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斎藤輝幸は夢を見る。

厳しいだけの親。つまらないクラスメート。
そんな奴らに、何も言えず従うだけの自分。
何もかもどうでもよかった。
どいつもこいつもバカばかりだ。消えてしまえばいい。毎日そう思っていた。

その日常が壊れたのはいつか。
その日も、いつものようにネットで調べた黒魔術に興じていた。
魔法陣を描きこのくだらない日常の破壊を願った。
本気だったわけじゃない、ストレスを発散するための遊びの様なものだ。

だが、悪魔は本当に表れた。

そこから彼の人生は変わる。
世界が変わるほど劇的に、取り返しのつかないほど致命的に。

混濁した意識が波の様な緩やかな動きに揺すられる。
それは揺り籠のようであり、このまま意識を奥深くに預けてしまいたくなる。
だが、足元を引きずるような感覚がその心地よさの邪魔をする。

「よう。目ぇ覚めたか」
「ッ!?」

なにがどうなってこうなったのか。
輝幸が目を覚ましたのは、先ほどまで殺し合いをしていた相手の背中の上であった。
自分がどうなって、どういう状況なのか。まるで訳が分からない。
混乱に陥った輝幸は、ひとまずこの状況から逃れるため、身を捩じらせ藻掻き始めた。

「うぉ!? いきなり暴れんなって」

突然の輝幸の行動に驚きつつも、相手をなだめようとする拳正。
だが、静止の声も輝幸には届かず、自らの背中の上で暴れる相手に対して徐々に苛立ちをため込んでゆく。
元より我慢強い性格ではない、それはすぐに爆発した。

「だから、暴れんな、って!」

トン、と地面を踏み、背中越しの発勁を放つ拳正。
その反動で輝幸は背中から弾かれる。
結果として、望み通り拳正から離れられたものの、輝幸は受け身もとれず尻もちをついて地面に落ちた。

「あ、悪ぃ。思わずやっちまった」

すまんすまんと軽い調子で謝りながら、輝幸を引き起こそうと左腕を差し出す拳正。
だが、輝幸は差し出された腕を見ようとすらせず、俯いたまま微動だにしない。
何を思ったか、拳正は俯いているのを引きずってきたためドロドロになってしまった右足を気にしていると解釈した。

「ああ、足が汚れてんのは許せ。
 つかうまく背負えなかったのは、右手痺れさせたお前のせいだかんな?」

ブンブンと具合を確かめるように右手を振り回す。
動作に問題はない、ひとまず握力は戻ったようだ。

「ええっと、そういやお前名前なんだっけ?」

問いかけにも反応せず、輝幸は無言を貫く。

「おーい。聞こえてんのかー、おーい」

しかしそこは空気の読めない男だ。
先ほど似たような流れで諍いになった反省など無く、しつこく問いかけていくスタイルの拳正。
もはや素直に答えるか、先ほどの繰り返しを演じるかしかない状況である。
拳正と違い学習能力のある輝幸がいい加減折れた。
いやいやながらも口を開いた。

「斎藤…………輝幸」
「お。輝幸な。俺は新田拳正。よろしく頼むわ」

返された拳正の名乗りを聞き、俯きっぱなしだった輝幸がゆっくりと視線を上げた。

「…………新田、拳正…………お前『桜中の悪魔』か」
「……あー、後輩かお前」

拳正は困ったように頭を掻き、少しだけばつの悪そうな顔をする。
『桜中の悪魔』
拳正がかつて呼ばれていた名である。

新田拳正は不良(ワル)だった。

元よりやんちゃの過ぎる悪童ではあったのだが、転機は小学五年の時。
とある事故で彼は両親を亡くした。
その後、親戚に引き取られたものの、そこでの義理の両親との折り合いが悪かった。

そんな理由で、彼はわかりやすいくらいに荒れた。
喧嘩に明け暮れ、家にもほとんど帰らず、危ない連中とつるみだした。
教師も義理の両親も完全に匙を投げた。子供のころから通っていた道場も破門された。
もはや悪友以外で彼に普通に話しかけるのは幼馴染の少女とその家族くらいのモノだった。

