なんだかよくわからない事に巻き込まれたな。
突然放り出された夜中の草原を歩きながら、呑気にも
新田拳正はそんなことを考えていた。
ともすれば、状況を認識していないバカに見えるがそうではない。
まあ確かにバカではあるのだが、それでもテロリストに首に爆弾を付けられて殺し合いを強要されているという状況くらいは理解してる
ただ、状況だけでビビるほど、軟な胆力をしていないだけである。
彼は現代に生きる八極拳士である。
男子の本懐として当たり前のように強さに憧れ、
たまたま選んだ道が八極拳であり、
たまたま近所の公園を彷徨う老人と出会い、
たまたま老人がとんでもないレベルの八極拳の達人で、
たまたま行く当てもないという老人を一人暮らしの自宅に住まわせ、その代わりに老人に師事した、
そして極めつけが、その老人がタイムスリップしてきた史上最強と名高い李書文だったという事である。
期せずして彼は史上最強の弟子となったのだった。
命のやり取りというほどのことでもないが、死にかけたことは何度もあるし、ヤクザに刃物を突き付けられたこともある。
何より師匠のほうが彼にとってはよっぽど怖い。
「そういや師匠、大丈夫かなぁ……飯とか」
飯がないと暴れて家を壊されては適わないので、さっさと帰りたいというのが偽らざる本音である。
だがどうすれば帰れるのか、その方法が思い浮かばない。
殺し合いに優勝して帰るというのは選択肢にすら浮かんでいない。
どうしたもんかいのー、と無い頭と共に首をひねる拳正。
偶然その視線の先に、その場に蹲りブツブツと呟く少年を発見した。
「なんなんだよ…………なんなんだよクソ………ッ!
……ざけんなよ……せっかく悪魔と………………」
夜の草原に蹲る少年の名は
斎藤輝幸という。
悪魔「オセ」と契約し力を得た少年だ。
「オセ」とは契約者を望む姿に変える悪魔である。
厳しい教育により抑圧された輝幸は獣じみた欲求を望んだ。
結果、彼は獣人となる力を得た。
それ以来、彼は変わった。
力は自信へと繋がり、自信は行動を変える。
悪魔のと契約により彼はクラスの日陰者から、支配者へと立身を遂げた。
だが、悪魔との契約の代償として40になればその心臓は徴収される。
26年後というまだ未来に彼は確実な死を得る。
まだ未来の話だし、人によってはそれなりに生きたと言える年齢かもしれない。なにより人間はいつか死ぬ。
だが、それほど達観した価値観を中学生である彼に求めるのは酷というものである。
誰だって中学生にでもなれば一度は死について考える。
だがそんな麻疹のようなものとは違う。
明確に命のゴールラインを切られた彼は同年代の誰よりも本気で死について考え、本気で死に怯えている。
故に、彼は彼は誰よりも死に対して敏感で、誰よりも死に対して臆病だ。
そんな彼が、首に爆弾を付けられ殺し合いの舞台に放り込まれては、生き残ろうとするのは比較的自然な思考と言えるだろう。
「おい」
突然背後から声をかけられ、輝幸の肩がビクンと跳ねた。
声をかけたのは近づいてきた拳正である。
人を見つけたから、とりあえず声をかける。深く考えない男である。
「よう。お前も参加者ってやつだよな?
お互い変なことに巻き込まれちまったな」
元より他者に対して物怖じしない男である。
年代も近そうな相手という事もあり拳正の警戒心はゼロに近い。
殺し合いという事態を認識しながらのこの行動は、襲われても対応できるという自信の表れか。
あるいは単純に何も考えてないだけなのかもしれない。
対する輝幸は何も答えない。
ただ手先を震わせながら、猜疑と警戒に満ちた目で拳正を見つめている。
「おいおい、別になんもしやしねぇよ。デカい図体して何ビビってんだよ」
そう言って、遠慮なしに輝幸に近づき、バンバンと肩を叩く拳正。
彼なりに怯える元気づけようとした結果なのだが逆効果と言うか、ここまで来ると普通に失礼な奴である。
「触れるなッ!」
輝幸が肩を叩く手を勢いよく振り払った。
オセの力によりクラスの支配者となった輝幸だが、元よりコミュニケーションが苦手な内気な少年である。
余りにも明け透けな拳正の態度は理解できないし、ついていけない。
簡単に言うと、この二人、相性が悪い。
「僕は、僕はな…………っ」
相手の思考は知らない。わからない。
輝幸の中には殺し合いの中で突然現れた他者に対する恐怖しかない。
だから殺される前に殺す。
単純な帰結だった。
「お前みたいなDQNが、一番嫌いなんだよぉおおお!!」
叫ぶ輝幸の筋肉が流動し、その体が膨張する。
体毛が波打つように金色の生え変わり上半身を覆う。
獣化能力。
これが悪魔との契約により彼が得た力である。
「シャァア――――――ッ!」
雄たけびを上げ、金色の獣人は拳正の頭部めがけ五指の爪を振り下ろした。
