「…どうしてこうなった」
鵜院千斗はかなり落ち込んでいた。
無論殺し合いなどというものに参加されてしまったせいである。
名前はちょっと普通じゃないが、身体能力や性格など全般において普通の彼がなぜこんなことに巻き込まれてしまったのか。
始まりは誤って悪党商会の面接を受けてしまったことだろう。あの時、間違えなければこんなことに巻き込まれることはなかっただろう。
後になって受けようとした会社が超ブラック企業だったと知ったが、こちらも大差ないように思える。
何せヒーローと衝突しなければならないのだ。最悪人間の原型を保ったまま死ねないかもしれない。
戦闘員として戦地に駆り出されている以上、死体は見慣れてはいる。だが千斗はそんな死に方御免であった。
故に本気で悪党商会の仕事に取り組むことはなかった。取り組んだところで死ぬだけなら、のらりくらりと過ごした方が良い。
それがヒーロー側にも伝わってたりするかなと思ったことはあまりない。毎回こちらが軽く死ねる攻撃をしてくるヒーローは最早恐怖の対象でしかない。
無論そこまで嫌なら仕事を辞めるという選択肢もあった。だが主に二つの理由が彼を辞職という選択肢をさせないでいた。
まず一つ目は社長の森、上司の茜ヶ久保、近藤らにその事を言い出せる勇気がないからである。
むしろ「仕事辞めます」などと言い出したら「じゃあ死んで」などと言われそうで怖いからだ。
実際彼らは一般人に対して酷く冷たい。そりゃ悪党なんだから当然なんだが、正直善良な一般市民を手にかける姿を見ていると気が重くなる。
茜ヶ久保なんかは嬉々としてそれを実行するもんだからはっきり言ってドン引きである。
勿論例外もいる。半田幹部や孤児のユキがそうだ。彼らは一般人を手にかけることはない。
悪党としては失格だとは思うが、むしろ千斗は常識人が俺以外にもいたとひそかに喜んでいた。
まぁそのやり方が社内で内部対立を起こしかけているのだが、それは別の問題である。
二つ目は、あまり認めたくないことだが、社員の皆に情が移ってしまっていることである。
やってることは極悪非道だが、なんだかんだ社員をやっているとみんなどこかしら良い奴に見えてしまうのである。
半田は体格の割に先述のように一般人に手をかけないジェントルマンだし、ユキもこちらを本当の家族のように思っていると態度で感じることがある。
先ほどドン引きすると言った茜ヶ久保に至ってはなぜか気に入られる始末で、なんだかんだコミュニティを築いてしまった結果やめづらくなってしまった。
「でもこんなことに巻き込まれるならやっぱ辞めときゃよかったかなぁ…」
そう言いながら歩道を歩んでいく。地図によれば現在地はJ-8、警察署がある地区だ。
まぁいるとは思ってないが、せっかく近くにいるのだから警察署に寄ってみたくなる心理を理解してほしい。
決して警察官がいたら助けを求めようだなんて思っていない、ホントだよ?
などと考えながらようやく警察署が見えたあたりで、彼は聞いてしまった。
戦地での指示を正確に聞き取るために鍛えられた聴力を彼はこの時ばかりは恨んだ。
というのも聞こえたのは何かを振るう音だったのである。音からすると棒状の何かを振った音だろう。音源は警察署で間違いない。
警察署で何を振るうというのか、いやむしろ何に向かって振るっているのか。
人に向かって振るっているのなら、止めなければならないだろう。
千斗はそう考えて、警察署まで急いだ。
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鵜院千斗が警察署にたどり着く前。
「殺し合いか…」
警察署でそう呟いたのは、銀髪の女性であった。ハンチング帽と厚手のコートがボーイッシュな雰囲気を漂わせている。
彼女の名前は
バラッド。本来警察署にいることがおかしい人物である。
というのも彼女は殺し屋なのだ。それもその職に特化した組織の一員である。
もともとは殺し屋などと縁のない彼女だったが、ある日を境に組織に入ることとなった。
そのある日とは彼女の父親の命日でもある。もっとも殺したのは彼女なのだが。
というのも彼女の父親は娘に虐待を施していたのである。それでも相手が父親だからと彼女はされるがままになっていた。
だがその日の虐待は限度を超えており、このままでは殺されると感じたのであろう。ついに父親を手にかけてしまったのだ。
もしあの時、組織に拾われていなかったら今のバラッドはいない。そういう意味で彼女は拾ってくれた組織の上司に感謝していた。
だが今はもういない。彼は組織のトップに立つという理由で実の息子に殺されてしまった。
そう今の上司である
イヴァン・デ・ベルナルディに。
―…見方によってはチャンス…?