曰く、ゲームセンターを物理的に破壊したとか。
曰く、暴走族を一人で潰したとか。
曰く、パトカーを破壊したとか。
曰く、ヤクザに喧嘩を売ったとか。

その真偽こそ不明ながら、数多の悪名は学内に止まらず、地域一帯に響き渡り、彼は『桜中の悪魔』と呼ばれて恐れられた。
それが3年前までの出来事。
中学二年の終わりごろに、公園でとある老人に出会ってからその悪名はプツリと途絶えたが。
今でもその噂を覚えている者は少なくはない。

「なんで…………殺さない」

そんな相手が、自分を殺そうとした相手を何故生かしているのか。
様々な噂を知る輝幸からすればこの状況は不気味で仕方がない。

「いや、真顔でそんなマンガみたいなセリフを吐かれてもだな……。
 戦いの中で死んじまったんならともかく、決着ついたのにわざわざトドメなんて刺さねぇよ。
 あんなもんただの喧嘩だ。お前が売った、俺が買った、んで俺が勝った。それだけだろ」
「…………それだけで済むわけないだろ!
 いきなり浚われて、首に爆弾までつけられて、これは喧嘩じゃない殺し合いだぞ!?
 自分を殺そうとしたやつなんて、殺すだろ普通!? いったい何企んでるんだお前!?」

少なくとも輝幸は本気で殺すつもりだった。
だからこそ、負ければ殺されると思ったし、敗北に対して全力で抗った。
自分を殺そうとした相手が生きているなど、安心できるはずがない。
まして、そんな人間を連れ歩くなど、何か企んでるとしか考えられない。

「普通って言われてもなぁ、別になんも企んでねぇよ。
 あのまま放っておくのも危ねーな、ってくらい?」

何とも曖昧な拳正のとぼけた態度は輝幸をますます苛立たせた。
だが、企みどころか、割と本気で何も考えてない拳正は、輝幸の剣幕に戸惑うばかりである。

「なんだそれは? 強者の余裕か? 僕なんかには殺されないそう思ってるのか?」
「いや、んなこたねぇよ。お前は強かったよ。次やったらわかんねぇし。まともに一発でも食らったらマジで死んでたかもな。
 けどまあ、死んだら死んだで、そん時はそん時だろ。戦いなんてそんなもんだ」

あっけらかんと言ってのける。
拳正は積極的に殺す気などないし、自ら死ぬ気もない。
だが、自分が死んでしまっても、相手を殺してしまったとしても。拳正にとって、それはただの結果だ。
その結果を受け入れる覚悟がないのなら、そもそも戦わなければいい。
それが拳正の価値観。
この年にして些か達観した生死感である。
それは長年武に身を置いてきた経験故か、それとも両親の死を経た事による結論か。

「…………意味が分からない。僕は嫌だ。死になくなんか、ない……!」

輝幸にはその価値観は理解できない。
輝幸は誰よりも死にたくない。
自分だけじゃなく、人間は誰だって死にたくないと思っているはずだ。
それが輝幸の価値観。
覚悟とか、矜持とか、そんなもののために命を懸けるだなんて信じられない。
ただ、分かるのは、その理解できないモノによって輝幸の命は奪われなかったという事だけだ。

「お前は……お前は、死ぬのが怖くないのかよ……?」

吐き出すような輝幸の問い。

「それは――――」

そこで言葉を切った拳正が突然、輝幸に向けてディパックを投げつけた。
正確には輝幸にではなく、その後ろ。
サク、と布を破る軽い音が鳴り、ディパックに飛来したナイフが突き刺さった。

「な、」
「――――森か」

突然の事態に戸惑う輝幸を置いて、拳正は目を細めナイフの飛んできた方向を鋭く見つめる。

「輝幸。お前は、その辺で隠れてろ」

言うが早いか、拳正は襲撃者の待つ魔の森に向けて、迷いなく駆け出して行った。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