裏に生きるヒーローたちと違い、怪人などに耐性のない拳正だが、驚くより先に体が動いたのは反射となるまで積んだ功夫の賜物か。
咄嗟に震脚を打ち、大きな弧を描く一撃を横合いから掌底で弾き落とす。
猛虎硬爬山。
倒すというより、ひとまず間を取るための一撃だ。
攻撃をそらされ相手が体勢を崩した隙に、拳正はバックステップで距離を取った。
「……おいおい」
思わず呆れの声が拳正の口から漏れる。
引いた場所から改めて相手を見据えれば、そこにいたのは2メートルを超える体躯を持った金色の獣である。
2メートルを超える大男と喧嘩したことはある拳正にとって体格差はあまり問題ではない。
問題は、両の手足から鋭く伸びる爪。そして何より頭部が人のそれではない。豹である。
流石にこれはない。
しかし、これは悪い冗談でしたとはいかない。現実は非情である。
一旦戦いの口火を切った相手がここで止まるはずもなく、容赦なく襲い来る黄金の獣。
振うその爪一本一本が、半端なナイフよりも鋭い切れ味を持っている。
それが丸太のような豪腕で振るわれるともなれば、まともに食らえば人間など輪切りになること請け合いである。
単純な能力値にはそのくらいの差がある。
だが、それを覆すのが武力である。
確実な死を持った暴風を、間合いを見極め紙一重で躱してゆく拳正。
のみならず、大振りされた攻撃の隙を見て、自ら暴風の内側に踏み込んで行く。
狙いは人体急所の一つである明星(下腹部)。
飛び込んだ勢いのまま、突き刺すように肘を打ち込む。
見事、狙い通りの外門頂肘を拳正は直撃をさせた。
「!?」
だが、返ってきたのは分厚いタイヤに打ち込んだような奇妙な手応えだった。
それは人間とは異なる外皮の硬度と肉厚な筋肉の鎧。
並みの喧嘩自慢なら一撃で吹き飛ばす威力を持った打撃が、まるで通らない。
「やべっ」
攻撃後の動きが止まった拳正に向かって、金色の獣が巨大な右腕を振り抜いた。
懐に入りすぎた。
避けられない。咄嗟にそう判断した拳正は、避けるのではなく自ら腕に向かって体を預けた。
これにより爪を避けると共に打点をずらし威力を軽減。加えて両腕を十字に重ね受け、衝撃を化勁で受け流す。
「ぐッ!?」
だが、彼が化勁が苦手というのもあるが、巨大すぎる衝撃を完全には流しきれない。
軽量級の拳正の体が木の葉のように宙を舞った。
伸身のまま空中で回転。何度か地面を擦り、飛び石のようにその体が跳ねた。
「このッ!」
回転の勢いの弱まった所で拳正は自ら捻りを加え、ネコ科動物よろしく器用に地面への着地を成し遂げる。
吹き飛ばされた距離は20メートルほど。
すぐさま立ち上がった拳正は打撃を受けた両腕の調子を確かめる。
折れてはいない。
だが、左腕はともかく、直撃を受けた右腕は痺れてしばらく使い物になりそうにない。
「ッ……やべぇな、殺される」
弱音のような言葉が拳正の口から洩れた。
その言葉は輝幸の強化された耳に届き、彼は内心でほくそ笑む。
己が強者であるという確信。
力は自信へと繋がる。自信は鎧となり彼を生き残れるという確信へと導いてくれるのだ。
「オセ」は狂気を操る悪魔でもある。
狂気に突き動かされるまま、勝利を確信した黄金の獣がトドメを刺すべく駆だした。
蹴った地面が抉れ、風切音が唸りを上げる。
人智を超えたその身体能力をもってすれば、20メートルの距離など無いに等しい。
首を刈らんと爪を付きだし一直線に駆ける姿は、大型弩砲(バリスタ)から放たれた巨槍のよう。
城壁もかくやという勢いで奔る黄金の弾丸を前に、人間は成す術などないだろう。
だが、続く拳正の言葉がその自信を否定する。
「こんな情けない戦いを師匠に見られたら、殺される。
っていうか猛虎を逃げで使ったとか知られたら、マジで殺される」
言って。拳正は迫る悪魔を前に慌てるでもなく腰を落とし半弓半馬に足を開く。
使い物いならない右腕はだらりと下げたまま、左腕は俯掌のまま膝内に構え。
そして、意識ごと入れ替えるように目を閉じ、大きく息を吸い、そして吐いた。
少年が目の前で化物になった驚きだとか、殺し合いだとか、首についた爆弾だとか。雑念は完全に捨てた。
今、この時、思うのは目の前の敵を打倒すというただ一つのみ。
この割り切りの良さが拳正の強みである。
「こっから本気な」
眼を開く。
既に距離はない。
眼前には悪魔の右腕が迫っている。
瞬間。輝幸が感じたのは首を撥ねる手ごたえではなく、自身の腕をすり抜ける一陣の風の感覚だった。
30の悪霊軍団を統べる大総長である「オセ」の力は凄まじい。
だが、どれだけ強靭な力を得ても、その体を動かしているのは素人である輝幸である。
どれだけ早かろうと、どれだけ強かろうと、直線的な動きでは玄人である拳正を捉えることはできない。
