最初はゾンビのような姿で動きも緩慢だった船坂も、この長時間の戦いで傷を回復させ、完治とは言わないまでも、重症の人間程度の外見にまで治っていた。
そして、輸血パックを飲み干した朝霧舞歌はその姿を大きく変えた。
黒髪は脱色したような白髪になり、犬歯が鋭く尖り、背中には悪魔のような美しい黒翼。
鴉と戦った時よりいっそう禍々しくなったその爪をふりまわすその姿は、吸血鬼というより悪魔のようだ。
身体能力が上昇して、回復力も段違いになっている。
クロウは、翼を羽ばたかせ、夜天の空へ飛翔する。
後を追うように、船坂も体を浮かび上がらせる。
戦いの舞台を空中へと移した二人は、ぶつかっては離れて、ぶつかっては離れてと何度も衝突を繰り返す。
その度に、二人の体に傷ができるが、それは瞬時に回復する。
長松が見たら舌打ちをしそうなほど、その戦いは人間離れしていた。
ガルバイン、長松と連戦を繰り返した疲れか、はたまた心臓を短時間で二度も破壊されたことが効いているのか、船坂の力は何割か減少していた。
一方、舞歌は時間制限ありとはいえ、輸血パックを飲んだおかがで一時的に真祖とほぼ同等の力を手に入れている。
よって、この戦いだけに限定するなら、朝霧舞歌のスペックは船坂を凌駕していた。
もっとも、たかが戦闘力で上をいった程度で勝てるほど、船坂は甘くないが。
何度目かの激突を終え、二人は同時に地面に降り立つ。
暴れ狂う『クロウ』を、『舞歌』は必死に押さえつけている。少しでも気を緩めれば、『クロウ』は理性のない怪物として暴れまわるだろう。周りには船坂以外誰もいない。どうせあと少しでこの状態は終わるのだから、無理に押さえつけなくてもいいのかも知れない。
ただ、問題は理性を無くしては船坂に勝てないだろうということだ。
この男の技術にはそう感じさせる『凄み』がある。
近づいてきた船坂が繰り出す雷切による袈裟斬りを、クロウは右腕の爪5本で受け止める。
そして、残った左腕を船坂の首を薙ぐように動かす。
狙うのは人体の急所、首。そして、首輪。
が、船坂が執った行動は後退でも回避でもなく、頭を突き出すことだった。
結果的にクロウの斬撃は首ではなく船坂の額を切り裂くだけで終わる。
攻撃が失敗したことを認識すると同時にクロウはバックステップで距離をとる。
再び、二人の距離は広がる。
(私にはもう時間がない。朝になったら私は弱体化するし、それ以前にこの状態はそう長く持たない)
多く見積もっても後三分程度か。そして、その三分で船坂を殺すにはどうすればよいのか。
今までの戦いではダメだ。傷付けることはできても、致命傷にはほど遠い。
頼みの綱の支給品が入ったバックはちょっと前に遠くに投げ捨てたし、あれは私には上手く扱えない。
逃走。もし、こいつが私ではなく、ユキを追ったらどうする!?
「……やっぱり、これしかないか」
どこか虚しさを含ませながら舞歌は呟いた。
「ごめん、ユキ、約束、守れないかもしれない」
(まずい!)
船坂の直感が警鐘を鳴らした。
小娘の目が変わったのだ。
それは死を覚悟した者だけが見せる輝きだ。
今からあの小娘は、決死の特攻をするつもりなのだろう。
事実、彼女の魔力がさらに跳ね上がっていくのが分かる。
(次の一撃で決めるつもりか?)
ならば、
(迎え撃つのみ!)
魔力を凝縮する。
―もっとだ、もっとだ強く。
―次はない。この一撃で終わらせる。
―私が、ユキを、夏美を、
ルピナスを、クラスのみんなを……!
「守るんだあああああああああああああああ!」
そう叫んで、舞歌は疾走した。
いや、黒翼を使って低空飛行で突っ込んだ、というほうが適切なのか。
その様はまるでミサイル。後先を考えずに高めた魔力は肉眼でくっきりと見えるほど濃くなり、舞歌を流星のように彩った。
三分しか持たない魔力を、いや、それどころか命を賭けたその一撃。
それは、舞歌の攻撃で最強のもの。
小競り合いを繰り返しては、時間制限があるこちらが不利。
ならば、圧倒的な攻撃力で、打ち砕く!