「ほぅ」

ナイフを投げた襲撃者、サイパス・キルラはその対応に息を漏らした。
彼が立っているのは森林地帯の中でもひときわ高い木の上だ。ここからナイフを投擲した。

相手の力量を図るべく、まず投げナイフから入るのはサイパスの癖だ。
今回の場合、高々子供2人に貴重な弾丸を使うまでもないと思ったという理由も大きい。

なにせ殺害すべき対象は70名近くいるというのに残弾は30発しかないのだ。
相手がよほどの強敵だと判断した時でもない限り、できる限り弾丸は温存したい。

(もっともヴァイザーがいる限り、その心配も杞憂だろうがな)

組織の最強戦力にして、サイパスの育て上げた最高傑作。
あの稀代の暗殺者がいる以上、70名すべてをサイパスが殺すなどと言う事態にはならないだろうが。

(さて、あの小僧は果たして銃を使うに値する相手か)

木の幹を蹴り、サイパスが動く。
向かいの木へと跳躍したサイパスは、たどり着いたところで再びその幹を蹴り次の木へ跳ぶ。
その動きを繰り返して、稲妻のような軌跡を描きながら漆黒の影が空中を行く。

森に侵入した拳正は自らを取り囲むように飛び交う黒い影を見た。
目にもとまらぬ速度で踊る影。

その異様な光景を拳正は横目で見送り、足を止めずその場を突っ切り森の奥へと進んでいく。
相手の動きを見て、木々の密集したこの場での戦いは不利と判断し、少しでも開けた場所に戦場を変えるつもりなのだろう。
来た道を引き返さなかったのは、残してきた輝幸に目を向けさせないためか。

その背を狙い、躍る暗闇から一筋の銀光が放たれた。
回転しながら飛来するナイフは走る拳正の肩口を掠め、スコンと小気味良い音を立てて木の幹へと突き刺さった。
縦横無尽に行きかう影は、刺さったナイフを回収。再びナイフが投擲される。

前後左右の区別なく、およそ一本のナイフで成されているとは思えないほどナイフが次から次に絶え間なく飛び交う。
走る拳正を中心に絶対的な暗殺空間(キリングフィールド)が展開された。
黒のコートが縦横無尽に闇に躍る様は、まるで不気味なサーカスか何かだ。
その中央にあって、拳正は動きを変えない。
ナイフを紙一重で躱しながらただ走る。

落ち着いている。
それが拳正に対するサイパスの感想だ。
その実、行きかうナイフのほとんどは本命を隠すための幻影にすぎない。
体に当たる本命だけを見極めれば、十分に躱せる代物だ。
そして、拳正はこの状況でそれを見事に成し遂げている。

サイパスの行う、派手な動きはすべて精神的優位に立ち、主導権を握るための演出だ。
先ほどの剣術家のようにサイパスの超人的な動きを見た者はまず精神的に飲まれる。
だが、拳正はサイパスの多角的な動きに翻弄もされず、動じた様子もない。
この場での不利を認め、焦れて一か八かに奔るでもなく状況の打開に全力を注いでいる。

サイパスに誤算があるとしたらそこだった。
確かにサイパスの動きは凄まじい。
拳正からしても規格外の動きであり、その動きを再現することは不可能だろう。
だが、同じことはできないが、同じことをやれそうな人間ならば日常的に見ている。
素手でビル解体できるビックリ人間を超えない限り、拳正にとっては驚くには値しない。

どうやら、この戦術で敵を仕留めるのは難しそうである。
そうサイパスが判断を下したタイミングで、舞台は深い森を抜け、木々の開けた空間に出た。
拳正はその中央まで突っ切るとクルリと後方へと振り返り、最期に飛んできたナイフを明後日の方向へと蹴り飛ばした。

「よお。ようやくまともにツラ拝めたな」

周囲に足場となる大樹はなく、そこにはようやく地に足を付いたサイパスが立っていた。
初めて真正面から対峙する二人。
互いの間に遮蔽物もない。

「そんじゃま、こっからは単純な喧嘩しようか。おっさん」

言って、拳正が動く。
対するサイパスは格闘戦に応じるはずもなく、迷いなく懐からS&W M10を取り出した。
遮蔽物のなさが仇となった。身を隠す術はない。
盾を求め、森林地帯に戻ろうと背を向けようものなら、その瞬間に撃ち殺されるのがオチだろう。

