A soul is freed(解放)
作者: SS 本スレ 1-200様
680 :オリキャラと名無しさん:2016/02/27(土) 00:35:23
こんばんは、
1-200です
SS「スンマセンすぐ片付けます編」を持ってきました、長いのでろだに直接アップします
迷惑極まりない極悪人の赤とるーへが成敗(というには温いですが)されるお話です
張り切って書きましたのでよろしければお付き合い下さいませ
以下注意事項
※
設定スレ 2-037 の世界観(複数の作者様によるクロス設定)をベースにした、暁の翼サイド
設定スレ 2-014の話
※死ネタ、やや胸糞、やや鬱
※微グロあり
※本スレ1-91様、1-510様、1-549様、1-710様のキャラを勝手に拝借させていただきました
※筆者の想像が多く含まれます、このキャラ誰やねん感満載
※エピソードはあくまでも「if」です
※厨文体フルスロットル+ターボエンジン
※4本セット、長い
自分にしてはとても早いペースで書いた為色々間違いがあるかと思われます、ご指摘下さい
まとめは後日やります、以上よろしくお願い致します
白い羽だと思ったが、違った。雪だ。
冷たくはない。既に体の感覚は失われている。出血はおびただしいが、痛みは無い。
痛覚が遮断されている、つまり自爆回路がオンになったのだ。この回路は一度起動したら元に戻らない。
結局、手に入れる事はできなかった。
なぜだろう?僕の何が、あの小僧に劣っていたというのだろう?
本気を出させる事もできなかった。気が狂ったと思われているだろうが、もうどうでもいい。
全てが終わるのだ。
あと5秒……4秒…。
苦痛が無いから、ためらいもない。よく出来た機能だ。
最後は、結局このシステムに―――
***
額に冷たいものが当たった。雪だ。世界は年々暖かくなっているが、寒波が来ないわけではない。
寒いのは苦手だ。特に日本の都会の冬は気分を沈ませる。ビル風が強いし、中途半端に積もった雪は汚れ、陰鬱な風景に拍車をかける。
早くこの仕事を済ませて国へ帰りたいものだ。そしたら海に行こう、あの青いカリブの海に。
「一名様ですか?」
この際温まれれば何でもいいと、目に付いた店に入った。
紺色の日本式作業着(※作務衣)の女が俺の顔を伺っている。日本語通じるのかな?と思っているのだろう。
「はい」
「カウンターへどうぞー」
どうやらここは、ウナギやサシミを食べさせる日本食レストランらしい。ランチをとりそこねていたから丁度いい。
ひつまぶしセットというのを頼んだ。周囲を見回すと、典型的な日本のサラリーマンという感じの人間が多い。
金髪で肌が黒い俺は、浮いて見える事だろう。
日本に来たのはこれで二度目だ。前に来た時俺はまだガキで、この国の全てが珍しくて面白かった。
特にアニメやゲームといった娯楽には事欠かず、菓子やジャンクフードが捨てる程溢れ、街は一晩中眠る事なくギラギラと明るかった。
だが何故か、今はそういった街並みがどこか危うく見える。
温かい茶をすすりながら、手首に付けたウェアラブル端末に目を向ける。ヘンリーからメッセージの返信が来ていた。
今はホンジュラスに居るらしい。俺が日本に来ていなければ会えたかもしれないのにな。
ヘンリー、俺がガキの頃から兄のように慕ってきた人物だ。
長身、黄金の瞳、金と黒に染め分けられた髪。猫の優美さと王者たる獣の風格を併せ持つ、黒い獅子の魔獣。
俺達の生みの親(などとは思っていないが、便宜上)フランツがまだ東欧州連合にいた頃に造った、獣化系のバイオロイドだ。
その彼は今、アルシエルとコンビを組んで仕事をしている。アルシエルだ、あの。
二人がコンビを組むなんて、あの当事は誰が想像しただろう?
