「-CROSS LIMITED 2-来訪者の意識-」
作者:本スレ 1-710様
400 :-CROSS LIMITED 2-来訪者の意識-:2012/06/24(日) 17:16:54
本スレ1-710です。
本スレ1-549様のお子様とうちの子のスピンオフな二次SSの第2話を仕上げ
ましたので、投下します。(第1話は、
創作してもらうスレ 1-310へ)
以下、属性表記です。
本スレ1-549様(本スレ1-941)の設定と、
うちの子の設定(本スレ1-710)を足した
終末戦争後の世界を舞台にした近未来ファンタジー的な二次SSです
・微エロ?かつ、二股な感じwでもって、痛覚に触れる描写あり(微小)
・ストーリーは長めで、続きあり、今後もかなりのご都合主義的展開を含む
・主な登場キャラクターは、
キリアンさん、ザックさん、ダニーちゃん、エル、β2、シオンといったところ
・今回は、キリアンさん、ザックさん、エルあたりがメインキャラクター
・設定準拠ではない表記を若干含みます
・キャラ&設定が1-549様の公式設定から外れている可能性あり
こんな感じですがよろしかったらどうぞ
401 :-CROSS LIMITED 2-来訪者の意識-:2012/06/24(日) 17:21:56
熱い。身体がとても熱くて、左足が酷く痛む。
ただ、自分自身が、とても愛おしく大切に想う、あの青年の事が頭から離れない。
流れるような長いプラチナブロンドと青銀の瞳を持つ、精悍な顔つきをした青年の笑顔が、
頭から離れない。他の事など、何も考えられなかった。
「う……β2……」
今、どんなに名前を呼んでも、もう、あいつは俺の傍に居ない。
淡い空色の髪とそれよりも若干、濃い色の瞳を持つ、端正な容姿の少年、エルはそう思い
ながら、自らの瞳に再び涙を浮かべた。
それが、自らが左足に負った、深い傷と、もう、ずっと続いている発熱によるものなのか、
今、自分自身が抱える感情の揺らぎの所為なのか、エル自身にも解らなかった。
ただ、俺は、自分自身の不注意が元で怪我をしていて。
それでも、β2が上手く計らってくれて、この家の人達も受け入れてくれたから。
だから俺は、今、この家のベッドで休ませてもらっているんだっけ。
エルは、少しずつ思考を重ねて、覚束ない記憶を整理していきながら、自分自身の置かれ
た状況を把握しようと努めていた。
そうして、未だに続く発熱によって、荒い呼吸を繰り返しながら、エルは涙に潤む自らの
空色の瞳をゆっくりと開く。
ようやく開いた彼の瞳にまず、最初に映ったのは、飾り気など全く無い、この家の灰色の
天井だった。
それでも、その天井を目にしたエルは、ほんの少しだけ、ほっとしたように溜息をついた。
ああ、どうやら、自分の認識に誤りは無いみたいだ。
でも、此処が何処なのか……もう少し、思い出さないと、だめだ。
それなのに、今、こうしていると、思い出すのは。
自分自身がこうして身を置いているのが、以前、あいつ等と普通に暮らしていた時と同じ、
大きなダブルベッドの上だからなのか、誰かが自分の服を脱がしてくれていて、左足に巻
かれた包帯以外に何も身に付けていない、この状態でブランケットに包まれている所為な
のか、解らないけれど。
これまで、ずっと傍に居てくれた、β2とシオンの優しさに満ちた温もりばかりで。
ようやく、ちゃんと、好きだって、伝えたばかりだったのに。
なんで、皆、俺の傍から居なくなるんだ。
でも、それは、全部俺の所為で。
β2にも、俺が怪我をした所為で、余計な負荷をかけさせた。
それに、シオンの事だって、元は俺の所為だ。あの時、俺の力が足りなかったから。
俺が能力の使い方を誤った所為で、あいつは、訳の判んない所に、ふっ飛ばされたんだ。
そうだよ、全部、俺の所為だ! 俺が至らなかったばっかりに!!