そうこの殺し合いというイベント下なら、普段は護衛に守られている彼も一人で動かざるを得ないはずだ。
それにこの場にいる殺し屋は、サイパスを除けば、イヴァンにもコントロールができない奴らばかりだ。
イヴァンを守るために動く、なんて殊勝な奴はいないだろう。
殺すならこのタイミングを逃す手はない。
そう思い立った彼女は警察署を出ると同時に見たくない奴の顔を見ることになった。
「…ピーター」
「おや、バラッドですか、こんな所で会えるとは」
ピーター・セヴェールは殺し屋組織における美男子である。
殺しの腕自体はそこまで立つほうではない。むしろバラッドよりも低いだろう。
だがそれでも彼には一種の恐怖心がある。というのも彼は一種の変態だからである。
そりゃこの職業上変態趣味な輩は多くいることは解っている。ピーター以外にも組織には何人か変態がいるから実感している。
だがピーターはその中でもよりによって女性を殺すことに悦を感じるほうの変態なのだ。たまにこっちを見る目が気持ち悪くてたまらない。
しかも気に入った女性の死体を保存して弁当にして食しているという。ドン引きもいいところである。
「いや、しかしこんな所で会えたのも何かの縁、どうです?共に行動でもとりませんか?」
「せっかくだけど、遠慮させてもらうよ」
故にこのような会話の流れになるのも至極当然であった。
「そうですか、それは残念、ではせめて少し雑談でも」
「それもお断りで」
当然であった。大事なことなので二回言った。
「じゃあ、せめて支給品の交換くらいしませんか?」
「……いや、それも」
当然おこと「ちょうど日本刀が支給されていたのですが」
「ぜひとも交換しよう」
……まぁこんなこともある。
人には誇れない趣味だが、私は刀剣を暇があれば収集している。
その数は最早一つの部屋では飾れないほどであり、コレクションルームなんてものをわざわざ借りているくらいだ。
一時期、高校生にしてかなり切れ味のよい刀鍛冶がいると聞いて、組織専属にしてみたらどうかと直談判したことさえある。
無碍もなく断られてしまったが。
「おお、これは凄い」
そして交換して手に入れた日本刀を見て、私は思わず頬を綻ばせる。というのも先述した人物がかつて打った刀だったからである。
デビュー仕立ての頃の作品なのかところどころムラがあるが、確かに素晴らしい刀だと手放しで褒められるモノである。
戦闘に特化しているところもまた非常に好印象だ。こんな名刀を渡されたら試し切りせずにはいられない。
「斬っていい?」
「ダメに決まってるでしょう」
このやり取りも組織ではお約束である。
ショボンとしながらも、こちらも交換する品を提供する。
「ほう、これは…いいのですか?」
「もともと銃は嫌いだし、私は刀があれば十分だから」
そう言ってピーターに手渡したのは、機関銃だ。
ピーターは機関銃と刀は釣り合わないのでは考えているみたいだが、私の場合はそうでもない。
少なくとも刀を手にした私は機関銃の銃弾くらい避けるのはたやすい。そういう考えもあって渡した。
「では交換はこれで終了ですね」
「ああ、そうだね」
そしてしばらくの間無言になる。どう切り出すべきか悩んでいたが、思い切って話す。
「じゃあ、始めようか」
「何を?」
「殺し合いに決まってるでしょ。つかあんたそうするつもりだったんでしょうに」
そう言って私は刀を構えた。対するピーターは驚いた表情でこちらを見つめる。
「何故…というかいつ頃気づきました?」
「最初から、その様子じゃあんたは何故気取られたのか理解できてないようだけどね」
「…どうして気づいたのか、教えてくれませんかね、今後の参考にするので」
あいにくながら、こっちはそこまで親切にするつもりもない。一気にピーターの懐まで踏み込む。
日本武術で言うところの縮地というやつだ。
ヴァイザーならともかく戦闘に不向きなピーターではこの攻撃を回避できまい。
機関銃で抵抗されることも考えていたが、あまりに突然すぎて対応もできないようだ。
だが運がいいのか悪いのか、ピーターは後ろに倒れることで最初の一刀を回避した。
しかしここまでだ。相手が倒れている以上こちらの優位は絶対に揺るがない。
今度はこっちが質問する番だ。
「何故殺そうとしたの?私とあんたの力量差を計れないほど馬鹿じゃなかったでしょう?」
本当に疑問に思っていたことであった。何故この男は私を殺そうと動いたのだろう。