アルシエル、こいつも東欧州連合出身のバイオロイドだ。男だが少女のような見た目で、いつもニコニコと笑っていて、何となくテンポがズレた奴だった。
誰にでも優しい性格で、「敵」であるはずの俺にもそれは変わらず、嫌いではなかった。
現在彼らと直接仕事で係る事は無いが、ヘンリーとは定期的に連絡を取っている。彼のおかげで表には決して出ない様々な情報が入ってくるから、
俺の仕事にもとても役に立っている。
ヘンリーの他にもいくつかメッセージが入っていたので全て確認した後、少しがっかりしている事に気付く。
どこかで僅かに期待していた相手からのものが無かったからだ、と認めざるをえなかった。
その人と出会ったのはこの日本だ。欧州連合の今は無き天才技術者が自ら造った、数少ない上位個体のバイオロイド。名はシルヴィア。
ヘンリーと同じく獣化系で、黒い狼に変化する。黒い獣は美しい。世の中は白いものを神聖視する風潮があるが、俺にとっては黒こそが至高の色だ。
そのシルヴィアとは最近連絡がとれていない。彼も世界中を飛び回って忙しいから無理も無いのだが、今はどこでどうしているのだろう?
「ありがとうございましたー」
店を出る頃、雪は強くなっていた。パウダースノーならいいが、みぞれのようにじっとりと湿った重い雪は、傘をささないとあっと言う間にびしょ濡れになってしまう。
前回の日本では、雪の中ある仕事をしてその後軽い「風邪」の状態になってしまった。バイオロイドも生体である以上抵抗力が落ちる事はあるし、
ウィルスに感染する可能性だってゼロではない。
その時の任務は、降りしきる雪の中数時間に及び、レインコートを着てはいたが体は芯まで冷えた。
***
細かく飛び散った人体の破片を残らず回収し、薬剤を撒いて痕跡を消す。降りしきる雪の中、組織の下っ端部隊に混ざって、僕とルーシェルもその作業を行っていた。
破片のほとんどは炭化して粉塵になり、土に混ざったり風に飛ばされてしまうのだが、全てがそうなるわけではない。残った破片は回収しなければならない。
僕は比較的大きな破片を見つけた。手首だった。見覚えのある大きな右手。人差し指に煤まみれのシルバーの指輪がはめてある。
バカみたいにアクセサリーをじゃらじゃらと付けるのが好きだったっけ、あの人。僕はそれをトングで拾い、指輪をはずしてから持っていたゴミ袋に入れた。
アレスは、起動した自爆回路に自ら衝撃を与えて、爆死した。
もっとも僕は見ていたわけじゃない。この回路は遠隔操作で起動した場合、30秒後に持ち主を爆破する仕組みだが、カウントが完了しないうちに爆発したので、
そう判断されたのだ。何者かに殺された可能性も無くはないが、その場合巻き添えは免れない。バラバラになったアレスの死体の側にそれらしき痕跡は無かったし、
銃などで撃たれた形跡も無かった、というのが本部筋の話だった。
メサイアを捕らえるという彼の任務は、果たされずに終わった。
だがアレスが最初からその任務を遂行する気があったのかどうかは怪しい。メサイアと極めて間近で接触しながら何の成果も出さずに帰ってきた事もある。
力の差がありすぎるから何も出来なかったというのが実情だろうが、それでも組織に対して少しでも忠誠心があるなら、傷ひとつ負わず涼しい顔で帰ってきたりはしないはずだ。
その後も結局何もできぬまま、アレスは常用していた薬に蝕まれていった。
その薬は、技術者達の予想をはるかに超えるスピードでアレスを破壊した。本国の施設では定期的に脳の検査をしていたが、日本の仮住まいではままならない。
バイオロイド専門のメンテナンス技術者も検査機器もあったが、詳細な脳検査は無理だ。かといって医療機関を尋ねるわけにもいかない。
問診とテストだけで済ませていたのが仇となり、発覚した時はもう手遅れだった。
最後は特殊能力を使えなくなり、精神に異常をきたして錯乱し、メサイアではなくアルシエルを襲ったのだ。当然アルシエルの周囲に阻まれたが、
