Top > 創作してもらうスレまとめ 1 > 1-310 「-CROSS LIMITED 1-始原の来訪者-」

「-CROSS LIMITED 1-始原の来訪者-」


作者:本スレ 1-710様

310 :-CROSS LIMITED 1-始原の来訪者-:2012/04/15(日) 17:07:57

本スレ1-710です。
本スレ1-549様のお子様とうちの子のスピンオフな二次SSの第1話を仕上げ
ましたので、投下します。以下、属性表記です。
 本スレ1-549様(本スレ1-941)の設定と、うちの子の設定(本スレ1-710)を足した
  終末戦争後の世界を舞台にした近未来ファンタジー的な二次SSです
 ・エロなし、痛覚に触れる描写あり(微小)
 ・ストーリーは長めで、続きあり、今回も今後、かなりのご都合主義的展開を含む
 ・主な登場キャラクターは、
  キリアンさん、ザックさん、ダニーちゃん、エル、β2、シオンといったところ
 ・今回は、キリアンさん、ザックさん、エル、β2あたりがメインキャラクター
 ・設定準拠ではない表記を若干含みます
 ・キャラ&設定が1-549様の公式設定から外れている可能性あり
こんな感じですがよろしかったらどうぞ

311 :-CROSS LIMITED 1-始原の来訪者-:2012/04/15(日) 17:11:25

「嫌だ……俺を置いていくなよ……君と離れるの、もう、嫌なんだ」

少年は、熱にうかされながら、霞む視界の中で、今にも消えてしまいそうな、小さな声で
そう言った。その言葉とともに、彼の空色の瞳には、涙が浮かぶ。

君が好きなのに。
離れたくなんかないのに。

そんな想いが胸中を占めていくのに合わせて、少年の頬には涙が一筋、伝い落ちる。

「エル、大丈夫だから。必ず迎えに来る」
「……嫌……」

青銀の瞳と長く流れるようなプラチナブロンドを持つ精悍な顔つきの青年は、両腕で横抱
きに抱えていた、少年の幾分、細く華奢にも思えるしなやかな体を強く抱きしめ直した。
それに応えるように、青年の腕の中の淡い空色の髪と、髪よりも若干濃い色の瞳の少年は、
か細い声をあげる。
そうして、エルという、自らの名前を呼ばれていた少年は、全くと言って良い程、力の入
らない腕で、相手の黒いミリタリーコートの胸元を掴んだ。

「聞き分けのない事を言うな。今、このままの状態で、君を連れてなんて行けない」
「……β2……でも、嫌……なんだ……」

エルという名のこの少年から自らの名前を小さく、途切れそうな声で呼ばれた青年は、そ
の小さな否定の声を遣り切れない思いで聞いていた。
自分も、自らが唯一、愛しい存在として認めている、この少年の事を手放したくはない。
それでも、今、現時点においても、研究所を抜けて以来、もうずっと――そう、未だに、
追手がかかっている状況にある。

ましてや、エルは、彼を庇いきれなかった、自らの所為で、この辺りに跋扈する異形の生
物兵器のなれの果てといった風体の生物に傷つけられ、左足に大きな傷を負っている。
異形の生物兵器といった風体の生物自体は、エルと自らの力をもって屠り、傷の応急処置
も既に終えてはいた。

しかし、今、このままの状況では、これ程に深い傷を負った状態のエルを完治させるだけ
の余力は無い。
それに、エルの身体は、つい先程から、恐らくは、この傷が原因となった発熱を引き起こ
しており、既に、自らの力で歩く事さえままならなかった。

だから。
せめて、エルの身柄だけでも、たとえ一時的にでも、安全を確保出来る場所に移さなけれ
ばならない。

β2は、自らの意図を改めて確認すると、そのまま上半身を少し屈めるようにして、横抱
きにしていたエルの額に軽く口付ける。
サイキックと呼ばれる、β2自身が持つ、特殊能力をほんの少しだけ充てた、その口付け
を受けて、腕の中の少年――エルは、気を失っていた。

