ダニーの日記3(中)
作者: SS 本スレ 1-549様
546 :オリキャラと名無しさん :2015/02/11(水) 21:05:20
!注意!
・他所の子のニセモノ臭注意、クロス部分の文字数は半分も無い、モブ多し
・本物のダフネちゃんディオス君はもっと可愛い
・まだ続く
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ダニーの日記3 オーパーツ(中)
1
冷静に考えると色々な問題はありました。拾った鉄クズが10万円で売れるのかとか、売れたとしてもこれって中々の詐欺なんじゃないか、落とし物は交番への届け出が妥当なんじゃないか、とか。だがしかし、僕に迷っている余地なんざありませんとも。
携帯で呼び出し、電気街であっさりとベルナルドを捕まえ、拾ったブツを約束通り十万で転売できました。許せベルナルド。お前はソレを超合金ロボの一部だと思っているようだが、そいつが何なのかは僕にも分からない。そういや、僕は夏休み前に盗られた一万円の件があるから、このくらいの迷惑料を貰えてもいいはずです。出所は奴の金だし。何も問題は無い。
無くした手提げ金庫の件は片付きそうだと僕が胸をなで下ろした所で、また携帯に着信がありました。今度は見知った名前ですから、迷わず通話を押しました。漫研の木林です。こんな休みの日にどうしたんだろ。僕が電話に出るや否や、木林はまくし立てるように言いました。スマホの向こうから唾が飛んできそうな勢いです。
「斑鳩、お前に渡すものがある、早めに取りに来い」
「渡すもの?」
「金庫だよ、金庫。お前、無くすなっつったのに、無くしてんじゃねーよ」
「へ」
「ったく、黙っといてやるから、キリアンには月曜にでもお前の手で返せよ」
2
オフィス街から道一本外れた、昔ながらの商店街。ニョキニョキと密集するビル群のただ中に、昭和のような下町が変わらず残っています。錆の浮いたアーケードをくぐると、荷台にキャベツを積んだ自転車とすれ違い、DSを手にした小学生がサンダルで駆けていきます。半分シャッターが降りた衣料品店の前で、毛のバサついた野良猫が腹を出してのんびりと昼寝をしています。石畳が綺麗に掃かれた神社の隣には、煙草の煙で店内が白いゲーセン。1クレジット50円の張り紙に後ろ髪を引かれつつ、商店街奥のオモチャ屋まで僕はやって来ました。ショーウィンドウには、褪色で青白くなったポケモン赤緑のポスター。その横に、真新しいフィギュアの予約表が。勝手に上がれと言われているので、本日休業の札が下がった自動ドアを手で開けます。ガンプラやミリタリー系フィギュアの箱が山積みになった棚の間をくぐり、レジの後ろにある暖簾に向かって呼びかけます。
「木林ー、来たよー」
「あー、来たか。まぁ上がれ」
母屋の方から、精根尽き果てたようなけだるい声で、返事が返ってきました。なので僕は暖簾をくぐり、店の荷物がぎっしり置かれた狭い廊下を通ります。
居間のちゃぶ台の上には、冷やし中華のどんぶりとアクエリアスのペットボトルが置きっぱなし。点けっぱなしのブラウン管テレビには見向きもせず、向かいのビルに日を遮られた縁側に足を投げ出し、木林は寝そべっていました。ガタガタと音が鳴る年代物の扇風機に、くすんだ色のビニール紐がたなびいています。部屋にクーラーなどありません。天井際の土壁には神棚が。御札の隣で、奈良土産っぽい仏像が微笑しています。
「やっと来たか。適当にその辺座れや、座布団あるし」
安いシャンプーの匂い。木林はいかにもなシャワー上がりです。根本がプリン状態になってきた金髪は湿ったまま。日焼けの境目がついた首にタオルをひっかけ、無防備に投げ出した足には原野のようなすね毛。タンクトップをめくりアバラの浮いた脇腹をボリボリと掻くと、木林は面倒くさそうに身を起こし、よろよろと立ち上がりました。