見境の無くなったアレスは組織の特殊部隊と衝突する事になり、蜂の巣にされ、それでも止められず自爆回路起動となったのだ。
***
アレスは最後まで組織に逆らい続け、自分自身の首をどんどん締め付けた末に自滅した。
彼は一貫して従順な演技を拒否し続けた。生き残り未来を勝ち取る為には、それが最も有効な手段である事は分かっていたはずなのに。
その結果死期を早めた彼の事を、俺は何年か前までなんてバカな奴だろうと思っていた。でも今は少し違う。
思うに、彼には演技をしてでも生き残ろうと思える程の希望が無かったのではないだろうか。
これが終われば大切な人に会える、好きな事に没頭できる、いずれこの状況は変わる、毎日の過酷な任務の中ではそういうものが必要だ。
未来永劫終わりの見えないあの生活の中で、彼は糧となるものを見つけられなかったのだろう。
だが故意にしろ無意識にしろ、自ら死を選ぶのは負け犬のやる事だ。どんなに不本意だろうが笑われようが生き続け、考えて行動すれば機会は巡ってくるのに、
それをせずに死によって逃れるなど愚の骨頂だ。
現に、暁の翼という組織は今は無い。俺の心臓に埋め込まれた自爆回路は生きているはずだけど、これを起動させるシステムは既に無い。
俺とヘンリーは晴れて自由の身となった。アレスは負けたのだ、これ以上無い程無様に。
だけどきっと彼は後悔していないだろう。
「ああ、負け犬だね。だから何?」
あの憎たらしいツラでこう言う気がする。
コンビニで傘を買い、タクシーを拾った。においが好きじゃないが、雪の中を歩くよりはマシだ。
あと20分程で到着する事を先方に伝え、いくつかのメッセージに返信し、取引の内容を確認してから、やる事がなくなったので窓の外を眺めた。
夕方近くの道路は渋滞しはじめている。短い橋に差し掛かったところで、タクシーは徐行状態になってしまった。橋の下には汚い二級河川が流れている。
そういえば、ああいう汚水の中で死んだ奴もいたな。死ぬ時は、雪の中や水の中ではなく、ベッドの上でひっそりと逝きたいものだ。
***
夜明け前の暗い空の下、複数の男達がせわしい動きで行き来している。時々押し殺した声で短い会話を交わす。全員がピリピリと殺気立っている。
目立つといけないのでライトすら無い中で作業が行われている。
やがて汚く濁った水から、何かが引き上げられた。知らなければ流木か何かに見えるだろう。
そのヘドロまみれの物体に、バケツで水がかけられる。現れた物の異様さに、男達は息を呑んだ。
それは人間に似ていたが、全く違う異形の何かだった。
その顔は、眼球のあるべき場所に眼球が無く、口があるはずの場所からはミミズのように粘液めいた艶のある触手が生えていた。
全身の皮膚は灰色に変色し、あちこちに巨大な吹き出物のような突起があり、筋肉は異様な程に膨張していた。
男達はそれをタンカに乗せ、素早く毛布に包み、更に銀色のシートをかぶせて、車に積み込んだ。
「ルーシェル、ちょっと気持ち悪かったね」
僕は隣で作業を見守っていたヘンリーに言った。そう、あれはルーシェルの死体だったのだ。
「ま、アレスに見られなかったのは『不幸中の幸い』ってやつだね、この国風に言うと」
言葉の意味は分かるけど、なぜアレスに見られなかったのが幸いなのかは分からない。尋ねようとしたが、ヘンリーはさっさと車に戻ってしまった。
これで二人目。暁の翼のバイオロイドで稼働中なのは、僕とヘンリーだけになってしまった。
もっとも、ルーシェルの代替のバイオロイドは既に完成している。じきにそっちが動き出すんだろう。
最後に現場を点検する数人を残し、僕はヘンリーを追いかけて車に乗り込んだ。
その第一報が届いたのは二日前の夜だった。
あのデブ主任らしき怪物が現れたという報告が、拠点に常駐する全員に入った。僕は寝ていたが急いで着替えてリビングルームへ向かう。
既に全員が集まり、指揮官のヘンリー自らパソコンの前で怪物の出現場所の確認や行動のシミュレーションを始めていた。
普段はこういう仕事はルーシェルがやるのだが、この日はなぜかいない。