「君を護りきれなくて、本当に済まない。でも、必ず、あの男の許に連れてゆくから」

既に気を失っているエルには、その言葉が聞こえていない事を承知で、β2は彼を強く抱
きしめながら、囁くようにそう言った。

          ※

「仕事を頼みたい」

その短い言葉とともに、彼は、この小さな家の前に立っていた。
時刻は、もうとっくに夕刻を過ぎており、辺りは、すっかり暗闇に包まれている。
この家は、小さな町の外れにあった。だから、ほかに主だった建物は、見当たらない。
夜の暗闇の中、降りしきる霧雨に身を晒しながら、青銀の瞳と、長く流れるようなプラチ
ナブロンドを持つ、精悍な顔つきの青年は、家の扉を叩いた。

「はい、今行くよ! ちょっと待っててね!」

一方で、この小さな家の中に居た、白銀の髪と黒い瞳の青年は、自分自身が住む、この家
のドアの外から、今までに、全く聞き覚えのない青年の声を耳にして、即座に返事を返す。
そうして、白銀の髪の青年は、それでも普段と変わらぬ様子でドアの前へと向かって行っ
た。

こんな風に雨が降っていて、しかも、日もとっくに暮れた、こんな夜の静かな時間帯に、
一体、何の仕事の依頼だろうとは、思った。
それでも、この雨の中で、ドアの前に人が立っているのかと思うと、その相手に対して、
返事を返さない訳にはいかないだろう。
青年は、そんな事を考えながら、ドアの前に立った。

「キリアン、一応、注意した方がいい。
 相手は二人だ。敵対心は無さそうだけど、銃を装備してる」
「兄さん、ありがとう。敵対心が無いなら、大丈夫でしょ」

後ろの方に控えていた、15、6歳位の年頃のほんの少しだけ、くせのある白銀の髪と、
オレンジ色の瞳が印象的な少年から、キリアンという、自らの名を呼ばれた青年は、普段
と変わらぬ明るい表情で答えた。

「いや、だから、用心した方がいいって……」

どう見ても、彼よりも年上に見える、くせの強い白銀の髪と、活力に満ち溢れた輝きを放
つ黒い瞳の青年から「兄さん」と呼ばれていた、オレンジ色の瞳の少年は、相手の青年に
対して、再び声をかけていた。

「ザック、キリアンは注意した方がいいの?」
「ダニー、静かに」
「うん、しずかにする!」

青年に対して、声をかけた直後に、オレンジ色の瞳の少年の傍には、金色の髪と碧い瞳の
7、8歳程の小さな少年が、駆け寄ってくる。
この小さな少年から、自らの名を呼ばれた、オレンジの瞳の少年は、こちら側へと纏わり
付くようにして、抱きついてきた、小さな少年の背中へと手を遣り、自らの許へとしっか
りと引き寄せた。その動作に合わせて、小さな少年の長い金色の髪が揺れる。

ダニーと言う名の小さな少年は、自らがザックと呼んだオレンジ色の瞳の少年の事を自ら
の青い瞳で、見上げるようにして見つめていた。
それと同時に、少年の両耳の辺りの髪の毛だけが短く切り整えられている為に、傍目には、
まるで猫の耳のようにも見える跳毛が僅かに跳ねるように揺れた。

そうして、ザック自らが、オレンジ色の瞳の視線の先を再び、この小さな家の玄関口のド
アの方へと遣ったのと、ほぼ同時に、白銀の髪と黒い瞳の青年――キリアンが、家のドア
を開ける。

そのドアの先には、青銀の瞳と、長く流れるようなプラチナブロンドを持つ、精悍かつ、
整った顔つきの青年が、一言も言葉を発する事なく、立っていた。

夕方近い時刻から、弱い雨足ながらも、もうずっと降り続いている雨に身を晒していた為
に、この夜の暗闇の中で、ドアの先に立っていた青年は、全身が濡れていた。
そんな状況の中で、この青年は、自らの両腕の中に、端正な顔立ちをしている淡い空色の
髪の少年の事を大切に護るように抱き抱えたまま、この場所に立っていた。

更に、青年の腕の中に抱き抱えられた少年は、傍から見ても解る程に深い傷を左足に負っ
ている。
それは、一見すると、少し華奢な身体付きをしているようにも思える、この少年が身につ
けていた若干細身のカーゴパンツの上にも、紅い鮮血が滲んでいるのが見て取れる事から
も、明らかだった。
更に、その淡い空色の髪の端正な顔立ちの少年は、負っている傷の所為か、青年の腕の中
で、気を失っていた。

