跳ねるように少女が踊り、ふわりと漆黒のドレスが翻る。
銀の月光に照らされ、濡れるように輝く金の髪はさながら星屑のようである。
夜と言う舞台の下、精巧な人形と見紛うほど可憐な少女が舞う様はどこか幻想めいていた。
小さく可憐な毒をもつ花。
それが彼女に与えられた名前である。
少女の人生はゴミ箱の中から始まった。
親に捨てられたゴミ溜めの中で、ただ死を待つだけの赤ん坊は泣き喚くでもなく笑っていたという。
偶然通りかかった男はそれにを気に入り、赤ん坊を拾い上げ自身の組織へと持ち帰った。
その男の所属していた組織は、暗殺を生業としていた。
少女は組織に育てられ、同年代の子供たちが学校で勉学に励むように、殺しについて学んで行く。
物心ついたころには周りは殺人を生業とする暗殺者や、殺人嗜好を持つ異常者ばかり。
少女はそんな環境で育った。
決して狂っているわけではない。
ただ常識がおかしい。
ただ常識からおかしい。
異常が正常であり、正常が異常であった。
彼女にとって人殺しは仕事だし、殺時嗜好もただの趣味だ。
だから突然、殺し合えと言わても、まあそういうこともあるだろうという程度の感想だ。
そんなことよりも、思わず踊りだしてしまうほどに彼女の心を弾ませるのは、また別の事項だ。
「ああ……いい夜だわ。今夜は、とても」
何せ、仕事以外で外に出るのは生まれて初めてのことである。
目的のない散歩などそれだけで胸が高鳴る。
肌に感じる夜風の冷たさも、普段見ない夜空の星々も、風が揺らす木々の騒めきも、踏みしめる地面の感触すら愛おしい。
なんて楽しい。
わくわくする。
だが、ふと思う。
ただ歩くだけでこれだけ楽しいのなら、誰かとお話ししながら歩けたらどうなんだろう。
きっと素敵だ。
それがお友達とならなおのこと楽しいはずだ。
「~~♪~~♪」
鼻歌交じりに少女は行く。
素敵な出会いを探して。
道の角を曲がったところで、聞きなれた音が聞こえた。
いつも組織の隠れ家で聞いている音楽だ。
自然とアザレアの足がそちらに向かう。
近づくたび、どこか懐かしい匂いが鼻孔をくすぐる。
誘われるようにアザレアは自然とその場にたどり着いた。
そこには楽しげに遊ぶ、男の姿があった。
その様子を見て、きっと彼とは仲良くなれる。
そう確信めいた予感がアザレアにはあった。
遊ぶ男の背に、仲間に入れてもらおうと声をかける。
「こんばんは。おじさま。いい夜ね」
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多数の一般人を拉致して殺し合いを強要するなどと言うテロリストの暴挙。許せるはずもない。
この事実を白日の下にさらす事こそジャーナリストの義務であり使命である。
彼女の心を燃え滾らせるのはそれだけではない。
青い男や
ワールドオーダーの使用した魔法としか言いようのない力。
もともと彼女は魔法の存在を信じていたが、目の当たりにしたのは初めてだ。
どれもこれもが記事になる。
世間に公表されるべき事実である。
「必ず公表してやるんだからぁ」
そう決意を固め、とりあえず支給された筆記用具に、月明かりを頼りにこれまでの事実を記してゆく。
走り出したペンは止まらない。
殺し合いの舞台といえど、彼女は恐れはしない。
戦場カメラマンのように、真実のためなら命を懸ける覚悟はできている。
彼女は常々そう思ってるし、周りにもそういい続けている。
それが彼女にとってのジャーナリズムである。
「? あれは…………?」
最初は目の錯覚かと思った。
夜から闇が染み出したような黒い影を見た。
それは、闇よりも暗く、夜よりも深く、黒よりも漆い。
それがなんであるかに気づいた薫は胸の高鳴りを抑えることができなかった。
彼女はそれを知っている。
直接的な面識ではなく知識として。
数年おきに現われる殺人鬼につけられた名である。
決まって42人の人間を殺害すると、煙のように姿を消し数年後に再びあわられるという都市伝説めいた存在だ。
覆面で隠されたその正体を知る者はおらず、その正体は人間ではなく、幽霊や妖怪、妖精の類ではないかと言われている。
今年、覆面男に殺されたと思しき被害者は13名。
もしかしたら残り29名の生贄を求めて、この場を彷徨っているのかもしれない。
そんな都市伝説が眼前に存在している。
その事実に、薫は興奮を抑えることができない。
無意識に写真を撮ろうとして、いつも肌身離さず持ち歩いているカメラが没収されていることに気づく。
