『槙島、お前相変わらず何やっても駄目だな』
『「すいません」とか「申し訳ございません」とかいつも言ってるけどさぁ、全く進歩してないよな?』
『本当に反省してんのか?そんなんだからずっと業績最下位なんだよ、お前』
―――五月蝿ェな、畜生。俺は精一杯頑張ってんだよ。上司といい同僚といい、それが解んねえのかよ?
脳髄の中を過去の映像が鮮烈に過る。
俺の身体が宙を舞う中で、あの頃の記憶が走馬灯の如く蘇ってくる。
あぁ、何でだよ。何でだ畜生。結局俺は負け犬なのかよ。
『槙島幹也さん?お宅に借した借金、随分と返済が滞ってますよね?』
『まだ返せない?…槙島さん、貴方は自分の立場を解っているんですかね』
『我々はいつでも貴方のご自宅へ直接取り立てに伺うことが出来るんですよ?』
―――立場?取り立て?この闇金のクズ共が。ちょっと金を借りたくらいだろ、無茶苦茶な条件付けやがって。
あの頃の俺は本当に無様だった。
心の中で愚痴ばかりを零してる癖して、結局は相手の顔色伺うことしか出来ない。
社会に不満を感じているのに胸の内で吐き出すことしかやれない。
だが、今は違う。俺は変わった。変われたんだ。
あの時俺を救ってくれた『
案山子』のおかげで。
俺は、『ヒーロー』になる決意をしたんだ。
◆◆◆◆◆◆
「ぐ、あ………ッ!?」
H-9の市街地に建てられた学校の中庭にて。
宙を舞っていた男の身体がドスリと芝生へと叩き落ちる。
被っていた魔法使いのような帽子が転がり落ちるも、倒れ込みながら必死に片手でそれを回収する。
「その身なり…もしかして、噂の『案山子』か?」
「はぁーッ…、くっ、が…ァ……」
「どんなものかと思って蓋を開けてみれば、ただのチンピラだな」
這いつくばる男にゆっくりと歩み寄るのは黒衣を身に纏った青年。
黒い装いとは対照的に病的なまでに白い肌が特徴的だ。
そして左右でそれぞれ色彩が違う瞳が男を冷徹に見下ろしている。
青年の名は
茜ヶ久保一。秘密結社『悪党商会』の一員。
そして数々の一般人や正義のヒーローを虐殺してきた『生粋の悪』。始まりは彼の襲撃だった。
茜ヶ久保は
ワールドオーダーが語る『革命』を叩き潰すべく、悪党商会の手で会場を掌握しようと考えたのだ。
しかし、その方法は過激極まりない物だった。
全ての参加者を殺戮し、『人間の可能性』を踏み躙ってから
主催者を引きずり出す。
それこそが茜ヶ久保の方針であり、校舎内を散策しようとしていた名も知らぬ男を襲撃した理由でもあった。
「畜、生ッ……テメェ…案山子を侮辱すんじゃねェッ…!」
そして這いつくばる男の容姿は茜ヶ久保以上に奇抜なものだった。
厚手のトレンチコートを身に纏い、麻袋で作ったかの様な粗い素材の覆面を被っている。
その覆面には、不気味な『案山子』のような顔が描かれていた。
覆面の下から何度も荒い息を吐き、両手を地面に突きながら声を上げる。
余裕綽々と言った態度の茜ヶ久保とはまるで対照的な姿だ。
茜ヶ久保から『案山子』と称されたこの男。しかし、それは誤解だった。
それもそのはず、彼の名は『案山子』ではなく。
「俺はアッ!『
スケアクロウ』だアアァァァァーーーーーッ!!!!」
我武者らに立ち上がった覆面の男―――彼が自称するその名は『スケアクロウ』。本名、槙島幹也。
彼は手元に落としていた支給品の手斧を握り締め、茜ヶ久保目掛けて飛びかかる。
スケアクロウはまるで死狂いの如く雄叫びを挙げる。
右手でがっちりと握り締めた手斧をやけくそに振るい、力任せに彼を切り裂かんとした。
「そうか。ま、誰だっていい」
だが、その攻撃すらも容易く対処される。
弾き飛ばされる様な『衝撃』と共に、スケアクロウの身体が再び吹き飛ばされた。
