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パクリじゃんよ。
何がって、どうもこうもないでしょうに。
この状況が、って言ってンのよあたしは。
分からない? あんたさ、知らないのバトロワ。
バ・ト・ロ・ワ。
高見広春センセイの『バトル・ロワイアル』の事じゃんよ。
知らないの。そう。齢幾つよあんた。十七。ふうん。まあ知らないかなあ。
原作知らなくても映画が話題になったんで名前は聞いたってのは多いと思うんだけど。それも違う。
まあいいわよ別に。
は?
いやだから、今現在の状況が、そのバトロワのパクリなんだってばさ。
拉致されて、爆発する首輪付けられて、殺し合い強制されるって話よ。
誰が、何処から、どう見たって、パクリでしょうよ。
これがパクリでないならK9999だって鉄男のパクリじゃなくなるわよけらけらけらけら。けけらけら。
つうかさ、要は中途半端すぎるって話なのよ。
やるならハッキリと、堂々とパクった方がいいのよ。
元ネタ――元ネタって言い方も何か変な気がするけど、まあバトロワ。小説のね。
あれはさ、『プログラム』の存在は作中のキャラはみんな知ってるのよ。基本的に。
だからサ、殺し合いとか絶対無理! ってキャラも勿論いるけど、まず現状が認識できない奴はほぼいないのよね。
で、まあ全員殺せば命だけは助かるって事は確定だから、ゲームに乗る奴も多くなる訳よ。
そんな風に世界観からしてきっちり設定されてるものから一部の要素だけ持ってきたって――。
どうでもいい?
はいはい分かりましたよ。
いやまあ、あたしらだって人の事は言えませんよそりゃあ。
神話と偉人がモチーフの怪人軍団とかモロにGOD機関ですよ言い訳はしませんよ。
でもねえ、あたしらの場合は、なんつうの、リスペクト? オマージュ? みたいな。アレよアレ。
ブラックオックスに対するゲッター1、ハカイダーに対するイクサー2みたいなもんよ。多分。
何言ってるのか分からない?
いいけどさあホントに。
こっちの話よこっちの話。分からないなら黙ってていいのよ。
で――さあ。
あ、何よその顔。いつまでこんな話してるんだよっつう顔したでしょう今。
言いたいことがあるんならハッキリ言いなさいよ。おい。おいコラ。
ちょっと。
何よもう、情けない声出しちゃってさあ。
怒ってないわよこれが普通よあたし。
ホンット調子狂うわもう――。


       ●

金髪の女性はそこで言葉を切り、物憂げな表情で少しだけ俯いて見せた。
先程までの油紙に火が付いたような物言いが嘘だったかのような、萎れた態度である。
あまりにも急な豹変ぶりに馴木沙奈は戸惑ってしまい、困惑を隠せないままにおずおずと発声した。
「あのう」
「あ?」
女性は鷹のように鋭い瞳で不服そうに沙奈を睨んだ。

こ――。
怖い。
すっごく怖い。
今の沙奈は蛇に睨まれた蛙、いやオタマジャクシである。
要するに全く動けない上に、大きさが全然違うのである。
一飲みにされるならまだマシで、一瞬ですり潰されてしまうかの如きプレッシャーを沙奈は感じている。

――何故こうなった。

沙奈は今日まで真面目に勉学をこなしてきた、ごくごく普通の女学生である。
幼馴染の事となればそれはちょっと見境がなくなってしまうような事もあるのだけれど、それには止むを得ない事情もあり、
まあ聖人とは言えないかもしれないが、人道を踏み外すような事をした覚えは全くない、寧ろ謹厳実直な無辜の民であって。
こんな目に遭わされる謂れは一切無いのだ。

激しく遺憾である。

沙奈は数十分前の出来事に思いを馳せた。

本当にその時まで、沙奈はいつもと変わらぬ日常の中にいた筈なのだ。
トンネルを抜けたりとか理科室でラベンダーの香りを嗅いだりとか、そんな事もしていない。
いつの間にか、人が沢山いる、見知らぬ場所にいた――としか説明しようがない。
それはもう完全に状況が理解できない訳で。
何も出来ない見えない耳に入らない、思考回路はショート寸前な硬直状態に陥っていた時――。
ぱん、と。
銃声が聞こえた。
それが本当に銃声だったのかどうかは実際の所分からないというか、沙奈は銃声なんて運動会の時くらいしか聞いた事がないのだけれど。
ともかく、大きな破裂音だったのだ。

ハッと意識を取り戻した沙奈は――。
すぐにその場に伏せて両手で耳を塞ぎ、目を強く閉じた。
まず一般的に予測されるような危険への対処法を取ったのである。
それは正しい判断だったと、常識人を自負する沙奈は今でも確信している。
何せ沙奈が伏せたそのすぐ後に、その状態でも分かるような閃光と轟音を感じたのだ。
伏せていなければ感覚がどうにかなっていたかもしれない――いや、多分大きな爆発が起こったのだろうから、絶対に無傷では済まなかった筈である。
ともかく、それから沙奈はまんじりともせずに必死に目と耳を塞ぎ、じっと蹲っていたのだ。
優先すべきは興味よりも安全である。それが常識的な対応と言うものであると沙奈は思う。
何となく辺りが騒々としているような気配も感じてはいたが、殆ど何も耳に入ってはいなかった。

それから十分は経った頃だろうか。
沙奈は慎重に、恐る恐る身を起こし、周囲を確認した。
すると。
誰もいなかった。
というか、何もなかった。
いや、何もないという事はないのだけれども、単なる道路のど真ん中に独りぼっちだった。

意味不明である。

夢か幻か、なんて事を思う程に沙奈は自分の認識を疑ってはいない。
するとまあ、今の状況は紛れも無く現実だという事になるのだが。

――どうしろと。

どうしようもないのだ。
まず何がどうなっているのか分からないのだから、何をすべきかも分からないのだ。
かと言って、じゃあ何が起こったのか調べよう、とする事もできない。
突然妙な場所に瞬間移動したかと思ったら突然爆発が起きて、更に別の場所に瞬間移動した――。
そんな事が起こるような現象、起こせるようなモノは沙奈の常識の中には無い。絶対に無い。
非常識な出来事の原因は非常識であるべきなのだ。
そうするともう、常識人であるところの沙奈が出来る事は何もない。