その情報をもたらしたのはフィクス社らしかった。本国のお偉い達が僕達を監視する為に契約した奴らだ。
いつものようにルーシェルの行動を監視、記録していたところ、怪物が現れたという。
主任は少し前から、訓練用エネミーを作り出すのに使う特殊な筋肉増強剤を数回分所持したまま、行方を眩ませていた。
理由は、早い話がバイオロイドを超える力を手に入れて、僕達に復讐する為らしかった。何で僕達があいつに復讐されなけなければならないのかサッパリ分からない。
とにかくその主任が化け物となって夜の街に現れた。それだけなら、放っておけば日本の警察やセルフディフェンスフォースが出動して片付けるだろう。
だが迷惑な事に、奴はルーシェルを襲って拉致したらしい。バイオロイドは暁の翼の最重要機密だ。放っておくわけにはいかない。
ルーシェルにはGPSが内蔵されいるから位置は常に把握できるけど、相手は地下の暗闇を好む化け物で、しかも驚く程のスピードで移動している。
ヘンリーは周辺の下水道、地下街、地下鉄網などのデータを使って奴が地上に現れる地点を予測し、目立たないように部隊を配備した。
その後は慌ただしかった。暁の翼だけではなく、欧州連合の一部の奴らも入り混じっての大捕りものとなった。
主任エネミーは僕らが予想したよりもずっと厄介で、居場所が掴めても近付く事すら容易ではない。
そこへ所属不明の妙な連中も複数現れて、現場は混乱した。
更に厄介な事に、24時間後にはルーシェルの位置情報とは別の場所に主任エネミーが現れるようになった。つまり奴とルーシェルは別行動をとっている。
しかし奴から解放されたはずのルーシェルは拠点に帰って来ない。位置は変わり続けているから、動けないわけではない。
それが意味する事はただひとつ―――。
「やられたね。化け物が二匹になってしまった」
モニターを見つめながら、ヘンリーは無表情でそう言った。
結局騒ぎが収まったのは二日後の深夜で、主任エネミーは原子レベルに分解されて消え、後には同じく化け物と化し力尽きたルーシェルの死体が残った。
ルーシェルの死体は細かく切断され、特殊な薬液で溶解処理された。溶かされた溶液はコンクリートと混ぜられ固められた。
ゴミとして出すわけにはいかないし、焼いたりしたら煙や臭いで騒ぎになりかねない。おそらく本国の施設で粉砕され、処分されるだろう。
アレスは変異したわけではないので、細胞のサンプルを採取された後にディスポーザーで処理された。
墓が建つ事はない。僕達はあくまでも兵器であり、その生命は偽物であり、魂は無い。だから弔う必要はない。それが人間達の考えだ。
確かに、死んだら何も残らないのだ。僕だって別に墓なんか欲しくはない。
***
夜景を眺めながら、コンビニで買ったビールを開けた。この国では20歳以下の飲酒は禁止だが、童顔が多い日本人の基準だと俺はそれ以上に見えるらしい。
ルームサービスのシーフードカレーとステーキサンドとトマトサラダはもう無くなってしまった。ヤキソバとグラタンも追加しよう。
仕事が終わった後のメシは最高だ。まだ全部済んだわけではないが、八割方は終わった。今週中に帰れるだろう。
別に日本が嫌いなわけではない。この国に来なければ出会えなかった人、経験できなかった事が沢山あった。だけど今は、その全てには感謝する気分になれない。
何故だかは分からない。アレスが死んだ時も、ルーシェルが死んだ時も、俺は全く悲しみなど感じなかったのだ。
彼らの死とは関係の無いところで、俺はこの国に隔意を抱き、同時に憧れてもいる。
気が付くと、机に置いていた端末が点滅している。そろそろ仲間との定期連絡の時間だが、この明滅パターンは―。
俺は少しの間それを眺めた後で、モニタをオンにした。
【end】
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<A soul is freed(解放)-おまけ1> |
おまけ1・What goes around comes around.