「ったく、感謝しろよ。バイト上がりでクッタクタの俺が、わざわざ警察まで取りに行って来てやったんだから」
言いながらタンスの引き出しから取り出されたのは、紛れもなく、僕が無くした手提げ金庫です。
「ありがとう。助かったよ。で、何で木林のとこに落とし物の連絡が?」
「現金の他にホラ、サークルで使う色んなお店のポイントカード入ってんだろ、俺名義のも入ってたから警察から俺んとこに連絡きた訳よ。かわいい婦警さんに引き笑いされたぜ、ケッ」
「金庫には鍵がついてたじゃん、どうして中身のカードが出せたの?」
「ああ、この鍵実は壊れててな、ここを、こう捻るとカンタンに開く」
知らなかった。まじか。僕は顔からさっと血の気が引いていくのを感じました。中の現金は大丈夫か。
「安心しろ、中身は盗られてねぇ。拾ってくれた人に感謝だぜ」
流石、日本は世界に誇る法治国家です。落とし物をパクる輩なんているはずありません。
「今来る途中でダッツ買ってきたんだけど」
「食う!俺抹茶がいい」
僕が提げていたコンビニの袋からアイスを取り出すと、木林はパッと顔を輝かせました。チョロいね。
「悪いけど抹茶ない。こんなかから選んで」
「じゃあラムレーズンがいいべ」
そうして、お昼のバラエティ番組を見ながら二人でアイスをつついていると、木林が思い出したように言いました。
「斑鳩、お前今日予定無いだろ?」
「うん、無いけど」
「今、こっからそう遠くない所で、地域の物産祭りやってんだわ、ウチの商店街も参加してんのね」
「へぇ、そうなんだ」
ああ、もしかして。僕が午前中に行って来た祭じゃないか。そういえばここからは近所です。
「折角だからお前も来ないか?福引きやスタンプラリーもあるし、福引きの一番いい景品はプレステ4だぞ」
3
祭りの場所はやっぱり、午前中にベルナルドと来た件の駐車場です。
用事が無いと言ってしまったし、断る理由が思いつけなかったので仕方なく来ましたが、どうやらリコは今いないようです。よかった。もう来るなよ。
会場に設置されたステージでは、地元の中学生たちがブラスバンドの演奏をしています。ステージ近くに陣取った観客のほとんどは、手作りのクラスTシャツに手ぬぐい姿のPTAたち。デジカメやビデオカメラを片手に、身を乗り出して我が子の雄姿を撮影しています。ああ、僕も中学の頃に合唱大会とかあったっけ。
そんな中、ステージの人だかりとは反対側の日陰で、丸っこいフォルムの三頭身の着ぐるみネコが、身振り手振り精いっぱい愛想を振りまいています。しかし子供はあんまり近寄っていきません。
「あのネコは?」
「ああ、あれは…」
僕の問いに木林が答えようとしたのを遮って、僕らの後ろから禿げ頭がぬるりと顔を出しました。
「ウチの商店街のマスコットキャラクター、芝ニャンだ。完全オリジナルキャラクターだ」
ああ、この人はえーっと、木林のオヤジさんだ。今日は法被にねじり鉢巻といういかにもな祭の格好です。九月の太陽を浴び、海坊主のような禿頭がてらてらと光っています。……あのキャラ著作権がまずいだろ。
「よく戻って来てくれたたかし!ダニー君もよく来てくれた!」
「ええ、俺またバイトすんの?オヤジ、もう無理なんだけど……死ぬ、まぢ死ぬ」
木林はげんなりとした顔で芝ニャンを指差しました。どうやら、木林が午前中にやっていたバイトとは、着ぐるみの中の人だったようです。それはそれはさぞ暑かっただろう。
「そうじゃないんだ、臨時のバイト君はよく働いてくれてる。まぁ相談なんだが、……なぜか集客がいきなり落ちてなぁ、あの通りだよ。どうしたらいい?」
「午前中に比べて、子供、全然集まってなくね?」
「そうなんだよ……あんなに可愛いのに……芝ニャン」
オヤジさんは小柄な肩をガックリと落としました。確かにオヤジさんの言うとおり、集客の落ちた原因は謎です。バイトの人も頑張っているのに、子供が近寄っていかないのは何故?午後になってから急に集客が落ちた?