それなのに、俺は、こんなにも身勝手で、未だに、あいつ等と一緒に居たくて、
また逢いたくて、仕方ないんだ。
そんな風に思考を巡らせて、エルは自らの空色の瞳に再び涙を浮かべた。
β2とシオンは、同じ遺伝子モデルを用いて、生み出された人工生命体だ。
二人は、同じ遺伝子モデルを使用して生み出されている故に、髪の長さと、左の腰の辺り
に小さくβ2と打たれた刻印の有無以外に、外見上に異なる部分は無かった。
エルは、そんな出自を持つ彼等二人の事を、自分自身にとって欠かす事の出来ない、本当
に大切な人なのだと、認識していた。
そうして、エルは、自らが大切に想う二人の青年へと、再び想いを馳せる。
アイツら二人ともそれぞれに、互いに認め合えていたはずなのに。
なんで、また……こうして離れる事になったんだ。
シオンは、俺の存在を初めて受け止めてくれた人だから。
一部の人間の私欲と利得によって生み出された、背中に透明な四枚羽根を持つ人工生命体
である自分の事を好きだと言ってくれた。
何のしがらみも、掛け値もなく、ただ、俺の事が好きだと、そう言ってくれた、初めての
人だったのに。
人を悦ばせる為の見た目と、護衛としての最低限の力しか持ち合わせていなかった、何を
やらせても中途半端な劣等感の塊だった俺の事を、それでも好きだと言ってくれたんだ。
だからこそ、本当に、誰よりも大切にしたいと思っていた人なのに。
β2だって、シオンよりも殊更純粋に、俺という存在、唯一人を真剣に求めてくれたのに。
例え、同じ遺伝子モデルを用いている奴や、同じ生体コードを持つ奴が他に居たとしても。
それでも、一人ひとりが持つ気配は、その人、個々人々に応じて、異なるものなんだって、
本当に大切で、ごく当たり前の事を、β2が俺に教えてくれたんだ。
それに、β2は、シオンに成り替わるべく思考の動機付けが後付けされていたという事を
乗り越えて、俺と、シオンの三人で一緒に生きていこうと、そう言ってくれた人だから。
やっと二人に好きだって、伝えたのに。
もう、二度と離れたく無かったのに。
でも、それは、俺が自分自身の力を全て、解放したあの瞬間から叶わない事になった。
俺が、最後のプロダクトコードの一部を持つ者だから。
俺が、他の人工生命体とは違うから。
だから、俺と一緒にいる限り、シオンもβ2も、研究所から追われ、狙われ続ける。
それなのに、俺は!!
「……β2、シオン……」
エルは無意識のうちに、涙を零しながら、自らが大切に想い慕う青年達の名を、途切れそ
うな小さな声で、呼んでいた。
解ってるのに。
あいつ等の名前を呼んでる場合なんかじゃないって、そんな場合じゃないって、
判ってるのに。
何で、アイツらの名前を呼んでるんだろう。
そんな事を思いながら、未だに続く高熱の波に再び呑まれるようにして、エルは意識を混
濁させていく。
「……ぅ、……」
「兄さんどうしよう、こいつ、このままじゃ、もう、保たないんじゃないか」
荒い吐息を零し、左足の傷の痛みと高熱に喘ぐエルの様子を傍で見ていたキリアンは、彼
と一緒にエルの容態を見守っていたザックの方へと声をかける。
「傷口から身体に入った雑菌に対処する為に、身体が自然と反応を返すから……
だから、熱が下がらないんだろうけど……そろそそろ、限界かもしれない。
キリアン、彼に抗生物質を投与してやってくれないか」
その声に、エルの容態へと目を遣っていたザックは、自らのオレンジ色の瞳の視線を一度、
キリアンの方へと戻した。
ザックは、そうして、キリアンに返事を返しながら、ベッドサイドテーブルの上に用意し
