「ふぁ~あ……よく寝た」
元々は洞窟であったのだろう、岩や瓦礫の積み上がった廃墟。
その天辺で、落ちて行く月を背にしてもぞもぞと起き上がる人影があった。
その肌は黒く、足まで伸びている白い髪とのコントラストを作り上げている。
服は着ていない。元は祭祀服のようなものを着用していたが、この洞窟を瓦礫に変えた爆発の際に焼け落ち、失われた。
その黒い艶やかな肌は月の光を反射し、艶めかしく裸身を彩っている。
肌を晒し、隠すものはなにもない――というのにその性別は判然としない。
その美しさも。その不可思議さも、この世のものとは思えなかった。
当然のことだ。彼――彼に性別は存在しなかったが、便宜上彼と呼称する――はこの世の存在ではないのだから。
「服は……まあいいか」
彼の力ならば服を再構成する程度はわけもなかったが、暑さや寒さを感じることもない彼にとって服とはたいして必要なものではない。
神である彼には羞恥心などという下等なものも存在しない以上、裸身を隠す意味もない。
「それになにより、この方が神っぽいだろう?」
彼の名は
リヴェイラ。
三千の世界と時間軸において、邪神と呼ばれた神だ。
▽
洞窟の中にやって来た男を拷問していたらいきなり爆発した。
「ほんとさー、テンション落ちちゃうよねぇ……」
溜息を吐きながら、リヴェイラはふわりと宙へと浮き上がる。
だんだんと遠くなる地上を下に見ながら、邪神はらしからぬ愚痴をこぼしていた。
「彼、悲鳴も上げないしさぁ。悪への改宗とかどうでもいいから泣き喚くのが見たかったんだけど」
単純に悪へと堕落させるだけなら、拷問などという手段だけに拘る必要は一切無い。
人間を堕落させるならもっと多彩で簡単なやり方が存在する。
そこを拷問――それも肉体的苦痛のみの――に拘ったのは、苦痛に悶え苦しむ人間の姿が見たかったからだ。
そういう意味ではあの男は、とても面白くない玩具だった。
「はー……やめよ。思い出すとまたテンション落ちる。
……そうだな。適当に新しい玩具を探そうか」
舌打ちすると、リヴェイラは新たな玩具を探して島の上空を飛び始める。
自らの加護を与えた魔王である
ディウスが、島の東へ向かっていることは察知していた。――その魔王の加護下にある、
ガルバインと
暗黒騎士が死んでいることも。
彼としては現状ディウスの邪魔をするつもりはないし、極力出会わないようにしようと思っている。
――と。
「――見つけた」
眼下の草原に小さな人影を見つけたリヴェイラは舌舐めずりし――顔に確かな喜色を浮かばせた。
▽
田外勇二は、夜のまだ明けぬ島の草原を一人歩いていた。
先程出会った
近藤・ジョーイ・恵理子からは逆方向へ。
決して出会うことはないだろう方向へと移動――いや、逃げていた。
田外勇二の人生において、明確な――少なくとも、悪人であることを自我とした悪人に出会ったことはない。
小学生にそのようなことを求めても酷だろうが。
初めて出会った真性の悪人――本人の言を借りるなら「悪党」だが。それと出会った衝撃は、勇二を酷く動揺させた。
彼の保護役である
上杉愛やその親から、悪しき人間についての話を聞いたことはある。
勇二の飛び抜けた霊力を狙う妖怪に出会ったこともある。
だが、同じ人間が、悪意――あるいは、何の感情も持たず。他人を害し、そして何事もなかったかのように笑う。
そんな人間に――あるいは、そんな人間が存在するという事実に。
田外勇二は、確かに恐怖したのだ。
「……どうしよう……」
人を殺そうと考える人間が一人もいない、なんていう楽観的な考えはしていなかった。
だが、それを差し引いても――近藤・ジョーイ・恵理子という悪党は彼にとっては埒外の存在だった。
ネックレスを探さなければ、とは思う。
上杉愛と
吉村宮子に会いたいとも思う。
けれど――下手に歩いて、近藤・ジョーイ・恵理子のような人間に出会ってしまったら。
それを思うと、どこかに隠れていた方がいいのではないかと思ってしまう。
上杉愛は、勇二が迷子になったり、どこかに隠れたりした時も見つけて家へと連れ帰ってくれた。
だから、この島でも隠れていても、いつか見つけ出してくれるのではないだろうか。
目の前には、丁度森が広がっている。この中に隠れて、上杉愛を待とう。
そう結論しようとしたところで――
田外勇二は、神と出会った。
▽
空中から田外勇二の目の前に舞い降りたリヴェイラは、驚き竦む勇二へとにこりと笑いかける。
「やあ。楽しんでいるかい?」
「……たの、しむ?」
――何を言っているのか、勇二には理解できなかった。
ここは殺し合いの会場だと言うのに。田外勇二は、生まれて初めての恐怖を味わったというのに。
そこで、何を楽しむというんだ?
