「っち、もう食料切れか」
支給された食料を貪っていた道明は顔を顰めて空袋を放り投げた。
成人男性が食べて二~三日分は量がある食料も、大食いの彼には全く足りない。
苛立ちを募らせた道明は眠っている榊を一瞥して、彼のデイパックから食料を奪い取った。
「あんたが起きるの遅いから悪いんだぜ、榊さんよぉぉぉ!」
むしゃりむしゃりと盗んだ食料を豚のように頬張る。
罪悪感はない。榊を助けた自分が相応の対価を得るのは当然だと考えているからだ。
ひと働きした後の食事は普段よりも数倍おいしく感じられた。
この食料はキンキンに冷えたコーラやツマミのポテチと比較して質素なものだが、他人の不幸という最高の隠し味がよく効いている。
「アーヒャッヒャッヒャッヒャ! 他人の不幸で飯が美味い。正にメシウマ!」
ダークスーツの男と
オデットを殺した光景を思い返すだけで笑いが止まらない。
道明にとって他人の不幸は最高のスパイス。蜜の味だ。
匿名掲示板で著名人を不幸にした時を超える快感の波が彼に押し寄せる。
通り魔が幸せに生きる人々を殺害する事件を愉快に感じる彼は、心の奥底で密かに殺意を燻らせていた。
決して我慢強い分類には入らない道明が殺意を抑えていたのは社会の掟に背き、逮捕されることを恐れていたからだ。
現実はゲームと違い、少し他人を殺すだけで法に裁かれる。それでも罪を犯す輩はいるが、それで人生を台無しにするほど道明はサイコパスでもない。
目の前で呑気に眠っている榊も法の番人だ。未だに目が覚めない彼を見て警察も軟弱なんだなと道明は嘲笑した。
「
ワールドオーダーとかいうゲームマスターはプレイヤーごとのバランス配分も考えないクソッタレだけど、
ルールだけは面白い。
いやそもそも、ルールなんてねえ。これはルール無用のデスゲームだ。他者を踏み台にして、騙して、窃取して、裏切って、そして殺す。
ここにはキリトみたいなご都合主義の主人公もいねえ。警察の介入もねえ。他人を殺すのがゲームの趣旨なんだから、これはもう殺戮するしかねぇよなぁぁああ!?
PKすら出来ないクソゲーの開発者共はワールドオーダー様を見習えよ。これが新時代のゲームだぜ、アーヒャッヒャッヒャッヒャ!」
それは歓喜の叫び。
バランス配分がおかしいと不満を垂れ流しながらも、ボスクラスの性能を持つ二人の強者を葬った道明はこのゲームはスペックが低くても生き残れると確信していた。
どんなネットゲームでも火力だけ高いのでは意味が無い。重要なのは中身。俗にいうプレイヤースキルだ。
スペックだけ化物級のオデットはそれが足りなかったから死んだし、自分は他者を平気で切り捨てたから生き残ることが出来た。
ルール無用のゲームでは、より狡猾に自分以外の参加者を利用した者が勝利する。
様々なネットゲームを経験してきた道明には他者を利用する方法がある程度わかっているし、生き残るための戦術を考えることにも慣れている。
彼は人生経験に乏しいが、ネットゲームなら伝説のプレイヤーと噂されるほど経験豊富なのだ。
「ふ、ふひひ……バランス配分は滅茶苦茶だが、参加者向けのアイテムを支給してくれることはありがてえ……ありがてえ……」
一通り喜びを堪能した彼が食料を片手にデイパックから取り出したのは一冊のノートと謎の機械だ。
表紙に『組織』構成員リストと書かれたノートを開くとそこには様々な殺し屋の情報が顔写真付きで紹介されていた。
(参加者で一番強いのが
ヴァイザーとかいうさっきの男。次いで強いのがサイパスと……。あ? こいつ、名前と写真が消されてるじゃねえか)
××。
バトルロイヤルに参加している殺し屋のうち、一人だけが名前と顔写真、更には経歴まで塗り潰されていた。
書かれているのは組織の殺し屋だということと、少しの特徴のみだ。
誰よりも冷淡で冷酷。サイパスと同レベルで組織に従順な狗。話し合いすら全く通じない男で、出会ったらすぐに逃げろと記されている。
もっとも、現在の彼は改名して怪人を倒したり、愉快な仲間たちとコメディーを繰り広げたりしているのだが、そんなことを知らない道明はヴァイザーやサイパス以上に××を警戒しようと気を引き締めた。
(
バラッドは利用出来そうだな。組織同士で潰し合いをしてくれるのは大いに結構だし、サイコパスな面や組織に忠誠を誓っていることもなさそうだ。