「……支給品にね、弁当がないんですよ…」
「「……は?」」
…何を言っているんだ、こいつは。
だがそれよりもおかしな現象が起きている。別の方向からも「は?」と聞こえたんだが。
ピーターもそう思ったのか、別方向で上がった声の方向に顔を向けている。
「「「あ」」」
そうして私たちは出会ってしまった。
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―どうしてこうなった。
鵜院千斗は頭を悩ませていた。先ほどまで自分は誰か襲われているなら助けようと考えてここまでやってきた筈だった。
なのに現在その選択を後悔しているのは、助けた相手がカニバリズムの変態だからである。
―茜ヶ久保といい、どうして俺が助けるやつは異常な人ばっかなんだろう…
しかも女性を襲った犯行動機が食欲を抑えきれなかったってバカすぎる。
知り合いらしい女性も机に座りながら頭を悩ませている。当の被疑者は床に正座して頭を垂れている。
正確には強制的に正座させている。どうも戦闘力はさほど高くないらしく、俺でも押さえつけることができた。
どうも戦地で幾分か鍛えられてしまったらしい。あまり嬉しくないが。
「…えと、そろそろ反省したか?」
とりあえずそう問いかける。何度目かになるその問いかけに男は、正座の影響だろうか、顔を青ざめながら叫んだ。
「反省って、貴方は私に餓死しろとおっしゃいますか!」
「携帯食料があるだろ!それで我慢しとけよ!」
「先ほども言いましたけど、私の舌があの味を受け付けないのです」
「だからって女性襲うやつがいるか!」
ちなみにこのやり取りは、双方から話を聞いてからこれで五度目である。
いい加減このループから抜け出さなくてはならない。
そう思っていたら、女性が正座している男にこう言った。
「…死体で譲歩できる?」
「「…死体?」」
「そう、もうすでに殺し合いが始まってから二時間は経過してる。何も全員が全員殺し合いに乗らないわけじゃないでしょう。
となると、絶対に死体が出てると思う。中には女性の死体だってあるはずよ。それを食すってことでどう?」
それはそれで吐き気がするが、現状この提案を飲むしかないのだろう。
男は頷いた。「もうそれでいいです」ってかなり投げやりではあったが。
「これでいい?…そういえばまだ名前を聞いてなかったな」
「鵜院千斗っていいます。そちらも無理な事を聞いていただきありがとうございます」
「いや、こっちもあんな動機で人を殺すのはちょっとね…」
このやり取りはどういうことかと言えば、単にこの変態を殺さない方法を考えてくれないかとお願いしたためである。
襲われた側にそんな事懇願するのは非常に酷な事だと思うが、どんな人間であれ死んでほしくはないと千斗は思っていた。
だからいつも茜ヶ久保も助けてやっているのだろうと思う。例え相手がどうしようもない変態でもその方針は変えるつもりはなかった。
「あの、その蔑んだ目つきやめてくれませんか…ちょっと新たな境地に至りそうで怖いんですが」
「…やっぱ殺しましょうか」「その方が人類のためかな、
主催者もそう言うと思う」
「あ、すみません、許してください、なんでもしますから」
ひと悶着あったがとりあえず状況は解決した。
「しかしウィンセントだっけ…君はお人よしなんだね」
女性がそう問いかけてくる。
男の手首を縄で縛りながら、俺は答える。
「いや、それは違います。俺はただの悪党ですよ」
実際、これは女性と男性が知り合いだから比較的穏やかに話はまとまったのだ。
もしこれが親を殺した犯人とその犯人に復讐したい人という構図ならこうも話はとんとん拍子に進まなかっただろう。
そして例え話が解決に導けたとしても、復讐をしたい人に残った心の蟠りが消えるわけじゃない。むしろ溜る一方だろう。
それを承知で助けているというのだから、大悪人と言われても仕方がない。
なんだかんだで俺も悪党商会の一員だったんだなとふと思った。
「…ふーん、そういえば私の名前を言い忘れてたけど、聞きたい?」
そういえば、名前を確かに聞いていなかった。
「あ、じゃあお願いできます?」
「…バラッド、これからよろしくウィンセント」
そう言って握手して、この人も女性なんだと実感した。
そういえばさっきからイントネーションがおかしいような気がする。指摘してみようか。