「午前中は木林が中に入ってたんだよね」
「ん?そうだけど」
僕よりマシとはいえ、木林はかなりのチビです。対して、今のバイト君はかなりタッパがあるように見えます。芝ニャンの目の位置に中の人の頭があると仮定して、中の人の身長は180cm以上あるんじゃないかな。
「着ぐるみの身長が急に伸びたとか。それで子供が怖がって近づかないとか」
「なるほど、オーマイガッ!」
オヤジさんは合点がいったように禿頭をべちんと叩きました。原因は分かったけど、これどう解決する。
「斑鳩、お前サクラやれサクラ、頼む」
木林は僕に指をビシィと突きつけ、有無を言わせぬ口調で続けます。
「今更別のバイト君確保するなんて無理。こうなったらサクラ使って盛り上げるしかねぇ。それはお前にしかできん」
「……それって知り合いに見つかったら痛い子になるじゃん」
「大丈夫だって、ただのゆるキャラファンだって顔しとけって」
金庫を回収して貰った恩もあります、仕方ない。こうなれば覚悟を決めるしかない。
「わ、わぁー、かわいいー……」
僕は子供のフリして芝ニャンに駆け寄っていきます。知り合いが見てませんよーに。見るんじゃねぇ。僕が近寄ると、芝ニャンは身振りで歓迎の意を示し、服のポッケからガサガサとアメちゃんを取り出して僕にくれました。
「わぁ!ありがとう」
アメもらって喜ぶ僕はどう見ても小学生、の筈です。遠巻きにこちらを見守るオヤジさんは神頼みのように手を合わせながら不安げな面持ちで、僕も不安になります。なぜそんなに拝む。木林はといえば、お前、こっち見ながらニヤニヤするんじゃないコノヤロー、おい思いっきり笑うんじゃねぇ、調子乗んなマジ。おい。芝ニャンは、僕の頭を着ぐるみの柔らかい手でぽふぽふと撫でてくれるので、もう優しいのはお前だけだよって気分です。
「ディオス様、あちらに何かいますわ!ほら!」
「ハハッ、ダフネよ、あまりはしゃぐでないぞ」
明るく元気のよい声に僕が振り向くと、可愛らしい少年少女二人組が、人ごみを掻き分けてこちらに駆け寄ってきました。桃色のワンピースがよく似合う、ふわりとした髪の可愛い子に、社長の令息的な雰囲気が漂う、艶やかな黒髪の坊ちゃんです。小学生デートでしょうか、見ていてほっこりします。女の子の方が彼氏をぐいぐい引っ張っている感じです。日本人じゃ無さそうだし、とても身なりもいいし、どういう子たちだろうか。ともかくサクラの役目は果たした気がする。
「ディオス様、これがゆるキャラですのね!」
「そうだぞダフネよ、これがゆるキャラだ」
「まぁこれがあの!奇声を上げたり飛び跳ねたりするんですのね」
「そうだ。奇声を上げたり飛び跳ねたりするアレだ」
時折、首から下げたホルダーのストローに口をつけ、冷たい飲み物をずぞーと吸い上げては、目をキラキラと輝かせ、ダフネちゃんは興奮気味に話しています。その隣でディオス君はハッハッと笑いながら、ゆるキャラについて説明しています。
「わたくし見たいですわ!奇声を上げたり飛び跳ねたりしているところを」
「おい、芝ニャンとやら。飛び跳ねてみよ。ダフネがこう言っておるのだ」
ダフネちゃんとおそろいのドリンクホルダーからタピオカの粒をずずーと吸い上げつつ、ディオス君は芝ニャンへ声高に命じます。
「ちょっと飛び跳ねてみてよ芝ニャン、あと奇声も頼むよ。小さいお友達のお願いだし、ね?」
いつの間にか側にいたオヤジさんが、芝ニャンへと耳打ちします。オヤジさんいいのか。マスコットのキャラ付けがブレても。
「……あんまり無茶言わないで欲しいニャン。許してニャン」
無理して出した感じの裏声で、芝ニャンが答えました。
「できるだろ、バク転くらいさ。ほら、ポン…キッキ?だっけ、のアレもやってるんだし、ホラ」
「混同甚だしいニャン……無茶振りもいい加減にするニャン……」
芝ニャンはぜいぜいと息も絶え絶えで、既に暑さで瀕死のようです。許してあげなよ。
「まぁ、バク転ができるんですの?この芝ニャンとやらは!」
「そうさお嬢ちゃん!バク転くらい朝飯前さ!」
「そうか親父殿。では芝ニャンよ、さっさとバク転をやってみせよ」