銃口を突きつけられ、絶体絶命ともいえるこの状況。
銃の登場にさすがに驚いたように目を見開くがそれも一瞬、拳正は迷わず前に加速した。

距離を詰めれば射角は狭まり、射線の外に出やすくなる。
実行できるかはともかく、理屈としてはそれは正しい。
だが、相手は百戦錬磨の殺し屋サイパス・キルラだ。
引き金を引く瞬間を読み切りたとしても、躱せるのは最初の一発までだろう。
右か左か。避けたところで回避後の硬直を狙い撃ちにされてお終いだ。

さあ、どうする?
運命の引き金が引かれ、問いかけの様な弾丸が放たれる。

その瞬間、拳正がサイパスの視界から消えた。

(下か……!?)

拳正の選択は右でも左でもなく下。
サイパスの足元に向けて、ヘッドスライディングのような体制で滑り込むように飛び込んだ。

すぐさまその動きに対応し銃口を下へと向けるサイパス。
だがそれよりも一手早く、飛び込んだ拳正は両腕で体を支え、逆立ち様な体制のままほぼ真上に向けて蹴り足を跳ね上げた。
その動きは蟷螂拳の穿弓腿に近い。

サイパスの顎下から槍のように鋭い蹴りが奔った。
顎を砕かんと一直線に迫るその一撃。
サイパスは冷静にその間合いを見極め、半歩下がるだけでこれを回避。
拳正の右足が空を切る。

だが、蹴りを躱された拳正は止まらず、地突いた腕を交差させ空中で無理矢理に身を捻った。
その動きと連動するように、後ろ脚が跳ね上がる。
跳ねあがった左足の踵が、サイパスが右腕に握る拳銃のグリップを強かに打った。
その勢いに弾かれ、S&W M10が宙を舞った。

(最初からそれが狙いか)

まずは武器を無力化するというのは狙いとしてはよい。
そうサイパスはこの動きを評価する。
だが。

「詰めが甘い…………ッ!」

無理な体制で蹴りを放った拳正は完全に死に体だ。
逆立ち状態の拳正の顔面を、サッカーボールのようにサイパスが蹴り上げる。
まともにもらった拳正が地面を転がった。

「ぐっ!」

受け身をとり、揺れる視界のまますぐさま立ち上がり追撃を警戒する拳正。
だが、意外にも追撃は来なかった。
見ればサイパスは距離を詰めるでもなくその場に直立していた。

ふん、と詰まった鼻血を出しながら、相手の出方を伺う拳正。
その様子を見ながら、サイパスが口を開いた。

「小僧。名を、聞いておこうか」
「…………新田拳正。おっさんは?」
「ただの殺し屋だよ。名乗るほどの者じゃない」
「だったら俺も、ただの八極拳士だ。名乗るほどのモンじゃない」
「…………」

ああ、バカなんだな。とサイパスは気づく。
まぁこの程度の常識の欠如したものならば組織にもいるか、と気を取り直して話を続ける。

「ではケンショウ。殺す前に三つ聞いておこう」
「あんだよ」
「その戦い方、誰に教わった」

その戦い方は明らかに実戦を想定している。
ただの子供の護身術にしては物騒すぎる代物だ。

「李書文とかいう爺さん」

その返答にサイパスは思わず噴き出した。

「はっ。そうか」

この状況で言う冗談にしては気が利いている。
仕込んだのが音に聞くあの『神槍』というのならば納得できる話だ。
とはいえ80年近く前に死んだ名だ、もちろん本気にしてはいないが。

「二つ目の問いだ。貴様、死が怖くないのか?」

銃を前にして、迷うことなく踏み出してきたあの動き。
ヴァイザーのように死を読み切れるのならばできる。
アザレアのように死を恐怖として認識していないのならばできる。
目の前の男の場合はどうか?