「あぁ、もぅ! カメラは武器じゃないんだから没収しなくてもいいのにぃ!」
仕方なしに筆記用具を片手に突撃インタビューを慣行する決意を固める。
確かに危険もあるだろうが、都市伝説に出会って話せるなんて、こんな機会は二度とない。
危機感よりも好奇心が先立つ彼女だ、多少の危険で怯むことはない。
それに過去にカラスのような殺し屋にインタビューだって死にはしなかった、
危険を感じてすぐに逃げれば何とかなるだろう。
「すみませーん、取材いいですかぁ」
思い切って呼びかけたその声に、覆面男が反応しゆっくりと向きをかえる。
その動きは緩慢。
まるで牛かなにかのようだ。
「どぅも。私『照影新聞』の四条薫といいまぁす。ちょっとお話聞いてもよろしいですかぁ?」
軽い声掛けとは裏腹に薫は息をのむ。
目の前に対峙して分かる、体の底から震えが来るような威圧感。
殺し屋などとは比べ物にならない、いうなればこの世のものとは思えない雰囲気。
それら全てを、自身の感じた恐怖心さえも全てを余すことなく書き留める。
「彼方が覆面男さんでよろしいんですよねぇ?」
怯まず質問を続けるが相手からの反応はない。
声に反応したあたり、意思疎通が不可能というわけでもなさそうだが。
まあ、マスコミが勝手につけた通り名なので本人が知らない可能性はあるが。
「自身が覆面男と呼ばれていることをご存じですかぁ?」
ゆっくりと相手が首を振る。
意思疎通は可能なようだ。
やはり自身につけられた通り名は知らないらしい。
「それではぁ、ズバリ聞きますぅ。貴方はなぜ人を殺すんですかぁ?」
ひとまず意思疎通ができたことに気を良くし突っ込んだ質問を投げる薫。
まともな答えは期待していない。
その問いにどういうリアクションを返すのか、それを見て相手の意思、思想、思考を読み取る。
答えずとも答えを読み取り記事にする、それが一流の記者の仕事だ。
予想通り、覆面男からの答えはない。
その代わりといった風に、のっそりとした動作で覆面男が動いた。
デイパックに腕を突っ込み、がさごそと漁ると、ぬぅっとそこから何かを取り出した。
それは、ハサミだった。
もちろんただのハサミではない。
まず驚かされるのは、その巨大さ。直径は成人男性ほどはあるだろう。
そして、ただナイフとナイフただ組み合わせたような武骨なデザイン。
鈍く光る銀の刃には所々赤錆が見える。
どう考えても紙や糸を切るために作られたものではない。何を切るために作られたのか。
その禍々しい雰囲気に飲み込まれそうになるが、すぐさま我に返りそのハサミの形や印象をメモに書き残そうとした、だが。
バチン。
それは叶うことはなかった。
なぜなら、正確に記すはずの右腕がなくなっていたからだ。
「……………う、腕ぇ。腕が、腕。私の、腕、ががががが」
ペンを持った右腕は地面に転がっていた。
思わず拾い上げて切断面にくっつけようとするが、当然ながら意味はない。
「あ……ああ、あっ」
見上げればそこに絶望を示す壁のように存在する黒い影。
ここにきてようやく危機感の薄い彼女ですら理解できた。
相手は理解などできない存在なのだと理解する。
右腕を投げ捨て、走る。
それを追うように、ゆっくりと覆面男が動き出す。
「ハッ……ハッ……ハッ!」
走る。走る。
夜道を後先も考えず、失われた片腕のことも考えず、全力で走る。
だが、おかしい。
どれだけ走っても引き離せない。
こちらは全力で走っているのに、ゆっくりと歩く相手から逃げられない。
安いホラー映画そのものだ。
「あっ!」
疲労と恐怖で足がもつれて、その場に転ぶ。
すぐ背後には、もう血濡れのハサミを持った殺人鬼が迫っていた。
バチン。
今度は太ももが裏側から断ち切られた。
だが、転んで動いていたためか、足は完全に切り取れておらず。
脛の肉で辛うじて繋がり中途半端に、まるで枝葉のようにプランと垂れ下がっていた。
もっとも幸運でもなんでもなく、もう走れないという事実に変わりはない。
このハサミの最悪なところは錆びた刃の切れ味が悪いということ。
本来なら使い物にならないそれを、覆面男の怪力で無理やり捩じ切っている。
そのため、文字通り死ぬほど―――
「――――痛ぁい、痛い痛いイタい、痛いイタい痛い痛い痛ぃ痛い痛いの。痛い、痛い痛い痛い、痛ぃぃいいいいいいい!!!」
痛い。
ただひたすらにそれしか考えれれないほど。
逃げ出したい。