棒立ちである。
沙奈、ただ突っ立っているだけ。
圧倒的無為。

そんな時に――。
沙奈は金髪の女性と遭遇したのだ。
出会った、とか、接触した、ではなく、遭遇した、という表現が相応しい気がする。
何と言うか、こう、見るからに怒っているというかブチ切れ金剛というか、まあそんな様子だったのだ。
そんなのが肩を怒らせながら、沙奈の方に向かってずんずんと前進して来た訳で。
接近してきた女性に対し、沙奈は。

――こんばんは。
と、挨拶をした。

完全に頭が麻痺していた沙奈に出来る事はそれだけであった。
女性はその場で急停止し、狂人でも見るような目つきで沙奈を凝視した。

これは何か間違ってしまったのだろうと言う事はその時の沙奈にも分かった。
なので、何とかフォローしようと次に言うべき言葉を回らない頭で必死に考えたのだ。

――そもそも今は本当に夜なのか。さっきまで明るかったし。いや時差というのもあるしなあ。あ、ならここは外国なのか。
ブロンドの人がいたっておかしくはないのか。じゃあ外国の人相手に日本語で挨拶と言うのも変な話だなあ――。
いや、本当にそんな事を思ったのである。
で。

――Good evening.
と、今度は英語で挨拶をした。

発音は完璧だった。
語尾を上げてはいないから「さようなら」ではなく、きちんと「こんばんは」として伝わっていた筈である。

だがそれが逆に女性の逆鱗に触れた!

か、どうかは知らないのだが。
女性は無表情になり、半ば痙攣を始めていた。これはマジでヤバい、と沙奈が思った瞬間。
ぐい、と腕を掴まれた。
女性は凄まじい力の持ち主であり、抵抗は不可能であった。
そのまま女性は沙奈を引き摺るようにして――というか引き摺って、近くの建物へと入っていった。
沙奈と女性は座布団の敷かれた和室に土足のまま入った。
その後。

――まあ座んなさい。
と、女性は言った。
沙奈は素直にその言葉に従い、女性も机を隔てた先にある座布団に座った。
とりあえず話は通じる相手のようであると、そう判断した沙奈は、一体何がどうなっているのか尋ねたのだ。

で――。
何だか不必要にグダグダと長い説明だったような気もするが、まあそんな訳で話は冒頭に戻る。

本気で理不尽にも程があると沙奈は思う。
しかも結局、現状に関する情報は何も得られていない。と言うか、意味が分からない。
けれども――今はこの女性から話を聞くしかないのだ。

怖いけど。

ごくんと息を呑んでから、沙奈は口を開いた。
「あ、あのですね」
「しかしあんたもさあ――」
割り込まれた。
「ノーテンキよねえホント。何、自分が死ぬ訳ないとか思ってンの? だったらそりゃ間違いよ。
 あんたみたいなヒョロッヒョロで胸も無くて小便臭い小娘なんて、リボルケイン構えたRXに突進していく怪人より儚い命だわよ」
どんな罵倒だ。いやそもそも何故罵倒されなきゃならんのだ。
胸は――まあ無いのだが。

女性が顔を向けた。
「つうかさ、あんた、誰よ」
なんじゃそれは――と言いたいのを堪えて、沙奈は答えた。
「はあ、その、馴木沙奈と言いますけど」
「あーそー」
全ッ然知らないわと言って女性は反っくり返った。
まあ沙奈は同じ学校のサッカー選手や探偵みたいに有名じゃないし、外国人に知り合いがいる訳でもないのだが。
本当に、何故にこんな扱いを受けねばならんのか。

「まあ度胸はあるのかしらねえ。あたしの事は知ってるでしょ? ブレイカーズの大幹部、大神官ミュートス様」
知る訳がない。
そう言った。
「ああん?」
「あ」
言ってから――これはとりあえず頷いておくべき流れだったという事に沙奈は気が付いた。

「んー、割と有名だと思ってたけど、マイナーなのかしらうちら。まあ仮にも秘密結社な訳だしねえ」
流された。割とあっさり。

つーか。
さっきから殺し合いとか秘密結社とか何を言っているのだろうか。
オタクの人なのかこのミュートスとか言う外人さんは。コスプレなのか。

「で――沙っちゃんは、何処の組織のもんなのよ。あんたみたいな貧弱そうなのが無所属ってこたあないでしょう。ラビットインフル辺り?」
組織て。サークルか何かか。貧弱なのは関係あるのか。ラビットインフルって普通の会社じゃなかったか。
いやそれよりも。
「沙っちゃん――って、わたしの事ですか」
他に誰がいるのよとミュートスは言った。
馴れ馴れしいと表現していいのだろうかこの場合は。
ともかく、答えるしかあるまいて。
「わたしは一介の高校生であって、別にそういう活動はしてないんですが」
そういう活動とは、まあマニア的なというか、そういう活動である。

ミュートスはううんと唸り声を一つあげた。
「沙っちゃんは――ただの学生な訳? 本当に。正直に言って」
正直に言ったのだが。
「そうですが」
「あー」
ミュートスは思い切り頭を抱えた後、意を決したようにすっくと立ち上がった。

壁に向かってすたすたと歩いて行くミュートスを沙奈は座ったまま見つめた。
こん、こん、と壁をノックするように軽く叩く。
その、次の瞬間。

ホゥアチャアアアッ――と、ミュートスがブルース・リーのような怪鳥音を発すると同時に――。
すらりと伸びた脚が木製の壁を粉々に粉砕した。
ミュートスは無言で踵を返し、再び沙奈の対面に座った。
「――はっ」
沙奈は今更になって驚愕した。
あまりの事態に驚くのを忘れるというのは本当にあるものなのかと感じ、それでまた驚いた。
「んななななななな」
「その調子だと――マジに一般人っぽいわねえ。あー最ッ悪」
ミュートスは舌打ちした。

「い、一般人って――」
「だーかーらー、あたし秘密結社の幹部なんだって。あ、目的は世界征服ね。
 悪党商会やらJGOEの奴らもいるみたいだし、てっきりそういう連中だけ集められたと思ってたんだけどなあ」
せかいせいふく。
「って――マジですか」
「殺し合いやらされてる時に冗談でんな事言う奴がおるかいな」
ころしあい。
「って――」
「天丼はいいのよ沙っちゃん。それもマジ。自分の首触ってみなさいよ」