ていた、水と、小さな袋にパウチされている錠剤を乗せたトレイを手に取り、それをキリ
アンの方へと差し出す。
「抗生物質って?」
「これだよ、β2が……彼が置いていった、この薬だ」
「どうやって? 今、こいつ、一人じゃ薬なんて、飲めないだろう」
「口移しだ」
「はい?」
キリアンは、その言葉を聞いた瞬間に、自らの動きを止めて、自らが兄と認める少しだけ
くせのある白銀の髪とオレンジ色の瞳を持つ、15歳程の容姿の機械式アンドロイドの少
年――ザックの方を見ていた。
小さな頃から自分の事を育ててくれた兄として、格別の信頼を置いている、ザックから言
われた、その言葉の意図を自分にしては、珍しく掴み損ねた気がしたからだ。
やがて、キリアンは一拍置いてから、ようやくザックへと返事を返す。
「え……ええぇっ! 口移しって、この坊ちゃんにか!?」
「ほかに方法がない」
普段と変わらない冷静な口ぶりで顔色ひとつ変える事無く、会話を進めていくザックに対
して、キリアンは、その場で上半身を後ろへと仰け反らせ、傍から見れば、少し大げさに
も思える程の反応を返していた。
「はい! はいっ!! ダニーがやる! 口移しっ!」
キリアンのそんな様子に構うことなく、先程から二人の傍に居た、長い金色の髪と碧眼の
小さな少年が、自らの片方の手を高く挙げ、彼等の前に身を乗り出すようにして、弾ける
ような声で名乗り出る。
その動作にあわせて、少年の両耳の辺りの髪の毛だけが短く切り整えられている為に、傍
目には、 まるで猫の耳のようにも見える跳毛が跳ねるように揺れた。
「ダニーは黙ってなさい!!」
キリアンとザックは、ほぼ同時に、小さな金色の髪の少年に対して、視線を送りながら、
即座に少し強い口調でそう言葉を返す。
一方、そんな風に切り返されたダニーの方は、二人が発した言葉の意図するところを殆ど
理解出来ていなかった。
そうして、ダニーは、二人から返された反応に、驚いた表情のまま、少し目を見開くよう
にして、ほんの一瞬、その場で固まるように動きを止めた。
だが、その直後に、自分がそれをしてはいけないのだということと、この場で引き続き、
大人しくしているように、という意図からの言葉だと解ったようで、一度、少し不満気に
頬を膨らませる。
それでも、ダニーは、再び大人しくして、その場に留まり、エルの容態を気にかけるキリ
アンとザックの様子を真似るようにして、高熱に喘ぐ淡い空色の髪の少年の方を見つめた。
そんなダニーの様子を目に留めたキリアンは、改めてザックの方へと視線を向ける。
キリアンからの視線に応じるように、いや、正確には、その前から、ザックは、既に自身
のオレンジ色の瞳で、キリアンの事を見ていた。
その視線には、暗に、この場でその行為を行えるのが、キリアン以外には居ない事を告げ
ているのだ、という意図が明確に感じられる。
「兄さん、あのね……確かに、この坊ちゃんに口移しで薬を飲ませる事が出来るのは、
今、この場では、俺しかいないけど……でも、綺麗な顔立ちをしているけど、
こいつ、明らかに男だろ!!
でもって、こいつの気の強そうな感じからすると、絶っっ対に、拒否られるし、
ものすごく怒るんじゃないかと思うんですけど!!」
「キリアンは、このひと、見殺しにするの?」
「はぁ? 誰が人を見殺しにするんだ! そんな事できる訳ないだろ!!」
「じゃあ、キリアン、お前がやるしかないだろ」
「えっ」
ザックだけならまだしも、ダニーからも思わぬ形で言い籠められたキリアンは、二人の方
を振り向いたまま、その場で、再び言葉を失くした。
「あー! もう、判りましたよ! 俺がやるしかないんだろ!!