長いプラチナブロンドの髪と青銀の瞳が印象的な青年は、そんなに風に重篤な傷を足に負
っている空色の髪の少年の身体を恐らくは、自らが着用していたのであろう、黒いミリタ
リーコートで包み、抱き抱えた姿のまま、この街外れの小さな家の前に立っていたのだ。

青年の服装は、若干厚手の生地の黒いいシャツに、腕の中の少年が着用しているのと同じ
ようなカーゴパンツと、ハイカットの編み上げブーツという、この辺りの他の人間が目に
しても、それ程、大きな違和感を覚えるものではない。
また、彼は、先程、ザックが告げたとおり、護身用の拳銃が差し込まれたベルトを胸元の
辺りに装備していた。

装備している拳銃は、恐らく、かなり古くから流通している軽量の回転式拳銃――S&W
M60だろう。
装弾数は5発と少ないが、1kgを超える拳銃が多いなか、これは約560gと、軽量性では
群を抜いていたし、その扱いやすさから、好んで所持する者も多かったので、比較的手
に入りやすい部類のものだ。
そうした拳銃を装備しているのも、野盗や魔物なども、うろつく事の多い、このやたらと
物騒な地域では、至って普通にも思える出で立ちだ。

だだし、それは、この家を訪れた長いプラチナブロンドと青銀の瞳を持つ青年が、夜遅い
時間帯と、霧雨の降るこの天候の中で、自らの腕の中に、左足に大きな傷を負った、15
歳位の年頃の少年を抱えて立っていた事を除けばだが。
この辺りに住まう者であれば、たった一人で負傷者を抱えて、こんな時間に出歩く事など、
決してないからだ。

「この子の一時的な身柄の確保と、指定した場所への移送を頼みたい」

青年は、この家のドアを開けたキリアンの姿を眼に留めると、相手の黒い瞳へとへと視線
を合わせてから、間をあける事なく、端的にそう言った。

「こんな時間にかい?」
「見ず知らずの貴方への非礼を承知の上で述べている。
 貴方への不仕付けな態度と非礼については幾らでも詫びる。
 それと、先に伝えておくが、俺とこの子には、追手がかかっている。
 条件の悪い仕事で申し訳ないが、困難な仕事を遂行するに値するだけの対価は支払う。
 それに、此処以外に頼める場所が見当たらなかった」

キリアンが含みのある笑顔をもって返した短い言葉に対して、目の前のプラチナブロンド
の青年は、臆する事なく、目の前の相手に視線を真っ直ぐに合わせたまま、そう告げる。
自分よりも年下の、この青年の大人びた、それでいて、真摯な物言いに、キリアンは少し
驚きながら、自分の胸の内に、ほんの少し抱えていた警戒心を解いた。
恐らく、18歳位の年頃だと思われる、この青年が嘘を言っているようには、キリアンに
は、思えなかった。

「話を聞こうじゃないか」
「キリアン! また安請け合いするな!」

プラチナブロンドの髪と青銀の瞳の整った顔つきが印象的な青年とキリアンの遣り取りを
この家の奥で聞いていたザックは、思わずそう、声をあげた。
家といっても、この小さな家は、奥に置かれた大きなダブルベッドと、キッチンダイニン
グに至るまで、何から何までをほぼ、1部屋に収めた極めて質素な作りになっている。
別室になっているのは、バスルームとトイレ位といった、非常に簡素かつ、小さな家の中
にあっては、玄関付近で会話を交わす二人の様子など、この場所からでも手に取るように
把握する事が可能だ。

男3人で暮らしているが故に、整理整頓がゆき届いているとは言い難い様子にある、この
家のダイニングテーブルの傍らで、先程から、この家の玄関の方を見据えるようにして、
ダニーと共に立っていたオレンジ色の瞳の少年――ザックの方へと、キリアンは、振り返り
ながら、再び声をかけた。

「だって兄さん、こいつ、こんなに切羽詰まっているのに、他に頼める場所が無いって、
 言ってるんだ。可愛そうじゃないか。まあ、汚いとこだけど、入れよ」
「ありがとう。でも、できる限り手短に話したい。
 俺が長居する事で、この場所から追手を撒けないというのでは困る」

キリアンから投げかけられた言葉と、彼が手招きするように手を差し伸べた、その動作に、
プラチナブロンドの髪と青銀の瞳の青年は穏やかな安堵の微笑みを浮かべた。
それから、青銀の瞳の青年は、キリアンの手招きに応じるように、彼等の小さな家の中へ
と入っていった。