触る。
「げ」
指先から伝わってくるのは肌ではなく、金属の感触だった。
今まで気付かなかったのが不思議だ。
「それ、爆発するらしいから」
「げげげ」
「の鬼太郎――じゃなくてえ。自分以外の全員殺さないとそれ外れない――らしいのよね。
 あんたもあたしも、テロリストに拉致されて、殺し合いやらされてンの。
 あたしらみたいな所謂アウトサイダー的な奴らが沢山いたんで勘違いしてたけど、一般人がいるとは思わなかったのよあたし」

今ここになって、漸く沙奈は自身の置かれた状況を把握した。
のは、いいのだが。
「わわわわたしをどうする気ですかあああ」
「うーん、死ぬのと生きるのと、どっちがいい?」
そんな、ビーフオアフィッシュみたいに言われても。デッドオアアライブか。
「し、死にたかあないです」
「でもねー、殺し合いとか関係無しにブレイカーズの事とかあたしの正体知られちゃった訳だしー。あたしが悪いんだけどサ」
「わたしは絶対人に言いませんから。ていうか、秘密結社なら人前に出なきゃいいでしょうに」
「秘密結社だって飯は喰うし外で遊ぶ事だってあるわよ。首領なんて一般人の知り合いが少ない事気に病んでんのよ。友達はペットだけなのよ」
だから。気軽にそういう事を言わないでほしい。
「まあ――死にたくないっつうんならいいわよ別に。あたしなら楽に、一瞬で済ませてあげられるんだけど」
メリットなのかそれは。

「でもね沙っちゃん。死にたくない、はいいけど。あんた、人は殺せるの?」
「は――」
それは――無理だ。
絶対に無理だ。
物理的に実行可能か否か、ではなく。
そもそも、人を殺すと言う選択肢自体がありえない。
勿論沙奈だって死にたくはないから、もしも命の危険が迫れば全力で抵抗するし、その結果として――という事はあるのかもしれないが。
自分から人を殺す事なんて、何があっても嫌だ。というか、無理だ。

ミュートスはふん、と鼻を鳴らした。
「それでいいのよ」
「いい――んですか」
「当ッたり前でしょうが。突然殺し合い強制されて、じゃあ殺しましょう、なんつう奴がそうそういてたまるもんですか」
絶対にいない――とは言わないのか。
いや。
「そ、その、ミュートスさんは」
「無差別に殺るつもりならこんな会話してないでしょうよ。ま、さっきは真面目な質問だったんだけど。
 沙っちゃんが殺るつもりなら逃げるか先に殺るかしなくちゃいけないし」
やっぱり――怖い。

「あたしはさ、殺し合いつうか、戦いって嫌いなのよね。面倒だし。得しないし。強制されたからってやる気にゃならんわよ」
えー。
正直な話、ちょっと信じ難い。今までの言動を鑑みるに。
「お黙り。あたしらの目的はあくまでも世界征服だから。特撮じゃないんだからチマチマヒーローと戦っても意味無いの。やるとしても情報戦。
 パンピー襲うなんてもっての外よ。幼稚園バスジャックとかダム破壊とか、今時流行んないしィ。
 その辺分かってない末端の連中もいるけどさ。ま、避けられない戦いならしゃあないけどそうでなかったら避けるわよ」
「いるんだ。ヒーロー」
ヒーローくらいどこの県にも一人はいるわよとミュートスは結構無茶苦茶な事を言った。
本当なのか冗談なのか分からないのがまた嫌だ。

「あたしはともかく、ヤバ気な連中もかなりいるっぽいのよねえ。そうでなくても恨み買ってるしうちら。
 沙っちゃんはどう? 知り合いにそういうの、いる?」
「そういうのって――」
まず、ここに知り合いがいるのかどうか。
「あのさー、まあ最初の状況で混乱するのは仕方ないにしても、名簿くらいは見ときなさいよ。ほら鞄」
「カバン?」
「バッグ。デイパック」
呼び方じゃなくて。
「持ってないんですが。カバンも、名簿も」
「はあ?」
ミュートスは沙奈に蔑むような視線を送った。

「こんな嵩張るもん、何処やったのよ」
何処にもやっていない。
「いや、カバンは――最初には近くにありましたけど。自分のものでもないし、そのまんま置きっぱなしで」
「あんた馬鹿ァ?」
まあ。
状況を把握出来ていなかった事が馬鹿と言えばそうなのだろうけど、文句を言われる筋合いはないと思う。
「い、いや、ミュートスさんが無理矢理引っ張ってった事も原因の一つであってですね」
「あ、た、し、が」
悪いって言いたい訳、とミュートスはドスを利かせた声を沙奈に浴びせた。
「このわたし馴木沙奈が全面的に悪かったです」

沙奈は即座に折れた。

「ならばよし。はい、貸したげる」
ミュートスは鞄から名簿を取り出し、沙奈に手渡した。
眺めてみれば、名前だけが五十音順にずらりと書かれている、本当に名簿としか言いようがない代物である。
「どうよ。知り合い、いる?」
「――はい」
殆ど目を通せてはいないが、最上段に書かれている名前の幾つかは、沙奈と同じ学校に通う学友のそれであった。
「そ」
大変よね、とミュートスは静かに言った。
「あたしも――まあ、絶対居て欲しくない人、いたから」
「はい」
こんな時に何も言えない自分を、沙奈は情けなく思う。

はいはい暗い暗いとミュートスは手を叩く。
「前向きに考える――っつうのはまあ無理だろうけどさ。落ち込んでても始まらないわよ。
 とりあえず――沙っちゃんの知り合いの名前、教えてくんない」
「それは――どうしてです?」
「あたしと沙っちゃんの共通の知り合いがいるかもしんないから。
 あたしらみたいな連中を大量に集めといて、その中に一般人混ぜるってのはどうも得心がいかないのよね。なんか縁があるかもしんない」
普通の女子高生と秘密結社の幹部に共通の知り合いがいるものだろうか。
そもそも、それが分かったところでどうにかなるものだろうか。
けれど。
「――分かりました。わたしの知り合いもみんな普通――でもないですが、殺し合いなんてする人はいないと思います――けど」
とにかく、自分に何か出来る事があるならばそれをやるべきなのだろうと、沙奈は判断した。