斧に切り裂かれるよりも先に強力な超能力―――所謂『念動力』の類いを纏った蹴りを叩き込んだのだ。
そのままスケアクロウはなす術も無く無様に転がりながら校舎の壁に叩き付けられる。
「俺は、俺のやり方でやらせてもらうだけだ。悪党商会としてのやり方でな」
地面に横たわり、荒く乱れた息を何度も吐き出すスケアクロウを茜ヶ久保は冷淡な眼差しで見据える。
本来の悪党商会の目的とは『正義と悪の居場所を設けること』であるが、彼はそのことを知らない。
故に茜ヶ久保は何処までも冷酷に振る舞う。悪党商会幹部『悪の最終兵器』として。
「ちく…しょう、が……」
「死ね、虫ケラ」
すっと前に突き出された右腕が踞るスケアクロウに向けられる。
愉悦の笑みと侮蔑の視線を見せながら、茜ヶ久保の右掌に念動力が収束していく。
これが放たれれば、スケアクロウの身体を圧し潰すことなど容易く行われるだろう。
そう、彼の命は一瞬で失われる。
茜ヶ久保は右掌の中で念動力を球状に象る。
そのまま、スケアクロウ目掛け『それ』を放たんとした―――
「わあああぁぁぁーーーーーーーーッ!!!!!」
どこからともなく響き渡ったのは少女の雄叫び。
その直後、声が聞こえた方向から複数の弾丸が勢い良く放たれる。
飛来する弾丸の幾つかが茜ヶ久保の身体に着弾した。
◆◆◆◆◆◆
時を少し巻き戻す。
(…殺し合い、かぁ…)
学校の1F、下駄箱置き場の傍で座り込む一人の参加者。
長い黒髪が目を引く少女。ブレザーを着込んでいる通り、まだ17歳の高校生に過ぎない。
彼女の名は
麻生時音。容姿端麗、文武両道の優等生。
通っていた高校でも生徒の憧れの的となっていた模範的な少女だ。
尤も、それは表の顔であり素はもっと腹黒い性格なのだが。
(あたしに、殺し合いなんて…出来んのかな…)
座り込みながらも片手に握り締めているのは一丁の拳銃。
コルト・ガバメント。1911年にアメリカ陸軍に採用され、現役を引退した今でも傑作と呼ばれている自動拳銃だ。
「突然襲われた時の為に」という理屈でこの拳銃を手に持っていたのだ。
(…怖いなぁ…。死にたくないし…殺したくもないよ…)
しかし、彼女は未だにこのゲームに置ける方針を決められていなかった。
殺し合いをしなきゃ生き残れない。たった一人しか生還出来ないデス・ゲームなのだから。
だけど―――はっきり言って、人殺しなんてしたくない。ゲームには乗りたくない。
同じ高校の子達の名前も名簿で見かけたのだ。自分が生きる為だけに見知った同級生達みんなを殺すなんて、絶対に嫌だ。
(どうしよう…)
故に彼女はただこうしてその場で踞っていることしか出来ない。
どれだけ学業に優れようと、どれだけ気が強かろうと、彼女はあくまで一介の女子高生に過ぎない。
『殺し合い』という現実への恐怖に耐えられる程彼女は強くなかった。
ただ踞ることしか出来ない時音。
彼女が行動を促される時がやってくるまで然程時間は掛からなかった。
(……? 人の…声?)
座り込んでいた彼女の耳に入ったのは叫び声のようなもの。
耳を澄ませて聞いてみると、男の声のようだ。
誰か人がいるのだろうか…いや、いる。
不安感を抱きながらも、彼女は声の聞こえる方向で何が起こったのかが気になった。
(殺し合いに乗ってるような奴がいるかもしれない)
無論、彼女の心中には躊躇いもあった。
しかし、こんな所で座り込み続けても何も始まらないということも理解していた。
それ故に彼女は他の参加者との接触の機会を逃したくはなかったのだ。
もしもの時はこの拳銃だってあるし、危なかったらそそくさと逃げればいい。
体育の授業でも活躍してるあたしの運動神経が有れば、それくらい容易い。…たぶん。
(こんな所で待ってたって仕方ないな…よし、行ってみよう。あたし、気合い出せ!)