招き入れられた家の中は、彼等が男3人で暮らしているのだという事が、ほぼ間違いない
のだと、窺い知る事が可能な程度に雑然としていた。
それでも、部屋がたった一つしかない、この小さな家で、彼等3人が肩を寄せ合い、日々
の生活を穏やかかつ、楽しげに送っている様子が判る。

どうやら、自分がこの家に目を付けた事については、誤りは無かったようだ。
プラチナブロンドの髪と青銀の瞳の青年――β2は、先程、この家に住む、白銀のくせの
強い髪と、活力に満ち溢れた輝きを放つ黒い瞳の青年――キリアンに招き入れられた、こ
の小さな家の中の様子を確認しながら、そう思った。

ただし、それは、恐らく、この家に暮らす、3人と、自分達を含めた、この場に居合わせ
る存在のうち、「人間」という単語が本来、意味するところの条件に、厳密に適合する存
在が、キリアン唯一人しかいないことを除けば、だが。

この家の中の奥に居た残り二人の少年は、β2が、今、ここで目視で確認する限りにおい
ては、世間一般の人々が見れば、多少胡散臭くは思えても、際どいながら、人間に見える
存在なのだろう。
だが、属にサイキックと呼ばれる特殊能力を備えている、人工生命体であるβ2には、相
対する存在が、本来、人間として類別されないものである事が、既に判別出来ていた。

一番幼い、長い金色の髪と碧眼の少年は、恐らくは、自分と同じ有機アンドロイドだろう。
今までに自分が見聞きした事の無い型ではあるが、彼には、人間と同質の気質めいたもの
が全く感じられない。

また、彼と一緒に立っている15、6歳のくせの少ない白銀の髪とオレンジ色の瞳の少年
の方は、機械式の戦闘用アンドロイドだ。
しかも、彼は、終末戦争と呼ばれる数百年前に起きた世界規模の戦争で使役されていた戦
闘用のアンドロイドとみて、間違いないだろう。

この形状のアンドロイドは、研究所にいた際に、もう稼働していない検体を目にする事は、
あった。でも、実際にこうして稼働している姿を見た事などない。
まさか、こんな形で、実際に稼働している様子を初めて確認する事になるとは、思っても
みなかった。

β2は、この家の中に招かれてからというもの、極めて短時間のうちに、自らの視覚など
から与えられた情報を基に、今、自らが置かれている状況を、そんな風に認識していた。
そうして、自らが両腕で抱えている、淡い空色の髪の人工生命体の少年――エルの一時的
な身柄の保護を求めて、この家を訪れたていた自らの短慮を心の中で詫びた。

エルは、自分が施した処置によって、未だに気を失わせたままだ。
今、自らが持つ能力の余力を考えると、エルの傷を回復させるだけの力は、到底、望めな
い。だから、最低でも、エルの身柄の数日間の保持だけは、彼等に依頼するべきだろう。
それでも、自分やエルが、此処に長居すれば、する程に、研究所からの追手がこの家に近
付く事になる。

研究所の連中からすれば、これ程に興味深い彼等の事を、放っておくはずなど、ない。
やはり、自分だけでも、早々にこの場を立ち去るべきだ。
エルの身柄の保護についても、それを踏まえた必要最低限の事項だけを依頼すべきだろう。
もっとも、エルの傷と熱がもう少しだけ癒えて、彼に本来の判断力が戻れば、エル自らが、
そういう行動に出るだろうが。

この家の中の奥に居た残り二人の少年の様子を目に留めながら、β2は、彼等と目を合わ
せると、再び、穏やかな表情で僅かに微笑んだ。
彼等の事については、例え自らがこうして判別出来ているとしても、それについて、口を
挟むような真似はしたくなかった。
また、それに加えて、自分の方には、彼等への敵愾心など、全く持ち合せていない事を相
手にも了知して欲しいと思ったからだ。

「でも、まずは、その子を寝かしてやった方がいいだろ。
 悪いけど、ベッドは奥のやつを使ってくれ」
「それには及ばない。此処で充分だ」

キリアンが相手の事を気遣いながらも、明るい笑顔で、かけてきた言葉に対し、β2は、
短く返事を返すとその場で片膝をついた。
そうして、彼は、この家の入口付近の床へと、エルの身体をそっと降ろす。
先程から降り続いている雨に身を晒していた自分自身とエルは、全身が濡れていたし、
エルに至っては、未だに左足に血を滲ませている状況にある。