「――麻生時音。天高星。一ノ瀬空夜――この人とは殆ど話もしてないんで、どんな人かはよく分かんないんですが――」
ミュートスは悩ましげに額を抑えたまま反応しない。
「――尾関夏実。ここまで全部同じクラスの人です、わたしのクラスとは違いますけど。音ノ宮・亜理子――あれ?」
「何」
「いや、ここなんですが」
指で指し示す。
クロウ』とだけ書かれた名前には、丸括弧で『朝霧舞歌』という名前が付記されていた。

「朝霧さんって言うのはわたしと同じ高校に通ってた子なんですが、この、クロウって、何なんでしょう」
「――あたしが知ってんのはクロウの方ね。ふうん。両方に通じる名前を書いてる訳ねえ――」
今までのミュートスとは違う、何処か冷たい口調である。
現在は行方不明となっている朝霧の、何をミュートスは知っているのか。何があったのか。
それは分からないが――共通の知り合いは確かに存在した事になる。
それと同時に、自分とミュートスは、本来ならば絶対に関わってはいけない人間同士なのだと、沙奈は今更ながら実感した。
だけど。

「――しっかし、JGOEの連中は本名だけだし、逆に案山子やらりんご飴は通称だけなのよね。
 あたしなんて『大神官』まで含まれてるし。どんな基準よ全く。いや、そもそも何も考えてないのかな。
 巫山戯てんのかしらね――巫山戯てなきゃこんな事おっ始めないか。ん、続けていいわよ」
「はい」
今は。
こうして同じ場所にいる。沙奈が、一方的に背負ってもらっているような関係ではあるのだけれど。
再び名簿へと目を落とす。
そして。
「さん――じょうや――」
――三条谷練次郎。
自分が最も大切に想う人の名を、沙奈は見つけた。

息が止まる。
「どしたの」
好きな男でもいたかしら、とミュートスは問うた。
――好き。
なのだ。多分。沙奈は、彼の事を。
「図星かあ。んじゃ、も一回聞くわよ沙っちゃん。あんた、人は殺せるの? 自分じゃなく、他人の為なら」
それは。
「それは――やっぱり駄目です、そんな事。理由が何であろうが、人殺しは出来ません。
 もしも――もしも彼が目の前で殺されたとしても、敵討ちとか、そんな事も考えない――と、思います。
 別に、わたしが冷たいだけだなんて思いません。それが」
それが普通の考えだと思いますと沙奈は言った。
「沙っちゃん。それ、間違い」
ミュートスは眉間に深い皺を刻む。
「普通なんてものは、無いの。人はみんな違うから」

そう――なのだろう。
普通とは一体何だと言えば、突出したところがない、逸脱したところもない、標準的な、という意味なのだろうが。
そもそも突出も逸脱も標準も、基準がないのだから判断は不可能なのだ。
それでも――沙奈は自分は普通なのだと信じたくなる。
怖いからだ。
自分にとっての常識は、それが常識だと思い込んでいるだけであるという事に気付いてしまうのが。

「ま――いいわよ、それは別に。どんな理由でも人殺しはダメってのは、その部分は確実に正しいわ。あたしが保証する。
 沙っちゃんは善い娘よ少なくともあたし基準では。でもさ」
「でも――何でしょう」
「沙っちゃんの知り合いが、沙っちゃんをどう見てるか――つうのは分からないわよね」
「まあ、はい」

「だから――こりゃ例えだけどさ。その沙っちゃんが好きな男を生き残らせる為に、他の連中を殺しにかかるとか――。
 そんな風に思われてる可能性もあるっつう事よ」
「そ――」
そんな事が――あるのか。
「い、いや、その、確かにわたしは彼の事が――好き、ですけど。でも彼の方は別にそんなんじゃなくって。
 ていうか本当に、単なる幼馴染ってだけで。そりゃあ昔は彼を引っ張り回すことが趣味だったりしましたけども――。
 一人になれる場所が好きとか聞いてからはもうそんな事もしてないし。あ、色々あって、彼、女性不信なんです今。
 だからまあ、そういう、彼の事を考えずにずかずか近寄ってく人の事は、あんまり――良く思いませんが。
 それに――彼を独占したいだけなんじゃないかって言われたら――否定はできないかもしれないけど。
 で、でも、そりゃあ口喧嘩くらいは何度かしてますが、暴力振るったりは全然してませんし。
 誤解されても仕方ないような事も言ったかもしれませんけど、だからってそんな殺人なんて、幾ら何でも飛躍しすぎで――」
「いや聞いてないから。別にそういう事」
「あ――はい」
沙奈は目を伏せた。

「ま、例えだからあくまでも。でも、可能性は本当にあるの。記憶やら何やら弄られてるって事も有り得なくはないしね。
 そこまで考慮すると何でもかんでも後付け出来るようになっちゃうから、あんま考えたくないんだけど。
 ともかくさ、もしもそう見られてるんなら、もうどうしようもないから」
何やっても無駄。
「無駄――ですか」
「無駄よ。もう、最初っからそんなんだと決めてかかられてる訳だから、どんなに言葉尽くしても言い訳だとしか思われないって」
そうなのかもしれないけど。
それは――とても嫌だ。

「証拠なんて出せないじゃん。行動の意図なんて、正しく伝わる方が珍しいじゃん。
 あたしみたいなのは、まあ社会からはみ出してる訳で、何言われても仕方ないみたいなのはあるわよ。事実無根な事言われたら腹立つけどさ。
 沙っちゃんは別に自分で間違った事してると思ってる訳じゃないんでしょ。だったらもう普段通りに行くしかないって」
普段通り。
「人なんて――世界なんて、見方を変えりゃあどんな風にでも見えるもんだから。何やっても誤解されるときゃされるでしょうよ。
 下手な事しなくていいから、何があっても殺さないってのを貫くのよ。堂々としなさい。それだけでいいの。それっきゃないの」
「でも」
沙奈の額をミュートスの指先が軽く弾いた。
「痛う――」
「デモもストもメーデーもないッ。年上の言う事には従っとくものよ」
「わ、わかりましたから」
よし、と言ってミュートスは笑った。