もう義務とか、使命とか、そんなのはどうでもよかった。
全てを投げ出してでもこの痛みから逃げ出したい。
彼女の思考はもうそれだけだった。
そんな彼女の様子をお構いなしに覆面男は動く。
今度は確実に断ち切れるように、開いたハサミをザンと地面に打ち込み、左腕をロックした。
「やめて、やめてやめて。やめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめて」
パチン。
容赦などない。
寛容などない。
慈悲などない。
懇願など無意味だ。
そもそも価値観が違う。
同族でもない限り、彼を理解することは不可能だろう。
「あ。くっ。うそ、こんな、こんなこと。私。死、ぬ……? 死ぬの? そんな、あは、ふ、は、なんで、はは、
あは、あはは、あははは、あはははは、あはははははははははははははあははははははははははははははははははは。あっ」
パチン。
女の声が途切れ、それから聞こえることはもうなかった。
パチン。
それでも切断音は続く。
パチン。
パチン。
パチン。
パチン。
パチン。
永遠に続くかのようなハサミの協奏曲。
「こんばんは。おじさま。いい夜ね」
そこに割り込んだのは、鈴の音のような少女の可憐な声だった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
覆面男が作業の手を止め背後の声に、一瞥をくれた。
「あら、ごめんなさい。お楽しみ中でしたのね。どうぞお続けになって」
止めた手元の先を見てアザレアは素直に詫びた。
組織にも人間をバラすのが趣味の人間はいる。
組織にいる彼はみんなで一緒に楽しむタイプだが、覆面の彼はきっと一人で楽しみたいタイプなのだろう。
それくらいは読み取れるし、人の楽しみを邪魔するような無粋な真似はしない。アザレアは寛容なのである。
その光景を組織の面々を思い浮かべながら、ニコニコと微笑ましいものでも見るような目で見送り。
アザレアはハンカチを地面に敷きその場に座ると、デイパックから水と食料を取り出した。
その様子を見て、こちらの邪魔をする意思がないと事を確認した覆面男は作業を再開する。
小さな彼女には不釣り合いな巨大なナイフを巧みに操り、缶詰の蓋を開ける。
パンに切れ目を入れて、缶詰から取り出したスパムを挟む。
サンドイッチの完成である。
バチン、バチンと肉を断つ音をBGMに、小さな口でサンドイッチを頬張るアザレア。
味はパサパサしていまいち。ソルトやマスタードが欲しいけどわがままは言えない。
ヴァイザーが食事飯係の時の晩飯に比べれば幾分ましである。
なにより外で食べるご飯は初めてで、その喜びが最大の調味料だ。
気分はピクニックである。
しばらくして、アザレアがサンドイッチを食べ終わり。
少し手持無沙汰になった所で、ようやく覆面男が手を止める。
「あら? それだけでいいの?」
あれだけ時間をかけて覆面男がしたのは結局死体を解体しただけ。
剥製にするなり、オブジェを創るなりするのなら、ここからが本番だろうに。
そんなアザレアの問いかけに覆面男は首を振る。
「ああ、そうね。何をするにしても、ここじゃ道具が足りないかしら。残念ね」
彼の作品を見たかったのに。アザレアは残念な気持ちなる。
だが、きっとその残念さは彼も同じだ。
それでも、その気持ちをぐっと我慢し現状で出せるベストを尽くしたのだろう。
そんな彼を差し置いてアザレアに文句を言う資格はない。
「それでは改めまして。私、アザレアと申します」
スカートの端をちょんとつまみ、アザレアが可憐に名乗りを上げる。
覆面男は反応を返さないが、アザレアは構わず続ける。
彼の作業が終わるもを待ったのも、元々目的はこれである。
「こんな夜に一人でいるのもつまらないでしょう?
よかったら。私と一緒にお散歩しませんか?」
【H-6 電波塔近く・南/深夜】
【アザレア】
[状態]:健康
[装備]:サバイバルナイフ
[道具]:基本支給品一式、ランダムアイテム0~2
[思考・行動]
基本方針:自由を楽しむ
1:覆面男とお友達になってお散歩する
【覆面男】
[状態]:健康
[装備]:肉絶ちバサミ
[道具]:基本支給品一式
[思考・行動]
基本方針:ニンゲン、バラす
1:???
【四条薫 死亡】
※四条薫の荷物とバラバラ死体はその辺に放置されてます
※これまでの事と覆面男について書かれたメモがその辺に転がってます
最終更新:2015年07月12日 02:19