「? いや、普通に怖いけど?」
「なるほど」

銃を見て具体的な死を想像できないただの平和ボケか、ただ壊れている狂人か。
それとも、死を恐れていてもなお踏みこめる逸材なのか。

「最後の質問だ、お前――――殺し屋になる気はないか?」
「ねーよ」

即答だった。
予想通りの返答だったが、それでも面白い逸材を見ると引き込みたくなるのはサイパスの悪い癖だ。
組織の奇人変人も半数近くはこうしてサイパスが集めたようなものである。

「そうか。ならば、お前はここで殺しておこう」

だが、引き込めないのならば殺すまでだ。
これまでも気に入った相手に誘いをかけてきたが、断った相手は例外なく殺してきた。
将来的に組織の危険因子となりうるからだ。

もはやサイパスに躊躇いはない。
静かに地を蹴り、サイパスが動く。
音もなく一瞬で最高速まで達するその動きは正しく死神。
身を低く、命を刈らんと死神が奔る。

対する拳正は跳ねるように前へ。
拳を突き出し最大速度で突進する、絶招歩法。

互いに全速。
交差は一瞬で終わるだろう。

交差の瞬間、拳正の視界が黒で染まった。
それは黒いコートだった。
視界を塞ぐように、サイパスが己のコートを大きく翻したのだ。

拳正は構わず打つが、その先にサイパスの実体はない。
打撃に絡め取られたコートの下から、滑り込むようにサイパスが現れる。
下から現れた相手に対して、打ち込んだ腕を曲げ、肘を落とす拳正。
だが、地面スレスレを走るサイパスの異常な動きにその一撃は空を切る。
カウンターを取られ、鳩尾に強烈な膝が叩き込まれた。

「ふん。体術なら勝てると思ったか?」
「ッ…………思ってる、よ!」

だが、打撃を喰らい身をくの字に折ながらも、拳正の右掌はサイパスの胸元に置かれていた。
その密着状態から放たれる、掌打による寸勁。
サイパスの体が後方に大きく吹き飛んだ。

だが、浅い。
勁も殆ど通った手ごたえがない。あれではただ押し出しただけだ。
この機を逃さず、吹っ飛んだサイパスに向かって追撃に走る拳正。

瞬間、脳天に斬撃を喰らった。

「なっ…………!?」

それは天から落ちてきたナイフだった。
視界を塞いだ瞬間にサイパスは隠し持っていた最後のナイフを上空に投げていたのだ。
体術ならばという挑発もそれに気付かせないためのブラフ。
その挑発に見事に嵌った。

幸運にも裂かれたのは額だけだ、致命傷ではない。
だが頭部の傷は流血量が多い、ザックリと裂かれた傷口からは血液が垂れ流れ、その両目を汚した。
反射的に瞼が閉じられ、視界が失われる。

サイパスが体制を立て直し距離を詰めるか、拳正が視界を取り戻すか、どちらが早いか。
拳正は片目を拭いすぐさま目を開く。

そして、赤く染まる視界の先にあったのは、拳銃を構えるサイパスの姿だった。
そこで悟る。サイパスは吹き飛ばされたのではない。拳正の打撃を利用し自ら拳銃が落ちた場所まで飛んだのだと。

「チェックだ」
「くっ」

この銃弾は躱せない。
互いにその確信があった。

「!?」

だが、その確信を裏切るように、次の瞬間に響いたのは銃声ではなく獣の咆哮だった。
生い茂る枝葉を薙ぎ払いながら、夜闇を切り裂くように現れたのは豹の化物。

「輝幸!?」
「亦紅と同じ人外の類か!」

恐るべき速度で森を駆け抜けた獣は、五指の凶爪をサイパスに向けて振り下ろした。
尋常ならざるその一撃を、サイパスは後方に飛ぶことで避けながら、同時に弾丸を数発撃ち込んだ。
だが、鎧のような表皮はそれをそれをものともせず、豹の悪魔の突進は止まらない。

「ちぃ! 9mmの豆鉄砲では貫けんか」

サイパスは舌を打ちながら、突進してきた化物に対応する。
振り下ろされた一撃を素早く横に回り込んで躱した。
同時に、重心の乗った足を払うとともに、付き出された肩を押し出す。
自らの突進の勢いを利用され、悪魔の巨体が空中に投げ出された。