そんな身なりの自分達が、この家にたった一つしかない、大きなダブルベッドの上に、横
たわっても良い身なりだとは、とても言い難いものである事を踏まえて、β2は相対する
青年からの申し出を敢えて断っていた。

β2は、そうして、相手からの申し出を断り、エルの身体を床へと降ろした、その直後に、
極めて短い時間ではあるが、今まで自らが両腕で抱いていた少年の容態を改めて、目視で
確認していた。
彼の容態に重大な変化がない事を見て取ったβ2は、自らが背負っていたデイパックを肩
から降ろし、それを床へと置く。

それから、今までに彼が全く迷いを見せる事なく、成していた一連の動作を傍で、少しあ
っけに取られながら、見ていたキリアンに対し、β2は、その場で片膝をついた姿勢のま
ま、逆に相手を見上げるようにして、自らの青銀の瞳で視線を返した。

「悪いが後で落ち着いたら、彼には、それなりの手当てをしてやってくれないか。
 彼の傷は、2、3日もあれば、落ち着くと思う。
 そうしたら、彼をこれから指定する場所まで連れてきて欲しい」

「あんた、随分と先を急いでるんだな」
「言った筈だ。追手がかかっていると」

目の前の青年からの急いた物言いに、キリアンは少し、呆れたような表情を見せながら、
改めて声をかけた。
相手から言葉を受けて、β2は、キリアンに対して、再び間を開けずに応じながら、手短
に返答を返したその直後に、自らの左手首に手を遣ると、身に付けていた金属製の腕時計
を外す。
そうして、腕時計をキリアンの方へと差し出しながら、β2は更に言葉を重ねる。

「報酬は、これでどうだろうか。一応、白金製だから、それなりの対価にはなると思うが。
 これで良ければ、先払いしていく」
「あんた本当に気が早いな。でも、俺はまだ、あんたらの名前も聞いてないんだけど。
 それと、兄さん、これ、一応、見てくれないか」
「分かった」

キリアンは、目の前で片膝をついていた青年の目線に合わせる為に、自らもその場に腰を
降ろしてしゃがみ込むと、相手が差し出した腕時計を受け取った。
実は、青年からの依頼をまだ、正式に受けると決めた訳ではなかったが、今、ここで、切
羽詰まった表情をしている、この青年と押し問答をしても仕方ないと思ったからだ。

また、キリアンからの呼びかけに応じて、先程と変らず、この家のダイニングテーブルの
傍らに、小さな金髪碧眼の少年を伴って立っていた、15、6歳のくせの少ない白銀の髪
とオレンジ色の瞳が印象的な少年――ザックも短く返事を返していた。

「ダニー、良い子だから。ここで少し待っていてくれるか」
「うん、分かった! いい子にする!」

キリアンの呼びかけを受けたザックは、傍に居た小さな長い金髪の少年へと声をかけてか
ら、彼の頭を軽く撫でた。
それから、自分の頭を撫でられて、ザックへと微笑みを返した小さな少年――ダニーをそ
の場に残し、先程から、この家の玄関付近で遣り取りを続けている二人の許へと向かう。

「済まない。
 また貴方への礼を欠いていたな。俺は、β2、正式には、AL-SION-TYPE-β2と言う。
 可笑しいと思うだろうが、それが俺の名前なんだ。それと、彼の方は、エルだ。
 どうか彼の事を頼む」

β2は、先程から会話を続けていたキリアンと、その呼びかけに応えてこちら側にやって
来たザックの姿を自らの視線に改めて入れてから、自らの名を相手へと告げた。
彼は、自らの名前を偽らなかった。
それは、多分、後に、エルが再び目を覚ました際に、エル自身も名前を偽ったりはしない
だろうと思っていたからでもあるし、追手がかかっている状況にある自らの名を偽るよう
な礼を欠くような真似だけはしたくないとも思ったからだ。

「そうだろ。分かってくれればいいんだ。
 俺は、キリアン。それでこっちが俺の兄さんのザック、それと、あっちのが、ダニーだ」

キリアンは、目の前の青銀の瞳の青年に明るい笑顔を返しながら、自らの方についても、
自己紹介をするように名前を述べた。
それから、先程、この青年から受け取っていた腕時計を、傍に来ていたザックの手元へと
そっと預ける。

