アヴラザードと魔法のランプ


かつて、ベコ砂漠を縄張りとした大規模な砂賊の一団が存在した。
砂漠に住む遊牧民、砂漠超えの商人を標的に食料や金品、特に女を狙い容赦なく略奪した。
女好きとして知られた首領は多くの女を自分の周りに昼夜問わず侍らせていた。
首領の数多くいた息子達の一人、アヴラザードも多くの女たちに囲まれた少年時代を過ごす事となる。

首領は女が好きだった。
だが女を己の欲望の吐け口としか考えず、息子達にも女はそういうものだと教えていた。
アヴラザードも女が好きだった。
しかし彼は父の教えにいささか納得しかねなかった。

俺も、俺の兄弟も、そして父自身も、産んだのは母だ。女だ。
女がいなければ俺たちは生きていないし己の望むままには生きてはいない。
だけどここでは女は道具として扱われる。売り物として扱われる。
奪い、己のモノとしたのだから己の所有物。それはまだわかる。

しかし自分の所有物なら大事にするべきではないか?
自分だけのモノなら、もっと愛着を持ってもいいんじゃないか?

ここにいる女は皆泣いていた。
自分が可能な限り優しく接していた筈の女もまた、目の奥には絶望の色がとても色濃く見えた。
少年から青年へと変わる頃には、アヴラザードは自覚した。

『俺は女が好きだ。だが泣いてる女ではなく、幸せに笑ってる女が一番好きだ』

十八歳となった彼に、父は自らの跡継ぎに相応しいかという試験としてとある迷宮に隠された財宝を盗ってくるよう命じた。
地底深くまで続く長い洞窟の果て、数多の罠を、数多の魔物を潜り抜け、彼は突き進んでいく。
そして最奥の部屋にて、台座に鎮座した黄金に輝く小さなランプを見つけた。
その瞬間、部屋の扉は巨岩によって塞がれた。
岩を落としたのは彼の兄達だった。

試験がそもそも方便だったのだ。
父と兄は、アヴラザードが毎晩女達の鎖を解いて少しずつ逃がしている事に気付いていた。
そしてよほどの物好きしか近づかない辺境の迷宮に飛び込ませ、攻略に失敗して死んだ未熟な馬鹿息子として処分するつもりだったのである。

押しても引いてもビクともしない扉に困り果てた彼は、とりあえず明かりを確保しようとランプを手に取り火を灯す。

その瞬間、眩い光と共に彼の目の前に一人の少女が現われた。
彼女は自らを『願いを叶える道具』と言った。
太古の昔、とある大魔導師によって生み出された願望器に宿る精霊であり、長い年月で貯め込んだ魔力を用いて三つまで願いを叶える存在であると。

話を聞いたアヴラザードは少女に一つ尋ねた。願いを叶え終えたらどうなる?と。

また次の願いを叶える為の魔力を集める為、数百年ランプの中で過ごす事になる。
それが自分の存在意義であると、少女は笑顔でそう答えた。

その少女の瞳に、アヴラザードは自分の周りにいた女達と同じ絶望がある事に気付いた。

アヴラザードは願った。
まずは若々しい今のまま、朽ちる事のない力強い肉体を。
次に誰にも負けず、どんな事でも己の力で創り上げられる魔法の力を。

少女はランプに蓄積された莫大な魔力でそれを叶えた。
アヴラザードはこの瞬間、彼女を生み出した魔導師にも匹敵する偉大な魔法使いとなった。

最後の願いを少女は待った。
しかし、アヴラザードは少女ではなくランプに向き直ると、その小さなランプに向けて自らの魔法の力を叩きこんだ。
驚く少女にかまわずアヴラザードはランプに魔法を放ち続け、遂にランプにヒビが入り、粉々に砕け散り……次の瞬間、彼の魔法によって元通りに修復された。

『これでこのランプの支配権は俺に書き換えられた。最後の願いを言うぞ。
 お前は願いを叶え続ける必要はない、もう砂の下で独りで眠るな!これからは俺が俺自身の願いを実現する!!』

アヴラザードは高々とそう宣言すると、慌てふためく少女を抱きかかえ、溢れ出る魔法の力で地下洞窟から脱出した。
そして父のアジトへと帰還するや否や、首領の座を奪うと宣告。
激怒し襲い掛かる父と兄を瞬く間に打ちのめすと、今度は女達に向けて言った。

『帰る家がある者は帰らせてやる!だが行く場のない者もいるだろう。
 その者は今から全員俺のモノだ!!
 しかし俺の所有物となった以上、一人残らず俺好みの女になってもらうぞ。
 俺は泣いてる女より、笑ってる女が大好物だからな!!無論お前もだ、精霊!』

砂漠に煌々と輝く太陽にも匹敵する笑顔でそう言ってのける。
この日、この瞬間、世界で最も女好きで、世界で最も女を大切にする大砂賊が誕生したのだった。



――――以上が、砂漠地帯周辺国で古くから絵物語として伝えられている『アヴラザードと魔法のランプ』の大まかな内容である。

資料ではベコ砂漠一帯を根城にしていた砂賊がある日突然壊滅したという記録こそあるものの、これをアヴラザードの実在性と関連付けるには確証が薄い。
現状では同じく砂漠の国であるペルシニア王国とそこに住む精霊(ジン)達をモデルに創作されたお伽噺だろうと考えられている。

また実際にペルシニアのジンにも話を聞いたが、物語に登場する精霊の知り合いはいないとの事。
また能力に回数制限があるなどの不完全性から、いたとしても恐らく自分達とは明確に起源が違う存在ではないかと推測した。
なお、『アヴラザードと魔法のランプ』とよく似た物語はペルシニアやクリスガーラスにも古くからあるらしい。

しかし各地では謎の女性失踪事件が稀に発生しており、目撃者の証言では『空中に現れた金色のランプに女が吸い込まれていった』といった話が出ている。
時には奴隷売買の為に輸送中だった女達が丸ごと消え去り、その後数名が家族の元に帰されていたという話もあるようだ。

帰還者に話を聞くと、『突然宙に浮いたランプに吸い込まれたと思ったら沢山の女性を引き連れた若い男が現われて家に転移させられた。身寄りの無い子はそのまま残った』との事。

ちなみに、現在では内容の一部をマイルドな描写に書き換えて健全な子供向けの宝探しや冒険譚に改訂した『アヴラザードと魔法のランプ』の小説や絵本も出版されている。


関連



最終更新:2022年06月06日 16:33