立ち上がった時音は、声が聞こえた方向へ赴くことを決意した。
◆◆◆◆◆◆
そして、時は再び現在へ。
「はぁーっ…はぁーーッ…!」
時音が赴いた中庭で発見したもの。
それは黒尽くめの男が踞っている男を叩きのめしている現場。
踞っているトレンチコートの人の方は今にも黒尽くめの方に殺されそうだった。
彼女は離れた壁際でその様子を覗き込んでいた。
『今まさに目の前で殺し合いが起こっている』という現実への恐怖が勝り、動くことなんて出来なかった。
しかし、黒尽くめの方が何かトドメを刺そうとしている様な素振りをしていることにも気付いた。
故に時音は黒尽くめの男―――茜ヶ久保を止めるべく、やけくそに拳銃から発砲したのだ。
普段は猫を被っている時音と言えど、このまま殺人現場を何食わぬ顔で見過ごせる程に冷淡ではない。
一抹の恐怖を振り絞って引かれた引き金から放たれた弾丸のうち2発が茜ヶ久保の脇腹、左肩に着弾した。
「チッ、新手か」
「その人から離れろ!…ま、まだ弾はある!また撃つわよ!」
体勢を崩し、脇腹を抑える茜ヶ久保。
左肩、左脇腹から出血をしながらキッと時音を睨む。
対する時音の表情は、不安と焦燥に塗れている。それどころか銃を握り締める両手が震えてさえいる。
だが、鋭く睨む様な視線は確かに茜ヶ久保を捉えていた。
直後に動き出したのは茜ヶ久保だ。
彼は時音を尻目に見ながら、すぐさまその場から走り去る。
状況が変わった上に、負傷までしてしまった。それ故に彼は撤退を選んだのだ。
深追いが裏目に出て重傷を負い、鵜院に回収される―――そんなことを何度も経験しているからだ。
それ故に彼は冷静に頭を回転させ、逃走を選んだのだ。
呆然と銃を握り締めていた時音。
カタカタと両手を振るわせながら、去っていく茜ヶ久保を見つめていた。
ほんの僅かな沈黙の後、彼女はハッとしたように踞っている男性の方を向く。
「…!え、えっと…大丈夫!?…ですか?」
時音は黒尽くめの男に叩きのめされたスケアクロウの方へと走って近寄る。
当のスケアクロウは、踞りながら荒い息を整える近付いてくる時音の方へと顔を向けている。
そのままよろよろと立ち上がるスケアクロウの傍で時音が立ち止まった。
「お嬢ちゃん…俺を…助けてくれたのか?」
「は、はい。何ていうか…殆ど衝動的に、でしたけど…」
そう、時音はスケアクロウの命を助けたのだ。
彼女がいなければ、彼はあのまま黒尽くめの男の超能力に粉砕されていただろう。
ぽかんとしたように声を上げるスケアクロウを、時音はゆっくりと見上げた。
(…覆面?)
時音はその時になってようやく気付いた。
スケアクロウの顔を覆う奇怪な覆面に。
夜の薄暗さ故に遠目からではよく見えなかったが、この距離からははっきりと見える。
(この覆面の顔、見たことある…)
そう、彼女は覆面に描かれた顔に心当たりがあった。
遠い昔、幼稚園の頃だったか。絵本か何かで読んだことがある。
台風で家が吹き飛ばされて…魔法の国?みたいな所に飛ばされる話。
あれに出てくる登場人物。それにそっくりなのだ。
(そうだ、あれだ…『オズの魔法使い』とかいうの)
彼女は暫しの思考の後、漸くそれを思い出した。
この覆面に描かれた顔は『オズの魔法使い』の登場人物に似ている。
そう、頭の中に藁が詰まっている。
『案山子“スケアクロウ”』に似てい―――――
グシャリ。
似てい。
似て。
いる――――?
(えっ?)
唖然とした様な思考を浮かべる時音。
頭部に感じる熱すぎる感触。
何が起こっているのか理解出来なかった。
自分の身体が、ゆっくりと横倒しになって崩れ落ちているのだ。
(え?…なん、で?)