「これ……あなたは、本当に、此処の軍属の人間なのか」
「直属というのではないが、まあ、似たような立場にはあった」

それを受け取り、腕時計を構成する素材を確認する為に、自らの手元で、改めて眺めてい
たザックは、呟くようにして、相手へと問いかけた。
β2が手渡してきた腕時計は、精巧な機械式の自動巻きのもので、その素材も間違いなく、
純度の高い白金製のものだ。

時計の表の文字盤部分は、極めて素っ気ない、実用的なデザインではあった。
だが、時計の裏蓋の部分に精緻な技術を用いて、刻印されている羽根を拡げた鷲の紋章は、
少なからず特別な意味合いを持っていた。

その紋章は、どちらかと言えば、人口も決して多い方ではない、この辺境の地においても、
ある程度、名が知れる程に、大きな規模を誇る私設軍隊のものだったからだ。
加えて、希少な素材でもある白金をこれだけ惜しみなく使ったものであれば、それを持て
る階級の人間など、ごく僅かな数に限られている。
彼が手渡した腕時計は、使われている白金の量からしても、ある程度性能が高い、中型バ
イクを購入したとしても、若干のお釣りが来る程度に高価なものなのだ。

機械式アンドロイドである、ザック自らが行った時計の成分分析に誤りなどある筈がない。
しかし、それでは、このβ2と名乗った青年が、かなり高価なものを所持できる程に、高
位階級に属する軍人であったのか、若しくは、そういった人物に極めて近い関係者であっ
たという事実を示しているという事になる。
ザックは、相対する青年からなされた短い返答を基に、多角的な視点をもって、推察した
上で、このβ2という名の青年の出自に若干の疑念を抱きながらも、続けて言葉を返した。

「……報酬はこれで構わないが。
 というか、彼を何処に移送するかにも依るけど、むしろ充分すぎると思う。
 でも、これ、足が付いたりしないのか」

「そうだな、だとすると、ベルトだけ……か。それでも足りるだろうか?
 不足があれば、後で、エルにも何か対価を支払うように求めてくれると助かる。
 それから、彼の身柄の移送を頼みたい場所は、此処なんだが」

新たな交渉相手として、自らが認めた目の前の機械式戦闘アンドロイドの少年に対して、
β2は、より具体的な状況を説明する為に、どちらかといえば、事務的な対応を図る時に
用いるような口調をもって、返答を返す。
また、加えて、相対するザックに対しては、それだけで充分位地の把握が可能だと推察
したのか、移送場所の緯度と、経度を自らの指先で床へと書き示した。

それは、彼がただ単に、世間一般の人間がするのと同じように行ったものなので、床には
β2が書いた文字などは、もう既に跡片も残っていない。
それでも、ザックは、β2が床へと書いていた文字の軌道を読み取り、目の前に相対する
青年が望んでいる移送場所を特定し、なおかつ、正確に把握していた。

「この場所……こんな何にもない場所で本当にいいのか。
 それと、移送日時は、あなたの方からの指定に従う形で構わないのか」

「ああ、場所の方は、此処から、そう遠くはないから、大丈夫だと思うが、どうだろうか。
 日にちや時間帯の方は、2、3日位の間なら、特にこちらからの指定はない。
 エルの動きに限って言えば、こちら側からも、ある程度、捕捉出来るし、
 傷が回復すれば、彼一人でも暫くは凌げるから」

「彼がセンサを付けているようには見えないが」
「でも大丈夫なんだ」
「分かった。あなたの依頼を引き受けよう」
「ありがとう。貴方に頼めて良かった」

ザックとβ2の二人は、お互いに淡々とした表情で、遣り取りを続けていたが、互いに交
わしていた一連の会話から、一定の合意を得ると、そこで一旦、会話を止めた。
相対するザックの方に、大きな表情の変化は認められなかったが、β2はそれを承知で、
相手へと微笑みかけた。

それから、安堵を見せたその表情のまま、もう、ずっと意識を失ったままのエルに対して
も、彼の雨に濡れたままの空色の髪を自らの手でそっと梳くようにして、撫でた。
β2の表情は、ほかの誰が見ても明らかな程に、自らの指先で触れる、その少年の事を心
から愛しんでいるのだろううと、思わせる様子さえ見て取れるものだった。

