当てが外れるという事は嫌な事だと思う。
それなりの根拠あっての行動と思えばこその動きで得るものがなかったのならば、
その根拠を導き出した自らの考えもまた、役に立たない物ではないかと思えてしまう。
一寸先も見えないこの地で、それは致命的である。
なればこそ、今この時からでも、どのような事態にも対応出来る自分を作る事に力を注がねばならないとは思うが、不安感は拭いきれるものではない。

何をごちゃごちゃ考えているのかと言えば、要するに自分の行動はあまり上手くはなかったのである。
と――佐藤道明は思っている。

まず、榊が起きない。起きる気配すら見せない。
まああれだけの事があったのだし、今までに治療を行ったりもしていない訳で、そう簡単に気絶した状態から意識は戻らないのかもしれないが。
それにしても、起きない。
死にはしないだろうが、一日中寝ていてもおかしくはないのではないかと思える程に、起きない。
いっそこのまま殺してやろうかとも思うが、諸々のリスクを考えればそれは不可能である。
そもそもこの殺し合いに乗ると決めたのは、自分の命を守るためであって、殺人を楽しむためではない。
先程までは随分と興奮していたが、時間が経てばそれも覚め、思考も纏まってくる。
自分一人で生き残る事が不可能である事が自明の理である以上は、暫くは生きていて貰わなければ困る。

拷問を行うという方法も、一度は考えはした。
が、基本的に、拷問とは時間がかかるものである。
それを短縮し、より効果的に情報を引き出す為に様々な方法が考案されてきた訳だが、それでも簡単に行えるものではない。
誰かに目撃でもされれば非常にまずい事になるし、拘束衣やロープ等も自分は持っていない訳で、抵抗されたら確実に負ける。
そういった問題点の解決策があるものと期待して、佐藤は本を読み進めていった訳だが。

役に立たねえ――というのが素直な感想であった。
確かにテクニックに関しての記述は多いが、その全てが相手が無抵抗、ないし拘束済みである事が前提のものだった。
それに加え、文中で行われる拷問は、相手から情報を引き出したり脅迫を行う事よりも、致命傷にはならない程度に痛めつける事に重きを置いていた。
じわじわと嬲り殺す事が目的なのである。
まあ。
現在の状況に合致するような事が書いてあるというのは流石に都合が良すぎるという物だとは佐藤も思う。
思うが――腹が立つ。

大体、殺人者が経験に基づいて書いた本を読むだけで殺人の技術が身につく訳がないだろう。
手順が分かっても、それを実行可能かどうかは全く別だ。
プロ野球選手が書いた本を読めば野球が上手くなって、格闘家が書いた本を読めばそれで強くなれるのかという話である。
つうか何だよ定価6000ドルってふざけてんのかよ。日本円にして幾らだと思ってんだよ。
いや、プレミアでも付いてれば薄い本だって高値で買う奴も当然いるだろうさ。
でも定価だぞ、定価。どれだけ強気な値段設定だよ。
それに裏社会で人気と言っても、その裏社会とやらの存在が意味不明だ。
作者が現役の殺人者ですと宣言してるのに捕まらないって、それはもう裏どころか堂々と表に出ていると思うのだが。
それともアレか、裏出版社に裏印刷所、裏製本所だとかがあるとか言うつもりかよハハハ面白くねえよ畜生――。
と――こんな心底どうでもいい事にまで突っ込んじゃったりしてしまうのである。
いや、まあ――これは『作者が殺人者である』という体裁、設定の元に作られた、所謂同人誌なのだろう。
装丁をそれっぽくした物は、割とある。
それと分かっていても、添えられていた説明書きの内容をほんのチョッピリでも信じてしまった自分に腹が立つ。

腹が立つと言えば。
ダークスーツの男、ヴァイザーに襲われた時の事も、思い返すだに腹が立つ。
榊は、完全に自分の事を無視していた。
その余裕もなかったのかもしれないが、逃げろ、の一言すらなかったのだ。
オデットにしてもギリギリの所になって漸く語りかけてきたのだから、同じようなものである。
更に。
あの二人は、完全にヴァイザーを殺す気でいた。少なくとも、佐藤にはそう見えた。
危険人物だから殺してもいいと言うのなら、佐藤を襲った少女とて完全な危険人物である。
結局。あの少女と違って、自分の手に負えない、強い相手だから、死にたくないから――ヴァイザーを殺そうとしたのだろう。
どんな言い訳をしようとも、取り押さえようとする努力を殆ど行っていない時点でそう判断されても仕方がない。
少なくとも、あの時までは――あの場で一番まともな人間は、佐藤だった。

それでも――佐藤も結局は殺人を行ってしまったのだが。
死にたくないのは誰でも同じなのだ。
榊も、オデットも、あの少女も、ヴァイザーだってそうだろう。
いきなりこんな所で殺し合いを強要されて、おかしくならない方がおかしいのだ。
佐藤が殺人を行ったのは、自分が生き残る為である。
ああしなければ自分が死ぬと思ったからこその行動である。
しかし、そんな事情は他人から見れば分からない――というか、どうでもいい。
殺人者は殺人者でしかないのだ。
それは理解している。しかし――。