「その時の状況を、できるだけ詳しく聞かせてくれないかな?」
ヘンリーが、フィクス社の監視員を呼び出した。監視員は首を横に振った。
クライアントが定めた者以外に見た事を報告するのは許可されていないという。
だが何の非も無いにせよ、化け物にさらわれるルーシェルに対して何も出来なかったという負い目があった真面目なフィクス社の監視員は、
絶対に上層部には秘密という事を固く約束させて、話し始めた。
**
長身で体格のいい青年が深夜の道を歩いている。眼鏡をかけたその顔立ちは日本風に言えばイケメンだが、付属物はイケているとは言い難い。
重そうにふくらんだリュックを背負い、肩にはアニメの美少女キャラが描かれた大きな紙袋を提げて、手には菓子や弁当が詰まった袋を持っている。
ルーシェルはあきらかにその青年を待ち伏せていた。
青年が角を曲がり路地に入ったその時。ルーシェルは懐から小型スタンガンを取り出しながら素早く背後に近付いた。拉致するのが目的だろうか。
バイオロイドと人間である。失敗するはずも無いと思われた。ところが、監視員もおそらくルーシェル自身も予想していなかった事が起こった。
スタンガンが届く直前、なんと青年はルーシェルの方を振り向き、裏拳打ちを繰り出したのだ。
まさか青年が反撃をしてこようなどとは思っていなかったのか、ルーシェルの反応が遅れた。避けようと頭を低くしたが一瞬遅く、
青年の拳はしたたかに襲撃者のこめかみを打つ。ルーシェルはスタンガンを取り落とし、地面で跳ねたそれは排水用の側溝へ消えた。
だがルーシェルはそれくらいで諦めなかった。スタンガンが手を離れると、すぐにその手を懐に手を入れる。
次に取り出したのは小型のハンドガンだった。
「声を出すな」
いつものような敬語ではない事に、監視員は驚いた。少ない言葉で簡潔に目的を伝える為だろう。
青年の額に、冷たい銃口が押し当てられている。カチャリと音がして、薬室に弾が装填される。ハッタリではなさそうだった。
「荷物を全部地面に置いて、両手を頭の後ろで組め」
青年は言う通りにするしかなかった。素手での殴り合いなら青年の方に分がありそうだが、拳銃など出されたらどうしようもない。
背中のリュックを下ろし、紙袋とコンビニの袋を置き、両手を後頭部で組む。
ルーシェルは青年に銃を突きつけたまま、左手でその大きな体をまさぐり始めた。コートやズボンのポケットに手を入れ、
入っていたものは全部自分のウェストバッグに入れる。電子機器の類は、ご丁寧に壊してからバッグに入れる徹底ぶりだ。
青年がすぐに誰かと連絡を取る手段は奪われた。
身体検査が終わると、ルーシェルはどうしたものか少し考えたようだが、やはり気を失わせた方が安全だと判断したのだろう。
銃を向けたまま青年の首筋に手を伸ばした。
今度こそ青年が倒れる番だと思われて、監視員は苦々しい思いで成り行きを見つめる。
「やめたまえ!」
深夜の街に、突然よく通る朗々とした声が響き渡った。
またもや予期せぬ事が起こった。道沿いの廃アパートの屋根に突然、奇妙な男が現れたのだ。赤い長髪、顔には黒い眼帯。
ルーシェルは反射的に上を見上げる。青年は暴漢の隙を見逃さなかった。後頭部で組んだ手を素早く解き、
銃が握られた手を下から掌底打ちで跳ね上げる。ルーシェルは小さく声をあげて銃を落とした。青年はすかさず蹴りを入れようとしたが、
察知したルーシェルはバックステップで飛び退った。その間に赤髪の男は屋根から二人の所へ降り立ち、銃を拾い上げる。
「かよわき市民に後ろから拳銃を向けるとは卑劣な奴!成敗してくれる!」
赤髪の男は容赦なくルーシェルを攻撃しにかかった。格闘の腕は相当なもののようで、拾った銃は使わない。
ルーシェルは赤髪の男と比べると頼りなさすぎる細腕でガードしつつ、なんとかその攻撃範囲から逃れようとする。
こうなると彼に勝ち目は無かった。必死のガードも空しく、鈍い音と共に左腕が不自然に曲がる。折れたようだ。ルーシェルは苦痛に表情を歪めた。
しかし驚いた事に、彼はそれでもなお諦めていなかった。
左腕の骨が粉砕されるまさにその瞬間、ルーシェルの右手は懐の中にあった。次の瞬間、その手には黒い円筒形の物が握られている。
直感で危険を察知した赤髪の男は、大きく飛び退ってルーシェルから離れた。