瞬間。宙を舞う巨大な影と入れ替わるように、小さな影が飛び出した。
拳正だ。

サイパスの内懐へ向けて踏みこみ、足裏を大地に叩きける。
そこから踵を捻じ込み、全ての運動エネルギーを肘へと伝える。

体当たりの様な勢いで打ち込まれた裡門を、サイパスは独楽のように回転して受け流した。
その勢いを利用したまま、バックハンドを放ち拳正の後頭部を打った。
直撃を受け、前のめりに倒れこむ拳正。
トドメを刺すべく銃口を向けようとするサイパスだったが、横目に豹の悪魔が復活していたのが確認できた。
その悪魔に意識をやった隙に、拳正が跳ねあがるように起き上がる。

(…………キリがないな)

状況は完全に二対一。
それでも負ける気はしないが、弾丸の消耗も避けれないし、無傷ともいくまい。
相手を見くびったのは間違いだったと認める。
ただの子供二人と思いきや、とんだ食わせ物二人だったようだ。
どうやら、この場にはまともな人間はいないようだ。
次からはどんな相手にも手を抜かない様にしよう。そうサイパスは肝に免じる。

「ここは引くとしよう」

引き際だ。
この場で殺しておきたかったのは確かだが、この会場に囚われている以上、殺す気いくらでも機会はあるだろう。

サイパスは地に落ちたナイフとコートを回収し、すぅ、っと影に溶けるように森の奥へと消えていく。
当然ながら二人はそれを追わず、緊張感を保ったままその姿を見送った、

そして、完全にその姿が見えなくなったところで、ようやく拳正は残心を解いた。
緊張を解くように息を吐き、同じく変身を解いた輝幸へと向き直る。

「助かった」
「……別に。借りを返しただけだ」

ぶっきらぼうに輝幸は返す。
トドメを刺されなかった借りと、サイパスの襲撃から助けられた借り。あるいはその両方か。
借り? なんかあったっけ? と拳正は疑問符を浮かべているがそれはいい、義理は果たした。

歪んではしまったが、元より真面目な義理堅い少年だ。
これだけの借りを受けながら、どうしてもそのまま放置しておくことができなかった。
だが、最後まで迷っていたのも確かだ。
実際、探してみて見つからなかったら諦めようという消極的な気持ちだったのだが、不運にも見つけてしまった。

「しっかしバカ強ぇおっさんだったな。結局一発もまともに当てれなかったぜ」

当てられたのは当てさせられた寸勁だけ。
実力の差は歴然だった。
手と足くらいは出たあたり体術のレベルは師ほどではないが、あの男の本領は単純な強さとは別だろう。

「この調子だとさすがにしんどいな」

輝幸にサイパス。今のところ拳正の出会った相手は強敵ばかりである。
どうやら簡単に帰るのは厳しそうだと、この段階にきてようやくこの男も思い至った。
早期帰宅を諦め、腰を据えて事に当たることを決意する。

「まぁ最悪、師匠のメシは九十九が何とかしてくれんだろ」

そうごちる拳正だったが、まだ名簿の確認すらしていない彼はその少女がこの会場にいることを未だ知らない。

【F-4 中央・森/黎明】
【新田拳正】
状態:ダメージ(中)疲労(中)
装備:なし
道具:基本支給品一式、ランダムアイテム1~3(未確認)
[思考・状況]
[基本]帰る
1:脱出する方法を考える
※名簿も見てません

【斎藤輝幸】
状態:健康、微傷
装備:なし
道具:基本支給品一式、サバイバルナイフ、ランダムアイテム1~3(確認済み)
[思考・状況]
[基本]死にたくない
1:???

【F-4 南・森/黎明】
【サイパス・キルラ】
[状態]:健康、疲労(中)
[装備]:S&W M10(3/6)
[道具]:基本支給品一式、サバイバルナイフ、38スペシャル弾×24、ランダムアイテム0~1
[思考・行動]
基本方針:組織のメンバーを除く参加者を殺す
1:亦紅、遠山春奈との決着をつける
2:新田拳正を殺す
3:イヴァンと合流して彼の指示に従う

※F-4のどこかにサバイバルナイフが1本落ちてます

035.俺、美少女になります! 投下順で読む 037.Terminators
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史上最強の弟子ケンショウ 新田拳正 戦士の心得
斎藤輝幸
アンシーズ~刀侠戦姫贖罪録~ サイパス・キルラ 殺し屋の殺し屋による殺し屋のための組織

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最終更新:2015年07月12日 02:32