「そうだね、例えば……」
リヴェイラが勇二に近寄る。
気を抜けば見蕩れてしまうような美貌が、勇二の眼前まで迫って――そして左腕を伸ばし、
「君の右腕をもぎ取って、君が泣き叫ぶ姿を見ることかな」
勇二の右腕に触れようとして、白い光に弾かれた。
「……む?」
怪訝な顔で、リヴェイラは勇二を見つめる。
そして、目を凝らすように細めて――にやり、と笑った。
その表情に、勇二は恵理子を思い出し――びくり、と身を竦める。
いや――そもそも、目の前の『それ』は、今、自分になにをしようとしたのだ?
守護符が働いたということは。――自分に、危害を加えようとした?
「……っ!?」
「おや、怯えられてしまったか。
まあいい、一つ自己紹介としようじゃないか。
僕の名前はリヴェイラ――邪神さ」
飛びずさるように一歩を引いた勇二に、リヴェイラが笑いかける。
その笑みはとてもこの世の物とは思えない――いや、勇二は確かに、目の前の存在が『まともな世界のモノ』ではないと確信した。
そう。今となればわかる。目の前の邪神と名乗ったモノから溢れ出ているのは――
「邪、気……!」
「わかるかい。ま、君は中々にスジがよさそうだからねぇ。
そして、その才能に免じて君の名前を聞いてあげよう。さぁ、名乗りなさい」
勇二の中に眠る霊力――神にも匹敵するそれを理解したリヴェイラが、にやにやと笑う。
「……田外、勇二」
そして、田外勇二はリヴェイラを警戒しながら名を名乗る。
退魔師として、まだ真っ当な訓練を受けてもいない勇二にもわかる、濃密すぎる邪気。
それは全て、目の前の邪神から放たれている。
(……こいつ。今まで見たことがないくらいに強い……!)
人生経験の少ない小学生ではあるが――勇二の生まれた家である田外の家は、霊能力の大家だ。
当然、妖異の類への遭遇経験はある程度ある――そもそも、彼のお目付け役の上杉愛からして800年を生きた大妖怪である。
その彼をして、見たことがない邪気。
一瞬でわかる。
目の前の存在は、確かに神――あるいは、それに匹敵する存在なのだ、と。
「……神、と言ったよね」
「ああ、言ったよ」
勇二は、慎重に、言葉を選びながら、リヴェイラに問いかける。
彼が神だというのなら――
「……神っていうのは、本来善も悪もない存在だ、って聞いた」
そう。
少し前、家で父に聞いた言葉。
神とは本来、善も悪もない、そのような人間の価値観では括れない超越した存在なのだと聞いた。
世に言う善神・悪神とは、人間の信仰の結果引き出された神の側面なのだ、とも。
ならば、このリヴェイラと名乗った邪神にも元となった神格があり――それを探ることができれば、鎮めることができるのではないか?
それが勇二の咄嗟の機転だった。
その言葉を聞いたリヴェイラは怪訝そうに首を捻って、
「……ああ、うん、なるほど」
くつくつと嗤った。
「よく知っているね。その霊力といい――もしかして、神に詳しい生まれかい?
ああそうだ、確かに普通の神格は善悪の概念に囚われず、人間の信仰によってのみその形を固定される
――ただし、一部の例外を除いてね」
「……一部の、例外?」
怪訝な顔をするのは、今度は勇二の番だった。
そんな勇二の顔を見ながら、リヴェイラはさも愉快そうに嗤う。
「――世界は、善性で満ちている。そう、聞いたことはないかい?
確かに善神も、悪神も、元は善悪関係のない神格から生まれた神だ。
けれど、世界に満ちる神は、悪神よりも善神――要するに、人間にとって好都合な神の方がずっと多い。
――当然だね。人間だって、自分に害をもたらす神など増やしたくはないし、信仰したくもないのだから」
「人間だって同じさ。
完全なる善性の人間――そんなものはとんと見ないが、それでも世界はプラスの事象で満ちている」
「けれど、世界は天秤がどちらか片方に傾いた状態を嫌う。
そんな時、なにが起こると思う?」
「――そう。『邪神』を、生み出すのさ」
『自己紹介』を終えた『邪神』リヴェイラは、くつくつと嗤った。
▽
「……まさか」
「そう。僕がその『邪神』さ。
三千世界の彼方で世界の均衡の為に生み出された、マイナス事象の集合体。
元の神格を持たない、正真正銘の悪神というやつだよ」
唖然とする勇二に、出来の悪い生徒を教える教師のようにリヴェイラは講釈する。
「ま、だからこそ正の事象にはとても弱いんだけどね。
『善神』だの、『勇者』だのに封じられたことは一度や二度じゃない」
それを聞いた勇二は、きっとリヴェイラを睨んだ。
「……なら。霊力で、お前を浄化することもできるってことじゃないの?」
霊力。それは間違い無く、正の力だ。
であるならば、邪神であるリヴェイラを封印――あるいは浄化することだって、できる筈なのだ。
式神を操れる程度の霊力しか持たない普段の勇二なら――これは本人の思い込みであって、本来の彼の霊力は神にも匹敵するのだが――足元にも及ばないだろう。
だが、今の勇二には“秘密兵器”がある。
――それを聞いて尚、リヴェイラは嗤う。
「君の霊力ならば、確かに僕を浄化し得るかもしれない。
けれど、本当に君にそれができるかな?