兄さんの言うとおり、確かにほかに方法なんて思いつかなないし!!」
キリアンは、この状況に対し、少し投げやりになりながらも、自分自身の気持ちを切り替
えるようにそう言って、ザックが差し出したトレイの上から、抗生物質の袋を手にする。
その薬袋の封を切り、封入されていた錠剤を人差し指と親指で摘むようにして、取り出し
たキリアンは、エルの方へと自らの黒い瞳の視線を合わせた。
それから、もう片方の腕でエルの熱で火照った身体を抱き起こすようにしながら、キリア
ンは、彼の唇へと、抗生物質の錠剤をそっと充て、そのまま声をかける。
「エル、判るか。ほら、薬だ。飲めるか?」
キリアンから受けた言葉と、口元に充てられた錠剤の感触に、気を留めたエルは、自らの
空色の瞳を再び、ゆっくりと開く。
エルは、キリアンの呼びかけに応じて、相手から差し出された指先を、そのまま、一度、
ほんの少し掠めるようにして、舐めた。
その後で、自らの口元に充てられた相手の手元に、自らの片手を添えたエルは、キリアン
が全く知らない人物の名を、小さく掠れた声で、途切れ途切れに、呼んだ。
「……シ、オン?」
「えっ? ……それ、誰だ……って!? うわ、違、何やってんだ!!」
「……逢いたかった。
本当に逢いたかったんだ。好きだよ……俺は、アンタの事が本当に、好きなんだ」
相手の指先にある錠剤の感触を確認していたにも拘らず、エルは、それを舐め取る事をし
なかった。
エルは、ただ、一層の激しさを帯びて自らの中に湧き上がる感情の赴くままに、空いてい
たもう片方の腕をキリアンの背中へと廻し、相手の身体を自らの方へと強く引き寄せる。
同時にエルは、最初に相手の手許に添えるように置いていた、自らの掌にも改めて力を入
れた。
キリアンに対してそんな所作を行った直後に、エルは、空色の双眸から涙を溢れるように
零しながら、再び、自らの想いを目の前の相手に告げる。
「……好き、だよ……」
エルは、キリアンにそう告げてから、錠剤を摘んだままの指先に再び軽く口付けた。
それから、相手の二本の指先を先程よりも深く、自らの口に含み、指の間を舐めるようにし
て、キリアンの指から錠剤を受け取り、それをそのまま、飲み込もうとした。
「……く、っ、は、あっ!」
しかし、エルの熱を帯びて渇いた咽は、その錠剤を受け付ける事が出来なかった。
エルは、キリアンの指を自らの口元から外し、辛そうな表情を見せながら、折角飲み込も
うとしていた錠剤を吐き出しそうになり、咳き込みながら、荒い呼吸を繰り返した。
「……おい、坊ちゃん! 大丈夫か!」
相手の口元から自らの指先が外れた瞬間に、キリアンは、すぐさま、その手をエルの背中
へと添えた。
それから、キリアンは、エルの身体を両手で抱き抱えると、切羽詰まった、その表情のま
まで、今度は、ザックに声をかける。
「兄さん! 水、水っ!!」
その言葉とともに、キリアンは、自らの片腕をエルの身体から外し、隣に居たザックの手
許にあったトレイの上から、水の入ったグラスを掻っ攫うようにして手に取った。
そうして、考える間も無く、グラスの水を自らの口に一気に含んで、空のグラスをトレイ
の上へと、少し荒い動作で置き返す。
直後に、キリアンは、自らの口に含んでいた水を飲ませようと、エルに対して咄嗟に口付
けていた。
「んぅっ!」
相手に口付けたその後で、キリアンは無意識のうちに、エルの顎の辺りに片手を添え、彼
が喉を少し上へと上げながら、口元を軽く開くように仕向ける。
それは、そうでもしないと、エルに水を飲ませる事が出来なかったから故の行為だ。
「……は……ぁっ!」
エルの方も、キリアンの所作に応えようと、未だに熱を帯びた感触を持ったままの自らの
口元を軽く開き、与えられた水が口内に流し込まれると同時に、少し苦しげな吐息を零し
ながら、水と抗生物質の錠剤を一緒に、喉を鳴らして飲み込んでいった。
そうして、それを飲み込んでいく間にも、エルは、キリアンの背中に両腕を廻し、縋り付
くようにして、相手の服を強く掴む。
「……嫌だ……まだ、離れ……たく、ない……」
水と薬を飲み込んだ事を確認したキリアンの唇が、自ら口元から離れていった瞬間に、エル