そして、その白い流星を迎え撃つのが、大日本帝国英雄、船坂弘。
逃げも隠れもしないと、堂々と待ち構えるその姿はまさに益荒男。
そして、両者は激突した。
すでに、10を越すほどぶつかりあった二人だが、今回は今までとは密度が違う。
舞歌の爪と、船坂の鬼斬鬼刀が鍔迫り合い、草原に耳障りな金属音が響く。
しかし、その音を打ち消すのは二人の魂の叫び。
「はあああああぁAAAAAAAAAAAAAAAAAAH!」
「ちぇりゃああああああああああああああああああああああ!」
半ば理性が消えた舞歌の獣のような咆哮と、船坂の狂気を感じる烈光の気合は。
重なり合い、どこか美しい音楽のように響き渡る。
途切れそうになる理性は必死に手繰り寄せる。
まだだ、まだ呑まれるな。
こいつを殺しきるまでは、理性を手放すわけにはいかない。
限界まで魔力を捻り上げる。
この鍔迫り合いで押し切れば勝てる。そう、舞歌は確信していた。
至近距離で船坂と目が合う。
鬼気迫る眼光だった。
絶対に負けない、と魂に伝わるほどのオーラだった。
舞歌の脳裏に突如、知らない記憶が流れ込んでくる。
銃弾が飛び交い、戦車が進軍する戦場を駆け抜ける。
敵兵を斬り殺し、薙ぎ払い、吹き飛ばす。
戦場にいるのは有象無象の雑兵ではなく、全てが国のため、家族のために命を賭けた、
必死に戦った英雄達だった。
それを更なる気迫で、闘志で、根性で斃す。
そして、その後ろには部下がいた。自分を信じてついて来た、こんな魔人を信じてくれた忠実で勇敢な部下がいた。
何人もの上官が、同僚が、部下が国のために戦って散っていった。
それでも自分は戦い続けた。
全ては御国のために、守るべき民のために。
今、ここで死ねば、大日本帝国はどうなる?
まだ、ドイツには魔王ルーデルがいる。
自分がいないうちにドイツに侵略される可能性は十分に考えられる。
私は大日本帝国の魔人皇。
散っていった戦友のために、殺してきた強敵たちのために、国に残してきた民のために。
「私は、負けられんのだああああああああああああああああああああっ!」
そう、それがあなたの強さの理由なのね。
舞歌は、今の記憶が船坂の者だとすぐに理解できた。
魂で、理解できた。
この男は、悪ではない。
ただ、純粋な、誰かのために戦う戦士なのだ。
でも、だからこそ相容れない。
この男の敵とは、私であり、私の友達なのだから。
(ユキ、夏美、ルピナス。私に力を貸して!この男を倒す力を私に!)