多分――。
沙奈は思う。
多分ミュートスは、凄く強い人なのだ。肉体だけでなく、精神的にも。
ミュートスが普段戦っている相手は、個人でも、社会でも、世間でもなく、世界なのである。
その在り方は決して褒められるようなものではないのだろうけれど――とても沙奈が敵う相手ではない。

「ミュートスさんは――」
「あん?」
「その、こういう時にこんな事言うのは変かもしれないけど。どうして」
世界征服なんてやってるんですかと沙奈は聞いた。
意味はないのだけど、聞かずにはいられなかった。
乱暴だけれど、良識も常識も持ち合わせたミュートスが何故そんな道を歩む事になったのか知りたかったのだ。

「どうして――って言われてもねえ。強いて言えば、成り行き?」
「成り行きって」
「だってそうとしか言えないもーん。つうか世界征服とか、無理だし。だからって普段真面目にやってないっつう事は無いけどさ。
 実際無理でしょうよ間違いなく。ムリムリムリムリかたつむりよ、わはははは」
「それは、まあそうでしょうけど――」
――冗談ではないのだろう。
何故かそう思った。

ミュートスは呟くように小さな声で言った。
「男」
「え?」
「惚れた男がさ、馬鹿だったから。あたしも付き合ってんの」
「ああ――」
それならば――理屈は要らない。
否、寧ろ邪魔になるのか。

「はいダメー。沙っちゃん、それ間違い」
「な、何も言ってないじゃないですか」
「小娘の考える事なんて顔見りゃ分かるわよ」
そう言うものだろうか。
そう言われればそんな気もする。

「罪を犯したら罰せられるのは当たり前でしょ。惚れてようが、一緒になって馬鹿やっちゃいけないでしょ。寧ろ止めるべきでしょ。
 愛があれば許されるとか、そんなの無いでしょ。愛なんてカビみたいなもんよ。すぐわいちゃうの。どこでもわいちゃうの。
 結局――悪人なのよ、あたし。あの人とは関係ない所で、そうなんだと思う。方向性は、まああの人に逢って決まったんだと思うけどさ」
だから成り行き。
「悪人っつうのも豪く曖昧な言葉だけどさ。手前勝手な都合で殺人してんだから、まあ大方の人間の世界観じゃ悪人だわよ。
 仕事でやってんなら仕事人、趣味でやってんなら殺人鬼だけど。あたしの場合はただの人殺しだから」

――殺人。
口にするのは容易くとも、それを実行するというのは――この上なく大変な事なのだろう。
沙奈には、それ以上の事は分からない。
分かってはいけないと、思う。

ごめん、と唐突にミュートスは謝った。
「んな事、今はどうでもいいわよね」
「いえ――」
やっぱ調子悪いわ今のあたしと言って、ミュートスは顔をくしゃくしゃにした。
沙奈は。
何も言えなかった。

「――ふん。こういう自分語りすると死ぬってのが創作じゃ定番だけどさ。あたしは絶対死んでやらない。
 自分のガキの顔も見てない内に死んでたまるもんですかっつうのよ」
「あ――え?」
今――何と言った?
「待ってください。その、それって」
「ガキがいんの。腹ン中。今、三ヶ月」
「そ――」
そんなのは。

「そんな、ひどい――酷すぎます、そんなの。そんな時に、殺し合いだなんて、そんな、そんなのって――ない」
どうして。
どうしてそんな事をさせられるんだ。
怒るとか。悲しいとか。
そんなものじゃなく。
ただ。
分からない。

ミュートスは、沙奈を静かに睨んだ。
「あのさ沙っちゃん。酷くない人殺しなんて、無いから」
「だって――」
「だって、何よ。あたし達が殺してきた連中にだって家族はいたのよ。
 小説のアイデアパクってるアホらしい殺し合いなんて始めたセカイ系男だって、人間なんだから親はいるでしょ。
 アイツも最低だけど、あたしだって最低な殺人者には違いないわよ。
 いや、家族とか境遇なんて関係ない。殺されてもいい人間なんていないでしょうよ」

そう。
許される殺人など、ない。
近頃は犯人が生活苦だったり、被害者も犯罪者だったりするとまるで犯人が悲劇の人のように報道されたりする事はあるが。
でも、それはおかしな事なのだ。
こと殺人に関しては、同情の余地なんてものは絶対にない。
けど。

漫画に出てくるような、血も涙もない、人間らしい部分が一切存在しない、完全無欠の絶対的悪人――そんなものもいない。
人間である限りは、山にでも篭もらない限り、絶対に他人と関わらなければ生きていけない。
仮に三度の飯より殺人が好きなんて人間がいたとしたって、飯を喰わなきゃ死ぬのは自分だ。
社会生活を送る以上、そこには人間同士の関係は必ずあるのだ。
だから、上手く言えないのだけれど。
糾弾すると言うのならば、犯行の動機だとか、加害者、被害者の人格等は関係なく――。
殺人という行為を行ってしまった事こそを糾弾すべきなのだろうと沙奈は思う。

それでも。
「それでも――それでも、絶対間違ってます。こんな――こと――」
「そうよ、間違ってんのよ。あたしも、この島にいるあたしと同類の連中も、あのセカイ系男も、みんな間違ってる。
 正しいのは沙っちゃんみたいなカタギだけ。そんな一般人でも、ここじゃ一歩間違えるだけであたしらと同じトコにまで落っこっちゃう。
 やむを得ないような理由だって、例え罪にならなくったって、人殺したら一生それ背負ってかなきゃならないのよ」
だから。
「こんなクソみたいなゲーム――ぶッ潰してやるわ、あたし」
「――はい」
ミュートスの宣言に、沙奈は頷いた。
そうしなければならないと、思った。

沙奈は二三度目を擦ってから、無理に声を出した。
「御免なさい、わたしが変な事言ったせいで。じゃあ、続きを――」
「――沙っちゃん立ちなさい」
言ってから、ミュートスは音も無くゆらりと立ち上がった。
慌てて沙奈も後に続く。