――しかし、何だよ。

今更終わった事を蒸し返したとて、どうにもならない。
とはいえ、自分の行動に腑に落ちない点が感じられるのも事実である。
まず、ヴァイザーには念入りに止めを刺したが、オデットにはそうしなかった事。
勿論、止めを刺さなかったところでオデットの死が覆る訳ではない。
だが、それを実行できなかったのは――心の奥では多少なりとも罪悪感を抱いていたせいではないのか。
或いは、恐怖を感じたからか。もっと単純に、オデットが女性であるという、それだけの理由だったかもしれない。
いずれにせよ、他人を犠牲にする事で生き延びると決めた佐藤には不似合いな考えである。

そしてもう一つ――自分の外見を変えた事。
これは明らかに悪手だ。
大まかな情報こそ把握してはいるが、会った事すらない人物を演ずる事など、対人能力に欠ける佐藤にはほぼ不可能である。
榊は良しとしても、『組織』とやらの構成員を騙せるとは思えない。アザレア本人に出会ってしまった時の事など、考えたくもない。
自分の手で殺したヴァイザーを除いたとしても、六人。
出会ったら確実にまずい事になる人物が、それだけいる事になる。
更に――名前を消されていた人物のように、あのリストに載っていない構成員がこの島に存在する可能性も捨てきれない。
そうでなくとも、アザレアが殺し屋である事を知っている相手の場合は、外見で油断させる事など当然不可能となってしまう。
本物のアザレアが既に死んでいた場合は論外である。
少し考えただけでも、デメリットが次々と浮かんでくる。
にも関わらず、あえて外見を変えた理由――。
それは、殺人というタブーを犯した佐藤道明というアバターを変更する事で、罪の意識から逃れたかったのではないのか。

――んなワケねー。

頭を振る。
ともかく、自分は他人を殺す事を選んだ。
そう決めた以上は、現在の外見を最大限に活かす方法を考えるだけである。
要はデメリットを上回るメリットがあれば良いのだ。
例えば――この姿になったことで危険な状況にある、という事を自分から話せば、榊に説明する予定だった『オデットの魔法によって今の姿になった』という嘘の説得力も多少は上がるだろう。
また、あえて偽物がいるとアピールする事で、『組織』の連中を疑心暗鬼に陥らせる事も出来るかもしれない。
「ともかく、もう少しこの身体に慣れとかなきゃいけねえな――」
今の所、調子が悪くなったり妙な気分になったりといった事はないが、いざという時に全力で逃げ出せないような事があれば困る。
改めて、自らの身体のそこかしこを小さな手で直接触ってみる。
そして。

「――あ?」
この身体から、あるものが欠けている事に――佐藤は気が付いた。
――付いていない。

――待て待て待て待て。
自分は服を脱いで、その上から皮を被った。
しかし、どうしても取り外せないものは存在している。
それは当然、

首輪――である。
それが消えてしまったのだ。これは一体、どういう事か。
「糞ッ――」
喉から発せられる声は、聞き慣れた自分のものではない。
文字通り皮を被って佐藤は姿を変えた訳だが、声も体型も違う人間となってしまっている。
きぐるみのようなものではなく、肉体が完全に変化しているのだ。そして、元に戻る事も不可能だ。
つまり、皮の下の元の身体というものは、無い。
その元の身体に付けられたままの首輪は――。

元の身体と一緒に消滅した――それならば良い。
その場合、もうすぐに発表される禁止エリアに引き篭もっていればいいのだ。
食料の確保は必要になるが、殺し合いなどする必要はなくなる。
だが、そうでなかったとすれば――疑われる材料が増えただけである。

――落ち着け。
あの機械には説明書があった筈だ。
とにかく焦っていたから簡単な概要だけが書かれた紙を読んだだけで使用したが、あの説明書には『皮』の仕組みも記されているかもしれない。
その可能性に思い至った佐藤はデイパックへと手を伸ばし、それなりの厚さの説明書を取り出した。

       ●

 ミル博士の皮製造3Dプリンター®をご購入いただき、誠にありがとうございます。
 本製品は安全かつ確実なTS(Trans Sexual)を実現します!
 現実に皮モノを再現可能! もうモロッコへと向かう必要はありません!
 TSの他、同姓、動物、無機物などのTF(Trans Formation)にも対応!
 楽しんでね!