は小さな声でそう言った。
その言葉とともに、エルは、相手の背中に廻していた片手をそのまま、青年の後頭部の方
へと軽く添えるようにして移すと、キリアンの顔を再び引き寄せる。
それから間を置かずに、エルは、今度は目の前の相手――キリアンに対して、まるで愛しい
相手にするように、自らの唇を重ね、口付けを施した。
「……ん、……っ!!」
エルから不意に施された、その所作と口付けに、キリアンは心底驚きながらも、それを拒
めなかった。
自らの腕で支える、こんなに衰弱しきった少年の事を急に突き離す事など、キリアンには
出来なかったからだ。
それに、この行為は、キリアンにとっては、ただ、エルに対して、水と薬を飲ませてやり
たくて、咄嗟に行ったものでしかない。
本当に、ただ、それだけの行為で、何ら、疚しい事などある筈が無いのに。
でも、一方で、今、エルが返してきている、この動作は、多分、間違いなく、キリアンの
事を自らの想い人だと勘違いしている故のものだ。
その所為もあるのか、未だに重ねられているエルの唇は、同性の男のものでもあるに拘わ
らず、熱く熱を持った感触とその柔らさも相まって、キリアンにとっても、何故か少し、
心地良いものに感じられた。
そんなキリアンの様子を未だに霞む視界に捉えたエルは、自らの行為が肯定されていると
受け止めたのか、相手へと施す口付けを、次第に深いものへと変えていく。
「くっ! ……ぅ!」
口付けを交わしたままの二人の口元からは、エルがそれを深いものへと変えていくのにあ
わせて、熱を帯びた吐息が、僅かに零れた。
もっとも、それは、元々、エルが発熱していた所為で、体温が高かったから、という所も
多分にあったのだが。
「んぅ!」
エルは、ごく自然な所作で、相手が自ら唇を割ることを促すように、キリアンの唇の間に、
熱を帯びる舌先をほんの少しだけ、差し入れる。
そうして、相手からの拒絶が無い事を確認し、その事実を受け止めてから、自らの舌先で、
キリアンの歯列を軽く濡れた音を立てつつ、優しくなぞっていく。
「ん、うぅっ!!」
自分自身が施した所作によって、キリアンが少し口を開けた瞬間に、エルは、自らの舌を
相手の口内に深く差し入れると、舌を掬うようにして、それを絡めた。
その動作にあわせて、キリアンの耳元にも先程よりもより一層、熱を帯びて濡れた籠るよ
うな音が響く。
それは、エル自らが愛しいと思う相手に対して、もっと深い心地良さを与えたいという意
図をもって施されてゆく行為に他ならない。
そこまでされても、キリアンには、エルが施すその行為をどうやったら、止めさせる事が
出来るのか、全く判らなかった。
そもそも、年頃の女性からでさえ、こうした口付けを施される事だって、数える程しか無
かったし、そんな中で、相手の機嫌を損なう事無く、上手く断るなんて事も出来た試しも
無い。
だから、熱を帯びていて、なおかつ怪我を負っているこの少年からの口付けをこの状況で、
どう拒めば良いのか誰かに教えて欲しい位だ。
ていうか、兄さん!!
黙って見てるってどういう事だ!! 助けてくれたって良いだろっ!!
キリアンが、エルから深い口付けを施されたまま、そんな想いを抱えて、少年の熱で火照
った身体を抱く腕の力を無意識に強めた瞬間に、その口付けは、不意に相手の方から外さ
れた。
「……っあ! やっと外したか!! って、あれ?」
口付けを外したエルは、キリアンの肩口へと自らの顔を一度、埋めた後で、空色の瞳から
再び一筋の涙を零した。
そうして、キリアンの身体をそっと愛しげに抱きすくめるように、自らの両腕を廻す。
「……違う? ……β2?
俺は、君の事も、本気で好きなんだ。
本当にごめん……でもね、君の事が本当に好きなんだ……β2……」
まるで、β2、唯一人のものには、どうしてもなれないのだという事を詫びるかのように、
小さな声で、そんな言葉を口にした直後に、相手の身体へと廻されていたエルの腕は、急
速に力を失い、キリアンの身体の上から滑り落ちていった。
「って、ここまでさせといて、気を失うとか、そんなのないだろう!! 坊ちゃん!!