「おーい、逃げろー」
赤髪の男はとりあえず自分が先に危機を回避してから、暢気な調子で青年に呼びかけた。
シューッという音と共に、地面から白い煙がわき上がった。強い刺激臭が漂う。スモークグレネードだった。爆発や閃光は無いが、催涙ガスを撒き散らす。
こういう時、思わず目を閉じるのは生物に備わった自然の防衛本能だろう。赤髪の男もそれに違わず、ごく短い時間目を閉じた。
ルーシェルも勿論例外ではないが、彼には確固たる目的があった。目と鼻の粘膜をただれさせながら、なおも青年の方へ走り寄る。
青年は涙と鼻水を流しながら激しく咳き込んでいる。
…監視員の任務は、あくまでも監視である。現場がどんな状況であろうと、介入は許されない。たとえ対象者が死の危機にあっても、
その原則は守られなければならない。クライアントとはそういう契約なのだ。現場の様子を正確に把握、記録、報告する事に細心の注意を払わなければならない。
だから気付くのが遅れたのだ。そのおぞましい影が、予想もしない場所からそこに近付きつつある事に。
彼らがルーシェルの姿を見たのは、それが最後となった。
【end】
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<A soul is freed(解放)-おまけ2> |
おまけ2・Their state of the time
いつもは静かな住宅街であるはずのその街が、今夜はいつになく騒々しかった。
パトカー、消防車、救急車が停車し、回転する赤色灯が家々を不気味に照らし出している。
「外に出ないで下さい。窓を閉め、換気扇とエアコンは切って下さい」
防毒マスクを付けた消防隊員が、マイクで近隣住民に呼び掛けている。白い防護服を着た科学機動隊の姿まである。
周囲には黄色いバリケードテープが張り巡らされ、マスコミの取材班やら野次馬やらが入り乱れて、大変な騒ぎだ。
「何があったんですか?」
「異臭騒らしいわよ」
「そういえば、逃げろ、とか聞こえたような」
平和な住宅街で突如起こった異臭騒ぎに、テロに敏感になっている人々は震え上がった。
人々が群がる一角から少し離れた所で、白髪混じりの中年男が苦々しげな表情をたたえてその喧騒を眺めている。
さてそろそろ寝ようとささやかな幸せに浸っていた時、けたたましいサイレンにその平穏を破られたのだ。
男の横には、思わず二度見せずにはいられないような整った顔立ちの青年がウンコ座りしている。
「異臭ね…」
「くせえよな、確かに」
中年男は、医者である表の顔と魔を狩るハンターという裏の顔で積んだ経験から、今夜ここで何があったのかを考えている。
まだかすかに残る刺激臭の正体は催涙ガス、ガスの種類はどうもいわゆるトウガラシスプレーの類ではなさそうである。
おそらく軍で使用するような催涙ガスグレネードの類が使われたのであろう。
更にもうひとつ気になる事があった。連れの青年も同じ事が気になっているのだろう、二人の視線は5メートル程先の、ある物に固定される。
二人の視線が重なる場所には、街のどこでも見かけるマンホールがあった。蓋がわずかにずれている。
そして雨が降ったわけでもないのに周囲が濡れ、その液体は二人の鼻であればはっきりと分かる悪臭を放っていた。
**
くしゃみは何とか落ち着いた。でも相変わらず目は真っ赤だし喉は痛いし頭も痛いし水のような鼻汁も止まらない。
本当なら病院へ搬送された方がよかったんだろう。授業の無い時間にちょっと抜けて病院に行ってみようか。
でも俺があの騒ぎの中にいたと分かったら、また色々と面倒が起るに違いない。
おそらくこの騒ぎの一番の被害者であるキリアン青年は、湯船につかりながら頭を抱えた。
風呂場全体に催涙ガスの残り香が漂う。
ここ最近おかしな事ばかり起こる。ほんとにカンベンしてほしい。
今日はシャレにならなかった。いきなり後ろからスタンガンで狙われ、拉致られそうになって、あいつが助けに来てくれたはいいが催涙スプレーらしきものを撒かれ、
その後は――。思わず唾を飲み込んだ。
催涙ガスの中で涙を流しながら見た光景は、いまだに何だったのか良く分からない。一度に色々起こり過ぎて頭の整理がつかない。
あれは夢だったのだろうか?