 注意:9歳未満のお子様の使用はお勧めされません。
 拳銃の製造には利用できません。
 皮製造3Dプリンター®の誤用の結果もたらされる如何なる損害に関しても、ミル博士は一切の責務を負いません。 

       ●

頭が眩々とした。
そっとページを閉じた方が良いのではないのかという衝動に襲われる。
何とか気を取り直し、適当な頁を捲る。

       ●

 さて、前項ではTSFにおける大まかなジャンルを説明してきましたが、ここでは『TSとは呼べないもの』についての解説です。
 両性具有(いわゆるふたなり)、女装等が該当します。
 その中でも『男の娘』というジャンル。
 これについてよく言われる意見の中に、「萌え美少女にちんちん付けただけじゃねえかこんなん男じゃねえ」というものがあります。
 しかし、考えてみてください。
 『萌え美少女』は『現実の美少女』でしょうか?
 そう、『美少女の絵』と『3次元の女性』もそもそも似ていないのです。
 極端な言い方をするならば、『萌え美少女』は『美化した人間』。
 女装した少年が美化されたならば『ちんちん付いた萌え美少女』になるのは当然の流れなのです。
 男だけが現実に似せなければならない理由はどこにもありません。
 勿論この意見は『雄々しいショタ萌え』や『体格とのギャップがあってこその女装萌え』という皆様について、何ら異議を唱えようというものではありません。
 単に『ちんちん付いた萌え美少女』というジャンルも存在するという事です。
 即ち『男の娘』はあくまでも男であって、美少女にTSしたからと言ってそれを男の娘と呼称するのは明らかに誤りであり

       ●

そっとページを閉じた。
――よし落ち着け。
深呼吸を行った後、改めて本を開く。
目次を確認し、自分の求めている情報がありそうな箇所を捜す。
装着方法(六二頁)という文字を見つけた佐藤は、その部分を開いた。

       ●

 装着方法はとってもカンタン!
 先程製造したTS皮™をそのまま着ればそれでOKです。
 体型の心配はありません! どんな方にもぴったりフィット!
 TS皮™が素肌に触れたしばらく後に、接触点周辺領域の分子凝集力が失われ、一方を他方へと押しこむことができます。
 その後は細胞に結合し、█████████████████████。
 更に体内へと人体に優しい成分を含むTS波動™を放射します。これは生物の染色体を変更するタンパク質相互作用を引き起こします。
 最終段階では、█████████████末梢神経系中の細胞に███████████。
 ███████████████████████████の危険性がありますので、注意してください。
 おめでとう! これで装着は完了です!

 注意:妊娠中の方は絶対に使用しないでください。
 TS波動™の効果には個人差があります。
 ████████████████████████。
 TS皮™を着る前の身体、脳、及び意識について知りたい方は、█████を参照してください。

       ●

「ふざけんな死ね!」
叫びながら説明書を地面に叩き付けた。
大体、佐藤は説明書というものを基本的に読まないタイプの人間なのである。
適当に弄りながら、自己流で基本操作をマスターするのが佐藤流の電化製品の扱い方だ。
知らない単語や意味不明な用語が出てくる事に、佐藤は我慢ならないのだ。

「はあ、はあ――はあ」
ひとしきり悪態をついた後、何とか落ち着いた佐藤は腕を組んで考え込んだ。
――これは、元々こうなってる訳じゃねえよな。
理解させる気がないとしか思えないやたらと専門的な用語は元々のものだろうが、黒塗りの部分は違うだろう。
『組織』の構成員が書かれたリストの一部分と同じく、後から塗り潰されたと考える方が自然だ。
支給される際にワールドオーダーに検閲されたのか。
だとすれば、塗り潰された部分は参加者に知られたら困る情報という事だろうか。
いやしかし、単に混乱させる事を狙ってのものという可能性もある。
――わかんねえ。
佐藤は、自分で考える事を放棄した。

――だが。
確か、ミルという名前の参加者がいた筈だ。
そいつがこの機械を作った奴ならば、何らかの情報は得られるだろう。
それこそ拷問でも何でもすればいい。
ひとまず、新たな目標は定まった――が。

――マジでいつまで寝てんだよこのオッサン。

ぴくりとも動かない警官をちらりと見やって、佐藤は再び殺意が湧くような気が抜けるような、何とも言えない気分になった。

【J-8 市街地/早朝】

【佐藤道明】
状態:健康、アザレアの肉体
装備:焼け焦げたSAA(2/6)、焼け焦げたモーニングスター、リモコン爆弾+起爆スイッチ、桜中の制服
道具:基本支給品一式、SAAの予備弾薬30発、手鏡、『組織』構成員リスト、人殺しの人殺しによる人殺しの為の本 著者ケビン・マッカートニー、ランダムアイテム0~2
[思考・状況]
基本思考:このデスゲームで勝ち残る
1:榊が起きたら警察署へ向かう
2:オデットとヴァイザーのことを自分の都合の良いように説明する
3:ミルを探し、変化した身体についての情報を聞き出す
4:利用出来ない駒、用済みの駒は切り捨てる。榊は捨て駒にすること前提で利用する
5:組織の参加者は可能ならば駒にする。無理だと判断したら逃げる

榊将吾
状態:内蔵にダメージ、気絶
装備:なし
道具:基本支給品一式(食料なし)
[思考・状況]
基本思考:警察官として市民を保護する。正義とは……
1:――――。
※ヴァイザーの名前を知りません。

059.友のために/国のために 投下順で読む 061.邪神、歓ぶ
058.正義と悪党と――(Justice Act) 時系列順で読む
ヒッキーな彼はロリ悪女(♂) 佐藤道明 ハーヴェスト
榊将吾

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最終更新:2015年07月12日 02:54