「あの、何か――」
「後ろ。下がって」
部屋の隅、壁際を顎で指し示す。
沙奈は何も言えず、指示に従った。

ミュートスは拳を構え、部屋の入口を見つめている。
しんとした一室。
足音も何もない。
沙奈の呼吸と心音だけが沙奈の中で響いている。

――ふふふふ。

何処かで。
笑い声が聞こえた気がした。
その瞬間。


どすべしばき。

と、馬鹿みたいなオノマトペと共にドアが粉砕された。

「どーもー、いつもニコニコあなたの隣に這い寄る悪党商会でぇーす」
ドアがあった場所の先にいるのは、長身のスーツ姿、長く靱やかな脚の――女性である。
「ぐぬぬぬぬううう」
ミュートスが敵意を剥き出しにした猛獣のような唸り声を上げた。
女性を凝視するミュートスの顔は、ジェイソンもレザーフェイスも裸足で逃げ出す程に猛々しい、悪鬼羅刹のような形相であった。

こ――。
こええ。
めっちゃこええ。

「近藤ォ――生きとったんかワレェ」
やくざ映画のような口調でミュートスが言った。
「勝手に殺さないでくださーい。それとわたくしの方が年上なんだから呼び捨てやめてくださーい」
え。
ミュートスの方が年上――じゃないのか。
「ええい黙れ! 齢とか顔とか今は関係ないじゃろがああああああ」
「顔には触れてませーん。ていうか、触れてよかったんですかあ?」
近藤と呼ばれた女性は笑顔で言った。
ミュートスは絶叫と共に何だか分からない未知のエネルギーを噴射した。

まあどっちが年上に見えるかはともかく、黙っていれば相当な美人だと思うが。ミュートスも。
この二人――知り合いではあるらしいが、決して仲は良くなさそうというか、最悪のようである。

近藤は肩で息をしているミュートスを無視して沙奈に話しかけてきた。
「はーい、初めましてー、わたくしはー」
「コイツは日本印度化計画を企む秘密結社ダークガラムマサラーの幹部、近藤・ヨーガ・ダルシムよ沙っちゃん。
 関わったら一生カレーライスを手掴みで食べるように強制される呪いを掛けられるから近寄っちゃダメ」
「変な嘘つかないでくださーい。近藤・ジョーイ・恵理子でーす、あなたは馴木沙奈さんですねー」
近藤は沙奈をフルネームで呼んだ。
「えーと。はい、どーも」
「オイ近藤。何であんたが沙っちゃんの事知ってんのよ」
「わたくしは部下の情報は周辺関係まできっちり全部把握してますからー。可愛い部下と同じ学校に通う方の名前と顔くらいは分かりますわよ」
部下だア――ミュートスは頓狂な声を出した。

「まさか、クロウってあんたらのお仲間?」
「ふふふ、さあどうでしょう。少なくとも保護対象ではありますわね」
「ケッ、なあにが保護だ。ここじゃあんたらも首輪付けられてペットにされちゃってんじゃないのサ」
「まあご自分を棚に上げるのが御上手でいらっしゃる」

凄いと言うか何と言うか。
何だか巌流島みたいだと沙奈は思った。

「どっちにしてもあんたらの権威なんて地に落ちたわよ今回の件で。丁度いいからこれ片付いたら解散しろ。
 テロリスト如きの動向一つ把握出来ずに大物気取ってんじゃないわよ全く」
「おほほ。拉致されて殺し合いなんてやらされていいようにされちゃってるからって、如き、なんて悪口はみっともないですわよ。
 ご自分の方がよっぽど小物に見えちゃいますわー」
「やってる事は単なる誘拐殺人だろが。そんなもんにデカいショボいの差があるかい。犯罪者は犯罪者だろうに。
 大体、あのセカイ系男が大物だろうが小物だろうが強かろうが弱かろうが、今の状況には全然一切これっぽっちも関係ないでしょうよ。
 いきなり人を拉致して殺人強要するような奴、相手がチャック・ノリスだろうがアーノルド・シュワルツェネッガーだろうが文句言ってやるわよ。
 つーか、こんなもんあたしにとっちゃ悪口の範疇にも入らん。本気でディスるつもりだったら五分でも十分でもディスり続けてやるわよ。
 人間の可能性って、お前それ自慢の能力で『お前は人間の可能性を僕に見せる』ってやればいい話だろとか言っちゃうわよ。
 大人なあたしはんな事やっても無意味だって承知してるから言わないの。こんな事しでかしてる時点でアレが馬鹿だなんて分かりきってるから」
「まーこわーい」
ミュートスと近藤は暫く微動だにせず対峙していたが、やがて近藤がにっこりと笑った。

「そんな事よりも――ミュートスさんと沙奈さんが仲良くしていらっしゃる事がわたくしは気になるのでーす。
 弱きをくじく秘密結社の幹部と一般女子学生、どんな経緯があって一緒にいるのでしょうか。ねえ沙奈さん」
「え?」
ここでこっちに振るのか。
それはまあ、成り行きで――。
「沙っちゃんは」
あたしの部下よとミュートスは言った。

いや。
何時からそんな事になっちゃったのか。

「へー、初耳ですねー」
沙奈も初耳である。
「わたくし共のデータベースにはそんな情報は無かった筈なんですけどねー」
あったら困る。
「ていうかこんな速攻で合流できるなんて、随分ラッキーですねー」
至極当然な突っ込みだと思う。
「何とでも言いなさい。事実は事実だから」
事実なのか。

「ふうん? まあいいですけど――じゃあ、ちょっとテストでもやってみましょうか」
言うと同時に。
近藤は一瞬で沙奈の目の前に移動していた。
「は――」
「エイッ」
何かが身体を掠めたような感覚を沙奈は感じた。

「はい、合格おめでとうございまーす。無駄に動かずやり過ごせるくらいの反応はあるって事で。
 それこそラッキーかもしれませんけど、でも、ま、それはそれでー」
沙奈が瞬きを繰り返している間に、近藤はいつの間にか元の位置まで戻っていた。
ミュートスが舌打ちをする音が聞こえる。
沙奈は恐る恐る後ろを振り向き、壁を確認した。
壁の、沙奈の頭があった場所のほんの近くには。
ナイフの、柄だけが突き刺さっていた。
刃の部分は全て壁にめり込んでしまっている。