彼は、そのまま、熱を帯びた相手の額から雨の雫を拭ってやりながら、エルの体調を気に
掛けるようにして、空色の髪の少年の事を見つめていた。
本来であれば、自分の方もこのまま、例え一時的にとはいえ、エルの許を離れたりはした
くはなかった。

その事を想うと、ほんの少しだけ、胸が痛んだ。
エルは、出会った当初の頃に、彼に対して手酷い仕打ちを加えていたβ2の事を、そんな
状態にも関わらず、あの時、彼だけが行う事が可能であったと言っても良い程に、通常で
あれば成しえない程の理解をもって受け入れてくれた、唯一の存在だ。

更に、今、現在に至っては、エル自身が本当に、心から大切にしたいと思っている、もう
一人の青年の存在との比較を抜きにしても、β2対して、真摯な想いを寄せてくれるよう
になっていた。

だから、本来は、自分自身にとっても、こんなにも稀有な存在であるエルの事をたとえ、
彼自身の身柄の保護の為とはいえども、置いていきとたくなど、ない。
そんな即物的とも言える感情が、ほんの一瞬の合間に廻り、小さな棘ように心に突き刺さ
るような感覚を経て、β2の胸中を占めてゆく。

「あのね、兄さん、ていうか、二人で勝手に話を進めるなよ」

ザックとの交渉を終えた安堵感からか、不意に遣り切れない想いを辿り始めていたβ2の
思考は、キリアンからかけられた何気ない言葉によって、その瞬間に途切れた。

キリアンは、先程から、この場に座り込んだまま、彼等が、この仕事についての交渉を進
めていく様を間近に見ていたが、ザックとβ2の流れるような遣り取りを前に、一言も口
を挟めずにいたのだ。

「済まない、こちらの彼の方が交渉役なのかと」

自分に声をかけてきた青年の少々不服そうな表情を目にして、我に返ったβ2は、キリア
ンに対して、自らの非を早々に詫びた。
そうして、この青年にしては、あまりに素直な物言いを受けて、キリアンは、なんとも
言えない気分になりながら、少しがっかりしたような表情を浮かべる。

その表情を目にしたβ2は、キリアンの真意が読みとれずに、普段、彼が他人には滅多に
見せる事など無い、戸惑ったかのような表情を、ほんの一瞬の合間だけ、目の前の相手へ
と見せていた。
そんなβ2の表情を見たキリアンは、更に落胆し、肩を落とした。

キリアンには、今、この場所で、こうして顔を合わせている面子の中では、一番頼りにさ
れて然るべき存在は、自分だとの自負があったのだ。
にもかかわらず、たった今、β2が述べた言葉からは、キリアンをそうした存在として、
素直な状態で認識していなかった事が窺えたのだから、がっかりせざるを得ない。
更に、キリアンの様子を傍で見ていたザックは、まるで溜息をつくかのように、一拍置い
てから、追い打ちをかけるように言葉をかける。

「こういう事をお前に任せたままにしておくと、また、ろくな事にならない」
「兄さん、それはちょっと、あんまりだろ……」
「ザック、キリアンに、あんまりなの?」
「ダニー、もう少し待ってなさい」

普段と何ら変らない雰囲気で、言い合いを始めた二人の様子を、先程と変わらぬ場所で見
ていた、金髪碧眼の小さな少年――ダニーの声に対し、ザックは、いつもどおりの短い言葉
をもって、返事を返す。
ザックから、「大人しくしているように」という意味合いを含めた言葉を返されたダニー
は、少し不満気な表情を覗かせた。

それでも、ダニーは、引き続き、その言い付けどおり、この家の玄関付近で話し合いを重
ねる3人の様子に、興味津津といった様子を露わにしながらもその場に留まっていた。
ただ、ダイニングデーブルの上に身を乗り出すようにして、瞳を輝かせている彼の様子か
ら見ると、そんな様子が保たれなくなるのも、もう、時間の問題、といった雰囲気ではあ
ったが。

そんな彼らの様子を目に留め、微笑みながらもβ2は、自らの手元を休める事無く、次の
行動へと移る。
彼は、先程、床へと置いたデイパックを引き寄せると、その中から、手際良く、幾つか物
品を取り出しつつ、再びザックへと声をかけた。

「念の為に、これを置いていく。使わずに済むとは思うが。服薬用の抗生物質だ。
 彼専用に調剤させたものだから、間違っても、他人には服薬させるな。
 それと、彼の装備品として、これも置いていく。体調が戻ったら、渡してやってくれ」

