私――
馴木沙奈は、一つの問題に直面していた。
いや、問題って言ったらもうこの状況自体が一つの問題なのだが、とにかくその問題の中でまた難題に直面したのである。
結構歩いた気がするが、誰とも出会わない。
平野をとっとこ歩いている以上、人影のひとつくらいは見つけてもよさそうなものなのだが、人っ子一人見つからないのだ。
あんだけ派手に爆発が起きたっていうのに誰一人寄って来る人はいなかった。
いや、むしろ爆発したから誰も寄ってこないのか。
そりゃ建物が思いっきり爆発するのなんか見たら、普通の人間は逃げるだろう。
寄ってくるのは普通じゃない人間だろうし、そういう人間に対して話が通じる確率は普通の人間と比べれば低いと思う。
だから誰とも出会わなかったのはもしかしたら幸運なのかもしれないが、しかし問題はそんなことではなかった。
ミュートスさんは夜歩きに慣れないこちらに歩調を合わせ、何度か休憩をとってくれている(思えば、これも他人と出会わなかった原因である気はしなくもない)。
その休憩で発覚した――というか、気付かされた事実がある。
「……ない」
私に配られたらしい鞄は旅館ごと爆発していたので、当然のことながらその中身もなくなっていた。
いや、別にその中に個別に入っていたらしい武器やなにやらが恋しくなったわけではない。
そんなものを配られたところで、一般人で、今まで清く正しく――かどうかはともかく、ともあれ普通に生きてきた私に使えないのはわかっている。
ミュートスさんなら使えるかもしれないが、まあそこは今直面している問題とは離れたことだ。
問題は、
「水が、ない……」
そう。基本支給品、という奴である。
名簿や地図はミュートスさんに見せてもらったものが頭の中に入っているが、食料や水はそういうわけにもいかない。
この島は真夏みたいな暑さではないし、ちょっと水分補給を怠った程度で脱水症を起こすわけでもないが、それでも飲まず食わずで生きていられるわけがないのである。
飲まず食わずでは三日、水を飲んでいても一週間――だっただろうか。
サバイバルなんてやったことのない女子高生のうろ覚えの知識だから実際にそうなのかは微妙なところだったが、別にもつのが何日だろうと、飲まず食わずの衰弱した状態でこんな場所にいれば命が危ういのは間違いのない話だ。
年下の女の子に飢えた思いさせるほど薄情でも間抜けでもないわよ――とは、ミュートスさんの言だったが。
単純に分け合うにしたって、二人で一日半――もうちょっと小分けにしても、二日程度が限度だろう。
「――おっかしいのよね」
何度目かの休憩。
ミュートスさんは、そんなことを言った。
「おかしいって、なにがですか」
「だってさ、考えてもみなさいよ。三日分よ、三日。
沙っちゃんみたいな間抜けな話がなくっても、食料と水は三日で終わり。おかしいって思わない?」
言われてみれば、三日という日数は微妙なようにも思える。
三日。この島にいる数が70余人だから――単純に言えば、一日25人ペースで人が死なないといけないわけである。
もちろんこんな状況下で常識の範囲の物言いはできないが、それにしたってそんな速度で人死にが出続けるものだろうかとは確かに思う。
「三日以内にケリつけてほしいのかとも思ったけど、そンなら『三日以内に終わってなかったら全員の首輪を爆破する』って言っておけばいいでしょ。
わざわざ遠まわしな『6時間
ルール』なんて必要ないじゃない」
それもごもっともな話だ、とは思う。
なにかこちらに制限を科したいのなら、あちらから言えばいいのだ。
それをするための生殺与奪の権利は握っているのだから。
「わざわざこんな御大層なことしといて、食糧をケチったとかでもあるまいし。
……とーなるとー。やっぱりそーいうことかしらねえ」
綺麗な顔を忌々しげに歪めながら、ミュートスさんは一人で納得したかのように呟いた。
――別に特段興味のある話題というわけでもないのだが、それでもあちらから話題を振っておいて一人で納得されると、少し気になるものがある。
「うん?
いやいやいやいや沙っちゃん、簡単な話よ。食糧が足りなくなるとして。一番単純な食糧を手に入れる手段はなにかってハナシ」
ああ、なるほど。
そう言われれば、沙奈にだってその辺は理解できる。
足りないものを手に入れるための一番単純な手段。あるところから持ってくる。
それはこの島では、他人から奪ってくることを意味する。
――要するに、食料を巡っての殺し合いだ。
「タイムリミットっていうよりは、速度を上げるための仕掛けね。
――ただまあ、あたしらにとっちゃタイムリミットにもなるけど」
他人を襲って食糧を奪うという選択肢は、私達にはない。
友好的な相手なら食料を分けてもらうという選択肢はあるが、それにしても絶対量は変わらない。
相手の方から襲ってきたならともかく――いや。そもそも襲ってきた相手だろうと、殺すことなんて考えたくもなかった。
「ま、島の中に食糧がある可能性はないとは言えないけどね。
食糧が無くなってから島の中で食糧が見つかったら、それこそ奪い合いになるわよ。
そもそも水は上水道が生きてるなら街から手に入るし、そうでなきゃ川の水なりを煮沸するなりすれば飲めなくはない。
食べ物は保存食とか残ってる可能性もあるし、動物とかいるならそいつを調理すればいいし」
半ばサバイバルめいたことを言いながら、ミュートスさんはけらけらけらと笑った。
この状況でも、そんな風に笑える在り方を、ちょっとだけ羨ましく思う。
――絶対に死なないし、殺しもしない。
そう啖呵こそ切ったが、それは自分も言ったように『普段通り』――一般的な学生にとって、当然のことでしかない。
そもそも、沙奈が殺そうとして殺せる相手の方が少ないだろう。
こんな場所でそんな『普段通り』を貫く方が苦しいし、ミュートスがそれを自分に期待しているのは理解している。
それでも、誰かのために動けて、誰かを守れる在り方に、羨望を感じないとは言えなかった。
――もちろん、ミュートスがその在り方に行き着くまでには色々とあったのだろうし(本人の言が正しければ、ヒーローとの戦い――あるいは殺し合いは日常茶飯事のはずだ)。
簡単に考えていいものでもないとはわかっているけれど。
「さて、と。
ンじゃ休憩終わり、でいいわよね?」
当のミュートスさんは服の埃をぱんぱん、と払いながら立ちあがっている。
慌てて私も立ち上がった。
「よし、そンじゃちょっと明るくなってきたし走るわよ。全速前進ってやつね」
――え?
「え? じゃなくて。さっき話したでしょ? 街目指して突っ走って、食べ物と水探しよ。
ああ、大丈夫大丈夫。
一応妊婦だし、走る速度は加減するわよ」
そんなことを言いながら、既にミュートスさんは街へと走り出していた。
――やっぱり、激しく遺憾である。
[E-6・草原の北端/早朝]
【馴木沙奈】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:なし
[思考]
基本行動方針:ゲームから脱出する
1:ミュートスに従い、街へと向かう
2:協力者を探し、首輪を外す手段を確保する
【
大神官ミュートス】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式、ランダムアイテム1~3(確認済)
[思考]
基本行動方針:ゲームから脱出する
1:北の市街地へと向かう、食料と水を探す
2:協力者を探し、首輪を外す手段を確保する
最終更新:2015年07月12日 02:59