先程まで怯えていた君に?」
そう。
田外勇二は、つい先程まで怯えていた小学生に過ぎない。
「確かにその符の守護はそれなりに強力だ。
だが、僕に破れないわけじゃあない。
その符が破られた時に、君がどんな悲鳴を上げるか――試してみたいのかい?」
如何に力があろうと、田外勇二は同じ人間に怯えた、ただの少年に過ぎない。
そんな人間が、邪神に立ち向かうことなどできるのか?
「さて。さっきの宣言通り、右腕をもぎ取ってあげよう。
その次はどこがいい? 嫌な場所をもいであげるよ」
リヴェイラは立ったままの勇二へと左腕を突き出し、守護符の結界を叩き割る。
そのまま勇二の右腕へと、邪神の腕は伸びて。
白い電撃が、邪神を吹き飛ばした。
「ぐっ……!?」
この島に降りてより初めて、邪神の顔が驚愕に歪んだ。
反撃を受けることを考えていなかったわけではない。
追い詰められた者の決死の抵抗を想定できないほど、邪神は愚かではない。
ならば何が邪神を驚かせたのか。
「それは……その剣は……!」
邪神が睨む先。勇二の左腕には、いつの間にか一本の剣が握られている。
ただの剣ならば、恐れるべくもない。
魔剣であっても、邪神には届かない。
ならばこそ、それは邪を払う剣。
かつて勇者の振るった聖剣である。
▽
「……なるほどね。それが君の秘密兵器か」
思わず身構えながら、リヴェイラは勇二を――正確には、その手に握られている聖剣を睨む。
聖剣とは、ただ切れ味が鋭いだけの剣でも、ただ魔法が付与されただけの剣でも、ただ神々の加護を与えられた剣でもない。
人々の希望を集め、竜種の炎で鍛え、星の輝きを載せたその剣は――持つに値する者を、魔王と斬り合える決戦存在へと変える。
「なるほどね……その霊力。
異世界の勇者として聖剣に選ばれても不思議ではない、か。
むしろ不思議なのは――」
聖剣は勇有る資格を持つ者に、その力を与える。
怯えた人の子に、邪神を相手にすることができるのか?
「……僕は、田外家の子供だからさ。
邪なるモノには、負けるなって……教えられてきたんだ。
だから……父さんの言いつけを、信じる」
――できる。できるのだ。
田外の――霊能力の家に生まれた勇二は、小学校に入学する前から邪なるモノに対する心構えを教えられている。
だから、人間よりも――「それ以外」の方が、彼にとっては慣れた相手だった。
「……人間より邪神の相手の方が御しやすい、と来たか。
つくづく面白い子だな。
いいだろう。退屈凌ぎに付き合って……」
将来有望な相手だ。
そう見極めた邪神はふわりと浮き上がり、左腕に魔力を集め――
「……む?」
――不意に、頭にある感覚がよぎった。
この島のどこかに、魔王にも匹敵するかもしれない邪が生まれた――かもしれない感覚。
――この邪気の持ち主は、きっと目の前の少年よりずっと面白い。
一瞬で、リヴェイラはそう確信した。
「……ど、どうした?」
聖剣を構えたまま拍子抜けしたかのように問いかけて来る勇二へと、リヴェイラは背を向け――そのまま高度を一気に上げる。
「……えっ!?」
驚きの声を上げる勇二を眼下に、リヴェイラは別れの言葉を吐いた。
「ごめんごめん、もっと面白そうなことを見つけたから後にしてくれる?
もっと成長したら付き合ってあげるよ」
その言葉と同時に空中のリヴェイラは速度を上げて飛び――あっという間に、地上の勇二からは見えなくなった。
【E-3 上空/早朝】
【リヴェイラ】
状態:健康、飛行中
装備:なし
道具:不明
[思考・状況]
基本思考:邪神として振舞い退屈を潰す。
1:悪人は支援。善人は拷問した末に、悪に改宗させる。
2:島の南東に現れた邪気の主(
オデット)を見に行く。
※
ロバート・キャンベルの名前を知りました。
【E-3 草原/早朝】
【田外勇二】
[状態]:恐怖による疲労、覚悟
[装備]:『守護符』、『聖剣』
[道具]:基本支給品一式
[思考]
基本行動方針:愛お姉さんと宮子おばちゃんを探す
1:ネックレスを探す。
2:リヴェイラは絶対に探し出して浄化する。
[備考]
※ネックレスが
主催者により没収されています。そのため、普段より力が不安定です。
※自分の霊力をある程度攻撃や浄化に使えるようになりました。
【『聖剣』】
異世界に伝わる、邪を祓い悪を討つ為の『聖剣』。
見た目は単なる剣にしか見えないが、一度聖剣に『使い手』に選ばれた者が握ればその潜在能力を引き出し、更に強力な能力へのブーストをかける。
『使い手』に選ばれる資格を持つのは、勇者、あるいは聖なる力に溢れた者に限られる。
それ以外の者が握っても、単なるナマクラでしかない。
最終更新:2015年07月12日 02:54