サイパスも組織の構成員には甘いだろうからこいつも利用候補に入れておくか。××は論外だ。情報を見る限り組織の人間と特別仲が良いようにも見えねえ。
イヴァンとピーターは実際に会って見極めるしかねえ。こいつらは危険過ぎるが、強さだけなら大したこともねえからいざとなれば榊を捨て駒にして自分だけ逃げればいい)
道明は構成員リストを参考に組織の情報を整理すると、謎の機械を操作して画面に表示された
アザレアの名前をタッチ。
命令を受け取った機械は彼の指示に従って、その機体を揺らしながら不気味な動作を開始する。
数分後、トースターのような軽快な音を鳴らして機械から排出されたのは皮だ。役目を果たし終えた機械は小さな音をたてて爆発した。
それを満足気に眺めて道明は衣服を脱ぐと、製造された皮をゆっくりと慎重に着始めた。
「いいフィット感だ。思ったよりきつくねえぞおっ!」
皮の着用を終えてアザレアの肉体を得た道明は、多大な緊張感から流れた汗を拭き取ると水を飲んで一息ついた。
彼は皮のサイズが合わずに破れることを危惧して慎重に着用したが、この皮はどんな体型でも馴染む特殊なものだ。
その代償として一度着ると二度と元に戻ることが出来なくなるが、道明もそれを承知した上で使用している。
「っち、やっぱりぶかぶかだな」
先程脱ぎ捨てたばかりの服を再び着ると、道明は不満を零した。
皮で小柄な少女へ変容した彼の肉体に、肥満体型の男が着ていた服はあまりにも似合わない。
今までは脂肪でパツンパツンだった服やズボンが随分と大きく感じる。このままでは脱げてしまいそうだ。
想定外の事態に若干の焦りを覚えた彼は急いでデイパックを漁り始める。
裸体を榊に見られることに抵抗があるわけではないが、信頼を得るには普通の衣服が最適だと考えたのだ。
(警察の前で着替えるのは気が引けるが、状況が状況だから仕方ねえ。可愛いロリの着替えが見れなくて残念だったな、榊さんよぉぉぉぉ!)
そんなくだらないことを考えつつも道明は桜中の制服に着替えた。
そこに迷いは一切ない。少女の肉体になった道明が少女の制服を着るのは当然のことだからだ。
余談だが下着も変えている。ワールドオーダーが気を利かせたのか、制服に付属されていたからだ。
「今日も素敵ですね、道明お兄様。アーヒャッヒャッヒャッヒャ!」
道明は機械に付属された手鏡で自分の顔を見つめると、頬を赤らめてそう言った。
肉体が別物になっても、人格が変わるわけではない。その笑い方も可憐な容姿からは想像もつかないほど下品なものだ。
「この体なら他人を騙すのも、利用することも簡単に出来そうだな。バラッドやサイパスに出会えば保護してもらえる可能性も高い。
生き残れるのは一人だけだから、こいつらも用済みになったら最善のタイミングで殺す。俺はヴァイザーを殺したんだ。神童と呼ばれた俺様が策を弄せばどんな化物だって殺せるんだよぉぉおお!」
道明は鼻息を荒くして興奮気味に叫んだ。
現在の彼は神童と呼ぶには程遠い存在に落ちぶれてしまったが、過去の栄光を彼は未だに捨てていない。
世間の人間がなんと言おうが、彼の考える
佐藤道明は神童なのだ。
(問題は榊のオッサンだな。今までの行動から察するに、こいつは正義感が強いタイプの人間だ。
それだけなら利用しやすいから大いに結構だが、そういう人間特有の不殺主義がいらねえ。
あの時も俺を殺そうとしたビッチを許せ、なんてふざけたことを平然と言いやがって! 向こうが勝手に襲い掛かったのに、どうして俺は報復も出来ねえんだ!
それに俺が目指すのは最後まで生き残ることだ。一人でも多くの参加者を殺さなきゃならねえのに、榊のオッサンは参加者を保護しようと考えてやがる。
こいつはヴァイザーのような卓越した技術があるわけでもねえし、他の駒が見つかり次第、隙を伺って適当に切り捨てるか、捨て駒にするのもありか?
オデットは無駄な動きのない最高な駒だった。榊のオッサンにはそこまで期待してねえが、利用された挙句に裏切られた無能警察官はどんな表情で死ぬのか、気になるよなぁぁああ!)
ちっぽけな人間の悪意はヴァイザーとオデットを殺害したことで数倍にも膨れ上がっていた。
道明は榊の寝顔を覗いてほくそ笑む。
「フヒヒ……呑気な間抜け面で寝てる榊さんよぉぉおお、あんたも俺が骨の髄までしゃぶり尽くしてやるよ。
ルールブックには他人を利用することが禁止だなんて一切書いてねえからなぁっ!