これは、その、もしかして、いやもしかしなくとも、非常に危険というか、一歩間違えたら即死していたと沙奈は思うのだが、如何な物だろうか。

「ごめんなさいねー、あんまり怪しかったんでこんなやり方になっちゃいましてー、ミュートスさん怒ってますう?」
「あんたらのやり方なんてとっくの昔にご存知だっつうの。今に限らず怒りっぱなしよあたし」
「それは失礼致しましたわ。改めるつもりはありませんけどー」

近藤は沙奈の方を向いた。
「あ、さっきは疑ってしまって申し訳ありませんでしたわ沙奈さん。
 今後はあなたもブレイカーズ――悪党の一員として、わたくし共が保護させて頂きますのでー」

いや、意味が分からない。

ホントに相変わらずね、とミュートスが抑揚のない声で言った。
「あんたらに管理して欲しいなんて言った覚えはないし、される謂れもないわ」
「だってぇ。それが悪党商会の理念ですもの。あ、これ秘密だった。まあ知ってる人多いし、別にいいですよねー」
「あたしらは悪も正義も名乗った事ないんだけど。ただの世界征服を企む秘密結社よ」
「社長が悪党って認めてますしねえ」
「自分の意見ってもんが無いんだ。格好悪ゥ」
「あら嫌だ。自分なら」
ここに沢山いますわよ、と言って、近藤は自分の頭を指さした。

「今だってわたくしはわたくし達と相談してるんですからー。どう動くにせよ、保険は必要ですからねー。
 まずは一人確実に死亡者が出て貰わないと困るんですが、沙奈さんがミュートスさんの仲間なら仕方ないっか、てへ。
 怪しいとは思うんだけどなー。でも、ま、生きていたいですよね沙奈さん? それとも――死んだ方が楽でしたか」
莞爾と笑う。

「あんた――何がしたいワケ」
「何って、わたくしは悪党商会の理念通りに動くだけですわ。ここのわたくしはそういう存在ですから。
 これからの方針を教えろと言う事でしたらー、とりあえずは先も言ったように正義でも悪でもない方を、一人。
 どなたかの死体が確認できたらば、一先ずそこは飛ばしても構いませんけどー。
 それからは、まあ首輪を外す手段の確保ですわね。構造などは今もわたくし達が分担して調べていますからご心配なく。
 それが上手くいったなら――あ、長話になっちゃいますねー、何かを教えることは好きだけど、これは頂けませんわ」
「自分が何言ってんのか分かってんの、あんた」
「うーん、確かにこれはあくまでも一案なんですよねー。
 ミュートスさんみたいな凶悪な人、せっかくの機会だから潰しておいた方がいい結果になるかもしれませんしー」
「それも正義と悪の居場所を与えるとか言う理念に従って考えた結果って事かしら」
「はーい」

ミュートスは机に脚を載せて啖呵を切った。
「はン、正義って何よ。悪って何よ。世の中にゃロクでもない人でなしは腐る程いるけど、そいつらは全部悪人なのかしら。
 そいつらに泣かされて酷い目に遭ってる奴らは全部善人なのかしら。んなわきゃあないでしょうが。
 ちょっと立ち位置変えるだけでオセロみたいに幾らでもコロッコロひっくり返るわよ正義も悪も。
 戦争の時は正義の日本の盟友だった独逸のヒットラーだって、今じゃヒトデとくっつけられて出オチ怪人にされちゃったりすんのよ。
 そんな意味不明なもんのバランス取って何になるの? それは人殺しても許しちゃうような理由になんの?
 無意味な戦い続けさせて死人増やす事に一体どんなメリットがあるのよ。頭に蛆沸きすぎて脳ミソ喰われちゃってんじゃないの。
 んでもって自分達も悪だからその居場所は与えられるべきってさあ、笑わせんじゃないわよ。寝言は寝て言いなさいよボケ。
 あんたらの理念って、要は正義や悪の居場所を確保する為なら他の人間が多少犠牲になるのは仕方ないっつう事よね?
 その正義と悪って、あんたんとこのボスが勝手な基準でこれは正義だこれは悪だこれはどっちでもないって決めつけてるだけじゃん。
 餓鬼でも分かるように言ったげましょうか。そういうのをね、現代社会じゃ差別とか選民思想って呼ぶのよ。
 あのセカイ系男も言葉の意味も知らずに革命革命連呼してりゃそれっぽくなると思ってる相ッ当の馬鹿だけど、あんたらよりはまだマシだわ!」

沙奈には――正直言ってよく分からない話ではある。
けれども。
善と悪とか、弱者と強者とか、聖と邪とか――対立する二項の概念を闘わせて物語を作るのは、簡単だし分かりやすい。
でも、世界というものは、決して物語ではないのだ。
白黒はっきりしている物事など、この世には無い。
それだけは理解できる。

近藤は全く動じない。
「きゃー、強者が弱者を支配するべきなんていう選民思想のカタマリみたいなブレイカーズの人にそんな事言われるなんて。
 でも、ま、そんな突っ込みも言われ慣れてるんですけどね。他ならまだしも、ここのわたくしは悪党なので、そんなのは気にしないのでーす」
「ああそうですか。あたしがあんたらを嫌ってるのは分かったでしょうから、さっさと消えてくんない」
「えー? 保護してあげるって言ったじゃないですかあ」
「消えろっつったのよあたしは」
「嗚呼これがもうすぐ母親になろうという方の言葉でしょうか。現代のモラル低下はここまで深刻なところに来てしまったのか。
 しかしここは年上として、様子を見守る事に致しましょう――あ、そうだ。沙奈さーん」
「あ――あ、はい」

はい、である。
それしか言えない。

「このデイパック、多分あなたのものですよねー。お返ししておきますわ」
言いながら、近藤は床に鞄を置いた。
よく見てみれば、本人はもう一つ鞄を所持している。
「え――ええと、有り難うござ」
「いいからさっさとどっかに行っちまいなさい!」
「はーい。では、しっつれー」
ピースサインを突き出すと、近藤・ジョーイ・恵理子は踵を返して姿を消した。

最悪よおおおおおおッとミュートスは金切り声をあげた。
「あー最悪。ホントに最悪。それ以外何も言えない」
「あのう。わたし、ずっと蚊帳の外だったんですが、結局どういう」
「自分のされた事分かってないの沙っちゃん。一言で言えば、頭イカれてんのあいつ」
それは――まあ早々に殺されかけたのだろうけども。
現実感がないというか。
二人の会話にも殆ど付いていけていない。
自分が殺し合いの場にいるって事を意識しなさいよと半ば呆れたようにミュートスが言った。