拳正の動きはこれまでとは質が違う。
その動きは奔いというよりも巧い。
気が付けば、彼我の距離は互いの息吹がわかるほどの超近接となっていた。
この距離こそ八極の間合い。
八極拳は、すべての動きを「一」で完結させる。
攻撃はすなわち防御であり。
防御はすなわち攻撃である。
動き出した時点ですでに攻撃は始まってる。
「―――――フっ」
息を吐く。
震脚により大地が揺れた。
身長差から、輝幸の水月がちょうど拳正の肩口にある。
踏み込んだ足を軸に半回転。流れるような動きで相手の水月を己の肩で突き上げた。
―――――鉄山靠。
八極を代表する絶技である。
輝幸は自身の鳩尾で巨大な爆発が起きたと錯覚した。
それほどの衝撃だった。
2メートル超の巨体が宙を舞う。
地面にたたきつけられた巨体は、そのままゴロゴロと転がりやっと動きを止めた。
「ガっ……ガハ………ッ!」
輝幸はその場に咳き込みながら胃液を巻き散らかせる。
立ち上がろうと足掻くがダメージからか、それもうまくいかない。
その様子を見た拳正は内心で己の功夫の至らなさを僅かに恥じた。
先ほどの一撃は間違いなく会心の手ごたえ、今の拳正の打てる最高の一撃だったが、それでも相手の意識を奪うには至らなかった。
師の領域はまだ遠い。
「けど、もうやめとけ。決着だ」
言って。震える体で立ち上がろうとする相手を制する。
先ほどの攻撃の真価は、浸透勁による内臓への攻撃である。
こればかりはどれだけ筋肉の鎧で塗り固めようが防げない。
吹き飛ばしたのは
オマケの様なものだ。
勁の通った感触はあった。もう戦える状態じゃない。
少なくとも拳正にとってこの戦いは、喧嘩の延長のようなものだ。
命を懸けるようなものではない。
だが輝幸にとっては違う。
殺すつもりだったし、殺し合いのつもりだ。
負けることは死を意味する。
何よりも死を恐れる彼が諦めることなどありえない。
「へ。思ったより根性あるじゃねぇか」
歯を食いしばり口の端から胃液を垂れ流しながら、それでも金色の獣は己の足で立ち上がった。
その様子を見て楽しげに拳正は笑った。
「けどな、足にきてんだろ!」
向かう拳正。
言葉の通り輝幸のダメージは甚大であり、足元も覚束ない。
だが、立ち上がった以上、戦士である。容赦はしない。
流星のような踏み込みで懐に入る拳正に、ダメージの残る輝幸は対応できない。
何とか振るった左腕は空を切り、合わせるように拳正の肘鉄が振り上げられる。
叩き込まれたのは先ほどの一撃と同じ水月。
重ねるように叩き込まれた裡門頂肘が、今度こそ輝幸の意識を奪い取った。
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「結局、何だったんだ、こいつ……」
意識を失い元の姿に戻った少年を見つめ拳正は呟く。
目の前で獣と化した少年。
常識の埒外の存在とこうして出会うのは、初めてのことである。
実際にはタイムスリップした李書文や先ほど
ワールドオーダーを見ているのだが、少なくとも拳正の認識では。
「ま、いっか」
すぐさま考えを放棄する拳正。
自分が考えても分からないことは分かっているので、無駄なことはしない。
分からないことを分からないで済ませられるのも、ある意味才能なのかもしれない。
「それよか、こいつどうすっか」
勢いでぶっ倒したが、意識を失い伸びてる相手をどうしたのもかと頭を悩ます拳正。
放っておいてもいいが、もしここに放置して彼が誰かに殺されては寝覚めが悪い。
目を覚ました彼が誰かに襲い掛かり被害者が出てしまったらもっと悪い。
「しゃーない。連れてくか」
そう言って輝幸を背負う拳正。
深く考えない男である。
ともすれば全力で拳を交わした以上、友情が芽生えたとすら考えているのかもしれない。
「よっと、ってやっぱデカいなこいつ」
小柄な拳正が背負うには、輝幸の体はやや大柄だった。
そして、なにより右腕がマヒしてるのでまともには背負えない。
若干、と言うかかなり引きずる形になるが、そこは許してもらうしかない。
「しかしまぁ」
実際、化物と戦った先ほどの戦いで分かったことが一つある。
「やっぱりマジモンの化けモンより化けモンだわ、うちの師匠」
【E-3 草原/深夜】
【新田拳正】
状態:ダメージ(小)、右腕麻痺(そのうち回復)
装備:なし
道具:基本支給品一式、ランダムアイテム1~3(未確認)
[思考・状況]
[基本]さっさと帰りたい
1:脱出する方法を考える
※名簿も見てません
【斎藤輝幸】
状態:気絶
装備:なし
道具:基本支給品一式、ランダムアイテム1~3(確認済み)
[思考・状況]
[基本]死にたくない
1:???
最終更新:2015年07月12日 02:16