おい、大丈夫かよ、返事しろって!」
自分の腕の中で、急に気を失ったエルの身を案じて、キリアンは、反射的に声をかけたが、
相手からの反応は全くなかった。
そんな風に相手から声をかけられているというのに、エルの方は、その端正な面ざしに涙
の跡を残し意識を失ったままだ。
「キリアン、もう、大丈夫だ。彼は大丈夫だよ。
薬と水を飲んだ後で、急に安心した所為で、今までの緊張が解けたんだろう。
命に別状は無いから大丈夫だ。
それに、上手くいけは、このまま症状が回復していくと思う」
「えっ、ああ……」
ザックが手許のトレイをベットサイドテーブルの上へと戻しながら、呼びかけたのに応じ
て、少し冷静さを取り戻したキリアンは、相手の身体から片手を外し、自らの口元を強く
擦るように拭いながら、自分自身が腕の中に抱いていた、エルの方へと再び視線を戻す。
キリアンが無意識のうちに、華奢な雰囲気を持ちながらも、身体に服を何も身につけてい
ない滑らかな筋肉の付いたエルの上半身から、整った面ざしへと視線を移していくと、
少年の表情には、安堵に満ちた、安らかな微笑みが残っていた。
「ふう、まあ、とにかく、良かった、良かった!」
エルのそんな面差しを目にしたキリアンは、相手の表情につられるようにして、自らの表
情にも、ほんの束の間ではあったが、微笑みを浮かべていた。
それから、エルの身体をそっとベッドの上へと、再び横たえて、寝かしつけるようにして、
彼の上にブランケットをかけ直す。
キリアンからのその所作を受けた、一瞬、エルは無意識のうちに、その面ざしの微笑みを
強くしたようにも見えた。
その様子を傍で見守っていたザックは、念の為に、エルの意識レベルを確認しておいた方
が良いだろうと思いながら、手自らの手許の手袋を片方だけ外す。
そうして、空色の髪の少年の頬へと自らの少し、冷たく硬質な感触を持つ、金属製の手の
甲を添わせるようにして、そっと置いた。
「ん……冷た……β2、ありがと……」
エルは、相手から添えられた手の感触に応じるように、瞳を閉じたまま、小さな声で、そ
う言うと、再び安らかな表情で眠りに落ちていった。
「しかし、本当に、手のかかる坊ちゃんだよなぁ……」
つい先程まで、エルから口付けられた事を不意に思い出したキリアンは、自らの口元を再
び少し強めに拭いながら、小さな声で呟いた。
何だか良く解らないが、この空色の髪の坊ちゃんが、少々複雑な身の上にある事は、ほぼ
間違いないようで。
おまけに、この坊ちゃんには、本気で好きだと思う奴が2人も居て。
それも、どうやら、二人とも男のようだし。
更に、この坊ちゃんは、その男相手に、平気でディープキスしてくるような奴で。
人の性癖に対して、どうこう言うつもりはないが、普通、15歳位のこの年頃の少年が、
あんなに上手く……キス……したり、そういう事が、平気で出来るもんなのか?
そうなんだよ! あんまり認めたくないけど、ちょっと気持ち良かったんだよ!!
この俺とした事が!!