俺を拉致ろうとした男が、催涙ガスの中で突然勢い良くつんのめった。コントみたいな見事な転び方だった。
そして倒れたまま引きずられるようにズルズルと後退していき、蓋の開いたマンホールの中に消えたのだ。ホラーではおなじみの光景だ。
マンホールの中からは、何か――それこそホラーそのものな何かが見えた。それが拉致野郎の足や胴に巻きついて、引っ張り込んだのだ。
俺を拉致ろうとして、逆に「何か」にさらわれてしまったのだろうか。
あれは誰だったんだ?見覚えは全く無い。とりあえず外国人なのは確かだ。ベースボールキャップを目深にかぶって、モッズコートを着ていた。
俺を拉致ろうとする目的、金目的とは思えない。だったらやっぱり…アレなのか?
そして何より、マンホールのあれは一体何だったんだ?噂の巨大G?警察に届けるべきか?というかやっぱり幻覚だったのか?
だとしても性質の悪すぎる幻覚だった。当分マンホールには近寄りたくないが、あんなあちこちある物避けようが無い。
ああ、そういえばあいつにロクにお礼も言えなかったな。夜食は全部持って行かれたが、安いものだ。こっちは食欲なんか到底出ない。
それよりも、壊されて持っていかれたスマートウォッチ、Vite、それからヘッドホン。データはバックアップがあるからいいが、全額合わせたら相当なものだ。
スマートフォンと財布はリュックに入れておいたからよかったが、イベントでゲットした非売品ハンドタオルも持っていかれてしまった。
紙袋はオークションでも売れるはずだったのに催涙ガスでダメになってしまったし、服も捨てるしかない。
ショックによる茫然自失状態が回復してくると、被った被害の大きさに今度は無性に腹立たしくなってくるキリアン青年であった。
どうしても憎たらしい犯人の顔を思い浮かべてしまう。
マンホールに落ちる直前、能面みたいだった男の顔は必死の形相だった。
全身がマンホールに吸い込まれてからも、精一杯伸ばした手だけがしばらくバタバタしていた。
目が開けられない程痛かったはずなのに、その時だけは痛みも忘れて見入っていた。あの光景はしばらく忘れられそうにない。
あの後どうなったのだろう。やっぱり喰われて…。
寒気がした。
もう少しで朝になってしまうが、とりあえず寝よう。完全にキャパオーバーだ。後の事は起きてから考えよう。うんそうしよう。
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<A soul is freed(解放)-おまけ3> |
おまけ3・Another future
ルーシェルがシャワーを浴びて寝室に戻った時、アレスは既に眠っていた。その足元で、毛の長い雑種の黒猫がまるくなって眠っている。
猫の名はヘンリー、とても目つきが悪くて愛想の無い奴だ。彼らが名付けたのではなく、元の飼い主である知り合いが付けた名である。
数日預かるだけの予定だったのだが、その知り合いは結局猫を迎えに来る事なく死んでしまった。
ルーシェルはアレス起こさないようにそっとベッドの端に腰かけ、しばらくの間その無防備な寝顔を眺めた。
一週間前に起きた落石事故の時に負った傷が、額やこめかみにかさぶたとなって貼り付いている。
二人がここに来てそろそろ3年になろうとしていた。南大西洋に浮かぶ、外周30kmほどの島である。
夏の気温は30℃になるが、冬はマイナス15℃を超える事もある厳しい気候だ。
昔は軍事要塞や刑務所があり、「絶対に脱獄不可能な監獄」と言われていた場所だった。今はそのどちらも無い。
その代わりに鉱山があった。主にニッケルを産出している。
外との行き来は資源と物資を運ぶ海底トンネルのみ、しかも関係者以外は近付く事もできない。
他には緊急時に使用する為の滑走路があるだけで、港も無い不毛の地だった。
鉱山の主な労働力は、様々な国からやってきた鉱夫達である。