宙返りなんかしたら着ぐるみの頭とれて中の人出ちゃうんじゃないかなぁ。親父さん止めないとダメだろ。芝ニャン抜きで急速に話が進んでいく中、後方のステージ側で、ワァという黄色い歓声が上がりました。ブラスバンド部の演奏が終了し、次に出てきたのは地元の青年ロックバンドのようです。髪を逆立てた高校生たちがギターを振り上げながら挨拶し、最初の曲が始まりました。これはカバー曲だ。何だっけ、往年のハードロックの。
「もー……、仕方ないニャンやったるニャン、後ろのステージなんかより、目ン玉カッ開いてこっちをよぉーく見るニャン!」
周りの意識が他所に向きはじめたところで、芝ニャンは、雑になってきた裏声でヤケクソ気味に言いました。軽く屈みこんでから高くジャンプ、くるりと宙で一回転……しそこねて、頭からぼてりと落下しました。痛そうな落ち方したなぁ、中の人大丈夫かこれ。しかし、無茶苦茶な体勢でも着ぐるみヘッドは外れません。キャラの体裁だけは保てています。
「し、失敗ニャン……痛いニャン……」
「まぁ、失敗することもあるよな、芝ニャン」
親父さんが何とか励ます中、ダフネちゃんが労うように、墜落した体勢のままの芝ニャンの背中をポンポンとさすっています。
「芝ニャンさん、たとえ何回失敗したって大丈夫ですわ、努力することに意味があるのですよ。まぁ、努力など庶民のやることですが」
ダフネちゃんは天使のように愛らしい笑顔でキッパリと言いました。その隣で、ディオス君が幾分残念そうな顔をしています。
「すまぬなダフネ、見苦しいものを見せた」
「いいえ、ディオス様のせいではありませんもの……。あら、あちらでも何か始まるようですわ!ディオス様、早く行きましょう!」
「ダフネよ、そんなに急がなくても間に合うぞ」
ちびっこ二人は、幸せそうにキャッキャウフフしながら、次は珍野菜直売コーナーの方に駆けていきました。あーあ、サクラなんてやってないで僕もデートしてみたいなぁ……。
「バイト君、よくサービスしてくれた。偉いぞ!あとで給料をオマケしてあげよう。この着ぐるみの頭だが、胴体に縫い付けられてるから、取れることはまず無いよ」
親父さんが、まだ倒れていた芝ニャンを引っ張り起こしながら、得意顔で言いました。なるほど。背中のチャックからしか出られないらしい。
さて、どうにか立ち上がった芝ニャンでしたが、もうすっかり疲労困憊して可哀想なくらいに萎れています。
「あ゛ー疲れた……そこのチミ、何か飲み物買ってきて欲しいニャン……暑い……暑いニャン……」
芝ニャンがガックリうなだれたかと思うと、背中のチャックがもぞもぞと動き、そこから千円札が顔を出しました。
「は……早く冷たい飲み物を買ってくるニャン……」
「分かったよ芝ニャン」
完全にチャックの方から声が出ている芝ニャンからお金を受け取り、僕は手近な飲み物の屋台へと向かいました。
飲み物の屋台は結構な行列に見えましたが、回転が早いようで次々に人が捌けていきます。なるほど、さっきちびっこ二人が提げていたドリンクホルダーはこの店のか。地元産トロピカルフレッシュマンゴーミルク・タピオカ入り。道往く人がぞろぞろと、同じホルダーから飲み物を吸っています。
と、列の最後尾で余所見をしていた僕に、通路を走ってきた子供がぶつかっていきました。僕は前に並んでいる人の方に倒れこみました。僕は慌てて謝りながら顔をあげます。
「す、すみません!」
「……気をつけなよ」
僕がぶつかったお兄さんは、サングラスの奥の鋭い目でこちらを見た後、迷惑そうに鼻をふんと鳴らし、何の関心も無さそうに再び前を向きました。お兄さんは一見地味目ですが、よく見れば腕にはジャラジャラと高級そうな時計やらアクセサリがついていて、靴も高そうなピッカピカの皮です。この暑さでもしっかりワックスのかかった黒髪。……あんまりカタギの人じゃない気がします。よかった、怒られなくって。
*
ベルナルドの方から私に電話してくるなんて初めてだから、よっぽど大事な用かもしれない。私は会場に兄さんを置いて、一人でベルナルドに会いに行った。兄さんにベルナルドを近づけさせる訳にはいかない以上、こうして私が出向くしかない。