「メイド服着てくれませんか?」「は?」「あ」
次の瞬間、腕を締め上げられて、この人には冗談でも軽口は言わないようにしようと心に誓った。
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「名前を名乗るだなんて何を考えているのですか?」
手首を縄で縛られているピーターがそう問いかけてくる。ウィンセントは少し見回りに行ってくると席を外している。
問いかけるならこの瞬間しかないと踏んで声をかけてきたのだろう。
「…なにが?」
「いや、組織の秘密は他人にばらすのはNGでは…?」
「ああ、それね、私は組織を抜けることにしたよ」「は?」
実際前からずっと考えていたことではあった。もともと組織に所属したのはイヴァンの父親が拾ってくれたからだ。
そしてイヴァンの父親に恩を返したくて、組織の殺し屋として尽力したが、今はもうその人はいない。
「今私が組織にいるのは仇であるイヴァンを殺すためだけと言ってもいい…」
そしておそらくこの島でイヴァンは死ぬ。私の手にかかるか、その他の手にかかるかはわからないが。
生きて帰ることは絶望的だろう。
「…なるほど、だから抜けると言ったのですね」
「ええ、幻滅した?」
「いえ、貴女が抜けるなら私も抜けようかと考えただけで…ぶっ!?」
「あ、ああ、ごめん。意外なことを言いだしたのでつい殴っちゃった」
「ちょ、酷くないですか?!普通『私のために組織を抜けてくれるなんて…』とか思いません!?」
「実際ちょっとだけ思った。だから殴ったんだけどね」「ナンデ!?」
「なんでってあんたの言動で嬉しくなる時、たいていはこっちを殺す気だってもうわかってるからさ」
実際、最初にあった時、一緒に行動しませんかと言われた時少し嬉しく感じたので、殺す気できてるのだなとわかったのだ。
おそらく彼自身は無自覚なのだろうが、動作や言動に女性の心にピンとくるモノがあるのだろう。
それを女性は彼に惚れたと勘違いしてしまうのだが、彼の手口をわかっている者からすれば罠だとすぐにわかってしまう。
「つまり女性だからといって、同一組織の女性に通用すると思ったら大間違いと言うわけよ」
「なるほど、それは盲点でした……ん?でもそれだと私が殺すかどうかやっぱわからなくないですか?」
「え?なんで?」
「だってさっきの言葉は演技でもなく、本気でしだだだだだだだ」
「その言葉が既にウソじゃん」「ちょっとぉ!?この人かなり理不尽なんですが!ダレカタスケテー!」
見回りから戻った鵜院千斗はこの光景を見て、ラブコメしてるなぁとか思ったとか思わなかったとか。
【J-8 警察署/深夜】
【鵜院千斗】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式、ランダムアイテム0~3
[思考・行動]
基本方針:助けられる人は助ける
1:しばらくはバラッド、ピーターと行動する。
2:できれば悪党商会の皆(特に半田と水芭)と合流したい。
3:バラッドさん、俺の名前のイントネーションおかしくないですか?
【バラッド】
[状態]:健康
[装備]:朧切
[道具]:基本支給品一式、ランダムアイテム0~2(確認済み)
[思考・行動]
基本方針:イヴァンは殺す
1:しばらくは鵜院千斗、ピーターと行動する。
2:ピーターを殴る
3:試し切りしてみたい
※鵜院千斗をウィンセントと呼びます。言いづらいからそうなるのか、本当に名前を勘違いしてるのかは後続の書き手にお任せします。
【ピーター・セヴェール】
[状態]:顔に殴られた痕、手首拘束
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式、MK16、ランダムアイテム0~2(確認済み)
[思考・行動]
基本方針:女性を食べたい(食欲的な意味で)
1:しばらくは鵜院千斗、ピーターと行動する。
2:誰かバラッドとめてー!
3:早く女性が食べたいです。
【朧切】
銘は九十九一二三。
その刀は朧すらも断ち切るという刀。
ただ初めて打った刀なので、若干たどたどしく感じられるところもある。
【MK16】
特殊部隊用戦闘アサルトライフル、SCAR-Lの通称。
装弾数20発/箱型弾倉30発。
狙撃から近距離射撃などの状況でも対応できる多様性がある。
最終更新:2015年07月12日 02:25