノーティラスに乗り込んでいるヴィルナリンデは自室である船室でお気に入りの本を読みふけっていた。
それは王宮の書庫から持ち出した数十冊の内の一冊である。
今読んでいる頁は、魔物達の王である上位魔族との一騎打ち。
主人公の持つ聖剣と魔族王の持つ魔剣は打ち合う度に大地の形を変える程の衝撃を生み、魔法で強化された互いの鎧が淡い光を発してその衝撃を緩和させてゆく。
僅かな隙すら逃さぬとばかりに二人の戦いは更に激化し、やがて自然と鍔迫り合いになり会話が始まる。
「…ンデ様!…ヴィルナリンデ様!」
突如、部屋の外から自身の名を呼ばれ、思わず「ひゃあ!」と変な声で叫んでしまう。
名を呼んだのは共にノーティラスに乗り込んでいる数人の部下の内の一人、かつて侍女に扮していた者であった。
本に集中していた自分が言うのも何だが、完全に気配を消して名を呼ぶのはいい加減にやめてほしい。
いい所を邪魔されたので抗議をしようと口を開きかけたが、一瞬の差で部下の方が速かった。静かな口調で先制を取られてしまう。
「艦橋から報告が届いています、航路に接近する複数の軍艦艇あり」
「…」
「分かった、直ぐに」
彼女は立ち上がると閉じた本を寝台の上に置き、速足で艦橋へと向かいながらこう言った。
「全艦戦闘準備!公演を始めよ!」
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最終更新:2020年05月19日 13:39