今日私たちはフィクス社にメサイアが来ると聞いて、会社近所の祭りの人混みに紛れて見張っていた。この情報の真偽については甚だ疑わしい。なにせ情報源が情報源だから。やはり無駄足だったかも。あの犬ッコロ、後でどうしてくれようかしら。
ベルナルドが待ち合わせに遅刻していることにも、私は苛立っていた。平静を保ちなさい。シワが寄るとブ厚いファンデが崩れるのよ。フィクスの一部社員には顔が割れてるから、会社近くで張り込む今日はガッツリメイクしてきたの。どこからどうみても今の私は八十過ぎのババアのはず。
店員が置いていったお冷やが結露でびっしょりと濡れている。スパゲティチェーンの二階席は客もまばらだった。ブラインドの窓越しに、遠目にフィクス社ビルが見える。会場に置いてきた兄さんが気掛かりだった。
今日の兄さんはそこそこの変装だけど、知り合いが近くで見たら間違いなく気づくでしょうね。ちょっと髪色と服装変えただけで、顔の造型まで弄った訳じゃないんだし。
何も、フィクス社と揉める心配ばかりしてる訳じゃないの。あの金髪のハンサムはモテるから、周りにパパラッチが多い。こないだ一人仕留め損ねたことが、未だ気掛かりだった。
そのとき、ドブ川のような臭いがぷんと鼻をついた。飲食店にあるまじき臭いの元は、私が待っていた相手だった。私が顔を上げると、ベルナルドが頭をボリボリと掻きながら、テーブルの側に突っ立っていた。
「やぁ、待ったかい」
「やっと来たのね、今日私は忙しいの。手短に頼むわ」
ベルナルドは少し残念そうな顔をしてから、私の向かいの椅子に腰掛けた。ベルナルドの清潔感の無さ、ぼさぼさに伸びた赤い髪、眼帯、という異様な見た目に、お冷を持ってきた店員がぎょっとしている。
「じゃあ挨拶は抜きにしよう。君に貰ったお金で買い物をしていたら、つい使い過ぎてしまった。今、一円も持っていない」
言いながらベルナルドは店員にパスタセットを頼んだ。払いは間違いなく私だろう。
「……それで?まさか、無心でもしに来たってんならブチ殺すぞ糞野郎」
「なに、只でお金をくれなんて言わないさ。この、俺の秘蔵のお宝を買い取ってくれないか」
ベルナルドはごそごそとシャツを捲くり、どこに仕舞っていたのか、取り出した金属塊をテーブルの上にゴトンと置いた。私はその物体に目を見張った。この右手の形をした金属パーツ、見覚えがある。邪魔なサングラスを外し、その物体を手にとって、内部をよく観察した。
「これをどこで手に入れたの?」
「そんなことはいいじゃないか。僕はこれを百万円で君に売る。君ならそれくらいのお金、すぐ出せると見た」
「こんな鉄クズが、百万もする訳がないじゃない」
「そうか、仕方ない。じゃあ俺は他をあたるよ」
人の足元を見るような知恵はあるらしい。癪にさわったが、私はこんなところで交渉している時間が惜しい。懐に入っていた札束をベルナルドの前に突き出した。
「テメェも大概クズだな」
「話が早くて助かるよ」
ベルナルドは、子供の頃と何ら変わらない屈託のない笑顔で、テーブルの上の札束を受け取った。そして、ジーパンのポケットから恐ろしくボロボロになったメモ帳のようなものを取り出し、ちゃちなボールペンで懸命に何かを書き込んでいる。
「それ、何なの」
「俺の大事なものさ」
「ふぅん」
どうやら記憶が曖昧なベルナルドは、覚えていたいことを書き残しているらしい。メモの中身を横から見たが、ひどく汚い字で読み取れない。このメモ帳のことさえ忘れたらどうするのだろう。
「お前の記憶はどの程度残ってるんだ?」
「何のことか全然分からないよ」
「そう。……例のお使いだけは、忘れないで頂戴?くれぐれも頼むわよ」
今他に人手が無いとはいえ、こいつに頼むという彼の判断にはどうしても賛成しかねた。
「もちろん。彼の大恩は忘れないさ。大船に乗ったつもりでいたまえ」
ベルナルドが自信たっぷりに胸をポンと叩くと、テーブルの上に得体の知れない埃が落ちた。パスタを持ってきた店員と一緒になって、私は顔をしかめた。
つづく
最終更新:2015年02月14日 22:29