どいつもこいつも俺が利用し尽くして! 裏切って! ぶっ殺して! 最後まで勝ち残ってやるよぉぉぉぉおおお、このデスゲームをなぁぁぁあああ!
アーヒャッヒャッヒャッヒャ!」
体を張って自分を助けようとした男を容赦無く駒扱いする少女の姿は、正に悪女。
一度他人を殺害して道を踏み外した悪女は、二度と神童に戻ることが出来ないだろう。
彼女は奥深くの闇を目指して突き進んでしまったのだ。今から正しい道に導くことは、警察官の榊でも難しい。
(俺の姿が変わったのはオデットがヴァイザーから俺を逃すために使用した魔法が原因。俺はあの男に姿がバレてるから再び狙われることを阻止するために魔法を使われた。
俺が無事逃げられたのはオデットが魔法でヴァイザーの足止めをして榊を連れて逃げろと言ってくれたから。焼け焦げた銃はオデットが炎の魔法を使用してヴァイザーに隙が出来たうちに俺が拾った。
榊のオッサンはこれで騙せるか? デイパックの中身を回収してることは自分から教えなければバレねえはずだ。
もちろん組織の連中に出会ったらアザレアを演じて榊のオッサンは切り捨てる。この見た目でアザレアじゃなくて佐藤道明だ、と榊が主張しても根拠がなければ信じねえはずだ。
それにしても組織の連中は人数が多いな。他の殺し屋や組織がいる可能性も考えて、おっさんが起きたら警察署に向かって資料でもねえか探すか)
思考を粗方整理し終えると、道明は黙々と読書を始めた。
人殺しの人殺しによる人殺しの為の本。
著者、
ケビン・マッカートニーの経験に基づいて様々な殺しや拷問のテクニック、アドバイスが網羅されている優良な本だ。
値段は一冊6000ドルと少々お高いが、その丁寧な指導法や誰でも一人前の殺人鬼になれるという口コミから裏社会ではベストラセラーになっている。
道明がそんな物騒なものを読んでいるのは、単純に興味が惹かれたからだ。スナップ写真もネット上に転がっているグロテスクな画像より緊迫感があって、道明はそれをみるたびにニヤリとしてしまう。
(ふ、ふひひ……今なら寝てるし、この本を参考に無防備な榊のオッサンを拷問するのもありかもしれねえ)
そんな危険なことを考えながら道明は本を読み進める。
華奢な少女の肉体に変化した悪女は、果たして一人前の殺人鬼になることが出来るのだろうか。
【J-8 市街地/黎明】
【佐藤道明】
状態:健康、アザレアの肉体
装備:焼け焦げたSAA(2/6)、焼け焦げたモーニングスター、リモコン爆弾+起爆スイッチ、桜中の制服
道具:基本支給品一式、SAAの予備弾薬30発、手鏡、『組織』構成員リスト、人殺しの人殺しによる人殺しの為の本 著者ケビン・マッカートニー、ランダムアイテム0~2
[思考・状況]
基本思考:このデスゲームで勝ち残る
1:榊が起きたら警察署へ向かう
2:オデットとヴァイザーのことを自分の都合の良いように説明する
3:可憐な容姿で参加者を騙し、利用する
4:利用出来ない駒、用済みの駒は切り捨てる。榊は捨て駒にすること前提で利用する
5:組織の参加者に出会ったらアザレアを演じて駒にする。相手がピーター、イヴァンなら利用可能か見極める
6:榊のオッサンを拷問するのもありかもしれねえ
※人殺しの人殺しによる人殺しの為の本で殺し・拷問のテクニックを学習しています。
【
榊将吾】
状態:内蔵にダメージ、気絶
装備:なし
道具:基本支給品一式(食料なし)
[思考・状況]
基本思考:警察官として市民を保護する。正義とは……
1:――――。
※ヴァイザーの名前を知りません。
【皮製造機】
任意の参加者に変身出来る皮を製造する機会。
皮は性別や体型関係なく馴染み、声や性別も対象の人物に変質させるが不可逆。
一度使うと壊れる。確認用の手鏡付き。
【『組織』構成員リスト】
FBI捜査官
ロバート・キャンベルが独自に調査し纏めたブラックリスト。
組織の主要な殺し屋の情報が彼の調査の範囲で記されている。
【人殺しの人殺しによる人殺しの為の本 著者ケビン・マッカートニー】
ケビンが気紛れに書き上げた本。ケビンの殺し・拷問のテクニックのすべてと殺人の趣向などや経験に基づいたアドバイスが、ご丁寧に実演中のスナップ写真つきで書かれている。
独学でも一人前の殺人鬼になれる非常にレベルの高い理想の教本……という名の恐ろしい人殺し量産物。
裏社会でベストセラーになったとかならなかったとか……
定価一冊6000ドル
最終更新:2015年07月12日 02:40