「絶対に!」
「負けない!」
「「勝つのは、私だああああああああああああああああ!」」
◆
船坂弘は、止まらない。
その首は、半分ほどまで切れ込みが入り、まさに薄皮一枚繋がっている。
しかし、首は落なかった。首輪は、爆発しなかった。
だから、船坂は死なない。単純な話だ。
さっきまでの戦いが幻だったのかのように、草原には静謐な静かさが満ちていた。
もうすぐ、日が昇るのだろう。
体を静かに回復させながら、船坂はゆっくりと歩き出した。
「まちな、さい、よ……」
弱々しくて小さい声だったけれど、船坂は立ち止った。
「まだ、お、終わってないわ。私は、まだっ、戦える……!」
船坂はゆっくりと振り返った。
無残だ。
一時的なブーストが終わったのだろう。髪は黒髪に戻り、牙も小さくなっている。
おそらく、目が見えていないのだろう。さっきの力を得た代償か、それとも。
心臓に、大穴が空いているからか。
魔人の核が脳ならば、吸血鬼の核は心臓だ。そこを潰されれば、死ぬ。
ましてや、ここまで大穴が空いているならば、とっくの昔に即死しているはずである。
けれど、舞歌はフラフラと立ち上がった。
生物的にも、吸血鬼的にも致命傷だけれど。
精神の力だけで、立ち上がった。
目も見えない。体中が寒い。魔力どころか普通の力さえ沸き上がらない。
それが、どうした。私は、まだ負けてない。
一歩、一歩踏みしめるように船坂に近づく。
目が見えないから、船坂がどこにいるのか分からない。
そもそも、自分は船坂に近づいているのか。
(これで離れてたら、傑作ね……)
「もう、やめろ」
それは、今までの怒気を含んだ声とは違って、別の感情が込められていた。
「お前は立派に戦った。見事な生き様だった。だから、もう休め」
「ふざけた、こと、を言うな……!お前を殺すまで……、私は何度でも、なんどだって、たちあが、るんだ……!」
そうか、と船坂は静かに呟いた。
そして、鬼斬鬼刀を構えなおす。
「介錯をしてやろう、戦士への手向けとしてな」
「ああ、きなさい、よ……。まだまだ、勝、ぶはこれから、なのよ……」
ぱきり、と奇妙な音が響いた。
やがて、ぱきぱきという音に変わる。
初めて、船坂の表情が崩れた。
『鬼斬鬼刀』が、ヒビを立てて割れ始めたのだ。
そして、亀裂が刀身全てに広がり、やがて粉々に砕け散った。
何も見えない舞歌でも、聞こえてきた音だけで何が起こったのかは把握していた。
『鬼斬鬼刀』は、消滅した。
驚愕に目を見開いていた船坂は、諦めたようなため息をついた。
「刀は武士の魂。それが砕けたのだ。この戦い、勝ったのはお前だ、朝霧舞歌」
「なん、で、私の名前を……?」
いや、きっと自分に船坂の記憶が流れ込んだように、船坂にも舞歌の記憶が流れ込んだのだろう。
「私に勝ったことを冥府で自慢するといい。この私に敗北を認めさせたのは今まで五人しかいないのだぞ?」
「意外と、あなた……負けてるのね……」
「ぬ、そう捉えるか。失礼なやつだな」
どこか牧歌的な、まるで平和な日常のような談笑。
それは、さっきの戦いからは想像できないものだった。
そして、
「お願いです。ユキに、夏美に、ルピナスに、クラスの皆に、手を、出さないで……」
それは嘆願だった。棺桶に片足どころか辛うじて首だけ出している少女の、精一杯の願いだった。
「分かった。私はお前のクラスメイトを、仲間を、殺さない。約束しよう」
その言葉を聞いた瞬間、舞歌は安心したような笑みを浮かべて、崩れ落ちた。
(結局、ユキとの約束は守れなかったな……)
体中が冷たいのに、ユキと指切りをした指だけは、まだ人肌の暖かさがあった。
(鴉みたいな悪人はいっぱいのさばってるし、皆大丈夫かな。特に、夏美なんかは心配だな……。ああ、やっぱり私)
(死にたくないな……)
【朝霧舞歌 死亡】
船坂弘は、息絶えた舞歌を舞歌のバックに収納した。そして、それを掴んで歩き出す。
下衆な理由ではなく、舞歌のクラスメイトにこれを託すつもりだった。
もちろん、舞歌に関係ない参加者は今までどうり戦うつもりだが。
「ここにいるのはいずれも一騎当千の強者ばかりのようだな。魔人である私でさえも、この戦場では弱者か」
それでも、なお、船坂弘の進軍は止まらない。
【B-6 草原/黎明】
【船坂弘】
[状態]:首に深い切傷(修復中)、全身に無数の切り傷(修復中)、腹部に穴(修復中)、、心臓破損(修復中)、ダメージ(極大)、疲労(大)
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式、ランダムアイテム0~1、輸血パック(2/3)、朝霧舞歌の死体
[思考]
基本行動方針:自国民(大日本帝国)以外皆殺しにして勝利を
1:クロウの仲間は殺さない
2:
長松洋平に屈辱を返す
最終更新:2015年07月12日 02:53