「ああもう。本当だったらこういう時は拠点作って引き籠もるのが正解なんだけど――そんな余裕無さそうだし」
「あの――近藤って人は首輪を解除するって言ってましたが。出来るんですかそんな事」
「セカイ系男はエリア外とか禁止エリアに出ると爆発するって言ってただけで、外せない、外そうとすると爆発する、なんて事は一切言ってないからね。
 まあ出来るんでしょうよ。それなりの手段は必要なんでしょうけど」
「はあ」
沙奈はどれも聞いていない。

「あいつらと協力するのは――本ッ当に本ッ当の最終手段ね。こっちはこっちで脱出手段を捜すしかないわ。
 心当りはない事もないけど、何にせよ数が要るか。闇雲に歩き回るなんて下策を取らなきゃいけないなんて、ああ腹立つ」
「ごめんなさい――わたし、役立たずで」
「何言ってんの」
沙っちゃんの存在は重要よ、とミュートスは言った。

「あたしはまあ、大半の連中から間違いなく危険人物だと思われてるだろうからね。
 沙っちゃんみたいな一般人と一緒にいるなら、JGOEの連中なんかには協力を求められる可能性もちょっとは上がるから」
「さっきの――部下って言うのは」
「方便に決まってんでしょうが。あいつがああいう奴だって事は知ってたから、あたし」
「はあ――あ、それは」
本当に今更になって――自分の命はミュートスに救われたのだということに、沙奈は気が付いた。

「――有り難うございます。わたし――絶対に死にません。殺しもしません。ただ、普段通りで――いいんですよね」
「ふん――分かってんじゃない」
ミュートスは笑顔を見せた。
それにつられて、沙奈も、笑った。

「あー、本当に沙っちゃんがあたしの部下だと思われて問答無用で一緒に襲われる可能性もあるんだけどね。
 でもまあ、何やったって誤解される時はされるっつう話もした訳で――あん?」
「何か?」
「いや、なんか――」
近藤が置いて行った鞄へとミュートスは向かい、中身を確認した。
次の瞬間、即座にミュートスは沙奈の近くに移動していた。
「――逃げるわよ」
ミュートスが無表情で沙奈の腕をとった。


最初に出会った時のように、沙奈はミュートスに思い切り引き摺られている。
違う点は、ミュートスが全力で疾走しており、沙奈は声を出すことすら出来ないという事である。
「ええい、あいつがあんな殊勝な事する時点で警戒しとくべきだったわ!
 これで辺りに人が集まってきちゃうだろうし、まともに脱出の為に動けるかどうかも怪しくなっちゃうじゃないのよおおおおおおッ!」
意味不明な事を喚きながら、沙奈を連れてミュートスは温泉旅館から飛び出した。

その数瞬後。

旅館は――爆発した。

ミュートスは後ろを顧みることなく一目散にその場から逃走する。
その内、引き摺るのが面倒になったか、沙奈をお姫様抱っこのように抱えて再び駆け出した。

――何故こうなった。

沙奈は今日まで真面目に勉学をこなしてきた、ごくごく普通の女学生である。
幼馴染の事となればそれはちょっと見境がなくなってしまうような事もあるのだけれど、それには止むを得ない事情もあり、
まあ聖人とは言えないかもしれないが、人道を踏み外すような事をした覚えは全くない、寧ろ謹厳実直な無辜の民であって。
こんな目に遭わされる謂れは一切無いのだ。

激しく遺憾である。

【D-6 草原/黎明】
【馴木沙奈】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:なし
[思考]
基本行動方針:ゲームから脱出する
1:ミュートスに従い、旅館跡から離れる
2:協力者を探し、首輪を外す手段を確保する

【大神官ミュートス】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式、ランダムアイテム1~3(確認済)
[思考]
基本行動方針:ゲームから脱出する
1:旅館跡から離れる
2:協力者を探し、首輪を外す手段を確保する

【D-4 草原/黎明】
【近藤・ジョーイ・恵理子】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式、ランダムアイテム0~4(確認済)
[思考]
基本行動方針:悪党商会の理念に従って行動する
1:正義でも悪でもない参加者を一人殺害し、首輪の爆破を回避する。確実に死亡している死体を発見した場合は保留
2:首輪を外す手段を確保する


【サバイバルナイフ】
一般にサバイバルナイフというと、多くはブレードの背に鋸刃があり、中には柄が中空のパイプ状になっていて薬品等サバイバルギアを収納できるようになっている。
このスタイルの各種要素は、古い時代の軍用ナイフに見られたものである。
第二次世界大戦以降は、航空機のパイロットが脱出用ツール、サバイバルツールとして携行するナイフなどでこうした機能を持ったナイフが登場するようになった。
現代に於いては近接戦闘に向かない事から軍用ナイフとしての価値は低く、専ら民間で用いられる。
フィクションに登場する武器としてのサバイバルナイフのイメージは、1982年公開の映画『ランボー』で定着したと言える。
ベトナム帰還兵を主人公とした悲哀に満ちたストーリーには反発も大いに存在し、続編は単純なアクション路線へと転換されていった。
馴木、若しくは近藤に支給されたものは、銃器メーカーであるスミス&ウェッソン社の製品。
厚さ約6.5mmのブレードは不用意な光の反射を割ける為にブラックのチタニウムパウダーコーティングがされている。
ダイアモンドの砥石も付属する優良品だが、爆破によって失われた。

【時限爆弾】
やたらと小型な割にやたらと破壊範囲が広い、フィクションでよく登場する便利な爆弾。
赤いコードと青いコードのどちらかを切るのが正解というのが定番である。

017.一二三九十九の場合 投下順で読む 019.俺がお前でお前が俺で
015.メタ・フィクション 時系列順で読む 028.今、此処に目覚めた深紅の影を称えよう
GAME START 馴木沙奈 ああ、それにしても腹が減る……
GAME START 大神官ミュートス
GAME START 近藤・ジョーイ・恵理子 笑う悪党

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最終更新:2015年07月12日 02:22