でもって、このまま、坊ちゃんの症状が落ち着いてくれれば、こんな事をもう、しなくて
も済むんだとは思うけど、それでもなんか、先が思いやられる……気が、する……。
キリアンがそんな想いを乗せて無言で溜息をついた直後に、ザックの隣に居たダニーが、
再び身を乗りだすようにして、声をかけた。
「はい! はい! ダニー知ってる! こういうの! らっきーすけべって、言うの!」
「だあぁ!! 違うっ、違うっての!!」
ダニーからの言葉にキリアンが即座に反応し、ある意味、一段と真剣な表情で返事を返す
様子を目にしながらも、ザックは、それを大して気に留める事もなく、自分の右側と左側
に、それぞれ並ぶ、二人に向かって、そのまま話しかける。
「ダニー、良い子だから黙ってなさい。あと、キリアン、それから、ダニーも。
エルの容態が落ち着いてきたようだから、今のうちに休んでおいた方がいい」
「そうだな、兄さん……って、えっ、あっ! まさか……俺は床で寝るのか!!」
ザックの声に応じたキリアンは、エルがベッドの上で眠る、その様子をもう一度、目に留
めてから、その状況を踏まえて、愕然とした。
エルが左足に怪我を負っている様子から考えても、寝相の悪いキリアンとダニーが、この
家に一つしかないダブルベッドの上で、エルと一緒に、三人で眠れるとは思えなかった。
おまけに、この状況だと、ダイニングの椅子をつなげるように並べ、それをベッド代わり
に使うのは、やっぱりダニーの筈だ。
「当然だろう。俺だって床で休むんだから」
「ダニーは、あっちの椅子を並べて、ベッドの代わりにして寝ていいの?」
「そうだ。良く分かったな」
ザックは、自分の胸元より少し下の辺りに、すり寄るようにして纏わりついてきた、ダニ
ーの頭を一撫でしてから、そのまま、ダイニングの方へと向かって歩いていった。
それから、ザックは、ダイニングデーブルと対になった4脚の椅子を手近な壁へと、2脚
ずつ持って往復し、その場に椅子を横一列に並べる。
並べられた椅子は、敢えてその椅子の背の部分が、壁とは逆の方に向けてあった。
それは、きっと、キリアン程でないにしても、決して寝相が良いとはいえない、ダニーが
椅子から落ちないようにする為なのだろう。
「ダニーは、今日は、椅子の上で一人で、寝るっ! それって、お泊りごっこみたい!
ザックとキリアンは、今日は床の上で、二人で一緒に寝るの?」
「そうだな。キリアンと俺は、床に寝るしかないな」
ザックが眠る為の用意をしてくれる様子を見て、ダニーは椅子の背に掛けてあったままの
小さめのブランケットを手に取り、その場で、跳ねるようにして、思い切り嬉しそうにし
ていた。
そうして、ダニーは、ザックに対して、拙い言葉使いで、更に楽しげに会話を振った。
「あのね、ダニー知ってる!
そういうの、一つの床を共にするとか、一夜を共にするって、いうんでしょ?」
「いや、こういう場合は、単に、一緒に寝るって言うんだ」
「単に、一緒に寝るって、言うの?」
ある程度、予想していた通りに、展開されてゆくザックとダニーの会話を聞きながらも、
キリアンは、唯一人、先程と変らず、ダブルベッドの傍に立って、一言も発すること無く、
その場から動かずにいた。
それでも、暫くすると、ダイニングの方から聞こえてきた、二人の会話に対し、小さな声
で、一人、呟くように言葉を添える。
「兄さんそれ……それでもまだ何か、違う気がする……
いや、間違ってはいないけど……何か言葉の意味が違ってる気がする……」
それから、キリアンは、この先も、暫くの間、色々と先が思いやられるような状況が続き
そうな事を考え、少し憂鬱な気分になって、一人で溜息をついた。
先程より少し賑やかさを増した、この場において、そんな先々の状況を少し憂いながらも、
キリアンは、もう一度、自分の傍のダブルベッドの上へと視線を向ける。
其処には、つい先程からようやく眠りに就いた後で、こんなにも賑やかな状況にあっても、
それに気付くことさえ無く、安らかな寝息をたてて眠り続ける、エルの穏やかな笑顔があ
った。
【 続く 】
お付き合いいただき、ありがとうございました!
今回もまた、当初から書きたかったシーンに力を入れすぎたwので、
結局、旅立ってくれるところまで、全く到達せず…という有様でした…w
でもって、今回もキリアンさん達の賑やかな遣り取りを書いている辺りが、一番楽しかったよww
相変わらずな感じではありますが、次回も懲りずにお付き合いいただけると幸いです
最終更新:2013年03月20日 22:08