漸く異変に気付いた時にはもう遅い。
自分の頭部の左側に、手斧が叩き込まれていたのだ。
大量の血液を流しながら、時音は壊れた人形の様に転倒し。
わけが解らぬまま、その意識を闇の中へと落とした。
◆◆◆◆◆◆
「畜生ッ!!」
少女の遺体に何度も蹴りが叩き込まれる。
「畜生ッ!!!」
何度も何度も、憂さ晴らしの如くその身を嬲っていく。
「畜ッ生がアアアアァァァァァァッ!!!!」
狂気を孕んだ叫びと共に、『スケアクロウ』は麻生時音の死体を蹴り飛ばした。
何度も息を荒らげ、動かぬ人形の如く転がる時音の死体を流し見た直後に深呼吸をする。
(…初めて人を、殺しちまった)
スケアクロウは再認識する。そう、これは彼にとって初めての殺人だった。
(だが、案外なんてことはねえ…へはッ)
だが不思議と恐怖や罪悪感は沸き上がらない。
それどころか勇気が沸き上がってくる。
自分も案山子の様に誰かに手を下せたという事実が、どうしようもなく愉快だった。
「ああァァァーーーーッ、スッキリしたぜェ!畜生あの黒尽くめ、今度会ったら絶対ェ殺す…!!」
彼が時音を殺害した理由。
それは一言でいえば『ムカついていたから』だった。
彼は思う。自分は正義だ。案山子によって救われたのだ。
自らをリンチにしようとした借金取り共を余すこと無く全員殺してくれた。
『槙島幹也』が『スケアクロウ』になれたきっかけは、偏にあの案山子のおかげだ――そう考えていた。
しかし、このゲームの開始早々あの黒尽くめの男に散々嬲られた。
『悪』に対して手も足も出なかった。
そのことがどうしようもなく苛立たしかったのだ。
黒尽くめの男の見下す様な目つきがとにかく気に入らなかった。
かつて自分を無能扱いして見下していた上司も。
自分を意にも介さず冷遇していた同僚共も。
自分を淡々と追い詰め続けた借金取りや闇金共も。
槙島幹也のことを、あんな冷ややかな眼で見ていた。
「へぇははははははははははッ!!!!」
故に彼は目の前に現れたか弱い少女で苛立ちを発散させたのだ。
中々の上玉だったが故に一撃で殺したのは口惜しくは思うが、彼に取っては些事に過ぎない。
あんな弱者はどうせ殺し合いに乗った参加者に食われて遅かれ早かれ死んでいただろう。
死期が早まっただけの話だ。自分は悪くない。
それに、『正義』は生き残るべき存在。しかしこの殺し合いはたった一人しか生き残れないデスゲーム。
つまり『正義の生還を妨げる他の参加者達』こそが悪なのだ。彼らを殺した所で何の罪がある?
正義の執行に罪などない。自分こそが正義なのだから。
「俺はスケアクロウだ!俺こそが正義だ!逆らう奴は全員ブッ殺す!!」
スケアクロウ。断罪者『案山子』に救われた男の成れの果て。
社会への苛立ちを正義の名の下、『暴力』という形で発散させている狂人だった。
彼は手斧を握り締め、狂喜を見せる。
自らこそが正義の使者であると『怪物』は嗤い続けた。
【麻生時音 死亡】
【H-9 学校/深夜】
【スケアクロウ】
[状態]:高揚、疲労(中)、全身の至る所に打撲(中)、肋骨にヒビ
[装備]:手斧、コルト・ガバメント(0/8)
[道具]:ランダムアイテム1~2(確認済)、予備弾倉×2、麻生時音のランダムアイテム1~2、基本支給品一式×2
[思考]
基本行動方針:正義執行。悪を殲滅し、第二の案山子となる。
1:俺はスケアクロウだ!俺こそが正義だ!
2:正義である自分こそが生き残るべき存在。よって生還の妨げとなる他の参加者(=悪)は全員殺す。
3:勝ち残る為に手段は選ばない。ただし生き残ることが優先であり、時には逃走も視野に入れる。
4:案山子に関しては保留。
[備考]
※名簿には「スケアクロウ(槙島幹也)」として表記されています。
※正義の執行という名目で暴力衝動を発散させています。
※麻生時音の支給品を回収しました。
【茜ヶ久保一】
[状態]:左肩と左脇腹に銃創(出血中)
[装備]:なし
[道具]:ランダムアイテム1~3(確認済)、基本支給品一式
[思考]
基本行動方針:悪党商会以外のメンバーを殺し尽くし、『人間の可能性』そのものを叩き潰す。
1:他の参加者を殺戮し、悪党商会の手でゲームを掌握する。
2:最終的にはこのゲームを仕組んだワールドオーダーを徹底的に殺す。
3:スケアクロウと邪魔に入った女(麻生時音)はいつか必ず殺す。
[備考]
※彼が使える超能力は『念動力(サイコキネシス)』の類いです。
他にも超能力が使えるかは後の書き手さんにお任せします。
【手斧】
スケアクロウに支給。
片手で持てるサイズの小型の斧。
柄の長さは40cm程であり、見かけ以上の重量がある。
主に薪割り等に用いられる。
現在はスケアクロウが装備中。
【コルト・ガバメント(0/8)】
麻生時音に予備弾倉×2と共に支給。
.45口径の自動拳銃。使用弾薬は.45ACP弾。
1911年にアメリカ陸軍に制式採用されて以降、半世紀もの間制式銃として活躍し続けた。
強力なストッピングパワーと高い信頼性を持ち、世代交代した現在も根強い人気を誇る。
現在はスケアクロウが装備中。
最終更新:2015年07月12日 02:16