小さな袋にパウチされ、小分けしてある抗生物質の錠剤とともに、β2自身が装備してい
るのと同じ拳銃――S&W M60 1丁と、弾丸50発の入った箱を1ケース、それに、弾丸の速
やかな装填を補助する為の道具であるローダーなどの備品を並べ終えると、彼は、デイ
パックのファスナーを閉じた。

続けて、β2は、自らの目の前で未だに意識を失ったままのエルの額へと軽く口付け、自
らの能力で一時的に失わせていた、彼の意識を取り戻させる。
そうして、そのまま、その少年に対して、そっと、囁くように声をかけた。

「エル、宿の確保ができた。暫く此処で待っていてくれるか」
「ん……β2……俺……」

聞き覚えのある相手から、呼びかけられた声に覚醒を促されるようにして、エルは空色の
瞳を薄く開いた。
それから、エルは、先程と変らず、熱と左足の傷の痛みで霞む意識の中で、目の前の大切
な存在を掻き抱こうとするように、自らの両腕を伸ばす。

「迷惑をかけて、ごめん」
「大丈夫だから」

空色の瞳から溢れるように涙を零しながら、小さな途切れるような声でそういったエルが、
頼りない様子で、自らの肩へと掛けてきた両手をβ2は、逆に自らの手を添えて、片方ずつ
そっと外した。
β2は、少年の熱で火照った手の甲に、優しく促すような口付けを贈ってから、外した手を
エルの身体の上へと自らの手を添えつつ戻す。
その動作を終えた直後に、傍に置いたままにしていた、デイパックのベルトを自分の肩へ
とかけると、β2は、そのまま、素早い身のこなしで立ち上がった。

「彼を頼む」

β2は、目の前の空色の髪の少年を労わる自分の振舞いを、再び少し、あっけにとられた
ような表情で見ていたキリアンに対し、青銀の瞳の視線を合わせて、そう言った。
それに対して、目の前のこの青年の大人びた所作に、キリアンは、未だに少し驚いた表情
を見せながらも、相手へと返事を返す。

「この界隈じゃ、引き受けた仕事は、ちゃんとこなすのが流儀だ」
「そう言ってもらえると助かる。こちらも自分の役割をこなす事に専念できる」

キリアンが返事とともに見せた笑顔に応じるように、自らも微笑みを返しながら、そう言
ったβ2は、エルの方から背を向けると、唯一人、この家の玄関の扉の方へと向かって歩
きだした。

「……β2! 駄目だ!」
「坊ちゃん、あんたも奴の事をちゃんと思うなら、素直に聞き分けた方がいいと思うよ。
 依頼は引き受けたよ。それから、β2、あんたも、コート位は持っていけよ」

β2が立ち去ろうとする気配を感じ取ったエルは、意のままにならない自らの身体の状況
にも抗うようにして、強い口調で相手の背中に向かって声をかけた。
そんなエルに対して諭すように声をかけながら、キリアンは、彼の衰弱しきった身体をそ
の場から軽々と抱き上げる。

キリアンは、エルを抱き上げる際、彼の身体を包んでいたミリタリーコートをわざわざ外
し、それを片方の手で上手く掴み直すようにして、持ちかえていた。
それから、それをキリアンから咄嗟に名前を呼ばれて、振り返ったβ2の方へと投げて寄
こす。

「ありがとう」

相手の方へと振り向いた瞬間に、タイミングを合わせるようにして、自らの許へと投げら
れたミリタリーコートをβ2は、笑顔で受け取った。
そうして、そのまま、再び玄関の扉の方へと向き直ると、扉を開けて、たった一人で、こ
の家を後にしていった。

【 続く 】

お付き合いいただき、ありがとうございました!
キリアンさんとザックさんの遣り取りなんかを書いてるあたりが、実はすごく楽しかったですw
言葉使いはそっ気ないけど、実は仲が良くて、信頼し合ってる関係での遣り取りって、いうのが
良いですよねwそういうの大好きだw
今後ともお付き合いの程、どうぞよろしくお願いします!

※wiki収録後に、一部修正を加えました。
※続きは、創作してもらうスレ 1-400
※本スレ1-710のSSは、創作してもらうスレ 1-013061



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最終更新:2012年09月05日 10:13