もっとも、望んでここの鉱夫となった者はいないだろう。彼らは元囚人だったり、貧困による失業者だったり、要するに行き場の無い人間達だった。
その労働環境は苛酷を極める。設備も、労働者への配慮も、先進国のそれとは比較にならない。
大抵の者は粉塵により早々に喉や肺を痛めるし、事故も多い。施設の衛生状態も劣悪だ。
だが一応刑務所とは違うから、当然労働者達は自由に歩き回れるし一応食堂や商店もある。
そしてぞれの住居も与えられる。鉄筋コンクリートの集合住宅が多いが、戸建ての家もある。アレスとルーシェルは後者だった。
戸建てといえば聞こえはいいが、彼らに与えられた家は居室がひとつだけ、壁面はコンクリート剥き出しで断熱材も無い粗末な造りである。
夏は暑く冬は凍えるほど寒い。雨が降ればベッドまで湿気を含むような有様で、二人は廃材の木や布を壁に貼り、寒さと湿気をしのいだ。
家具は擦れて変色したテーブルと椅子、わずかな衣類を入れるだけの小さな木箱。そして隙間無く並べられたシングルサイズのパイプベッドが二つ。
電気は通っているが、使用できるのは夕方5時から夜11時までの6時間だけだ。勿論インターネットなど無い。
20年くらい前の型のテレビだけが、この家で唯一の贅沢品だった。
そんな環境の中、現在の二人は日々黙々と鉱山で働きながら生活している。
***
暁の翼が事実上消滅した後、二人の身柄は欧州連合に引き渡された。
アレスもルーシェルも体は既にボロボロで死を待つだけの状態だったが、どのような力が働いたのか、延命治療が施された。
治療は難航したが、二人は何とか命をとり止めた。暁の翼の技術ではまず無理だったはずだ。
その後彼らは裁判にかけられた。
二人が直接的、間接的に殺した人間の数は正確には分からないが、あわせて3000人には及ぶと推測された。
その8割以上は、ルーシェルが起こしたサイバーテロによるものだ。金額的な被害も数億ドル単位である。
死刑が廃止された国が多い世の中ではあったが、誰がどう見ても死刑が妥当と思われた。
だが、彼らは体内に自爆装置やGPSを埋め込まれ、命令を拒否できなかったのも事実ではある。
それが何千人もの人間を殺した罪を正当化するものにはならないが、判断の材料とされた事は確かだった。
その結果二人はまず、兵器として与えられた能力の全てを除かれる事となる。
アレスの翼は切除され、全ての特殊能力も凍結された。もちろん「剣」もだ。ルーシェルは脳をコンピューターに接続する能力を失った。
身体能力は変わらないが、元々彼らは死の直前まで弱っていたのを延命されたのだ。以前とは比べ物にならない程弱体化している。
こうして「無害化」された彼らはその罪を償うべくこの島に送られ、余生を送る事となったのだった。
***
ルーシェルはアレスに寄り添うようにベッドに入った。
ここに来た当時、二つのベッドは離れていた。ひとつ屋根の下にいながら、アレスは頑なにルーシェルを拒絶していた。
それがいつ頃からだろう、徐々にアレスの態度は軟化し、いつしか二人はこうして寄り添うようになった。
アレスが目を覚ました。足を動かして寝ているヘンリーをベッドの上から追い出そうとしたが、ヘンリーは動じない。
「起こしちゃいましたね、すみません」
「……」
アレスは無言でルーシェルの頭を撫で、また目を閉じた。すぐに規則的な寝息が聞こえ始める。
朝食には、彼の好きなポテトパンケーキを焼こう。ルーシェルはそう決めてから、自分も目を閉じた。
二人にはもうお互いしか残されたものはなかった。だが彼らには今、確かな寄る辺がある。もう孤独ではない。
世界の果てのようなこの島で、厳しい労働に耐えながら、それでもささやかな幸せを噛み締めつつ精一杯生きて行くだろう。
いつか命が果てるその日まで。
【end】
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最終更新:2016年02月29日 19:30